Moon Light   作:イカーナ

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50.トブへの再訪(2)

 

 

「よっと」

 

 

 さて──

 

 食事を終え、一通り顔合わせを済ませた一行だが、善良な村人たちと別れてからは、この森の中の拠点で思い思いに過ごすこととなった。

 

 例えばツクヨミだが、あれから拠点の内部をぐるりと見て回った後、ハムスケと──いつの間にかその巨体の背に乗っていたアリシアと一緒に、ゴブリン達が制作したという自分の像がある中央広間へと足を運んでいた。

 

 アリシアは石造の前に到着するとハムスケの体毛を滑り落ちるようにし、興味津々な表情でそれを()()()()

 

「すっご! ツクちゃんじゃんっ!」

 

 アリシアが嬉しそうな声と共にこちらに振り向くのを見て、ツクヨミもまた歯切れの悪い感じで笑みを浮かべる。半分、苦笑いといったところだ。

 

「いや、ほんとにね……」

 

 目の前の石造。それは下から上までで2mはありそうな、岩を削って作られたツクヨミの胸像であった。

 第一印象としては、精巧──という他なく、台座部分など作り込まれていない部分こそあれど、当時ツクヨミが着用していた白のケープや、特徴的な長い髪が一目で分かるほどダイナミックに表現されていて、その正確無比さがかえって恐ろしいほどだった。

 

(ここにはゴブリンの巨匠でもいんのかな……)

 

 そんな本人無許可の石造が思った以上に凄すぎて、ツクヨミ自身何とも言えなくなっている、というのが端的な心境である。ただし、こういった美術品のようなもの自体はツクヨミも嫌いではない。

 

 ……自分も元々、ユグドラシルという自由度が極限まで高いゲームをやっていたような人種だ。

 

 装備の見た目や名前に凝るのは日常だったし、ツクヨミは所有していなかったが──作り込んだ拠点を自慢する者達も少なくは無かった。やり込みプレイヤーの中でも『クラフト』を極めんとしていた職人たちのことだ。

 

 

「ふふん。中々の出来であろう? 実はそれがしも、アゼルリシア山脈の麓で岩を削りだすのを手伝っていたでござる」

 

「……貴方も共犯でしたか」

 

 

 ただ──それでも在りし日を思い出すように隣で誇らしげな表情を披露するハムスケを見ると、呆れを通り越して諦めの感情が浮かんでくるものだ。

 

 まぁ、それもその通りで、今更作ってしまったものにあれやこれや言っても仕方がない。それがたとえ小市民的な感性からすると、羞恥心で死にたくなるようなもの(自分の胸像)であったとしても。

 

(いや、寧ろ私の為に作ってくれたんだ。そう考えると感謝しかない……)

 

 日夜 石ノミを片手に汗を流すゴブリンの姿を想像すれば、如何に冷徹な者も心打たれるだろう。

 ツクヨミはそんなどこかのゴブリンに深い感謝をしつつ、この場をそそくさと離れようとする──

 

 

「ツクヨミ様。遅ればせながら参上いたしました。しかし、素晴らしいですね」

 

 

 だが──それより先に後ろからやってきた水の神官長によりそれは阻まれる。彼はもはや拍手さえしそうな様相で、その場でゆっくりと語らい始めたのだ。

 

 

「亜人たるゴブリン。彼らがここまで精巧な彫刻を作る、というのは実は私も今まで聞いたことがございません。先ほども直接会話に参加させていただきましたが、今回の件は長らく人類の守護者として法国を纏めてきた者としても、本当に勉強になりました」

 

 ……

 

「我らが偉大な神。その巍然(ぎぜん)たる御姿の華々しさ、そして水流の如き清らかさ。そういった素晴らしさはきっと誰しもが感じ入るものなのだと、この水の神官長も確信いたしました。許されるならば──この像を法国の神殿に飾りたいほどです」

 

 滔々と続ける水の神官長にハムスケが待ったをかける。

 

「姫の御友人殿。気持ちは嬉しいでござるが、ここの像はすまぬが非売品でござるよ……。勝手に売ってしまったら、それこそ末代までゴブリン達に恨まれてしまうのは間違いないでござるからなぁ」

 

「神の友人などとんでもございません」

 

「そうだよハムちゃん! 水の神官長は水の神官長だよっ」

 

「そうでござるか? まぁ、それならそれで売るのはご免でござる」

 

「うぅ……()()がいたい」

 

 ツクヨミは彼らの奔放さに本来感じることのないであろう軽い眩暈と頭の痛みを感じて、そっと頭を抱える。ただ、それがぽろっと口から出てしまったものだから、今度ははっとした水の神官長が慌て始めた。

 

「ツ、ツクヨミ様、大丈夫でしょうか!? 具合があまり宜しくないご様子で……。すぐに何か持ってまいります。番外席次よ、行きますよ!!」

 

「ええ!?」

 

 いつにも増して過保護な彼らは、それから急いでグリーンシークレットハウスのある方面へと戻っていく。そうしてこの場にはツクヨミとハムスケ、そして目立つように空からの日光を浴びる胸像だけが残った。

 

「姫、大丈夫でござるか?」

 

「え、ええ。全然元気ですのでお気になさらずです。私の方こそ、毎度お騒がせしてすみません……」

 

「とんでもないでござる。それがしも偶に食べ過ぎで、体が変になることもあるでござるからな」

 

 ふふん! とつぶらな瞳を瞑るハムスケに、ツクヨミもどうしようもなく笑ってしまう。勿論こういった底抜けの明るさと純粋さが彼女の素晴らしいところだろう。

 ツクヨミは石造に近づいて、ひらひらと舞っているように見える懐かしきケープをそっと撫でる。そうしていると隣でこちらに巨体を向けているハムスケが何気ない感じで話し出した。

 

「しかしあれでござるな。姫も良い仲間に恵まれたでござるなっ」

 

「……はい。本当にハムスケさんの仰られる通りです。思えば私が今日ここに来られたのも皆さまのお陰でしたからね。私の願いも思ったよりずっと順調で」

 

「そうでござったか! なら、それがしも後で直接お礼を言いに行くでござるっ」

 

「そ、それはちょっと──逆に向こうが困るかもです」

 

「な、そうなのでござるか!? 難しいでござるぅ」

 

 わたわたと動きながら眉を落とすハムスケ。見るに少し調子を落としてしまったようだ。

 

 何はともあれそろそろ引き返し時だろう。

 それからは今までのことを話したり、逆にハムスケたちの近況を聞いたりしながら、来た道を戻った。

 

 まだまだこうして人類と亜人、そして異形種が手を取り合える時は──法国の人類至上主義っぷりを見ていると遠いかもしれない。ただ、それでもツクヨミは出来る限りのことはしていこうと、その瞳の奥にある彼らの輝きをそっと胸にしまった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「我が師。そして法国の偉大なる神よ。愚かな私にどうか知恵をお授けくださいぃぃぃいい!」

 

 それからのことを話そう。

 

 一度拠点内を見て回り入り口まで戻った後──帰るまでにはまだ少し時間があったので──自由時間としてアリシアをゴブリン達と遊ばせてあげたり、ハムスケと拠点内で競争させてあげたりした。

 

 そしてその間に、ツクヨミはというと小さな近くの泉を利用してそこで軽く水浴びなどを行わせてもらった。

 

 本当は昔旅をしている頃に知った温泉、暖かな湯を大自然に張り、そこで優雅に寛いだりしたかったのだが、環境準備が大変すぎるのと流石に油断しすぎなこともあり、敢え無く断念した。ちなみにツクヨミの水浴び中も水の神官長とゴブリンリーダーが血眼で外を見張っていたという。

 

 そんなこんなで時間を潰していると、まだ日が短いこともあって空には赤み掛かった太陽が近づいてきたので、一行は疲れを癒すべくグリーンシークレットハウス内に集まってきた──というのが現状である。ハムスケについては外でいびきをかいて寝ている様子だ。

 

 

「ちょちょ、落ち着いてください」

 

 

 そして今のツクヨミだが、象牙色のローブを身にまとった大魔法使いであるフールーダに必死の形相で詰められていた。

 

 というのも食後、フールーダとその高弟を放置しすぎていた。理由としては彼らがゴブリンに頻繁に絡まれていたこともあったが、そうした状況から魔法の深淵を覗きたい一心のフールーダの欲が爆発。もはや部屋内から逃げられない状況となっている。

 

「神がいけないのです。私に特異な魔力と素晴らしき魔法の巻物(スクロール)をお見せし──そこまでしておいて、こうもお預けするのですから」

 

「そ、その言い方止めてください。わ、分かりました。パラダイン様には今回の旅では大変助けられましたし、私も少し配慮が至りませんでした。なので」

 

 そこまで言うとツクヨミは後ろを向き、中空からアイテムボックス内を探る。

 

(元々何か差し上げようとは思ってたけど……。どういうのが良いかねぇ)

 

 友好の証といっても、あまり強力すぎるアイテムだと国家的な観点から問題があるだろうし、かといってゴミアイテムを押し付けるのも不義理というやつだろう。

 

 ツクヨミは丁度良さそうなアイテムを見つけ、それを取り出して見せる。

 

「これを差し上げましょう」

 

「こ、こちらは……?」

 

「私の世界での魔法辞典です。中身は簡易的なものですが、読み物としてはそれなりに面白いかと」

 

「お、おぉぉ!」

 

 魔法辞典……とは言ったが、内容としては魔法のガイドブックのような物であるそれをフールーダに手渡す。このアイテムはユグドラシル内で小銭を払えば手に入れられるものであり、物としては百科事典(エンサイクロペディア)に近い。ただしあちらはゲーム開始時に自動で手に入り、プレイヤーが地道に記録していく貴重品であるのに対し、こちらは店で手に入る『初心者向けの解説本』という立ち位置だ。

 

 そのため、各系統魔法の豆知識や第七位階までの主要な魔法などが図解でちらほら載っているような代物となっている。もっとも、ユグドラシルには大手の攻略サイトが存在していたのでゲーム内でゴールドを出してまで買う人は少なかったが。

 

 フールーダは魔法の本を受け取るなり、玩具を与えられた子供のようにそれを両手で慎重に開く。だが、その表情はすぐに喜色から悲哀へと変わる。

 

「よ、読めません……」

 

「え?」

 

「我々の知る文字とは違うようで」

 

 なるほど。ツクヨミはこの世界に来たばかりの頃を思い出し、フールーダから一時本を拝借してから地面に置かれた机に向かった。

 

「了解しました。では、ちょっと簡単にはなりますが、別の紙に翻訳を書いておきましょう」

 

 ツクヨミはペンと、この世界由来の羊皮紙。そしてユグドラシル産の銀の眼鏡を取り出す。

 そう、一応ツクヨミは過去自力で生活していたこともあり、この世界の文字も日本語のどちらも──完璧ではないが読み書きができた。翻訳の眼鏡は少々貴重なのでおいそれと渡せないが、基本的な文法や単語を翻訳したものであれば渡せるだろう、そういった算段だった。

 

 そうして紙に公用語による本の冒頭の翻訳内容と基本的な文法の対応を書き連ねていると、意外にもそれに喰いついたのが台所で待機していた水の神官長だった。

 

「か、神よ。作業中のところ大変申し訳ございません」

 

「これは水の神官長様。どうかされましたか?」

 

「よ、宜しければなのですが、そちらの翻訳。どうか、我々にもいただければと思い……」

 

 恭しく頭を下げる水の神官長。

 どうやらスレイン法国の者として、神の国の言語を読むためのそれはあまりに貴重とのことだったらしい。

 当然断る理由もないので、ツクヨミは座ったまま頷く。

 

「分かりました。では、同じような物を二枚用意いたしますね」

「畏れ入ります」

 

 そうして一時間ほど。

 全てを網羅的に記載するのは時間的に不可能なので、概念・文化の違いなど特に複雑なところは意訳的に記したそれをフールーダに渡す。完全にLv100脳の恩恵だが、後で水の神官長にも渡すつもりだ。

 フールーダはそれを受け取り、ぶるぶると震えながら本の冒頭を早速読み始める。

 

「全部は無理でしたので細かい部分は、ちょっと大変ですが補完いただければと……」

 

「そうか、ここはそういうことか。素晴らしい……これは素晴らしすぎるっ!! 神よ。畏れながら私はもう帝国を捨て、法国に行く覚悟がございます」

 

「え……」

 

「願わくば一生。いえ、永遠にっ。私に魔法を教えてくだされば!! 長寿の儀が必要あらば即座に! 何卒、何卒ぉぉぉ!!」

 

「師よ。流石にそろそろ帰りますよ……!」

 

 何かに火がついてしまったフールーダ。だが、弟子たちにも流石にこのままだとヤバいと思われたのか、無理やり引き剥がされ、彼は外へと引きずられていった。最後は呆気なかったが、これにて帝国の人々との旅もひと段落となる。

 

「ふぅ。何とかなりましたね。では私達もぼちぼち帰りましょうか」

 

 ツクヨミは部屋にやってきたゴブリンリーダーを一度見据えてから、大鏡を取り出しながら呟いた。

 

「仰せのままに」

 

 ──願わくばこうした平和が長く続けばよいなと。

 

 そう心より願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 トブの大森林より遥か北西。

 

 高楼に差す光は同様に赤みを帯びており、夕方という人々の活動が終息していく時間帯の中で、とある男が高所から景色を見下ろしている。

 

 その時の天気は──それほど悪くないものだった。

 

「ランポッサ様、このような場所で会うとは……珍しいこともあるものですね」

 

「これは……ペスペア殿」

 

 人通りの多い王都リ・エスティーゼの一区画内での出来事である。

 宮廷舞踏会開催時とは打って変わって、慣れ親しんだような空気が漂う城下町の高楼だが、そこで仕事終わりの二人の青年が偶然にも鉢合わせていた。

 

 先に声を発したのは若き好青年であるペスペア候であり、一般的人物とは違い貴族らしい黒のスカーフと青と白を基調とした衣装を身に纏った彼はリ・エスティーゼ王国の六大貴族に名を連ねる者である。

 

 元々、広大な領地であるエ・ぺスペルを統括する格式高い貴族の出の彼は、優秀だった父を超えるほどの文武の才を持ち、類稀なる社交能力の高さと近年の情勢の流れにより、若くしてその領主の座を譲り受けたという。

 

 そんなペスペア候は柔らかい足取りでこの建物群──橋の上にある白を基調とした石造りの高殿にて、優雅に柵にもたれかかるランポッサへ続けて声を掛けた。

 

「何を見られていたのです?」

 

 するとランポッサは少し困ったように、石柵に乗せていた自身の手を離した。

 

「……いえ、まぁ大したものではございません。道行く帰りの馬車だったり、空を飛ぶ鳥であったり、どこかへ吹く風と木の葉であったり。ただ、強いて言えば久しぶりに民の様子を眺めていた、と言えば少しは聞こえは良いかもしれませんね」

 

「それは良いことです。我々も最近は忙しく、あまりこうしてゆっくりする時間もありませんから」

 

 二人は王族、六大貴族という間柄でありながらも、実は珍しく関係が良好だ。それは良くも悪くも二人が実直的な性格をしており、民の為の国づくりという一点で昔から意気投合していたこと……そして高齢な現役世代が多い城内で年齢が近いことも関係していただろう。

 そのため、ランポッサとペスペア候はこうして顔を合わせることがあれば時折会話することは珍しくなかった。

 

 改めて形式的に彼らは貴族の挨拶をその場で交わすと、再び城下町の景色へとその視線を下ろす。

 目下に映るのは重量感のある馬車と、その御者らしき者が荷物を積む様子。

 恐らく王国の辺境伯たちも既にその帰途についていることだろう。そんなことを推察しながら、ふと何の気なしにランポッサは質問する。

 

「ペスペア殿はいかがでしたか。今回──といっても少し経ってしまいましたが、宮廷舞踏会での一幕は」

 

「そうですね」

 

 六大貴族の風格は保ちつつ、ランポッサの話しぶりに合わせて彼はその口を動かす。その視線を遠い空に向けて。

 

「正直言うと驚くことばかりでした。世界はこれほど広いのかと……思い知らされるようで。まぁ一番それを思い知ってそうなのは直前までぼやいていた方々かもしれませんがね」

 

「ふふ。珍しく大胆ですな。とはいえそれには私も同意です」

 

「……最後までまとめられていた国王陛下にはとても頭が上がりません」

 

 ペスペア候は目を閉じ、全身で敬意を表しつつも、若干オーバー気味なリアクションを取る。それだけ見ると友人との何気ないやり取りのようだ。

 ただ……ある意味ではその最後の一言こそがペスペア候の最も感じていた本心であり、彼の今も後悔する念であることを、ランポッサは密かに感じ取っていた。何故ならランポッサ自身もそうだったからである。

 

「本当にその通りですね」

 

 舞踏会での苦い思い出。もしそれを彼らに語らせるなら、きっと誰もが会の最後に起こった賊とのトラブルだと言うだろう。勿論、今更それを大っぴらに語る者はこのような場でさえいない。だが、国王が一人で対処したそれは元はと言えば腐敗した貴族が引き金であり、そして最終的には大量の不審者の身柄と引き換えではあるが、苦労の末確保されたズーラーノーン幹部の一人を逃すこととなった。

 

 それを今もウィリアムが嘆いていることは、ロ・レンテ城の中では有名な話だ。

 

 コホン。

 

 だが、それももう過ぎてしまった話。ならばその罪を背負いつつも、前を向いて国を支えていくことこそが為政者として大切なことだろう。

 それを分かっているからこそ、二人も湿っぽい空気は引きずらない。

 

「あの件、何かあればと私も注視しております。有事の際は宜しくお願いいたします」

 

「こちらこそですよ、ランポッサ様。では──私も行きましょうかね」

 

 ペスペア候は明るい雰囲気で身体を軽く伸ばすと、その場を離れる素振りを見せる。ランポッサもまた「御気を付けて」と一言添えてからその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「も、戻りました。陛下」

 

 その頃、聖王国――。

 

 宮廷舞踏会後、スレイン法国が掲げる諸国の同盟計画にも賛同を表し、聖王経由で国璽を捺印(なついん)したこの国であったが、王国や帝国・法国と比べ、実はその現在の内情はあまり芳しいものではなかった。

 

 その理由としては、やはりというべきかモンスターによる領地侵犯によるものが大きく、具体的にはここ数か月に渡って聖王国近辺──特に他国への唯一の経路である北の海沿いの道に出ていたスラーシュと丘陵の亜人により、各国との国交に遅れを取っていたことがあった。聖王自らが今回の宮廷舞踏会に参加できなかったのもこれのせいだ。

 

 無論、聖王であるリエンダル・べサーレスもこれに対する対策は長らく講じており、諸外国として大きな問題とはしていなかった。

 

 そう──本来であれば、聖王国の軍と要請に応じてくれた王国の冒険者とで十分に対処される想定だったのだ。

 

 

 

 だが、実際はどうだろう。

 

 

 

 リ・エンダルは自身の今いる薄暗い神殿の一階、そこに急ぎ報告にやってきた茶髪の彼女に落ち着いた様子で返答した。聖王の周りには当然神官や聖王専属の騎士が屯し、話し合いに興じている。

 

「カストディオ、ご苦労だった。宮廷舞踏会から色々と頼ってしまっていてすまないな」

 

「とんでもございません。私は人々を守る神官団の団長ですので」

 

「そうか。……それで、どうだった?」

 

 リエンダルがそう緊張気味に問いかけると、頭に銀のカチューシャを着けたキャリスタ・カストディオはその傷のついた神官服に手を回しつつ、すぐ傍にある神殿の入り口に視線を動かした。

 

 

 

「実は少々面倒なことになっておりまして……詳しくは彼女からお聞きいただければと思います」

 

 

 

 そうして入り口からまず歩いてきたのは聖王国の兵士二人。

 そして──その間に挟まれるように立つ、額に朱の宝石の嵌め込まれた白い仮面を被る少女だった。

 

 深紅のマントを身に着けたその姿は少々怪しく、それを目にしたリエンダル近くの騎士も警戒気味に動くが、まぁ魔法詠唱者(マジックキャスター)であればこんなものだろう。少し気になるのは、そのマント部分の片側に"大きな穴"が開いていることくらいだろうか。

 

 国の代表たる聖王の前にこうした者が立つことはあまり無いことではあるものの、リエンダルはカストディオが連れてきた者としてそれほど警戒することなく彼女に問い返す。

 

「そちらの方は?」

 

「王国の方とのです。名は……イビルアイさんだとか。冒険者とは違いますが、北の海沿いで私も力を貸していただきました。あ、何度もです。そして今回は急ぎでですので一緒に来てもらいまして……」

 

「なるほど。それは──聖王としても助力感謝する。では、早速で悪いが現地の状況を教えてもらえるだろうか」

 

「うむ」

 

 

 そうして彼らにとってあまりに意味不明な状況が整理され始める。

 

 

 まずイビルアイ本人についてだが、彼女は世界を旅し、異変があればその情報を集めているとのこと。そんなイビルアイは拠点としている王都の宿にて、聖王国道沿いの異変のことを集まっていた冒険者たちから聞いた。

 

 ──特段大きな世界異変の手がかりも、することもなかった彼女はそのまま王国上部の港町に移動。そのまま救援目的で集まっていた王国の冒険者たちに遅れる形で南下したという。

 

 そして案の定そこに発生していたのは凶悪な亜人の群れだった。

 

 スラーシュを筆頭とするそれらは人間にも牙を剥いており、冒険者も苦戦を強いられていた。だが――過去魔神とも戦っているような――世界の上澄みともいえるエレメンタリストたるイビルアイの敵ではなく、一週間ほどで半数を撃退。その頃には何故か彼女は冒険者たちの間で英雄扱いされていたという。

 

「私も最初は全く長居するつもりはなかったんだがな。ただ、そんな時に奴らが現れた」

 

「奴ら?」

 

骸骨(スケルトン)だ。そこからは大変だった。亜人と合わせると思った以上に数が多くてな」

 

「ほう」

 

 しかし、そこまで語り終えると今度はカストディオが割り込んできた。

 

「イビルアイさん」

 

「まぁまぁ、それでここからが本題だ。色々探ってたら、ばったりとヤバいやつに出会った」

 

 少し息を吐いてから、イビルアイは仮面をつけ直すように軽く撫でる。

 

「恐ろしい不死(アンデッド)。恐らくはリッチ系統だっただろう。周りの()()()()()()()がそいつのことを盟主と呼んでいた」

 

「な、なんだと……」

 

 イビルアイがその名を口にした瞬間、神殿内の人間もざわつく。当然だ。それは神殿勢力の中でも忌み嫌われるズーラーノーン、そのトップたる伝説の存在だったからだ。

 しかしイビルアイは容赦なく続ける。

 

 

 

「それがこうも言っていた。『これから聖王国を滅ぼす』、とな」

 

「なっ!? 馬鹿なっ!!」

 

 

 

 それはあまりに突飛すぎる内容だった。当然、ベテランである騎士や神官も衝撃を受け叫ぶ。狂言だと思う者が半数、聞き間違いと思う者が半数だ。

 だが、そんな中でも聖王たるリエンダルは真剣に問う。

 

「その話は本当か」

 

「私に嘘をつくメリットはないな。マントもこの様だ」

 

「……カストディオは」

 

「すみません。姿までは……。ただ、不死(アンデッド)の発生はまごうことなき事実ですし、私の出席した宮廷舞踏会ではズーラーノーンによる大規模な事件が起きています。今回の彼女の実績から見ても信憑性は十分にあるかと思っております」

 

「うーむ……」

 

 リエンダルはその場で腕を組むと唸り声をあげる。それが本当だとするならば、こうしてはいられないほど重大で悍ましい事態だ。

 だが証言として少し弱いこともまた事実。どちらにせよリスクは小さくない。

 

「申し訳ない。最後に一つだけ聞かせて欲しい。貴殿はこの状況についてどう思っている」

 

「私は元々部外者だ。だが、それでも口出ししていいなら兵士や冒険者たちは下がらせるべきだろう。あそこにいても無駄死にするだけだ」

 

 そこまで聞くとリエンダルもまた強く頷く。

 恐らくイビルアイというこの者も、淡々とした印象は受けるものの非情という訳ではない。そう感じたからだ。

 

 

「……分かった。カストディオの言う状況も加味して、私も万が一の事態に備えるべきだとは思っていた。カストディオよ。出ている軍の者と王国の冒険者に事情を説明し、国内避難……もしくは帰国を通達できるか」

 

「はっ。承知いたしました」

 

「宜しいのですか!? 陛下」

 

 当然周りの者が大丈夫なのかと捲し立てる。それは現問題である安全な連絡経路の解放を遅らせることになるからだ。

 だが、リエンダルの意見は変わらない。

 

「お前たちもそのように動け。元々、亜人の発生規模も想定より大きいのだ。未来、"亜人とアンデッドの侵攻で聖王国は大きな被害を受けた"と歴史に刻まれるよりはましであろう」

 

「うぅ」

 

「カストディオ、出来ればで良いが神殿経由でスレイン法国にも情報を伝えて欲しい。同盟後いきなりというのもあれだが、もしかしたら応援が望めるかもしれない」

 

「分かりました。すぐに準備します」

 

 

 すぐに動き出す従者を見て、リエンダルも意気を込めて発言する。

 

 

「――邪悪なアンデッド等、聖王国が消し飛ばしてくれよう」

 

「……」

 

 

 そうして事態は動き出す。要件を伝え終えたイビルアイはそのまま無言で飛んでいったようだ。

 

(ズーラーノーンか)

 

 リエンダルは頭の中でストーリーを急速に組み立てる。

 ズーラーノーンだが、前提として奴らは裏の人間達だ。それが恐らく王国を通って、丘陵付近で合流を果たした。その流れで奴らは国家間の強い結びつきを感じたのだろう。

 

 焦った奴らはこのタイミングで強引にでも一国を滅ぼし、自分達の拠点とすることを画策。そういえばアンデッドには集まれば集まるほど強くなる性質があったか……。

 

 真意は分からないが、もしそういう流れであれば今回の侵攻という話も辻褄が合わないことはない。無論、そうだろうと強引に繋いだ部分もなくはないが。

 

 

 リエンダルは誰もいなくなった薄暗い神殿内を移動し、すっかり曇ってしまった外を、壁面についた大きな窓から見やる。

 

 丁度そのとき、空の上から水滴が窓へと滴った。

 

「雨」

 

 リエンダルはそれに指を這わせながら、空を見上げた。そこにあるのはただただ薄暗い曇天だった。

 

(不吉な空だ。本当にそんな恐ろしいことが? ──いや)

 

 ある意味では、自分が想像もつかないようなもっと悍ましい()()が人類に迫っているかもしれない。

 そう感じたのは、彼の気のせいだったのだろうか。

 

 

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