Moon Light   作:イカーナ

32 / 62
32.ひと時の出立

 明日(みょうにち)、ツクヨミは大神殿の入り口とも言える開け放たれた壮大な扉の前に出てきていた。

 

 石造の屋根に覆われたその場所は地面に影を作っており、今も神殿室内を延長したような暗がりを見せているが、ひとたび外に目を向ければ、そこはその明るさに瞼を数度開け閉めさせたくなるような景色が広がっている。

 

 

 尤も、この体だと目を(つんざ)くような眩しさなど殆ど感じられないが──

 

 

 外の景色や肌に触れる冷たい風の感触をツクヨミが昨日に引き続き味わっていると、少し畏まったように後ろから声を掛けられた。

 

「ツクヨミ様。法国内と言えど大神殿の外への出立。どうかお気を付けて」

 

 振り向くとそこには見慣れつつある第一席次の姿があった。他の漆黒聖典からは隊長と呼ばれている、ツクヨミもその本名については知らない彼は片膝を付き、主の外出を見送るように頭を下げている。その動きは鎧を着ているものの優雅であり、貴族上がりの騎士のようにも、屋敷で働く執事のようにも感じられる。

 

「ありがとうございます。またすぐ戻って来るとは思いますが……それまで部屋のこと等はお願いしますね」

 

「はっ! 命に掛けて、神の帰る場所は警護させて頂きます」

 

 隊長の表情はガチであり、言葉以上にその使命感と本気度を感じさせるものだった。

 そこまで畏まらなくてもとツクヨミは内心思うが、神に対する態度としては特に間違っていないだろうと思われたので敢えて口には出さない。

 ツクヨミは隊長の言に軽く頷きを返してから、外に一歩踏み出す。

 

 

(……いい天気だ)

 

 

 輝かしい空に目を向ければ、太陽の位置は既に高い所まで上がっており、もう今が昼時になりつつあることを示していた。朝の時間は基本的にツクヨミの私的な時間となっていて、神官長も気を遣ってか仕事を振って来ない──というよりもっと世話をさせてくれと懇願されるくらいなので出来ることも少ない。

 

 そのため、これからがツクヨミの本格的に動ける時間という訳だ。

 

 ちなみに今日はようやく法国内とはいえ外に向かう予定になっている。これは準備が出来たので前倒しになったとも言えるが、昨日召喚した古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)が思いのほか早く活躍できそうなのは素直に嬉しい所だ。……とはいえ初めての外での仕事。その緊張感も同様に高いと言える。

 

 ツクヨミは普段より気合を入れてから、魔法の光の灯っていない道の中を緩やかな手摺と共に下っていった。すると──

 

「あら、大元帥様に……それに神官長の皆様も」

 

 そこには既に、朝から待機させていた古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の周りを囲むようにして佇む大元帥。そして最高神官長と六色神官長の姿があった。

 

 幾らか畏まったその光景は神官的要素も相まってやや神話的に見える。まぁそれはいいとして、今回ここを出るのはツクヨミと大元帥の二人ということになっている。ということは彼らは態々見送りに集まったのだろうか? 

 ツクヨミが地面に降り立つとすぐに最高神官長であるオルカーが代表して頭を下げ始める。

 

 

「ツクヨミ様。本日もその高貴なる御身を我らの前に晒して下さったこと感謝致します」

 

「「感謝致します」」

 

 

 恭しい声が8つ同時に響く。これはもはや恒例というか挨拶である。もはや突っ込んでも仕方ないので、ツクヨミもせめて神様っぽく鷹揚に頷いておく。

 

「皆様お揃いで。もしかしてお見送りに来て下さったのでしょうか?」

 

「はい。ツクヨミ様が国内の兵士──いや人類のために法国西の国境地まで向かわれるとのことで、畏れながら御前に集わせて頂きました。本来であれば神の御出立……聖典や儀仗兵も含めてのものにすべきかと考えましたが、神の邪魔になってもと思いこうした形を取っております。矮小なる我々をどうか御許しください」

 

「あ、い、いえ。全然大丈夫ですよ。聖典の方も忙しいでしょうしね。神官長様も大元帥様も忙しい中ありがとうございます」

 

 ツクヨミはオルカーの長台詞に若干気圧されつつも、ちらりと視界端に入った大元帥──いつもの軍服より畏まった式典服のようなものを着ている、に目を向け、そうだと話を始めた。

 

「皆様既にご準備いただけているようですね。そういえば、今日は先日から話している通り、傭兵による移動を考えていますが……それは大丈夫ですか?」

 

 指さすのは古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)。全長は10m以上あり、豪華な鞍は付いているものの、乗るのは一苦労といった感じだ。幸い古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)は今も大人しいし、試しに騎乗してみた時も暴れるようなことは無かった。しかしただの人間である彼らからすればそれに乗って移動するのは恐怖でしかないだろう。

 

 しかし大元帥は固くその瞳を閉じると、力強く頷く。

 

「全く問題はございません。……寧ろ宜しいのでしょうか? 私程度の者を神の召喚された神獣に乗せて頂くというのは」

 

「ええ。そこはお気になさらず。ただ、他の移動法。例えば今回試そうと思っているマジックアイテムでも大元帥様の移動自体は可能でしたので、もし気が変わったら言って下さいね」

 

 実はこの話は先日からしているし、その時の彼の答えも言わずもがなだった。しかしながら現物を見て気が変わるというのも無くは無いし、ツクヨミも人を乗せた状態で事故を起こさないか結構な不安がある。それを含めての念押しだ。

 

「ご配慮ありがとうございます。しかし今回の出立は同行する者が恥ずかしながら私くらいなものですので、せめてそこは御一緒頂ければと思います」

 

「……畏まりました。ではそういうことで、そろそろ出る準備を始めますね」

 

 全員が頷くのを見てから、ツクヨミは彼らの間を通るようにして目の前の召喚獣へと歩を進めた。魔法による召喚と違い、金貨による召喚であるこの魔獣とは残念ながら意識の繋がりは感じられない。精神的な結びつきを作る魔法も掛かっていないので当然だ。

 しかし体を低い体勢に屈め、小さく鳴く姿を見れば、その内にある信頼関係は見て取れる。

 ツクヨミは古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)を軽く撫でてから、最後にアイテムボックスからアイテムを取り出す。

 

「ツクヨミ様、そちらは……?」

 

「これは転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)というもので。この前話していた転移アイテムですね」

 

「おお! その神器が、二点間を無限に行き来できるという伝説のアイテムなのですね?」

 

「ええ、まぁ……。使い辛い面もあるので、そこまでの物でもないですけどね」

 

 大袈裟に目を光らせる闇の神官長に返答しつつ、ツクヨミは両手で持った──遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)によく似た大鏡に目を向かわせる。

 

 転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)。それは最上位の転移魔法、転移門(ゲート)とよく似た効果を持つマジックアイテムだ。距離は無限であり、転移の失敗率も0%。

 

 しかし、やはりというべきか誰でも使えるだけあって転移門(ゲート)に比べればその性能はかなり劣る。まず、転移のポイントとなる二点は自分で行って設定しなければならない。つまり思い浮かべただけでぽんとは飛べない仕様となっており、当然他の足を要する。しかもそれに加えて軍勢のような、大多数の人間を通せるほどの大きさには広がらないというものもある。そのため、MPを消費しないとはいえ転移門(ゲート)が使えるプレイヤーはそちらを使うのが普通だ。

 実際、このアイテムは拠点間を結ぶための仕掛け的側面が強く、ユグドラシルでもそちらの用途で使われることが殆どだった。

 

(とは言っても、セットすれば一瞬で行き来できるのは便利だけどね。今回は只の実験になりそうだけど)

 

 ツクヨミがこれを取り出したのはあくまで今後の為の試用であり、神官長や聖典が向こうまで付き添うという予定はない。まぁ一瞬で個人が行き来できるというのは皆のちょっとした気休めにはなるだろうが。

 

(よし、これでいいかな)

 

 手に魔力のようなものを送ると鏡が仄かに光ったので恐らく片側の設定は完了だ。ちなみに今発動されれば裏庭辺りに接続されることだろう。

 

「お待たせいたしました。では大元帥様、行きましょうか」

 

 鏡を再び虚空に戻したツクヨミは恭しく立っている大元帥に手を差し出すようにする。大元帥が近づいてくると、今更もう一つの問題に気づいた。

 

(そういや、高い……よなぁ)

 

 屈んでいるとはいえ、古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の座面までの高さは軽く人の背丈以上はある。常人が馬に乗る感覚で乗り上げるのは恐らくかなり厳しい。申し訳程度の手綱と(あぶみ)はあるが、まず届かないだろう。かといって上から引っ張り上げるのも老体にはかなり酷である。

 

 どうしたものかとツクヨミがその場で考え込んでいると、大元帥とオルカーが一斉に頭を下げ始めた。

 

「申し訳ございません! すぐに足を持ってまいります!!」

 

 彼らも上がれないことを察したのか、はたまたツクヨミが上がれないと思ったのか大急ぎで石段を駆けあがろうとする。ツクヨミはそれを急いで止める。

 

「それには及びません! それにほら、飛行(フライ)。こうすれば上がれますし、大元帥様も持ち上げられると思います」

 

「おぉぉ。なんと素晴らしい」

 

「ご迷惑をお掛けします……。しかし宙に舞うツクヨミ様が光り輝いて……なんと神々しい」

 

 ただの低位階魔法だが、見た目のインパクトが強かったようだ。魔法の光、陽の光、光輪の光。浮いていることも相まって神様し過ぎたのか、彼らが再度平伏し始める。

 

(ま、またこのパターンか……)

 

 流石に面倒くさいと思わざるを得ない彼らを宥め、白髪の老人を鞍の上まで運ぶのにそれから数分ほどが掛かった。

 

「では行きますよ?」

 

「はっ!」

 

 少し溜め息混じりにツクヨミは古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)に合図を送る。すると下から力強い地鳴りが聞こえてくる。魔獣使い(ビーストテイマー)の職業は持っていないツクヨミは頼むぞという気持ちで手綱を心なしか強く握る。傭兵だからその辺は指示に忠実だろうが、正直不安だ。

 

 いざという時は飛行(フライ)で安全確保しようと思いつつ、二人はその場を飛び立つ。

 

 離れた位置に移動して体を屈めている神官長達の姿もまた、瞬く間に小さくなっていった。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

「おお」

 

 一面に広がる青空の景色は、多少外面を取り繕っているツクヨミであっても感嘆の声を隠せないほどであった。

 

 あれから数十分。古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)飛行(フライ)とは比較にならない速度で上空へと昇り、法国の空を優雅に滑空している。予想していた通り、方向を定める最初の操縦には苦戦させられたものの、それでもその背の上は思った以上に快適だった。

 ユグドラシル由来の鞍の効果かは分からないが、受ける風もそこまで強くはなく、本来は極寒であろう空の上でもほんのりと温かみを感じられるような空間がそこには広がっている。体感としてはパレードの時の、あの乗り物に近い。

 

 初めはかなり緊張していた大元帥も、出発から少し経った今ではこの空の移動に目を丸くしているようだった。

 

「我らが法国の景色が、これほどまでに長く続く……。こんな景色が見られるとは夢にも思っておりませんでした」

 

 その声色は少し潤んでいる。彼の抱く感動は長く法国を守り続けてきたからこそのものなのだろう。

 実際、ツクヨミもこの世界はアーコロジーに比べかなり綺麗だと思ってはいたが、上から俯瞰するとその美しさに言葉を忘れそうになる。

 

 

 法国の国土は広い。住居もリアルにある高層ビルなどではなく一軒家が殆どで、舗装された路地の並びは芸術的で自然とよく融和している。そして今はそんな都市の中心たる神都を抜けてきた所だろうか。

 多くの都市が続くこの空の下は基本的に平地であり、所々に大きな川が流れていたりするが、それでも都市というだけあって多くの活気が立ち籠めている。それは豆粒のような馬車が行き交う姿だったり、煙突から白い煙が上がる姿だったりと様々だ。

 自然もいいが、こういう何気ない文明的光景も悪くはない。もっと先には穀物や作物を育てる畑や村もあるのだろうか。

 

(っていかんいかん。完全に旅行気分だった。これからしに行くのはちゃんとした仕事なんだし、もっとしっかりした気持ちで挑まないと)

 

 ツクヨミは頭を振る。今回の出立──それは当然だが遊びや旅の類ではない。言うなればれっきとした神の仕事の一つであり、目的も多数ある。

 

 まず大まかな最初の目的としては、法国西の国境地まで行き、そこの兵士達に顔を出してあげることだ。これは先程オルカーも語っていた内容だ。

 勿論、本来であれば神直々に軍を訪問すること等はあり得ないのだが、これは彼らがモンスターの発生する国境地を守る者であり、不用意に動くことは出来ず、パレードにも参加できなかった者がいたことからツクヨミが配慮した内容である。

 

 そして二つ目は陽光聖典の仕事を代わるためだ。

 これは竜王国がビーストマンに襲われる前の時期──陽光本隊が西の地に赴いていた際に亜人の王? に絡まれたことで、異種族排斥のみならずアベリオン丘陵の調査自体が中断されてしまったことが原因である。

 最初は漆黒聖典に渋々引き継がせる予定だったらしいが、折角なので表立って動きやすいツクヨミが亜人となるべく敵対しない方向で丘陵の様子を見て来ることになっている。

 

 そして最後は──やはり国内についてもっと知るためである。

 

(まだ世界……いや法国でも知らないことが多いしね。百聞は一見に如かずっていうか、やっぱり人助けするにしても外の状況は見ておかないと)

 

 ツクヨミは今回の出立の大まかな理由を頭の中でもう一度確認する。マジックアイテムや傭兵の実験という側面もあるにはあるので、それなりに忙しいことになるかもしれない。

 

 一日で終わるかな。微かな不安が頭を掠める。会社で仕事が溜まりまくっている時に感じるようなあれだ。まぁ最悪転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)があるので、ツクヨミ自身は残業してもいいだろう。それに神官長とて調査が長引くことくらいは考えてるだろうし……。

 そんなことを考えながら頭を痛めていると、後ろから老人の声が掛かった。大元帥だ。

 

「ツクヨミ様、お体に変わりはありませんか? 私程度の者が言うのもあれですが、かなりの高高度ですので……」

 

「私は大丈夫ですよ。それより大元帥様こそ大丈夫ですか? 確か、空では酔いやすいと聞きましたし」

 

 原因は揺れ、だったろうか。リアルの知識を引っ張り出してツクヨミは話す。まぁ自分でも心配するところはそこか? と思う部分であるが。

 

「私は問題ございません。全ては神の召喚獣、古の鷲獅子(エンシェント・グリフォン)? 殿のお陰でしょう。私もこれほどとは思いませんでした。やはり……高位のま、神獣であらせられるのでしょうか?」

 

 その時、大元帥の目の奥が確かに光った。軍の最高責任者なだけあって強さなどには敏感なのかもしれない。ツクヨミは軽く空を見上げ、この魔獣の情報を攻略サイトから思い出しながら答える。

 

「まぁそうですね。確かレベル90くらいありますし、強いには強い……と思います」

 

「れべる90?」

 

「あ、すみません。難度であれば、大体270くらいかと」

 

「難度270っ!?」

 

 大元帥が鞍から落ちそうになるくらい驚きながら叫ぶ。その目は驚愕の色に染まっており、ツクヨミと古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の間を忙しなく動いている。

 ツクヨミも少し驚くかなと思っていたが、正直そこまでの反応があるとは予想していなかった。

 確かにこの魔獣はこの世界からすれば桁外れに強い。しかしユグドラシル準拠だとまぁまぁといったレベルだ。普段からツクヨミ(カンストプレイヤー)を見ている彼らがそれだけ驚くのは、やはり目で見てその強さが分からなかったからなのだろう。

 

「お、大声を出してしまい申し訳ございません。しかしまさか、それ程とは。私は神の力を真に理解できていなかったやもしれません。……しかしその傭兵でしたか。その方々はそう簡単に召喚できるものなのですか?」

 

「それは難しい質問ですね。簡単とも言えるし、難しいとも言えます。召喚には費用が掛かりますからね。それにほら、これだけ大きいと場所も取りますし──」

 

 ツクヨミは古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の毛並みを摩りながら答える。便利な傭兵召喚だが、この世界だと一定のデメリットがある。それは置き場所のみならず、維持費用が掛かることだ。特に魔獣ともなると食料が必要となるので、その辺りの問題も生じる。それは法国の規模から考えれば些細なものだが、ツクヨミとてあまり無計画に生き物を増やすのはどうなのかと思っていた。それこそかの森の例もある。

 

 大元帥が何か言いたげにする中、ツクヨミは続ける。

 

「ですので、その辺りも模索中ですね。人型にゴーレム……。大元帥様も何かアドバイスがありましたら是非お願い致します」

 

「か、畏まりました」

 

 大元帥が大きく頭を下げる。そうして二人の会話は終わる。

 

 ツクヨミはふと下にある大きな水車を見ながら思った。

『そうだ、食事も疲労もない人型のアンデッドを働かせるのはどうだろう』と。例えば指揮系統の傭兵アンデットに低位の現地スケルトンを捕まえてきてもらう……などだ。

 

(うーん。人と異業種の融和……にはならないな。下手すれば混乱に暴動が起きそうだ、やっぱ止めておこう)

 

 未だ後ろで畏まりつつも目を輝かせている大元帥を肩越しに確認しつつ、ツクヨミはあと二、いや三時間くらいはかかるかもしれない国境地に意識を向ける。

 神官長達は今、各国の政治的仕事で忙しいようだ。ならばせめて、ツクヨミも違う方向ながらも力にならなければならない。

 

 少しずつ、目的地が近づいていく──

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 カチャ。

 

 木製のドアに取り付けられた金属製のドアノブが心地よい音を立てながら回る。比較的綺麗な室内──石畳によって少々冷たい印象を感じさせるその部屋に、軍服姿の男が入っていった。

 

「調子はどうかな。神官の諸君」

 

 ばっと、大袈裟気味に男は艶やかな薄い茶髪の上に被った軍帽に手をやりながら、広い室内で治療にあたっているらしい神官たちに目を見やった。その内訳は中年くらいの神官が1に、若い男の神官が1、女の神官が2といった所だ。

 

 年配者が少ないということもあり、彼も多少は砕けた態度を取っているのかもしれないが、残念ながらその受けは悪い。まぁ当然だろう。

 

「指揮官殿ですか。見舞いに来て下さったのは感謝致しますが、治療の最中ですのでもう少し静かに入室頂けると幸いです」

 

 そう言葉を返すのは若い金髪の女神官だ。彼女は今も治療台に寝ている軍の兵士の治療を行っているようで、その手からは回復魔法特有の透明色ある緑色の光が出ている。絶賛仕事中という訳だ。彼も神官のそれがどれほど大事な職務なのか知らない訳ではないので、そこそこ高位の地位にあるといえ素直に頭を下げる。

 

「それはすまないね。覚えておくよ」

 

「それ何回目ですか……。まぁいいですけど、今日は何か御用ですか?」

 

 軍部と神殿勢力。それはスレイン法国ではかなり近しい役柄ではあるものの、それでも仕事や立ち位置は全く異なる。志が同じ方向、ようは神に向いているというだけだ。それもあって、女性も少し警戒気味である。

 

「久しぶりの顔出し……というのもあるが、本音は人手だね。最近は亜人の動向もめちゃくちゃだからこっちの消耗も激しくて、復帰できそうな人員はいないだろうか」

 

 男はそう言いながら室内を見渡す。柱のある広い室内には質素な寝台が多くあり、そこには多数の兵士たちが鎧を脱いで横になっている。その数は神官の何倍であろうか。数えるのも億劫になる。答えは神官達に聞かずともわかるものだった。

 

「残念ながらいませんね。そもそも回復魔法を扱える神官は少ないですし、それも完治まで時間が掛かるものなのです。まぁ、ポーションでも使えばましにはなるんでしょうけど」

 

「それは本末転倒というものだな。ポーションは物資としてかなり貴重なものだ。……しかしそうか。困ったな」

 

「……それほど何ですか?」

 

 女性の問いに男はやれやれと頷く。

 

「ほら、つい先日神の降臨に際してパレードが開催されただろう? 私は恥ずかしくも行けなかったが……しかし仲間くらいはせめて行かせないとと思ってな。神に顔向け出来ないだろう? しかし、今更そのしわ寄せがな」

 

「それは指揮官としてどうかと思いますが……」

 

「言うな。私は元々武闘派だしな」

 

 男が腰にある立派な鞘をちょっと自慢気に触る。その所作に女性は苦笑するが、返ってきた声色は優しいものだった。

 

「まぁ、私も不敬ながら参加できなかった身なので強くは言えませんが。……ただ、貴方が参加しなかったのは意外でしたね。あれだけ普段から神、神と言っていましたので」

 

「……」

 

 男が黙るのを見て、女性も手を止める。言い方が悪かったと思ったのだろうか。しかし男は次の瞬間には空を仰いでいた。

 

「いや、だって神だぞ? なんと素晴らしい響きか。それに今回スレイン法国に降臨されたのは女神だという。御名前はツクヨミ様……であったか。ああ、やはり仕事を放り出して出るべきであったかもしれない」

 

 その発言に女性が若干引き気味になったのは言うまでもないだろう。

 

「同意するところもありますが、神の御名をみだりに唱えるのは感心しませんね。それに軍の仕事を放りだすというのはこの国を守ってくださった六大神様への裏切りかと」

 

「これは失敬。私としたことが。しかし、まぁそういうことなのだよ。いざという時は君たちも力を貸してくれると──」

 

 

 腰に手を当てた男が柄にもなく真剣な眼差しでそう言葉を投げかけていると、バタンっと扉が開く音がした。何事かと二人が入口へ振り向くとそこには血相を変えた副指揮官の姿があった。急いできたのか軍服がよれている。

 

「コスタート指揮官、すぐに戻ってください!」

 

「どうした、亜人か?」

 

 鋭い視線で指揮官──コスタート・クフル・ツィアートは問いかけるが、副指揮官はすぐにその首を横に振った。

 

「アンデッドです! アンデッドが現れました!」

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 スレイン法国辺境の地。アベリオン丘陵に接したこの場所では度々モンスターが出現する。その内訳は大半が亜人だが、時には魔獣、はたまたアンデッドも出現することがある。それは戦いの絶えないこの地に負のオーラが溜まりやすいことが原因だ。

 

 そのため、国境に隣接するこの場所には多数の砦が築かれており、周りにも一定間隔に見張り台を置くなどして外界の敵に対処している。

 その殆どは防衛戦だ。当然遠距離での攻撃力は高く、魔法詠唱者(マジックキャスター)は育成が難しく少ないが、弓兵の数だけで言えば、全て合わせれば軽く千を超えるだろう。勿論此処に駐屯しているのはその何分の1といったレベルだが、それでも彼らがそう易々とモンスターの侵入を許すことは無い。しかし……

 

「む、これは……相当だな。昼もアンデッドの群れと交戦したと聞いたが、いつの間にこんなに湧いてきた?」

 

「分かりません」

 

 副指揮官に連れられて前線近くの櫓までやってきたコスタートは近くにいた若い兵士に問うが、彼は焦った表情をするだけで、この状況のまずさを良く理解していないようだった。

 

「どう見る? 副指揮官」

 

「正直ここまでのものは見たことがありません。近くを通る亜人も避けていることから、二次被害はそれほど心配なさそうですが、それでも我々だけだと骨が折れますね」

 

 副指揮官の言はやはり芳しくないものであった。コスタートも櫓から望遠鏡を使いそこを見る。太陽の少し落ちたその荒地近辺では既に遠距離攻撃で応戦している兵士も見受けられた。

 

骸骨(スケルトン)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)。少ないが獣の動死体(アンデッドビースト)。そして、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か……」

 

 はっきり言って悪夢のようなラインナップだ。個体個体としては珍しくない者も数が多いし、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に関しては強敵にも関わらず二体も発生していた。それは誰かが嫌がらせで召喚したのではと思えるような軍勢だった。

 

 無論、砦が壊滅するレベルまでは行かないだろう。しかし人員の消耗している今においては、弓矢の通じないアンデッドは厄介この上ない相手だった。

 

「はぁ。仕方ない、私も出よう。副指揮官、兵士の動員は任せたぞ。出来ればアンデッドを退散できる神官も呼んでくれ」

 

「し、指揮官っ」

 

 コスタートは軍帽をわざとらしく深く被ると、剣を抜き放って櫓の下──小さな門から外に出る。

 

 門の近辺には既に遠距離から石矢による攻撃を試みる者や、剣と盾を持って攻撃の糸口を探る者が居た。彼らはこの砦の指揮官を見るとばっとその頭を一斉に下げようとするが、コスタートはそれを止める。

 

「アンデッドの軍勢は固まってこちらに向かっているようだ。数は60といったところだろう。それ自体はどうということはないが、種類は強いものもいる。なるべく砦に近付かれる前に、こちらから誘導・敵を分散しつつ各個撃破していくぞ」

 

「「はっ!」」

 

 コスタートが仕事モードで指示を飛ばすと、それを聞いた兵士たちも少しずつ前へと移動を開始する。

 ちなみにアンデッドは弓等の遠距離攻撃はほとんど効かないので、魔法という手段が無ければ近距離戦が正しい姿だ。しかしそれだと被害も大きくなる。そこで用いられるのがアンデッドの知能の低さを利用した多対一である。

 

 コスタートもまた後ろから参戦してきた兵士──隊列を組んでいるざっと100名そこらのそれに混じり前進する。指示を飛ばしながら、たまに飛んでくる骨の矢を弾き進むという将軍のような仕事をしていると、少しずつだがアンデッドの姿が近づいてきた。

 

「久しぶりだが、まぁ大丈夫だろう」

 

 左右でアンデッドと交戦を始める兵士が出始める頃、コスタートは自身へと一直線に向かってきた獣の動死体(アンデッドビースト)、それを捕捉し大袈裟に片手剣を構える。

 ちなみにコスタートの戦闘での職業(クラス)は普通の剣士であり、特別な魔法の才能はない。しかしその腕前はかなりのもので、それは時に部下に剣を教えるほどのものだった。もし彼に魔法の才能があれば、間違いなく六色聖典……いやその内の五色にスカウトされていただろう。

 

 コスタートは軍服を風で揺らし──

 

「ぎゃう!」

 

 一閃。綺麗な太刀筋で《アンデッドビースト》の身体を切り裂く。銀製の質の高い剣は即座にその場から振り払われると、次に目の前の骸骨(スケルトン)二体に向かう。これも一瞬だった。

 

 コスタートは骸骨(スケルトン)の剣撃を自身の剣でいなすと、軽やかな踏み込みと共にその頭蓋を吹き飛ばす。続いて横から殴りかかって来る骸骨(スケルトン)には、片手剣の素早い横振りの一撃をお見舞いし、その流れで胴体の骨を裂きながら頸椎までもを切断する。如何に痛みを感じないアンデッドとはいえ急所さえ攻撃すれば反撃が来ることは無い。

 

 コスタートは地面に倒れ伏し、その身から灰を撒き散らした骸骨(スケルトン)に目を落とすとふぅと息を吐く。この程度の相手なら同時に抑えてもどうということはない。

 幸いにも後ろからは神官の魔法による援軍も来てくれたようだ。

 

「横もどうにかなるだろう。後は……あれか」

 

 仲間の死を物ともしないように近づいてくるのは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)二体に骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)五体。中央から逸れることなくこちらに来る彼らに知性があるとは思いたくないが、砦まで距離があまりない以上、引きながら戦うのも考えものだ。

 

 しかも骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には魔法の絶対耐性がある。神官では一切歯の経たない相手だ。ならば、必然的にその相手をするのは彼や、数少ない強兵に限られる。

 

「よし、やるか」

 

 覚悟を決めたようにコスタートは数度息を吐くと、周りにちらりと視線を行き来させたあと、目前まで迫った骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に接近する。骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)ともう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の気を引いてもらっている間に倒すという訳だ。

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が明らかにこちらを認識すると、その巨大な腕部──大量の骨が埋め込まれているような不気味な見た目のそれで叩き潰そうとしてくる。

 コスタートはそれを横に飛び退くようにして避けると、強く踏み込みながら剣で斬り返す、が。

 

「硬いな。スケールの差もあるんだろうが、効いてるのか? これ」

 

 如何せんアンデッドの反応が悪いだけあってダメージを与えられているのかかなり分かりづらい。

 コスタートは剣で撒き散らされた人骨の破片を一瞥しつつ、続く左手の先に付いた凶悪な爪による攻撃、何か飛んで来た骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)の流れ弾の魔法を避ける。そして素早い剣撃を繰り返した。

 

「な。まじか?」

 

 非常に残念なことにもう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がそのぼろぼろの翼でこちらに飛来してくると、どがんと巨大な音と砂嵐を撒き散らしつつ横に着地した。

 強者の気配でも感じたのかあまりに早すぎる合流であり、こうなると流石にコスタートであっても厳しいと言わざるを得ない。

 

「指揮官っ!」

 

「すまない、一度下がる! それまで耐えてくれ」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は尻尾を動かし、兵士を弾き飛ばしながらこちらに四足で近づいてくる。一瞬で囲まれるようになってしまったコスタートは、無理に入ってこようとする分断されてしまった兵士の一人を手で制すと、息を呑んでから敵の攻撃に集中する。

 横からの引っ掻き。これは上手くタイミングを合わせ、剣でいなす。そして次に──

 

「ここだ!」

 

 目の前の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がこちらに嚙みつこうとしてきたタイミング。そのタイミングでコスタートは身を屈めるようにして回転すると、噛みつきを辛うじて回避してから後ろを向いて疾走する。

 

 正に完璧な後退だった。しかし──

 

「っ!!」

 

 不運にもその時、コスタートの右足に激痛が走った。

 

 見れば魔法の矢が脹脛に突き刺さって、掻き消えた。

 

「し、指揮官殿っ!!」

 

 恐らく釘付けだったはずの骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)、その生き残りの一体がこちらに向けて魔法の矢(マジック・アロー)を放ってきたのだ。それは致命傷には程遠い魔法であり、狙ってのものではないだろうが、それでもコスタートの足を止めるには十分すぎた。

 

「くっ」

 

 すかさず左から骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の攻撃がやってくる。またもや噛みつきだ。

 それしか出来ないのかとコスタートは内心苦笑すると、汗ばんだ手でその迫りくる顔面に剣を突き立てる。複数ある目玉の中へのカウンターだ。

 

(っ。いまいち効いてないじゃないか)

 

 コスタートは苦肉の策を物ともしないこの化け物に舌打ちする。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はすぐにコスタートごと首を持ち上げると、ぶんぶんとハエでも振り落とすようにその巨大な頭部を振り回し始めた。

 

 その高さは優に3mを超えている。地面に叩きつけられれば大ダメージは必至だ。

 

 コスタートは必死に剣を掴む。しかし、それも長くは続かない。

 間もなくコスタートのみが空中に投げ出される。

 

(くそ……少し失敗したか。まぁまだ立て直せるはずだ。受け身を取って、それから──)

 

 地面に目を向けてから、軍帽を落としたコスタートは訝しんだ。何故ならその時の皆の視線──それは何故か骨の竜(スケリトル・ドラゴン)より上に向けられていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 昼下がり。イビルアイは王都の街並みを眺めながら、とある建物に足を運んでいた。その建物とは冒険者組合。勿論、イビルアイからすればそんな騒がしそうな場所に赴くのは面倒という他ない。もし、あの面倒な白銀のドラゴンの言が無ければ、まず立ち寄ることは無かっただろう。

 

(はぁ、全く。あいつは本当に人遣いの荒いやつだ)

 

 イビルアイは深い溜め息を吐きつつ、人通りの多いここ、王都の重要施設が集まる表通りを歩く。

 

 リグリットとツアーと別れてからのイビルアイは、馴染みの王国に戻ってからはたまに神となったらしい()の女性の話を噂づてに聞きながら、こうしてスローライフを満喫していた。

 前は百年の揺り返しということでバタバタしていたものだが、今となってはそれもイビルアイからすれば終わった話だった。何故なら話を聞く限りだと、彼女が世界に仇為す可能性は低いと考えられたし、多種族との融和の話などはかつての英雄達が首を突っ込んで邪魔をするような内容でもなかったためだ。

 

 いや、それこそが嘗て彼らの目指したものだったのかもしれない。

 

 

「とはいえ、従属神の暴走か。確かにツアーの言うことも一理はあるが」

 

 

 そして、その話を蒸し返してきたのがツアーだった。

 

 ツアーは未だ百年の揺り返しの災害を警戒している。曰くぷれいやーはぎるどなるものと共に転移することが多く、そこには従属神やぎるてぃ武器があるらしい。次はその情報を集めてくれ、とイビルアイにも話が来たわけだ。

 

(正直、もう一度首を突っ込むというのは好かんが……まぁやることもないし、少しは手伝っといてやろうというあれだな)

 

 内容自体は確かに重大だ。リグリットも確かエ・ランテルに滞在して情報を集めているらしいので、イビルアイも何かとこまめに王都で情報を集めている。

 しかし、外の光景に再度目を向けてみると──

 

「いらっしゃい、いらっしゃい! 安くなってるよ~」

「これが数十金貨の価値があるマジックアイテムで……」

「法国に神が現れたってまじなの? 会ってみてー」

 

 こんな感じで王都は碌なことを話している人間がいない。神に関する情報がまだ流れるほどに日が経っていないからか、王国全体がもうすぐ開催されるという宮廷舞踏会に引っ張られているかは分からないが、イビルアイはここに大した痕跡があるとは思っていなかった。

 

 まぁ、なので冒険者組合もついでと言えばついでで特に期待はしていない。

 

 イビルアイは目前にある古めかしくも重厚な扉を開ける。

 

「……」

 

 落ち着いた室内の香りが漂うと、その中には当然クエストボード──いわゆる仕事の貼り出された掲示板に集まっている冒険者や、一仕事終えてソファで休憩している冒険者チームなどが見られた。大体が胸に銅や鉄、たまに銀のプレートを付けており、イビルアイ目線で大した存在はいない。

 

 イビルアイはそんな冒険者たちに目もくれず、端にある壁際の椅子に座る。ちなみにイビルアイは怪しい白の仮面に派手な赤のマントという魔法詠唱者(マジックキャスター)でも大概な見た目をしているが、気配を消す魔法を使用しているのでこちらに注目する者は少ない。

 

(ふん)

 

 イビルアイは談笑する冒険者の面々──内容のない会話を繰り返している、を眺めながら、腕を組む。長き時を生きるアンデッドであるイビルアイにとって、仲間と共に生活を共にするなど窮屈極まりないものである。結局のところ人は独りだ。己が強くなければ生きていくことは出来ない。だからイビルアイは特に仲間を作らないし、必要だとも思わない。かつての仲間──消えてしまったリーダーの代わりを務められるような者もいないのだし。

 

「希望、か。あまり持ちたくないものだな」

 

 イビルアイは遠い夢を語っていた彼女の姿を頭の中から一度振り払うと、冒険者組合内の会話に再度耳を傾けた。

 

 当然だがここは組合なので、話の中にはクエスト内容を吟味するものも多い。ただ……、今日は珍しく国家事情である案件もその中に紛れているよう感じられる。

 

「エ・ナイウルに一回行って、それから聖王国の方面か。少し手間だけど、どう? 報酬は悪くないみたいだけど」

「うーん。まぁいいんじゃない。あそこは海もあって美味しいものも多いらしいし、出るモンスターもスケルトンとかでしょ」

「まぁな。ってお前は美味い飯食いたいだけだろ……」

 

 時事的な話をしているのは銀級冒険者の4人組のようだ。今、聖王国では王国との安全経路を確保しつつ国家間の情報網を開通しているらしく、このクエストもその手伝いという訳だろう。

 

(北か、まぁ行ってみてもいいかもな)

 

 聖王国は流石に遠いような気がするので、未探索のエ・ナイウル近辺はまぁ悪くないかもしれない。丁度いい退屈しのぎになるだろう。

 イビルアイがそう考えていると扉がぱたりと開いた。室内に冷たい風が入ってくる。

 

「あ、あれって」

「うそ」

 

 イビルアイの時とは違い一斉に視線が入口に向かう。入ってきたのはバケツのようなヘルムを被った重戦士、如何にも野伏(レンジャー)という長帽子を被った鋭い目付きの金髪の男。そして前空きのヘルムを被ったTheベテランという戦士だった。その装備はどれも一級品と一目見て分かるものであり、その胸に光る"青色の鉱石"も彼らが王国最強の冒険者の一つであるアダマンタイト級であることを示していた。

 

 鋼鉄──。人々は彼らをそう呼ぶ。初期からの名残らしいがその評判は高く、多少バランスが悪いようにイビルアイは感じるが、魔法を手品だと思っている貴族達も一目置いているという噂がある。

 

 そんな一癖も二癖もありそうな彼らは冒険者組合のカウンターの方に歩いていくと、持ち込んだと思われる依頼書を受付嬢に差し出した。

 

「これは……依頼ですね。なるほど、ギガント・バジリスクの討伐ですか。ではこちらで手続きを行っておきます。どうかお気を付けて」

 

 受付嬢がそう言うと、鋼鉄の面々は頷きを返し──そして組合を出て行った。

 

(何だったんだ。まぁとはいえ、あまり私の件とは関係なさそうだな)

 

 イビルアイは彼らが出て行った扉の方を数秒眺めた後、そろそろ行くかとその席から腰を上げた。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。