Moon Light   作:イカーナ

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43.一つの灯

 

「陛下、もう行かれますか?」

 

「うむ。こちらでの準備も終わったし、そろそろ出ようと思う。準備は出来ているか?」

 

「はい。今朝より準備しております」

 

「そうか」

 

 竜王国。

 

 その中でも中央に位置する、巨大で古風な場内の一室から、二人の人間が出てこようとしていた。

 

 一人はドラクシス・オーリウクルス。一人とは言うが、純粋な人間でない彼女は竜王の血を引くこの国の女王であり、長い黒髪をなびかせ、その美しさのあまり女性を嫉妬させそうな整った顔に親譲りという程でもない琥珀色の瞳を宿して、(くだん)の対応を行う。

 

 そして、此度の宮廷舞踏会へ向かうための準備は万端──そう声を掛けてきたのがもう一人の人間──この国の全般的な政務を担当もとい補佐する竜王国の宰相である。

 

 ドラクシスは書斎から立ち上がると、朝から着ている公人用の慎ましい黒っぽいドレスをはためかせ、出口へと振り返る。

 すぐ隣にある開け放たれたドアの近くには既に宰相や近衛の騎士が立っており、こちらに慎ましい視線を向けていた。

 

「陛下も……準備は万端のようですね」

 

「あぁ。というか、最近は──そう。仕事をしていないと落ち着かないというのが若干あってな」

 

「それはずいぶんと、あれですね」

 

「あれとはなんだ」

 

 この国のトップに対してまぁまぁ失礼な雰囲気を見せる宰相だが、このような関係も今に始まったものではない。それもあってドラクシス自身も特段気にすることなくそれをあしらうと、開け放たれた扉から部屋を出る。

 

 するとすぐに彼らも後ろから付いてきた。

 

 ……

 

(いよいよ出立か)

 

 ドラクシスは若干の不安感とプレッシャー、そして近々もう一度彼女に会えることへの期待と喜びを胸に、兵士達の警護する城内、その階下へと降りて行った。

 ちなみに余談だが、この城は改築や拡張が昔から行われてきたこともあり、元々縦に大きかったが、一番下となる一階もかなり広いものとなっている。そのため、ドラクシスも一階の廊下を歩いた後、地上から少し高い位置にある出入り口に暫しの時間をもって到着した。

 

「さて」

 

 ドラクシスは息を整え、外の石床に一歩足を踏み出す。それからその身を翻し、城内から見送るように恭しく立っている側近にその顔を向けた。

 

「では、私はそろそろ長い馬車旅に備えるとして──」

 

 

 

 

 

「……その間、この国のことは頼んだぞ!」

 

「陛下」

 

 そう声を掛けるや否や、色々と複雑な宰相の表情が向けられた。その表情は『丸投げされたー』とも、『陛下は大丈夫だろうか』とも、やっぱり『丸投げされた』とも読み取れる。

 

 実際、これは女王から大変な国の一挙一動を任されるということであり、もしこれが()()()の竜王国であったなら、彼も流石にそれは無理があると止めに掛かっていたことであろう。

 

 しかし、今回は辛うじてそうではない。

 

 その理由は彼もまた、女王自らが件の舞踏会に行かなければならないことを理解しているからであるし、であればそれが実現可能であるかというと、やはり実現可能であると断言できるくらいには、竜王国に余裕が生まれつつあることを実際に肌で感じてきた者であるからだ。

 

 本当に……どちらも前までであれば考えられもしなかったことである。

 

 ドラクシスはしみじみとそんなことを感じながら、ドレスの裏の裾に入れていたあるものを取り出し、宰相に手渡した。

 

「その代わりという訳ではないが、宰相。暫しこれも渡しておこう」

 

「これは、先月より城内に保管しているあの神器の?」

 

「うむ。ツクヨミ殿から頂いたアイテム類が城内の──あの部屋にあるのは宰相も知っていると思うが、それを持ち出すための鍵だ。本当に必要であれば私に連絡して使ってくれ」

 

 ある種の奇跡の象徴。それがこの鍵の存在である。

 

 ドラクシスも言ったように竜王国には今、ぷれいやーであるツクヨミから支援と称して提供された数々のアイテムが厳重に保管されている。その中の細々とした物には有難いことに既に使用しているものもあり、例えばゴーレムの馬を複数召喚するアイテムなどは、実際に軍で使用し、村々を亜人の脅威から守るのに大きな効果を発揮している。

 そのお陰もあって空いた人員を他に回せたり──などと話し出すとキリがないくらいには様々な恩恵を直近で受けられているのだが、だからこそ信頼できる者でそれらを大切に管理する必要があった。

 

「承知いたしました。陛下の御厳命、そしてかの神の御慈悲を胸に、舞踏会の開催中はこの命をもって必ずや竜王国を守り抜いて見せます」

 

「重い重い! もう少しこう、いつもの感じでいいのだがな……」

 

 ドラクシスは急激に張り切りだした部下にちょっと溜息を吐くも、まぁそのくらいの心持ちが丁度いいだろうと納得する。特にアイテムの中には高価な杖……第七位階の魔法を発動できる連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)? の杖などもあり、ドラクシスのように興奮して、竜の咢の付いたそれをそれっぽく構えたりするなどは避けた方がいい。

 

(尤も、そんな逸物でさえ、効果が微妙であれば遠慮せず言ってくれという彼女の表情ときたらおかしいという他なかったな)

 

 思い出し笑いを堪えつつ、ドラクシスはようやく体を翻した。

 

「では、用も済んだしそろそろ行ってこよう」

 

「陛下、どうかお気をつけて」

 

「うむ」

 

 そうしてドラクシスは城から伸びる石段を下りていくと、下で警護に努める多数の兵士達と騎士、そして複数の豪奢な馬車を視界に捉えていく。いつもとそれほど違う訳ではないが、それでも皆どこかしら緊張しているように見える。あまり機会にないことだから、それも仕方がないだろう。

 

(私も外に出るのは久しぶりだしな)

 

 元々、今回の王国の会とて招待が届いていたのはもうずっと前のことであり、それをつい先日にツクヨミに誘われて、ようやく決意したものである。そう考えるとドラクシス自身、舞踏会の国交そのものより、どうにか恩人の力になりたいという思いの方が強いかもしれない。激動の他国……特に法国全体からしてみれば何を呑気なことをと指を刺されるかもしれないが。

 

(まぁ人類の団結を促すという神官長の言には賛同できるし、現地ではそこも協力できることの一つか。ただ、そうなると評議国がどう出てくるかが心配だな)

 

 ドラクシスはふと空を見上げる。いつもと変わらぬ透き通る青い空の中には、一つ、小さな雲が浮かんでおり、それが凄く遠くに流れていた。

 

「雲、ドラゴン、龍か」

 

 あの時は竜王たる祖父の不利になることは出来ない、などとリスクを承知で言ったわりには、ドラクシスもいつの間にか、ツクヨミの身を案じるように日々彼らの動向を追ってしまっている。

 

 そしてそんな(ドラゴン)統治国家である評議国は何やら内部で揉めているのが現状らしい。それが永久評議員たる竜王全体を巻き込んだものかは流石に分からないものの、ドラクシスは、今度の舞踏会が不穏な何かに巻き込まれないことを風に祈った。

 

「行くか」

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 この時期、王国の宮廷舞踏会の開催に伴って賑やかとなる場所として、まず王都がある。それは当然と言えば当然で、催しの殆どが王都で行われるのだから、平民から貴族まで、あらゆる身分の人がその膝元に集まるのは、たとえ世間知らずな貴族でも分かることだろう。

 

 しかし、『であればそこが一番か』と問われるとそれは恐らく違う。

 

 質の高いローブを着こなした白髪の老婆はそんなことを思いながら、ここ──少し日も暮れ始めたのに、未だ人々の行き交う姿の絶えない王国の城塞都市エ・ランテルの中を歩いていた。

 

「まったく、これだけわちゃわちゃするのは想定外じゃったな。確か嬢ちゃんはちょっと前にエ・ナイウルの方に行ったと聞いておったが」

 

 これを見るに大正解だったのぉ、と心の中で呟く。

 

 老婆──その名をリグリット・ベルスー・カウラウという──は、同じく13英雄時代の仲間であるツアー、そしてイビルアイと別れてからはここ、エ・ランテルに滞在し、世情を見守っている。

 

 と言っても何もしていなかったという訳ではなく、心配性の(ドラゴン)であるツアーが『ぷれいやーはまだしも、従属神やまだ見ぬぎるてぃ武器があれば世界の脅威になりえるかも』等ともっともらしいことを言い始めたので、リグリットも重い腰を上げて、直近ではエ・ランテル付近の調査を行っていた。

 

 

 正直一度は問題なしと認めた相手のあれこれを探るのは気乗りしなかった。けれど、結局本人に直接コンタクトの取りようもなかったので、仕方なしに最初にリグリットが目を付けて探索したのが、無人の野であり、謎の多い霧めいた地"カッツェ平野"であった

 

(あそこは逆に閑散としすぎて、しかも広すぎてあれじゃったが、結果的には当然大したものはなしと)

 

 まぁ当然の流れに行きついた訳である。

 ただし、それでもリグリットが未だ街道を俯き気味に歩きながら唸っていたのは、そこでの唯一の疑問点を思い出していたためであり、それはカッツェ平野を飛行(フライ)で駆け回っていた時、ぶっちゃけ別の意味で怪しいと思う人物に出会ったからであった。

 

 特徴を言えば特にこれといったものが無い女性。どこにでもいるような金髪で、瞳は赤。そして襤褸のローブを一つ身にまとっているだけであり、その力も一切感じなかった。それに、実際に声を掛けてもきちんと応答し、自然に会話のできる普通の人間というのは確かだった。

 

 ……だからこそ場違いな不気味さを感じたという話であるが。

 

 そんな人物を頭に浮かべながらリグリットが歩いていると、ふと通りの街灯柱にもたれている冒険者たちの声が耳に入ってきた。

 

「そういや最近、謎の集団……確かズーなんちゃらってのが街の外で暴れてたらしいぞ」

 

「なんだそれ、また与太話か何かか?」

 

「いやいや、本当の話さ。この前、アダマンタイト冒険者の──あの鋼鉄のメンバーの一人がそれの集団と交戦して痛み分けたとか何とか組合で聞いたんだよ」

 

「まじかよ。相当やべーじゃん」

 

 同じ冒険者の、それもトップである者の噂話を興味津々に話している冒険者たち。言ってしまえばいつもの他愛もない内容である。

 

 しかし今のリグリットには思い当たることが無くもない。

 

(ズーラーノーン。あれもそうじゃったのかもな)

 

 近年──といってもリグリットの感覚ではだが──増長している闇の秘密結社。ぷれいやーだけでなくそういった存在もまた時代の節目であるのか各所で増えまくっており、同じ不死(アンデッド)使いとしては迷惑甚だしいものであった。それはもし揺り返しが無ければ、間違いなく見つけ次第懲らしめてやる対象だろう。

 

 だが、今は生憎そんなものを探し回っている暇はない。

 

(そう、今はトップシークレットな探索中じゃからのぉ)

 

 話を戻すと、リグリットが現在エ・ランテル内で歩いているのは街の外縁部。多数からなる三重城壁の一番外側の区域である。と言っても城壁内周部ではあるので人通りは多く、この時期だと王国の民のみならず、外から来た帝国の者や法国の旅行者、流れの商人、どこぞの貴族然とした者など文字通りわちゃわちゃである。

 

 そんな中で現在、リグリットが一縷の望みにかけて探しているのが王族等の馬車であり、宮廷舞踏会に出席する王族がいれば、ここエ・ランテルを中継所とする可能性があるため、もしかしたらスレイン法国の神であるツクヨミも同じように通りかかるのではないかと、まぁ思ってみた訳だ。

 

(正直経路も分からん、日程も分からんじゃ無謀にもほどがあるんじゃがな)

 

 とはいえすることも無いので、ぶらぶら散歩がてら門を回っているという感じである。

 

 ……

 

「ここもおらんか」

 

 そんなこんなで数十分。人気のない路地なども時に通りながら街を散策していたリグリットは、行商しか停まっていない門を通り抜け、次の門へと向かっている途中、奇妙な音を聞くことになった。それはとある街角でのことであった。

 

(……ん?)

 

 打撃音と呻き、それが建物の傍から聞こえてきたのだ。と言っても音は微小である。それでもリグリットがそれを知覚できたのは、彼女が人外の知覚能力・隠密能力を有しているからに他ならない。

 

「殺しますか」

 

「あぁ、見られたからには生かしておけん」

 

(はぁ、今日は散々だのぉ)

 

 リグリットは溜息を吐きつつ、腰に下げた立派な剣を撫でると、いつもの悪戯めいた表情を浮かべながら話し声の方向へと近づいて行った。

 

 

 

「……こんな日に物騒なものじゃな」

 

 

 

「だ、誰だ!?」

 

 街角にいたのは4人の男達と地面に転がった商人。その内三人は青黒いローブを着こなしており、その手には先端の曲がった長い木製の杖を握っている。そしてもう一人は貴族然とした背の高い男、大した装備は身に着けておらず、その手に中身の詰まった袋を持っている。

 

 なるほど。状況をおおよそ理解したリグリットは、こいつらの不用心さに少し呆れかえる。

 

 夕暮れ時とはいえ、もう少し場所と恰好は考えるべきだろう。

 

「賄賂か、それとも麻薬か何かか。まぁどちらでもいいんじゃが、善良な一般人を手に掛けるのは──流石に浮かれてましたじゃすまんのぉ」

 

「貴様っ!」

 

 リグリットが首や手を振りやれやれと演じてみれば、男達は煽られたと思ったのか完全に戦闘態勢に移行する。まぁ実際煽りなところはあるのだが、それでも相当気の早い連中である。

 

 それに──

 

(意外に心得ているのもおるな)

 

 目の前で杖を構えた男達、その中でも後ろに立つ──多少高そうな杖を握っている男は恐らく死霊術を増強するアミュレットを装備しており、それがただのチンピラでないことが窺える。

 

「お主ら、もしやズーラーノーンか?」

 

「……だったらどうする」

 

「どうもせんのぉ。まぁ適当に懲らしめるだけじゃよ」

 

「このっ。 命知らずの老人風情が」

 

 流石に痺れを切らしたのか魔法を発動してくる男達。その内訳は酸の矢(アシッドアロー)恐怖(フィアー)負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)

 特に最後のものなどは、対象が不死(アンデッド)であれば回復させることができるという死霊使いには便利な魔法だが、当然のように生身の人間にぶっ放してきている。

 

不死の精神(マインド・オブ・アンデス)

 

 それに加え追加で盾壁(シールド・ウォール)を発動し、攻撃をそのまま避けるリグリット。その卓越した動きに、敵の動きが若干強張る。

 

「な、ならば! 第一位階死者召喚(サモン・アンデッド・1th)──」

 

「残念ながら遅いのぉ」

 

「ぐぁ!」

 

 ズーラーノーンの一人がアンデッド召喚の魔法を唱えきる前に、リグリットは腰に下げていた剣を抜き放ち、その束で飛び込んだ敵の顔面横を強打する。

 流石に逸脱者クラスの彼女である。手加減されているとはいえ、男はそれに気づく間もなく気絶し、ピンボールの玉か何かのように地面をスライドしては体を地に横たえる。

 当然隣に立っていた男は悲鳴を上げ後ずさりだ。

 

 だが──

 

「ふっふふ。だが、俺は既に魔法を発動した! この魔道具により最大限強化された第二位階死者召喚(サモン・アンデッド・2th)の魔法をな! ……行けアンデッド達! この死にぞこないをあの世に送ってやれ!」

 

 魔法を発動した親玉らしき男は、杖を撫でながら意気揚々としていた。ついでというにはあれだが、もう一人のズーラーノーン信者も、懲りずこちらに負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)を放とうとしていた。

 その姿は哀れという他ない。

 

「強き者ばかりでないのはこの世の真理。じゃが、心さえ弱いお主らにはそれも過ぎた言葉じゃな」

 

 リグリットは少し真面目くさった顔でそれを発動する。

 

第五位階死者召喚(サモン・アンデッド・5th)

 

「なんだと!?」

 

 それを発動するや否や、リグリットの前に重装骸骨戦士(ヘビー・スケルトン・ウォリアー)が出現する。それが盾を構えつつ、敵の魔法を受け流し、加えて剣を薙ぎ払うと、それだけで相手の召喚したアンデッド──低位のスケルトンは砕け散った。

 

 それには流石のズーラーノーンも唖然としている。

 

「ば、馬鹿な!? 第五位階の死霊術っ!? そんなもの私どころか同じ高弟のあの者にも……」

 

「何を勘違いしておるのか知らんが、これが全力ではないんじゃがのぉ」

 

 何はともあれ終わりであろう。リグリットは、じりじりと後ろの壁に下がるようにし、今は尻餅さえついているズーラーノーンの親玉に目を向け、骸骨(スケルトン)に指示を出す。ちなみに部下の方は杖まで折られ、既に気を失っていた。

 

 そうして近づく重装骸骨戦士(ヘビー・スケルトン・ウォリアー)

 どちらが悪人だと言いたくなるシチュエーションだが、決して殺しはしないようにゆっくりと骸骨(スケルトン)が盾を持ち上げ、そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

「……善の炎(ホーリー・フレイム)

 

「!!」

 

 

 だがその瞬間、眩い神聖な光が起こる。

 

 たちまち白い炎に包まれた重装骸骨戦士(ヘビー・スケルトン・ウォリアー)が呻きを上げながら盾を体の前に構え、後退してくる。第五位階の、それも()()()()による攻撃であった。

 

「大丈夫か」

 

「リ、リヒター!! すまん、恩に着る」

 

「……なるほど、仲間か。しかしまさか神官様までズーラーノーンにおるとはのぉ」

 

 リグリットは多少の警戒心を胸に城壁の方を見上げる。そこから飛行(フライ)によって降りてきたのは祭祀を思わせる、宗教色の強いくすんだ灰色の仮面を被る、全身ローブの男。一瞬イビルアイを思い出すくらいには怪しい風貌の男であった。

 

(恐らく私より弱いじゃろうが)

 

 しかし先ほども見たようにこれは神聖属性の魔法を使うようであるため、不死(アンデッド)使いであるリグリットには少しだけ相性が悪いと言えよう。だが、相手は慎重派であるのかそうは思っていなかったようで──

 

飛行(フライ)魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)太陽光(サンライト)、そして──」

 

 

 毒の霧(ポイズン・ミスト)

 

 

 めちゃくちゃ害悪な魔法をばら撒き、逃走を図ろうしていた。というよりその手筈を完全に整えた、という方が正しいだろうか。

 

「これはやられたのぉ」

 

 正直に言えば追いかけることは可能である。しかし、単騎で相手もあのレベルだとやはり待ち伏せリスク等が大きいのと、この惨状をそのままにして行く必要があるという問題がある。そして元々人命救助をするために割って入ったのだから、どちらを選ぶべきかは言うまでもない。

 

「仕方ない。重装骸骨戦士(ヘビー・スケルトン・ウォリアー)、霧の中の者を運び出せるかの」

 

 そんなこんなで仕方なしにリグリットが謎の居残り掃除をさせられていると、数分。流石に騒動を察したのかやってくる者達の姿があった。

 

「おい、大丈夫か」

 

 如何にも野伏(レンジャー)といった長帽子を被る鋭い目付きの金髪の男が屋根から降ってきて話しかけてきた。見ればその胸にはアダマンタイトのプレートを身に着けている。

 

(もうちょっと早く来てくれんかの……)

 

 そんなことを思いながら、リグリットは毒の霧の方に指を刺す。

 

「微妙じゃな。まぁ人は回収しといたし、後は衛兵がいれば何とかなるじゃろう。……しかし物騒なのが王国にも集まっとるのかのぉ」

 

「そうか。あの怪しい輩がまた……。いや、すまん、遅れて悪かったな。私はアダマンタイト冒険者、鋼鉄の者だ。後は責任をもって、その──処理しておこう」

 

 後半、彼の歯切れが悪かったのは、恐らく毒の霧の中から最後の人間を運び出してきたのが重装骸骨戦士(ヘビー・スケルトン・ウォリアー)だったからである。

 

 

 そうしてリグリットは召喚術を解除してから、その場を後にした。

 

 

 ──

 

 

『やぁリグリット。その後のそちらの調子はどうだい?』

 

「いきなりじゃのぉ、ツアー。じゃが、残念ながらお前さんの欲しがる情報は0じゃなぁ」

 

『そうか。それは残念だよ。今度こそ ギルド武器の情報などが得られればと思ったのだけど』

 

 もうリグリットが宿に帰ろうとしている夕暮れ時、唐突に伝言(メッセージ)越しに白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の声がやってくる。

 

『でも、まぁ仕方がないね。君達に無茶をさせてばかりだし、こればかりは本人に聞くのが手っ取り早いかもしれない』

 

 そこで彼は一拍置くと話を切り出した。

 

 

 

『評議国では既に話をつけてあるんだけど、今度の舞踏会には私が出ることにするよ』

 

 

「……そうか」

 

 リグリットはそれに心配気味に、それでいてちょっと遠い目をしながら対応する。するとツアーがやけに不服そうに続けた。

 

『これは(ドラゴン)としての勘なんだけど、今何かすごく失礼なことを考えなかったかい?』

 

「なんで分かったんじゃ?」

 

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 夜。この世界では多くの者が寝静まる時間──スレイン法国の神都にある大神殿のエントランスでは、珍しく一つの灯りが灯っていた。

 

 広間となるその場所に置かれた長椅子に腰かけるのは、白き髪を持つ新たなこの国の主──ツクヨミ。そんな存在は現在、その首を前に軽く傾け、雪を思わせる繊細な色の白睫毛越しに、ぱらぱらと本を捲っていた。

 

 ……

 

(いや、むずいなぁ。なんだこれ)

 

 さて、その両手に握る本のタイトルは『王国の舞踏会の歴史』。

 その時点でもう何となく察しが付くかもしれないが、ツクヨミは絶賛──もう目前まで迫ってきたそれに向けて勉強中なのであった。ちなみに自室でないのはちょっとした気分転換である。

 

「もう眼鏡なしでも解読は容易になったとはいえ、礼儀とか……大丈夫かな」

 

 などと今更な心配をこの期に及んでし始めたツクヨミであるが……その不安を今夜に限って抱いてしまったのも、ある意味では仕方がないことであった。

 

 何故なら、王国宮廷舞踏会への出立は明日から。

 

 神官長としては『神が我々と同行など恐れ多い! 是非空路で行ってください!』というスタンスを終始保っていたが、ツクヨミとしても流石にそれはどうかと思い、今回に関しては馬車にて既定のルートを行く予定である。

 

 とはいえ、八本馬(スレイプニール)なら本当に一瞬みたいなものだろう。

 

「……前は半月かけて王都まで行ったんだっけ」

 

 ふとそんなことを思い出す。それに比べると……まぁ味気ない道中だろう。

 

「あれから私は上手くやれてるかな」

 

 ふとそんなことを呟いてみる。思えばこの世界に来て本当に……色々な出会いや別れのようなものがあったが、ツクヨミ自身はちゃんと未来に──来るべき現実に向かえているだろうか。

 

 何より大好きなこの世界をよくできているだろうか。

 

「少しでもできてたら、嬉しいんだけどなぁ」

 

 それが今のツクヨミの本心であろう。そして願わくば、それがずっと続けば──

 

「ツクちゃん、何ぶつぶつ言ってるの?」

 

 

「うわ!?」

 

 

 等と久々に感傷らしい感傷に浸っていると、後ろから声がかかる。そこにいたのは番外席次ことアリシアであった。

 

「こ、子供が夜更かしとは……よろしくないですね」

 

「別にいいじゃん、明日行く訳でもないんだしー。てか、それ何の本?」

 

「いや、これは。あの──歴史書! 歴史書だよ、アリシアさん。長ったらしいあれだよ」

 

「うっわ。図書館の頃から思ってたんだけど、ツクちゃん本の趣味悪いね」

 

 アリシアはもはや見る気も失せたのか、本の表紙から視線を外し、ツクヨミの肩に両腕を乗っけてくる。

 本の趣味が悪いは、まぁまぁ酷い言われようであるが。

 

「それよりさ、アリシア。今度、武技についてもっと教えてよ」

 

「んー、えー? 良いけど。でもツクちゃんまた上手く出来ないんじゃない?」

 

「むむ。まぁそうなんだけどさ。何か勘とかないのかなーって」

 

「分かった分かった。じゃあ私は教える賃金代わりにあそこに連れて行ってもらおうかな!」

 

 

 

 アリシアがふふんと楽しそうにそれを切り出す。

 

 

 

「……一応聞くけどどこ?」

 

「エルフ王のとこ!」

 

「却下でございます」

 

 

 

 今日も大神殿は平和であった。

 




そろそろ二章も終盤です。
そして途中で登場した善の炎(ホーリー・フレイム)ですが、作中でも書いておりますがヘルフレイムより下位の魔法となっています。
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