Moon Light   作:イカーナ

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毎度亀更新ですみません。また少しずつ落ち着いてきたので投下します。



28.新たな朝(1)

 スレイン法国の首都である神都にも青白い日の光が昇る頃のこと。

 

 神の居城と謳われる大神殿、その最上階にある一室では、新たな神であるツクヨミが未だその瞳を閉じていた。

 前日のパレードの疲れもあっただろうか。いつもよりも深い眠りについた頭の中には、ここではない別の場所の景色が映し出されており、朝になってくるとそれは目覚めてくる意識と共に鮮明なものへと変わっていった。

 

 

(…………)

 

 

 夢──。そう、その朝方ツクヨミは脳内、はたまた魂の世界とも言えるであろう夢の中にいた。それはリアルの頃と変わらず曖昧模糊としたものだ。

 

 ツクヨミがこの世界でも夢を見始めたのは、もうだいぶ前からの事だった。

 行きつけの宿で寝る時も、馬車に揺られる夜も……人間である以上夢を見ることは多分にあり、もはやそれは生活の一部と言ってもいいものだった。元々そういうものだと経験していた以上当然のことで、特段その内容について思うことがあったことはない。

 

 

 しかし──。

 

 

(ん……)

 

 朝の薄れ気味な意識の中。図らずも彼、いや彼女は寝ている状態のままその思考を取り戻した。ある種の不可解さが目に留まってしまったと言ってもいいだろう。

 

 眼前に広がるその場所は、一言で表すなら『漆黒の星空に彩られた世界』だった。夜空は暗いようで暗くなく、その下には驚くほど白い平原が地平線の彼方まで広がっている。そしてそんな辺鄙そうな場所に立ち尽くすのは自分だけだ。

 それは明らかに現実感のない光景で、夢の中でもこれは夢だなと感じてしまうほどのもの。

 

 

 しかしそんな見てくれよりもずっと心に引っ掛かる不可解さ──。それは、この夢をもう"三度も見ている"という点にあった。

 

 

 彼女はきょろきょろと辺りを観察した後、リラックスするように息を吐いてからその意識を自身に向ける。腕を持ち上げれば、垂れた白い裾と共に、きめ細やかな白い腕と長く伸びる指が映った。その更に手前には華奢な体が、その足元には当然と言わんばかりに白い髪が這っている。

 

 ツクヨミ──。本来はそうでないはずの自分の姿だ。しかしそんな状態にあっても今一切の違和感を覚えることは無い。

 

 彼女は咄嗟に片手で頭を抑える。知るはずの無い平原に、何処となく懐かしさを感じ始めて──

 

 

 

 

 ……

 

 

 ……

 

 

 

 

「っ!」

 

 ツクヨミはハッとするようにその目を開いた。

 

 その身体は当然のことのようにベッドの上にあり、手元には肌触りのいいシルクか何かの掛け布団が握られている。寝起きだというのに驚くほど冴えた頭は、先の光景と今見渡している天井一面の光景との違いに少々の混乱を起こしていたが、それもほんの一瞬のことだった。

 

 すぐに現状を理解したツクヨミは掛け布団を押し退けてから上体を起こすと、目元を擦りながら現在生活している大神殿の一室で溜め息混じりに声を漏らす。

 

「夢か」

 

 輝く色とりどりのステンドグラスからは既に朝の日差しが入ってきている。それが恐らく浅い夢の瀬からツクヨミを連れ戻してきたのだろう。部屋の中は神殿の構造上未だ薄暗いが、窓の方を向いた顔に当たる自然の柔らかな光はどことなく心地がいい。

 ツクヨミはそんな光をぼうっと眺め、感傷に浸る。

 

「昔はアラームで起きてたんだっけ……」

 

 化学物質の雲に覆われていた前の世界。そこには当然こんな日の光はなく、電気の灯かりや無機質なアラームのみが時間を支配していた。それが普通であり、当たり前のことだった。

 しかし最近では──随分とこの"灯かり"に慣れてしまった気がする。……いや、忘れてしまった、という方が正しいのかもしれない。

 

(たった数カ月前のことなのに)

 

 ツクヨミは『昔』と不意にそれを表現していたことにも、苦笑を浮かべる。

 夢の中でもそうだが、最近では少しずつ昔の記憶が薄らいでいる。それは元の自分を失うような感覚であり、存在さえツクヨミになっていくような感慨。

 尤も"こちらの比重"の方が大きくなりつつある今、そもそも自分は誰なのかとも言えそうな話だが。

 

「はぁ……。まぁ思い詰めても仕方ない、か」

 

 具体的な対策もない以上、哲学的な思考にいつまでも耽っている暇はない。

 実際、生活には支障がないのだ。

 ツクヨミは頭頂の髪をくしゃりと掴むと、気持ちを切り替えるようベッドからその足を降ろした。

 

「っと」

 

 横向きに座った状態で初めに目に入ってきたのは置き時計だった。机の上に置かれたそれはツクヨミがユグドラシルのアイテム群を整理する際に取り出していたものであり、謎に宝石で飾られたファンタジー色強めのものとなっている。

 この部屋には元々時計が無かったので、一応時計としての機能を有しているこれは便利だった。その時刻を確認すると、現在が7時43分であることが分かる。

 

「まだ朝方か。……うん。でも一応急いだほうがいいかな」

 

 昨日パレードが終わったため少しゆっくりしたい気持ちもあるが、残念ながらそうはいかない。

 

 今日の昼とて認識合わせも兼ねての最高議会の集会に参加させてもらうことになっている。それに何やら"人と会う約束"もあるらしいので、思った以上にタイトなスケジュールになるかもしれないのが現状だ。

 

「今日も頑張ろう……」

 

 ツクヨミは息を吐くように腹部に手を当てると、立ち上がってから質素な内観の寝室を寝間着のまま移動。そのまま隣にある洗面所まで足を運ぶ。

 

 そこには化粧台とはまた異なった精巧な鏡と、石で造られた水の受け皿のようなものがある。

 

 ツクヨミは何の変哲もない歯ブラシを無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)から取り出してから鏡の前で歯を磨くと、口を濯いで吐き出す。その後、顔を水で濡らしてからタオルで拭く。

 

 鏡にはさっぱりとした自分の顔が映っている。多少伸びたような気がする白い前髪を一瞥しながら、ツクヨミは自分の手の平──そして手の甲から爪へ視線を移す。手入れは続けているため、どちらもまだそれほど伸びてはいないが、成長すればいずれまた切ったりする必要が出てくるだろう。

 

(前のハサミは壊れちゃったし……どこかに良い爪切りでもあればなぁ)

 

 法国で緩く生活していた時の失敗の記憶を思い出しながら、ツクヨミは唸る。ツクヨミの爪などは人間のそれであるにも関わらず、馬鹿げているほどの硬度を持っている。聖遺物(レリック)の武器に使われる貴金属未満では恐らく傷さえつけられないほどだ。通常の物では話にならない。

 

「それこそユグドラシルのアイテムももっと活用していくべきか」

 

 ツクヨミは洗面所から出ると、机の上に乱立する遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)等に視線を送るが、時間が掛かりそうなのでまた後にしようと着替えの準備を始めるのだった。

 

  

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「ふむ。街の治安は思ったより問題なさそうだな。運営費用の方はどうだ?」

 

「軍部と行政の作業負担が多少大きいだけで、そちらは予算内で十分収まるかと」

 

 大神殿内の入り口付近にある一室で、二名の話し声が聞こえてくる。一つは最高神官長であるオルカーのもの。もう一つは帽子から靴まで青色で染め上げた水の神官長のものだ。

 彼らのいる部屋は全体的に質素で棚には造花等が飾られており、壁際には六大神の紋章が立て掛けられている。そこに窓はなく、それほど広くない一室の中央には書斎机が置かれ、机の上に少量の書類が積まれている。

 

 本来であればあまり使われることのない部屋──そんな場所で二人は今、スレイン法国で開催されている祭りについての話し合いを行っている。朝のひと時であるものの、しわがれた声、その表情はお互いに張りきったものだった。

 

「なるほど。では私が祭りの件に関して動くことはそれ程ないな。……ただ一応、行政機関長からの要請には速やかに対応できるよう体制を整えておこうか」

 

「ええ。念には念を入れておいた方がよいでしょう。何せ神の為の祭りなのですから。失敗は出来ない」

 

「失敗か……。そうだな。これ以上は何としてでも避けたいものだ」

 

 対面に立つ水の神官長の当然の言葉に、同じ志を持つオルカーは優れない表情で苦笑していた。それは胸の引っ掛かりというやつだろうか。

 水の神官長もまたそれを見て、改めて同じ内容を思い出したのか唸る。二人がこうして朝から仕事を徹底しているのも、"前日のパレードでの失敗"がある意味尾を引いた結果であったからである。

 

「……私も、昨日は本当に血の気が引いたものです。我々の愚かさもそうですが、かの御仁には本当にしてやられましたな」

 

「パラダイン公。いかに数少ない人類の戦力といえ、神に対してあのような振る舞い。今思い出しても怒りで震えそうだ」

 

 最高神官長であるオルカーは、話している内に昨日の出来事──帝国の重鎮であるフールーダ・パラダインが神であるツクヨミに飛びつこうとした光景を思い出したのか、眉間に皺を寄せた。

 実際、秘密主義を孕んだスレイン法国であのような行為に及んだとあれば、例え要人であってもどうなるかは想像に難くない。彼らだけであればそれこそ戦争に発展した可能性もあっただろう。

 

 水の神官長もその憤りには同意を示しつつ、神の意向に沿って話を続ける。

 

「正直、私も最高神官長と同様、帝国にはかなり失望した身。しかしパラダイン公に関しては……神が直々に許されている。であればそれ以上は不要でしょう。我々は今の祭事に集中することこそが最大の償いであるかと」

 

「ああ、私も全くそう考えている。我々の元に降りて来て下さった神──ツクヨミ様の恩情に感謝しながら、本日も公務を遂行せねばな」

 

 スレイン法国のトップであるオルカーもまた、自分の感情は重要でないと首を振る。

 話が一区切りついた二人は改めて次の仕事に取り掛かると、一目散に手元の書類の整理を始める。持ち込まれた書類以外の積まれた束に関しては……今のところ対処を急ぐ必要はない。そのため、最低限の情報共有、交換を経て祭りに関する予算状況の確認や問題の把握を含む公務の多くは数十分で終了する。

全てではないにしろ、その手際の良さは流石という他ない。言うなれば王国貴族の数倍の早さだろう。

 

「よし、一旦はここまでですね。私は水明の件もありますので、そろそろそちらに向かおうと思います」

 

 水の神官長は一応は上の立場である最高神官長に軽くお辞儀をすると、部屋を出るべく身を翻した。途中ちらちらと時計に目をやる素振りも見せていたが、そのままドアノブへと手を掛ける。

 

 ガチャリと音を鳴らし、ドアを開け退出すると思われた水の神官長。しかし、彼はふと何かに意識が及んだのか再度、最高神官長へと向く。その表情はついでというにはあまりにも真剣そのものだった。

 

「そういえば、ツクヨミ様は今どのように?」

 

 少し遅れて書類を抱えたオルカーがその口を動かす。

 

「ツクヨミ様なら先ほど会食の間に朝食へ向かわれたと第一席次より報告があった」

 

「第一席次……。現在ツクヨミ様の御部屋の警護を任されている彼ですね。御部屋を離れられたのはツクヨミ様のご意思で?」

 

「あぁ、どうやらそのようだ。私も詳しい理由までは特に聞いていないがな」

 

「なるほど。ツクヨミ様の御手を煩わせていないかが何とも気掛かりな所ですが……我らが神が起床なされたということなら、私も速やかにご挨拶へ向かうとしましょう」

 

 そこまで言うと水の神官長は一時も待てないというように外へと歩みを始めようとしたので、書類整理を一通り終えたオルカーもまた慌てざまに立ち上がる。

 

「私も向かう。そろそろお食事も終えられる時間だろう。巫女姫の準備は……神の高貴な御姿を拝謁した後にする。水の神官長もその件は頼んだぞ」

 

「ええ。六大神殿には彼らも向かわせます。では急ぎましょうか──」

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 会食の間は、大神殿内でも特に使われることのない部屋であった。元々は六大神の食事処として存在したとされるこの場所は、その一柱さえ存在しなくなった今、スレイン法国の記念となる年に神官長らがひっそりと食事の席を囲む程度でしか開かれない。

 

 そんな場所にツクヨミが朝向かった理由は単純だ。部屋の机がアイテムで散らかっていたこと。わざわざ給仕に最上階の部屋まで食事を持ってこさせるのに気が引けたこと。そして前日に利用しており、気楽だったからだ。

 とはいえ、先ほど並んでいた朝食はそのような配慮もミジンコのように小さく感じられるほど手が込んだものであり、食べながらにして庶民的な罪悪感を感じたのは記憶に新しい。

 

 そして今、ツクヨミは会食の間を後にし──そして唐突に現れたいつもの面々に声を掛けていた。

 

「では、皆様。また後で……。集会ではどうか宜しくお願い致します」

 

「はっ!!」

 

 通路脇に並び、恭しくお辞儀する最高神官長含む数名の神官長。出待ちから神の遠謀が云々かんぬんと言っていた彼らに少々気疲れしたツクヨミは、失礼にならないようその様子を確認しながら横を通り過ぎる。

 唯一ついてくるのは白銀の鎧を身に纏った第一席次。最上階から常にツクヨミの傍に控え、連絡や案内などを行ってくれている彼の働きは非常に有難いものであるが、歩調を合わせピタリとついてくるその姿は感嘆を通り越して少々不気味だ。

 

 

 しかしこれからどうしようか──

 

 

 議会の席まではまだ時間がある。それまで時間をどう過ごそうかとツクヨミは歩きながら考える。

 このまま大神殿内の散策を行ったり、部屋に戻ってからアイテムの整理をしたりするというのも悪くはない。しかしそれはどことなく窮屈さも感じさせる。階段を降り、大広間に着いた頃、ツクヨミは巨大な窓を見てふと思い出した。

 

(そういえば今日から街ではお祭りが開かれてるんだった)

 

 パレードを経てこちらは何やら終わった感があったが、神都……いやスレイン法国では神の降臨を祝う祭りが今も盛大に行われているという。外界の音の少しさえ届かないこの聖域にいるとそれをつい忘れそうになってしまうが、神官長が朝から動き回っているのもそれが大きな理由なのだ。

 

 ……あー、どうせなら私も祭りの様子は見ておきたいなぁ。

 

 そんな情動がふつふつ湧いてくる。何せ自分の祭りなのだ。こんなに気になるものもない。せめて遠目からでもとツクヨミは外に出る意思を固めると、第一席次の方へ向き直った。今も黙って着いて来てくれている彼には先に断っておく必要があるだろうと。

 

「第一席次様、すみません。これから少し境内を散歩して来ようかと思っている所なのですが、宜しいですかね?」

 

 それに対し第一席次は澄んだ青の瞳を閉じ、優雅に頭を下げる。

 

「私から了承を得る必要はございません。どうぞ神の思う儘に。私は……如何致しましょうか?」

 

「では、そうですね。少しだけ一人で動きたいので先に部屋の方へ戻って警備をお願いできますか?」

 

「畏まりました。聖域の境内であれば多数の聖典もいるとは思いますが、どうか御身体にはお気を付けください」

 

 そう言うとスタスタと第一席次は去っていく。

 少しだけ申し訳ないことをしたのではないかとツクヨミはその背中を見送りながら思いつつも、振り返ってからはなるべく足早に大広間を横断し、そしてその目前にある重厚な扉──それを両手で押し開く。

 

 

 わっ

 

 

 開け放たれた扉からは冷風が入り込み、薄暗い室内から一転。眩しい朝の日差しが現れた。驚くことに外は明るいものの雪がちらほら降っており、それはもう神々しい一枚の絵となっている。

 ツクヨミは大神殿を出るように一歩前へとその足を動かす。

 ここに立つと毎度思うことだが上から見下ろす石段は割と高く、その下には平地まで続く更に長い石段が伸びているので、この場所の高さはかなりのものであることが窺えた。

 

 この体で落下しても怪我をすることはないだろうが、慣れないうちは一段一段慎重に降りるのが得策だろう。ツクヨミは途中石段の横にある手入れされた花壇などに目をやりつつも、大神殿の建てられた土壌──その丘の上に着地する。

 

 この聖域の敷地はかなり広いため、遠くに見える神都の下街からは残念ながら未だ何の音も聞こえてこない。夜であれば太鼓の音なども鳴っているのかもしれないが、今は視界一杯が無人の状態であると言われても信じてしまうほど静かな世界がそこに広がっていた。

 

 

(こうしてみると、まだまだ分からないことだらけだね……)

 

 

 住んでいる国のことさえ、まだ把握できていないことは沢山ある。もしツクヨミの願い──この世界の人々の暮らしを守ることを叶えていくのなら、今後もっと世界中の情報を集めていく必要は出てくるだろう。神になったことで手の広さは十分なのだから、自国の祭りの様子を知るその行動も、目的の第一歩になってくれればと願うばかりだ。

 

 

「とりあえず横に移動してと。双眼鏡とか……持ってたかな」

 

 ツクヨミは中空に伸ばした手で虚空のアイテムボックスを開き、中のアイテムを探る。ユグドラシルのアイテムの種類は膨大であり、中にはゲーム内での使い道が殆どない小ネタアイテムも多くあった。その中では遠距離を見れるアイテムは実用の範囲内であるため所持しているプレイヤーも少なくはなかっただろう。

 

 しかし探してみると思ったよりそれは見つからない。そのためツクヨミは仕方なく、本型アイテム──特定のデータクリスタルや込められた魔法を誰でも一度だけ使用できるそれを使い、比較的ドロップしがちな低位魔法鷹の目(ホーク・アイ)の魔法を発動する。

 

 元より高い視力が更に高くなり、数キロ先の光景でもくっきりと映るほど視界が鮮明となる。……しかし悲しいかな。当然と言えば当然だが、建物が邪魔をして街道の様子はよく見えず、色々と自身の位置を変えてみてもそれは大して変わらなかった。傍から見れば不審者然とした、何とも哀愁漂う光景だ。

 

「流石に見えないか……。となると部屋で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でも使った方がいいのかな。でも対策の水晶必須だし、それはそれでなんか違うというか」

 

 ツクヨミが項垂れ気味に独り言を発していると、それは後ろから唐突にかけられた。

 

「これはこれは、ツクヨミ様。本日も我らの前にその高貴なる御姿を現して下さったこと深く感謝致します。……しかし如何されたのでしょう。もしや体調に問題が……?」

 

 特段低い男の声だった。ツクヨミはぴんと背筋を伸ばし、頬を覆いたくなるような気持ちで振り返る。

 

「こ、これはグレーム様。いえ、私なら大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 グレーム・ラスタ・アーヴィング。基本的に神官長の名前と顔の全てを頭に入れているツクヨミは、漆黒の衣装に身を包む壮年の男性……闇の神官長の名を呼ぶ。実際のところ、公務中でなければ名前で呼び交わすことは特に珍しくないのだが、今は見られていた恥ずかしさからの突発的な反応によるものだった。

 闇の神官長はその強面な表情を驚きのものへと変えながら厳かに口を開く。

 

「私程度の名を呼んで頂けるとは……至極光栄でございます。しかし左様でございましたか。であれば問題はありませんが、何かお困りであればいつでも私にお申し付けください」

 

「ありがとうございます。では……お言葉に甘えて少しお聞きしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

 

「何なりと」

 

「今開催されていている祭りの事なのですが──」

 

 その様子はどのようなものであるか、とツクヨミは闇の神官長に問うた。現状の直接的な願望である祭りの様子を見られるかという内容まで踏み込まなかったのはそろそろ図々しく感じられたためだ。

 かくして闇の神官長が頷いた。

 

「ツクヨミ様の為の祭りですが、民は皆歓喜に満ち溢れ、そのご降臨を祝われている様子です。特に大きな問題もなく、順調に盛大な催しが行われておりますね」

 

「そう、ですか。それは何よりです」

 

 その気持ちは本心からだ。しかし何か陰りのようなものを感じ取ったのかは分からないが、闇の神官長はツクヨミを視界に捉えつつ追加で言葉を発してきた。

 

「もし宜しければ神も見ていかれますか?」

 

「……え? 大丈夫なのですか?」

 

「当然でございます。神の為の祭りなのですから。……国民は少々、驚かれるかもしれませんが心配は御無用です」

 

 闇の神官長はきりっとした面持ちのまま軽く頭を下げる。そこには強い臣下としての誇りのようなものが感じられた。彼とてその騒ぎがどれくらいになるか想像できない訳はないだろう。

 

(嬉しい提案ではあるけど神様としての身分のまま出ていくのは流石に驚かせるよね……。迷惑はあまり掛けたくないけど、どうしようか)

 

 ツクヨミは心の中で葛藤しつつも、当初の目的を思い出し心を決める。やはり物事を知るならその中に飛び込むのが一番手っ取り早いのは間違いがない。

 

「ありがとうございます。では、誠に恐れ入りますが少しだけお祭りに参加して来ようと思います。ただ……そのままだと騒ぎが大きそうですので、こちらを羽織って行こうかと」

 

 そうしてツクヨミが取り出したのは、灰色のローブ。年季の入った長袖のそれは、初めてツクヨミがスレイン法国に入った時と同じものであった。

 

 ────

 ──

 




書きたいこと詰めてたら思ったより長くなったので分割致します(汗)
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