Moon Light   作:イカーナ

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幕間
47.閑話~異世界の神、現地の異形


 

 王国主催の宮廷舞踏会も無事終了し、ようやく平穏な日常が帰ってきた日のことである。

 

(紅茶の良い匂い)

 

 広々とした一面の青空には白い雲が浮かび、風が吹けば地面の背の低い草が揺れる──

 

 絶好の散歩日和だと言える光景がそこには広がっていた。

 普通であればこんな良い天気──うっとりと眠ってしまうか……もしくは現実(リアル)では体験できないその極上の自然に酔いしれ、誰でも気持ちの良い溜息を吐きたくなるだろう。

 

 しかし此処、大神殿敷地内での実際は違う。

 

 

 ──骸骨。

 

 

 そう、骸骨である。

 

(……真昼間に本物のアンデッドとお茶って、普通に考えるとただただカオスというか、意味不明だよなぁ)

 

 そう心の息を漏らすのは、この場所の実質の主──

 そして、現在半分居候として大神殿に住まわせてもらっている身でもあるスレイン法国の新たな神たるツクヨミだった。

 

 一応先に言っておくと、ツクヨミはこう言ってはあれだがそれなりに順応力は高い方である。

 例えばこちらの世界に来てすぐの頃は右も左も分からない中、日々の生活の為に軍の内部で働いたし、その後の旅先ではテロ組織を制裁、時にはモンスターの大群とも戦い、更にはとうとう一国の神様になってしまったほどなのだから。

 

 ……。

 

 まぁそんなツクヨミなのだが、この特異な環境で神様をやってのけるとなると流石に一筋縄ではいかぬことも多い。言ってしまえばこの場所に来て今まで、その場の勢いと神官長達の助力で何とか神の役割をこなしてきたことはあれど、長い時間に裏打ちされた経験で物事の対処に当たったことは稀だ。

 

 まだまだ不慣れなことも多く、現在進行形でその最たる例が、この宮廷舞踏会後の羽休めの日にやってきたわけである──

 

 

 

「ルフス様……でしたか。今更なのですが、こうして外に出てきても大丈夫でしたか?」

 

「問題ない」

 

 そう言ってゆったりと年季の入った黒のローブ越しに骨の腕を持ち上げるのが対面に座るルフス。

 唯一この大神殿に残っているという六大神時代の神の眷属である。

 

 ルフスはスケルトン系統──恐らく高位の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)種か、もしくはもっともっと上の死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)に分類される。言ってみれば日光に関するデメリットは特にない種族だ。

 

 とはいえ、そんなルフスも普段はこのように──大神殿内とはいえ──外に出てくることはまずない存在である。

 それが今外に出てきて、大して仲も良くないだろうツクヨミと謎のティータイムを遂げている理由としては、端的に言うと現在の彼の住処がどうしようもく錯雑した状況に陥ってしまっているため。

 

 ……更に詳しく話すなら先ほど、スレイン法国の番外席次ことアリシアが自身の守護領域内である宝物殿にてとあるマジックアイテムを誤爆した。勿論、悪気があったわけではないだろう。しかしそれにより部屋中には濃霧がまき散らされており、その対応の一環として念のため避難してきたというのが事のあらましである。

 

(結局、属性ダメージとかは無かったぽいけど)

 

 ちなみに発生源を特定したのも勿論ツクヨミであり、その時ルフスは霧の中で珍しく焦りまくっていた。

 

 

 

「先ほども言ったが、こちらのいざこざに巻き込んでしまったことには非礼を詫びよう。絶生遏絶(ぜっせいあつぜつ)(しばら)く宝物殿への出入りは禁じておく」

 

「いえ、まぁ害のある物でなくて良かったです。アリシアに関しても、少なからず最近の私に触発された部分もあったのではと思っていますし。私からも後で注意しておきます」

 

「ふむ。しかし……それとは別として、このような場は別に必要なかったのだがな」

 

 

 

 ルフスも落ち着いてきたのか左右を見回すように首を動かす。この場というのはこの鉄製パラソルの付いた高級な木製の机と椅子、そして紅茶。加えて隣で微動だにしない水の副神官長のことだろう。

 元々天気の良さもあり用意していたものだったらしい──

 

「ま、まぁ部屋の前は──今だと漆黒聖典が一応換気してるみたいですし、効果時間が切れるまでこういうのもたまには悪くないのではないでしょうか」

 

「そういうものか。とはいえ少しアイテムが心配だ。……あとどれくらい待てばよいだろうか」

 

「えーと。そうですね」

 

 開幕謝罪も済ませたことで『もはや要件なし』と露骨に立ち上がりたそうなルフスを横目に、ツクヨミはアイテムボックスから懐中時計を確認する。フィールド形成系のアイテムは効果が微弱な分、生成後の効果時間が長めに設定されていることが多く、今回のそれも例に漏れず長いと推測される。ツクヨミの見立てでは残りあと300秒といったところだろうか。

 視界不良というのは存外厄介である。

 

「恐らくあと5分ほどでしょうか」

 

「なるほど」

 

 ルフスは机の上に両手を乗せ、観念したように横を向くと、遠くの街並みを眺め始めた。それくらいならもう邪魔せず待っておこうと思ってくれたのだろうか。

 

(しかしお茶の場とはいえあれだな。私だけいただくのも悪いかな)

 

 アンデットの方相手だとどう接していいかもいまいち掴み切れない。

 ツクヨミは手元のカップを遊ばせつつ、結局ぼーっと、風の吹く同じ方向を眺めることにした。すると先に話し出したのは──というより呟きを漏らし始めたのは、隣の空虚な眼窩を宿した骸骨の殿方だった。

 

「懐かしい」

 

「……この場所が、ですか?」

 

「そうだ」

 

 声に抑揚は一切なく、けれど時折骨の手を握る。

 感情的にも見えるその素振りの中、どこか遠くの記憶を辿っている風のルフスにツクヨミは意外性を感じ驚くが、そのまま黙って話を聞く。

 

「一度だけ、あの御方と外に出た気がする。何年前か、何百年前か──それももう忘れてしまった。何を話したのかも、分からない」

 

 ……

 

「遠い街が私の中で揺れている。……其方はどうだ?」

 

「え?」

 

「……いや、すまない」

 

 ルフスはそう言うや否や、一瞬だけこちらを向けていた顔を戻す。

 

「其方にとっては変わらぬ街か。……私のような異形はつい口を開くと無駄なことを吐いてしまう。今のは忘れて欲しい」

 

 そう言うとルフスはとうとう立ち上がり、そろそろ戻る準備をしようと足を動かし始めた。

 ツクヨミはどうしようかと迷うが、その時には既にルフスの視線はこちらを向いていなかったので、彼がこちら側──大神殿の入り口側に座る自分を通り過ぎようというタイミングで遅れて返答する。少し共感できる部分があったからだ。

 

「あの──」

 

 あまり答えになってないかもしれない。そう前置きをして続ける。

 

「私も、時折この街が遠くに感じることがあります。でも、今も昔もこの街が大好きなのはずっと変わっていません。六大神の方々が遺されたというこの国が、ですね」

 

 黒いローブの背中越しにそう話し終えると、ルフスは一瞬だけ立ち止まり、振り向くことなく「そうか」とだけ呟いた。

 

「……ちなみに異形種は嫌いか?」

 

「いえ、異形種の方も基本好きですよ。ユグドラシルではそっち系の地域で過ごしてましたし──っていうのはちょっと違うか。まぁ、こちらでも異形種の友人がいまして、この前連絡しようか悩んでたりしました。ただ邪魔になるかなーって思ってたり……あ、すみません。私事をべらべらと」

 

「いや」

 

 ツクヨミが喋り過ぎたか、ルフスはそのまま入り口の扉の中へと歩き去っていった。機嫌を損ねてしまっただろうか。

 

「はぁ。やっぱりコミュニケーションって難しいな」

 

 悲しいことを言うが、ツクヨミは元々ソロプレイヤーだ。つまりそういうことである。

 ツクヨミは机に肘を付き、組んだ手におでこを乗せる。そうすると手つかずだった紅茶がふと目に入ったので、それを改めて両手を使ってちょびちょびと飲み干し、隣で畏まっていた副神官長たる老婆に回収いただいた。

 

 

 お茶の時間ももう終わりだろう。

 

 

「これからどうしようかな」

 

 そんな呟きを椅子の上で漏らしていると、後ろから走ってくる音が聞こえた。振り向けばそこには今回の事件の元凶が立っていた。

 

「あれ? もうもしかしてもう終わっちゃった?」

 

「うん、丁度今終わりましたね……。あれ、そこですれ違わなかった?」

 

 黒髪と灰白色の瞳を持つ少女、アリシアはぶんぶんと首を振る。よく見ればその小さな手にいつも装備している戦鎌(ウォーサイズ)の姿は無く、代わりにお菓子の袋の詰まった小さな籠を握っていた。

 

「お詫びに持ってきたみたんだけど、どうしよう。まぁルフー食べれないんだけどね。食べます? ……ツク──様」

 

「一応お聞きするのだけど、合法な手段で手に入れた物だよね?」

 

「勿論でございます」

 

 あまりにも胡散臭いが、そう断言されるのであればもう仕方がない。ツクヨミは黙ってその菓子袋を受け取ると、中から伝説の食べ物"くっきぃ"を取り出し一口いただく。

 

「……アリシアも今回の件で分かったと思うのだけど、ユグドラシルのアイテムは危険な物も多いから、よく注意しておいてね」

 

「はい……。心に刻んでおきます」

 

 元々物分かりは良い子なのだろう。

 

(ゲーマー上がりの自分が、いつしか親のようなことを言うようになったものだ)

 

 そんなことを最近たま思うようになったのは、ここでの日常が濃ゆすぎて、昔のことを少しずつ忘れ始めている自分を自覚しているからだろうか。

 

「さて、じゃあこの話はおしまいだね」

 

 ツクヨミはその場を立ち上がり、そろそろ戻る支度をする。ちなみに今は軽装気味であるものの、ユグドラシルの防具、そしてその背中にはちゃんとあの光輪を背負っている。そんな存在が椅子と机をひいているのだから、傍から見ればかなりいかつい光景だろう。

 

 物を内部に運び込み、慌てて出てきた副神官長に引継ぎを行ってから、ツクヨミはそういえばと大神殿のエントランス内で口を開く。

 

「ごめんアリシア。本当に突然なんだけどさ。実はちょっと相談と言いますか、聞いてみたいことがあって──いいかな?」

 

「ん、何?」

 

「いやね。"自分に昔の友人がいたとしたら"の話なんだけど……その人がいきなり遠くから自分を訪ねてきたとしたら、やっぱり迷惑に思うかな?」

 

「えー? よくわかんないなぁ。ただ、それがもし私にとってのツクちゃんだとして、遠くからやってきてくれたとしたら、やっぱり嬉しいんじゃない?」

 

「そっか。まぁそんなもんだよな」

 

 ツクヨミは鼓舞されるように頷く。そしてやはり、"彼女"にはこのタイミングで一度会っておこうかと考える。

 それはある意味、前回の舞踏会にて白金の竜王であるツアーと話し、世界や自分達の存在について一度見つめ直す切っ掛けが出来たからかもしれない。また、本音を言えば今後いつ会えるか分からないというのもあるだろう。

 

「ツクちゃんどっか行く気なの? なら私も行きたいなぁ。ちらちら」

 

「ま、まぁ時期的に難しいかもだから、まずは神官長にお伺いしないとだけどね。今のところ明確な理由がある訳でもないから、一日もかからないとはいえ国外まで私が出ちゃうのも考えものだし。なので……善処はしときます」

 

「えー。そこは頑張ってもらってさ。私ここより外とか普段出たことないんだしさー」

 

 アリシアに裾を引っ張られながら、ツクヨミは大神殿の上階に続く階段を上る。

 まぁ、本当に可能かは分からない話だ。それこそ今は神官長含め、各国も忙しい時期。聞けば帝国もあの後色々動いているらしいし、法国にもこのタイミングで要人が来ていたりするとのこと。

 

 例えばだが、有名どころだとあのパラダイン氏も……懲りずに──というのは神官長の言だが、法国の北境に交流に来ていたりする。まぁ賑やかなのは良いことだ。

 

「あら」

 

 ツクヨミが階段を上がりきる。するとその扉の前にはなんと、漆黒聖典隊長が先ほどの仕事を終え待ち構えていた。その表情はいつもの冷静さを保っているもののどこか不穏であり、それを見たアリシアの顔は途端に引き攣る。

 

 本日も、新たな神を迎えた大神殿内は、変わらず平和であった。

 

 

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