空から男性を抱えたり、兵士を庇いながら剣を振り回したり。
そんな具合でアンデッドの掃討戦を何とか終えたツクヨミは、目前の脅威が過ぎ去ったことを視認すると神器・コンフラクトゥスを鞘に納めながら安堵の息を一つ吐いた。
(いやはや骨が折れた。……アンデッドだけに)
心の中では渾身のネタが流れる。
まぁ何にせよツクヨミはこういった戦闘の経験には乏しく、
「神としてどうなんだ」そう問われればそれはもう頭を下げるしかない話であるが、人命が懸かっている今回……かつて同職であった彼らを無事に後退させられたのは何よりだったと言えるだろう。
ふぅと漏らした息が白い風と共に消え、微弱な風が相変わらず長い髪を揺らす。
神としての仮面──凛とした表情を再び被り直したツクヨミは、砦のある後方へとそれから向き直った。……彼らの安否を確認するためである。
そして、そこに映る光景は相変わらずのものであった。とはいっても、ツクヨミが予想していたそれと"同等のもの"が広がっていたかと言うと、とてもそうではない。
途端に先ほど終わった感を漂わせていた頭を抱えたくなる。
(あぁ失念してた……。そりゃあ、そうなるよ、ね)
ツクヨミの視界に飛び込んできたのは数百に及ぶ兵士と数名の神官。横に散っている彼らは全員が地面に伏し、ツクヨミに頭を下げている。彼らは涙を流していたり、手を組んで祈りを捧げたりしており、その信仰厚き姿は竜王国の時のそれを数段パワーアップさせたようなものだった。パレードで鍛えられていなければ卒倒していたかもしれない。
(ま、まぁあの時は咄嗟だったし。私の素性も……ってそんなことはいいか。怪我、怪我してる人いるし早く帰さないと……)
ツクヨミは彼方に逝きかけていた意識を辛うじて取り戻す。
先ほど戦いが起こっていたこともあって、当然と言えば当然だが負傷している者もいる。そんな者が体を折り畳んでいるからか、草の禿げた地面には所々小さな血の染みが出来ており、隣の者など辛そうに体を震わせている始末だ。……いや、その人物は怪我はしていないのか。
何はともあれ彼らを早く戻らせる必要があるだろう。幸い重傷者は見当たらず、神官も近くにいるのでツクヨミがあれこれしすぎることもない。
ツクヨミは彼らに声を掛けようし──そこで、こちらに向かって走って来る存在に気付いた。
「……ツ、ツクヨミ様っ! ご無事でしたか!?」
門兵を引き連れて、大慌てで声を掛けてきたのは今回のツクヨミの同行者である大元帥だ。今日はその身に礼服を着ている白髪の老人は少し走り辛そうにしているが、見てくれを気にしていない走りなので思いのほか速い。そんな軍の最高責任者の姿を見て、周りの者からも小さくない驚きが起こっていた。
目前まで来て即座に膝を折る大元帥一向にツクヨミは色々申し訳無さを感じるが、急ぎで口を開く。
「大元帥様、私は大丈夫です。こちらは何とか片付きましたので……。それよりその、彼らのことなのですが」
「軍の者……。彼らがどうかなさいましたか? ま、まさかとは思いますが、神に不敬を!?」
「い、いえ! そうではなく! 怪我をしている者もいるので、早く戻らせた方がいいだろうと思いまして」
ぶんぶんと小さく手を振るツクヨミ。今の今までこの状況を全く疑問視していなかった風の大元帥も、神のそんな姿を見てはっとしたように再度頭を下げる。
「も、申し訳ございません。神が御救いになられたというのに、未だ戦いの血を流し、目前におわす神にご心配をかけるという非礼。直ぐに叱りつけ、帰らせます」
「い、いや、そこまでではないので。どうか丁重に対応してあげて下さい」
「はっ! ツクヨミ様のご慈悲に感謝致します」
そこまで言うとようやく大元帥は一番近くにいた兵士の一人──若い茶髪髪の、手元に軍帽を置いた砦の指揮官らしき男性に声を掛け始めた。彼らはその場で畏まったやり取りを経ると、その場から広く、兵士たちに指示を出していく。
指揮官がその場から動き出そうとするのを見て、ツクヨミはハッととある事を思い出し、アンデッドの残骸の残る後方に駆ける。そうして戦闘中からんっと音を立てて落ちていた"それ"を手元に拾い上げると彼に再び近付いていった。
「あの、指揮官様。先にこちらをどうぞ」
「こ、これは、私の剣……。神よ、私程度の為にわざわざ感謝致します。この御恩、生涯忘れることはございません」
(ほんと大袈裟なんだよな……。いや、でもこれが正しい反応なのか?)
騎士のように跪く指揮官。隣の老人が鷹揚に頷いているのを見たツクヨミは、微妙な顔も出来ないのでとりあえず頷いておいた。状況的にも戦闘の助力含めてのことであろうし、指揮官──の方もとても満たされている様子だ。
「そういえば、折角なので御名前をお聞きしても大丈夫ですか?」
「はっ。大変申し遅れました。私、コスタート・クフル・ツィアートと申します。そしてあちらにいるのが、副指揮官。まぁ、彼は殆ど司令のようなものでございます。ただ、それでも我々は神都の軍司令に比べれば末端の者ですので、どうか役職名でお呼び下さい」
「なるほど。分かりました」
そう言うとコスタートはぺこりと頭を下げた後、軍帽を深く被り直してから近くの金髪の女神官に状況を説明しにいった。恐らく彼も駐屯地司令的な役割を持っているのだろう。
(さて、これからどうするか)
ツクヨミが頭を回していると、同じようなことを思ったのか大元帥もすぐに声を掛けてきた。
「ツクヨミ様。この後は御予定通り、一度砦の方に戻られますか?」
その問いに、ツクヨミは左腕を掴みながら少し考え、そして頷く。
「そうですね。私が行かないと周りも少し戻り辛い所もあるでしょうしそうしましょう。案内は門兵さん……いえ、副指揮官様に任せようかなと思っております」
「コスタートと名乗る指揮官ではなく……ですか?」
「はい。というのも、彼は少し足を怪我しているようなので」
これは先ほどから視認していることだが、コスタートは片足を庇いながら歩いている。それは微小なもので常人であれば足をじっと見つめないと発見も難しいと思われるが、ツクヨミほどの戦士であればその異常を看破するのは容易である。
大元帥もそちらに目を向けた後、息を呑み、ただただ頭を下げる。
「ツクヨミ様のご配慮、軍の最高責任者として感謝申し上げます。では、ただちに此処の副指揮官なる者を呼んで参りますので今しばらくお待ち下さい」
そう言うと、再び大元帥は走って行った。
♦
「どうか、御足元にお気を付けください」
あれから数分弱。お礼の言葉を何度も掛けられつつも、他に問題となるようなことも無く先の戦場であった丘陵の端から歩いて戻ってきたツクヨミらは、砦の玄関となる門の前でそう声を掛けられていた。
口を開いているのは先頭をいそいそと歩く、黒に近しい髪の男性。厳密には茶髪に分類されるであろう彼は指揮官に続くこの砦の前衛的な実力者である副指揮官であり、軍服がしっかりしているのは言わずもがな、年齢も平均的な兵士より上だ。恐らく30代前半くらいであろう。
余談だが、指揮官であるコスタートは20代の男性であり、そういった若い人材が順当なエリートである副指揮官などを差し置いて軍事上の高階級に立つというのは割と珍しいことである。
(私のいた軍部は……まぁ首都周りってこともあって年上の人が多かったしな)
ツクヨミの経験則からしてみても、こちらの世界でも軍内は基本的に年功序列である。それでもコスタートがあれなのは人望があったからか、はたまた圧倒的な実力があったからというのは想像に難くない。まぁ、ここがスレイン法国中央軍部から離れた辺境の駐屯地だからこそという線もあるだろう。
ともあれ、ツクヨミは大元帥と副指揮官という年上のエリート──何なら元上司、に挟まれ歩いている。まぁ慣れた言えば慣れたシチュエーションである。しかし、一番気まずく感じるのは見慣れた制服姿の兵士たちが砦に入るとよく目に入ることであった。
ツクヨミは拠点内に切り替わり、一応は荷車が通ったりしているであろう固く整った土の道を踏みながら、なるべくきょろきょろしない程度に砦等の建物に目を向ける。
門の近くにあるのは櫓。営庭。そして、その先には石造の大拠点のようなものが建っている。
(しかし、荷物も結構多い。あちこちに積まれてるし、上から見るのと全然違うというか。案外デカいな……)
「そういえば」
前述の建物に少し近付いてきた所で、副指揮官が立ち止まった。何やら話があるらしく、すぐにこちらに視線を向けてくると緊張感のある面持ちで彼は口を開く。
「もしかしたらこれは失礼にあたる質問かもしれないのですが……今後の為にもどうか私共にお聞かせ頂ければと存じます。……さて、その内容なのですが我らが神と大元帥様はどのような流れを経て、こちらまで足を運んで下さったのでしょうか?」
丁寧に、そしてかなりへりくだった態度で割と重要な内容を問われる二人。それは予想内の、というより当然の質問であった。
ツクヨミは言うなれば彼らの神そのものだ。そんな存在がやってくるとなれば、本来なら儀式ものなのだが、今回はこちらの配慮なども重なり、彼らに諸々を準備する時間はなかった。尤も、アンデッドの派生のこと等も考えれば結果を見てもそれは良い判断だった。しかし大元帥という責任者が同行しているとはいえ、現地の兵の心境は冷や汗ものなのだろう。
(本当はもう少し慎ましく登場する予定だったけど……さっきので予定も狂っちゃたしな。どう話そうか……)
ぶっちゃけ来た理由等を正直に話したとしても問題がある訳ではない。ただそれだと向こうにかなり気を遣わせることになるだろう。
ツクヨミがそのことに頭を悩ませていると、横からスッと大元帥が礼服を揺らしながら出てくる。大元帥は忠臣の如くこちらを窺ってから軽く頭を下げてから話を始めた。
「それについては儂の方から話そう。我々がここの拠点まで来たのは丘陵の異変の調査を行うためが主じゃな。尤も、ツクヨミ様の寛大なご慈悲による拠点来訪という側面も当然あるが、さしあたって特別な準備は不要じゃ。お主らもよく働いておるしな」
「なるほど。そのようなことが。改めて神の御慈悲、そして我らが軍のご采配に感謝致します。……ただ、大元帥様。お恥ずかしながらそれについて一つだけ心配な点がありまして」
「なんじゃ?」
「現在、我々の拠点には神がおわすに相応しい御部屋がないかもしれません。というよりないでしょう。そのことにつきましては大丈夫でしょうか……?」
半分嘘も混じっている大元帥の言に少しは安心した様子の副指揮官だったが、「元々それが言いたかったのだろうな」という話を、建物に目を向かわせながら口にしていた。
ツクヨミは柔らかな笑みを浮かべて、小さく首を動かした。
「全然大丈夫ですよ。私達もそれほど長居は致しませんし、多分動き回ることになると思います。なので荷物を置ける程度のお部屋をご用意頂ければ幸いです」
「左様でございますか。では僭越ながらその方向で進めさせていただきます。 幸い施設は近いのですが、早速向かわれますか?」
「あー……いえ。それも良いのですが、折角ですので皆様のいる拠点を差支えない範囲で案内願います。その後向かわせて頂こうかと!」
「はっ!!」
すっかり張りきった様子の副指揮官はそうして再び歩き出した。
ちなみに既に周りには大勢の戻ってきた兵士や拠点内で作業をしていた人間が遠巻きにこちらに黄色い視線を注いでいる。それは動き出しても当然続くので、傍から見れば面白いのだろうが、本人からするとかなり胃の痛い状況であった。
(副指揮官の彼も大変そうではあるけど、私も何か心の安らぎが欲しいものだ……)
そんなことをふと思ったツクヨミであったが、まだまだ拠点内での顔見せも続くだろうと気を引き締める。
それから数分後、副指揮官が続いて何かに丁寧に手を向けて口を開いた。
「この先は拠点倉庫……物資や武器などが収納されておりますが、そちらも見て行かれますか?」
(え? いいんですか?)
心の奥でガチなユグドラシルプレイヤーが一瞬目を光らせた。そうしてすぐに安らぎが訪れることとなったツクヨミは、この体になっても相変わらず好きなファンタジーの為に口を開いた。まぁ現地を知ることは大事なので決してサボりをしている訳ではない。
「是非お願いします」
────
軍服姿の兵士たちが運搬作業のため、縦横20mほどはある倉庫の中を動き回っている。
人数はほんの数人。裏口の方でも出入りは激しく、普段よりもこせこせと動き回る彼らはとても忙しない。まぁそれも当然だろう。
この砦の大まかな指揮に携わっている副指揮官はそんな部下たちの姿を見ながらふぅと小さく息を吐いていた。
(いやはや。まさか大元帥様だけでなく、我らが神がこの地に降臨されるとは)
自身の心の中にあるのは困惑、喜び、畏怖、他にも色々である。
はっきり言ってパレードで一度は見上げた神と一緒にいる実感があるかと言われれば今も無いし、もし自身が偉大なるその人物の案内を任されていなければ、今頃拠点内ではしゃぎながら、神に祈りを捧げつつ、屋内の年寄り達に自慢をしていたことだろう。それほど副指揮官は現在心浮いた状態にあった。
(しかし本当に、なんと美しい御方であろうか……)
副指揮官は目の前の、武器が並んでいたり、鎧がカゴに入れられていたりするそこ──たったの数m先に佇む神の方に再び目を向けた。その姿は相変わらず純白のローブに包まれており、白く長い髪も相まって雪のような純潔さを感じさせる。そして先の強さを象徴する剣も腰に下がり、背後に浮かぶとてつもない光輪も未だ健在。
長年六大神を信仰してきた法国の民にとって、これほどの神々しさはもう叫ばずにはいられないほどだ。しかしそんなことは出来ない。今は神の御前であるのだから。
もう一度深呼吸する。
ちなみに本来であれば首を垂れ、この場で平伏しつつ、神の御傍に控える必要がある副指揮官がこのように神と大元帥を眺めるような位置に立っているのには理由がある。それは目の前にもう一人立っている部下の兵士──羨ましくも本日の装備の点検に戻ってきた彼が二人に話しかけられており、武具の説明などを現在行っていたからだった。距離に関しては最初は邪魔をしない為で、扉近くの警戒も行っていた。
今は若干御傍に寄っているが。
「しかし、まさか神がそれほどこちらの装備に注目されるとは。何か理由があるのだろうか?」
ごく小さな小声で副指揮官はそれを漏らす。
当然だが、スレイン法国の軍で使われている武器、防具は他国に比べてそれほど飛び抜けた性能をしている訳ではない。勿論品質も悪くはないが、比べるもおこがましい神の装備からすれば、それはその辺の石ころを身に纏っているのと変わりないだろう。
しかし神は興味津々に剣や装備を見ている。どれほどの遠謀がそこにあるかは分からない。しかし、自分たちの装備についての情報が神の役に立つのなら、これほどのことはないだろう。副指揮官は様子を窺った後、そろそろ話も終わりそうであったので、小さく頷いてから三人に近付いていった。このまま何もしない訳には行かない。
「神よ。もし宜しければ後で数点の装備を御部屋に運ばせますが、いかが致しましょう」
「え。いや、流石にそれは悪いような気がしますが……」
「いえいえ、滅相もございません。神の御役に立つことが我らの喜び。そうですよね、大元帥様」
「うむ。すぐに準備させるように」
「はっ!! 私も長々とした説明……。神をこの場に縛り付けてしまい申し訳ございませんっ」
そうして直ぐに兵士は積まれた荷の裏に走り去っていく。自身の使命を完全に理解しており、これには副指揮官としてもにっこりである。
そしてツクヨミはというと優しい表情でそれを見守っており、その佇まいはまさしく女神そのものであった。
少しずつ作業の人員も増えていく──。
「色々すみません。……では私達もここにずっと留まっている訳にはいきませんし、そろそろ行きましょうか」
ツクヨミは開け放たれた、日光の差す扉の方に戻っていく。
神に関してはこの後部屋に案内した後も、恐らくは先ほど聞いた『丘陵の異変の調査』に向かわれるだろう。それに何やら乗ってきた
本当に、身を粉にして人類の為に働かれる御方だ。
目の前の存在に尊敬の念を抱きながら副指揮官は急ぐようにして倉庫の扉から出る。少しずつ太陽の日も落ちていた。