大神殿で出立準備をしていたあれから数日後。
ツクヨミとその一行はすぐに神都から出発し、遠路はるばる王国の首都である王都までやってきていた。
足は当然法国の抱える馬車。それも最高級のものであり、ツクヨミの乗るそれに至ってはお馴染みの最速馬である
……まぁなんにせよ、そんな馬車に乗り、かつ一切の寄り道をすることも無かったためにすぐに目的の舞踏会開催地までやってきたツクヨミらは今──王都の街の手前にあたる車道を走っている。
窓から顔を覗かせてみれば、まだ辺りに草原が広がっているが、あともう数分もすれば城下町の端が見えてくるのだろう。そんな塩梅の肥沃な場所であった。
「……ここに来るのも2回目か」
そんなことを呟きつつ、実際は
言わずと知れた法国特殊部隊、陽光聖典の隊長だ。
彼は今回の外遊に同行するツクヨミの護衛の一人であり、その周りにいる陽光聖典班長マルセルや周りの部下たちも同じく、ツクヨミという神を護るために馳せ参じた法国の精鋭騎士のようなものである。もっとも、恭しく胸に手を当てている彼らの顔は真剣ながらもどこか嬉々としており、聖典という存在も突き詰めればただの信心深き信徒だということを思い出させてくれる。
(うん。ていうかこの調子だと陽光聖典の方ばかりお連れするのも、ちょっと悪い気がしてきたな)
ツクヨミは顔を引っ込めつつ、内心そんなことを思う。というのも今回同行しているのは陽光聖典と漆黒聖典、それと神官長達という組み合わせであり、特殊部隊の中では割と何でもできる彼らが選抜されるのは妥当と言えば妥当だというものの、やはりいつもの感は否めない。
他の色の者達はそんな配役に不満を持っていないだろうか。……未だ慣れない立場だからかそういう部分を気にしてしまいがちなツクヨミであるが、あまり気にしすぎるのも良くないだろうとは思う。
「まぁ今回はもう仕方ないとして……今度他の方々にも何かお頼みして──何かしていただこう」
そんな謎すぎるタスクを、自分の心の中のメモに書き留める。そうしているうちに──
ガタリッ
石段に乗り上げたような微かな感覚が車内に伝わってくると、目的地に到着したのか、周りの者が徐々に馬から降りていくのが、窓から見える横の景色から辛うじて読み取れた。
ツクヨミは自分はどうしたものかと考えるも、何かしらの指示があるまで一旦動かない方がいいだろうと、その場にちょっと姿勢を正した状態で座り直す。こういう時間が一番緊張するのだ。
(何か話してる)
閉め切られた高級馬車の中は基本的に小窓から音を拾う程度で遠くの音はあまり聞こえないのが常であるが、ツクヨミの優れた聴覚は集中している今、数m先の会話を拾えている。
流石に魔法もアイテムも使っていない状態のため、一言一句とまではいかないものの、平坦な声や状況から察するに、王国の門番と神官長辺りが今後の道のりに関して話しているのが分かる。それが十数秒続いたと思うと──今度は足音がこちらに向かって近づいてきた。それはすぐにピタリと止まった。
「ツクヨミ様。お休みのところ申し訳ございません。今、宜しいでしょうか」
「はい。何でしょう」
「ありがとうございます。……報告ですが、先ほど馬車が王都に到着いたしました。そしてこれから王国の者に案内してもらいながら一時間ほど掛けて内部へ向かう予定ですが、ツクヨミ様が宜しければ一度ご休憩なされますか?」
ノックし、窓越しに頭を下げているのは闇の神官長であるグレーム。どうやら向こうと話は済んでいるようで、ツクヨミの体調を気にしてやってきてくれたらしい。
勿論、ツクヨミとしては運ばれてきただけなので疲れなど全くない。あるとすれば今後に向けた気苦労くらいだろう。
そのため、少し畏まってから返答する。
「いえ、このまま行っていただいて大丈夫です。ちなみになのですが、案内してくださる方というのは?」
「リ・エスティーゼ王国の兵士長とのことです。一般的なそれより階級は上のようでして、信頼はできるかと」
「兵士長様……ですか」
なんか聞いたことあるな、と──意外な心当たりを感じつつ、ツクヨミはグレーム側に座席を近づけながら続けた。
「グレーム様。問題なければでよいのですが……私もその方へご挨拶に伺っても? この後のことも少しお聞きしたいですし」
「ええ。何一つ問題ございません。ただ、今後の日程をお聞きするのみであれば、神が直々に赴かれずとも我々から聞き出すこともできますが」
グレームが顔を上げたのを確認し、ツクヨミはそっと扉を開けると、「それにはお及びません」と断りを入れてから慎重に王都の地に足をつけた。外のひやりとした風が全身を撫でると、
(とりあえず第一印象が大事だよね)
などとリアルの頃のそれを思い出しつつ、ふぅと息を吐いてから門へと近づいて行った。
「これはツクヨミ様。……いかがなされましたか」
「私も兵士長殿へご挨拶へ伺いました。お初……ではないのですが、今回
「ツクヨミ様……。スレイン法国の神の御姿をこの目で拝見でき、光栄の極みでございます」
それだけ男は言うと、緊張したように吐く息を止めた。見れば周りにいた兵士達はもうがっちりと固まっている。ツクヨミとしては知った顔──そう、先日王国へ訪れた際、色々あって城へ連行されたときの付き添い人が彼であったので、「先日はお世話になりました」くらいの感覚だったのだが、少し悪いことをしただろうか。
そんなことを思っていると、兵士長も気を取り戻したのか話し始めた。
「私の方こそ先日、そして今回とご来訪いただきありがとうございます。再度神がリ・エスティーゼ王国を訪ねてくださったこと……いえ、やはり前回のズーラーノーンの一件から、既に神の御計画のうちだったのでしょうね。そう考えますと、もはや私共は上げる顔がございません」
「あ、頭をお上げください! すべては私のしたいようにしているだけですから……」
「神の御慈悲に感謝いたします」
そうしてまた一人、ツクヨミの思惑の外で信徒が爆誕したのであった。
────
「では話を戻しますね……。今後についてなのですが、兵士長殿にご案内頂き、そのままロ・レンテ城まで向かわれる形でしょうか」
「はい、そうさせていただこうかと。舞踏会の開始は夕方ごろとなりますので、それまで城内の御部屋でお寛ぎいただければと思います」
なるほど。やはり寄り道できる感じではなさそうである。まぁそれも当然であり、彼らからしてみればツクヨミ達は主賓も主賓。逆に言えば何かあっては困るのだろう。
そうとなればツクヨミも黙って従うのみである。ぶっちゃけた話、最近はトラブルメーカーなところもあると自覚しているのだ。
「承知いたしました。では、案内のほどよろしくお願いいたします」
♦
時刻が少しだけ経ち、昼過ぎ。
リ・エスティーゼ王国首都である王都の大通りはいつも以上に賑わっていた。
宮廷舞踏会という大きなイベントのある今日は他国の使節や一部国の代表の来訪もあるため、そういった馬車の行き来が多いのはもちろんのこと、実際に会には参加できない庶民たちも、その前の催しという形で、少し浮かれ気分の中街に出ていたりする。その熱気は法国のパレードほどではないものの、物流の多さという面ではそれを凌いでいた。
「ほとほと面倒なものだ」
そんな楽しい雰囲気に包まれた人々に対して、男──明らかに他の者とは一線を画す重プレートに重苦しい兜を身をつけた彼は──気だるげに息を吐いていた。それをたしなめるように、横から低い声がかかる。
「まぁまぁ。その警護が今日の我らの仕事なわけで、確かにこう──騒ぎまくる楽しさはよく分からんものだが……彼らにとってはこれが我らの冒険のようなものなのだろう」
「なるほど。レアもの探しか」
等と、意味不明なことを言っている三名。一見、荒くれ者のように見える彼らだが、その正体は冒険者である。
人呼んで『鋼鉄』。
現在の王国唯一のアダマンタイト冒険者である彼らは、その胸にアダマンタイトのプレートを付けており、道行く人に珍しさと、羨望の目を向けられている。当然、その実力に違わぬものを全員が持っている彼らが、なぜこんな冒険者らしくない仕事をしているのかにはやはり理由があった。
それは"宮廷直々からの依頼"である。
「普段は冒険者嫌いのお偉い様方がそれほど気にされるということは、それほど大事な仕事ということでもあるのだろうな。この警邏は」
「うむ。まぁ平和のためだ。少しくらい貢献しようではないか」
男達の言う通り、王国貴族間での冒険者の評判は悪く、通常であればこのような場に駆り出されることはまずない。にも関わらず彼らがエ・ランテルから呼び戻されたのは、実のところ国王であるウィリアムが近年の王国の状況──特にズーラーノーン関係のそれを憂いて念入れの対策したためである。加えて彼らが脳筋のパーティ……魔法等をあまり使わないことが、比較的王国貴族からの受けがよかったこともあるだろう。
「それにあの不審者共には、我らも痛い目見せられているからな」
まぁそんなかくかくしかじかとした経緯があり、冒険者『鋼鉄』は今回、舞踏会のための見回りを行っているのである。
数分ほど、人通りの多い歩道を練り歩きながら、一行の散策が続く。
鋼鉄のリーダーであるネムガント・ガーレは先頭を歩きながら、鋼鉄のヘルムからふと視線を動かした。
「ふむ。神、か」
「……ん?」
「前にも噂になっていた神の話題が今日は多いようだな」
仲間たちもそれにつられるように首を動かす。すると確かに聞こえてくるのは普段からすると物珍しい単語の数々であり、その中でも特に話題になっていたのは スレイン法国の神が今回来ているらしい、という話題であった。何なら「目があった」、子供が手を振っているのを止めようとしたら手を振り返してくださった、等『本当か?』と言わざるを得ないような内容も散見されている。
神話という存在を幼き頃より追い求める冒険者という生き物にとって、それらは興味深く、それでいてまさかと思うのは当然のことであった。
「本当なら会ってみたいものだな」
仲間の一人である
「レアな装備をお持ちかもしれないしな」
だが、用心深いネムガントは唸りながら答えた。
「案外、名前だけかもしれないぞ? よくある話だ。名声・見た目だけというオチで──ほら。ああいう奴らのことだ」
ネムガントが立ち止まると、その視線の先にはいつものように喚き散らしている王国貴族の姿が映った。どうやらそのスレイン法国の神に早く会うべく馬車を急いで飛ばしていたところ、壁に突っ込んだらしい。大層に着飾っているが、アホという他ない。
ネムガントは溜息を吐きながら、喧噪の方へと歩みを進めた。
「我々も……我々の仕事をしようではないか」
♦
「ツクヨミ殿。ようこそ、我が国へお越しくださいました」
太陽が天頂から落ち始め、日は少しずつ色味を増している。
そんな頃、兵士長と共に王都の最奥に位置するロ・レンテ城に到着したツクヨミは、最高神官長、光・闇・火・風の神官長と共に、リ・エスティーゼ王国の国王、ウィリアム・シャル・ボーン・デル・レンテスより歓迎の挨拶を受けていた。
場所は正面の人通りの多い場所とはまた違う区域であり、豪華な門と庭園がそこには広がっていた。恐らく、特別な客人──特に、スレイン法国のような機密の多い国と会合する時はこのような場所を選んでいるのだろう。
(というか一国の陛下からこんなに丁寧な挨拶をいただくなんて、なんかこう……胃が痛い)
この前アルフリッドと会った時もそうだが、こういった場に来ると、改めてもう立場が変わったのだと実感させられるものだ。
「陛下、お久しぶりです。こちらこそ今回もこのような素晴らしい場にお招きいただきありがとうございます」
「そう言っていただけると有難いものです。さて、ずっとお立ちいただくのも申し訳ありませんし、そろそろ城内へ案内いたしましょうか。宜しいですかな、最高神官長殿も」
「無論でございます、ウィリアム殿。それと後でで構いませんが、件の内容について事前に会話できますか」
「ええ。こちらこそお願いいたします」
そうして、何やらご老人同士で約束を取り付けたかと思うと、ウィリアムが兵士長と共に城内の入り口へ向かったため、ツクヨミと神官長も建物の内部へと足を踏み入れた。
……
(でかい)
最初に浮かんだのはそんな感想であった。
ロ・レンテ城。王国の誇る最大級の建造物であるこれは、外周1400メートル、20の円筒形の巨大な塔と強固な城壁によって広大な土地を囲んでいる。そのため、その内部も当然のように広く、無数の部屋と連なるシャンデリア。そして、巨大な窓から地平の先の日光を取り込んでいる。前回来た時も、この圧巻の豪華さに震えたものだが、いかにツクヨミが世間的に神という存在に変貌したとしても、その内面自体が変わっている訳ではないので、今も内心ビビり散らしているのが現実である。
しかしそんな姿を見せる訳にもいかないので、ツクヨミは今、後光の差す立ち姿の中赤い絨毯を堂々と踏む人物として国王についていっていた。
「しかし、正直なところ驚きました。ツクヨミ殿がまさか、スレイン法国に語り継がれる神であらせられるとは。無論、あの時から特別なものを感じていたのは、王として噓偽りなく述べられることですが」
荘厳でありながら小さく笑うウィリアムに、ツクヨミも答える。
「あの時は、そうですね。私もだいぶ無茶をしたものですから、陛下の穏便な御対応には救われました。訳あってこのようなお披露目になってしまったことにつきましては申し訳ございません」
「いえ謝られるようなことはございません。寧ろ、我が国がこうして舞踏会を開けたのも、元を辿れば神の隠されし恩寵の賜物なのですから」
先頭で感慨深く杖を撫でるウィリアムに対し、全力で頷く者達が横と後ろに複数名。
「まさに。ツクヨミ様の御慧眼は流石という他ございませんでした。我々も件の内容を知ったときは耳を疑ったものです。勿論、貴国のみを叱責する意図はなく、我々スレイン法国上層部もまた根本的な人類の問題を見落としていた愚か者でした」
「そんな中、我々を導くように先頭に立たれたのが我らが神であった、と」
「そういうことだグレーム。誠に計り知れぬ神の智謀。それを人類のためにと振るってくださっているツクヨミ様につきましては、もはや慈悲の神と呼んでも差し支えないほどの希望の存在という他ないでしょう」
やめて。恥ずかしいから。
周りの面々のある種の勘違いを城内に広められながら、一行は上の方の階に到達する。元々ツクヨミ達の通ってきた場所自体がそれほどの人の行き来のない場所であったが、この辺りは更に少ないようである。
ツクヨミが一瞬窓の外の眺望に見惚れていると、国王の隣に立っていた兵士長がこちらに振り返り答えた。
「この先に複数の部屋の用意がございますので、宮廷舞踏会開催時刻まで、そちらでお寛ぎいただければと思います」
「うむ。問題等あれば、兵士長でも給仕を務める者でも、遠慮なく申しつけいただければと──」
そこまで言うとウィリアムは奥の部屋に目を向かわせてから続きを発言する。
「そういえば既に竜王国女王殿や聖王国の方も来られておりましたな。アルフリッド殿はまだですが、もうじき来られるかと。皆様が宜しければ国の代表同士、世間話の時間を設けるというのも、些か有意やもしれませんね」
ウィリアムはそれだけ言うと、丁寧に会釈したのち、廊下の奥へと戻っていた。
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「それでな、ビーストマンの大群が極光に包まれたと思うとな。なんと、次の瞬間にはすべてが消え失せ、その中心には神話に語られるような神とその剣のみが佇んでいたらしい」
「へ、へぇー。それは凄いですね……」
「それでな。見た者によると、あれ。なんだっけな。確か三対の翼を生やした天使が世界を覆うように──」
王国ロ・レンテ城の上階。使用される多くは他国からの主要人物来客時や、王国の王族・大貴族が仕事を行う際の場所である。
そんな場所の一室にて、格式高いテーブル一つを挟みながら優雅に会話を楽しんでいる(?)女性が二人いた。
一人は漆黒の長い髪に、美しい琥珀のような瞳を持つ女性。竜王国女王、ドラクシス・オーリウクルス。
そしてもう一名はしなやかで艶のある茶色の髪に、神殿祭司らしい礼服を身にまとう女性。神殿勢力の最高司祭であり、聖王国の神官団長でもあるキャリスタ・カストディオである。
ドラクシスとカストディオは立地の関係上それほど密接な関係が今まであったわけではなかったのだが、お互い国の代表──もっとも、カストディオは聖王の代理として──この機会に親交を深めていた。
まぁ会話といってもドラクシスが一方的に話している、が正しいのだが。
普段のキリっとしたドラクシスの印象も一応知っているカストディオは、紅茶を嗜みつつ今も意気揚々と話す彼女に同じく軽口をたたく。
「女王陛下、失礼ながらそれ、お酒入ってたりしますか」
「失敬な。一切入っとらんぞ……多分。それにいくら酒を煽るにしてもそれは舞踏会が始まってからだろう?」
「いや、まぁ。そうなんですけど……」
何だかんだ常識人なつっこみを入れてくるのがなんともである。そんなこんなで二人が話していると、ふと部屋にノックが入った。
一体誰か。神妙な雰囲気になりつつも、ドラクシスが返事をすると、そこから入ってきた人物は、二人の想像を上回る人物であった。
「ど、どうも。失礼いたします」
白髪に落ち着いた紫色の瞳。白色の神器に、些か神々しすぎる光臨。明らかに『どうも』みたいな軽めの雰囲気で人間の部屋に入ってきていい存在じゃないそれは、スレイン法国の神であるツクヨミであった。
「ツクヨミ殿! また会えて嬉しい限りだ。先日は本当に世話になった」
「いえいえ。ドラクシス女王陛下もお久しぶりです」
「え……ええええ!?」
そんな会合が果たされる中、部屋の中で同じく立ち上がりこの状況に困惑している人物がいる。それはカストディオである。
(え、え? ツ、ツクヨミ? ってことはこの方があの? スレイン法国の神様? 神なの? 神が目の前にいるの? ……思った以上に神々しすぎて立ち眩みが)
普通で常識的で、それでいて一般的な感性だからこそ起こったその悲劇を、ツクヨミはまだ知らない。
もうじき舞踏会が始まろうとしている──