Moon Light   作:イカーナ

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36.丘陵の夕暮れ

 

 再び砦に戻ってきたツクヨミは、働いている軍人に軽く挨拶をした後、大元帥らと別れそのまま二階端にある部屋に帰ってきた。今回の仕事の大半を終えたためだ。

 

 

「お疲れ様です。何か異常はございませんでしたか?」

 

「はっ。この区画にも、神の造りたもうた異界の扉にも、一切の異常はございませんでした」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

 

 ツクヨミは部屋の手前。そこであれからずっと警備をしていたであろう陽光聖典の隊長に声を掛けていた。30十代ほどの彼は整った顔を伏せ、膝を付く。周りにいる三名の──相変わらず怪しいフードを被った隊員も同様だ。ただ、班長であるマルセルはいないようだった。

 

「……神よ。先程は申しそびれてしまいましたが、丘陵の調査という我々のやり残した仕事を代わりに引き受けて下さったこと、本当に感謝致します」

 

「いえいえ。大変な仕事だと思いますし、私の方も完遂……には至りませんでしたので。亜人の王も結局見つけられませんでしたし」

 

「それはもしやエシャベリュ―ルのことでしょうか」

 

「あっ。そう。前に大元帥様がそのような名前を教えてくださいましたね」

 

 調査の件について立ち話をしていると、本職から亜人の王の名前が出てくる。実はツクヨミも仕事をするに当たって小耳に挟んでいた名だ。しかし、まぁ聞き覚えは一切ない名だったので軽くスルーしていた。正直申し訳ない話だ。

 

 ただ……これは何か情報を得られる機会かもしれない。そう思いそれを口にするが──

 

 

「隊長様はそのエシャベリュールについては何かご存知でしょうか?」

 

「いえ。私も一瞬遭遇した程度ですので。巨大な翼亜人(プテローポス)であるくらいしか……」

 

「そうですか。まぁ大体そのような感じですよね。教えて下さりありがとうございます」

 

「いえいえ。とんでもございません。全ては神の為に」

 

 

 残念ながらそれ以上の情報はなさそうだった。

 深々と頭を下げる陽光聖典隊長にツクヨミは軽く会釈をした後、ようやく部屋の前に移動し、その木製のドアについた金属製の取っ手を捻る。

 

 それは特に抵抗することなくツクヨミの入室を許可した。

 

 

 

「……はぅ」

 

 

 ぱたん、と扉が閉まると夕暮れの静けさと共に少し疲れがやってきた。朝から慣れないこと続きだったからだろう。

 ツクヨミは部屋に入るなり靴を脱ぐとそれを中空に収納しておく。それから部屋を見渡すと、まず右奥のベッドが目についた。

 

(仕事終わりとはいえ、就寝時間には……まだ早いよね)

 

 ベッドの上でごろごろすることも考えたが、それも少し味気ないというもの。

 ツクヨミは何かできることは無いかと頭を捻る。するとその時、視界端にあるものが映った。

 

 それは武器スタンドだった。

 

 

「ん。もう運んでくれてたんだ」

 

 

 左手の壁際に佇む木製のスタンドには、スレイン法国の軍で使われているであろう武器群が丁寧に飾られている。それはツクヨミが昼に興味を示し、そして後で運んでもらうよう指示していたものだ。

 

 軽く近づくと、なるほど。武器などは綺麗に手入れされており、剣の鞘などに至ってはきっちりと嵌められている。これは向こう側の配慮だろう。

 

 そんな手間の掛かっていそうな装備群を見て、ツクヨミもあまり汚しては悪いだろうと思い、一先ず手洗いを探す。すると、辛うじてこぢんまりとした浴室のようなモノがあったので、そこで手を拭いてから戻ってきた。

 

 

 再度武器スタンドに目を向けてみる。

 

 

 鉄製の剣。木製のしなやかな弓。それに伴う矢筒。そして珍しめ──といっても現地基準であるが──な装飾された古びた杖。意外と色んな種類がある。実際に勤めていた時はまじまじと見たことのないものばかりだ。

 

 控えめに言ってテンションが上がる。しばらくそんな感じで眺めていたツクヨミだが、流石にそれだけで終われる訳も無く、そっと一つを手に取ってみる。

 

「おぉ」

 

 剣を持ち上げてみると、それはやはり軽く、羽を持っているような感覚に近かった。しかしこれは実際の所ツクヨミの異常な膂力のためであろう。

 剣の鞘を外してみても、その刀身には細かな傷が無数にあり、やはり特別な装備ではない。

 

(この様子だと他の武器も──)

 

 剣を戻し、隣の弓に手を伸ばす。当然何事もなく装備できるだろうとツクヨミは思っていたが、その予想は奇しくも裏切られることになる──

 

 

「っ!!」

 

 

 初めに言うと持ち上げることはできた。しかし、それを手元に構えようとするとぱんっ! と、変な音が鳴り響き、1m程の弓がツクヨミの手元から地面に落下したのだ。あまりに突然の衝撃に、ツクヨミは自身の手と弓を交互に見やった。

 

 当然思い当たる節はない。いや──

 

(……装備制限?)

 

 そんな言葉が頭を過ぎる。思えば確かにツクヨミはこちらの世界に来て別の武器種を装備したことはない。であれば戦士職が野伏(レンジャー)系統の武器を付けられないというのは分かる。しかし、ここがユグドラシル内ではないということがツクヨミを悩ませる。

 

 

(もしかして私の方にまだそういう、ゲーム的な制約が残ってたりする?)

 

 

 実はこれまでの生活でもユグドラシルの素材が上手く料理できない等の些細なことはあった。となるとその可能性も決してゼロではないだろう。

 システムの仕業か。それともアバターの感覚の仕業か。何も分からない今はただ試すしかない。

 

 

 ツクヨミはユグドラシルとの違いを確かめるように、無理やり武器の装備を開始してみる。

 

 一度目、失敗。

 

 二度目、微妙に失敗。

 

 三度目──

 

 

「ん」

 

 

 意外にも無理やりそれを握り込むことに成功する。

 

 意識的にであれば、物理法則に則って別種の装備を構えたりすることもできるようだ。

 しかし、悲しいかな。感覚的に扱えている感じは非常に乏しい。恐らくだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態にあるのかもしれない。

 

 

(うーん。同じように、現地の人にも職業ごとの縛りがあったりするのかね……)

 

 

 ツクヨミはぷらんぷらんと握った弓を力無く振ると、一旦それを戻してから、数種類の武器種を抱えて机に戻った。

 

 背の低い椅子を引いて、机の武器に各武器種を並べる。そうしてツクヨミは椅子に腰かける。

 こんな大事なことが今更判明してしまったのはあれだが、幸い検証の時間はあった。

 

 

(さて。まぁ杖やらは置いとくとして、次に試すべきはまず現地の剣をちゃんと使えるかだな。特殊技能(スキル)、そう特殊技能(スキル)は使えるのか──)

 

 

 最低限こちらの世界の剣を装備することはできていた。ただ、そうなると次に気になるのがそれをツクヨミが完全な状態で扱えるのか、だ。

 ツクヨミは前衛職──特に魔法を付与して戦う、魔法剣士に近い役職だ。そのため、新たな世界の装備に自身の魔法を付与できるかは大きな問題であった。

 

「じゃあ、こうしよう。……特殊技能(スキル):付与(エンチャント)、MP」

 

 ツクヨミは数瞬悩んだのち、魔法剣士系統で一番初歩的な、MPを攻撃力に一定時間付加する能力を使用する。ちなみに神聖剣士(ホーリー・フェンサー)付与(エンチャント)ではその特殊技能(スキル)の力で一部神聖魔法を付与できるので、普通ならこれはかなり勿体ない使い方である。

 

 

「よし、いけたかな?」

 

 

 そしてその発動の結果はというと、慎重な甲斐もあってか魔法攻撃力の付与には成功していた。

 

 ……

 

 ……

 

 しかし諸手を上げて喜ぶには、どうもその様子がおかしかった。

 

 というのも効果を受けた剣の刀身は内側から青白く光り、まるで魔法の武器のような様相でツクヨミの手元に収まっているのだ。

 普通はこのような光り方はしない。ユグドラシルのデータクリスタルに内包されているような武器なら、その武器の刀身などに纏わりつくようにエフェクトは発生する。

 

 

(何か失敗した?)

 

 

 それもあってツクヨミは不安げに上や下からちらちら鉄製の剣を眺めた。しかし異常はない。それどころか10分過ぎても効力が衰える気配がない。気のせいかと思って更に十数分。

 

 やはり効果が切れない。

 

「……」

 

 ツクヨミは唖然とする。一応言っておくとバフの効果時間は長くて普通7分程度。流石にここまで時間が経てば、机の上に置いたこれの状態も何となく理解はできてくる。ようはツクヨミの持つ付与(エンチャント)、それの効果が現地の武器に対し時間制限なく発動──そのまま武器を魔法武具化させているかもしれない──そういうことのようだ。

 

 

 一瞬、ツクヨミもたまたま誰も知らない裏技を見つけたような、そんな嬉々とした感覚に包まれた。しかし冷静になって考えてみるとこの手元に置かれた武器も大切な軍の備品の一つ。当たり前のことだが、勝手に弄り回し、ましてや勝手に魔法を付与したりしていいものではないだろう。

 

 それに気づいた瞬間、途端にやりすぎた──いや、やらかしてしまったのではないかという思いが湧き上がってくる。

 

 

「え、凄いんだけどさ……。でもどうしよ……。全然戻らないし」

 

 

 一転、焦るツクヨミ。手元には完全に変質してしまった魔法の武具。鞘に戻したとしてもその異様な存在バレないということはないだろう。それに軍の備品なので、数に関してもきちんと管理されている可能性は高い。

 

 そのため、打つ手なしのツクヨミに残された選択肢は一つだけ──

 

 

 ……備品を滅茶苦茶にしたことを素直に謝る。

 

 

 それしかないだろう。こういうのは隠しておいて後でバレるのが一番怖いのだ。

 ツクヨミは剣と鞘を持ってすぐに立ち上がると、部屋を出るべくそのいつになく重い取っ手を引いた。

 するとすぐに陽光聖典の姿が廊下に映った。

 

「神よ。いかがなされましたか?」

 

「あ、いえ。ちょっと軍の方にお話しがありまして……」

 

「左様でございましたか。お呼び止めしてしまい誠に失礼致しました」

 

 ツクヨミは手元で「いえいえ」と小さく手を振りながら、廊下を小走りで進む。相手としてはまず大元帥が見つかるのが理想ではあるが、それは言ってしまえば少々狡い行いだ。となると、ベストはやはりここの責任者だろう。

 そんなことを思いながら人を探していると二階の階段前に軍人が現れた。

 それは良くも悪くも昼に案内をしてくれた真面目な副指揮官だった。

 

 

「これは我らが神。なにやら深刻そうな御顔をされていますが……。どうかされましたか? まさか不手際が──」

 

「そ、そうではなく。すみません、先ほど運んでもらった武器のことなのですが……」

 

 ツクヨミは手元に抱えていた鉄製の剣を見せる。嫌なくらい青白く光り輝いている。

 

「こ、これは……。魔法の武具? お、お渡ししたものには無かったかと記憶しておりますが」

 

「はい……。実は部屋で触っていたら魔法化させてしまったようでして」

 

 

 その言葉を受けた副指揮官はというと口を半開きにし、ただただ言葉を失っていた。それも当然だろう。ツクヨミも自分が貸していた装備が無断で変質させられていたら言葉を失う自信がある。それに立場上怒れない相手ときた。

 もはや申し訳ないという言葉しかない。

 

 ツクヨミは素直に頭を下げる。

 

「申し訳ございません。完全に私の失態です」

 

「と、とんでもございません!! 神が謝られるようなことなどっ。し、しかしこれは……。正直私程度では判断に困るレベルのものでしょう。一度神官、それにコスタート指揮官にお見せしに行こうと思うのですが、こちらお運びしても宜しい物でしょうか?」

 

「え? はい。元々皆様の物なのですから、副指揮官様の思うようにお願いします」

 

「寛容なるその御心。誠にありがとうございます。では……神もごゆるりと」

 

「あっ」

 

 そうして副指揮官は慌てるように行ってしまった。色々と引っ掛かる言動もあったが、聞くのはまたの機会だろうか。

 

(幻滅されてないといいな……)

 

 そんな不安を感じながらとぼとぼとツクヨミは部屋に戻っていく。戻ったら何をしようかと思案しながら。

 

「武器を触る気にはなれないし。……まぁ、とりあえず服でも着替えようかな」

 

 落ちかけた日差しが窓から差していた。

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「神様、ご無事かなぁ……」

 

 もうじき日が落ちるという頃、大神殿で働く一人の少女がその身を微かな夕日の赤色に染めていた。

 

 手には魔法について書かれた本。体には薄地のローブ。その頭からは艶やかな長い赤毛──微妙に茶に近いそれが綺麗に伸びている。

 そんな彼女の正体は土の巫女姫。かつては魔道具として、そして今は神殿で働く巫女姫の一人である。

 

 土の巫女姫は既に仕事も終わった時間に、大神殿の裏庭から出てきて早速、夕日を眺めながら新たな神であるツクヨミのことを頭に浮かべていた。それはある種の不安。自身を守ってくれる存在が遠くに行ってしまっているという恐れ。

 

 当然、土の巫女姫もすぐに神が帰ってくることは知っている。しかし、自分がこうして外に出てきてしまう程度には、まだあの出来事から立ち直れていないことも確かだった。 

 

 数日会う機会が無かったとはいえ、離れて一日でこれというのもかなり重症だろう。

 

 そんな自分が嫌になる。

 

「はぁ、駄目だな。私……」

 

 土の巫女姫は大きく息を吐くと、こうしていても仕方ないと足を入り口の方へ向け、そして動かす。ちなみに土の神官長はというとその役職柄上、裏方で仕事をしていることが多く、今も忙しく残業(?)しているのは確実である。そのため、挨拶に赴くということもない。

 

 ……

 

 土の巫女姫が道沿いに少し歩いているとすぐにその立派な石造の柱が姿を見せた。と、同時に何やら不審な光景がその反対に映り込む。

 

 予想外のその出来事に土の巫女姫はそっと足を止め、目を凝らす。それは斜め下に佇んでいた。

 

 

「あれは……番外、席次様?」

 

 

 白黒の衣装に身を包む黒髪の少女。その背にはその身長と同等ほどの戦鎌(ウォーサイズ)を装備している。

 間違いない。大神殿内でたまに見かける漆黒聖典の一人──神官長達が番外席次と呼ぶ少女だろう。

 

 土の巫女姫はそんな雲の上に近い存在に対し、何をどうすればいいか悩んだが、階段下で敷地内の様子を窺うように隠れる番外席次は年相応の子供そのものだ。そんな彼女だったからか、土の巫女姫も大して物怖じせず、近づいて声を掛けることが出来た。

 

「あ、あの。何をされて──」

 

「しーっ! 今、気を窺ってるんだから静かに」

 

 階段を降りて話しかけてみると灰白色の瞳の少女は口元に手を当て、こちらに怖い顔をしてくる。今度は小声で再度喋りかけた。

 

「あ、あの。番外席次様、何をされていらっしゃるのですか……?」

 

「ん。ほら、あれだよあれ」

 

「な、なんですか……あれ」

 

転移門(ゲート)。……っていうだってさ。聞くにあれの先にツクちゃんがいるらしくて、どうにかして入ってやれないかなーと」

 

 番外席次は下にある転移門(ゲート)、それに指を指しながら、その周りにいる陽光聖典に怨嗟の目を向けていた。どうやら自分にだけ教えられていなかったことにも腹を立てているらしい。

 

(ま、まぁ要するに、番外席次様はツクヨミ様の元に行かれようとしていると……)

 

 それははっきり言って衝撃の内容としかいいようがない。他の人なら絶対に止める案件だろう。

 しかし絶賛孤独に悩む土の巫女姫としては、そこに多少の惹かれる部分があったのは確かだった。

 

「大丈夫なのですか? そのようなことをして……。番外席次様とはいえ、流石に怒られるのでは」

 

「大丈夫、大丈夫。怒られるのは慣れてるし、行けばツクちゃんが何とかしてくれるよ」

 

「な、なるほど。そうなのですね……」

 

「巫女姫ちゃんも行く?」

 

 そのため、そんな突飛な提案に動揺することとなった。土の巫女姫としては不安しかない内容だ。しかしそれを即座に蹴らないのはある意味そういうことでもあった。

 

「わ、私は……」

 

「よし。だいぶ手が空いた! 今がチャンス。ほら! 行くよ」

 

「あっ」

 

 少女に手を引かれる土の巫女姫はおぼつかない足取りで早々と階段を駆け下りていく。それは新たな道が自分に拓けていくようで──

 

 でも土の巫女姫があまりに遅いものだから、途中から番外席次に抱えられることになったのは本当に情けない話だ。

 

「ば、番外席次様!?」

 

「……あー、もう! アリシアでもファーインでも良いからそう呼んで!」

 

「で、ではファーイン様っ。人、多そうですが勝算は……?」

 

 土の巫女姫はそんな戦い染みた台詞を吐く。まぁそのくらいの勢いがこの場にあったのだ。

 番外席次はそれを聞くなり口元に挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「正直ね……。楽勝」

 

 番外席次は優雅に階段から飛び、空中より平地に着地すると、野営の準備でもしようとしていた陽光聖典の隙間をそのまま縫うように走り抜ける。それは迅雷であった。

 

 こちらに気付いた陽光聖典隊員の一人が驚きの声を上げる。

 

「な、何事!?」

 

「ごめんね。行かせてもらうよ~」

 

 大神殿内ということもあって、転移門(ゲート)までの距離は非常に短い。そのため、彼らが気付く頃には二人はその内部に足を踏み入れていた。

 

 一瞬で視界の景色が変わる。

 

「こ、ここは?」

「砦?」

 

 そこで横からぱっと掴む手が飛んでくる。それを異様な反射で番外席次が避ける。

 

「おっと」

 

「んん? こ、これは番外様?」

 

「そだよー」

 

「……神に何か御用がございましたか?」

 

 目の前で相対するは陽光聖典の中でも偉そうな人。口調は丁寧だが、その態度には警戒もまた含まれている。

 ようやく番外席次に降ろしてもらった土の巫女姫だが、正直その厳格な視線からは隠れていたかった。

 

「いや、用って程ではないけど。折角だし御邪魔しようかなーと。その辺にいた巫女姫ちゃんも連れて来てね」

 

「申し訳ございませんがお引き取りを。神は──って番外様」

 

「ツクちゃんお邪魔するよー」

 

 しかし番外席次に真面目な話は通じなかった。番外席次は土の巫女姫の背中を引っ張りながら男の手をすり抜け、飄々と隣にある部屋のドアを引いていた。かなりの速度で扉が開け放たれ、部屋の内部もまた姿を見せる。

 

「……え」

 

 そこには絶賛着替え中の神がいた。まぁと言っても下のスカートを履き替えているくらいで他の着替えは既に終わっているみたいだ。とはいえ、唐突の乱入に動きが止まってしまったようで、真珠の如き白い御御足(おみあし)が晒されていた。それはとてつもなく美しい曲線を描いており、まるで芸術品のようであった。

 いつもと違う黒っぽい衣装。それも相まって不敬にも見惚れてしまう。しかしそれも一瞬だ。

 すぐにやってしまったことの重さに気付く。

 

「よっと」

 

 バタンと扉が閉まる。陽光聖典の人が罪を犯す前に番外席次は扉を閉めていた。あぁ……私はどうしたら。

 

「ツクちゃん、レディとして鍵は閉めとかないと」

 

「あーごめん。忘れてた」

 

「ええー……」

 

 しかし神は怒っているムードは一切なく、寧ろ自分が悪かった的な感じで着替えを済ませていた。

 土の巫女姫は何が正しいか分からなくなる。

 しかし、何か言わなければ。

 そんな思いで、土の巫女姫は絞り出すように口を開いた。

 

「あ、あの。……申し訳ございません、神様。私、来てしまいました」

 

 それは懺悔であろうか。途端にとんでもないことをしてしまったのではないかと思い、泣きたくなってくる。しかしツクヨミはそんな自分に目を向けると、目を細めて笑った。

 

「大丈夫ですよ。私も暇してましたし。まぁいきなり来たのには少し驚きましたが──わざわざお二人が来てくれて嬉しいです」

 

「そ……それなら良かったのですが。皆怒っているのではないかと」

 

「大丈夫だって! ツクちゃんが大丈夫って言ってるんだし。……ね?」

 

 そんな自分とは裏腹に番外席次は悪戯っぽくツクヨミに目を向けた。そしてツクヨミはそれに困ったように笑ってから応答する。

 

「ま、まぁ。そうですね。神殿の方には私から何とか言っておきましょう」

 

 それを受け、番外席次は「ほらね」と言わんばかりにこちらに視線を送って来る。

 土の巫女姫はほっとする。いや、それ以上に嬉しかった。自分に安心できる居場所を作って貰えているような気がして。

 

(そうか。番外様も、もしかしたら……そうだったのかも)

 

 土の巫女姫の中でそんな考えがちらりと浮かぶ。しかしそれは今回は置いておこう。

 

 ツクヨミはそれから土の巫女姫にその椅子を差し出してくると、自分は床に。そして番外席次はというと、そのままベッドダイブからそれを椅子代わりにした。

 不敬にもほどがあるが、神がそれを良しとされた。そして他愛もない話をしつつ十数分が経つ──

 

「そういえば、これ持ってきてたの忘れてた」

 

 それは突然のことだった。ガサゴソと番外席次が包装された袋のようなものを懐から取り出してくる。

 

「こちらは?」

 

 土の巫女姫が気になって聞くと、番外席次は意気揚々と答え始める。 

 

「神官長達が隠し持ってたやつでさ。こーひーってやつと一緒に食べるらしいよ」

 

「ま、まさかそれは伝説の……」

 

「そう。くっきぃ」

 

 おぉ、とツクヨミが驚くのを見て、とんでもないものなんだろうと土の巫女姫も机に袋と共に広げられたその焼き菓子を見る。確かに、言われてみれば焼き色も丁度良く、露店でこれほど見事なものは中々見られない……と思う。

 

「こ、こんな凄い物頂いても大丈夫なのですか?」

 

 土の巫女姫が素朴な疑問を投げかけると、番外席次が得意げに指を立てる。

 

「ふふふ。大丈夫だよ。なぜならこれはツクちゃんに、いやツクヨミ様に捧げる食べ物。つまり御神饌なのだから」

 

「なるほど。確かにそうでした……」

 

「分かるけど、なんかせこいな」

 

 ツクヨミが素の突込みをかましていたように見えたが、土の巫女姫は気のせいだろうと思い、一緒にそれを頂いた。ちなみに毒見は番外席次がしていた。

 そんなこんなで話したり、時に悩み相談室が開催されたりして、楽しい時間がそれなりに過ぎ去った。もう夜という時間帯だろう。

 

 ……

 

「いや、ほんと二人とも今日はありがとうございました。それにこんな時間までお付き合いさせてしまいすみません」

 

「何をー。私とツクちゃんの仲じゃないか。今日は朝まで寝かさないよ」

 

「いや、流石にそれは御迷惑かと……」

 

 そんな感じで別れ際にも揉めていたのだが、奇しくもそこである一報が入る。それは皆にスレイン法国での職務を思い出させるような、そんな報告であった。残念だがここで三人は一度別れることになる。

 

 

「神よ。夜のお時間に誠に申し訳ございません。しかし緊急の内容になります」

 

「何か問題が起きましたか?」

 

「はっ。実は昼の調査で不明だった闇小人(ダークドワーフ)。その数名を砦敷地内で捕らえました」

 

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

 その夜、スレイン法国の歴史上でも稀な、闇小人(ダークドワーフ)の捕縛が行われた。

 その理由は領地侵犯であり、窃盗。そう、闇小人(ダークドワーフ)の一団は砦の物資を狙い、夜襲を仕掛けていたのである。

 しかし結果は失敗。力のない彼らは難なく捕縛される。普通ならその時点で処刑は免れなかっただろう。

 

 しかしそれでも彼らが未だ生き永らえているのはツクヨミが砦にいたためである。尤も、そのせいで夜の警備ががちがちになっていたというのは、彼らからすれば何とも皮肉な話であるが──

 

 

「それで……何故このようなことを?」

 

 

 あれから少し経ち、険しくも美しい女性の声がくぐもった地下牢に響いていた。隣には軍服に着替えた大元帥、そしてその反対に軍帽を被ったコスタート指揮官。それ以外の軍人はいない。そんな状況であるからか、素手である彼らも怪訝な表情をした後、ゆっくりとその口を開いた。話し出したのは背の低い闇小人(ダークドワーフ)の男。壮年で髭面の、団体の長らしき男だ。

 

「言い訳じみているかもしれないが、村に食糧が足りなかったのだ。……無論、取引できる物資もな。実のところ今回も元々は狩りの予定で出てきたが、もう無理だと私が言った」

 

 男がちらちら周りの者にすまなそうな顔をするが、コスタートがそれを無視するように厳かに口を開く。

 

「だから軍の物を奪おうと? そしてそれを新たな亜人の肥やしにする気だったのだな?」

 

「……」

 

 その言葉を受け、闇小人(ダークドワーフ)も黙り込む。まぁ指揮官のそれは正論だ。亜人と日々戦っているスレイン法国からすれば、その行いはもはや彼らに戦争を仕掛けているようなもの。

 とはいえ法国もまた闇小人(ダークドワーフ)を近年排除対象にはしているので、そもそも敵同士ではあるのかもしれない。

 そんな彼らをツクヨミは宥める。

 

「まぁまぁ。それで……いつもそうなのですか?」

 

「いや、違う──」

「……んん」

「い、いえ違います。いつもは盗みなどせず、丘陵で上手くやっております……。ただ今年は亜人とのバランスも悪く、冬ということもあってかなりきついのです」

 

 敬語に言い換えた闇小人(ダークドワーフ)に、ツクヨミは気になった点を聞いていく。

 

「バランス……。それは、あれですか? 近年アンデッドが発生したりしているという」

 

「知っていましたか。現状はそれが大きいですな」

 

「亜人の王に関しては?」

 

「関係はありますが、バランスが崩れたのは間違いなくアンデッドのせいだと思われます」

 

 そこで闇小人(ダークドワーフ)は語る。

 丘陵にアンデッドか突如湧き出したということ。そしてそれを受け、亜人も力を付けだしたということ。そして、それに自分たちが遅れを取っていること。つまり、全ては一連の流れによって起こっていたのである。

 ちなみに王に関連してエシャベリュ―ルのことも少しだけ聞きだせたが、どうやら彼ら亜人は今バラバラの状態にあり、その中で少ない存在が手を取り、変化に対処しているのだという。

 

「なるほど。王が増えているのもそういう……。しかし現状突破口はなさそうですね。大元帥様はどう思いますか?」

 

「はっ。こやつらの言が正しいなら、こちらも早めに手を打たなければ面倒になるかと。それこそ亜人が丘陵を離れて法国や聖王国に攻撃を仕掛けるようなことがあればツクヨミ様のご理想も……いえ」

 

「大丈夫ですよ。私も大元帥様の仰られる通りかと思います。そこで……ちょっと私なりに考えてみたのですが、こういうのは如何でしょうか?」

 

 そこでツクヨミは二人を手繰り寄せ、その耳元で何か考えを喋る。その様子を不安そうに見守る闇小人(ダークドワーフ)の一行だったが、すぐにコスタートの驚きの声に目を向けることとなった。

 

「そ、それは……大丈夫なのですか? いえ。神の御計画を疑う訳ではないのですが、このような者共など信用に値しないかと!」

 

「ふむ。いや、甘いぞコスタート指揮官。なるほど。流石は神、私は完璧な作戦だと思います」

 

「ほんとですか?」

 

 今度はツクヨミが不安そうな顔をしていたように見えたが、まぁそれは置いておこう。

 ツクヨミ達は牢に再度近づくと、それから闇小人(ダークドワーフ)達にある提案をした。それは本来であればあり得ないことであった。

 

「すみません。内緒話みたくなってしまって。それで話なのですが。……良ければ我々と取引を致しませんか?」

 

「なっ。と、取引……? 知っての通り私達はもう何も持っていませんが……」

 

 闇小人(ダークドワーフ)の男は震えるような声を絞り出した。

 ここまで話していれば彼らとて、この女性が法国の上位者であることは分かるだろう。そんな存在──あまつさえ黒のヴェールに似た最高品質のローブを纏う者が取引を持ち出してきたのだ。もはやその対価は魂なのではないかと思えてくる。実際、法国には白ローブのやばい集団がいるのだ。

 

「いえ。私達が要求するのは物ではなく、協力です」

 

「協力……?」

 

「はい。というのも、昼もやってみたのですが、私達だけではどうしても丘陵を調査、ましてや練り歩き話を聞いて回るのは難しかったです」

 

「──なので、皆様にそれを頼みたいのがまず一つですね」

 

 そこで闇小人(ダークドワーフ)が待ったをかける。

 

「ま、待って頂きたい。我々は力も弱く、未だ亜人と取引をしている身。それをいきなり人間側の調査員のようなことをすれば反感も買いかねません。それに村には……申し訳ございませんが、貴方がたのことを疎ましく思う者もいるでしょう」

 

 ようやく闇小人(ダークドワーフ)に正直な所を話された指揮官と大元帥は露骨に眉間に皺を寄せたものの、なんだかんだ頷く。

 

「まぁ確かにそうでしょう。……なので、調査の件はこちらの協力が必要だと思わないなら亜人の皆様だけで続けて頂いて構いません。私が一番お願いしたいこと、それは今回の情報の()()にこそあるのです」

 

「伝達……?」

 

「はい。つまり、アベリオン丘陵に住む多くの亜人達に、人類の大いなる神が降臨したことを伝えて欲しいです」

 

 そこで、闇小人(ダークドワーフ)達は目の前の存在が恐らくの神であることにまず衝撃を受ける。そして次に疑問が湧いてくる。

 

「それは……何故ですか? あなたにどのような利点が?」

 

 当然の疑問だ。そしてそれに答えるように、ツクヨミはその理由を語り始める。

 

「利点ですか。そうですね。正直に申してしまいますと、私自身は皆様と争いたくはないと思っております。なので、こちらに巨大な剣と盾があること。それさえ知ってもらえれば、お互いに下手な藪をつつかずに済むかなと」

 

「なるほど。……何となく理解しました。つまりは貴殿らもこちらに無用な手出しをするつもりはない。が、我らが手を出してくるならその時は容赦しないと」

 

「それは少し言い方があれですが……まぁそんな所ですね。お互いにメリットはあると思います。それに私としては法国と貴方がたとの関係も今後少しずつ変えられたらと思っていますから。協力を求めるならいつでも歓迎です」

 

 それを聞いた闇小人(ダークドワーフ)達は難しい顔をするが、確かに結局はお互いに話をしていなかったことも原因だ。であるならこのような甘すぎる提案にも、少しは耳を傾けるべきなのだろう。

 

「あっ。それと引き受けて下さるなら、当然身柄の解放。それに食糧の方も私からお渡ししましょう」

 

「それはもう……我々に選択肢がないではないですか」

 

 苦笑交じりの笑いを闇小人(ダークドワーフ)が溢すのをみて、ツクヨミも申し訳なさげに笑顔を作る。

 そうして、人類と亜人。それを繋ぐ役を担った者達が、確かにここから解放されていった。

 必ずその言を伝えると約束して──。尤もまだまだその溝は深い。

 

 

 ……

 

 ……

 

 

「はぁ」

 

 そうしてそんな光景に、ツクヨミは微かに疲れたよう息を吐く。それは達成感であろうか? それとも自分によって変わっていく世界への憂いと不安であろうか。

 

 丘陵の一日が終わるよう、心地の良い夜風が舞っていた。

 

 




最初の構想では、到着からここまで実は一話で終わる予定でした。……我ながら恐ろしいと思います。
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