Moon Light   作:イカーナ

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39.分岐点

 

 スレイン法国に六色ある聖典の内の一つである火滅聖典。それは先日より神の帰路を守る為、南の都市で監査を続けていた部隊である。

 

 

 そんな部隊の長である男。赤と黒を基調とした戦闘服をその身に纏うくすんだ金の髪を持つ彼は今、急ぎ道をゆく自分の横に()()()同じく奇抜な恰好に身を包む女性へとその口を開いていた。

 

「それで、我らが神はご無事なのでしょうか?」

 

 

 彼らにとっての目下の最重要事項について縦に首が振られる。

 

 

「私も詳しくは知らないけれど……風の神官長曰くもうじきお戻りにはなられるとのことよ」

 

 そう言葉を返してくる彼女もまた、火滅聖典隊長とさほど変わらない20代後半といった年齢の女性である。その特徴としては緑と白色を組み合わせた薄地のローブを着ていることくらいであり、まぁ言うまでもないが、彼女も六色聖典の一つである風花聖典。その隊長であった。

 

「そうですか」

 

 火滅聖典隊長はそうして情報収集に特化した盟友からの連絡を受けると、先まで走り出しそうだった片足をそっと抑え、その胸を撫で下ろす。

 

(一先ず神はご無事のようだ……)

 

 信者の一人としてこれほど幸いなことはない。しかし、それで気を緩められないのが今の状況だろう。

 

 隊長はすぐにその瞳に火のような輝きを戻すと、隣で歩く速度を合わせ移動してくる風花聖典隊長、そして後方から早歩き気味で着いてくる数名の──同じような戦闘服を身に着けた火滅聖典の部下と都市の巡回兵を連れ、問題の街へと視線を戻した。

 

 

 

 そう。現在──スレイン法国は森妖精(エルフ)による襲撃を受けている。

 

 

 

 といってもその規模は極めて小さく、今隊長が歩いている南の都市の一角、広い商店などが立ち並ぶその街道に目を向けてもそんな騒乱が起きているとはとても思えない程だった。

 

「……」

 

 しかし、それもまやかしである。

 

 自分達は──法国上層部は確かに知っている。兵などの証言もあるように、今、確実に愚かな森妖精(エルフ)がこちらに潜伏し、何らかの機を窺っていることを。その目的は明確には掴めていないものの、タイミング的にも場所的にも新たに降臨された神であるツクヨミが狙われている可能性は高かった。

 

 

 そして、それを事前の段階で発見できなかったのは正しく火滅聖典の失態であった。

 

 

(今はツクヨミ様も離れられているし、兵士は負傷。となるとやはり我々が何とか奴らを排除しなければならない……)

 

 幸い今は神官長や大元帥の命もあって、ある程度は人払いがされている。他の聖典が基本遠くにいるということも考えれば、実働的な部分は彼らに任されているというのもあながち間違いではないだろう。

 

 隊長は今後どうするか考えながら、再度重要な内容を彼女に問いかけた。それは先程風花によって遠隔から聞かされた話だった。

 

「そういえば、神は。ツクヨミ様は不審人物への手出しはなるべく控えるよう仰られたのですよね?」

 

「ええ。それは伝言(メッセージ)通り。ただ、ここも小さくない都市故、短時間ながら負傷者も数名出たから……それもあって神も無用な被害を避けられる為にそれを御指示されたのかもしれないわ」

 

「なるほど。相も変わらず何と慈悲深き御方でしょうか。しかしそうなると少し悩みますね……」

 

 火滅聖典と風花聖典の隊長は難しい顔で南の道を進む。というのも、最悪なことに森妖精(エルフ)共はこの神聖な地を踏み荒らし、更には神都を目指して移動していることが今までの動向から明らかとなっている。

 

 それをここまで"近づいて"なお看過するのは、栄えある従者としてどうなんだ。そういった話だ。

 

「神の御計画に触れる可能性。どう思います?」

 

「そうね。無いとは言い切れないかも……。ただ、私が言うのもあれなのだけど……やはり神をお守りするのが──」

 

 っと。珍しく彼女と意見が合致しかけたそこで、火滅聖典隊長の耳元に魔法の繋がる感覚が走った。

 

 伝言(メッセージ)である。隊長は急ぎそちらに意識を集中し、話し始める。恐らくそれが何度かやり取りを交わしている、広域の探査を得意とする水明聖典のものだと察したからである。

 

「水明ですか?」

 

『ああ。急ぎ森妖精(エルフ)共の件だ。随分かかってしまったが、ようやく場所が特定できたのでな』

 

 一瞬目を細め、火滅聖典隊長が足を止める。周りにいた他の者も察したように止まる。

 

『どうやら奴らは目立つことを避けたのか、その通りの東にある住宅街──その端にある細い路地を使って慎重に、それでいてかなりの速度で神都に向かってきているようだ』

 

「小路でも抜けていましたか。道理で先回りしても出会わない訳です」

 

 隊長は小さく息を吐く。

 一時はスレイン法国の地下水路にでも隠れられたら、と警戒していたがそちらは杞憂だったようだ。

 何はともあれ、表を走っているのなら、如何に法国が広くともそれを見つけられぬ六色聖典ではない。元々非合法な奥の手である聖典なのだ。その練度も他国の兵士や諜報員などとは訳が違う。

 

 それは分かりやすく冒険者の基準で例えるのなら、全員がミスリルどころかオリハルコンに匹敵する部隊。更にその隊長クラスともなれば、そのオリハルコンの中でも上位と言える者達なのだ。

 

(まぁ、その殆どが国内にいる状況というのは中々久しいんですが)

 

 火滅聖典隊長は暫し考えたのち、比較的近距離だと言える伝言(メッセージ)を返す。それはずっと用意していた言葉だったかもしれない。

 

「話は分かりました。では、そちらには我々が向かいます」

 

『良いのか?』

 

「ええ。これ以上近づかれては流石に無視も出来ないでしょう。それに元々私達の目が甘かったのが事の原因ですから」

 

『……。承知した。しかし距離の関係でこちらも即座の応援に行けないことは留意しておいてくれ』

 

 本来であれば確認する必要もないような内容が伝えられたのは、それだけ敵側も手練れだということだ。

 そうして向こうからの伝言(メッセージ)が切れたことを確認すると、止まっていたお互いの時も動き出す。

 

「では私もそろそろ行くわね。どうかご無事で」

 

「ありがとうございます。なるべく他の被害は出ないように善処しますね」

 

 そう返事をする頃には、風花聖典隊長の細身な姿は街の空気に溶け込むよう、魔法の力によって消え去っていた。

 

(ふぅ)

 

 火滅聖典隊長は最後に細い息を吐く。

 

 そして、部下と共に問題の場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。不当な訪問者たる森妖精(エルフ)達は──。

 

「想像より遥かに温いな」

 

「全くですな。もうすぐ神都ですよ」

 

 瞬く間に法国内に侵入し、街中の影を縫うようにその道を走り抜けていた。

 距離にすれば120、いや150kmといったところだろうか。序盤は殆ど動向もバレていなかったので、巧みに南の門を抜けた彼らは、()()()()の貨物車の荷台と共に移動。一度の野宿を挟みつつ、それから爆速で街の中心へとかけ進んでいる。

 

 

 列を成す彼らの先頭は当然、王・デケムの命をその身に戴く森妖精(エルフ)の第一騎士長。

 

 神の捕縛という前代未聞の作戦を言い渡された彼は、黒のローブに身を包み、他の誰よりも年季の入った隠遁者の如き姿で、今も手に握った古く粗悪な地図を眺めながらあり得ないほどに的確に道を進んでいた。

 

 それは並外れた野伏(レンジャー)としての才があってこその芸当であろう。

 騎士長はもう一度地図に付けた目印を指で追う。後ろの仲間が言うように、あと数十分も走れば神都に入る。そんな距離感の中、誰一人として追手が現れない──。

 

 そんな状況に騎士長も少しだけ訝しむ。

 

「この調子なら神とやらも簡単に捕まえられたりして」

 

「確かに。こっちを探ってる奴も当分見当たらないしな。とはいえ、流石に神殿……? に入るのは大変かもしれんぞ」

 

「魔術師でもいたら、少しは厄介でしょうね」

 

(本当にこの程度なのか?)

 

 余裕を溢す同胞を見ていると一周回って危機感が湧いてくるが、騎士長自身も今まで声を掛けてきた兵士があまりに弱かったことから、もしかしてという感情を捨てきれない。

 

 自分達が強すぎたというあれだ。はっきり言って、森で常に戦っていた自分達は練度が違ったのかもしれない。

 

「元々力負けするとは微塵も思っていなかったが、それでも手こずらされることさえないとはな。……人類最強も名ばかりか」

 

「騎士長の仰る通り。あの森妖精(エルフ)の小娘共も法国を過大評価しすぎなんですよ。我々ならそれこそ、このまま神都で暴れて、向こうから出てきてもらうってのも無理ではないかと」

 

 森妖精(エルフ)の数人がかつての文官を鼻で笑い、彼の意見に頷いて行く。ある意味それは今までの緊張の裏返しだったのかもしれない。全員が意気揚々と街を隔てる小門の方向へと向かう。

 

 

 

 

 

(……音?)

 

 ただし、騎士長だけはそこで漸く聞き入れることになる。微かな……意図的に音が消された追跡者の足跡。それは後方からではなく、寧ろ立体的に、所々から発生していた。

 

「騎士長?」

 

 足を止める。それはかなり洗練された集団のようで、既にこの通りへと近づいて来ていることが窺えた。少しずつ周りの者もその異変に気付く。

 

 そして──

 

 

 

魔法三重化(トリプレッド・マジック)

 

 

 

「そこかっ!!」

 

 

 腰の剣を引き抜いて"屋根の上を見た"。そこに居たのは陽の光と共に現れた赤装束の男達。

 騎士長の知らない、謎の部隊の全員が三重化された魔法を構えていた。

 

「「「「魔法の矢(マジック・アロー)!!」」」」

 

 瞬間、10,20どころではない不可避の光弾が自分たちの立つ地面目掛けて降り注いでくる。

 騎士長含め、森妖精(エルフ)の全員が頭上からの猛攻撃を耐え凌ぐように、己の獲物を使ってそれから身を守る。

 

(狙いは辛うじて分散している。私からしたらなんてことはない攻撃だが──)

 

 見れば他の者はそうでもないようで、急速な負傷の蓄積により、その場に立っていられなくなった味方も少数ではあるが出てきた。そのダメージは如何に一位階の魔法と言えど甚大ということだろう。

 

 正直、苦くも先手を打たれた状況として芳しいとはとても言えない。

 

 ただ、そんな時でも森妖精(エルフ)の騎士長は余裕だった。いや、何より冷静だった。すぐに意識を研ぎ澄ますと、更に正面から音が三つ聞こえてくるのが分かった。それは明らかに意識の外から来ようとしている者達。

 

 それを狩人の目で捕捉する。

 

「お前たち。前だ! こちらが本命だ」

 

「もう遅い! 魔法三重化(トリプレッド・マジック)衝撃波(ショック・ウェーブ)!!」

 

 赤と黒の衣装を着た隊長らしき男。それが先程のように三重の魔法を唱えると、たちまち不可視の衝撃がこちらに向かって発生する。

 狭い路地の大気は歪み、家の前に並んだ花瓶などはたちまち砕け散ると、隊長含め森妖精(エルフ)の全員をそれが襲う。

 

「ぐぅ!!」

 

「ま、また魔法か……!!」

 

 甚大ではない攻撃だ。距離が離れているとはいえ、その広範囲魔法の威力はオーガの三連撃に匹敵するだろう。ただ、それでも彼らが吹き飛びつつも命を刈り取られずに済んだのは、その攻撃に事前の対処ができたこと。そして全員が何だかんだ森妖精(エルフ)王国の精鋭戦士であったからだった。

 

「……人間風情が舐めた真似を。おい」

 

「は、はっ」

 

 騎士長は冷酷に戦場を見据えると仲間に指示を出す。そして森妖精(エルフ)も察したように耳に手を当て、別動隊を呼ぶ。なに、予定は狂ったがこの程度の相手なら何の問題にもならない。

 

 そんなずば抜けた強者の余裕。それを以って騎士長は彼らへの反撃を決意する。

 

「怪しい真似はさせんぞ! 魔法の矢(マジック・アロー)!」

 

「ふん。先程の多重攻撃は終わりか? ならば──お前たちに教えてやろう」

 

 騎士長は仲間に向かって放たれた光弾を無駄のない剣戟で弾き飛ばすと、目の前の地面を蹴り上げる──。狙うは正面。敵の隊長含む三名だ。

 

(後ろの輩も降りてきたか。ならば向こうはあやつらに任せよう)

 

 騎士長は視線を戻す。そして先ほどのようにもう三重化を使ってくる気配のない敵に全力の攻撃態勢を取る。やるなら迅速にだ。

 

森妖精(エルフ)風情が舐めた口をっ。 炎焼騎士槍(バーンランス)!」

 

「武技:要塞っ」

 

「……なに!?」

 

 炎を纏った魔法の槍が高速で飛んでくるのを見て、騎士長はなんとそれを完璧なタイミングで発動した要塞によって正面から受ける。

 

 言ってしまえば、近づけば勝ちな騎士長。対して近づかれれば負けな魔術師(相手)

 どちらが有利かは判断が分かれるところだろうが、ただ一つ言えるのは、上級者同士のその攻防は熾烈を極めるということである。

 

 まず、けたたましい音と共に移動阻害が発動する。それを熟達した身のこなしで回避する。次に地面から巨大な岩が襲ってくる。それを体の節々に掠らせながらも、握る剣で弾き飛ばす。身を守り、空気を削り取るように炎の柱が発動する。

 

 その全てを、騎士長は己の剣一つで消し飛ばしていく。

 

「くっ……!」

 

「まぁ少しはやるようだな。だが、その程度の力で私は止められん」

 

 確かにこの男は強い。恐らく周辺国家で見てもかなりの実力者だろう。だが、そんなことは英雄の領域に足を踏み入れつつある騎士長にとって問題ではなかった。

 

 すかさず空中へ飛び、剣を前に構える。

 

「させるものか。 石壁(ウォール・オブ・ストーン)!!」

 

「残念だが、これで終わりだ」

 

 

 ──武技:超斬撃!! 

 

 

 それが発動すると、紙を裂くように石の壁は真っ二つとなり、近くにいた赤服の男の部下二人も風圧で吹き飛ぶ。

 邪魔者が消えてから更に、騎士長は斬撃を繰り出す。

 

「ぐはっ」

 

 まぁ、一つ小癪なことがあったとすれば、攻撃時に隊長が二重で障壁を繰り出してきたことで完全には仕留めきれなかったことだろう。

 

 横なぎの攻撃を受けた敵の隊長はそのまま左の壁に打ち付けられ、口から小さく血を吐く。騎士長はそんな男へと歩いて近付いてく。もはや勝敗は決したと言っていいはずだ。剣を前に構えながら、唯一こちらの脅威となりそうだった者へのとどめを刺す準備をする。

 

「後ろの者どもも耐えてくれている。更にはもうじき仲間も来る。そう言う訳で、貴様らもここで終わりという訳だ」

 

「それは……どうだか」

 

 しかし不敵にも男はくすんだ金髪から炎のような目を覗かせながら、立ち上がって来る。それが妙に引っ掛かる。何故ならそれは、騎士長が何万と見てきた死に怯えた弱者の目ではなかったからだ。

 

「私からも一つ言わせて貰いましょう」

 

「この期に及んで何だ?」

 

「──我々はこの地では決して負けない、ということです。ましてや薄汚い小悪党などにね」

 

 男はそういうと意味ありげに、騎士長の後方の空を指差してきた。

 

 何かのはったりか? 

 

 騎士長にはそうとしか思えなかったが、もはや虚を突かれて負けるようなこともあり得ないので、とりあえず肩越しに振り返ってみる。

 

 

(やはり何もないな。所詮は死に際の時間かせ……)

 

 

 しかしそう思ったのも束の間──。すぐに感じたのは匂いだった。それも焦げた匂いだ。更に上から新たな足音も近づいてくる。

 騎士長はそこで初めて表情を歪めた。

 

 

 ドサリ。そんな音が鳴ると同時に、炎系の魔法によって焼かれたであろう森妖精(エルフ)の仲間二人が屋根の上から落ちてきたのだ。当然、この二人もかなりの手練れであったはずだ。

 

「部隊を別けていたのは我らだけではなかったと?」

 

「その通り。それに、汚い手はこちらも得意なのですよ」

 

 後ろの隊長は青い治癒薬(ポーション)を手元で素早くへし折る。加えて周りで倒れていた赤い服の男達も立ち上がり、こちらに魔法を構えていた。

 

 騎士長は剣を横に薙ぎ、空中で固定すると苛立ちを隠さぬように発する。

 

「……楽に死ねると思うな」

 

「やれるものなら」

 

 一転、体力は残っているものの多勢に無勢の状況となってしまった森妖精(エルフ)の騎士長。彼は周りで倒れゆく同胞を見ながら、英雄の怒れる前足を踏み出した。

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

「あわわわわわわ……!!」

 

 そんな中、ツクヨミ達はというと。

 

「いい加減慣れたらどうなの……?」

 

 先ほど事故現場から助けた森妖精(エルフ)の文官二名と、あろうことか法国の空を飛びまわっていた。これは急遽発生した世界平和の為の流れであり、正確には古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)で爆速移動した後、南の都市の上空から飛行(フライ)の魔法で降りてきて、そのまま屋根上を飛んで人を探しているという方が正しい。

 

 ちなみに古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)に関しては方角を示したら了解したように飛んでいったので多分大丈夫なはずである。

 

 そして彼女らだが──黄緑髪の森妖精(エルフ)であるリディスは早々に飛行(フライ)の感覚に慣れていて移動を続けているものの、もう片方の金髪の少女の方は、気絶から起きて来て早々に気絶しそうなほど慌てている。

 

「すみません。私も急ぎなもので……もう少しだけ辛抱ください」

 

 ツクヨミはそんな二人に頭を下げる。

 

 昔着ていた灰色の羽織物。目立ちすぎるという理由で今装着しているそれが風で揺れると同時に、すかさずリディスが手を振り、言葉を返してくる。

 

「な、なにを仰いますか。元々は私達の起こしたこと。それなのにこんなに奔走して下さって……」

 

 そう言って逆にしゅんとしてしまった彼女に、ツクヨミも少しばかり口を噤む。まぁ難しい問題であろう。ツクヨミも先ほど神官長に現場の場所を聞き出し、更にはそこに向かうことを告げた際には珍しく猛反対されたものだ。勿論──森妖精(エルフ)の重要人物と話を付けたことも伝えたが、その時にはもう神官長自身も混乱していて、向こうの情緒が不安定になっていた。

 

(ただ、向こうの事情も分かったことだし、このまま私が行って事を収めるのが一番平和的だと思うんだよね)

 

 ツクヨミの願いはただ皆が平和でいられること。そのための力なら幾らでも振るうつもりだ。

 

「しかし流石に時間がかかりますね」

 

「見た感じ凄く広いですもんね。法国……」

 

「神様の──そ、その魔道具でも厳しい感じなんですか?」

 

遠隔視の鏡(ミラー・リモート・ビューイング)ですか? 移動しながらだと思いのほか難しくて……」

 

 この前向こうで実験していた遠隔視の鏡(ミラー・リモート・ビューイング)だが、早速こちらで活用させてもらっている。しかし操作は運任せという他ない。

 

「ちょっとやってみますか?」

 

「え!? そんな貴重な物を私風情が。あっでも、意外と……」

 

 試しに両手持ちのそれをリディスに貸してみる。すると、彼女は慣れた手つきでそれをどんどん動かしていく。それはさながらおっさんプレイヤーが新要素に難航しているのを、若いプレイヤーが一瞬で自分のモノにするような風景に近い。

 

「あっ!! 見つかりました」

 

「えっ」

 

「どうやら既に交戦しているようです。すぐに向かいましょう!!」

 

 ツクヨミは一瞬でそれが見つかったことに安堵と胸へのダメージの両方を感じながらも、一旦は羽織った灰色のローブを盛り上がった背から取る。

 そうしていよいよ、太陽の輝きを全身に受けながら、森妖精(エルフ)の二名と共に急いで現地に向かっていった。

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

「ぐぅ……」

 

「流石に、中々しぶといですね……」

 

 あれから更に少しの時間が経ち、敵の合流した部隊と激戦を繰り広げた森妖精(エルフ)の騎士長は初めてその膝を地面についた。

 

 英雄級に届く存在。森妖精(エルフ)の王国でも王を除いて最強と言われた自分。そんな自分が今──敗北を喫しそうになっている。その事実に自然と口が曲がる。

 

(何故だ。この私が、こんなところで!)

 

 森妖精(エルフ)の騎士長は手に握る剣を更に強く握りしめると、焦げ付いた地面から再び立ち上がる。周りを見れば、他の森妖精(エルフ)も顔を顰めた状態で膝を付いていたり、死んでいるのか生きているのか分からない状態で横たわっていたりする。

 

 ただ、それは相手も同じだ。数は多いが、相手の赤装束も大なり小なりダメージは受けており、敵の隊長も息は上がっている。

 

 まだやれないことは無いはずだ。

 

 ……

 

 そんな思いを抱きながら、狭い路地で自分を囲む数十人の精鋭に殺気を向ける。ここを何とか突破し、王の命令を遂行する──。そんな何にも代えられぬ使命が彼にはあるのだから。

 

 騎士長は絞り出すように口を開く。

 

「私は負けられない。我が誇りに掛けて王の厳命を守り抜くっ」

 

 

 

 

 騎士長は敵に飛びかからんとする。自分でも分かるほど無謀な一撃。追い詰められた者特有の隙だらけの一撃を放とうとした時であった。

 

 

 

 

「……ツ、ツクヨミ様!?!?」

 

 敵の隊員の一人が発したその言葉にどうしようもなく疲弊した身体が止められる。それは騎士長にとっても聞き覚えのある名前だったからだ。

 

 騎士長は焦るように振り返る。有り得ない。聞き間違えか? そんな思いを胸に、自身の視線を後方に向ける──。

 

 そこには女がいた。白い髪の女だった。更にその身を包むのは、噂にも聞いていたあまりに神々しい装備の数々であり、騎士長に目の前の存在がスレイン法国のまごうこと無き神だと嫌というほど知らしめていた。

 

 

 

(ば、馬鹿な……。標的が、何故ここに?)

 

 

 敵の隊長以外はそんな騎士長と同様の表情をしていたことだろう。

 ただ、森妖精(エルフ)の騎士長にとってはもう一つ大きな問題があった。それは神の横に仲間の筈の森妖精(エルフ)の文官達が立っていたことである。

 

 本来であればあり得ない状況。実際、他の仲間も倒れながら困惑の瞳を向けていた。ただ、騎士長だけは、それを見るなり今までの全ての事柄が点と点で繋がっていくのを感じていた。

 何処までも乾いた笑いを浮かべながら、目の前に現れた真実を語る。

 

「そうか。そういうことだったんだな! お前達が我らを、森妖精(エルフ)を売ったのだな! だからこそ我らはこうして追い詰められている。違うか!?」

 

 それに答える者はいない。文官も言葉に詰まっている風だった。男はやはりそうなんだと、それを信じ込むように呪詛を吐く。

 

「愚かな。なんと愚かな。我らが絶対の王に逆らうなど……。そこの女に夢でも見たのだろうが、ただ殺されるだけだぞ! お前も、私も、ここにいる全員な」

 

「そ、そんなことは……」

 

「言っておくが、英雄の領域を踏む私でさえ、王にとっては赤子ほどの存在でしかない。もはや他の未来など無いのだ!」

 

 勝ち誇るように言いつつも、実際のところ騎士長の体も絶望により微かに震えていた。こんなふざけた終わり方でいいのか。良いはずがない。

 騎士長は折れかけた脚を踏みしめ、剣を握る。

 

 そうだ。それならいっそ自分が使命を全うするまでだ──。

 

「だから私が、私がここで神の身柄を」

 

 懐から麻痺毒の塗られた短剣を取り出し、どうしようもなく突進する。朽ちかけた身体。その限界を超えた超高速──。

 

 騎士長はこちらの動きに全く反応できていない目の前の神を見据え、これはいけるのではと僅かに口角を上げる。

 

 逆転勝ちだ! 騎士長の刹那のような短剣の軌道が彼女の横腹を捉える。そして──

 

 ……

 

 ……

 

 今までのことが夢だったかのように、目の前の神の姿が突然掻き消えた。まるで時が止まったかのように。

 

(な、なにが起こった!?)

 

 更にもう一つ。

 握っていた剣が粉々に砕け散っている。いや、それだけではない。自分の持ち替えていた長剣、周りにいた仲間の握る武器。その全てが悉く砕け散っていた。

 

 あり得ない。敵は剣を取り出す素振りさえ見せていなかったはずだ。

 

 そんな騎士長の困惑を他所に、後ろから確かに神の声が聞こえてきた。

 

「貴方の王は、ここにいる全ての者を殺すと言いましたね」

 

 彼女の荘厳ささえ感じさせる声が狭い路地で確かに響いていた。それは確かに騎士長が先程いった紛れもない真実の言葉だ。だが、彼女は続ける──

 

 

 

「ならば私は、ここにいる全ての者を救いましょう。貴方方には相応の罰を受けて貰うことになるかもしれませんが」

 

 

 

 もはや騎士長は振り返る気力さえ起きなかった。ただ自分が敗れたという事実。それを知った時、彼はその場にゆっくりと倒れ込んでいた。

 

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