冷たい風に吹かれながら、ツクヨミらは石段を下っていく。その内訳は前にツクヨミ、そしてその後方に闇の神官長であるグレームだ。
ツクヨミの格好は先程の白色の衣姿とは一転して地味なものに変わっている。
その姿はさながら
しかし、頭頂が元々装備していた金の装飾品によって微かに盛り上がっていたり、足元まで伸びる白銀の髪を体に巻き付けて腕で支えていたりするので、その見た目は少々の不自然さと怪しさを醸している。とはいえ、
依然として長い段を踏み歩きながら、そんなことをツクヨミが考えていると、
「しかし……なにも神がそこまでされる必要はあったのでしょうか? ツクヨミ様のご配慮は大変痛み入るものであり、またその意図も承知しております。ただ、民から高貴なる御姿を隠されるだけであれば私の持つ透明化の魔法を行使させて頂くだけで充分ではなかったのかと」
畏まった様子で右後方を歩く闇の神官長が淡々と話しかけてきた。最初は馬車を用意するまで言っていた彼も、ツクヨミの説得あってか今までは寡黙に着いて来ていたのだが……その神が不審者と化し、更には普段使いの指輪や
実際透明化の魔法を使う隠密というのは正しい。しかしツクヨミが第九位階の魔法である
「念のため、ですかね。透明化は一定時間の制約があるので何度かかけ直してもらう必要がありますし。それに不測の事態……例えばその姿のまま高位魔法に看破されたりしても面倒ですから、こうして古典的に隠れるのも意外と効果的なんですよ」
ツクヨミは落ち着いた足取りで歩を進めながら横向きに闇の神官長へ向き答える。対して闇の神官長の表情は相変わらず分かりにくいものであったが、幾らか魔法の話に興味を持っているのは見て取れた。闇の神官長は言葉を反芻するように深く目を瞑ると、帽子を乗せた頭を下げ始める。
「なるほど。そこまで見越してのことだったのですね……。神の深慮遠謀、流石という他ございません。どうか無用な言を挟んでしまった私を御許し下さい」
「いえそんな。私がそういった魔法を取得していないのが問題な訳で、グレーム様には助けられてばかりですよ」
それは紛れもない本心だ。
(……そもそも祭りにひっそり参加させてもらってるのも神官長の厚意あってのことだし、寧ろ謝るのはこっちなんだよね)
朝の忙しい時間に付き合って貰っているツクヨミは"グレーム"に頭が上がらない気持ちだが、これを言い始めればまた話が変な方向へ行きそうだったので、言葉を呑み込んで道の先に進む。
数分が経つ頃には、高い丘からの景色は平地のそれへと変わっていた。
道の中央を歩くツクヨミらの周りには一面の緑とよく分からない岩の建造物、それから六色神殿に続く道のみが佇んでいる。
如何せん広いだけあって代り映えのしない景色が続く。おおよそ道半ばくらいまで歩いて来ると流石に風景を眺めるのも飽きてきた。
(何か話せることでもないかな……)
そんなことを思い、まず最初に頭を掠めたのは先程から頭上に落ちて来るふわりとした白い水蒸気のこと。
「雪も──久しぶりですよね。私はこちらに来てまだそれほど経っていないので、たまに降る雪はやっぱりテンションが上がります」
「はい。仰られる通り、清く、素晴らしい天気であると私奴も感じます。このような空の元、神に同行できることに改めて深く感謝申し上げます。また、この空も……まるで神の御光臨を祝福されているようで、降りしきる雪の白さもツクヨミ様の崇高たる美を一層輝かせていると──」
あ、この話題は駄目だったか……。ツクヨミは後ろで深く感じ入っている闇の神官長に苦笑いだ。
「なるほど……。いいですよね、雪」
闇の神官長が漸く話を終えたようだったので、ツクヨミは一拍置いてから今度は別の角度から話を切り出すことにした。それは一転して重要な話であった。
「そういえば、闇の神官長様。だいぶ話が変わってしまうのですが……他国は、他の国は今どんな様子でしょうか。ついこの前"帝国が動いていた"ことといい、やはり何かしらの動きがあったりするのですか?」
それはフールーダに絡まれたこと、そして先日竜王国に接触していたからこそ出てきた世界情勢に関する内容。
『話相手』として申し分ない彼は、それを聞くなり緩みかけていた表情を堅いものに変えた。"神官長"としての謹厳さが空気を通して伝わってくる。
「はっ。他国の多くはまだ様子を見ているのか、それほど動き出しておりません。王国も……
…………
「評議国では先日、かの者達の出入りがあったと聞き及んでおります」
「……かの者?」
「はい。
ツクヨミはピクリと足を止める。永久評議員。この世界の新参者であるツクヨミとてその存在に関しては聞いたことがある。噂ではそれは評議国を統べる多数のドラゴン達であり、その権力もさることながら一国を軽く滅ぼせる力があるという。
そして何より問題なのはスレイン法国と評議国は仲が壊滅的に悪いということ。立地が離れているのもそのためだ。
(評議国とプレイヤーの関係までは詳しくないけど、相手は何せドラゴンだし良くは思ってなさそうかな)
ツクヨミとしては戦争など絶対に避けたいところだが、その存在が先に動いていたというのはかなり心配になる事実だ。
「それは全員、なのでしょうか」
「残念ながらそこまでは……。ただ、恐らくかの
闇の神官長は神の
「それに彼らがもし──こちらに敵意を向けてくるようなことがあれど、我らがあらゆる手を以ってツクヨミ様を御守りさせて頂くことを約束致します」
「……ありがとうございます。まぁそのようなことにならないのが一番ですが、もしそうなってしまったら私でなく巻き添えになりそうな人たちのことを御願いします」
ツクヨミは跪く闇の神官長に優しく語りかけると、彼が立つのを待ってから歩みを再開する。
世間話的なノリから少し危機感を感じる話まで聞いてしまったものだが、戦争というのは些か飛躍した話。まだ他国の人間とも話し合いの機会はあるだろう。
ツクヨミは胸の引っ掛かりを今は一旦仕舞ってから、祭りの開催される神都の街へと歩を進めるのだった。
────
「ツクヨミ様、ここからは神殿敷地の外。治安は比較的良好ですが、どうかお気を付け下さい」
「は、はい」
パレードの時以上に謎の緊張感を感じつつもツクヨミは巨大な門から足を踏み出した。周りに兵士はいない。それは先程闇の神官長が下がらせたためだった。
「では、行きましょう」
いざ祭りへ!
そんなツクヨミの後ろに続く闇の神官長の姿は既に透明になっており、加えて気配や足音なども立ち消えている。対してツクヨミ自身はローブ姿のまま。今は
ツクヨミらが出てきた場所は大神殿の入り口の前となる通りであり、言わば国道だ。車が行き来できるほど道は大きく、その横には立派な石のタイルに覆われた歩道が存在している。そこをツクヨミは今歩いているのだが、残念ながら未だそこは静寂に包まれていた。
「ここは静かなんですね」
「はい。ここは神の住居となる聖域の入り口ですので、無礼に騒ぐ者はおりません。居たとしても……立ち退かせるだけですが、基本的にこの辺りは公共施設が多いので祭りの集会場となることはございません」
「なるほど」
幽霊のように説明してくれる闇の神官長。それを聞きながら道を進んでいると……
「ツクヨミ様。人が来ます」
微かな足音がするとすぐに、目線の先の扉が重そうに開いた。
横から出てきたのは神官服風の衣装に身を包んだ若い女性だ。本を手元に抱えながら、横の建物──教会から出てきた彼女は、一瞬こちらの方を見るが、特に目線も合うことなく下町の方へ駆けていった。
どうやら隠密はできているようだ。
闇の神官長は理不尽にも神を素通りした女性に眉を顰めていたが、ツクヨミは気にせず、自身のフードの具合などに用心しながら街の奥へと進んでいく。
……ガヤガヤ
それから数分が経つと、神都の街にも少しずつ人気が増えてきていた。祭りの騒ぎも少しずつ聴覚に届いてくる。慎重に見渡せば、人々の様子は明るく、老若男女皆楽しそうな表情で道を歩いていた。まるで未来は明るい、と言わんばかりの様子であった。
そんな光景にはツクヨミも少しほっとした気持ちになる。
「ん。あちらでは物を売っているみたいですね。少し見に行ってみましょうか」
フードの上の雪を払いつつ、すっかり消えている闇の神官長を先導するよう進む。
街を区切るように存在する門を潜り抜けると、小さなレンガ造りの建物が並ぶ場所に着いた。そこは人の数もかなり多くなっており、よそ見をしていればぶつかる程度の人口密度となっている。
流石に神都の商業地区に比べればこれでも質素なものなのだろうが、上を見れば旗のような物が下がり、開かれた露店を見れば、食べ物や天使の木像、それによく分からない金属の何かなどが売ってある。まったくアーコロジー出身者にワクワクするなという方が無理な話である。
しかし、何もツクヨミとて遊びに来たわけではない。
(お金は持ってきてるけど、此処は大人しく観察に留めておこうか)
ツクヨミは理性でお祭り気分を鎮静化すると、人にぶつからないよう気を遣いながらパラパラ雪の降る道を進んだ。沢山の行き交う人々の会話なども目撃し、そろそろ祭りの雰囲気も理解出来てきた頃だ。
そろそろ別所にも移ってみようか、そう考えていた時──。
「ん?」
少し人だかりの落ち着いた目線の先。道の離れとなる街灯の近くにはベンチがあり、そこに二つの影が佇んでいた。距離が離れており人が寄り付いていないが、"それ"は確かに聞こえてくる。
「……」
小さな影の悲し気な声だ。ツクヨミは唐突なトラブルの予感に行動を数瞬迷うが、次の時には後ろへ声を掛けていた。
「すみません、神官長様。少しだけここで待っていてもらえますか? すぐ戻りますので」
「? か、畏まりました」
しっかり着いて来ていた闇の神官長に深く隠れた頭を下げ、ツクヨミはそちらに歩み寄っていった。
♦
「グスン、グスン」
「……」
木製のベンチに腰掛ける少女は今、啜り泣いていた。どうにも悲しい気持ちが収まらず、隣に座る一回り大きな金髪の少年──自身の兄に縋るよう泣いていた。しかしかれこれ十分、状況がどうにかなるようなことはなかった。
事の発端は朝からのこと。今日は神様が降臨した次の日ということで祝日になっており、少女もまた街で開催される祭りに出かけていた。兄と一緒にだ。両親は何やら偉い人とお話があるらしく、二人は銀貨一枚というそれなりの小遣いを渡され、フライング気味にこちらに出てきている。
しかし不運にも少女はそのお金をどこかに落としてしまったらしい。そのため、祭りだというのに何も買えず、兄の買い物に付き合わされている。そして何より心に来ているのは兄だけがそのお金で小さな金属製のアミュレット、いわゆるお守り──を買っているということだ。
年頃だというか、背伸びをしたい時期だというか、つまりそういう背景で泣いているというのが現状である。
「なぁ、いい加減泣き止めよ……。ほら、父さんにまたお金貰えばいいじゃん」
「……でも、お守り、買いに来れないかも」
「それはそうだけどさぁ」
兄が困り顔で手元のアミュレットに数度目線を行き来させる。
そんな時のことだった。
「……どうしたの? こんなところで泣いて」
うわっ! と声を出しそうになった。いや、隣の兄は実際に出していただろう。声のした方に目を向ければ、いつの間にか隣には屈んだ大人の女性らしき人が佇んでいた。その顔はよく見えない。しかし何より恰好が異様だった。黒いローブに包まれた姿は明らかに怪しい人のそれで、恐らく親からも近づいてはいけないと言われる類の人の恰好だった。
「え、あ……」
怖いというよりは緊張して上手く言葉が出ない。しかしすぐにでも逃げなかったのは、恐らくその声が女性特有の優しいものだったからだろう。
それは兄も同様のようだった。
兄は少し警戒気味ではあるが少女の代わりに、手に握られたお守りを見せながら喋り始める。
「えっと。じ、実はこいつがこれが欲しいって言い出して。でも、馬鹿だからお金落としたらしくて。それでお守り買えなくてベソかいてるん……です」
「そういうことだったの……。なるほど、ちなみに幾らくらい?」
「銅貨9枚です」
「いや、結構高いな」
女性から鋭い突込みが入る。少女も家柄で割と金銭感覚が狂っているところがあるが、確かに銀貨1枚近いお金は決して安くない。それこそ、美味しいお菓子も複数買えるし、安い宿なら食事付きで泊まれるくらいの金額だ。
それを落としたという事実に……また悲しくなってくる。
「あー、大丈夫大丈夫! お姉さんお金あるから。じゃあこのお金で買ってくる?」
そうして女性はローブの懐から銅貨を取り出すと、美しい手の上にそれを乗せてこちらに差し出してきた。少女は突如現れた
「ありがとうございます。でも、泣いちゃったので、ちょっと恥ずかしいかも」
「あー、そっか。……じゃあ分かった。私が代わりに購入してきて渡すよ。お兄さんの物と同じ物でいいよね?」
「あ。……妹が何から何までごめんなさい」
隣に座る兄が見たことないほど律儀に頭を下げる姿に少々の楽しさと申し訳無さを感じつつも、少女は既に立ち上がって兄の示した方向の通りへ歩いて行ってしまった女性を見送るように俯いていた顔を上げる。
既に悲しい気持ちは消え去っていた。少女はさながらヒーローのような、姿の分からない女性のことを夢想する。
(どんな人なんだろう)
とても親切な女性。母と同じくらいか、少し若いくらいだろうか。時折見せる機敏な動きは少女の女性像と少し違っていたが、何はともあれ恩人に変わりはない。
それから数分。思ったより早く通りから戻ってきた女性は、何かから隠れるようにこちらに走ってくるとベンチの横に屈んでからそれを差し出してきた。
「はい。今度は失くさないようにね」
両手で小さな金属製のアミュレット──お守りを受け取る少女。その嬉しさからついにこりと笑顔がこぼれる。
その流れのまま女性の方へ顔を上げると、その時、一瞬目が合って──
「おい!! ふざけるなっ」
突然、道の真ん中から男性の大声が響き渡った。少女は肩をびくりと揺らし、咄嗟にそちらに目を向ける。見れば服の一部が汚れた男性が顔を強張らせて目の前の転んだ老人を睨んでいた。
どうやら先ほどのはこちらに向けられた言葉ではなかったらしい。しかし安堵したのも束の間、すぐに男は次の怒鳴り声を上げ始めた。
「どこぞの薬師だか知らんが、私を誰だと思っている!? 私は由緒ある家紋をスレイン法国に持つベリオッド家の長だぞっ。この服とて、我がベリオッド家にて代々伝わる六大神の時代からの遺産……」
一拍置いてから男は更に声を大きくする。こちらにも容易に届く声量で。
「それを、汚い薬で汚すとは……っ。神への侮辱に他ならない! 謝罪として金貨15枚は払って貰おう!」
必死に頭を下げる老人に対し、男は法外な金額を叩きつけていた。それは貴族ならまだしも一介の薬売りが払えるような金額ではない。しかし今にでも殴りかからんとする男の勢いは本物で、周りにいるこちらも何かすべきなのかと不安になるような状況であった。
(怖い……)
少女はいきなり始まった騒ぎにぎゅっと目を瞑るように動けなかった。隣では「ユグドラシルにそんな装備なかったと思うけどなぁ……」とか意味不明の言葉が聞こえてきたが、少女はそれどころではなかった。
少女は助けを求めるように片眼を開けて、隣の女性の裾を掴む。
女性はというと少し驚く素振りを見せるが、すぐに状況を察したようで少女の背中を摩ると、耳に手を当てて小声で何かを話していた。
「このっ!」
そんなことに女性が時間を使っていたためか男は既に地面の小石を拾い上げていた。そして女性もそれを見て焦ったのか、とうとう立ち上がって間に入っていく。間一髪だった。
「何だ、お前は? いきなり間に入ってきて。私はベリオッド家の者だぞ? 聞こえなかったのか!」
「ええ、聞こえております。しかし今は祭りの最中。暴力は良くないと思います。祀られる神様の失礼にもなるでしょうし、ここは話し合いを──」
「何だと? 貴様のような怪しい者に我らが神の何が分かるというのだ! この服は神の遺産。それを汚され話し合いだと!?」
男はその言葉によほど腹を立てたのか、女性の方へ手を伸ばし始めた。女性もそこまで短絡的とは思っていなかったのか驚いた様子で距離を取っている。立ち上がった薬師も止めに入りで、めちゃくちゃになっている状況。
しかし、そんなカオスな状況もすぐに終わりを迎える。
──その場の全てを収めるような重々しい声が突如として響き渡ったのだ。
「静まりたまえ」
六大神の紋章を象った漆黒のローブ。神官位の更に上位者のみが被ることの許される立派な帽子。
そこに現れたその御仁はそれを見事に着こなしていた。彼こそ、この国の誰もが知る人物──
「や、闇の神官長……様?」
少女も、ベリオッドとかいうおっさんも縮まり返るようにその遥か高位の存在に目を向けていた。
「貴殿かね。六大神、そして新たに降臨為された神、ツクヨミ様の名をみだりに唱える者は」
「……」
「今は祭りの最中である。くれぐれもそういった言は慎むように。
闇の神官長がそれを唱えると、たちまちベリオッドの服に付着した薬品の類の染みは掻き消えた。異を挟むことなどできるはずもない。ベリオッドはただ頭を下げるしかなかった。
「では私はこれにて」
闇の神官長は騒ぎが収まったことを確認すると元来た方向へ去って行く。その際ちらりとローブの女性の方を向いたような気がしないでもない。
そして闇の神官長の近くにいた人々もまた、放心状態からようやく心を取り戻し、緊張から解放されるように歩きを始めた。それはせき止められた水がまた流れ出すような光景だった。
「ごめんね。じゃあ私も行くよ」
女性は近づいて来てからこちらに頭を下げると、何か急いだ様子で去っていく。
「あ、ありがと──」
それを言い終える前に、女性は人混みの向こうへと消えてしまった。
~~~~
「色々と御迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません……」
「いえいえ、神が謝るようなことなど一つとしてございません」
出て来てから一時間ほど。祭りを十分に見て回ったツクヨミらは神殿内に帰投している最中であった。敷地内であるので、
いつもの完全装備というやつだ。しかしツクヨミの表情は冴えない。身バレはしなかったものの、色々と大胆に動き回り、神官長には多くの面倒をかけてしまったためだ。
(怒ってるかなぁ。いや流石に怒ってるよね。慎重とはなんぞやって感じだったし……)
ツクヨミは今日のそれを反省しつつ、右前方を歩いてもらっている闇の神官長を一瞥する。基本的に闇の神官長は声色も変えず、表情も少ないので感情が読みにくい。それに今は前を歩いておりどんな顔をしているのかも見えなかったので、話しかけることも憚られた。
そんなこんなで時間が過ぎる。無言のまま数分が経ち、そろそろ丘も遠目に見えてくる頃のこと。意外にも先に声を発したのは闇の神官長の方だった。
「……ツクヨミ様は今回の祭りへのご参加、お楽しみ頂けたでしょうか?」
突然の問いに驚くも、その答えは一つだけだった。
「勿論です。グレーム様のお陰でとても楽しむことが出来ました。寧ろ私ばかり楽しんで少し申し訳ない気持ちです」
「いえいえ。そのお言葉こそが我々の至上の喜びでありますので、そう仰って頂けて何よりでございます」
闇の神官長は立ち止まる。これだけは申し上げておきたい、という風に。
「私はツクヨミ様が祭りにご興味を抱かれていると知った時、とても嬉しい気持ちでした。少々のお目汚しをしてしまったことは深く反省する点ですが、今でもその命を受け、ご一緒できたことは光栄に思います」
……
「ですから今後も神がお求めになられるなら、遠慮なく何でもお申し付けください。それが我々の生きる意味であり、救いそのものなのですから」
闇の神官長はそう言い切ると、鷹揚に頭を下げてから再び歩き始めてしまった。周囲にはただ余韻のみが残る。しかし、それは短くも神官長の健気な訴えそのものであるよう感じられた。
(遠慮なく、か)
姫は、もっと我儘でもいいんじゃないでござるか?──
そんな内容を遠回しに話していた友人のことを、ふと思い出した。
いつの間にか……ツクヨミは自分を押し殺すことを良しとしていたのかもしれない。だからこそ、今回のお願いを闇の神官長は快く引き受けてくれたのだろう。それが神の数少ない望みだったからだ。
(私ももっと、彼らと向き合ったほうがいいのかもしれない。我儘に、我儘にね……)
ツクヨミはそんな自分を想像しつつ、果たして大丈夫かと少し可笑しくなるが、そんなのでも幾らか胸のつかえが取れるような気がした。
ツクヨミは歩く。長い平地を。そして大神殿を目指す。
昼からは重大な会議があるので、遅れることはできない。それに人と会うという約束もあるのだ。
ツクヨミは石段の下まで着き、そしてその時、それの真の意味を理解することとなった。
「ツクヨミ様。民への寛大なご配慮の元、祭りへご参加頂き誠にありがとうございました。我々も今、"巫女姫"と共に大神殿へ戻る所でしたので、どうぞ、先にお進みください」
そう声を掛けてきたのはこの国のトップである最高神官長。しかし、集まっていたのはそれだけではなかった。見れば水の神官長、水明聖典と共に、跪く多数の儀仗兵の女たち。そしてその間に立つ──薄絹に覆われた全裸同然の人形の如き少女達がそこにはあった。