Moon Light   作:イカーナ

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聖王国編の映画を見てきましたが、とても楽しかったです。

そして本当に今更ですが、今話も捏造設定を多く含みます。


51.真なる竜王の目覚め

 

 プレイヤーであるツクヨミの庇護のもと、着実に勢力を拡大する周辺国家だが、当然……それを思わしく感じない存在というのも中にはいる。

 

 

 例えばズーラーノーン。反社会的組織であるそれはその筆頭だろう。

 

 

 ズーラーノーンは近年、盟主のとある企みにより起こされた組織であったが、その信者を急速に増やしていた。その思想は死が身近に満ち溢れるこの世界において、不死者たるアンデッドこそが世界の中心と教え説くのもであり、全人類も最終的には死と永遠……更に言うならば死の神たるスルシャーナの元に行き着くべきだと考えるものだった。

 

 そんな連中からすれば、同じ人類が平和の為に纏まるということさえもマイナスであったようで、今はその働きかけを邪魔すべく、長いこと姿を隠していた盟主と共に強引にも表世界に進出してこようとしている最中だ。

 

 

 そう、"人間の中での話"でそれである。

 

 

 では──他種族。今まで弱小種たる人間に優位を取り、良くも悪くも弱肉強食に興じていた者達はどうだろう。

 無論、人類の生存圏で暮らしているような知性ある亜人や魔獣の間で、そういった人間の動きを知る者はまず少ない。しかしもしそれを知っている者がいたのだとしたら、人間のそういった動きはその内情をよく知らないからこそ、思わしくないどころか"脅威"とさえ感じられたことだろう。

 

 

 宮廷舞踏会を経て人類は動き出した。けれど逆を言えば、あの夜を境に動き出したのは果たして人類だけだったのか。

 

 答えは残念ながら否であった。

 

 

 

 

 

「……ここか」

 

 

 

 

 

 高度1500m。静かに、けれども遠い地を揺らすような威圧感と獰猛さを秘めた声が天空から降り注いだ。

 

 場所は打って変わって大陸中央の名も無き雪原。その上を飛び去るように移動するのは巨大な体を持つ長老(エルダー)ドラゴンの一体であり、その呼び名を青空の竜王(ブルースカイ・ドラゴンロード)、スヴェリアー=マイロンシルクといった。

 

 スヴェリアーは空から周囲を探るように首を動かす。というのも、彼は元々この地に生息するドラゴンではなかった。

 

 彼は元々、アーグランド評議国にその拠点を置くドラゴン。更には評議国の最高地位たる永久評議員を務める者であり、本来であればリ・エスティーゼ王国の上部に位置する国会たる城から、同じく永久評議員を務めるツアーやその他の同胞と共に、亜人を多く含む国民たちを導く──そんな立ち位置にあるドラゴンだった。

 

 

 だが、結果としてそうはならず……彼はアーグランド評議国含む()()()の未来を憂いて飛び出した。

 

 

 

 その原動力は焦燥であり、怒りであり、失望──。

 

 

 というのも、スヴェリアーは宮廷舞踏会でのツアーの決定とそのスタンスに納得していない者の一体だった。

 

 知っているとは思うが、この世界で最強の竜王たるツアーは宮廷舞踏会で自分たちと同等、もしくはそれを超えるほどの力を持つ存在──ツアーはぷれいやーと呼んでいる──と直接対峙したにもかかわらず、自身の持つ武器を振るおうとはせず、あまつさえ勢力を拡大しようとする人類とぷれいやーに対する対処も一切しようとはしなかった。……今は静観の時期だと──納得しない者も説得する形で。

 

 

 

(説得された者も説得された者だ……。長年の誇りを忘れ、安易な力関係に屈するなど。だが我は違う。奴が動かぬというのなら、我が動くだけだ)

 

 

 

 スヴェリアーは今もふつふつと感じる怒りを込めた(かいな)をそっと降ろし、冷静に中央に聳える山を見上げる。

 現在スヴェリアーがやってきているのはこの世界で最も高いと言われる氷山。雪の積もるそこは天空から見ても高く、生物が住まうにはあまりに厳しい環境だ。

 

 そんな場所に彼がやってきた理由。それはここに住まうという"六竜"の一柱に会うためだ。

 

「なんとも情けない話だ」

 

 スヴェリアーは吐き捨てる。それは自分でもよく分かっている。

 自分はぷれいやーに対抗する力である始原の魔法を扱えない──つまりは真なる竜王たる存在ではない。

 ドラゴンとして比較的知恵のある彼は、恐らく通用しないであろう腕力と森祭司(ドルイド)の力だけで──かつて祖先の強大な竜王達を悉く狩り殺したという八欲王、それに比類する存在とツアーが評する者に正面から挑むことがいかに無謀かは理解していた。

 

 

 ただし、だからこそだ。

 

 

「相手は一人。ならば、ここで叩かずいつ叩くのか」

 

 

 それこそあのぷれいやーが竜王の敵わないような強力な軍勢や拠点──その仲間を揃えているというのなら、スヴェリアーとて安易な手出しが危険だというのも納得できる。だが、今のところそんな影は微塵も感じられなく、ツアーがもし協力的であったなら、こんな場所まで来ずともあんな存在如き一蹴できた可能性は多分にある。

 

 つまりは結局のところ、ツアーもその甘さから敵に懐柔されたに過ぎないのだ。

 

 そうなればもはや自分が動くしかない。中には未だ迷う盟友や、表立っては言わないものの陰ながら協力しようとする者達もいた。

 スヴェリアーはその全てを振り切り、王国を超え、竜王国を超え、更にその先──

 赤い目をした虚ろな同族が言っていた真なる竜王の眠る地まで飛来する。

 

 

 ……全てはかつての悲劇を繰り返さないために。

 

 

「急がねば」

 

 

 スヴェリアーは山の頂上に近づくと、猛吹雪に隠された一つの巨大な洞穴。そこを目掛けて、巨大な翼を最大速度で羽ばたかせた。

 

 

 ──

 

 

 スヴェリアーが足を踏み入れたのは氷に覆われた広い洞穴だった。

 洞穴の内部は一本道。けれど、道行く者を阻むように強力な冷気が流れており、ところどころ生えている青白く発光する水晶だけが薄暗い岩だらけの道を照らしていた。

 

 スヴェリアーは竜王としての強力な知覚能力と冷気に対する耐性を有しているので、生物の存在しないその洞穴の中を難なく進んでいく。

 

 そうして奥深くまで進むと、ドーム状に広がる巨大な穴倉に到着する。そこは圧倒的な巨躯を持つスヴェリアーでさえ飛び回れるくらいの広さがあり、その天井には異様な数の青白く発光する水晶が。

 そして地面には、ドラゴンの住処によくあるような財宝の山の代わりに、凍てついた無数の本が重ねられていた。その様はあまりに異様だ。

 

 

 

「……誰だ」

 

 

 

 そしてその地の主はというと更に異様な存在だった。

 この世界では上澄みの強者であるスヴェリアーをもってしても感じられる威圧感と、絶対凍土さえ凍てつかせてしまうような眼光にスヴェリアーも思わず息を呑む。

 

 それは巨大な七色の翼を持ち、鮮やかでありながら落ち着いた色味の青い鱗から腹部の赤い鱗をその身に宿す存在──

 

 

 真なる竜王、またの名を七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)

 

 

 遥かなる時代から生きている古老(エインシャント)を前に、スヴェリアーも覚悟するよう白い息を吐く。

 

「我が名はスヴェリアー=マイロンシルク。西の地のドラゴンの一体である。危急の状況ゆえ、真なる竜王たる其方と話をしたくて来たのだ」

 

 スヴェリアーが落ち着いた声でそう言うと、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)はまるで老体を起こすように寝かせていた身体を持ち上げた。

 そうして鮮やかで見事な翼を広げる彼に、スヴェリアーは滔々と告げる。

 

 

「ぷれいやーが西の辺境に現れた。相手は幸いにも一人だが、真なる竜王たるツアー……我が盟友たるツァインドルクス=ヴァイシオンは依然として動こうとしない」

 

 

 そこまで言うと七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)はようやくその重い口を開く。

 

 

「なぜ動かないのか──」

 

 

 加えてこうも言った。『西の地にある我が国、竜王国はどうなっているのか』と。

 当然、スヴェリアーは為政者として知っている現状の全てを偽りなく伝える。

 

 

「ツアーはその甘さに付け込まれた。当然竜王国も同盟を結んでいる」

 

 

 そう──彼にはそれを隠す理由も無かったのだ。

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 いつしか広い洞窟には嫌なほどの静寂が満ち溢れていた。

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は激情に狂ったか。それは断じて否である。

 ただし、よく見れば分かるほどに彼は震えていた。その震えが何なのかは……言うまでもない。

 

七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)よ。どうだ、我に協力してくれるだろうか」

 

 スヴェリアーは最後に畳みかける。もはや答えは聞くまでもないだろう。

 今生き残っている真なる竜王──彼を含めそのほぼすべては、かつての戦争に参加しなかった者だと聞いたことはある。しかしながら目の前で怨嗟の炎に焼かれるような瞳をしたドラゴンの姿を見れば、それが何かの間違いだったのだと今は確信できる。

 

「このスヴェリアー=マイロンシルクも、評議国を説得し全力で協力を約束する」

 

 

 そしてこれは言い出した側からの当然の申し出だ。しかし……

 

 

「協力は──しない」

 

 

 彼の思惑と違い、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は厳かに身体を翻した。

 

 

「なぜだ?」

 

 

 スヴェリアーは訝しげに問う。なぜ断れたのか、その背中を見た後でも全く理解ができない。

 

(竜たる誇りが欠如している? ないだろう。ならばもしや……もう対抗する力が無いと踏んで?)

 

 相手は自分より遥かに老齢の竜だ。なら、普通は年を重ねるごとに強大になっていくドラゴンであっても、年齢による何かしらの制約を受けている可能性が無いとは言い切れない。

 

 スヴェリーは動揺を押し殺し、何とか続けようとする。

 

「なら──」

 

 が、それは目の前の存在によって(おもむろ)に止められる。

 

 なぜなら直後、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は怒りを湛えた声をもって──そう、声だけで水晶の一つを叩き割り、明確な殺意を以ってそれを告げてきたからだ。

 

 この時スヴェリアーは知らなかったのだ。この世界の頂点に立つ絶対の支配者──それが抱える怒りと憎しみ、そして今なお燻るその超暴力を。

 

 

「情報を持ってきてくれたことには感謝しよう。だが、後は私だけで何とかする。……お前たちの手は借りない」

 

 ……

 

「──私は私の……私だけの方法で奴らを殲滅する。いかなる手段を取ったとしても、たった一人、逃すことは決してない。200年前、常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴン)がそうしたように、同じく残された私もその使命を、最後に必ず果たす」

 

 

 それだけ言うと、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は部屋の奥へと飛んで行く。

 

 

「しかしあの女の国は──結局使えなかったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 既にトブの大森林への遠征からは五日ほどが経過していた。

 

 遠征の言い出しっぺであったツクヨミは、大森林でハムスケやゴブリンとの再会を済ませた後、そのまま帝国の魔術師であるフールーダやその高弟とも別れ、水の神官長らと共にスレイン法国──その中心地たる神都に当然ながら戻ってきている。

 

 こちらに来てからは、仕事という面に関してはそれほど変わったことはしていない。

 

 例えば序盤の数日は、先日トブの大森林で水の神官長にあげた翻訳文の続きを他の面々にも求められて書き記したり、周辺国家の諸問題の相談を広い部屋で受けたりなど、法国としては比較的平和な日が続いた。もっとも現聖王国の件など頭の痛い問題が無い訳ではないのだが、こちらも大神殿で対処中である。

 

 

 

 ……改めてだが、今のツクヨミの神都での生活というのは、言うまでもなく一般人のそれとは違う。

 

 上記のように神として国に戴かれてからはどんな有力貴族や神官よりも立派な住む家──実際のところ大神殿自体がツクヨミの居城のような扱いを受けている──が与えられ、常に体調を気遣われ、ツクヨミ()のありとあらゆる意向が優先される。

 

 そういった、字面だけだと誰もが羨みそうな日常をここでは送らせてもらっている。

 

 ただ、これは逆もしかりで。

 

 即ち、立場が大きいからこそ大神殿から不用意に出られなかったりと、いわば自由に制限が掛かっている点も小さくはなく――自身の居室から出ずに人の手を使ってあれこれするそのライフスタイルはさながら、リアルの自宅警備員とかそっちの類に限りなく近いだろう。

 

 

(ある意味神様とはそういうものなのだろうか……)

 

 

 ただ、今日という今日に限っては違った。

 

 

「よいしょ」

 

 

 ツクヨミは手荷物を再度チェックしながら、いつもの豪華絢爛な装備の上に隠密用ローブを簡単に羽織った状態で、昨今はかなり落ち着いた状況の神都の西地区を歩いていた。また、大変珍しいことに供とする者は今日はいない。

 

(ここに来るのもなんか久しぶりだな)

 

 人気の少ない道を往来しつつ、ツクヨミは感慨深く呟く。

 昔のことを思い出すとつい気が緩んでしまいそうになる。……が、あの頃と違って今は公務中と言える状況であり、当然遊びに出てきている訳ではない。

 

 

 ツクヨミが街に出てきている理由は簡単に二つあった。

 

 

 まず一つは最近の法国内の状況を知り、大きな問題などが起こっていないか実際に確かめるため。

 

 特に今は宮廷舞踏会などを経て国家間のみならず国家そのもののあり方も見直されつつあり、周辺国家は間違いなく激動の時代を迎えつつあった。無論、その中でもスレイン法国は安定している方であるが、ツクヨミの降臨から暫く立った時期というのもあるため、街中の空気感というのはやはり気になるところだろう。

 

 正直ツクヨミも法国歴は浅い方だし、最近は大神殿に引き籠っていて肌からの情報が得られていなかったため、今回は外出ついでに観察という訳だ。

 

 

 そして二つ目はというと──ぶっちゃけこちらがメインなのだが──神官長が抱えている仕事の一つを手伝うためであった。

 

(神都にある、大きな教会からのご相談……だっけ)

 

 ツクヨミはローブの裾にしまっていたメモを確認する。その詳細な内容は後で語るが、神殿・神官といってもその役割は多くあり、中でも人々に神の偉大さを布教するための巡礼施設やそれ専門の神官も、スレイン法国内には多く存在する。

 今回はその教会にいるという著名な神父格の人物から六大神殿宛に救援……というと大げさだが──彼の身に関することで助けを求められたらしく、内容的にツクヨミが手伝えそうなことでもあったので、神官長と共にこの後、その者がいるという教会に合流予定であった。

 

 まぁ、とはいえ道中一人で来た理由を聞かれればそれは完全にツクヨミの我儘ということになる。

 

「立場上あまり良くはないんだが」

 

 ツクヨミは静かに息をつく。

 というのも最近は一人になれる時が少なく、外面を取り繕うのが常の生活であったため、街中の移動という限定的な時間の中で少しだけ息抜きをさせてもらっていた。

 

 ただし、それでもツクヨミの気質上少し張りきりすぎている部分は否めず、今日も随分早くに出てきてしまったと、町行く人の少なさから感じ入るところである。

 

(……んむ)

 

 ツクヨミが直近でこうなっている原因としては、神としての微細なストレス以上に、今起こっている聖王国の問題が関係しているだろう。

 

 ……

 

 そう、本当に色々と起こっていて頭がおかしくなるが、西の地にあるローブル聖王国は今、アンデッド教団であるズーラーノーンによる襲撃を受けた──厳密には城壁を攻められる寸前──と発表しており、悪逆非道のアンデッド対策として、スレイン法国にも聖王国から救援要請が出されていた。そして自明のことだが、それを対処するのは法国上層部であり、つまり――光の神官長や闇の神官長はそちらの対処で忙殺中。

 

 数日前には陽光聖典が聖王国へ派遣されたという話を聞いている。

 

 ただし政治的な観点もあり、大した被害が出ていない状況で神であるツクヨミ自身や漆黒聖典までもが出るというのはやはり不可能で、ツクヨミとて今は聖王国から続報を待つしかない身だ。

 

 

「大丈夫かな」

 

 

 路地をそそくさと歩いていたツクヨミは見知った街路で立ち止まると、ふと視線を上げる。

 空を見上げるとそこには綺麗な青空に、朴訥な民家から上がる煙突の白い煙と大きな雲が複数見つけられる。

 

 人の心配よりも自分の心配を、とは思いつつも、やはりこの空の下に繋がっている──同じ世界に生きる人々の安寧を願わずにはいられない。ある意味ではズーラーノーンの件も、ツクヨミの登場をきっかけにしたものでないと否定することはできなかったからである。

 

 ……

 

 ツクヨミは今後の聖王国への対応方法を真面目に検討しつつ、その場で足を止める。壁際に気配を消して立っていると、たまに通り過ぎる人々から目を向けられることは無かった。

 

 ただ、それでも怪しいもんは怪しいのか、街の景色を眺めること数分──

 偶然にも周りに複数ある足音の一つが斜め後方で止まるのを感じた。

 

(……いかんいかん。また自分の世界に入ってた)

 

 ツクヨミは思考を現実世界に戻すと、慣れ親しんだ法国内とはいえ最大限の警戒心を取り戻してから、他の人間に気づかれないようにそろりと視線を動かす。この辺りは純戦士職の卓越した身のこなしだろう。

 

 だが、それと同時に──

 

「ツクヨミ……ちゃん?」

 

 この国で聞き慣れた一人の男性の声がツクヨミの耳に響いた。

 見れば周りには、民家に雑貨店、食料品店、玩具販売店──そして朝方ということもあってまだ開いていない武具屋がひっそりと佇んでいた。

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

「こんなところに御呼び止めしちゃって……本当に良かったのかしら」

 

 申し訳なさそう、というより酷く委縮した面持ちで巨漢たるオネエ口調の男、もとい、この神都の寂れた武具屋の店主たる彼は、店内にある木製のテーブルを挟んでツクヨミに声を掛けていた。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。少し早く出てきておりましたので……」

 

 対して、姿を隠すローブのフード部分だけ下ろしたツクヨミは、その雪のような白い髪とその上に組み合わさるあり得ない程に巧緻な純金の装飾品を店内の光源に晒した状態で口を開く。

 その柔らかな口調は"あの頃"と何ら変わりないものであったが、逆にそれが店主を困惑させたのは間違いないだろう。見れば店主のオネエも『そ、そういうことじゃないのでは』という動揺の顔を隠せずにいた。

 

「ま、まぁそれなら良かったわ。ツクヨミ──そういえば何と呼んだら良かったかしらね。今は様の方が良いかしら」

 

「いつもので構いませんよ」

 

「そう。ならツクヨミ……ちゃん。ちょっと変な感じだけど、今日はどうしてここに? さっきはほんと偶然気が付いたわ」

 

 少しぎこちないが調子を戻してきた店主。まぁ当然というべきか()()()()()()での一幕を彼も目にしているからこその言葉に、ツクヨミは軽く頬をかきながら答える。

 

「公務でちょっと……。この後、教会に伺う予定なのです」

 

「なるほど。その──神様も忙しいのね……」

 

「まぁそうですね。私が色々手を出しちゃってるのもありますが」

 

「ツクヨミちゃんらしいわ。ま、体を壊さないように程ほどにね。あと……そういえばもう一人ここによく来てた彼がいたわよね。あの子とはもう会っていないの?」

 

 店主が兵士の帽子をかぶる動作など、謎のジェスチャー混じりにツクヨミに質問する。それはイーヴォン・リット・ルーイン。この国でのツクヨミの初めての友人のことだろうと、彼女が想像するには十分だった。

 ツクヨミは少し寂しそうな表情を見せた後に表情を戻す。

 

「会ってないですね……。あれから随分、立場が変わってしまいましたから」

 

 そしてその言葉の重さを、店主もまた察せない程に空気が読めない訳ではない。

 少しだけ沈黙が続くと、それをツクヨミが破る。

 

「でもだいぶ向こう側の生活にも慣れてきました。店主様は最近どうですか?」

 

「そうねぇ。平常運転といえば平常運転だけど、ツクヨミちゃんも知っているでしょう? 私のお店、全然人が来なくって、正直今月はヤバいわ」

 

 武具の質は良いと思うんだけどねぇ、とオネエは店内に掛けられた精巧な弓や鎧を指さしながら納得いかない表情を見せる。それを見てツクヨミは口元を抑えて笑う。

 言うまでもなくツクヨミもこの店の武具が大変丁寧に手入れされ──店に並べられていることは知っている。なので、彼女がそれを笑った理由は武器の質の話ではなく、人々がこの店を避ける本当の理由を知っていたからだ。

 だが、店主は『むぅ』と、口を尖らせて問う。

 

「ツクヨミちゃんも分かるでしょう!? この武器とか、私の持ってる自慢の武器で、語ろうと思えば一生語れるんだから」

 

「分かります分かります。店主様の揃えてるものは本当に良い装備が多いですし、私もこのお店は楽しくて大好きです。きっと……皆様知らないだけだと思いますよ」

 

 だが、それでも唸る店主にツクヨミも眉を下げつつ微笑むと、ちょっと待ってくださいと言ってから背を向ける。そしてその後、"とある装備"を虚空から取り出してきた。

 

「ではこうしましょう。現在困窮しているという、私のお世話になった店主様にはこれをあげることにします」

 

「これは?」

 

「私が昔──初めて世界に降り立った頃に、右も左も分からない中で使っていた剣ですね。杖の方は捨てちゃいまして」

 

 ツクヨミの手に握られていたのは古いロングソードであり、傷が多少ついているものの比較的綺麗な品だった。柄は黒色で、鍔には大樹の紋章が彫られており、剣身は細く、切れ味は良さそうだが、万人が見ても分かるほどの特別優れた剣という程ではなかった。また、見ての通り魔法の武器ではない。

 

 とはいえだ。()()()()が渡す()()の価値がどれほどのものか、ベテランの武具店、その店主たる彼が理解できない筈がない。

 更にはツクヨミはそれを握りしめると、とある呪文のようなものを発動させてきた。

 

付与(エンチャント)

 

 すると途端にそのロングソードは魔法の光を帯び始める。それも尋常な物ではない。控え目でありながら、とても力強い色をそれは宿していた。

 

「私の魔法も込めておきました。どうぞ」

 

「ど、ど、ど、どうぞって……。聞く限り絶対とんでもない品でしょ!? これ!?」

 

 当然店主は受け取れない。

 立ち上がり女々しいポーズで手をぶんぶんと振る。だが、それをお構いなしにツクヨミはそれを押し付けてくる。

 

「私がこの国に来て、色々教えてくれた時のお礼、ということにさせてください。それに……」

 

 ツクヨミは手元の剣に視線を落として続ける。

 

 

「この剣は──私の大好きな世界……いえ、この国に生きる方に、何となく持っていて欲しいのです」

 

 

 その声色は優しくて、慈愛に満ちていて、これほどかというほどに儚かった。

 信仰する神本人にそこまで言われては、店主も断れない──そう観念したのだろう。

 オネエは両手でそれを慎重に受け取る。

 

「分かったわ。"お得意様"からの品、有難く頂戴するわ。でもね。絶対売らないからね? 貰ったからにはめっちゃ飾らせてもらうわよ?」

 

「いいですよ。でも、あんまり大々的にあれすると、あれかもです……」

 

「何よあれって」

 

 店主は歯切れの悪いツクヨミに笑う。そうして、久しぶりに会話を交わしあったのだった。

 

 ……

 

 それから数分。

 少し名残惜しいが、ツクヨミはそろそろ出るようだ。

 

「では、すみません。私もそろそろ行きますね。今日はありがとうございました」

 

「いーえ。私こそありがとうね」

 

 そしてツクヨミは背を向ける。珍しい朝霧の入り込む店内に、彼女のローブ姿だけが幻のように佇んでいた。

 

「ツクヨミちゃん」

 

 

 

 

 

 店主が最後に声を掛ける。

 

 

 

 

 

「こんなことを実際の神様に言うのも何なのだけれど──貴方が私達の神様で、本当に良かったわ」

 

「……」

 

 ツクヨミは何も言わず、ニコリと店主に微笑みかけた後、教会方向に向けて街路を走っていった。

 

 

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