Moon Light   作:イカーナ

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57.動き出す者

 

 ロイツでのズーラーノーン襲撃が終息する頃、一方ではカリンシャでの盟主との戦いというのも、ある意味では佳境を迎えていた。

 

 城塞都市カリンシャ。何の前触れもなく突如として謎のアンデッドによる襲撃を受けることとなったその城塞都市には、昨日から未だ長い雨が降り注いでいた。

 そんな状況下、黒く膨張した雲の下ではもう何時間もの間、戦いに明け暮れる者達がいる。

 

 イビルアイもその一人だろう。

 

 イビルアイは先日、聖王国に対しズーラーノーンの襲撃の可能性を伝えた後は、そのまま首都であるホバンスを後にしていた。元々、成り行きとは言えどプレイヤーのギルドに関する情報を集めていたイビルアイにとって、特に組織に属している訳でもない聖王国での紛争を表立って支援する道理は無い。

 

 けれど、イビルアイがこの地を離れるよりもずっと早く鼻先で事件は起こった。

 

 それがカリンシャでのズーラーノーン襲撃。盟主による単騎での突貫と、魂喰らい(ソウル・イーター)、副盟主の襲撃であった。

 

⽔晶の探剣(クリスタルダガー)!!」

 

転移(テレポーテーション)ッ」

 

 目の前の男――副盟主が視界から消え去り、すぐにその真下へと出現する。

 この圧倒的な魔法の才能は正直厄介としか言いようがなかった。何故ならイビルアイがこの男を追い詰めようとすればするほど、彼は攻防を上手く切り替え、戦闘を長期化させようとしてくる。かといって魔法の出力を上げれば、やはり戦地となっているカリンシャへの被害というのも大きくなってしまうからだ。

 

 そういった事情から……イビルアイはこれまでの戦いにて、このズーラーノーンの幹部をなるべく周りから引き剥がすように動いてきた。途中ズーラーノーンの残党がこの街にやってくるということもあったようだが、やはり主戦力であるこの男――ちゃんと戦えば聖王国の一個中隊くらいは容易に壊滅することができていただろう人物がぽっと出のイビルアイによって対処されている状況もあり、今の今まで聖王国側が常に優勢を保つことができている。

 

 現に、イビルアイが少々の苦戦を余儀なくされたこの副盟主ことリヒター・イフ・ソルネウスも今となっては、その肩で息をするように当初の余裕を失っていた。

 

 これは()()の思惑に反し、真の人外たる自分があまりに強すぎたためだ。

 

 

「確かにお前は強い。だが……私ほどではない」

 

 

 はっきり言ってこの者達は此処に攻め込むタイミング、そして"運"が致命的に無さ過ぎた。

 イビルアイはリヒターの目前で次に発動する魔法を準備しつつ、その後方――現在戦場となっている広間の区画を見やる。

 

 遥か下の地面には王国などではあまり目にしないような巨大な柱が複数立ち並んでおり、その中央に盟主なる存在が立っているのが見える。中でも特に目を引くのは、その地面に()()()()がいくつも折り重なるように散らばっていることだろう。

 これは当初、盟主がここに侵入するなり唱えた魔法の効果によって召喚された数多のアンデッド――それが倒されていくにあたって、少しずつ増えていったものである。

 

(しかし私が来るまでも考えると、対処に相当掛かっているな)

 

 映るのは地面を濡らす水滴と、今も突撃していく大量の骨。その量は上空から見ても尋常ではなく、イビルアイが推測するにしてもそれほどの召喚を一度で行える魔法はかなり限られる。

 ただ、だからといってそれが脅威という訳ではない。というのも、その残骸の大半が『骸骨(スケルトン)』や『骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)』等に限られるのを見る限り、これが伝説クラスの魔法である不死の軍勢(アンデス・アーミー)である可能性はまずなく、あってももっと低位の死者の低級軍勢(アンデス・レッサー・アーミー)等の魔法であることは間違いない。

 

 すなわち、見た目上は悍ましいもののこれははっきり言って時間稼ぎでしかないような魔法だ。

 その証拠に、下では既に……イビルアイの手を借りずとも聖王国の軍や王国、駆けつけた法国の集団がその大半を処理しきっているように見えた。

 

(もはやこいつらも、追い詰められた鼠というわけか)

 

 ならばとイビルアイは目の前の敵に再度集中する。ここで召喚されたという魂喰らい(ソウル・イーター)がロイツ方面へ進んでいったというのが唯一の気がかりだが、一旦はここの戦いを終わらせるべきだろう。

 

 無詠唱化した岩の礫の魔法を発動する。

 

 リヒターはそれを軽く回避する。そして次に――少しでもこの状況の打開を図ろうと必死なのか――イビルアイの思惑通り すかさず攻撃の手を打ってくる。

 

善の炎(ホーリー・フレイム)!」

 

「……神聖属性の魔法か。が、甘い!!⽔晶の盾(クリスタルシールド)結晶散弾(シャード・バックショット)!!」

 

「何っ!」

 

 イビルアイの正体がバレたということはないだろうが、その致命的な攻撃を的確な魔法の発動タイミングと鍛え上げた体術によって上手くいなし、リヒターへ己の最も得意とする本命の魔法を叩き込む。

 

 拳より少し小さいほどの大きさの水晶が、次々とリヒターの纏う青黒いローブへと打ち付けられる。恐らくこれにより肋骨が数本は逝ったことだろう。リヒターの口から初めて唸り声が漏れた。それは達人同士の魔法戦にとって、あまりにも大きな隙だ。

 

「これで終わりだ! 魔法⼆重化(ツインマジック)電撃球(エレクトロ・スフィア)ッ!!」

 

「ぐっ!!」

 

 瞬間、空中で電撃の球がはじけ、よろめいていたリヒターに容赦なく着弾する。

 

「……うぐぁ"あ"!?」

 

 元々雨で身体が濡れそぼっていたこともあっただろう。その電撃の威力は途轍もなく、とうとうズーラーノーンの副盟主である男は地面へと落下していく。それを追うようにイビルアイもまた飛行(フライ)の魔法を駆使し、骨の山が折り重なるカリンシャの地へと再び舞い戻った。

 

「ふぅ。私としたことが随分と目立ってしまったが……」

 

 イビルアイは濡れた金髪を後ろに流しながら地面に足を付け、白い仮面越しに後ろを見やった。

 その甲斐はあったと言わんばかりに、イビルアイがリヒターを抑え込んでいたその時間で人々はその形勢をがっちりと掴んでいた。

 

 

 後ろから眩い光が発生する――

 

 

「聖なる炎よ! 不浄なる者共を……ことごとく清めたまえっ」

 

「……ッカ……カ」

 

 

 それは首都であるホバンスから救援でやってきていた神官団。その団長であるキャリスタ・カストディオが発生させた魔法である。その規模は儀式魔法というだけあって凄まじく、巨大な白い炎は生者を避けながら、数多の骸骨(スケルトン)達だけを破壊していく。

 

 その聖炎はイビルアイ達のいる中央の広間までは届かないものの、通路を塞いでいた無数のアンデッドを屠るには十分すぎるものであり、邪魔者が消えた彼らはすかさず広間方向へと駆けてくる。それを見たリヒターは膝を折りながら、拳を握る。

 

「貴様は……一体」

 

「……」

 

 その問いに答える義理はない。リヒターは往生際悪く、地面に手を付いた姿勢で魔法を放ってくるが――

 

 

「くっ。ゴミ共が……太陽光(サンライト)――――酸の矢(アシッドアロー)

 

 

「退けアンデッド、そしてズーラーノーン! "借り"を返しに来たぞ!」

 

「アンデッドをこの国から消し炭にしろ!」

 

正義の鉄槌(アイアンハンマー・オブ・ライチャスネス)ッ!!」

 

 怪しげな白フードを纏った連中が神の十字を掲げながら中央に向かって魔法を放ちまくる。

 更には後方より、狼のような獣に騎乗し颯爽と駆けてくる冒険者さえ現れた。見ればそれらは胸に青色――アダマンタイトのプレートを付けており、骨塚の上から放たれた酸の矢(アシッドアロー)を軽々とその大盾で蹴散らした。

 

 

 それは"鋼鉄"。

 

 

 イビルアイも目にしたことがある、王国最強と謳われる戦士たちの参上を受け、同じくアンデッドの軍勢を処理しきった聖騎士や神官団たちが、とうとう広間へ侵入してくるのが見える。

 

(各国の集合か)

 

 滅多に見ない光景に情勢の変わりようを実感するが、何にせよこれはカリンシャでの勝利を決定付けるには十分すぎる状況だ。

 イビルアイは目の前で両手さえ付いた唯一のズーラーノーン十二高弟リヒターと――その奥にいる――恐らく同じ高位アンデッドであろう盟主へと声を掛ける。

 

「残念ながらお前たちの負けだ。分かったら、とっとと失せるんだな。尤もこの人数から逃げられたらの話だが」

 

 後ろからは鋼鉄などの精鋭以外にも、アンデッドの軍勢を完全に撃破しきった大量の兵士達が流れ込んでくる。

 ホバンスからの正規兵も含んでいるだろう1000近くは軽くいそうな人間達は、中央にいる副盟主、そして盟主に向かって一様に武器を向ける。

 本来であれば負けるはずはないと踏んでいたのだろう。リヒターは地面に拳を打ち付けながら、それでも盟主へ向かって後ずさりを開始する。

 転移(テレポーテーション)系統の魔法でこの場からずらかろうとしているのは明白だ。

 

(あまり目立ちたくはないが、とっとと終わらせるか)

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散(シャード・バック)……」

 

「盟主よ! 早――」

 

「問題ない。実は、()()()も終わったようでな」

 

 その時だった。何もせずに突っ立っていた盟主が、いきなりリヒターの背に向かって歩き出したのは。

 

「……」

 

 その足取りは不気味なほどに軽快であり、つま先を見やればそれはやはり骨で出来ている。ぱきりと地面の腕骨をへし折りながら数歩前に進むその相手に最大限の警戒心を抱いていると、唐突にそれは起こった。

 

 

「っな!?」

 

 

 

「ぐ……あぁぁあぁああああああ!?」

 

 

 

 刺突。

 

 そして抜き放たれる剣。

 

 その一連の所作は一切無駄が無く、まるで計画されていたかのように――あまりに一瞬で起こった。

 次の瞬間にはリヒターの胸から大量の血液が噴出し、その意識を完全に失うように、背の高い体が地面へ倒れ込む。

 

 あまりにも呆気なく、リヒターの命は盟主が突如召喚した魔法の剣での致命の一撃によって奪われたのだ。

 

 骨の山からリヒターの付けていた仮面が転がり落ちるのを見て、その場にいた誰も動けない。

 イビルアイさえそんな展開は予想しておらず、中空に振り上げたその手を動かせずにいた。そんな中 唯一ひとりだけ、その光景を見て満足そうに笑う者がいた。

 

 それはその場で雨を受けながら、細められた骨の眼窩を空に向ける。

 

(一体何が目的だ……。いや?)

 

 イビルアイは考える。この一連の所作が単なる自暴自棄ではなく、もし何らかの意味があったのなら。

 

 イビルアイは周りを見る。大量の骨が撒き散らされた聖王国の広間を。そしてその時、イビルアイだけがようやく……一つの"可能性"に辿り着いたのだった。

 

「まさか。そうか!!」

 

 追い詰めたのだと思っていたこれが、もし仕組まれていたのだとしたら。

 真の盟主の狙いは、ここで()()()()()ことにこそあるだろう。

 そしてそれを理解した時には――もうあまりに遅すぎた。

 

 

 リヒターから流れ出した大量の心の臓の血液は聖王国カリンシャの地面に触れ、ついに死の歯車を回し始める。

 途端に――地上に降り積もった骨と骨の隙間から――赤黒い光が漏れだしてくる。

 イビルアイも聞いたことがある。

 大きな儀式というのは常に、大きな"触媒"というものを経て動き出すということを。

 

 

「死の螺旋の――――完成だ」

 

 

「伏せろっ!!!」

 

 気づけばイビルアイは大声で叫んでいた。

 盟主のいた中央の位置からは風が吹き荒れ、大量の骨を、まるで嵐のように円状に吹き飛ばす。

 

 イビルアイの掛け声により辛うじて人々はその骨の嵐から身を守ることに成功する。が……次に視界に現れたのは、血で濡れたような色で形成された、あまりに巨大な魔方陣。

 それは堂々と聖王国カリンシャの地面に刻まれており、盟主が死者の低級軍勢(アンデス・レッサー・アーミー)の陰に隠れながら……隠しながら練り上げた代物であった。

 

 

 それが今――正式な手順を経て、真の力を発揮するかの如く、盟主に力を与えていく。

 

 

 あまりに強い突風が未だ降っている長雨と重なり、目を開けるのも大変な状況だが、それでもイビルアイは目の前のそれに詠唱途中だった魔法を撃ち放つ。

 

 しかしながらどれだけ攻撃しようと……盟主にはダメージを与えられている感じはしない。

 

 中央に立つ盟主の身体に集まっていく負のエネルギーは控えめに言っても膨大で、彼の周りに今も渦巻く青色の光はまるでこの聖王国全体の負のエネルギーを結集しているかのように凄まじく、強大だった。とても()()()()で賄えるような力だとは思えない。

 

 そのまま盟主は飛行(フライ)で上に飛び上がりながら、指先に巨大な魔方陣を形成し始めた。

 

「な、なんだあの魔法はっ!! 何が起こっている!」

 

「構うな! 奴を全員で攻撃しろ」

 

炎の雨(ファイヤーレイン)

恐怖(フィアー)!」

 

千の弓矢(サウザンドアロー)。くそ、効いていないのか」

 

 盟主はそんな中、天井に向けて指を伸ばすと、ただ一つだけ魔法を放つ。

 

「――連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)……!!!」

 

「っな、に!?」

 

 巨大な二対の雷が盟主の手から伸び、雨風を切り裂きながら爆発的光を発生させる。

 

「……ぐぅぅうぅうう!!」

 

 そしてそれは凄まじい速度で隣にいた人々に襲い掛かる。

 防御の構えを取っていた鋼鉄の面々をまずは貫き、次にはその先にいた兵士達にも容赦なく極大の稲妻が駆け抜けた。

 

(第六位階、いや。七位階魔法か……!)

 

 目の前のその魔法は、イビルアイでさえ発動することは不可能な魔法。神話に片足を突っ込んだその魔法に適切な対処が取れるかというと、まず不可能だ。

 とはいえそれでも、それが電気的な性質を持っていることだけは分かる。

 防御の体勢を取っていたアダマンタイト級の戦士達さえその攻撃に直撃したことでかなりの体力を奪われてしまっているようで、射線上にいた人々がどうなったかは……想像に難くない。

 

「まだ力が足りないな」

 

 しかし、そんな中で盟主は更に容赦のない追撃を放ってくる。

 

不死の軍勢(アンデス・アーミー)。更に……。出でるがいい、死の国の騎士達よ」

 

「何っ」

 

 その強力過ぎる魔法の数々に、"国堕とし"の異名を持つイビルアイでさえ、ただただそれを見上げるしかない。

 すぐに大量の軍勢が盟主の周りに現れていく。

 イビルアイはそれでも再度魔法を掌に発生させながら、盟主を睨む。

 

「なるほど、これが貴様の狙いか。負のエネルギーを集め、擬似的に強力な魔法を行使する……。だが、そんな力がいつまでも続くはずがないことくらい、お前ほどのアンデッドなら分かっているはずだ。まさか――このまま私たち全員を相手にするつもりじゃないだろうな?」

 

 その時初めて、盟主とイビルアイの目が合った気がした。

 

「……南の者か」

 

 目を細める盟主の頭蓋骨が揺れ動く。

 

「一つ勘違いをしているので教えてやろう。死の螺旋の儀式とは本来 不死者(アンデッド)が更なる進化を行うため、私が開発したものである。ゴミ共が誤った解釈をしていたようだが……ズーラーノーンも本来、死の神たるスルシャーナを頂点として私が作り上げた組織。いわば、それを進化の頂点としていた産物」

 

 ……

 

「故にこれから人間(お前達)は一人残らず死ぬ。何故なら、全ては私が死の神――死の支配者(オーバーロード)となるための道筋として、まだまだ大量の"贄"が必要だからである」

 

 盟主は青白く発光する指先をこちらに向けてくる。

 

 

「そういうことだ。我はこの世界の神とやら(最後の鍵)がやってくるまで、せいぜいここで楽しませてもらおう」

 

 そう言いのける盟主にイビルアイは眉を顰め、最強化した魔法を放つ。

 

「くだらんな。ならば、私も教えてやろう。上には上がいるということを。お前が王などにはなれないことを、私が教えてやる」

 

 カリンシャに降り荒ぶ横殴りの雨が、一層強まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「つまらん」

 

 曇り空を眺めながら、絶対の王は眉を顰める。

 

 森妖精(エルフ)の偉大なる王であるデケム・ホウガンの不幸が始まったのはあの女――ツクヨミとかいうスレイン法国の神に自国で奇襲を受けてからだ。

 

 正直に言えば、今思い返してもあの戦いは理不尽極まりない内容だったように思う。デケムは正々堂々と一対一で宝物庫で戦いを挑み、技を隠すこともなくベヒーモスによる攻撃を見守っていた。だが、それにも関わらずあの女は訳の分からない魔法を連打し、デケムが油断している間に不意打ちをかましてきたのだ。

 

 前回――あれがこっちにやってきた時もそうだ。デケムがその昨晩に考えていた作戦を実行するより前に、あれはデケムに向かって凄まじい速度で殴打を繰り出してきた。卑怯という他ない。

 

 

「私は負けていないというのに、こんなところに閉じ込めるとは……野蛮人という他ないな」

 

 

 だが、それでもデケムは我慢している。自分は寛大な王だからだ。

 

 ……

 

 現在、エルフ王であるデケム・ホウガンはエイヴァーシャー大森林の上部に位置する法国の小拠点にて監禁生活を送っていた。と言ってもその生活というのは囚人というほどに自由が無い訳ではなく、水は潤沢にある地で畑を耕し、食料を集めることで三食食べることができるというある意味囚われの身としては破格な待遇と言えた。

 

 しかしまぁ無論ではあるが、デケムはそんな泥臭いことはしないし、質の低い葡萄酒さえ飲むことができないこの生活にはそろそろうんざりしているところだった。とはいえ一度正門から堂々と抜け出そうとしたところ、異様に強い門衛共に集団でぼこぼこにされて以来、いつか此処で受けた恨みを晴らすため――己の肉体と技を磨きながらその時を待っていた。

 

 

 ただ、これには大きな問題があった。

 そう。肝心のツクヨミが来ないのである。

 

 

 デケムは寝転がっている家屋の上――自国の王城に比べるとボロいという他ない木で作られた屋根の上でその上半身を起こす。その身に着けていた装備はスレイン法国に全て奪われているので、今デケムが着ているのはデケムの部下である第一騎士共と同じような質素な衣服の上下のみである。

 

 それを思い返せばまた怒りが沸いてきて……屋根に拳を勢いよく振り下ろす。するとけたたましい音が鳴り響き、拳を下ろした先の木々が滅茶苦茶にへし折れる。

 

「ツクヨミ。初めて目にした時は見目麗しいと思ったものだが、思い返すほど腹立たしい女だ。まさかこのままこの王を放置するつもりじゃないだろうな」

 

 デケムは口元に手を当てる。既に前回の時を上回るほどの完璧な作戦は練れており、デケムも圧倒的勝利を収めるべく、魔法の使い方などを――部下を実験台にすることで――磨き上げていた。それによって、既にデケムの頭にはツクヨミが自分の足元にひれ伏し、偉大なる王の妻……王妃にしてくれと首を垂れて懇願する姿がくっきりと想像できている。

 

 にも関わらずこれでは、いつまでも腹の虫が収まらないではないか。

 

(すぐにでも呼び出してやりたいところだが……)

 

 あのハンゾウとかいう輩は常駐さえしているものの、全く話にならない。それにツクヨミが自発的に足を運んでこない理由というのも、正直に言えば思い当たりがないことはなかった。

 

「まさか、本当にあのゴミ共の元に行ったんじゃないだろうな」

 

 デケムは屋根から飛び降りると、明らかに()()()()()()()法国南陵の自分の住まう住居の扉を押し開く。

 

「王……。ど、どうかされましたか?」

 

 すると目に映るのは自分の部下たちであり、今は計5名集まっているそれらは森妖精(エルフ)王国の第一騎士長を含め、デケムを見るなりその場に平伏する。

 先ほど破砕音をかき鳴らしたからか少し警戒されているようだ。だが、自分は本来優しい王だ。

 

 デケムは近衛の騎士長の前に立つと、早速本題を切り出す。

 

「おい。あの件はどうなっている。何か情報は掴めたか」

 

「申し訳ございません。あの件とはどのような内容でしょうか」

 

 深々と頭を下げるしか能がない目の前の男に『いちいち説明しないと分からないのか』と心底呆れるが、件の重要性を理解していないそれに改めて教えてやるというのも、それはそれで大事なことだろう。デケムは舌打ちしたのちに口を開く。

 

「法国に竜王国が宣戦布告したという話だ。あの隠密がこそこそ話していただろうが」

 

「あ、あの件ですね……。しかし申し訳ございません。話が聞けたのはあの時のみで、あれは偶々だったのか――奴らはあまりに口が固く、不用意に近づくのも厳しい状況です」

 

「なんだそれは」

 

 あまりの体たらくに周りの者共へ視線を向けるも、同じような反応が返ってくる。デケムは部下の無能ぶりにもはや怒る気力さえ失い、大きく溜息を吐いた。

 デケムがその情報――スレイン法国が竜王国に宣戦布告を受けたという情報を掴んだのは彼らからであり、それは本当に偶々であった。聞くところによるとツクヨミは竜王国に帰ってきた竜王に攻撃を受けているとか何とかで、森妖精(エルフ)との外交どころではないらしい。

 

 この小拠点に10近くいた門衛の殆どがスレイン法国へと引き払い、鷲馬(ヒポグリフ)が忙しく空を飛んでいる姿が散見されるのも、きっとそれが原因だろう。

 

 正直それもあってデケムもこうして自由に行動できる部分もあるので有難くはあったのだが、あまりに相手されていないと、逆に舐めれているようで気分が悪かった。

 デケムはもはや用済みというように身体を翻し、扉の取っ手に手をかけると、部下たちに告げる。

 

 

「もうよい。ならば私がその竜王国に出向き、状況確認がてら、この手で捻りつぶしてきてやる」

 

 

 法国に直接行かないのは、行っても集団で取り囲まれるのが目に見えているからだ。

 無論、それでも負けるとは思っていないし、別にデケムとしてはどちらでも良かった。ただ、ツクヨミも竜王国に呼び出されているらしいので、これが最もあの女に会える確率が高いのは間違いない……そう判断しただけのことである。

 

 それにだ。

 

 はっきり言って、自分が戦っている相手を横から搔っ攫うように殴り込みをかけてきた竜王とやらにもデケムは苛ついていた。

 それがなければデケムは今頃あの女を倒せていた訳だし、大体あのトカゲモドキは元々気分が悪い相手だ。

 

 "偉大なる父を八欲王などと呼び、その品性を貶めようとしていた賤しいドラゴン共"

 

 デケムはそれを今度こそぶち殺そうと心に決める。

 

 

「お、畏れながら。御冗談でしょうか?」

 

 

 だが、後ろからすぐに冷や水を浴びせられる。そんな相手はこうも続ける。

 

「王よ。それこそ抜け出すなら自国へ行く方がずっと安全かと存じます。王の城に戻られるのであれば、あの裏切り者の女共の処罰含め、また王の御子息を増やすべく夜伽の準備も始められるかと……」

 

 扉を開いたデケムは足を止め、その声の発生源まで進む。

 そしてその拳を内側から外側へ薙ぎ払う。

 

「絶対の王たるこの私が虚勢を張っているとでも言いたいのか」

 

 瞬間、大の男が部屋の中を吹き飛び、木のテーブルを破砕しながら壁に激突する。多少力は抑えてやったつもりだが、内臓が一つくらいは破裂しているかもしれない。……まぁ、ここにいる間はすぐに治療してもらえるだろう。

 

「大体、今さら他の女共と子作りなどしていられるか」

 

 今の今まで王の血を引く者は生まれてきていないのだ。やり方が間違っていたのは明白であり、そんなことも理解せず、神の女という正解が現れた今でも王に低級の女を抱けと(のたま)うのは、もはや反逆行為と言っても差し支えないだろう。

 しかし、デケムは追撃して殺すまではしない。

 完全に恐怖に支配された顔になった部下たちにも、未だ利用価値はあるからだ。

 

「このような身なりで甘んじてはいるが、王への言葉には敬意を持て。分かったら……さっさと騒ぎでも起こし、この私の役に立つよう少しでも多く行動しろ」

 

「はっ……はは!!」

 

 そう言うと彼らは一目散に家屋を出ていく。この行動を今 彼らに取らせた理由としては、いくらここの監視者が減っているとはいえ、普通に拠点を抜け出ようとするものなら前回と同じ結末になる可能性があったからだ。

 

 デケムは賢いので、同じ失敗を繰り返すほど馬鹿ではない。

 

(なるべく力は温存しておきたいからな)

 

 デケムは外へ出る。目に映るのは肥沃な緑の地面と、それを薙ぐ暗い風。そして使い道のよく分からない建造物の数々だ。

 幸い、敵は視界に映らない。また、森妖精(エルフ)の部下たちが彼方へ逃げ出し、門を壊そうとしていたり、抜け出ようとしているのを見て、恐らく衛兵もそちらへ行くだろうことを察し、逆方向へ歩き出す。

 

 

 そしてデケムの目に留まったのは――巨大な柵の中にいる鷲馬(ヒポグリフ)だった。

 

 

「法国のものか」

 

 記憶では5体くらいまで一時増えていたそれが今は1体だけになっており、2m弱ある身体を地面に横たえ、休憩している最中のようだった。

 もしかしたらこれを使えば、上手くここを出られるかもしれない――

 

 デケムは のそのそ とそれに近づき、柵をその圧倒的な膂力で押し開く。すると案の定というべきか――中にいた鷲馬(ヒポグリフ)が怒り狂うように暴れ出した。

 

「っ!! やはりあの蛮族の国に相応しい、低能の家畜か」

 

 それはデケムに向かって明らかに敵意を持っており、こちらに翼を広げ威嚇してきている。その所作に沸々と怒りを感じ、拳を振り上げそうになるが、それを堪える。竜王国まで行くと断言した以上、何かしら足となる存在がいて然るべきだと思い直したのだ。

 

 流石にデケムも、森妖精(エルフ)国の王として、法国のみならず周辺諸国の地理情報をおおよそは理解している。あの辺りは森も水場も少なく土地自体が枯れているので、身一つで長距離移動するというのは流石のデケムとしても避けたい。

 

 デケムは強引に鷲馬(ヒポグリフ)に近づくと、無理やりその首を掴み、大人しくさせる。その後、その背に跨る。だが、その鳥はデケムが鞍の上から手綱を握るとすぐにまた暴れ出した。本当にどうしようもないクソ鳥だ。

 

 

 だが一番の問題は――この騒ぎに気付いたハンゾウの一体がこちらに向かって高速で走ってきたことだろう。

 

 

 デケムは流石に焦りながら、鷲馬(ヒポグリフ)を怒鳴りつける。

 

「早く飛べっ!」

 

 だが、鷲馬(ヒポグリフ)は一向に飛び立つ気配はない。完全に向こう側に飼い慣らされているようだ。

 流石のデケムも、そろそろこれを殴り殺すことを考え始める。

 しかし、それでもデケムは両手で手綱を強く引いた。それは怒気迫るハンゾウが想像以上に恐ろしかったのもあるかもしれないし、これを殺しても、恐らくこいつらがデケムの対処を取ろうとするだけで、ツクヨミ本人は来ないだろうことが分かっていたからだ。

 

(貴様の主の敵を殺してやると言っているというのに……)

 

 デケムは目を閉じ、そして今度こそ本気の怒号を発する。

 

 

 

「貴様の主の為に飛べっ!!」

 

 

 

「キィィ!!」

 

 瞬間、鷲馬(ヒポグリフ)が大きな翼を広げ、地面を蹴り上げる。それはハンゾウがあと一歩というところで離陸し、空へと舞いあがっていく――

 

 実際のところ、これはデケムが魔法でモンスターを召喚し操るという戦い方を常に続けていたことから、『使役者』としてのスキルとレベルを部分的に持っていて、結果として比較的飼い慣らしやすい性格の鷲馬(ヒポグリフ)を御すことができたという幾つもの奇跡が起こっている。

 

 もっとも、そんなことを知る由もないデケムは、苛立ちと安堵を顔に張り付けながら、何も考えずに北東に向けて鷲馬(ヒポグリフ)を駆り始めた。

 

(私をこけにした報いを……あらゆる者共に受けさせてやろう)

 

 デケムはそれから微笑を浮かべると、竜王国へ颯爽と――飛び去って行った。

 

 

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