Moon Light   作:イカーナ

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35.アベリオン丘陵(3)

 

 あの後、軍の倉庫から出てきたツクヨミ達はそのまま拠点内を散策。

 一通り近くの通りを回った後は、先の予定通り中央に建つ砦に戻り、部屋の案内を終えた副指揮官らとそこで一度別れることとなった。

 

「――では、私共はこれにて。また何かございましたら、何なりと仰せ付けください」

 

「分かりました」

 

 恭しい声と共に頭を下げる軍の一行がツクヨミの目の前で90度体を折りつつ、その場で暫し静止する。

 彼らの内訳は先頭に立つ副指揮官と、後ろに並んでいる数人の高官達――外ではなく砦内に控えていた者達だ――となっている。

 

 

(……少し畏まりすぎじゃないか?)

 

 

 ツクヨミがそう思ってしまう程度には、彼らはのっそりとした動作で上体を起こすと、使命を全うしたという風に去り際に胸に手を充て黙祷。

 それから外壁と同様である石造の通路を下がっていった。

 

 ……

 

 見慣れた軍服の男達が通路先の左手の階段を降りるのを見て、ツクヨミもまた視線を元に戻す。そう、砦というだけあってここはそれなりの規模感となっているが、ツクヨミ……それと大元帥の今いるフロアは二階となっている。

 

 廊下の広さもそれなりにある。大の大人が複数往来しても支障はない程だろう。しかしまぁ、彼らが去ってしまった今人気(ひとけ)は少なく、辺りは壁に掛けられた装飾台の灯かりや、空き窓となっている矩形の穴から入る日の光が充満しているのみとなっていた。

 

 

 ツクヨミは戻した視線の先――今も空いたままとなっている重厚な部屋の扉を挟み――そこから覗ける綺麗な部屋の中を眺めると、最後にその身体の向きを180度回転させた。

 

 ベッドダイブする時間にはまだ大分早いだろう。

 

 

「ん、何はともあれひと段落ですね。……大元帥様、改めて色々とトラブルにお付き合いさせてしまって申し訳ございませんでした」

 

「何を仰いますか。私はツクヨミ様の光栄なる従者でありますし、トラブルといいましてもそれは軍の為に行って頂いた事。私の方こそ神に御礼を申し上げたくございます」

 

 後ろを軽く向けば、今まで寡黙であった白い頭髪をした同行者が深々とお辞儀を返してくる。その動きには一切の澱みがない。

 

「ありがとうございます。そう言って頂けるのであれば私も救われます。でも――お疲れがあれば全然仰ってくれて大丈夫ですからね。私のことはお気に為さらず」

 

「はっ!しかし、それこそご心配は無用でございます。確かにそれなりの距離を歩いてきたのは事実。しかし神の従者として活力は未だ有り余っておりますので」

 

「そ、そうでしたか。それなら良かったです」

 

 老体にとって重労働ではなかったろうか。そんなツクヨミの疑問を跳ね除けるように現在進行形で瞳に力を漲らせる大元帥が、続けて言葉を投げかけてくる。それはまさに本題についてであった。

 

「はい。それで――早速ですがこれからは如何されましょうか?」

 

「そうですね……」

 

 そこでツクヨミは少し考え込んだ。というのも来てからどたばたで本来の日程は何それ状態であり、顔見せも砦案内の際に大方終わらせてしまったので、時刻的なルートは使い物にならない状態であった。それに今まで失念していたが、昼食の時間などの神の立場上あってしかるあれも乱入によって完全に無視している。

 

(んーむ)

 

 ただ、だ。それを今更要求して余計な時間を取らせるのも目的から大きく逸れることになるし、現地の方にも迷惑というものだろう。

 別に飯がなくなったとして元ディストピア民であるツクヨミが困ることはないのだから。

 

 

(そうね。まだ仕事も結構残ってるし、強引にでも"職務中です"ルートでいったほうが良さそうだな。そのことを皆に伝えて――仮に用意してもらうにしても夕飯くらいで。でも調査やらが長引けば結局あれか。まぁそこらへんは後で考えよう……)

 

 正直凡人の頭ではいっぱいいっぱいであったのでツクヨミは頭の中で一先ずの考えを纏めてから、大元帥へその旨を伝える。

 

「幸い私も疲れてはいないので、このまま残りのお仕事の方を終わらせに行こうと思います。宜しいですか?」

 

「勿論でございます。全ては神の御計画、その御心のままに」

 

 ははーっと平伏の姿勢を取る大元帥にごく庶民的な苦笑いが出るが、なんにせよ話が早いのは助かる。

 

 ツクヨミは懐のアイテムボックスからおもむろにアイテムを取り出すと、それを片手で持ち上げて見せた。挨拶回りを終え、残った仕事の一つ、この世界でのマジックアイテムの実験を早々に終わらせてしまうためだ。

 

「では早速ですが」

 

「おお!! そちらのアイテムは出発時にご用意なさっていた物と同じ物でしょうか?」

 

「ええ。転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)。無限距離転移アイテムですね。こちら許可も取ったことですし発動は本当にすぐのことでしょう」

 

 そこでツクヨミは一拍置き、

 

「――なので、大元帥様には先に……古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の停めている基地の方に軍の方と向かって頂けますか? 多分そこで丘陵の調査についても行えると思うので」

 

 言葉を繋ぐ。一応この段取りを提示した理由は多くあるが、明確なのは時短と早めの意思疎通の為が大きい。

 ただ、それでも彼にとっては別の方向で不可解な言が含まれた内容であったので、その表情には当然の如く疑問の色が浮かんでいた。

 

「調査。アベリオン丘陵の……ですか? か、畏まりました。神がそう仰られるのであれば直ちに高官の者らに地図を持たせ、向かわせて頂きます。砦の近くではありますがツクヨミ様もどうかお気を付け下さい」

 

「ありがとうございます。私も終わり次第、魔法で向かわせて頂きますね」

 

 ツクヨミがそう言うと、大元帥は主の御意を得たというように頭を下げ、そして通路奥に戻って行った。

 

 

 

「さて」

 

 

 

 いよいよ転移門(ゲート)を開いてみようかと、銀の装飾が豪華な大鏡に視線を向けるツクヨミ。

 

(ん、でも一応向こうに連絡を取っといた方がいいか?ホウレンソウは社会人として大事だし……。それにここで発動するのも転移先が大神殿ってのがあるからだしなぁ)

 

 少々面倒くさい話だ。しかし放置はできない。

 ともすればちょっと緊張した面持ちでツクヨミは伝言(メッセージ)の魔法を構える。気持ちは営業のサラリーマンといったところだろうか。勿論、リアルの彼はそうではなかったが。

 

 ツクヨミは数瞬誰に掛けるか悩んだのち、とりあえず最高神官長にそれを送ることにした。

 そうして伝言(メッセージ)を発動すると、最高神官長オルカーは凄まじく驚いたのち恭しくそれを受け取ると、快く転移門(ゲート)発動の許可を出してくれた。

 というより向こうも既に準備は出来ていたようで、転移門(ゲート)先には人も向かわせてくれるとのこと。

 これだけのことが信用の低い伝言(メッセージ)で出来てしまうのだから、ツクヨミの立ち位置のヤバさが窺える。

 

「ん。じゃあ気を取り直して、いざ使ってみようか」

 

 そうして、ユグドラシルから広く重宝されていた転移門(ゲート)、それに極めて近い何かを生み出せるというそれと魔法的な感覚を繋げる。この辺りは慣れである。

 

「お?」

 

 鏡が光ると、その闇は目の前に現れた。下半分を切り取ったような半円形の亜空間。中心から波紋が広がるようにそれが形作られる様は壮観であったが、見栄えの凄さよりも「危険がないか」にその思考が向いていたために感動は小さい。

 

(ん。この距離でも問題は――なさそうだな。異常も無いようだし後は聖典の方を待ってから此処を出よう)

 

 指でつついたり、腕を突っ込んでみたりで安全を確認した後、心の中でそう独白する。

 そして陽光聖典だが、こちらはすぐにやって来た。ある意味早すぎるほどに。

 

 どうやら全力疾走で来たらしい。

 しかし息一つ切らしていない彼らは相変わらずであり、ツクヨミはそっとその場を後にすることになった。

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 外では冷えた風が、自然豊かな地に散る擦れた木の葉を運ぶように流れていた。まだ春が来ていないこともあって相変わらず外は肌寒くなっている。

 尤もそれを鷲獅子(グリフォン)騎乗中や骸骨(スケルトン)討伐時に感じなかったのは気持ちが他に行っていたからか、今が太陽の少し隠れる――曇り空の天気に見舞われているからかもしれない。

 

 

(まぁ……私は()()()()()()どっちでもいいんだけどね)

 

 

 一時単独となったツクヨミは砦から出た景色をもう一度眺め直したが、すぐに隣でがしゃりと鎧が擦れる音がした。

 

 

「し、失礼いたしました!神よ。再度その高貴なる御姿を我々に晒して下さったこと、感謝致します!」

 

「あっ。えっと、楽にして貰って大丈夫ですよ」

 

「まさか、滅相もございません!私なぞが神の御前で楽になどっ。いや、でもその御言葉に従わないのは不信? 大体、私程度が神と言葉を交わすなどあっても良いのだろうか……」

 

 ぶつぶつと、体を平伏させた状態で一人自問自答を始めた若い門兵。信仰心が高すぎるが故か、法国の人間はたまにこうなることがある。正直対応に困る。

 

「大丈夫ですよ。ただ、あまり時間もないのでお先に。……お仕事頑張ってくださいね」

 

「あっ。お、お気を付けて!!」

 

 後ろから聞こえてくる門兵の言葉を受けながら、ツクヨミは飛行(フライ)の魔法を発動させ、ばっと上空斜め上に飛び上った。勿論早々に大元帥らと合流するためであるが、一人であるツクヨミを呼び止めようとする者は当然の如くいない。

 

(それでいて視線はあるのが、ちょっとむず痒いんだよな)

 

 まぁ仕方ない話である。

 ツクヨミはその場を離れるように一定の高さまで上昇すると、舗装された道の脇――樹木が茂る林道の上を魔法による速度ですいすいと移動し始める。

 

 ちなみに向かっているのは方角にすれば東。西側の門を抜けた先にアベリオン丘陵が広がっていることを考えれば逆側と言える。これが大元帥が疑問に思ったことでもあるだろう。ただ、一言で言うならばユグドラシルのアイテムは"ズル"なので実験がてら多用していこうという話だ。

 

 

「よっと」

 

 そして二分弱。距離自体は大したことがなかったので、ツクヨミはすぐに目的地まで到着する。

 

 着地に関しては離陸時の逆だ。斜め下に滑り落ちるように移動し、下に生える低身長の草を絨毯のように踏んでから速度を殺す。

 ツクヨミからすれば何の気ない動作だが、地を踏む者から見れば音も無く、光輪を背後に携えて行われるその一連の動きは、まるで神が天界から降りてきたような錯覚を覚えさせるだろう。

 

 

「ツクヨミ様!……何ともお早いご到着で。崇高なる神器の行使、無事に終えられましたか?」

 

「はい。そちらは何とかなりました。出入り口の方も……神殿の部隊の方が来てくれて」

 

「おぉ。それは素晴らしいという他ございません。私の方からも重ねて感謝申し上げます。調査の方も既に準備を整えておりますので、どうか良きタイミングで御始め下さい」

 

「分かりました。ありがとうございます。では早速――おっと」

 

 先とは少々異なる人員に迎えられつつ、早急に整えたんだろうなという開けた大テントの下に向かっていたのだが、その前に巨大な影に阻まれた。

 巨大な胴体。鋭利な爪。雄々しい嘴。そして壮大な翼。お待たせしていた古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)である。そう、この子を迎えに来たというのも予定にある。

 

「ご、ごめん。……待たせたね」

 

「ぐぅぅぅうる」

 

 そんな圧倒的存在が近づいたので、中にいた軍人は多くは再び動揺に見舞われることになったが、頭を下げてこちらによしよしを要求してくる彼があまりに可愛かったもので、ツクヨミはよしよしから餌やりというダブルコンボをかましてしまった。

 

「か、神は食糧を生産できるアイテム等もお持ちだったのですね……」

 

「あー。はい。金貨消費するのだけがネックですが便利なアイテムですよ」

 

 "ダグザの大窯"。そんな意外にデカい、アイテムボックスの肥やしの一つを中空に仕舞いながら大元帥に返答する。といってもその内容はゲーマーが初心者に効果を説明するような、そんな感じのあれだ。

 

「ま、まぁ何はともあれお待たせ致しました。改めて調査の方、始めさせて頂いても宜しいですか?」

 

「勿論でございます。ただ……ツクヨミ様。その前に一つご質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「はい。何でしょう」

 

「その……ツクヨミ様も御承知かとは思われますが此処はアベリオン丘陵から離れた場所。また見通しも悪くあります。そのため、用意させた地図等はございますがどのように現地調査を行われるのかと……」

 

 やはり手順を聞く必要があったのだろう。

 低姿勢な大元帥が慎重に言葉を選びながら疑問を投げかけて来る。その内容は予想できた通りのものであり、普通の調査なら外に出て行ったり、兵士に話を聞いて回ったりするのが一般的か。

 ツクヨミはテントの中心、使い古された複数の地図の並べられた机の上座前で立ち止まり、それを説明する。

 

「それについてですが、まず皆様へのご説明が遅れてしまって申し訳ございません。少しバタバタしてしまったもので」

 

「と、とんでもございません!!」

 

「それで……そうですね。アベリオンの調査はこれで行えないかと思っております」

 

 そうしてツクヨミが再び虚空から取り出したアイテムはこれだ。

 

「そ、そちらは先程の。転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)……でありますか?」

 

「いえ。似ていますが違います。これは"遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)"、指定したポイントを映し出す――言ってしまえば次元の目(プレイナーアイ)みたいなものです。話しておられましたよね?」

 

「プ、次元の目(プレイナーアイ)……!??」

 

 

 その瞬間、大元帥が驚愕の瞳で机にことりと置かれたその鏡を凝視する。その驚きようは凄まじく、白い髭を蓄えた顎に手を持っていき、片手で口をふさぐほどだ。そんな軍最高責任者の反応に、周りの軍官の注目も集まる。

 

「だ、大元帥閣下。そ、その次元の目(プレイナーアイ)というモノはどのようなもので……?」

 

次元の目(プレイナーアイ)は第八位階に属する大魔法。法国の魔法力を結集させ、相当な労力を割いてやっと数回の発動が()()()()()ような魔法じゃな」

 

「そ、そんなにですか!?」

 

 第八位階。そんな神話的な数値が大元帥より発されたことで軍官の注目もまたスタンド式の銀の鏡に集まる。「まさか魔法まで網羅されておられるとは……」などと老人も小声で呟いており、皆のテンションは最高潮であった。

 

 ただ、当のツクヨミはちょっとこそばゆいような気持ちでそれを眺めていた。というのも、確かに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は索敵に便利なマジック・アイテムである。ただしその手軽さ故に弱点は大きく、低位の情報系魔法で隠蔽され、室内は特殊な工程を踏まねば覗けず、魔法のカウンターも受けやすい。……そんなちょっと扱い辛い微妙系に数えられるアイテムなのである。勿論、ゲーム:ユグドラシル内での話だが。

 

「コホン。まぁ、そんな感じです。ただ、カウンターの恐れもあるので発動には注意です。此処を選んだのもある種それが理由で――発動まで少し離れていてもらえますか?」

 

「はっ!!」

 

 そのため、実はツクヨミもこの世界に来てまだこのアイテムを試したことはない。それは日常生活には不要であったこともあるし、神になってから真に自室だと言える部屋が無かったことも原因だ。仮に神殿内で変な人間でも探知に引っ掛けて自動発動の怪物召喚(サモン・モンスター)爆裂(エクスプロージョン)でも喰らおうものなら大惨事もいいところであった。

 その点、このテント程度であればまだ被害は少なく、少人数である彼らをツクヨミの特殊技能(スキル)で守ることは容易である。

 

 ……

 

 ツクヨミが慎重にそんな遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を起動させると、それは驚くほど簡単に外の風景を映し出した。

 画面にはテントとその周辺にある木々たちが上から見下ろされるような形で映っている。その様は無機質であるというか、それが当たり前であると言わんばかりのものだった。

 

 なんか行けてそうです。そうツクヨミが丁寧に付け加えると、恐る恐るその横へと、立ち尽くしたままだった彼らが近づいてくる。

 

「お、おぉぉ!流石は神の御業!!これほどまでに容易に、次元の目(プレイナーアイ)を内蔵する神器を操られるとはっ!!」

 

「神の御威光に我々一同、改めて感服致します!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 凄い横から褒めて来るそんな大元帥らに「やべぇ、どうやって視点動かすのか分からん……」とは言えず、ツクヨミはそれっぽく現在地上空を映し出した風のそれを眺めつつ、手元で手を動かしたりしてみた。

 すると、ユグドラシルでのスクロール操作に近い手振りでそれは動いた。円を描いたりするとまた場面が変わる。

 

「……こんな感じで、アベリオン丘陵の方を広く見つつ何か異変がないか調査できないかと思っているのですが、いかがでしょうか?」

 

 振り返り、ツクヨミは恭しく体を折ったりしている彼らに口を開く。その結果はまぁ察しというか数回頷いたりしてその賛同を強くアピールしていた。

 ある意味ベストな形に収められてよかったとツクヨミは内心でほっとしつつ、それから目的の作業を始めた。

 

 時には地図と比べながら視点を移動。そうして西の砦を超え、荒れた丘陵に再び景色が移った時。

 

 ツクヨミはそういえばと少し気になっていたことを口にする。

 

「アベリオン丘陵の調査ですが、確か最初に亜人の王を名乗る者が現れたとか言っておられましたね。それに先程もアンデッドが沢山湧いていたりしたようですが、それらはよくある事なのでしょうか?」

 

「はっ。それについては現地の監査を行っている私が答えさせて頂きます。まず亜人の王に関してはここ最近の新たな情報で、滅多にないことに違いありません。が、実はアンデッド共に関しましては丘陵では頻繁に湧くことがございます。死もまたよく起こる場所であるからでしょう。ただ――」

 

 そこで男は一拍置き、眉を逼迫したように下げ、語る。

 

「それでもここ一カ月ほどの湧き方は異常であると認識しております。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)など一体出現するだけでも稀なのに、それが複数同時など……。本当に神の御力に助けられております」

 

「なるほど」

 

 やはりどっちも異常なんだなと男の話を聞き、まずツクヨミの頭に浮かんだのは丘陵内に別プレイヤーが潜んでいる可能性だ。超常の存在であるプレイヤーであれば、アンデッドの召喚は当然容易い。それにそのプレイヤーの種族が亜人であれば、それも間違いなく強力であるので王を名乗っているのも理解はできる。

 

 ……しかしそれらに整合性があるかといえば――流石にこじつけ感があるように思える。

 

(プレイヤーならそれこそ最低で死の騎士(デス・ナイト)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)なんてまず作らないだろうしな)

 

 加えて亜人種というのもアンデッドと関連が薄い種族であり、アンデッド召喚術を多用するプレイヤーなら普通は異業種を選択するはずである。つまり、何らかの例外が無い限りそれらは関わりのない事象である可能性が高く、そうなると別プレイヤーの仕業である可能性もまた薄くなるだろう

 

 ツクヨミは鏡の風景を動かしながらアベリオン丘陵を眺める。

 

 殆どは草原であるが、都市部と比べ緑が多く、高低差の大きい丘陵の細部まで調べるのは相当に難しい。しかしながらそれでも広く状況を俯瞰しつつ気になった部分を拡大、というのは非常に効率的な作業であった。

 

 ……

 

 ……

 

 そんなこんなで話を聞きながら調査を続け一時間、更には二時間弱が経過。種類様々なアベリオン丘陵の原生であるという亜人をちらちら目撃しつつ、近隣を探索した結果、分かってきた内容は以下である。

 

 

 

・群れがばらばらであり、様々な種の亜人が少数で丘陵内を徘徊している。

・たまに亜人の死体が放置されている。

・そのせいか低位のアンデッドがちらほらうろついている。

・そしてそのアンデッドを亜人が破壊している。

 

 

 

 アンデッドに関する情報はそれなりに集まった。とはいえ突出した強者の痕跡は一切見つかっておらず、元凶の有無については未だ不明だ。

 

(しかし、アンデッド。アンデッドか……)

 

 そこでツクヨミは記憶にまだ新しいあの王都の事件。その中心人物である、"アンデッドの世界を夢見る老人"のことをふと思い出した。確かにあの男なら喜んでアンデッドを世に増やそうとするだろう。しかし彼はツクヨミが捕まえたのだし、距離に関してもあまりに遠すぎる。やはり連想できるだけで微妙な線だろう。

 ツクヨミは思考を振り、目の前のことに集中する。

 

「あれから結構探索しましたが、王らしき個体も見当たりませんね」

 

「ふむ……。特殊部隊の報告によれば確かにこの辺りとのことだったのですが」

 

 大元帥が指差した地図の箇所を再度眺めながら、ツクヨミもまた慣れてきた鏡の操作を続けていると、数分後隠れたように点在するそれが見えてきた。

 

「あっ。一応集落?っぽいものがこの辺りにありました。崖で陰になってましたね」

 

 ようやく知性の高そうな亜人の村らしきものを発見だ。

 

闇小人(ダークドワーフ)。こやつらは一応非亜人でございます。しかしまぁ、亜人に武器を蒔く厄介な奴らでして……おっと、これは大変失礼致しました」

 

「いえ。でも、数は少なそうですね」

 

「確かに。ツクヨミ様の仰られる通り、活気は少ないように思えます」

 

 そうして闇小人(ダークドワーフ)の集落を眺めつつ、大元帥と話をしていると、明らかに敵憎しという目で画面をじっと見つめている他の軍官たちがいたので、ツクヨミも色々とその感情を察して画面を変えることにした。

 

 しかし、まぁ結論から言うと新しい情報はそれ以上なく、同時に外も薄っすらと暗くなり始めていたので、今日の所はこれ以上は難しいだろうという判断が大元帥より下された。

 あれだったらアイテムボックス内にまだ3,4個はあるであろう鏡を最初から同時に運用するべきだったかもしれない。そんなことも思うが、それも一長一短である。

 

(さて)

 

 そんなこんなで外は既に曇天模様。屋内にはぽつぽつ雨音が漏れ始め、ちらりと覗ける地面には雨の雫が零れている。そんな状態であったので皆撤収の準備を急いで始めている。

 

(何にせよ今日の調査はここまでかなぁ。流石に広いだけあって難航するな)

 

 分かったのか分かってないのか微妙である現状に何とも言えない靄が残る。あれだったら明日帰る時にも現地を見て回るか――それか闇小人(ダークドワーフ)に直接話を聞きに行ってみるのもいいかもしれない。

 そんなことを思うが、後者はちょっと厳しそうだなと息を吐く。

 

 傘を持った兵士がこちらに複数走ってくるのを見て、ツクヨミもまた立ちあがった。

 

「……ツクヨミ様。夕刻に至るまで、そのお力、そして御身の貴重なお時間を割いて下さったこと心より感謝申し上げます。目的の殆ども達成されたよう思われますので、どうか御身体をお休めになられ、本日残りの時をお過ごし下さいますよう」

 

 恭しく礼を取る大元帥が付け加える。

 

「――もし宜しければ夜は神都、大神殿に戻られますか?」

 

「いえ。それも考えましたが、折角御部屋も用意いただいてるわけですし、今日はこちらで過ごしましょう。武器を見たり色々したいことも残っていますしね」

 

「左様でございましたか。では、迎えも参ったようですので戻りましょう」

 

 そうしてツクヨミは濡れた地面、そしてその先に続く路盤を古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)、そして木傘を代わりに掲げた大元帥・軍の面々と共に戻って行った。

 

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