「え、
突然遠方から告げられたその
何か見落としていたか? そんな思いがふと頭を過ったが、結局思い当たる節もなかったので、ツクヨミは観念してその話の続きを問うことにした。
「最高神官長様、それは本当ですか?」
空中で飛び出した足を止め、北上した道の先──神都に続く町々の方を見ながら、スレイン法国の最高位者、オルカ―にその口を開く。するとすぐに耳元で緊迫した声が返ってきた。
『は、はい。正直に申しますと私も耳を疑いました‥‥。しかし兵や聖典の証言によりますと、街中で巧妙に姿を隠しながら、武器を持ち歩く
「……目的は?」
『分かりません。ただ、襲撃を受けた兵は一様に彼らを呼び止めています。密偵──考えたくはありませんが刺客など、計画的な……それこそ神を狙う愚かな犯行の可能性もあり得るかと』
そこで最高神官長は報告を終える。
それは聞けば聞くほど確かに奇襲と言えそうな内容だった。しかも証言や被害さえある事実に、ツクヨミは内心焦りと戸惑いを隠しきれない。
理由は分からないが、
(種族的に多分外からかな。だとすると、国絡みの計画もあり得る……?)
というより、
現在帝国の件で絶賛頭を働かせ中だったツクヨミからすれば、勘弁してくれと言いたい状況だ。ただ、優先度が高いのは間違いなくこちらだろう。
(うーん、本当にどうしよう……)
問題なのは相手の意図が全く分からないこと。そして、自分が無意識に何かやらかしていたのかもしれないということだ。
元々スレイン法国と
だからこそ、現在迂遠気味なツクヨミは少しでも冷静になろうと細く息を吐いた。
「分かりました。私も注意しておきます。それと神官長様の方でも何か分かったら私にすぐご連絡ください」
「畏まりました。ツクヨミ様は……この後すぐに戻られますよね?」
その問いに、件の当事者として頷きたい気持ちが強くなるが──
(こっちを放って行く訳にもいかないよね)
ここに寄った理由。真下に存在する混戦の跡と半壊したテント付き馬車を見て、考えを改める。
「申し訳ございません。実はこちらで事故があったようでして……私はそれを解決してから戻ろうと思います。なので、法国の方──特に警備の方には極力怪しい者に近づかないよう通達ください」
「しょ、承知いたしました。しかし事故ですか……。もしかするとそれは
「ありがとうございます。では……あとでまた」
「ははっ」
そうして最高神官長との魔法の繋がりは切られた。
正直時間が惜しい面は否めなかったが、被害が広がらなければまだましに事を運べるだろうという判断であった。
……
「なんか大変なことになっちゃったな……」
宙に吹く風は変わらずツクヨミの白い髪とローブを撫でており、その横には首を傾げるように
まぁ何にせよ、状況は変わってしまったと言っていい。
なるべく早く神殿に戻る為、ツクヨミはここでの事故を確認、怪我人がいれば急いで手当してあげる必要がある。
手始めに発動している
全速力で現場に向かいたいところだが、随分と目立つ場所にいたので警戒も怠れない。それこそ今はツクヨミが標的にされている可能性も高いからだ。
(しかし
ツクヨミは、自身が法国の南西──丁度相手が森から出てきてすぐに奇襲できそうな場所に来ていることに苦笑いする。まぁここまであり得ない位置だと寧ろ安全かもしれない。
周りを見回してから──辺りに敵らしき存在が居ないことを確認すると、ようやく
「よっと」
そのままふわりと柔らかい草原の上に着地すると、目の前には先ほどの、道から大きく外れた白いテント付きの馬車が見えた。
相変わらず不用心というか、違和感を感じる外観だ。
それもあって心中では被害を装った巧妙な罠の可能性も浮かぶが……どの道石橋を叩いて回る時間もないので、ツクヨミはこの状況下で最も効果的であろうそれを、後光を伴って発動した。
「
低位階だが馴染み深い魔法。コスパが良いので対PK戦でこまめに使っていたそれを唱えると……。
驚くことに(というのもあれだが)外観の傷ついたテントの中から薄っすらと2つのオーラが感じ取れた。逆にそれ以外の、道の間に倒れている数体のゴブリン等から生命力は感じられない。つまりはテントの中の彼らが此処での生き残りということが予想できる。
(人かどうかは分からないけど、でも中で動けてないようだし困ってるのかな)
それに国土内ということを考えればそれが法国の人間である可能性はかなり高い。それこそ潜伏した
よし。ツクヨミは意を決すると、それに走り近づいていった。
道の間に揺らめく不快な血の匂いは強烈だ。ビーストマンの時ほどではないが、十分眉を顰めたくなるそれをツクヨミは超え、覆い布の右に回りそっと顔を覗かせる。
日陰となった室内。薄暗くも、風通りの良いその場にいたのは──
……
……え?
予想外としか言えない存在。
それは法国の旅人でも、他国の冒険者でもない──
────
「えっと……」
日を受け輝く長い髪。それを揺らめかせながら、ツクヨミはテントの荷台内に視線を向けている。
そこは木造の作りであり、左右に備え付けの長椅子がある何の変哲もない物であったが、ただ一つだけ異様な点があった。
それは先も言った通り、乗っている者の風貌。いや身分というべきだろうか。
(
そう。乗っている──いや、正確には中の地面に具合悪く座り込んでいる2つの存在は、どちらも耳が特徴的に尖っている、美しい
そのどちらもがその身に高そうな服を着ており、背中に申し訳程度の襤褸のマントを羽織っていた。
その姿はどこからどう見てもこちらを害そうとする戦士や狩人のそれではなく、寧ろ貴族や令嬢のそれであった。
だからこそツクヨミも困惑する。
果たして彼女らは奇襲の件と関係あるのか……? と。
「……え、あ」
しかし、そうこうしているうちに
綺麗な黄緑色の髪を肩くらいまで伸ばしている彼女はツクヨミの方を向くと、下から上まで視線を動かした後、静かに息を呑む。
「……」
「あ、あの。大丈夫ですか?」
そうして固まってしまった
しかしながら、今はそんなことより彼女らの
(思ったより酷い怪我だ)
よく見ると目の前の
それは明らかに助けを必要としている、か細い者の姿だっただろう。
そんな状況にツクヨミが反射的に一歩近寄ると、怯えるようにびくりと前の彼女が反応したので、ツクヨミもなるべく優し気な声で彼女らと接することにした。
「コホン。私は通りすがりで、別に何かしようという気はないのでご安心を……。そ、それにほら。こう見えて回復の魔法が使えるんです。少しですが」
そうして目の前で
すると少しは落ち着いたのか女性
「あ、あの。助けてくれる……のですか?
「無論です。まぁ確かに私は法国の人間ですが、困りごとに種族は関係ないですからね」
それに言ってしまえばツクヨミは異形種の友人がいるくらいだ。ユグドラシルでも人気だった
例えそれが塩を送る行為になったとしても──。
(問題になったら後で責任を取ろう)
ツクヨミは純白のローブ越しに片手を伸ばすとそれを迷いなく唱えた。
「
一応は第三位階というこの世界基準ではまぁまぁな信仰形魔法。ツクヨミとしては初心者の頃を思い出させるそれを発動すると、淡い光の発現とと共に目の前の
全身の倦怠感。痛み。それら全てから解放された彼女が唖然とした表情を見せたのは言うまでもなかった。
「……後ろの
続けてそれを金髪の少女の方にも唱えると、同じくして彼女の受けた身体のダメージの全てはまるで時間が逆行していくように消えて無くなっていった。ユグドラシル的に言えば素の体力が低かったためだろうか?
(まぁ流石に本職の
そのため彼女がすぐに気絶から起き上がるということはない。それはツクヨミからすれば少々申し訳ない部分だったが……
黄緑髪の
「まさか。本当に、ありがとうございます!」
「いえいえ」
身体の前で小さく手を振る。
まぁ何にせよ、呆気ないがこれで怪我人の問題は一旦解決だろうか。色々聞きたいこともあったが彼女らは回復したばかり。変に刺激するのも憚られた。それにこちらの時間がないこともあったので、今回は仕方ないだろう。
ツクヨミは生気を取り戻した彼女達からそっと離れると、神殿に急ぐべくその足を岐路に向ける。
しかしその時──
「あ、あのっ!」
体を翻したツクヨミの方に黄緑髪の
そしてそんな彼女は明らかに何らかの目的を持ったように、帰ろうとしているこちらに向けて慌てて話しかけてきた。
「何度も申し訳ございません。しかし、命の恩人である貴方にこれだけはお聞きしておきたくて」
「何でしょう?」
「法国の神様」
「え?」
「貴方様が法国の神様……なのですか?」
その問いを受けた瞬間、ツクヨミは指先に至るまでその動きを一斉に止めた。いや──正確には周りに最大限の知覚を張り巡らせ、大人しく向こうの平原で待機している僕を見やったりした。しかし他の者の気配は当然のようにない。
そんなツクヨミの動きが存外分かりやすかったのか、黄緑髪の
「やはりそうでしたか……。では私達のことも知っていて……」
よく分からないがその場でぎゅっと手を握る
図らずもどうやら完全に身バレしたたしい。まぁ正直な話、
彼女はふぅと小さく息を吐くと、その続きを話し始める。そこからが
「助けていただいた身でありながら、すみません。しかし。しかし! 貴方様が
「な、何でしょう。お願いしたいこととは」
奇襲の件。それも相まってツクヨミは何か重大な関連のありそうな彼女の願いを、おぼつかない口調で聞き返す。その内容については──はっきり言って分からない。何故ならツクヨミからすれば、
しかしそんなツクヨミを他所に、高貴な振る舞いの彼女は一拍置くとそれを語りだした。
「私達を。いえ──
どうか。
「どうかお救い頂きたいのです……! この蛮行から」
その熱の籠ったとんでもない懇願。それはどこか、そう──。どこか別の国の女王の姿を、ツクヨミに思い出させていた。
~~~~
言ってしまった──。
エルフは自国の問題を、あろうことか他国の人間にしてしまったことを恥じつつも、藁にも縋る気持ちで自身の黄緑色の髪の隙間からその神々しすぎる御方を見つめていた。
更に言うならばあの狂気の王、デケム・ホウガンの手から救ってほしい。そんな今までの思いをここに降った希望──最初に目にしたときは本当に驚いたものだ──に吐き出していた。
正直な話、口にしておいてあれだがエルフは断られるだろうと思っていた。何せその内容はあまりに馬鹿げているし、向こうにメリットだって殆どない。それにそれを
助けてもらった身としてもあまりに厚かましく、無理な望みだとは分かっていた。
……
にも関わらず、何故か今、法国の神であるこの御方はとりあえず話を聞いてくれている。馬車の荷台の入り口に座っているエルフはそのことに感謝しつつ、同じく隣に腰かけている
この機会は決して無駄にできない、と。
「まずは自己紹介を……。私は
「リディス様ですね。私は──ご存知かもしれませんが、ツクヨミと申します。……それで先のお話についてですが」
「あ、申し訳ございません。時間も差し迫っていると思いますし、早速お話させていただきますね……」
そうしてリディスはあの日のことを思い出すように、それの経緯について語り始めた。
────
──
あれは一週間ほど前のこと。
その目的は言うまでもないが、法国の神を王の代わりに森に連れてくること。もしくはそのための実力行使という、何とも野蛮で後先考えない内容だった。
中継地というだけあって巨大な木造の作りのその砦の中には多数の人物が行き交っていた。それは
そして自分達はその中でも特に古い建物である、とある兵舎のような場所に足を運び、そこで法国上層部と書簡のやり取りなどを行っていた。
最初は希望にしがみ付いて穏便にやっていただろう。しかし──
「拒否……?」
「は、はい。やはり厳しいようです。せめて王側から神殿に挨拶に来るなら歓迎する、と。法国からは来ています」
リディスは木製の机の上。上質なインクとペンの置いてあるその横長の部屋内で、同じく文官である金髪の彼女と話をしていた。
その内容は
最初は法国の神を歓迎するため、一度、神に
そして今回はどうしてもと送り直した文章が、道理から外れていると空しく棄却された流れだった。
(分かっていたけど、やはり……)
厳しい。というのが答えだった。法国の言っていることは正論すぎたし、自分達だって手段は違えど
「……決まりだな」
そしてそこで動き出したのが彼らである。
「ま、待ってっ。 まだ何か他の方法が──」
「あると? ふん、馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だ。我々はただ王の命に従い、神とやらを捕縛してくるだけだ」
「しかし……もし失敗すれば、それこそ
「何だと? 失敗──?」
そこで実戦部隊の長、今回派遣された中でも特に王からの信頼の厚い中年の
その瞳は薄暗い青であり、ただただ冷酷で、ゴミを見るような瞳だった。
王国騎士長はその低い声でリディスにしわがれた口を開く。
「何を勘違いしている? 王は元々
見れば周りの実戦部隊の連中もこちらを鼻で笑うように立っている──。負けることなど到底考えていないという風に。
「や、やめてください!」
そんな時、彼女が声を上げた。
金髪の──自分より一回りほど若い彼女は、震えながらも横に割って入ってくる。
そしてそれを見た王国騎士長は面白くなくなったのか、「ふん」とリディスからその手を離した。
「まぁいい。我々は当初の予定通り、用意していた馬車を使い法国に向かう。全ては王の絶対の命の為に」
もはやその流れはどうにもならなかった
それこそ、このまま自分たちがぐずぐずやっていても、
部屋から男達が出ていき、そして辺りに静寂が舞い降りる。
「私達は……どうしたらいいんでしょう」
今にも泣きだしそうな金髪の少女がそこには立っていた。正直リディスだって分からなかった。このまま手をこまねいたまま明らかに目の前に見えている人類最強の大国との戦争に突入するか。それとも、ただ絶対の王に歯向かって死ぬか。
どちらも選びようがないような内容。そんなものしか選択肢がなかった。
だからあの時、自分がそちら側に振れたのは──きっと頭のネジが外れた部分はあったのだろう。
「……もう一度取り合おう」
「え?」
「もう一度。今度は顔を合わせて法国に話に行くのはどうだろう。 もし法国に希望があるのなら、
そうすれば何か変わるかもしれない。自分達は救われないかもしれないが、
そんなはっきり言って頭のおかしい"造反"の内容を真剣に聞きつつ、それを首肯してくれたのが彼女だった。
そうして、リディスたちは信頼できる他の数名の文官にもその話をしたのち、できる限り早い深夜の時間から、実戦部隊を追うように法国に向けて馬車を走らせた。気の弱そうな若い御者と共に。
ただ、その後のことは知っての通りだ。
殆ど馬車の向かうことのない危険な北の道。単独で走ることを余儀なくされたリディスたちは不幸にも、旅立った数日後モンスターに襲われた。馬は暴走し、荷台は荒れ狂った。その勢いで多くのゴブリンは倒れたものの、同時に御者は傷を負い、軛を外された馬と共に失踪してしまう。
そして残されたのは無念にも負傷し、拝謁という使命も果たせず、動けなくなった二人だけ。
(そう。そこで……終わるはずだった)
────
──
無事話を語り終えたリディス。それに対し、ツクヨミはぶつぶつと言いつつ首を縦に振っていた。
「なるほど。要はその
その現状を伝えてくれたと。
リディスはそれに重苦しく首肯する。
これが正しい行いなのかは──分からない。もしかしたらただの裏切りなのかもしれない。しかし、それでもこの人ならと。リディスはその全てを話した。
そしてそれを認めるようにツクヨミがぐっと体の前で握り拳を作る。
「分かりました。あとは私が何とかしましょう。エルフ王? もまぁ最悪倒して、両国救うということで」
誰もが考えなかったそれを目の前の女性が軽々と語る。
「しかし王は本当に……本当に最強です。もしかしたら戦うのは厳しいかもしれません……」
「まじか。プレー……んんでは無いと思うんだけど。 まぁその辺りはまた考えましょう」
「今から行かれますか?」
「ええ。実はすでに法国内の街にその実戦部隊という方がおられるようで」
それを聞き、リディスは顔を青くする。当然と言えば当然だが、やはりというべきである。
「そ、それは急いだほうがいいかもしれません! 彼らは本当に外道で……もしかしたら市民を盾にするようなこともあり得るかと」
「そうですか。では、飛ばしていきましょう、お二人もついてきてくださると助かります」
そこで丁度良くも金髪の少女が起きてくる。
ツクヨミは地面に降りてそっと平原の方に指さした。そちらをリディスが向くと、
「
そこには──とんでもない"風"が吹いていた。
毎度開いちゃってすみません(後半はちょっと疲れました)
次回は来週か、再来週ごろになります。また何かあれば進捗報告に書かせて頂こうと思います。