Moon Light   作:イカーナ

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54.月の鳴動、空の彼方

 

 ツクヨミはスレイン法国の心臓とも言える巨大な建造物、大神殿の内部を移動する。

 

 足元の白い靴は背中から神々しく発光するWI(ワールドアイテム)によって照らされつつも、硬質な石床を踏みしめるごとに、規則的な音を淡々とかき鳴らしている。

 そのまま巨大な廊下をツクヨミが通り過ぎると、身に纏う衣がふっと揺れ動くとともに、壁に掛かった多数の火達が風に煽られるように息を潜める。ツクヨミの足取りは普段よりずっと早かった。

 

「はぁ。私が焦り過ぎるのもよくないよな……」

 

 気を緩めると何度目か分からない吐息が静寂の中に漏れた。

 傍から見ると、きっとなんとなく近寄りがたいオーラを纏っていることだろう。存在するはずもない『パッシブスキル』をいつの間にか習得したかもなどと冗談交じりに訝しむツクヨミだったが、その原因は実のところ明快である。

 

 発端は昨日からの一幕──

 

 最高神官長と共に神都の教会へ出向き、そして……ズーラーノーンの襲撃が現実のものとなったことを知った。無論、先日から不穏な空気を漂わせていた隣国へ事前に法国から陽光聖典を派遣していた通り、法国全体として何の警戒もしていなかった訳ではない。

 

 けれど、やはりこの手の状況──手の届かない隣人が今なお生死に関わるほどの危機に晒されているというのは……自分の胸中を否応なしにかき回されるようであまり得意ではなかった。

 

 コツン、とツクヨミは白い髪の垂れる額を自分で叩くと、冷静さを取り戻すように小さく咳払いする。

 そうして、未だ薄暗い廊下で少しだけ足を止めた。

 

「雨は、まだ降っていないか」

 

 壁一面と言えるほどに巨大で、それでいて硬質なガラスの窓。

 巨大な雲が這っている夜明けの空をその瞳に映しながら、ツクヨミはこれから何をすべきかを再び思い返す。

 

 今の状況を端的に表すなら、ある意味ではツクヨミが神になる契機となった竜王国でのビーストマン襲撃──あの一件に近いだろう。

 もっとも、今回は聖王国というそれなりの国力を有している国家が襲撃を受けている点など、前回とは異なる点も多い。それでも一つだけ確信を持って言えることといえば、盟主率いるズーラーノーンの集団は思いのほか強大であり、このままでは聖王国といえど、間違いなく苦戦を強いられるということだ。

 

 ツクヨミの中でその裏付けとなったのが──首都カリンシャに突如現れたとされる怪物──魂喰らい(ソウル・イーター)の存在であった。

 

 

魂喰らい(ソウル・イーター)。ユグドラシルだと、ただの雑魚だったんだけどな……」

 

 

 ツクヨミは独白する。

 もう七年は前のことであるが、かつてツクヨミが初心者の頃の奴らと言えば、まぁ言ってしまえばただのカモだった。戦士であり、中でも神官に近い系統に属するツクヨミは、ヘルヘイムの墓場で野良の魂喰らい(ソウル・イーター)やその上位に当たるアンデッドを集めに集め、聖属性範囲攻撃で一網打尽とし大量の経験値に換えていた過去がある。だが、それはあくまでゲーム内の話であり、実際の異世界となると、その脅威度は大きく異なる。

 

 そう、魂喰らい(ソウル・イーター)はLv30そこらのモンスターであるが、だからこそ悪辣とも言えるような強力なスキル──即死のオーラ等──を所有しているのだ。

 そして法国の上層部もその危険度を重く見たからか、今のこの早朝。こんな時間になるまでその身を粉にし、一人でも多くの人の命が助かるように動いてくれているのである。

 

「風の神官長様も」

 

 数m先の地面を見れば書類を小脇に抱えつつ、整えられた石段の庭から入り口方面へと駆けていく緑服の老人も目に入った。恐らく、これから行われる最後の神官長会議──というと大袈裟だが、まぁ言うなればただの早朝の集まりだ──に参加するために急いで戻ってきたのだろう。

 

 ツクヨミも法国を。そして人類を守る者の一員としていつまでもこんな場所で突っ立っている訳には行かない。

 

 階下に降りるべく窓辺から離れると、身体を翻してから小走りに廊下を突っ切る。

 暗がりの奥にある重厚な木製の扉を両手で丁寧に開けるとその先には少し曲がった階段がある。

 

 その場所からツクヨミが一階へと駆け降りていると、丁度……大神殿一階の最奥の間へと進んでいた"一行"と鉢合わせることとなった。

 

「ツクヨミ様。本日もその麗しき御姿……御目にかかれて光栄でございます。こんなにも早くからお目覚めとは、流石でございます」

 

 漆黒のマントを身にまとい、その手には謎の宝玉を握る老人──第三席次が、少し見上げた形で声を掛けてきたと同時に、洗練された礼を見せる。続いて隣に立つ第一席次が、淡々と、それでいて少しこちらを心配したような声色で話しかけてくる。

 

「神よ、御前失礼いたします。昨夜はよく御休みになられたでしょうか」

 

「ええ、それに関しては問題ございません。それより、皆様もこれから此処を出られる形ですよね?」

 

「はっ。聖王国を救うべく、各色神官長の招集を受けております。既に最奥の間では最高神官長が準備を終えていることかと存じます」

 

「承知しました。では、私達もこのまま向かいましょう」

 

 あまり追及されるとボロが出そうだったので、ツクヨミは多少強引にここでの話を切り上げると、先頭を歩むべく身体を翻し、広い通路の奥へと進んでいく。

 

 そうして巨大な石の柱をいくつも潜り抜けた先には、神聖不可侵とも言わんばかりに巨大で荘厳な扉がある。

 ツクヨミはその大扉の前に立つと、それを難なく押し開く。本当はこういった所作も、上位者として部下に任せるべきなのだろう。だが、今はそんな悠長なことを言っていられない──そう心の中で言い訳しながら、ツクヨミは神官長会議の場へと足を踏み入れた。

 

「……」

「……」

 

 視界の先にはすぐに巨大な矩形のテーブルと、その横にある"十三脚の椅子"の前で首を垂れて立つ見慣れた老人たちが現れた。

 ツクヨミはそれを見るなり、いつもより毅然とした態度で言葉を発した。

 

「皆様、どうぞ頭をお上げください」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 結論から言うと、聖王国への緊急の出立は昨夜からの決定事項であったため、話はすぐにまとまった。

 

 まず、法国からは追加戦力として漆黒聖典──更に言うとツクヨミまでもが出ることとなった。

 

 これは相手の持つ戦力を重く見た結果であり、特に法国の神たるツクヨミ自らが戦地に赴くため、漆黒聖典の選出とその役割は普段よりも更に重大なものとなっている。

 

 

「ツクヨミ様。どうぞこちらへ」

 

 

 今、大神殿の入口へと進む法国の七柱目の神。その後を静かに従うのは──六大神の遺した白銀と漆黒柄の鎧を着こなし、同じく神器たるロングソードを腰に下げた第一席次──隊長。他にも槍使いとして周辺国家最高峰の実力を持つ第二席次、魔法詠唱者(マジックキャスター)として第五位階魔法まで行使可能な第三席次、二つに結われた長い金髪が特徴的であり、四肢の欠損はおろか生死さえも"治す"ことができる信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)第四席次、召喚系魔法を操る赤髪の姫たる第五席次、筋肉隆々たる純戦士の第六席次、両手で巨大なタワーシールドを構える第八席次。

 

 以上7名と、外交および国家クラスのバックアップを行っている最高神官長、火・風・土・光・闇の神官長とその副官がツクヨミに続くように神殿内を歩いている。これだけでも極めて巨大な戦力だろう。

 

 ちなみに、当初ズーラーノーンが聖王国で暴れている情報が入ってきた時、ツクヨミまでもが戦場に出ることは、最高神官長であるオルカーより強く反対されていた。まぁ、彼らの心境的には当然だろう。しかし、状況が差し迫っていること。魂喰らい(ソウル・イーター)といった強大な魔物を引き連れる盟主なる存在が想定以上の相手であることから、ツクヨミが出るのが最も安全で被害を最小限に抑えられるだろうことを力説し、何とか許諾いただいたという経緯がある。

 

 それに今も──それが最善だろうということは確信を持って言えるところだった。

 

 

 

 

「光の神官長様。先ほど、会議の場で少しだけお聞きしましたが、陽光聖典の現在の状況はいかがでしょうか」

 

 静謐な空気を漂わせる通路を早急に進みながら、隣を歩く光の神官長に質問する。

 

「はっ。昨夜より状況変わりまして、今朝方。聖王国ロイツに魂喰らい(ソウル・イーター)が移動したというのは──既にお聞き及びのことかと存じます。その中で、現在陽光聖典は何とか人々を逃がしながら撤退と隠密を続けている……と聞いております」

 

「なるほど」

 

 隊員達の平均的なレベルから考えてもそれは妥当な行動だろう。だが、だからこそ聞いておかなければならない。

 

「怪我人……いえ、死傷した方はいらっしゃいますか?」

 

「はい。残念ながら数名ほど。ただ、それでもかなり善戦しているという風には聞いております」

 

「そうですか……。光の神官長様、情報感謝いたします」

 

 表情には出さないように、ツクヨミは小さく頭を下げる。

 そうしていくつもの燭台の飾られたその場を抜け、ようやく大神殿の入り口に到着した時だった。そこには意外なことにもう一つ人影があり、それは段差の途中から軽やかな身のこなしでツクヨミの前に着地すると、有無を言わさず、こちらへと話しかけてきた。

 

 

 

 ……

 

 

 

「ツクちゃん。私も行くよ」

 

 番外席次ことアリシア。彼女は普段着ている白黒の衣服に加え、六大神の遺したこの世界では桁外れの強度を誇る武具をその身に背負い、完全武装した状態で一行の行く手を阻んでいた。そこにはきっと、"今回は必ず付いて行く"という揺ぎ無い意志があるのだろう。

 

 

(どうしよう)

 

 

 ツクヨミは想定外の状況を受け、一部配慮が欠けていたことを反省すると同時に、より良い形が何か無いか思案を巡らせようとする。

 

 だが、まず大前提としてアリシアは漆黒聖典隊員の一人であり、その直接の責任者は神官長や第一席次ということになる。つまりツクヨミの一存で連れていくことは──まぁできるのだろうが──あまり良くはないだろう。そのうえで更に言うのであれば、長い間人類の行く末を慎重に決定してきた彼らがそういった規律を乱すような物言いを歓迎するとは到底思えないし、神に直言するやり方も無礼千万と言い出しそうな気がした。

 

「……」

 

 そしてやはりというべきか。

 答え合わせとしてはあまりに早いが──ツクヨミの予想は悪いことに的中する。すぐにアリシアへの叱責の声が、そこかしこから飛んでしまったのだ。

 

「……番外席次よ。お前と第七は此処での役目があろう。神の御手を煩わせるような真似は慎むのだ」

「その通り。お前が行かずとも、今回の件は問題なく対処できるだろう。何といっても、ツクヨミ様自らのお力添えがあるのだから。分かったら控えよ」

 

 淡々と、それでいてかなり厳しい口調の神官長達だが、言っている自体は至極正論だ。

 アリシアの最大の役目は大神殿内にある宝物殿の守護であり、それを考えると、彼女を他所に連れて行くのはリスクだということ。

 ツクヨミとてこれに反論するのは中々難しいだろう。

 

 

 しかし……感情的にはどうか。正直に言ってしまえば、どうにかしてあげたいという気持ちも少なからずある。

 何故なら、ツクヨミが──ツクヨミ自身こそが。こういった状況で誰よりも一番、手を出さずにはいられない人間だからだ。

 

 

 

(思えばエルフの時も、舞踏会の時も……アリシアにはここで待ってもらってばかりだったな)

 

 

 

 元々ツクヨミ自身がアリシアをそういった場から遠ざけていた面もあっただろう。それは最高神官長の持つ方針と似た部分もあっただろうし、自分達は大人であり、彼女は子供だから、という理由も一貫してあった。

 

 しかしながら、今になってこうも思うのだ。……自分は彼女の声をしっかりと聞くことができていただろうか? と──

 

 

 

 

 

「番外席次」

 

 

 

 

 ツクヨミが言葉に詰まっているその時、横から透き通った男性の声が割って入ってくる。それは()()()()()まぁ予想できた人物、第一席次。

 漆黒聖典の隊長だ。

 アリシアは当然、目前に現れた邪魔者に対し、むっとした表情を向ける。というのも彼は、大神殿の中でもかなり"規律を重んじる類の人間"だったからだ。

 

 

「第一席次。今回ばかりは止めても無駄だよ」

 

 

 ツクヨミからのフォローが半分絶たれたことを察したのか、アリシアの声色は更に頑なとなる。しかしながら、それに対しての実際の隊長の反応はというと、予想に反してただ一度だけ頷くだけだった。

 

 

「番外席次。一つだけ隊長として聞かせてほしい。覚悟は……あるんだね?」

 

 

 隊長の表情はこちらからだと見えない。だが、それでもツクヨミは分かった。

 彼らの本来持つ優しさと厳しさ。そして相手を対等に見たうえでなお見極めようとする使命感の強さ。

 同じ戦場を駆ける者として、何よりも大切なものを第一席次は問うたのだ。そして、それに対してアリシアが頷くのに、数秒の時間はかからなかった。

 

 

(なるほど……。もしかしたら、覚悟できてなかったのは私の方だったかな……)

 

 

 漆黒聖典──いや、法国の特殊部隊と呼ばれる存在は、ある意味こうなのかもしれない。

 内心少し落ち込むツクヨミを前に、隊長は数舜の後に振り返る。それから膝を付くと、珍しく自分と神官長に向けて進言を始めた。

 

「神、そして神官長。……誠に申し訳ございません。このような時ではございますが、漆黒聖典隊長としてお願い申し上げます。どうか、彼女も共にお連れいただけますよう、お願い申し上げます」

 

 アリシアが目を見開き、最高神官長も表情こそ変わらないが、驚いた様子だった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 外に出ると、神都の空には既に風が吹き荒んでいた。

 

「しかし神よ……本当に、番外席次をお連れになる判断でよろしかったでしょうか。まだ彼女は若輩故、ツクヨミ様の御計画を妨げてしまうのではないかと」

 

「それに関しては問題ございません。元々彼女は魂喰らい(ソウル・イーター)より強いですし、聖王国の件を共に対処する間、宝物殿も一時()()()で守りますのでお気に為さらず」

 

「何から何まで、本当に感謝いたします……。私もこの国の最高神官長として昨夜から今日の出立の準備をしておりましたが、ツクヨミ様が深更にて密かに我らの援助をしてくださっていた時、多幸感と共に、老いぼれの瞳から涙が枯れてしまうのではないかと感じたほどでございます」

 

 石段を踏む最高神官長の声が震え、同じく後ろの者が力強く頷いていた。そのことから一つ分かるのは、ツクヨミが明け方に暗躍していたのは普通にバレていたということだ。

 

 

 

「しかしながら神よ──このような愚かしき進言、誠に恐れながらもどうかお許しください。何よりも、御身の御身体をお(いと)いくださいますよう……心より願い申し上げます」

 

「……畏まりました。御心遣い、誠に痛み入ります。ただ私からも、どうかこれだけはお伝えさせてください」

 

 

 

 そこまで言うと、ツクヨミは近づいてきた平野とその上に立ち並ぶ法国の鷲馬(ヒポグリフ)十数体、多数の物資──その運搬用である八本馬(スレイプニール)、そしてツクヨミの最初の召喚獣たる古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)を視界に収めながら、神官長と漆黒聖典達に告げる。

 

 

 

「私はこの国に来て、本当に沢山大切なものができました。この世界についても同様です。ですので、私が戦うのはきっと──私の為なのです」

 

 

 それはツクヨミの本心であり、この場において特段綺麗ごとを言うつもりも無かった。つまり『私がしたいからそうしてるだけ。それも自分の利益のためなんだぜ』ということだ。

 

 だが、神官長達にはそうは伝わっていないようで、とうとう叫び出しながら嗚咽する者まで現れてしまった。高齢女性である火の副神官長など、火の神官長の胸を借りて泣き出している。

 

(変なことを言っただろうか……)

 

 等とツクヨミが気にしている内に、一行は飼い慣らされた鷲馬(ヒポグリフ)の前に到着する。鷲獅子(グリフォン)ほどではないが、上半⾝が鷲、後半⾝が⾺というその魔獣の磨き上げられた体毛は壮観で、それが覆う巨躯は圧巻という他ない。

 現場に再び緊張感が戻ってくると同時に、第一席次がすかさず前に出てくる。

 

「ではツクヨミ様。我々はこれより御身の後を追う形で聖王国へと向かいます。神はグリフ……様で行かれるかと認識しておりますが、合っておりますでしょうか」

 

「はい。その認識で合っております」

 

「ツクヨミ様。私共からもこれだけはお伝えさせてください。どうかご無事で。もし有事がございましたら、即時何らかの手段でご連絡いただければ、火の神官長が六大神の遺された"最秘宝"を持って馳せ参じますので」

 

 それに対し、ツクヨミもまた古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の前に立った状態で頷き返す。準備はまさしく万端だろう。

 

 

 

(今回の出立。だいぶ大袈裟な形になってしまったけれど、恐らく戦力としては全く問題ない。加えて王国からは冒険者による援助と、帝国からは物資供給。後は……竜王国からも援助の話が出ていたか)

 

 

 

 そう聞くとあまりに過剰であり、相手側にプレイヤーレベルの存在が居ない限りはまぁ安全だろう──というのがツクヨミの現状の見立てである。

 だが、石橋は叩いて渡れというように……法国として持てる最大をここでぶつけ、魂喰らい(ソウル・イーター)とズーラーノーン──そしてその盟主を確実に潰しておくのは、決して悪い手ではないだろう。

 

 

 ツクヨミは低い姿勢で今も待機する古の鷲獅子王(エンシェント・グリフォン・ロード)の頭を撫でてやると、とうとう出発するべく、その側部に移動する。そうして、まさにその背へと飛び乗ろうとした時だった──

 

 

 

 

 

 

「神様…………っ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 唐突に叫び声が。若い女性の叫び声が、遠くから風に乗ってその耳に届いた。

 

 位置は遠くない。ツクヨミは何事かとそちらへ首を動かすが、正門方向から近づいてきたのはなんと水の巫女姫であり、その両手にはツクヨミが水の神殿──その聖域たるティナゥ・アル・リアネス向けに貸し出していた遠隔視の鏡(ミラー・リモート・ビューイング)を抱えている。更にはその隣には周辺監査を続けていたはずの水の神官長、そして高位の衛兵までもが続いていた。

 

 水の巫女姫は黒に近い青髪を振り乱しながらツクヨミの前まで走ってくると、息を切らせながら、涙混じりに何かを訴えようとしてくる。

 

 

 

「──恐ろしい竜が、恐ろしく巨大な竜が……世界を破壊します……」

 

「は……?」

 

 

 

 ツクヨミはその言葉の意味が分からず、ただぽかんと立ち尽くしてしまう。それは周りで既に鷲馬(ヒポグリフ)に騎乗した漆黒聖典や、神官長達も同様だろう。

 

 ただ、最高神官長だけは眉間に皺を寄せ、荘厳な態度を保ったままその口を開いていた。

 

「水の神官長。神の御前である。端的に説明せよ」

 

 それを受けて水の神官長はというと、ツクヨミの前で恭しく礼を取った後、一つ深呼吸をしてからその内容を告げた。その顔には柄にもなく焦りが滲んでいる──

 

 

 

 

「まず、このような報告となり大変申し訳ございません。しかしながらツクヨミ様。僭越ながら申し上げます。どうか、御心乱されずに、お聞き届けくださいますよう──」

 

 

 

 

 

 

 そして彼が告げた内容は、あまりに信じられない内容だった。

 

 

 

 

 

「竜王国が──我が国、スレイン法国へと宣戦布告いたしました」

 

 

 

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