Moon Light   作:イカーナ

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41.エルフ王戦

 

 玉座の間に続く扉。王城らしく意匠を凝らしたその豪華な扉がついに開かれる──。

 

 

 ぐぐぐぐぐ、とまるで重い物でも引くような素振りで開かれていく入口のそれは両開きだ。石造であるそれの大きさは大の男が両手を広げて入場できるほどに広く、しかし、極めて巧緻に作られ手入れの行き届いている扉は非力な文官であっても開けることに苦労はしないだろう。

 

 それでもその所作がいつもよりずっと重たく見えたのは、それだけ開ける者が緊張していたか、もしくはこの場の重苦しい雰囲気がそれを否応なしに演出していたからだ。

 

 石の床に引かれた真っ赤な絨毯。王の玉座へと伸びるそこの上を、扉の奥から出てきた者達が歩いてくる。

 

「来たか」

 

 そうぽつりと呟いたのは部屋内の一段高い場所にある椅子の上で、ワインの代わりにどこか奇妙な球体を右手で弄っていた男。エルフ王であるデケムであった。

 デケムは謁見の間にづかづかと入ってくる者達──勿論膝を折るようなことはしていない──をただ上から見据える。平時であれば彼も不快さに眉を顰め、怒れるその右手を震わせただろう。だが、今の彼はこの上なく上機嫌であった。

 

 まぁそれもそのはずである。何故なら、侵入者(彼ら)をこの場に呼んだのもデケム本人であるのだから。

 

「お、王……」

 

 どういう状況かと困惑している王城仕えの老人が堪らずデケムの方へ視線を動かしてくるが、デケムはそれを無視する。いや、正直どうだって良かった。それほどまでに彼はこの状況に、来たるべき未来に興奮していたのだ。

 

(さて)

 

 硬質な鎧が軋む音や規則的な足音が次第に部屋中に広がっていく。

 

 まず先頭。脇に逸れて緊張気味に歩く森妖精(エルフ)の文官二名と、第二騎士長の姿が現れる。そしてその近くを警護するように立つのは、デケムも見たことのない白銀と漆黒の入り混じった見事な鎧を身にまとう金髪の若い男。続くように新緑のローブを身にまとった女やかなりの重量がありそうな鎧を着た大柄な戦士などが部屋の中央に集まってきた。数にすれば10と少しといったところだ。

 

 まごうことなきスレイン法国の部隊。

 

 数こそ少ないもののその実力は確かなようで、実質の敵国がこれほどの戦力を抱え、この場にやってきたことに、デケム自身も少しは驚き──いや、内心感心するようにそれを見下ろしていた。

 

 が──。

 

 すぐに彼の目の色は変わる。

 

「……っ」

 

 周辺国家レベルで見てもかなり上位の人間達。そんな彼らが突然道を譲るように脇に逸れたかと思うと、その奥から突如として若い女と老人共が現れた。

 

 問題は当然女の方である。

 

 見れば純白の衣──後光によって照らされた衣服は黄金の装飾とともに恐ろしいほど神聖な輝きを放っており、室内にかつてないほどの存在感を放っていた。だが、それよりもっと凄まじいのはそんな衣装に身を包むその女自身こそが、他にあるどんな装飾よりもずっと美しかったということであろう。

 

 無垢な白色の髪。それは綺麗に揃えられ、そこから覗く紫色の瞳は紫紺の宝石(アメジスト)か、もしくは星の煌めく夜空のような深さを感じさせる。当然、その顔立ちはエルフのどんな美女より気高く、隠しきれない聡明さを醸しており、控えめに袖から覗く腕は真珠のように白かった。

 

 デケムもそんな存在の登場に一瞬気を取られたが、すぐにそれがスレイン法国の神なのだろうことに気づくと、その口角を大きく吊り上げた。

 デケムの求める強者。自分が陽であるならば、その対となる陰である強者。その血の対象として、彼女はあまりに完璧に見えたからだ。

 

「エルフ王」

 

 声がかかる。デケムが内心身を震わせている間に、既に敵の方も準備が出来たのだろう。デケムは自分を取り巻く大勢、そして声を掛けてきた女へと向き直る。

 

「……貴方がそうなのですね?」

 

 冷静な声には薄っすらと敵意が滲む。十中八九スレイン法国に刺客を送った張本人だと知っているからだろう。

 しかし、意外にも即座に襲い掛かってくる雰囲気はない。デケムは不意打ちすらしてこない敵の温さに再びその口元を緩め、高慢な声を出す。

 

「あぁ、そうだ。私こそがエルフの王、デケム・ホウガン。今のエルフ種の頂点にして、これから世界の全てを統べることになる者だ。……して貴様が、神だな?」

 

「ええ。人々からはそう呼ばれていますが──」

 

「ほう。では、特別に名を聞いてやろう」

 

 デケムが極めて傲慢な口調で、相手を跳ね除けるようにそう言い切ると、周りに立っている法国の者から殺気めいたものが向けられる。が、当の本人は一拍置いてから「失礼」と言うと『ツクヨミ』という名を明かしてきた。その動じなさもまたデケムは気に入った。

 

 玉座から身を起こし、その場に立つ。

 

「正直に言うとそれほど期待はしていなかったのだがな。精々強者として子さえ孕めれば良いと……。しかしこれほどの存在とは」

 

 正直に言うとデケム自身も驚いていた。が、実物を目前にするとこうもなるものかと新しい感覚に酔いしれた彼は、続いて『気が変わったな』と、それこそ独り言を吐くように神をその目に捉え、玉座の段を降り始める。

 そうしてすぐに彼らの立つ地面と同じ高さまで降り立つと、王である自身と同じ髪色を持つ彼女に話を切り出す。いや、それは正しく一方的なものだった。

 

「ツクヨミよ、喜ぶがいい。お前を王たる私の妻としてやろう」

 

「……お断りします、と言えば?」

 

「無論、力づくでそうするまでだ」

 

 デケムは、もはや剣さえ抜いてしまった法国の部隊に睨みをきかせるよう圧倒的自身の力──その源たる魔力を開放する。それはこの世界の逸脱者など遥かに超えた王の"気"。目に見えぬものでありながら、その強大さは優秀な戦士ほど激しく感じ取ることとなるだろう。

 デケムはその表情に余裕を張り付けたまま、話を続ける。

 

「貴様らが何をしに来たのかは知らんが、この世界には絶対のルールがある。それは力を持つ者は、その力で相手を従わせられるということだ。貴様らお得意の"話し合い"など介さずともな」

 

「……」

 

「教えてやろう。暴力というものがいかに素晴らしいものか。お前は──すぐに私に屈服することになる」

 

 そこまで言い終えると右手を宙に持ち上げる。当然魔法を発動するためだ。だが、それより先に腰にある剣を抜いてきた女が、魔法の発動を抑止するようにそこで剣先を止めると、徐に口を開く。

 

「なるほど。貴方の理念はよく分かりました。つまり強き者は更に強き者に従うということですね」

「無論だ。それこそが真理だ」

 

 デケムは当然のように女を見下ろす。長剣一つ分ほど離れた間合いで。それは彼から言わせれば、容易に命のやり取りが可能な距離であった。だが、そんなデケムに彼女は──

 

 

「では話は早いです。……エルフ王、私と戦いましょう。貴方がもし私に勝てたなら、私は貴方の妻でも何でもなって差し上げます。ただし」

 

 ツクヨミは付け加える。

 

「もし貴方が負けたなら、私の言うことには何でも従って頂きますよ」

 

 あろうことか決闘を申し込んできた。そんな状況に周囲はざわめき、話を纏めてきたであろう法国側さえ若干の焦りを見せている。勿論、デケムも呆気に取られていた。それほどまでに……怒りを忘れるほどに女の言うことが信じられない。

 

「ツ、ツクヨミ様、それは流石に危険ではないでしょうか……」

「このような危険分子、皆で叩き潰してしまえばよいことですっ」

 

 が、ツクヨミは首を縦には振らない。元々は自分という存在が撒いた種であるからだと。

 

「はは、ははは」

 

 反面デケムは笑う。まぁ元々この部屋を見渡す限りだとデケムとまともに戦える者はこのツクヨミだけだろうことが窺えるので、それはまぁまぁ賢明な判断だったかもしれない。しかし、それでも全員で掛かってくるべきだった、そう思わざるを得ない。デケムは愚かにも残った勝算さえ投げ出した女ににやついた笑みを浮かべる。

 

「まさかこの私に自ら戦いを挑んでくるとはな。無知とは怖いものだ。……いいだろう。万が一にも貴様が勝てたなら、何でも好きにするといい。だが、先の発言そのまま返すぞ?」

 

 デケムは満足げに白の長髪を翻すと、彼らに付いてくるように手を上げる。

 

「全員でついてくるがいい。特別に、この城の最上階で私の力を見せてやる」

 

 これ以上ない上機嫌でデケムはそう言い放つ。最上階──それはこの城で最も重要な部屋である宝物庫のある階層である。本来であれば人を招くようなことは決してない。

 

 しかし、それでも彼がそうしたのは気分が良かったのもそうだが、臣下含め、神の敗北という戦いの結末をしかと皆に見届けさせるためだ。

 デケムは未だに右手に掴んだ──最近は私室に置いていた宝物庫持ち出しのアーティファクトに目を向け──それから奥の扉の方へと悠々と歩いて行った。

 

 城の不安げな空気は、まるで嵐の始まりを予期させるようだった。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 風が吹く。

 

 いや、正確には室内なのだからそんなものは吹いていなかっただろう。しかしそれを感じさせるほどに、この部屋は広く──がらんとしていた。

 百メートル四方。それがこの最上階の部屋の大きさだった。驚くべきことにその床の殆どは土で覆われており、壁や仕切りの類は一切ない。まさに異質な空間であった。

 

 

「では、始めるか──」

 

 

 威厳に満ちた低い男の声を聞き、一同ははっと向き直る。部屋の奥の、扉のある方向にデケム・ホウガンが佇み、その前にはツクヨミが立つという構図。まさに正々堂々の一騎打ちという雰囲気であり、それをスレイン法国の面々とエルフ王国の者達が横に少し広がりながら後方から見守るという形であった。

 

 

「見るがいい。これが神をも超える王の力だ!」

 

 

 デケムがそう叫ぶと、地面の土がまるで、一つの生き物のようにうねりながら、彼のもとに集まっていく。

 そして次の瞬間、それは巨大な一つの塊となり、目の前で途方もない化け物となった。

 

 そのおぞましい光景に、この場にいる全員が息を飲む。

 

「馬鹿な……。なんだあの化け物は」

 

 そう堪らず口を開いたのは先頭、第一席次の横で不安げにそれを見上げる第三席次だった。

 第一席次もまたその右手に握られた長剣を強く握りしめ、それを無表情に見据える。

 先ほどからエルフ王に向き合っていた第一席次だから分かる。エルフ王は傲慢だが、確かにその実力は類を見ない化け物であった。恐らくその力はここにはいない番外席次をも大きく上回っているし、たとえ漆黒聖典全員でかかっても、その勝算は低いだろう。

 

 ……にもかかわらず。

 

 今現れた化け物──恐らく土の精霊の類のあれはそんなエルフ王より強大なモンスターとしてのオーラを感じさせた。

 

(神をお助けしなければ)

 

 きっとその瞬間の誰もがそう思っただろう。しかし、それより早く戦闘は動き始める。もはやそれを止めることはできない。

 

 

 ──!! 

 

 

 土の精霊がデケムの前から動き出したと思うと、その近くに立っていたツクヨミへとその巨腕を振り下ろす。その速度はかなりのもので、デケムがさっさと勝負を終わらせたいが故に起こった攻撃だった。

 地面を均すように、致命の一撃が降りかかる。

 

「ほぅ。これを避けるとはな」

 

 だが、それを寸前のところでツクヨミは回避していたようだ。我らが神はすぐに何かの魔法を発動させたかと思えば、すぐに相手の攻撃がやってきて、また避ける、という状況だった。

 誰の目で見てもツクヨミの劣勢に見える。その状況にとうとう痺れを切らしたように第三席次が杖を握る姿で第一席次に声を掛けようとしてくるが──

 

「第三席次、よせ」

 

「何故です。闇の神官長っ」

 

「神はまだ助けを求められていない」

 

 後ろに立っていた闇の神官長であるグレームに止められる。曰く、『神は我らにこの場にいる者達を守れ、不審があれば報告せよ』と言った。

 それにだ。エルフ王は気づいていないが、ツクヨミはこの場に来るにあたって強力な僕を──なんと八体も連れてきているという。それらは隠密を得意としており、一部はどちらかというと守りに長けていることもあって自分達も目にしたことはあれど、先ほどからどこにいるのか分からなくなることは多い。

 

 それが動き出していないということは、神はまだその時ではないと言っているのだろう。

 

 第三席次もそれを察したようで、ぐっと引き下がる。とはいえ、グレームもまた平気そうな顔をしているが、その拳を血が出そうなほど強く握っていた。恐らく漆黒聖典(自分たち)と違って戦う力の一切を持たないグレームこそ、一目散に神を守れと叫びだしたいはずなのだ。

 

「神は本当に、無茶をなされるっ」

「後で……御身をもう少しお大事になさるよう、進言が必要です。これは」

 

 祈るように戦場を見つめる法国の面々。だが、それに反して相手は決して容赦などしない。

 寧ろデケムはあれからずっと優勢であるからか、調子に乗ったようにその攻勢を強めていく。

 

「どうした。その程度なのか……? 反撃すらできていないように見えるが?」

 

「……」

 

 ツクヨミは剣を握りしめた状態で全て寸前のところで土の精霊の攻撃を避けている。地面は属性攻撃による衝撃によりところどころが焼け焦げたり、凝固するようにへこんでいる。確かにこんな中で反撃は難しいかもしれない。ただ……それでもツクヨミが凄いのはその攻撃にまだ掠りさえしていないことだ。

 

 普通、大型モンスターというのは耐久力とその一撃が強力な分、攻撃の一つ一つは大振りで遅い。しかし、それでもそれらのモンスターとの戦いで重傷を負う者が多いのは、いくら遅かろうと巨大な一振りというのは小さな人間では避け難いのだ。第一席次とてあの巨大な存在が、あんな高速で連撃を繰り出してくるのなら、回避に徹しても10秒さえ凌ぐのは困難だろう。

 

 それだけで、ツクヨミの強さも伝わってくる。彼女はデケムの口撃にも一切気にしない様子で悠々と、宙を舞い、全てを軽やかにいなすのだ。それはまさに優雅という他ない。

 

「おい、いつまで逃げ回っている。言っておくがこの精霊に疲れなどないぞ。私とてそうだ。早く反撃しないと勝利など不可能だぞ?」

 

 数分程そうしていると、とうとうデケムが痺れを切らしたように眉を顰め始める。デケムはあれから魔法の一切を発動していないものの、ちょこまか避けられては中々仕留められないこの状況に苛つき始めている様子だ。

 

 この時ツクヨミとデケムでようやく目があったような――そんな感慨を第一席次は覚えた。

 

「そうですね」

 

 室内に凛とした声が響く。

 

「私もそろそろ決めてしまおうかと、そう思っていたところです」

 

「何だと……?」

 

 ツクヨミは汗一つかいていないその身を跳躍させると、再び第一席次達の視線の先の地面に下がるように降り立つ。室内に等間隔で灯る光を全身で受けるように、彼女は彼らの前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

「私の聞き間違いか?」

 

 目の前にいる──いや、正確には目の前に立つ土の精霊、ユグドラシルでの名で呼ぶならば根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の奥に立つデケムの声を聞きながら、ツクヨミはこれから彼をどう倒すか考えていた。

 

(ああは言ったものの、思ったより難しいな)

 

 というのが率直な感想だろうか。正直に言うと、殺すだけならば簡単だった。

 

 何故なら彼は"弱かった"。恐らくツクヨミに比べれば、それはかなりである。

 

 まだ魔法などを明かしてこないため、正確なことは言えないものの、ツクヨミはこの戦闘で既に汎用の探知系魔法のいくつかを使用することでおおよその敵の体力、魔力量、周辺の状況などの状況を割り出していた。勿論、それ専門のプレイヤーには大きく劣るだろうし、万が一にも相手がそれを読み、虚偽情報(フォールス・データ)系統の魔法を、あえて耐性なども持たずに発動していたなら話は変わってくるかもしれない。

 

 しかし、ツクヨミにはこの相手がそれほどの策士だとはどうも思えなかった。

 

「おい」

 

「ごめんなさい。……そういえば一応一つ、聞いておいてよいですか?」

 

 ツクヨミは半ば強引に話を切り出す。それは今の彼女にとって凄く重要なことだった。

 

「貴方が負けたら、何でも好きにしていい。その言葉に偽りはありませんね?」

 

「何を言い出すかと思えば。はっ! 王に二言はない。無論、お前が私に勝つなど不可能だがな」

 

 デケムは念押しの内容を笑い飛ばすと、更なる追撃をかまそうとしてくる。

 

 

「いけ。ベヒーモスっ。最高出力でやつを躾けてやれ」

 

 

(二言はない……か。それを聞いて安心したよ)

 

 

 ツクヨミはようやっと腕の中の剣を振るう決意をする。まぁ別に今までも機を窺っていただけであるのだが。

 しかし元々は"倒す"と言い、殺すべきだという彼らの意見を蹴ってまで制圧を望んだのは事実だ。それはきっとツクヨミの甘さであり、弱さでもあるだろう。

 

(それでも私は)

 

特殊技能(スキル)付与(エンチャント):神雷霆(ケラウノス)

 

 

 より良い未来を、彼らと共に探していく覚悟がある。

 

 

 ツクヨミが特殊技能(スキル)を発動すると、その右手に握られる細剣、コンフラクトゥスの刀身から尋常ではない聖なる雷の気が溢れ出してくる。

 

 当然、それを見やったデケムからは警戒するような眼差しを向けられるが、問題はない。既に攻撃を始めている根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を止められはしないからだ。

 

 本来であれば土の精霊に神聖属性とはいえ雷の魔法の付与は相性が悪い。しかし、それでもこの魔法を選択したのは、それを押し通せるほど"圧倒的力の差"があること。そしてデケム自身を血みどろにすることなく、それいて完全に制圧するにはこれ以上の攻撃が無かったことがあげられる。

 

 

「さて」

 

 

 高速で頭上に降ってくる巨腕。正直殺しに来てるだろと言わんばかりのそれを、まるで赤ん坊の腕を捻るように回避し、腕に巻き付くように跳躍しながら更なる特殊技能(スキル)を発動する。

 

三重の刃(トリプレッド・エッジ)

 

 途端にミシリ、と岩が嫌な音を上げたかと思うと、巨体は身を軋ませ、次には腕を持ち上げ抵抗してくる。

 だが、あまりに遅すぎる。

 ツクヨミはそれを避けることもなく、空中で剣の斬撃を複数回浴びせることによっていなす。そんなことを続けているうちに、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の身体は徐々に悲鳴をあげはじめ、ヒビから微かな放電をしていたかと思うと、次の瞬間には腕が、胴が、そして頭が地面に崩れ落ちていった。

 

「っ!?」

 

 デケムに限ってはその超高速の戦闘がよく見えてもいなかったようで、言葉を失っている。

 更に言えば、彼は特に奥の手も用意していないようだ。そしてそれはPVPの場において致命的であった。

 

「覚悟はいいですか」

 

「くっ」

 

 デケムは絶対の信頼を置くモンスターを突如失ったことで、焦るように先ほどから握っているアーティファクト──ユグドラシルではモンスターの捕獲や敵の拘束を複数回発動できるアイテムを右手で持ち上げ、素早く発動しようとしていた。まぁあれも恐らくユグドラシル産と同じものであれば中級のアーティファクトであり、精々レベル60くらいまでしか効力を発揮しないものである。

 

 当然、レベル100であり、行動阻害に完全の耐性を得ているツクヨミには効かない代物だが──

 

特殊技能(スキル)罰する十字架(パニッシュメント・クロス)

 

 既にその効果の届く範囲は何となく把握していたので、それを蹴散らすように遠距離から輝く透明色の十字架を発生させ、立っていたデケムごと吹き飛ばす。勿論、この特殊技能(スキル)は射程こそ長く、妨害に有用な分、ダメージは殆どない。

 

 ツクヨミは起き上がり、魔法を発動する気配を見せたデケムに、すかさず距離を詰めては雷撃の一撃を放つ。それはレベル差的に避けようのない一撃だ。

 

「ぐわぁぁあぁぁぁ!!!」

 

 一応言っておくと刀身で切りつけてはいない。しかし、衣服が焦げ付くほどの超高圧の雷撃を受けたデケムはたまらずその身を捩り、叫ぶ。正直可哀想な気持ちになってくるほどの強烈で苛烈な攻撃であったが、ここは彼の過去の所業思い出し心を鬼にする。

 

「……エルフ王。負けを認めるなら、これ以上の攻撃はいたしませんが」

 

「ふざけるな。この私がぐぁぁぁぁあ!!!」

 

 だが、思いのほか頑丈な彼はあまりに耐え難かったのか、とうとう火事場的な速度で面倒な魔法を唱えてくる。

 

沙羅双樹の慈悲(マーシー・オブ・ショレア・ロブスタ)!」

 

 それは一定の時間、徐々に微量の体力が回復していく効果と、即死に対する完全耐性を得る森祭司(ドルイド)の魔法だ。そして更に厄介なのは体力がゼロになって死亡した際にレベルダウンを引き起こさず復活できるという追加効果まである。

 

 デケムは未だに座り込んでいるにも関わらず、それを発動できて得意げな顔だ。

 

(いっそ逃げ出して……?)

 

 ツクヨミは覚悟を決め、息を吐く。

 

「分かりました。貴方が最後まで戦うというのなら、私も変に長引かせるのは止めましょう。次の一撃で本気で葬ります」

 

「は?」

 

 ツクヨミはコンフラクトゥスを天に掲げると未だ効果の持続する神雷霆(ケラウノス)の効力を更に強化する。正直、神炎(ウリエル)ほどではないが燃費の悪い魔法だ。ただし当然、その威力は甚大であり、生身の体などに当てれば如何に彼がレベル70そこら(?)であろうと消し炭になる可能性は高い。そうなると、自動蘇生さえ起らないこともあり得るので、ツクヨミはなるべくそうはならないよう、地面と生身のぎりぎりを狙う。

 

「……!!」

 

 一閃。それが放たれる。

 

 するとけたたましい轟音と共に雷が、大気が、彼を八つ裂きにするように襲い掛かる。そして当然、彼の意識はそれだけで一瞬にしてショートし、完全な気絶にまで至った。

 

 辺りに関しても少し焦げ臭くなっている。加えて特筆すべきはデケムの下半身だ。見れば腰から足周りまで掛けてがかなり重症なようで、倒れた今も変な痙攣を起こしていた。これにはツクヨミも少しやりすぎたかと思ったし、同じ──その……昔のよしみとしてその部位の負傷にはぞっとしてしまうものだ。

 

 ツクヨミはふぅ、と力強い溜息を吐くと、それから倒れたデケムを片手で引きずっていった。

 

「神官長様。終わりました。ご心配をお掛けいたしましたね」

 

「と、とんでもございません。ご無事で何よりでございます……」

 

 それでもちょっと不服だったのは若干引かれていたように感じたことだろうか。勿論気のせいかもしれないが。

 

「ツクヨミ様っ!!」

 

 すぐに漆黒聖典が駆けつけてくる。こちらもツクヨミの心配をしているだけで無事そうだ。ツクヨミは辺りを見渡し、既にエルフの文官たちが城の騎士や祭司のような老人に話をつけてくれているのを見て、ほっと胸をなでおろした。

 

「全員無事そうですね。良かったです」

 

「はい。正しく神の御加護によるものかと」

 

「そうだと良いのですが。……では私達も外で警護にあたってくださっている火滅聖典の方まで戻りましょうか」

 

 そう。実のところここには結構な人数で乗り込んできたが、一部の方々には古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)含めて外で不審なことがないか待機してもらっている。まぁ、結果としては何もなかったようだ。

 

 ツクヨミは掴んでいたデケムをよっと抱えると、それを周りに駆けつけてきた者達……新たな僕に引き渡す。

 

 鷲獅子(グリフォン)と同様に傭兵モンスターである彼らはツクヨミがここに来るにあたって念のため金貨による召喚を行ったモンスターであり、内訳として隠密に優れる忍者系統の傭兵であるハンゾウが4体。同じく隠密に優れ、幻術を扱えるカシンコジが2体。そしてそれをサポートするように盾役であるグランドアーマーが2体である。どれもがレベル80を超えており、万が一に備え持ってきたのだが、あまりに戦力差があったので結局活用することはなかった。

 

 しかし、彼らにはこれからの役目がある。

 

「デケム・ホウガンは責任をもって法国領の南の離れに連れていきます。そこはちょっとした村を作る予定ですし、厳重に彼らに監視させるので大丈夫なはずです。それで良いですよね。リディスさん」

 

「はい。問題ございません」

 

 そうして近づいてきたエルフの文官の一人に声を掛けるも了承を得られたので、ツクヨミは帰る準備をする。

 

「あ、あの!」

 

 その時、エルフ達から声を掛けられる。

 

「ツクヨミ様……。本当に、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 

「いえ、いいんですよ。それより──」

 

 ツクヨミは疲れ気味に宝物庫の内部を見回しては呟く。

 

「これからが大変ですね。私ができることは本当にこれくらいまでですから……エルフの未来、そしてそれをつかみ取るまで。どうか頑張ってください」

 

「はい……!」

 

 ツクヨミはそうして最上階の階段を先頭で降りていく。

 とても壮大に思えたエルフとのいざこざ。それを迅速に解決したスレイン法国の面々は、いそいそと、それでいて神を労うようにその後に続いて行ったという。

 

 まだこれで終わりではない。広大な世界の中で、そう思わせるように。

 

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