Moon Light   作:イカーナ

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第三章
48.新たなる時代


 

「では、本日も会議を始めるとしよう」

 

 神聖不可侵たる荘厳な神殿内にて。

 

 スレイン法国最高神官長であるオルカー・ジェラ・ロヌスはそう言いながら、この場に座る他11名の顔を見やる。そうして今日もこの定期的に開催される神官長会議が始まるのだ。

 

「さて、今日の議題の中心は先日我々が行ってきた王国の宮廷舞踏会についての話となる。参加した者は言わずもがな、この場にいる全員、事前に内容は共有済みだと思うが、まずは手元の資料を確認してほしい」

 

 そう彼が言うと、中央の大きなテーブル上から一斉にペラリと羊皮紙を捲る音が聞こえてくる。

 

「結論から話すと、王国のみならず周辺国家の代表──まぁ聖王国だけ代理出席だったが、その全てに現状の人類の状況を周知し、スレイン法国が掲げる諸国の同盟計画について賛同を得られた。既に各国印象も得ている」

 

「おぉ」

 

 オルカーが皆に見える形で、国璽の押された公文書を掲げる。それは法国の目指す人類の平穏への一歩──それが大きく踏み出されたということに他ならない。

 

「今回の件、我々だけでは到底なし得なかっただろう。全ては神の思し召し、と感謝しなければならない」

 

「無論だとも。そして、これは大いなる転機でもあると考える。私が言いたいのは、人類が同じ目線で一部分的にでも団結できたというこの奇跡を、法国としても無駄にするようなことは決してあってはならないということだ」

 

 最高神官長に続く闇の神官長グレームのその物言いに関しても、周りの者達はうんうんと強く賛同するよう何度も頷く。

 

「王国や帝国も──少しずつではありますが、今回の件を経て動き始めてはいるようですね」

 

 資料を片手で持ち上げながら、司法の長である老人もまた、これからの人類への期待を隠さず発言する。

 

 そう、彼の言う通り──法国に隣接する周辺国家の中でも大規模な国家である王国と帝国は既にこの転機を重要視し、それぞれの国益を追求すべく漸進していた。

 

 例えばだが王国では国王主導のもと、宮廷舞踏会の後片付けと並行して法国からの援助を受けるための枠組み準備やその相談を行ってきている。それはまだ王国が追い付いていなかった部分──治安の向上や農村管理などを効率的に推進し、将来的に国力を安定させる一助となるだろう。

 また、帝国も同様だ。帝国では王国の抱える問題が大方クリアされていることもあるので、恐らく更にその先──教育機関の充実や軍の整備、またその人材の取引を経て、法国により近付こうとする動きが今後の取り組みとして考えられる。

 

 こう話すと法国がただ施し、逆に他国が一方的に利を確保する内容に聞こえてしまうが、無論、どちらも人類救済を掲げる法国にとっては悪くない話だ。それこそ周辺国家が成長するということは、それによる恩恵もまた法国が受けられる──また、そのように進められるということ。法国が今まで裏で育ててきた冒険者などが良い例だろう。……ただしこれはあくまでお互いが有効にリソースを使った場合の話なのは言うまでもない。

 

「長い目で様子は見ていくとして、そういえばまだ風花は引き上げさせていないのですよね?」

 

「あぁ。まぁ……今後裏で情報を操作する機会も減るやもしれんが、そういった手段を減らすには早いと、私は考えている」

 

 今まであらゆる時代において風化聖典を介し最前線の暗い部分を見てきた風の神官長。その慎重な物言いに、隣にいた火の神官長も反論の気配はない。

 

「確かにな。王国に関しても、まだ先の件から立ち直りの最中に見える。全く信用していない訳ではないが、油断はできない」

 

「言い換えれば今後の我々の見方にも改善の余地があるのでしょうな」

 

 そうして会話が一周する。オルカーはそれを確認するなり、資料を手元に置いてから締めくくる。

 

「話が終わりであれば本件は以上となる。他にあるものは?」

 

 特に声は上がらない。この場の最高権力者である彼は「では」と続けて場を進行する。

 

 

 

「議題を進めよう。次は──神であるツクヨミ様に関する内容である」

 

 

 

 オルカーがそう言うや否や、先ほど以上に場の空気が引き締まる。

 

「ツクヨミ様から先日、珍しく国外に出たいという御申し出を承った。……内容としては王国のトブの大森林にいるという強大な魔獣の友人に一日会われるということだ。手続きは水の神官長に一任していたが」

 

「はい。言うまでもなく既に完了しております」

 

「当然だな」

 

「しかしトブの大森林、あの未開の地の強大な魔獣じゃったか。……儂も昔から噂に聞いたことはあるがのう。まさかその主を神が従わせていたのか?」

 

「恐らくそのようですな。まぁツクヨミ様の遠謀が相当なものなのは、もはや疑うまでもないこと。今回の一件も未来の人類のことを見据えた内容なのは確かかと」

 

「人類……いや、神はその先を見られているという話だ。にも関わらず今回の神の活動を我々が矮小なものとして測るのは、法国上層部として恥ずべきことだろう」

 

 その場にいる全員が黙り込み、先日神が言っていたということを頭の中に反芻する。人類だけでなく……手を取り合える者すべてを将来的に救うのだという慈悲深き言を。

 

「とりあえず本件が最優先事項なのは間違いない。至急ツクヨミ様にお伝えすることとしよう。……そういえば今ツクヨミ様は?」

 

「かの神器を使われて()()まで出られていたかと。今から伝えにいきましょうか」

 

「それがよい。では闇の神官長、第一席次を向かわせよ。そして水の神官長も準備するように」

 

 つまりは状況報告。そして神が命じられれば、即座に動けるように──

 そういった訳で神官長会議中ではあるが、二人は厳かに立ち上がり、一礼の後中座する。あとはまぁそれほど彼らにとって大きな話題はない。

 

「では残りの者で続きを話そう。近日の国内の要人対処の件だが──」

 

 そうして、会議の盛り上がりは収束した。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「ふん。ようやく我が前に現れたか愚か者め。今日こそ我が王なる力に屈服するがいい」

 

 柔らかな日の光が差す法国の南方。現在、ツクヨミが仕事の合間で訪れているエイヴァーシャー大森林の上部に位置するこの場所は、先日のエルフ王との大戦の後に整備された、法国の新たな小拠点の一つであった。

 

 元々、法国は四方八方に対亜人・対モンスター用の拠点を多く構えている。

 

 この小拠点はそういった主要な地を中継するために過去建てられた無人の塔や小規模の建物群をツクヨミが最高神官長に借りて作成したものであり、短期で用意したにしては規模も頑強さもそれなりのものがある。

 

 そして何よりの特徴としてこの地にはツクヨミの召喚したLv80を超える眷属が八体と、つい先日神都から送られてきたという鷲馬(ヒポグリフ)──比較的飼いやすいので研究されているらしい──が二頭ほど住んでおり、それら計10体が昼夜問わず内部を巡回することによって、周辺国家の危険分子筆頭格であるエルフ王──デケム・ホウガンとその取り巻きを国内で安全に隔離することに成功していた。

 

 コホン。

 

 ただし、それも万能ではないようだ。

 今、ツクヨミの前には塔から意気揚々と飛び出してきたデケムと、それに付き従う森妖精(エルフ)国の元戦士達が立っていた。当然装備などはここに来た時点で全て没収しているが、デケムは待ちに待った機会と言わんばかりにやる気満々。そして元々の性か──森妖精(エルフ)の近衛騎士長なども互いに目配せしたのち、意を決してこちらに突っ込んできていた。勿論、更生用の農具を構えた姿でである。

 

「我らが王に続けっ!」

 

 

「……グリフ」

 

 だが、申し訳ないがツクヨミも別に彼らと戦いに来た訳ではない。端的に言えばこの地の偵察に来ただけであり、先程まで入り口近くのハンゾウと話し込んでいた身だった。

 

 ツクヨミは隣に立つ巨体──空の支配者たる古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)にぱたぱたと手早くジェスチャーを行う。するとたちまち古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)は察したように、その巨大な翼を一度だけ前に羽ばたかせる。

 

 たったそれだけの所作で、デケムを除く悪党どもは酷い体勢で四方に霧散していった。ちなみにグリフというのは本当にそのまま名付けた彼の呼称である。

 

「ふん。所詮は雑魚共か。だが、選ばれし強者である私に手抜きの小細工は通じん」

 

「……」

 

「私をこのような場所に閉じ込めて勝ったつもりかもしれんが、あまりにも甘い。……一応契約に則って言うことは聞いてやっている訳だが、この前の戦いとて油断しただけに過ぎないのだ。我が国の愚民どもも、そろそろ私の帰還を待っている頃合いだろう」

 

「いや、まぁ」

 

 あまりにも得意満面なデケム。

 いかに邪知暴虐な王とはいえ、そこまで純粋に言い切られると『森妖精(エルフ)の人たち前より元気そうにやってますよ』とは中々言い辛い。ただ、そんな風に言い淀むこちらを見てデケムは気を良くしたのか、片側の口角を上げながら詠唱準備に入ってきた。

 

(見張りの者達は……)

 

 デケムの背後に目を向ければ、塔から降りてきたカシンコジと門の辺りから急いでやってくるグランドアーマーが見える。しかしすぐに参戦は難しいだろう。

 ならばツクヨミも腹を決める。

 

精霊の相(アスペクト・オブ・エレメンタル)、更に──」

 

 デケムが追加で魔法を発動させようとする。だが、ツクヨミはそれを見て一瞬で横に駆け出す。

 前回とは違い相手の底が見えた戦いである。ならばもう……早々に終わらせてしまえばよい。

 

加速(ヘイスト)天界の気(ヘブンリィ・オーラ)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)

 

 ツクヨミは元々聖戦士の職業系統であり、防御を極めた聖騎士(パラディン)の逆──身軽さと攻撃力を追求した神聖剣士(ホーリー・フェンサー)を選択しているめ、通常の近接職よりバフ関係の魔法は多く習得していた。

 更に普段装備している神器級(ゴッズ)の聖衣。実はこれは各種耐性を強化するほか、メインウェポンである付与(エンチャント)含むそれぞれのバフ効果を増強するデータクリスタルを多く組み込んだ仕様であり、その分防御力は同クラスの防具に劣るものの、こと"相手を上から攻撃すること"に関しては無類の強さを発揮する。

 

 またユグドラシルの装備には能力を付与することが可能である。武器などは特に分かりやすく、例えば4時間ごとに5回まで不死者創造(クリエイト・アンデッド)を使用者の職業関係なく発動する能力だったり、費用対効果は悪いがそういった小技を仕込みまくることもできた。

 

 まぁツクヨミの装備は純粋な性能重視であり、そういった能力はそれほど備わっていないのだが、一部──特殊技能(スキル)以外の秘策というものも持ち合わせている。

 

「うっ。ちょこまかと。陽光爆裂(シャイニング・バースト)!」

 

星幽界移転(アストラル・トランス)

 

 ツクヨミの身体が一瞬で移動する。……ただしこれにも欠点というものはあり、中でも大きいのは専門職と違って強化が基本受けられないため対応する妨害を受けやすく、その効力も比較的小さいということ。尤も、デケム程度の相手であれば全く関係ない話であるが。

 

 そのままツクヨミはデケムとの距離を一瞬で詰め切る。これにて勝負はほぼ決した。

 

「こ、来い! 最強の魔獣ベヒ──」

「それは止めてください」

 

「ぐぼぉぁ!!!」

 

 慌てたデケムは咄嗟に根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を召喚しようとしていたが、ツクヨミは圧倒的フィジカルに物を言わせLv100タックル+攻撃特殊技能(スキル)を発動し──けたたましい音と共にデケムを遠くの壁に叩きつけた。……見れば勢いが良すぎて壁が大破している。

 

「う……焦って力入れ過ぎたな」

 

 言ってみれば裸のチンピラを装甲車で吹き飛ばしたようなものだ。

 ツクヨミはそんな戦い方と建物を一部破損させてしまったことに引け目を感じたが、急ぎ寄ってきたグランドアーマー二体──それらが気絶したデケムを容赦なく中に連行していく光景だけ見送ってから、その場を後にした。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 さて、それからグリーンシークレットハウスで建てた自分の隠れ家にツクヨミが戻っていた時のことである──

 

(第一席次……様?)

 

 見れば白と黒が特徴的な鎧を着こんだ漆黒聖典第一席次が、グリーンシークレットハウスの前に立っていた。

 スレイン法国でも指折りの猛者である隊長。彼はツクヨミを視認するなり膝を折り、その(こうべ)を垂れる。

 

「神よ。お取込中のところ申し訳ございません。先日の御友人の一件で報告にあがりました」

 

「あ、わざわざすみません。どうぞ中へ」

 

 ツクヨミは手招くようにし、変幻自在の大きさを持つグリーンシークレットハウス内へ第一席次と共に入室する。前回伝えていた内容に進展があったのだろう。

 外では古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)が羽休めに入っていた。

 

「失礼いたします。……さて。早速内容を申し上げますと、手続き的な準備は既に完了いたしました。よっていつでも出られます」

 

「え……。も、もうですか?」

 

「はい」

 

 これにはツクヨミも絶句する。何故なら、まだそれはお願いしてから一週間とて経っていない案件。それがここまでトントン拍子だと、逆に『思ったより要人の入国申請とは簡単なものなのか?』と勘違いしそうになる。

 

(ま、まぁ行先が森だからかな?)

 

 とはいえ、そういうことなら話は早い。

 ツクヨミがちらりと隣の転移門(ゲート)に目を向けると、こちらの顔色を窺っていた第一席次も続けて口を開く。

 

「大神殿には水の神官長も待機しておりますが……このまま行かれますか? 詳細は彼らが存じておられるかと思いますが」

 

「そうですね。では、来て早々で申し訳ないですが、一旦戻りましょうか」

 

 そうしてツクヨミはグリーンシークレットハウス内に設置してある転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)由来の転移門(ゲート)をくぐる。扉の裏に隠密していたハンゾウ。それに少しの間、また留守にすると伝えて──

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

「すみません、戻りました」

 

 大神殿の二階に戻ると、そこにはいつもの正装を着た水の神官長が立っていた。彼は青い衣装の裾を折り畳み、深く一礼してくる。ただしその皺混じりの顔に浮かぶ表情は少年のように生き生きとしており、とても高齢の人間とは思えない。

 

「神よ。大神殿への御戻りに深い感謝を申し上げます」

 

「いえ。こちらこそ先の件の手続きなど本当にありがとうございます」

 

「とんでもございません。さて、その御様子だと話は伺っていることと存じます。結論、既に準備は完了しており、いつでも出られる状態ではあります。番外席次も呼べばすぐかと。如何いたしましょうか」

 

「あ、アリシアも一緒に行けることになったのですね。良かったです。それなら、そうですね……」

 

 ツクヨミは隣の巨大な窓を見やる。青白い光は普段から薄暗い大神殿内を今まさに照らしており、まだ時刻的には余裕があることを知らせている。このまま行くというのも悪くないだろう。しかし、その前に尋ねておいた方が良さそうなことがツクヨミの頭にふと(よぎ)った。

 

「移動手段については正直悩んでいるのですが、このまま出てもよいかな……とは思っています。ただ、その前に一点だけお聞きしておきたいことが」

 

「何でしょう」

 

「はい。というのも、法国として今困っていることとか、直近の残件が無いかを気にしています。そっちの方がずっと大事ですからね。……水の神官長様、いかがでしょうか?」

 

 彼らの速度感を考えるとツクヨミのほんのただの私事が、勘違いによりとんでもない大事として優先されている可能性がある。それは出来れば避けたかった。

 

「ツ、ツクヨミ様……」

 

 そして案の定か水の神官長は謎に感極まった後、考え込むように体を横に向け、外を見やった。

 ひとしきり悩んだ後、彼は意を決したように口を開く。

 

「直近の問題は例えあったとしてもその殆どが収束に向かっております。そのため、本当は神が御気にされる内容はない……と断言したいところなのですが、正直に申し上げますと一点だけ──国内で要人が来ている件で困った揉め事がございます」

 

「それはどのような?」

 

「……フールーダ・パラダイン。彼の御仁がツクヨミ様ともう一度会いたいと言って聞かず、あろうことか神都まで来ているのですね」

 

 苦虫を嚙み潰したように水の神官長はその口を動かす。どうやら今回の宮廷舞踏会で帝国とも良い関係を築いた後のタイミングだからこそ、神に断りなく──不敬を理由に強制退去させるべきか悩んでいたらしい。

 

「なるほど。そんなことが」

 

 そしてそれを聞いたツクヨミもまた顎に手をやりながら考える。パラダイン氏の思惑は分からないが、前回のパレードの不祥事を考えると大体魔法絡みだろうと推察はできる。

 

(魔法か)

 

 そこで──妙案を思いついた。

 

「それなら良いことを思いつきました。……神官長様、ちなみになのですが、パラダイン様も我々と一緒に大森林に連れていくと言ったら、それは可能ですか?」

 

「可能不可能で言えば可能でしょう。厳密には帝国の要人であるフールーダ・パラダインを王国内に勝手にお連れするのは政務者として少々際どくはありますが、今回は行き先がトブの大森林。街に入るようなことがないのであれば猶更、事後報告でもウィリアム殿はきっと御許しになるでしょう。しかし何故ゆえにあの男を連れて行くのです?」

 

「それは──これが使えると思ったからですね」

 

 ツクヨミはアイテムボックスからとある巻物(スクロール)を徐に取りだす。

 そして同時にもう片方の手に、青色に輝く水晶も取り出して、水の神官長に見せるように持ちあげる。

 

「これは高位の転移魔法が封じられた巻物(スクロール)。適性は必要ですが、大魔術師とも謳われるパラダイン氏であればきっと容易に使用できるでしょう。それは魔封じの水晶を使うよりずっとお手軽です。それにパラダイン様も私の魔法の知識が目当てであれば、恐らく私に付いてくるのが一番御眼鏡に適うと思うのです」

 

「なるほど……。流石は我らが神。そこまで読んでのことでしたか」

 

 水の神官長はもはや何も言うことはなかった。ただ、ツクヨミの『諸々の経費浮かせ作戦』には感銘を受けてくれたらしい。

 

(元々、私とアリシアの二人くらいなら古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)に乗せて往復でも良かったけど、水の神官長様もお連れになるなら、やっぱり転移魔法が移動時間的にも丸いよね)

 

 そうしてツクヨミが隠密外套(ステルス・ローブ)を手に持ったのと同時に、ちょうどいいタイミングで廊下の奥から猛スピードで小さな影も迫ってくる。

 

「二人とも遅ーーい!!! 早く行こうよ!!」

 

「ご、ごめんアリシア」

 

 法国秘匿の存在たる番外席次はもう行く気満々らしい。ちなみにアリシアが秘匿されていたのにはそれはもう複雑な事情があったのだが、ツクヨミの降臨によりそれも比較的小さな事情になりつつあるので、今回は慎重に強行している。

 ツクヨミは保護者としてそんな友人に注意事項も伝えたのち、久しぶりににこりと口元に笑みを浮かべて続けた。

 

「じゃあ、そろそろ向かいましょうか。──まずはパラダイン様を拾いに」

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「し、師よ。やはり……皇帝陛下に断りなく来たのは不味かったのでは?」

 

「ふぅむ」

 

 法国の美しい街並みの一角、北境より南下した神都の最高級宿屋にて、帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダとその弟子二名は、珍しく暗礁に乗り上げたような風体で佇んでいた。

 

 まぁそれは当然の成り行きである。何故なら彼らは同盟国間の文化交流として何とか入国は許されている立場ではあるものの、法国の招待客でも何でもない。皇帝の後ろ盾もなく、加えて過去に法国の象徴たる神相手にやらかしているフールーダに対し、まともに取り合ってくれる上層部の人間など皆無であった。

 ただ、それでも狂人たるフールーダは断固として椅子から離れようとはしない。

 

「私は諦めんぞ」

 

「パ、パラダイン様。し、しかし……。確かに我々は魔法の深淵を覗くため、ここまで来ました。その思いを曲げられない気持ちは重々承知しておりますし、私も見てはみたいです。ただ、やはり法国の神に会うなど不可能ですよ」

 

「私も同感です……。また皇帝陛下に怒られる前に帰りましょう。ほら、なんか別の客の方もこちらに来てるみたいですし」

 

 弟子の一人がそう言うと、広間の端に当たるこの場所──高級な仕切りの立っているこの机に近づいてくる足音が響いた。

 

「それでさー、ツクちゃーん。私はねー、隊長にがつんと言ってやったんだよー。でも、全然仏頂面治んなくてさー」

「ア、アリシア。その呼び方、外では止めて欲しいな……」

「ツクヨミ様。着きました」

 

 小さな話し声。あまりよく聞き取れなかった三人だったが、その前に──話し声の正体となる存在達が現れる。

 一人は小さな少女だ。整った顔立ちと雨具のようなコートを着た異様な外観に度肝を抜かれる。

 そしてもう一人は青い風貌の男。帽子は付けていないが、神官か何かだろう。

 

 最後の一人に関しては──

 

 

「え、滅茶苦茶美人……」

 

 としか言いようがなかった。見れば灰色のローブを全身に纏っており、その隙間からは豪華絢爛な白い衣装がはみ出ていた。

 だが、そんな彼らを驚嘆させたのはフールーダの一言だろう。

 

「なんと……。そちら側から来てくださるとは」

 

「は……? パ、パラダイン様。この方たちはどなたで?」

 

「すみません。申し遅れましたが、ツクヨミと申します」

 

「!?!?」

 

 流石に帝国所属の彼らとてその名を知らないほど世間知らずではない。

 当然ながら、絶句する弟子たち。だが、フールーダは全く別方向の発言を繰り出した。

 

「来てくださったこと、本当に感謝いたします。ただ、やはり神は、私が前にも()()通り、魔法詠唱者(マジックキャスター)ではあられないようですね……」

 

「し、師よ! 気にすることはもっと別にあるでしょう!?」

 

「……パラダイン様は魔力が見えるのですか?」

 

「はい。私の生まれながらの異能(タレント)は他者の魔力量をこの目で"見る"力。申し訳ないのですが、神に魔力が見られなかったので、つい」

 

 フールーダは明らかにテンションが下がったようにしょんぼりとした顔を三人組に向ける。当然、その態度に水の神官長が内心ぶちぎれていたりするのだが、ツクヨミが次に取った行動は意外なものだった。

 

「あー、多分これの影響ですね。これだとどうです?」

 

 そう言ってツクヨミが突然()()()()の指輪を外しだす。すると──途端に周りの空気が変わる。

 

「!?!? な、な、なんとぉぉぉ!?」

 

 そんな状況で、打って変わったように最初に騒ぎ出したのがフールーダだ。他に客らしい客はいないようだが、声がでかすぎてツクヨミも落ち着いてくれといった雰囲気を醸している。

 

「こんなことがあるのか! すまないがもっと見せてくれ」

 

 そうして立ち上がり、勢い余って地面に倒れ込むフールーダ。だが四つん這いになった次の瞬間には彼は奇声をあげていた。

 

「わはははははっ!!! こぉれは凄い! なんだこれはぁぁぁ!?!? 少なくとも私の知っているそれではない! 十位階? いや分からん! 根本的に魔力が違うのか? いやそうか──!!」

 

「──つまりは魔力の飛沫から別け出たもの。きっと元は同じなのだっ!!!」

 

「パラダイン様、すみません。あまり目立ちたくないので、あまり大声を出さないでいただけますと助かります」

 

 そして苦言を呈されていた。

 

 ──

 ──

 

「それでですね。実はここまで来ていただいたパラダイン様にお願いがあるのです」

 

「何でしょう。なんなりとお申し付けください」

 

 もはや別人レベルに豹変したフールーダにツクヨミが告げる。それは今回彼らが帝国の三人に会いに来た理由である。

 

 内容としては、『これから法国の事情でトブの大森林に向かうので、魔法の実験も兼ねて転移の魔法の巻物(スクロール)を試したい』ということだった。当然、そんな願ってもない依頼にフールーダが喰いつかない筈が無かった。

 

「これなのですが、使えそうですかね」

 

「ぁぁぁあぁ!?!? それはまさか!! 転移の巻物(スクロール)!? それも私が使える魔法よりずっと上の物に見えるっ!」

 

「し、師よ。そ、そんなに凄い物なのですか……これは?」

 

「馬鹿者! 凄いなんてものじゃない! これは恐らく第七位階以上の魔法。こんな逸物、世界のどこを探しても見つからんぞっ!」

 

 唾を飛ばすフールーダは象牙色のローブで弟子を叩くと、差し出された巻物(スクロール)に頬ずりする。そして本当に使わないといけないのかと逆に嘆願し始めた。

 

「いや、いっぱいあるので大丈夫ですよ。それより転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)も準備したいのですよね。水の神官長様、安全な個室は近くにありますかね?」

 

「はい、ではこちらへ」

 

 そんな規格外の会話をするスレイン法国の面々。フールーダは当然失神しかけていたが、その弟子達も魔法に精通しているからこそ、フールーダが先ほど発狂していた理由を理解し始めていた。

 

 そうして二階の鍵付き個室──最高級宿屋のためかなり広々としている──に集まった六名は転移魔法発動の準備を始めた。これはそんな……国家間を超えたほんのひと時の冒険の始まりであった。

 

「いざ。トブの大森林へ!」

 

 

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