Moon Light   作:イカーナ

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46.宮廷舞踏会[終]

 

 会場の天井に吊り下がる豪華絢爛なシャンデリアの光に照らされながら、それはこちらを凝視していた。

 

 人の気を感じさせない佇まい。青色の炎揺らめく眼窩から感じられる圧倒的オーラ。

 

 間違いない。これは相当厄介な存在だ──とツクヨミはその一瞬で理解した。

 

 ……

 

「陛下、お下がりください!」

 

 武装した侵入者の登場──それにより最初に動き出したのは当然のごとく王国の近衛護衛達で、ツクヨミと最高神官長の護衛として付き添っていた聖典の面々も、『神を御守りしろっ!』と大声を上げながら同じく修羅の形相でこちらに近づいてきた。

 

 首脳陣の集まるラウンドテーブルには今、立ち上がった最高神官長に多くの護衛と他国の代表たちがいる。

 主催者であるウィリアムはよろよろと立ち上がり、ドラクシスは眉間に皺をよせ、最後に今も座って周りを観察しているツクヨミの斜め前には、白銀鎧の者が突っ立っているという何ともカオスな状況となっている。

 

 ただ、そんな代表者たちの一角以上に混乱しているのはやはりというべきか、会場全体の人々だ。

 

 先ほどからこちらを注視していた貴族は、突然のテロ行為を恐れ、テーブル方向を凝視しつつも一歩引いているし、令嬢や商人は慌てふためき、一部の者は恐怖のあまり叫び声を挙げていた。

 まぁツクヨミからしても無理はない反応だと思った。

 

(しかし、逆に冷静になっちゃうな……)

 

 ふぅと心の中で息を吐く。案外、そこで客観的に状況を見られたのは幸いだった。

 なぜならツクヨミ自身も──落ち着いているように見せてはいるが、この襲撃とも言えそうな状況には内心かなり焦っていたからだ。

 

 

 

 正体不明な相手。温和では無さそうな佇まい。そして、知覚できなかった転移。

 

 

 

 不穏な要素が多すぎて、特殊技能(スキル)の準備は言わずもがな、今も即座に武器を取り出すべきか悩んでいる。

 だがここは舞踏会場。下手なことをして相手を()()()にさせてしまうのは、少なくとも避けねばならない──

 

「神官長、ご指示を。あの者、恐らく我らを凌ぐ相当な実力者です。恐らく(ドラゴン)、いや、それを超える竜王(ドラゴンロード)クラスの存在でしょう」

「まさか。いや、その姿は……」

 

 そんな中、侵入者に一番近い位置で立ち上がっていたオルカーが、装備を取り出した漆黒聖典の横で何かを察したように驚きの声をあげた。

 

「その姿はまさかっ! お主、白金(プラチナム)竜王(ドラゴンロード)──ツァインドルクス=ヴァイシオンか!?」

 

「な、何だと」

「ええ!?」

 

 オルカーのその発言に、その場に立ち上がった国王から最高司祭までもが目を見開く。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)。それはアーグランド評議国の永久評議員とされる者の中でも特に格の高い存在であり、(ドラゴン)というこの世界の頂点に君臨する種族でもあるという。

 

 当然、滅多に人前に現れることはないという彼を見た者はこの中にはおらず、恐らくオルカーも過去の六大神と竜王の関係の歴史──もしくはそこから連想される彼の姿からそれを推測したのだろう。第一れっきとした(ドラゴン)の姿でもない訳だし。

 

(白金の竜の鎧か)

 

 しかしツクヨミとしても、言われてみればその予想は正しいように思えた。

 

 そしてその言葉を掛けられた相手はというと、やはりその呼び名を否定することはなかった。

 

 

「……遅れて申し訳なかったというのと、取り込み中のところすまないね。ただ、私が用があるのは神。そう、そこにいる彼女だけなんだ。申し訳ないのだが、少し外させてもらっても?」

 

「な、なんとふざけたことを申すのか! 如何にお主が最強の竜王と呼ばれる存在であろうと、この正式な場への傲岸不遜な立ち入り──到底許されることではない。第一、我らが神に、(ドラゴン)であるお主が何用じゃ」

 

 見た目に反して驚くほど柔らかい声を発する白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)だったが、それに反してスレイン法国最高神官長の声は固い。まぁそれも国の背景や今の状況を考えれば当然だろう。

 不穏な空気感の中、皆がどうしたらよいかと目を泳がせていたが、そこで更に面倒ごとが起こる。

 

 外から急ぎやってきた高位の兵士の一人が不安そうにしながらも、この場を諫めようと四苦八苦していたウィリアムに耳打ちを始めたのだ。

 

「国王緊急です」

 

「今か……」

 

「申し訳ございません。城に怪しい賊が紛れております。今、偶然発見した冒険者も鎮圧には参加してくれており、恐らく問題ないかと思うのですが──」

 

 ツクヨミはそれを優れた聴覚で拾いつつ、竜王の方に目を向ける。

 この兵士の話が確かであるなら、その紛れ込んだ賊がこれの仲間──という可能性はまぁ低いだろう。

 

 竜王クラスの部下を相手に、人間の冒険者がどうにかできるとは思えない。それに仮に何かの陽動という線を考えても、やはりこのタイミングで圧倒的武力を個として持つだろう彼が小細工するメリットは特にない。

 

 つまり火事場泥棒といったところか。

 

 王国の不運の重なりには同情するツクヨミであったが、今はそれどころでないというのが正直な気持ちだ。

 当然、向こうも王国の事情等(そんなもの)待たず話は進んでいく。どうやらツクヨミも覚悟を決めなければならないようだ。

 

(ドラゴン)だからこそ、なのだけどね。そう、それで要件だったね。簡単に言うなら彼女が世界の敵か敵じゃないか──それを確認したいだけだよ。通してもらえそうかい?」

 

「敵じゃと……? 盟約に則ってのことだとは思うが、よもやお主らの基準に強引に当てはめようということではあるまいな?」

 

「世界全体の話さ。評議国の亜人種も気にはしているし、400年前の八欲王との戦争。あのような過ちの可能性は、よく確かめる必要があると思うんだけどね」

 

「そういった当て嵌め方が信用ならないと──」

 

 

 ……

 

 

「いいでしょう」

 

 

 

 そこでツクヨミは立ち上がる。加熱した場を諫めるように。

 

「評議国代表殿も大切な要件とのことで、少し私も席を外させていただこうと思います。皆様、中座の無礼をお許しください」

 

「ツクヨミ様っ、よ、宜しいのですか?」

 

「はい。それに、やはり直接話さねば分からないことも多いでしょう。……では行きましょうか」

 

 そうしてツクヨミは強引に話を終えると、今も強大な威圧感を感じさせる竜王──ツァインドルクス=ヴァイシオンに目を合わせてから、外へ案内するようにその場を離れた。

 ツァインドルクスはというと、その場で少しこちらを観察するような素振りを見せてから、特に何も言わずにツクヨミの後を着いてきた。

 

 窓辺へ向かう二人。それを見送るように、会場全体とそこにいる人々が、静寂と共に息をのんでいた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「初めまして。そして……改めて要件を伺いましょう。えー、ヴァイシオン殿」

 

 丁度いいバルコニーが近くにあったため、巨大な硝子の扉を開いて二階の外に出てきたツクヨミはまずそのような問いを自身の隣にやってきた永久評議員に投げかけた。

 それに対し竜王である彼は、やはり警戒した面持ちでこちらに話しかけてくる。

 

「あまり名は明かさない主義なのだけど、立場としてお互い知る身。ツァインドルクス、もしくはツアーで構わない。逆に、こちらも()()()()()である君をツクヨミと呼んでも?」

 

「構いません」

 

「それは何より。では現スレイン法国の神であるツクヨミ。先ほども言ったけど、単刀直入に聞こう。君は──君というゆぐどらしるぷれいやーは、世界にとっての敵かい?」

 

「……世界にとって、というのがどういう基準か分かりませんが、主観で答えても良いとのことであれば違うと思っております」

 

 ツクヨミがきっぱりとそう答えると、ツアーは即座に否定する訳でもなく、ただそれを信じ込んでいる風でもなく、武器を浮かばせながらこちらの発言を吟味する素振りを見せてきた。正直やり辛い相手だ。

 会話が進まないため、ツクヨミは続けて発言する。

 

「私は私の正義感で動いています。誰かが困っているなら、手を差し伸べる。人であっても、そうでなくてもです。もしそれが世界にとっての敵対行為であるというなら、根本的に考え方が違うのかもしれません」

 

「なるほど。あくまで私欲で力を振るっている訳ではないと」

 

 そこでツアーはこちらに顔を向けてくる。竜の兜に表情はなく、考えは読めない。

 

「……少し昔話をしよう。500年前、私と当時の神であったスルシャーナ──六大神の闇を統べる者といった方がよいかな? ──で盟約を結んだ。世界を汚す猛毒、ぷれいやーの力に対抗する為の盟約だ。そしてそのすぐ後の400年前、八欲王が登場し世界は汚された。ゆぐどらしるの力は……我々の予想以上に強力過ぎた」

 

 ──

 

「ようは君たちの力は世界を一変させる力がある。私はそれが事実だと思っているし、現に君も世界を変えつつあるように、私は認識している。それが将来的に毒となり、いつか更なる猛毒として世界を狂わせないと言い切れるだろうか?」

 

「……言い切るのは残念ながら不可能でしょう。私たちが選択を続ける限り、何かしら可能性というものは発生するものですから」

 

 そしてそれは言ってしまえば当たり前のこと。そんな当然のことに彼らが固執するのは、やはりツクヨミらがこの世界の"外部"の存在で、現実離れした強大な力を有しているから。

 その力で必要以上に現地へ介入してたらまた世界壊すんじゃない? というのがツアーの主張であり、それ自体は理解できるものである。

 ただ、だからと言って『はい、そうですか』と引き下がることはできない。ツクヨミもこの世界を愛しているからこそ、何かせずにはいられないのだから。

 

「しかし、それでもより良い未来を探し続けることは出来ると思います。私はそのために現地の方に力を貸しますし、自分でも考えながら行動しています。それが世界が回るということでは?」

 

「バランスが偏り、ゆぐどらしるの力を悪用する者が増えれば、世界は正しく回らなくなる」

 

「悪用はさせませんし、過度な一方的干渉はしないつもりです。それにもし今後そういったぷれいやーやその眷属が現れるというのなら──寧ろ私はそれと最前線で戦いましょう」

 

「……それだともはやメリットが見えないな。ぷれいやーである君が、何故そこまで言い切れる?」

 

 ツクヨミが矢継ぎ早に反論していたからか、流石にツアーも困惑気味にそれを問いかけてきた。少し熱くなってしまっていただろうか……。

 ただ、その問いへの答えは決まっている。

 

「私もこの世界が好きだからでしょうね」

 

 その思いは変わらない。

 ツクヨミが恥ずかしげもなくそう言うと、初めてツアーも動揺したようにその眼窩の炎を揺らめかせた。

 思うに彼自身、自分の取るべきスタンスについて揺れているところがあるのではないだろうか。

 ツアーは暫し沈黙したのち、再度語りだす。

 

「なるほど。ちょっとだけ君という存在を理解したような気がしたよ。過去にも似たような者には触れたことがあるからね。……だけど、すぐにそれを信じるのは、言い方は悪いが浅慮というもの──」

 

「これ以上は不要かな。私の結論としては決まったよ。はっきり言って人類圏への影響が甚大である君について、善性含めもう少し慎重に様子見させてもらう。そしてもし君が今後世界の敵であると判明したなら、そこでパワーバランスを正すのが私の役目となるだろうね」

 

「その時は宜しくお願いします」

 

 礼儀正しく、朗らかにそれを発するも、その時にはもうツアーの視線はこちらに向いていなかった。

 白金鎧と武器は空を眺めながらどこか遠くのものを見つめたのち、飛行(フライ)──ではない何かの力により宙を浮き始めた。

 

「……リグリットの言った通りか」

 

「え?」

 

「いや、何でもないよ。それより今後のことだけど、正直君らを憎む竜王も多い。もし助言をするなら、立ち回りはよく考えるべきだろうね」

 

 ツアーはそう言い残すと、王国の夜空の向こうへと飛んでいく。それで彼との会話は呆気なく終わりだった。

 あと、細かいことを言うようだが、どうやら最初に転移してきた方法での移動はしないらしい。

 

(何かしらの制約があるのか。もしくはMP消費が激しいとかそういう理屈かな)

 

 今回、至近距離での対話ということで魔法や特殊技能(スキル)等の発動は避けていたため、竜王ツアーに関する戦闘面での情報はさほど得られていないというのが現状である。そもそも彼にとってあの鎧がどういった位置づけであるかも不明だ。

 ただ、そういった情報以上に、この宮廷舞踏会という社交の場で"最強格の竜王ととりあえず敵対しなかった"というのが現時点での最も大きな収穫であるのは間違いがない。

 

 ツクヨミは今日一番の溜息を吐くと、ようやく後ろを振り向く。するとそこには、不安そうな神官長の面々と、いつでも飛び出してきそうな隊長の姿が見受けられた。

 

「頼もしいこと」

 

 そう言って自然と笑みが口元に現れるのを感じつつ──今回まぁまぁ無茶なことをしてしまったので──恐らく相当気を揉んでいる皆のところにも早く戻らないとなという思いに駆られる。

 そういえば先ほど、王国の国王であるウィリアムがいざこざに巻き込まれていたようだったが、あれは大丈夫だったろうか。

 

 それから数巡、ツクヨミが足を一歩前へ踏み出す前に、堪えきれなくなった彼らが広々とした石造のバルコニーに突入してきたので、ツクヨミも『まだまだ夜は続きそうだな』と密かに感じた。

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

「うぁぁあぁ!!」

 

 場面変わり、リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城、外の一角。

 華やかな舞踏会には何とも似合わないけたたましい呻きを上げながら、夜闇に紛れた男達がばたばたと倒れていた。

 

 詳細な場所としては、右辺の巨大な塔が聳える──会場から少し離れた中庭での出来事である。

 

「何故お前たちが此処にいるっ!?」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

「ぐわぁ!」

 

 薄暗い衣装を身にまとう怪しげな集団。それを容易に切り伏せていくのは王国のアダマンタイト級冒険者、鋼鉄の面々。彼らは知っての通り、本日、舞踏会に向けて王都周辺の見回りを行っていた。そこで、偶然居合わせた──正確には城の門番を昏睡させ侵入していたのが、ここに倒れているローブ姿の男達という訳である。

 

「こいつら、明らかにズーラーノーンの手の者だろう。俺を前に襲撃した奴らとも同じ見た目だ。帰り際に発見できて良かったなリーダー」

 

「うむ。しかし、如何に宮廷に頼まれていたと言えど、これだけのこととなれば話を通している冒険者組合にも当然報告だな」

 

「鋼鉄の皆様、本当にありがとうございます!」

 

 そしてその場には他にも、駆けつけた衛士の姿もある。

 人数にするならば、この場に倒れている者も合わせて30人余りといったところだろうか。当初は"賊"扱いされていたものの、規模だけで言えばかなり大掛かりな襲撃である。

 

「これで全員か?」

 

「見たところはそのようだが……」

 

 鋼鉄の面々が周りを見渡すも、薄暗い中庭にこれ以上の人員はやはり見当たらない。衛士や更に駆けつけた騎士がズーラーノーンの下っ端を捕らえていくのを横目に見ながら、リーダーであるネムガント・ガーレはどこか不審に思いつつも仕方なしに武器を背中に戻した。

 

「もう少しだけ調べても良いだろうか?」

 

「構いませんが──」

 

 どうやら宮廷舞踏会中ということもあり、宮廷側も事を大きくしたくないらしい。

 ネムガント達が唸りながら騎士と共に下の散策を続ける頃、同じく()では、ある者達が会話を行っていた。

 

 ──

 

「幹部候補が一人捕らえられたようですが、宜しいのですか?」

 

「目的は達せられた。問題ない」

 

 天に向けて聳える塔の上。そこで冷徹な声を発するのは、ズーラーノーンの副盟主──白い民族的仮面を被るローブ姿の男、リヒター。そしてその横で声をかけるのも同じく現ズーラーノーンの幹部である男達、そして老婆であった。

 

 リヒターは下の人間達には興味がないと言わんばかりに、視線を逸らすと、隣から裸足でぺたぺたと歩いてくる男の方を見やる。

 その男は襤褸(ぼろ)の衣装をまとっている老人。この一時、リ・エスティーゼ王国の最も厳重な牢獄に囚われていた男である。

 

「助かったぞ。副盟主」

 

「正直苦労はさせられた。だが、その価値はあったと信じている。我が同胞よ」

 

 リヒターは老人が使用していた"枯れ木のような杖"を彼に返し、そして男の両手首に未だ結びついていた縄を魔法で破壊してから続けた。

 

「聞けば、白い髪の女にやられたそうだな」

 

「……あ、あぁ。そうだ」

 

「私が調べたところそいつは今、偽の神として崇められている。畏れ多くも我らが神、スルシャーナ神と同列に扱われているのだ。……教えよ。その女は強かったのか?」

 

 リヒターがそれを問うと、男はぶるりと体を震わせながら、半ば発狂するように頭を押さえた。それを思い出すように──

 

「ふ、副盟主、やめておけ……。いかにお前と言えど奴には勝てない」

 

「それほどなのか?」

 

「あぁ、恐ろしい。あぁ恐ろしい……。白銀の光、我らが軍勢が塵のように消えた。切り裂かれた。我が、腕の痛み。あ、あぁぁぁぁ」

 

「おい、しっかりするんじゃ」

 

 死霊術師の男が発狂するやいなや、老婆が体を押さえる。つまりはそれほどまでに恐ろしい惨劇だったということだろう。

 リヒターはその様子を見て、これからの細かな動きについての考えを改める。何故ならこの老人は、こう見えて王国を腐敗させるべく派遣されたズーラーノーンでも指折りの実力者であったからだ。

 

「やはり盟主様の御力が必要か」

 

 そしてそれこそが今回の彼らの旅における、最終目的でもあった。

 他の幹部が問う。

 

「し、しかしリヒターよ。盟主様は姿を隠されている。どうやって力を借りるのだ?」

 

 仲間からの言葉にリヒターは懐に入れていた地図を手に取った。そしてそれを仲間に広げて見せる。

 

「正確な場所なら──私が通信し、もう判明した。ここだ」

 

「こ、ここは……()()()()()()()っ」

 

 リヒターは頷く。

 そう、ズーラーノーンの盟主は基本的に一人で行動しており──その目的は偉大なる未来の為の研究とまでしか知らされていないが──盟主曰く、彼は今、遥か南方からアベリオン丘陵へとその身を移しており、そこでアンデッドの()()を行っているという。

 

 聞けばそれによって今の丘陵は小さな楽園と化しているという。尤も聖王国からしたら怠い話である。

 

「そ、そうと決まれば早速移動だ」

 

「うむ。ここからであれば我らも左下に移動するのみ。さぁ、我らと盟主様で……偽の神に鉄槌を下すのだ」

 

 そう言うとズーラーノーンの一行は、彼らが仰ぐ盟主と合流するべく、すぐさま夜闇へと消えていく。

 そうして出来上がるのは無と静寂。

 辺りに佇むのは、荒らされた城壁と深い闇のみであった。

 

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

「ツクヨミ様、ご無事でしたでしょうか……?」

 

「はい。私は全然大丈夫です」

 

 あの後、外に出てきた神官長達に心配されつつ、結局夜風に当たりながら最高神官長であるオルカーと会話しているツクヨミ。

 聞くところ、少しずつ会場も落ち着きを取り戻してきたそうだ。

 

「あの後はどうでした? 皆様の人類の同盟に対する反応は」

 

「そのことについてでしたら、全く問題ございません。王国、帝国、竜王国とも無事協力体制を敷く算段は付きました。また聖王国も代理ですが、前向きに伝えてくれることでしょう。全ては神の御威光のお陰です」

 

「それは良かったです」

 

 本当に良かったと、ツクヨミは思う。人類が手を取り合い、現状の多くの問題に取り組む。これより素敵なことは早々ないだろう。

 

(そしていつか──私がいなくても大丈夫な時が来るのかな)

 

 ……

 

「ツクヨミ様?」

 

「あ、いえ。少し考え事をしていただけです。まだまだ序盤の序盤ですし、これから気合を入れていかないといけないですね」

 

「ツクヨミ様の仰られる通りです。しかし、もし神がお手を煩わせていることがあれば、すぐにお申し付けください、即座に我々が──」

 

 意気揚々と語るオルカー。

 このテンションにも少し慣れてきたものである。──少しだけだが。

 

 ツクヨミはバルコニーに端についた石造の柵に手を乗っけると、改めて夜空を見上げる。

 今日は曇りであるのか燦燦と煌めく夜空は見えないが、それでも雄大に広がる大地と空が、そして風が──ツクヨミの頬に当たり、あの時と同じように胸の奥底から勇気をくれるようだった。

 

(これからも私に出来ることをしていこう。この世界で困っている方の……役に立てるように)

 

 宝石のように切なげな紫の瞳の先には、期待に満ちたまだ見ぬ光景が広がっていた。

 

 だが、更にその遠方には──

 

「ん」

 

 強い風に煽られる。丁度その時、一時の感傷を邪魔するように突風が吹いたようだった。

 

 漆黒の衣装に包まれながらツクヨミはふと頭上を見渡した。

 

 そこには真っ二つに切り裂かれた雲。

 そしてその遥か先を飛び去る、青黒い巨大な翼だけが佇んでいた。

 

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