Moon Light   作:イカーナ

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31.準備

「何を話しておられるのですか?」

 

 女性特有の高い声色が広い空間──奥行にして数十メートルはありそうな議事堂の最奥でぽつりと響いた。

 豪華というより壮大。用意された椅子は人には大きすぎる物が多く、高い天井からは巨大な照明が吊り下がる。そんな場所には──

 

「おや、君か。足音が小さいから誰かと思ったよ」

 

「……」

 

 竜を模した白金の鎧。そして人間の大きさを優に超える赤みがかった姿の人食い大鬼(オーガ)が佇んでいた。

 

「御戯れを……白金の主。貴方様であれば、僅かな気配の変化でもそれが誰かなどお見通しでしょう」

 

 そして声を掛ける女性もまた人ではない。

 兎人(ラビットマン)鉄鼠人(アーマット)土掘獣人(クアゴア)の近親種に当たる彼女は白の毛皮と橙色の瞳が特徴的な二足歩行の、華奢な服を着た兎といった姿をしている。

 

 

 

 彼らは皆アーグランド評議国の評議員を務める者達だ。

 その中でもとりわけ地位が高い……絶対者とも言える永久評議員の一人は荘厳な声を魔法を通して発する。

 

 

 

「こっちの身体だとそうでもないよ。それより、さっきの話だったね。私たちはこの国について少し話していたところで……私はその近況を聞きながら色々と驚かされていたところさ。此処は君たちに随分任せきりだったからね」

 

「ツアー様はお忙しいですからね。主不在の時、評議国を正しく導くのは我々の務めでございます」

 

「私も、彼女と同意見で、ございます。白金の主。我々は、剣のような物、ですから」

 

「そうかな──」

 

 ちらりと巨大な透明の窓の外にある綺麗な景色を眺めてから言葉を漏らすツアー。それは確認か。それとも疑問だったのか。主の独白に白兎は深く頷くと、言葉を続ける。

 

「はい。……しかし、だからこそツアー様が未だここに残られているのは大きな理由があるのではと考えております。先日永久評議員の方々で話し合いがあったようですが、このタイミング。やはり……脅威なのですか? 彼らは」

 

「……それはぷれいやーのことかい? それならそうだね。今回スレイン法国に行ったという彼、いや彼女は強さだけで見れば私達(ドラゴンロード)から見ても脅威だろう」

 

「それは、かなり危ういのでは……。法国と言えば亜人排斥を目論む評議国の仮想敵国。放っておけば、我々は攻撃される恐れが──」

 

 そこで待ったが掛かる。評議員達の焦りを他所に、ツアーは変わらず整然とした態度だった。

 

「いや、実はその心配に関してはあまりしていない。私の友人の話ぶりからも、今回のぷれいやーが世界を蹂躙する可能性は低いと見ている」

 

「それ、ならば、何故?」

 

 隣の大鬼(オーガ)からの疑問の声も、白兎の困惑も当然のものだった。今回のプレイヤーが友好的ならば、わざわざこの世界で最強とも謳われる存在が未だ此処に残る理由がないからだ。

 

 彼らの疑問に応えるように、ツァイン・ドルクス・ヴァイシオンは眼の奥の青い灯を揺らす。

 

 

 

「それはね。私は今回の転移が、必ずしも()()()()()()()()んじゃないかと考えているからだよ。それを確認するまでは安心するのも早い」

 

「なるほど。仲間や従属神の有無ですね。確かに法国に舞い降りた神が善人でも、周りがそうであるとは限りませんからね。まぁ、あの国の上層部にも言えそうなことですけど」

 

「ふぅむ。では、白金の主。我々は、それらの、調査を行えば、良いですか?」

 

 巨大な拳を握る大鬼(オーガ)。やる気は上々といった所だろうか。しかし、ツアーはそれに首を振る。

 

「いいや、君達はこれまで通りで構わない。……まぁ言い換えれば彼らをあまり刺激しないように頼みたいんだ。永久評議員にもそう言ってある。少し大変だったけどね」

 

「他の永久評議員の方々も色々意見を持っておられるようですからね。何はともあれ静観、承知致しました。実際下手に動かない方が我々は安全そうですね」

 

「それも、そうですな。それに、確かにケッセンブルト様の仰られていた通り、八欲王や()の英雄みたく、ぷれいやー? が勝手に消えることも、考えられますし」

 

 評議国は基本的に竜王傘下なこともあり、反プレイヤーな立ち位置にあるが、それでも永久評議員の過激さは群を抜いている。単独のプレイヤーに対して様子見という対応を取ったツアーを全面的に支持していたのは、それこそオブシディアン・ドラゴンであるケッセンブルト=ユークリーリリスくらいだった。

 

 

 

「……ツアー様? どうかされましたか?」

 

 

 

 何故か数秒固まっていたツアーに白兎は声を掛けた。

 

「いや、何でもないよ。じゃあ一先ずはそういう感じで行こう。私はまた少し調べ事に入るから、どうか君たちも気を付けてね」

 

「「はっ!」」

 

 そう言い残すと、白金の鎧の主は首筋に着いた白の羽毛を翻しながら、すぐに議事堂の出口へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 あれから五日の時が過ぎた。

 

 神の降臨により行われたパレードや、それに纏わる祭りの催しの多くが終了し、少しずつ落ち着いてきたスレイン法国は次の日常に向かいつつあった。

 市民などは大抵が家に戻り、信心を持って仕事に取り組んでいる。公共機関で働く者や、離れの村に住む者──いわゆる農家と呼ばれる人々も同様だ。

 

 そしてその生活の変化は神官長といった政治的存在に加えて、神であるツクヨミにも当然及んでいた。

 

 

 

「むむむ」

 

 

 

 午前。大神殿にも太陽が昇り、辺りを優しく照らしている頃。ツクヨミは大神殿内にある巨大な図書館で頭を捻っていた。

 あれから色々とやることが多すぎて、疲れ気味だったツクヨミだが、今は神秘的で奥ゆかしさのある図書館で作業をしているからか、新鮮な気持ちで作業を行えてはいる。座っている椅子はふかふかで心地よささえあるし、魔法の光源で照らされた室内は高い天井さえ見渡せるほどクリアだ。

 

 しかし、目の前の机上に置いて広げた"それ"の内容は思ったより難しかった。それでも一つ幸いなのは内容も文字も此処の物より見慣れていることだろうか。幅広なそれのページをぺらぺらと捲っていると──

 

「先ほどの物と同じ物ですか? 何だか見たことのない文字ですが……ツクヨミ様の御持ちの物なのでそれも凄い物ですよね」

 

 すぐ隣から声がした。そちらに目を向けると立っていたのは金髪に碧眼の少女だ。頭上から質素な装飾を垂らし、その体には薄着の白い神官服を着ている。

 

 ツクヨミはそんなすっかり神殿に馴染みつつある少女に少し困り顔で笑いかける。

 

「ええ。これは少し貴重な物ですが、それより使用する素材の用意が大変ですね。なのでもう少し皆さんにお手伝いして貰うことになるかもしれませんが、あれだったら少し休んでもらっても大丈夫ですよ? 病み上がり……みたいなものでしょうし」

 

 そう言うと少女は両の拳を可愛く握り、

 

「何を仰いますか。神様が御国のために頑張っていらっしゃるのに、我々だけ休むなどできません! それにツクヨミ様の御力になれるのは一巫女姫としてこの上ない名誉であり喜びです!」

 

『コクコク』

 

 何とも信仰厚き言葉が返されるのだった。離れた位置で慎重に作業している似たような青の衣装、そして茶の衣装を着た少女も頷いている。

 

 巫女姫──。それが彼女たちの素性だ。彼女らは先日、ツクヨミによって叡者の額冠の呪いから解放されたので、分類としては一応ここでの役目を全うした存在である。そのため、最高神官長も情報漏洩の懸念があったようだが、彼女たちに全ての自由を与え、ある者は此処に残し、ある者は街に戻らせた。その中には親への久しい挨拶などもあっただろう。

 

 しかし、結局のところ巫女姫は全員この場に戻ってきた。多少の恐怖心はあれど、法国を、そして自分を救ってくれた神のために働きたいと上申したのだ。

 

(神官長も前向きだったのは良かったけど……大丈夫かなぁ。殆ど未成年、って言ってもこっちじゃ成人だけどさ)

 

 幸い巫女姫は元々マジックアイテムへの適正も高く、魔法の知識や才能にも長けていたので大神殿の内情を知る者としてはかなり貴重な人材だった。そして世話係にもまた事欠いてはいない。

 

 

 ツクヨミはちらりと図書館の入り口の方に目を向ける。

 

 

 そこには水の副神官長や光の副神官長、それに土塵聖典の隊員数名などがいる。彼らは国政で忙しい六色神官長などの代わりにツクヨミに付く者達であり、当然巫女姫の監視や警護といった役割を持っている。

 ちなみにこれは余談だが、補佐となる副神官長は女性が多く、特に高齢の者が多い。それは女人のみの六色神殿──巫女姫の聖域での職務が存在していたからでもあるが、これはまぁ細かい話だろう。

 

 

「それなら良いのですが、皆さんもお体にはお気を付けくださいね」

 

 

 そう言うとツクヨミは目の前の作業に再び集中する。

 

 

 今行っているのは──あるアイテムの実験。そして今後を見据えた周辺状況の改善である。というのも、今までツクヨミはこの世界に来てから様々な物事を解決するためにユグドラシルのアイテムを消費してきた。それはツクヨミが集めてきた膨大なアイテム量に比べて決して多い量ではない。

 

 しかし……当然だがこちらの世界で消費した高位の水晶や巻物(スクロール)、ポーション、課金アイテムといった物はこちらで二度と手に入ることはない。何かある度に使いまくっていては、懐の消耗もかなり激しいものとなるだろう。

 

 

 そしてそこで考えたのが『傭兵モンスターの召喚』である。

 

 

 傭兵モンスター。それは召喚にユグドラシル金貨を使うという欠点はあるものの、魔法で呼び出すモンスターと異なり時間経過で消える事が無いという利点がある。これはいざという時の戦力としても、何かを行う際の手足としても極めて有用な(しもべ)となる。

 

 ここ、大神殿の一階にある歴史の書物が並ぶ室内で行っているのは正に召喚用の本型アイテムの試用だ。勿論、スペースは図書館というだけあって十分に広い。

 

(しかし思った以上に必要素材が多いな。さっきの小型ゴーレムは安い金貨だけだったけど、こっちは上級モンスターの素材を1、2、3……4種も要求してくるのか)

 

 これにはツクヨミも内心で愚痴を溢す。時々だが、そのサイズやレアリティ、強さによって金貨だけでなくレアモンスターの素材を要求してくるものがある。これは割と怠いやつであり、特に課金ガチャでそういう本が出てきたときには"クソ運営"とプレイヤー達は叫んだものだ。

 

「まぁいっか……。どの道、今後も足は必要になるしね」

 

 そう──現状一番の課題は移動の足そのものだった。ツクヨミは今後……というより近日中に国内へ出かける予定があるのだが、その際の移動の方法はやはり問題となった。馬車だと時間が掛かりすぎるし、走って行くのはあまりにあまりにもだ。そんな神様が居たら正直嫌だろう。

 

 そのため、騎乗用の高レベルモンスターの召喚は他のアイテムとの併用もしやすいという利点もあるので、あまりケチるべきではない。逆に言えばツクヨミは今、回復や巻物(スクロール)の研究については研究館長にアイテムを渡して(丸投げして)いるのでそれほどアイテムの消費もない。

 

(回復と言えば、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の研究が法国で既に進んでたのは驚いたけど、それ以上に研究館長の乱舞には震えたな……っていうのはまぁいいか)

 

 ツクヨミは先日の情景を頭に浮かべながらも、そっとその思考を振り、おもむろに中空でアイテムボックスを開いてから、素材アイテムの一部を取り出す。そして巫女姫たちと整理を開始した。

 

「これはそっちですね」

 

「なるほど。ではこれはこっちと」

 

『タタタッ』

 

 そうして十五分ほど、散乱していた素材もコンパクトにまとまったので、ツクヨミは一旦それらを回収してから儀式に使用する分の素材を無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れ、ショートカット化する。これで傭兵モンスター召喚の準備はOKである。

 

 ツクヨミは椅子から立ち上がる。

 

「ツ、ツクヨミ様……?」

 

「これから少し大きなモンスターを呼び出すので、場所を移しましょう。そうですね、裏庭の方とか……お借りしても大丈夫でしょうか?」

 

 振り返り、ツクヨミが声を掛けた先の老婆──水の副神官長は鷹揚に頭を下げながら答える。

 

「勿論でございます。最高神官長様にも神の御心のままにせよと仰せつかっておりますので、我々はすぐに準備を。ほら、皆の者、早く移動の準備を!」

 

「「はっ!!!!」」

 

 そうして、ツクヨミを筆頭に図書館から多くの人々がすぐに出ていった。屋内は再び静寂に包まれた。

 

 

 ────

 ──

 

 

 大神殿の玄関を抜け、重厚な扉を開ける。辺りは薄っすらとした日が昇っており天気は悪くない。

 ツクヨミはそのまま整った石段を踏みしめ下の平地に降りると、左手に伸びる大神殿の後方に続く道を進んでいった。少しずつ緑の茂った、広い空間が現れてくる。

 

 

(ここを通るのもここに来て二回目かな? あの時はアリシアとだったけど、一週間……とちょっと前くらいのことか。忙しすぎて何か久しぶりって気がしてくるなぁ)

 

 

 ついこの前まで教会の偉い方が挨拶に来ていたり、神官長から政治の状況を聞かされたりしていたツクヨミはある種神殿に引きこもっていたのだが、こうして外に出てくるとやはり気持ちの良いものだった。

 

 

「この辺り……でいいかな?」

 

 

 裏庭は美しい噴水に見事な花壇や六大神の彫刻、他には奥に訓練用の施設や宿泊の建造物があったりするのだが、ツクヨミはそこから少しだけ距離を取った、背の低い草生える平地まで歩いてから後方を確認した。

 

 そこには先ほど手伝ってくれていた少女三人とそれを見守っている副神官長達、土塵聖典の姿がある。皆畏まった様子でツクヨミの後を着いて来ていたようだが、これから起こることへの関心はやはりあるようだった。そりゃ小型の歩兵ゴーレム……勿論低レベル──で感嘆の声を上げていたのだから、でかいモンスターの召喚とまで言われたら気にはなるだろう。

 

 

(最高神官長も()()の使役は大丈夫って言ってたし。よし、じゃあ早速やってみますか)

 

 

 ツクヨミは傭兵召喚用の本を懐から取り出すと、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)内の素材アイテムを床に並べ、そして必要量のユグドラシル金貨をアイテムボックスからリリースする。

 

 

 

「儀式魔法、発動」

 

 

 

 先程と同じように……いや遥かに眩い光が本から発生し──

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 少女、アリシア・デイス・ファーインは自身の武器である巨大な戦鎌(ウォーサイズ)を横に置いたまま、退屈そうに訓練場のドームを上から眺めていた。

 

 その場にはいつもの面子。第一から第六までの漆黒聖典がいる。

 第七、第八席次は番外席次の代わりに宝物殿の警護……といってもその前の通路でだが──のためここにはいない。それは秘匿された漆黒聖典と言えど、来たるときに備えて全員が訓練を欠かさぬべきという神官長達のお節介なローテーションの賜物であり、アリシアもそれに付き合わされているという訳だ。

 

 羨ましくも今日は少し嬉しそうに訓練を行っている隊長は、何やらこちらに気付いたのか剣を収めると、訓練場を乱さぬようこちらに近付いてくる。

 

「番外席次、折角来たというのに訓練はしていかないのか? 今日は特別にツクヨミ様がお造りになられたゴーレムが試験も兼ねてとのことで……神官長から与えらえれているというのに」

 

「私はいいよ別に。あれぐらいなら、もしかしたら壊しちゃうかもだし……皆の邪魔しても悪いでしょ?」

 

「……」

 

 下で隊長が難しい顔をするのを見て、アリシアは少しだけ目を逸らす。少しだけ居心地が悪い。まぁそれは前からの話であるが。

 

 アリシアはエリート中のエリートである漆黒聖典の中でも頭一つ抜けて強かった。神官長曰く神の血が混ざっているとか何とかで、昔から特別扱いをされており大神殿から出たことは殆どない。だからといってここでの訓練が気晴らしになるかと言うと、それは最初の頃だけの話だった。

 

 ようは相手になる相手がいないのだ。辛うじて戦いになるのは隊長のみ。競う相手も、超える目標もいないのに強くなれと言われてもやる気が出る訳が無かった。

 

 

 だからこそ、あの日──。

 

 

 図書館で物珍しい銀髪の人物を見つけ、そしてその人物こそがこの国に降臨した神であると知った時は本当にワクワクしたものだ。本当に運命だと思ったのだ。

 アリシアの退屈を打ち砕く、ただ一人の存在。

 

 しかし最近ではその神、ツクヨミとも会う頻度は落ち、アリシアは既定の任務を再度任されているのみであった。正直、神官長達にツクヨミを占領されている……という気分を抱いてるというのは正解だ。

 ただただ不服である。

 

「そうか。まぁ、私で良ければいつでも相手になるから、気が向けば参加してくれると嬉しい」

 

 そんなアリシアに隊長は怒ることなく気を遣ってそう言ってくると、少しこちらを気にしつつ背を向ける。力不足でも感じているのだろうか。アリシアは少しバツが悪くなって、何を言うか迷った挙句、ちょっとした内心を吐露することになる。それは言うなれば独り言の部類であった。

 

「……ツクちゃんでも、あれ以上のモンスターはやっぱ難しいのかな」

 

「どうだろう。言ってしまえばあのゴーレムとて我々からすれば規格外といえる存在なのだ。ツクヨミ様も気を付けてと仰られていたらしいし、訓練相手としてこれ以上は無いと言えるほどの上質な魔物。戦士であられるツクヨミ様がどこまで可能かは、正直私程度では窺い知れないな」

 

 好奇心はあれど、神を試すような真似はしたくないという態度の隊長はそれだけ言うと歩いていく。

 アリシアもまた、もやもやした気持ちを吐き出すように武器を持つと、第三席次達と対峙しているゴーレムを一瞥してから立ち上がった。

 

 

(一応素振りでもしとくかなぁ)

 

 

 そんなことを思った時だった。

 

 

 

 

『!?』

 

 

 

 

 まるで強大なモンスターが現れたような、強大な力の奔流とも言える肌触りがここまで流れてきた。それは確かに微かなものだ。しかし、百戦錬磨の強者である彼ら……特にアリシアや隊長がそれを察知できないはずがない。何か外から魔力も漏れている気がする。

 

 

「っ!! すぐ外か? 皆、一度訓練を止め、外に行くぞ! もしかしたらたった今何かが起きたかもしれない!」

「音も……します。風の音です!! モンスター、それこそドラゴンかも」

「ゴーレムよ、止まれ! よし、命令は問題ない。隊長よ、直ちに向かおう!」

 

 

 そうして一目散に武器を構えたままアリシア含む漆黒聖典の七名は外に出る。皆慌てた表情だが、鋼のような冷静さを持って駆け出した。しかし、すぐにその足を止める。

 

 

 

 ──雲の隙間とも言える上空から、とてつもない怪物が姿を現わしていたのだ。

 

 

 それは巨大な翼、長く伸びる鋭い鉤爪、雄々しい立派な嘴を持っている。

 姿は上半身が鷲、下半身が獅子といったものだ。

 

鷲獅子(グリフォン)……? いや、そんなレベルの存在なのか? あれは」

 

「す、凄い……」

 

 目線の先のそれはアリシアから見てもヤバいモンスターだった。生まれて此の方見たこともない魔獣であり、強さも風格も桁違いだ。

 しかし関心してる場合じゃないというのは正にその通りで、すぐに思考を切り替える。

 

 敵ならば討たなければ。

 

 

 が──

 

 

「見よ! あちらにツクヨミ様がおられるぞ。副神官長や巫女姫もだ。……ということは、やはりあれはっ!!」

 

 

 第三席次のその言葉を理解できなかった者はいなかった。皆が息を呑み、そして駆け足気味にそちらに近付いて行く。もしかしたら危険が迫っているかもという思考は未だ捨てずに。

 

 

「あれ? 皆さんも来られたのですね」

 

 

 そうして近づいて行くと、およそ15mくらいのところで神の声が聞こえてきた。するとすぐに、風をはためかせながら巨大な鷲獅子(グリフォン)、全長にして10mを超えるであろうそれがツクヨミの横に着地すると、頭を下げながら丸まった。

 

 もはや口をぽかーんと開けるしかない。見ればツクヨミの後方に侍る巫女姫は腰が抜けたように座っており、副神官長に至ってはその生物の神々しさに涙を流し、平伏している。土塵聖典も似たようなものだ。

 

 実際、アリシアも感動と、謎の誇らしさのようなものが湧きたって感情がぐちゃぐちゃになっていた。

 そんな様子の中、第一席次である隊長だけがすぐさまツクヨミの前へ行くと膝を折り挨拶した。

 

「ツクヨミ様、まず神聖なる儀式に割って入ってきてしまったことを謝罪致します。そしてこちらが……新たなツクヨミ様の御遣いであられるのですね?」

 

「つ、遣い? ああ、まぁそうですね。今後移動などにも必要になるだろうと思い、古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)を召喚させて頂きました。どうか仲良くしてあげてくださいね」

 

 そう言うとツクヨミはその黒と灰色のコントラストが美しい鷲獅子(グリフォン)の毛皮をそっと撫でていた。鷲獅子(グリフォン)は基本的に騎乗用のモンスターとして飼いならすのが難しいと言われているので、それがここまで微動だにしてないのはとても珍しい光景だった。

 そんな光景にアリシアはきっと間抜けに口を開けていただろう。

 

「ツ、ツ、ツ……っ」

「ん?」

「ツクちゃん凄すぎだよ……!」

「うわっ!?」

 

 軽く行くつもりが勢い余って抱き着いてしまった。ツクヨミは鷲獅子(グリフォン)が危害を加えられると思ったのか、少し前のめりに来ていたので捕まえやすかったのだ。

 

「アリシア……?」

 

「ごめん。でもやっぱここが一番いい」

 

「それは、ちょっと恥ずいんだけど」

 

 ツクヨミは笑いながらも、軽く頭を撫でてくれる。それはまるで、もう離れて久しい母親の胸の中にいるような気分だった。

 

「もう少しだけいい?」

 

「……いいけど、でもまたすぐ出ることになるかも」

 

 そのツクヨミの言葉にアリシアは少々の寂しさを憶えるが……しかし、いつまでもこうしていられないのも分かっている。

 いつものように周りに不敬だ! と言われないことに少し疑問を感じつつもアリシアはその温かさを感じながら、そっと離れた。

 

 別に大して離れる訳でも別れる訳でもないのだから。

 

「あれ?」

 

 そして気を取られていたから今まで気付かなかったが、いつの間にか彼らの後ろには大元帥の姿があった。どうやら何か用があるようで小走りでここまで来たようだ。

 

「申し訳ございません、ツクヨミ様。軍の方の仕事に少し手間を取ってしまい……。しかし、凄まじい魔獣ですな。ツクヨミ様の御力に、改めて敬服いたします」

 

「ありがとうございます、大元帥様。しかし何もお急ぎにならなくても良かったのですよ? 先の件は早くて多分明日から、だと思いますから」

 

「そうでございましたか。しかし、国内とはいえ遠出となりますから、ツクヨミ様が良ければ後でその道程等についてお話し致しましょう」

 

 そう言って彼らは話を終える。神と神官長達は次に何をしにいくのだろうか。そんなことを考えながら、アリシアは自分より遥かに巨大な鷲獅子(グリフォン)の姿を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今日は何の話かな?」

 

 青白い空間。永続光(コンティニュアル・ライト)が浮いた室内で、闇の神官長が焦げ茶の飲み物、こーひーと呼ばれるものが入ったカップを机に置きながら座る。そこは応接室のような空間となっていた。

 

 闇の神官長の隣には、茶髪に赤の帽子の火の神官長が座り、そしてその対面にはとてもリラックスした様子とは言えない真面目くさった顔をした最高神官長が座っていた。

 

「最近、法国が他国と多くのやり取りをしていることは知っているな」

 

「当然だとも。帝国のみならず、王国も、聖王国も、そして森妖精(エルフ)も今は相手にしているからな」

 

「書簡の多さには流石に忙しさを感じざるをえない。最高神官長も大変だろう。私はまだ請け負う範囲が狭いからましだが」

 

 労いの声を掛けたりする彼らの様子は会議よりはラフなものだが、最高神官長の真剣な雰囲気に決してふざけたりする真似はしない。

 一体何を話すのだろう、そんなふうに待つ二人に最高神官長は一呼吸置いてから口を開いた。

 

「うむ。それでだが、やはりその内容を見るに我々と他国の間には大きな隔たりがあるように思う」

「隔たり?」

「そう、言うなれば彼らは今のこの状況の重大性を特に理解していない」

 

 最高神官長がそう言うと、二人はある程度話の方向性が見えてきたのか仕事モードのスイッチが入る。休憩中に何をと思うかもしれないが、別にこういった話は人類を纏めてきた彼らにとって珍しい話ではない。

 闇の神官長はカップを持ちながら、対面の言を一定は理解しつつも議論を進めるべく疑問を飛ばした。

 

「そうかな? 少なくとも帝国や聖王国は神の降臨がどういった損得を齎すか理解しているよう感じるが」

 

「それは確かだ。しかしそういう理解ではない。他国はこの地に神が……ツクヨミ様が"降臨された意味"を何一つ理解していないということだよ」

 

「どういうことだ? 最高神官長よ」

 

 少し難解な言い回しが続いたため、火の神官長はその真意を聞くべく最高神官長に強く尋ねた。"降臨された意味"などと言われれば、彼らとて適当な意識ではその内容を聞けないためだ。

 

 最高神官長は長く考えごとをした老人のように、それを厳かに語り始める。

 

「火の神官長、そして闇の神官長。お主らは考えたことはあるだろうか。ツクヨミ様は何故、今になって我々の前に姿を現わして下さったのかと」

 

「……」

「……」

 

「これについてはツクヨミ様の現れる前、その動向に着目すればすぐ分かる」

 

 それにピンと来たのか、火の神官長が落ち着いて返答する。それはツクヨミが竜王国で見つかった後、大元帥などの証言から明らかになり、一度上層部で話題になった内容だったからだ。

 

「軍部に混じり、陰から我々を見守ってくださっていた……。なるほど、軍部か」

 

「そう、軍部という我々の組織の中でも言うなれば"現場"であるそこから世界を見ておられたのだよ」

 

 続けて最高神官長は申し訳なさそうに視線を下げる。

 

「そして覚えているか? ズーラーノーンの事件。あれの解決者の容貌、それに関する風花聖典からの情報を」

 

「っ。まさか」

 

 予想していなかった情報に火の神官長は息を呑み、そして闇の神官長は目を閉じながらポツリと呟く。

 

「銀髪の容姿をした女性。そして異常な強さ。秘匿の件もあってあの時は分からなかったが、間違いなくツクヨミ様であろうな」

 

 最高神官長はただ、重苦しく頷く。

 

「……ツクヨミ様はこの世界の腐敗を知っておられたのだ。そして、力無き人間のことも。この意味が分かるだろうか。ツクヨミ様は、我々を──いや、この世界を救うために此処まで来て下さったのだ」

 

「なんと、いうことだ……」

 

 もはや火の神官長は気の利いた言葉さえでなかった。スレイン法国の上位陣とてその真なる意を理解せず、奇跡だと言って喜んでいた。しかし本当はそうではないのだ。

 

「それでもなお、彼ら(周辺諸国)は、この状況の重大性を理解していると言えるだろうか?」

 

 している訳がない。そんな言葉が聞こえてくるようだった。闇の神官長もカップを置いてから神妙に頷く。

 

「そうだな。特に、遠回しに舞踏会に呼ぼうとする王国や神と一度話したいから森に来てくれと言う森妖精(エルフ)はかなり危うい。しかし……それは我々の責任でもある。そうだろう? 最高神官長」

 

「その通りだ。それを今日は伝えたかった。我々はあまりに他国に隠し事をしすぎた。それがいつか、彼らにまやかしの平和を与え、堕落へ誘うとも知らずにな」

 

「……」

 

 皆無言だった。

 スレイン法国。それは秘密主義国家であり、なるべく情報を統制して人類をまとめ上げてきた。それは神無き世の不安定さであったり、王国と法国の宗教観の違いなどもあって仕方のない処置であった。

 しかし、それは同時に彼らの首も絞め上げていたのだ。

 

「やはり他国と対等に接するため、話すべきなのか。全てを。しかしそれは混乱の波にならないだろうか」

 

「可能性が無いとは言い切れない。……しかし、今だからこそ。ツクヨミ様が──神がいる今だからこそ、人は危機を、現実を受け入れられるかもしれない」

 

「それが最高神官長の見いだした活路なのだね……。理解した。そのチャンスは、確かに長くはないな」

 

 

 室内に再び静寂が流れ、そして最高神官長が意を決したように口を開く。

 

 

「私は来月の宮廷舞踏会へ行こうと思っている。そのための準備を今後行うつもりだ。帝国も含めてな」

 

「まぁいいんじゃないか。あまり焦りすぎても良くないが、正直遅かったくらいだからね。最初は情報を絞る必要もあるかもだが」

 

「確かに。ただ、それでも神には話しておくべきだろう。神は国内の辺境地まで行かれるようだから、どこか機を見てね」

 

 

 最高神官長が頷く。その話はここで一旦終わりのようだった。

 

「はぁ。陽光の仕事に加え、軍部への見舞いまで、本当に神の慈悲深さには頭が上がらないものだ」

 

「全くだよ。この前の帝国の件に至っては──」

 

 話が神の慈悲などに切り替わると、場の空気は一転。皆の舌は滑るように進んでいった。

 六大神の内容なども交え、気付けば数十分が経過する。

 午前のひと時も終わりが近づく頃、扉からノック音が聞こえてきて──

 

「神官長……外が、裏庭が凄いことになっておるぞ!」

 

 しわがれた声が外から聞こえてきたので、三人は慌てて腰を上げその場を後にした。

 

 

 それから彼らがその光景に仰天したのは言うまでもないだろう。

 

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