エルフ王が倒され、法国と
……
そんな直近の内容が律儀に記された手紙をツクヨミ──あれからスレイン法国、その中心地たる大神殿へと戻ってきている──は自室で読みながら、口元に小さな笑みを浮かべていた。
今更考えてみると、先の件はかなり勢い任せなところがあったのは否めない。普段は慎重な方であるツクヨミがそうなってしまったのは、やはりエルフ王であるデケムの動きがあまりに突拍子無かったからで、その結果が空回りしなかったことだけは不幸中の幸いだったといえよう。
ちなみにデケムはというと今、その側近達と共に、ツクヨミの召喚した傭兵らが率いる法国の新たな小拠点の方で大人しくしてもらっている。
ただ、流石にというべきか付けている監視役のハンゾウからの話によるとツクヨミはデケムから相当恨まれているようで、重症から起き上がって早々『奴はどこだ』だの『早く会わせろ、今度こそ王の力で屈服させてやる』だの喚き散らしているらしい。
僻地だとはいえ、なんとも恐ろしい話である。
(ていうか、それを堂々と敵地で喧伝するのは肝据わりすぎじゃない?)
ツクヨミは軽く息を吐きつつ、デケムのことを頭の片隅に追いやる。
『負けたら、相手の言うことは何でも聞く』
そんな口約束を理由にあの場で始末しなかったのだから、長い目でその処理は考えることになるだろうと。
「まぁ、当分は暴れられないだろうし、ひとまずは平和になって。いや……大事にならなくてよかった」
目元を緩めるとそのまま文を読み進め、感謝の言葉が精一杯に綴られた手紙の内容を最後まで読み終える。
それから少しして、ツクヨミは遠方の空を眺めるように──といっても見えはしないのだが──ふと窓の方を見やった。
ステンドグラス越しに入ってくる多様な透明の光は涼しげながらどこか温かさを感じさせる。そう──この長かった冬もそろそろ終わりを迎えようとしている。時期にすれば早春といったところだろうか。
「……これから更に忙しくなると思うと震えるな」
ツクヨミは切り替えるように椅子から立ち上がると、そのまま部屋内の化粧台へと近づいていき、読んでいた手紙を備え付けられた引き戸へと丁寧にしまった。本当なら返事でも書いた方が良いのだろうが……今回はお互い多忙のため止めておく。
そう、最近は
(まぁ、結局あの変なご老人も来なかったし、それに皇帝陛下にも一旦は安心してお帰り頂けただろうし。そこは問題ないよね、多分)
で、逆に問題があることというのも、残念ながらある。
ツクヨミは切り替えるように引き戸から手を離すと、その顔を上げる。
そこには鏡に映る己の姿がある。今は薄地の衣服と頭に小さな金の冠を被っているのみであり、寝起きというほどではないが、神官長などと会い
恐らく今日もこれから忙しくなると思うので、そろそろ準備を始めるべきだろう──
ツクヨミがそう思ったまさにその時だった。
バタン!
狙いすましたようなタイミングで、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
「ツクちゃーん。いる?」
静謐な扉、人々が言うには神聖不可侵、その中でもかなりその色の強いであろうツクヨミの居室のそれを一切物怖じせず開けてきたのは、すっかり懐いてしまった彼女。白黒の衣服を纏った黒色の髪を持つ少女、おなじみの番外席次ことアリシアであった。
「いたいた。ほら、ぼーっとしてないで、早く行くよ!」
「え? なんかあったっけ……」
部屋に入ってきて早々、ツクヨミの左手を掴んでは外に行こうとする少女に、呆れやちょっとした叱り言葉も吹っ飛んでしまい、ツクヨミは困惑気味に返答する。
正直身に覚えはない。
そんなツクヨミの様子を察してか、灰白色の瞳が、白い睫毛越しに一瞬こちらを向いたのが見えた。
「ほら、前言ってた"舞踏会の準備"? ってやつ。何かあれの衣装がだいぶ集まってきたらしいよ? 私もさっき遊びに……じゃなくて、どんなもんか視察してきたし、一緒に見に行こうよ」
皆も待ちわびてるみたいだしさ~、と最近では珍しく上機嫌な少女は廊下の先へと歩いていく。
ひどく強引だが、直近──恐らく1か月後には最も重大な内容になっているであろうそれの話を持ち出されたツクヨミは、どうするか迷うも結局アリシアに付いていくことにした。恐らくはツクヨミを待っている者もいるのだろう。
(しかし舞踏会、王国の宮廷舞踏会か。自分が出る訳でもないだろうに、やけに楽しそうだな……)
足裏にタイツ越しの床の冷たさを感じながらも、ツクヨミはそれを見守る。というのもアリシアはツクヨミ達がエルフの国に乗り込んだとき、例外的に現地に連れては行かなかった。その理由は大人として色々あったが、本人はそれが不服だったようで、帰ってからはまぁまぁ拗ねていたものである。
それもあって今回も実質彼女を蚊帳の外にしてしまうことにツクヨミも申し訳なさを感じていたのだが、それに関しては大丈夫だったらしい。
(靴に関しては、最悪アイテムボックスから取り出せばいっか)
相変わらず甘々なツクヨミは青を基調とした暗めの廊下を一分ほど歩き、そのまま二階へと降りる。歩いていると前からは厚い本を数冊抱えた第七席次が見えたり、隊長クラスの聖典が通りかかったりしたが、皆一様にビビり散らかしていたので、無難に挨拶をして通り過ぎさせてもらった。
そんなこんなでツクヨミもちょっと軽率だったのではと思い始めた頃、良くも悪くも目的地が見えてきた。扉は開いており、部屋内の灯りがそこから漏れ出ているようで、絶賛仕事中のようである。
流石に今更戻るのもおかしいだろう。
そのため、覚悟を決めたツクヨミは手を引かれるままそっと入室することにした──。
「よいしょ、またお邪魔するよー」
「ど、どうも」
「あ、はい! 番外席次様、番外席次様……と、ええええ!?」
入室するや否や、困惑……というより驚愕したような声が聞こえてきた。
ツクヨミがそちらを向くと、部屋の中には光の巫女姫と水の巫女姫。そして、老婆である水の副神官長が佇んでいた。どうやら衣装などを室内に並べ、選別している最中であったようだ。
「すみません。アリシアに呼ばれたものでそのまま来てしまいました。もしやお邪魔でしたか……?」
「我らが神よ、滅相もございません。この副神官長、御身自らこの場にお越しいただき、至極光栄でございます」
「も、申し訳ございません。私も……神様にこんなに早く来て頂けると思っていませんでしたので、先程はとんだ不敬を! すぐに準備いたします!!」
そう言うや否や、光の巫女姫がツクヨミへと駆け寄ってきて──部屋の奥にある丸い上等な机の方へと案内してくれた。これから紅茶なども準備してくれるらしい。
ツクヨミは至れり尽くせりな対応に申し訳なさを感じつつも、ぱっとそこに腰かけると、改めて室内を見回す。
そこは高級なドレス、それから儀式用のローブなどが集められている少し大きな部屋のようで、一言で言うなればドレスルームというやつだろう。巨大なクローゼットは趣深く、装飾を拵えた全身鏡、壁に掛けられた蝋燭、石造の柱などはなんとも法国の建物らしい。
ただ一つ言えるのは、外に出ているドレスの数が滅茶苦茶に多く、もしかして全国から集めてきた? と思えてしまうほどに部屋内が色とりどりだということか。
(そうか。私が前に見たいって言ったからか……。でも、今更『そういう社交の場での衣装がちらっと見ておきたいなー』、みたいな軽いニュアンスで言ったなんて言えない……)
記憶に新しいのは帰ってすぐの頃。王国で近日開催される舞踏会の存在を知り、興味本位でそれを呟いたときのことだ。勿論、
それがこれである。
ツクヨミが当事者的に息を黙り込んでいると、対面に座ってきたアリシアが声を掛けてきた。ようやく本題らしい。
「しっかしさー。王国の宮廷舞踏会だっけ? そういうのツクちゃんあんまり興味ないかと思ってたけど違った?」
意外に鋭いところを突いてくる。ツクヨミは少し考えてから、正直に答える。
「まぁうーん、興味がない訳ではないんだけどそうだね……。そういう華やかなのには疎いかも。政治も詳しい訳ではなかったし」
「だったらどうして?」
「……そりゃ、"国王から直々に招待状を貰った"からだよね」
「うわ。大胆!」
アリシアが面白がるように顔を上げ、悪戯に笑みを浮かべる。
そう、ツクヨミは丁度先日、その招待状を受け取ったのだ。そしてここで言う大胆の意味──それは一国の王からの招待を軽く話すことを指すのではなく、寧ろ、『国力の劣るリ・エスティーゼ王国の国王程度が、スレイン法国の最上位者──それも神という人知を超える存在をこの時期に招待する』という行為を揶揄した言葉なのである。何とも人間基準で絶対の力を持つ彼女らしい発言である。
(ただまぁ確かにアリシアの言う通り、断ろうと思えば断れたのは確か)
そしてそれを断らず、王国からの招待を受け、今回それに参加を決めたのはただ単にツクヨミの優しさだけではない。
「えっとね。フォローするなら他にも行く理由はあるんだよ」
「ふぅん? というと?」
「一つは神官長様達も今回行かれること。私も話を聞いたのはちょっと前で……これが大きいかな」
「へー、ツクちゃんが行くからじゃないんだ」
アリシアは不思議そうに部屋内の副神官長にちらっと視線を向ける。実際、周辺国家の治安を統括している法国であるが、その要人が社交の場に赴くのは稀らしい。
そして、それでも今回彼らがそこに向かうのは、つまりはそれなりの理由があるということ。
ツクヨミは既に聞いているが、神官長は今度の舞踏会で人類の団結を促すために動くらしい。……いや、正確には"動いている"の方が正しいか。
その目的はツクヨミの目指す世界平和……必死に生きる者に安寧な居場所を作ることとも合致するものであり、勿論出しゃばるつもりはないのだが、神として──話の中心人物として彼らの役に立てる時があるのなら、今後の為にもそうすべきだろうと思ったのだ。
「そう。それで最後だけど、実は王国のウィリアム様とも少しだけ面識があってね。聞けば竜王国のドラクシス様も来てくださるみたいなので、今度の会には行った方がいいかなと」
「……なるほど。なるほどね」
アリシアは全て理解したという風に頷きながら、そしてこちらを見る。
「つまりはツクちゃんが凄いお人好しだから行くってことだよね?」
「えぇ……!? いやいや、理由があるというか、メリットというか。ほら、力を見せつけて世界を良い方に進めようっていう──これは私の陰謀なのですよ」
「そっかそっか」
しかしアリシアには上手く伝わらなかったようで、テーブル越しに温かく見守られている。なぜだろう。
そうこうしているうちにテーブルには暖かな湯気の立ち上る紅茶が置かれ、それに数度手を付けた頃、アリシアが再び立ち上がった。
「まぁ大体は察したよ。それでさ、ここからが真の本題だよね。そんな舞踏会にツクちゃんはどんな衣装で臨むかという」
「それは」
ぶっちゃけいつもの神器で行けば間違いないと思うが、それを口にするより前に、彼女が話を制してきた。
「まぁまぁ。どうするにせよまずは色々見てみようよ。……ねぇ巫女姫ちゃん。もしツクちゃんが新しい衣装を着ていくなら、どんなものが似合うと思う?」
「お、御身の高貴さにかなうものなど人の世に無いかと思われますが、しかしあちらに掛けられている純白のドレスなど素敵かと思います」
「恐れながら、ツクヨミ様は夜闇のように美しい御方。であれば、あちらの黒を基調とした法国のドレスの方が良いのでは」
声の方を向くと、光の巫女姫と水の巫女姫が早速年相応な感じで盛り上がり始めていた。何なら水の副神官長でさえ、『ふむ……』と口に手を当てながらツクヨミの着る衣装の吟味を始めていた。これはまずい流れである。
「──まぁまぁ、見ただけじゃわからないだろうし、一旦は着てもらったらいいんじゃないかな?」
「アリシアさん?」
「か、か、神様に着ていただくなど畏れ多くっ!」
「でもこれだけ集めてくれたんだろうし、ツクちゃんも色々着てみた方が社交の場の衣装について詳しくなれるんじゃないかな」
なるほど。
ツクヨミは心の中で察した。初めからアリシアの狙いはこれであったのだと。
(というか多分根に持ってるな、これ……)
ツクヨミは観念したように心中で一つ溜息を吐く。
ただまぁ、正直なところ今までユグドラシルの限られた装備や肌の露出の少ないある意味"平民的"な恰好をしていることが多かったツクヨミにとって、女性用の派手な衣装などは未知であるため、逆に何かしらの知見になるかもしれない。……そう思うことにし、立ち上がる。
「分かりました。では着てみましょう。着替えはどちらで行ったらよいでしょうか」
「はっ。それでしたらあちらに幕がございますので、どうぞこちらへ」
すると老婆である水の副神官長が頭を下げ、道を案内するように前を歩きだしたので、ツクヨミも立ち上がり、それに付いて行った。
しかしその後はまぁ、気慣れないドレス──肩が露出していたり、胸元が開いたりしているそれを試着して、更にはそれをべた褒めされるという羞恥プレイを味わったツクヨミが、無事ライフポイントを削り取られたのは言うまでもなかった。
♦♦♦♦
「ふむ……」
法国の北東にある地、帝国。その中心地たる帝都アーウィンタールにて、同じように豪華絢爛な全身鏡の前で自身の衣装を丹念に確かめる男がいた。
「ロイス、この衣装はどうだ?」
「はい。陛下の聡明たる御姿もあって非常に優美かつ、威厳と品格をよく表現できているかと存じます。正しく帝国の皇帝にふさわしき御姿かと」
ロイスと呼ばれた男、質の高い衣服に身を包んだ帝国の秘書官が、目の前に佇む若き皇帝に淀みなく頭を下げながら答えた。
彼の言葉は絶賛としか言いようのないものであったが、ここ帝国においてはそれも別に定型的な世辞という訳ではない。実際、広い皇室内にいる他の秘書官や近衛の衛兵も、内心は同じことを思っていたことだろう。
アルフリッド・ルーン・ファーロード・シル・エル=ニクス。
帝国の若き皇帝。すらりと伸びた身体に、金のように輝く髪と、薄い赤色の瞳。
そんな彼が今纏っているのは赤と黒を基調とした壮麗な衣装であり、今はゆったりとした外套も身に着けているため、普段より少し派手な恰好だと言えるだろう。
当然、こういった一つ一つの衣装や装飾の派手さにも政治的意味合いがある。
普段であればそれを完璧な形で周囲に見せつけていくアルフリッドであったが、今の彼の表情はいつもの自信満々の表情ではなく、寧ろ強大な敵を前に警戒する、戦場に立つ一人の男のようであった。
「……だといいのだがな」
アルフリッドは小さく息をつく。まさしく、いつもなら絶対に見せないような雰囲気だ。
そんな皇帝の姿に、優秀な秘書官が続けて声を掛けてくる。
「陛下は、此度の王国の宮廷舞踏会に何かご懸念が……?」
「あぁ。まぁ私が直々に参加するのもそうだが、今回は法国の者も来る。それに……前回のあれが来るなら──もはやそれは舞踏会という名の戦場だ」
王国の宮廷舞踏会。それはもう何十年も続いてきたものであり、基本的には長い年月を掛けて発展してきたリ・エスティーゼ王国の為の行事であるが、その他でも周辺国家の交流の場として、度々帝国などからも使者を送り、協力という名の腹の探り合いをしてきた。
そのため、今回も例年通り……という予定をアルフリッドも持っていたのだが、残念ながらそうは行きそうにない。いや、心労的な部分に目をつむるのならば、それはいつもの退屈な小競り合いではなく、逆に帝国の失態を一気に巻き返せるだけの潜在的可能性を秘めていた。
だからこその戦場という言葉。比喩的なものだと知りながらも、皇帝のそんな発言に部屋内の空気が引き締まるのは自明であった。
「神……やはり、陛下のご高覧にかないましても、かの者はそれほどまでに周辺国家への影響力があると?」
「ある、というよりは絶大だな。法国があれだけ担ぎ上げているのもそうだし、本人も思ったよりずっと──そう、話せるように見える。本心は分からんが、我々を即座に許す寛容さ……しかしそれが逆に不気味だが」
アルフリッドは思い出す。先日──謝罪という名目で法国に出立したときのことを。
勿論それは帝国の要人が法国の神に不敬を働いたという国際問題の後処理的なもので、アルフリッドもかなりの準備をしていったものだ。
スレイプニールの馬車で法国に向かって数日、思ったより丁寧に関所を通されたアルフリッド達はそのまま神都にある神殿の大広間ような場所で神官長による謝罪の受け入れをしてもらった。
だが、そこでアルフリッドも驚いたのは、神本人もその場に居合わせていたことだ。
(人知を超える存在。ともかくいえるのはフールーダをまたその場に連れて行かなくて良かったということだが、正直あれはヤバいのかさえ分からない……)
アルフリッドは口籠る。しかし、少なからず話ができる存在であるならば、やりようはある。
神官長が明言していた訳ではないので、確定で神が舞踏会に姿を見せるかは怪しいところだが、それでも王国から法国に招待が行っていることは前回の訪問で神官長と話した内容から推察できているし、可能性は十分にある。
(尤も、他の国に声を掛けている可能性も高いということだが──)
「まぁいい。ともかく、だ。今後神との友好関係を築くことは、我が国にとって計り知れない恩恵をもたらすだろう。それは他の国々も理解している。だからこそ、此度の舞踏会はそういう場になることを踏まえて、失敗は二度と許されないのだ」
どこぞの主席宮廷魔術師と違い、真剣に話を聞く部下に続ける。
「それに法国の神官長からも重大な話をしたいと来ている。つまりこれはただの話し合いではない。帝国が法国の横に並ぶための、新たな時代を作るための戦いなのだ」
~~~~
その頃、王国では──
「それで、今月末に開催される宮廷舞踏会についてですが──」
迫ってきた舞踏会の日程を前に、ヴァランシア宮殿の会議室内にて絶賛話し合いが行われていた。
地方の貴族達が行う普通の舞踏会などとは違い、これは王国宮廷主催のものであるということで、集まっている面々も豪華である。
まず、この場所の主人である国王、ウィリアム・シャル・ボーン・デル・レンテスはその筆頭であろう。そして次に、その護衛である王国騎士長。
加えてこの国を支える大貴族である五名。そして財務を管理する大臣や、王族の血を引くランポッサなどである。
尤も、日程的には舞踏会前の催しなどは既に開かれており、今行っているこれらも最終調整的な部分に過ぎない。しかし、そんな中ある一報が届くこととなる。
「失礼いたします、陛下。御耳に入れたいことがございます」
「ふむ、なんだ?」
「先日招待状を送った法国の神様なのですが……その」
側近は言葉を選びつつ、若干困惑したようにそれを告げた。
「なんと来られるようです」
「それは本当か!」
ウィリアムはそれを聞くなり、目を見開き、腰掛けに力を入れるが、すぐにその力を緩める。ウィリアムとしてもそれは間違いなく朗報だろう。法国という実質の上位国の、それも……散々国を挙げて調べに調べた神話の存在が王国の行事に来てくれるのだから。
しかしウィリアムは複雑な心境でもあった。
(神はやはりツクヨミ殿なのだろうな……。我々を救ってなお、今回も来てくれるのか)
ウィリアムはかつて王国の窮地を救ってくれた恩人を思い出す。と言ってもそれほど前ではないのだが、出回った神の特徴の全てが合致する彼女を、もしそうなら知り合いとして招待できるのではないか――そんな邪な思いで無理に誘ってしまったのは否めないだろう。そしてそれが政治的な計算を孕むことも。
(だが……)
そうとは言えど、それでもウィリアムは国王として改めて彼女に礼を言いたかった。そして今後も王国に力を貸してほしいと、そう願うために。
「分かった。神への最大限のもてなしの準備をせよ、決して無礼のないようにな」
「はっ!」
「しかし陛下、今般の会は凄まじいですね。これで帝国に法国に竜王国、聖王国は少しトラブルがあるようですが、ほぼ周辺国家全ての盟主が揃うのでは?」
興奮したように話すのは大貴族でも最も若い男、ペスペア侯であり、それには他の貴族のみならず、ランポッサも頷きの表情を見せていた。
それに対し、ウィリアムは冷静に告げる。
「うむ。だが、勘違いしてはならぬ。此度の件は法国にて重大な話がある故、起こった集まりでもあるのだ」
「それもそうでございますな。しかしながら、陛下、恐れながら申し上げますが、我が王国がその地位を認められているという事実も、また忘れてはならないものかと」
「ええ、ボウロロープ候が仰られるように、国に神が来られるというのも前代未聞ですからな」
それを受け、ボウロロープ候が気分を良くしたように続ける。
「尤も、その神が神話に聞くような存在であるかと言えば、また別でしょうがね」
「ボウロロープ候」
ウィリアムはそんな発言を行う彼を見て、断固とした低い声で言葉を紡いだ。
「法国の敬う神の寛容さを忘れ、公的に不敬な発言を行うことは一国の王として許容できぬ」
「これは私としたことが、失礼いたしました」
即座に引き下がるボウロロープ候だが、その顔色の奥には不満の色が見えているような気がしなくもない。まぁ彼からすれば王国の軍事力をはるかに凌ぐ意味の分からない神話の存在など受け入れられないのだろうが、そんな思いで外交を滅茶苦茶にされたものでは溜まったものではない。
ウィリアムは仕切り直すと、椅子に再度身を預けた。
「では今後の話を続けるとしよう──」