「状況を整理しましょう」
スレイン法国大神殿最奥の間。
神聖不可侵の地にて行われる神官長会議の場に、総勢十二名の人間が集まっている。
その内訳は最高神官長と六色神官長、各種行政の長と研究館長。そして軍事機関のトップたる大元帥であり、普段であれば周辺国家への支援の内容だったり、今後の人類の行く末を決めるための長期的な方針を決めるのが主となるこの会議だが、今回はまた毛色が違う。
会議の進行を行うのは、六色宗派の中でも光の神を信仰する光の神官長だ。
彼は部屋の中央にある大理石のテーブルに広げられた地図上へその人差し指を乗せると、最高神官長であるオルカー・ジェラ・ロヌスに一度目配せしたのち、法国が置かれている全体の状況を語り始める。
「現在法国が抱えている問題は二点。一点は聖王国、もう一点は竜王国のものです」
光の神官長が顔を上げると、その場にいる全員が静かに頷いた。
いずれの問題も、本来であれば法国の警戒態勢を最大まで引き上げるに足る内容だ。
そうした事情もあり、今日の会議にはいつにも増して張り詰めた空気が漂っている。
「まずは聖王国から。資料に記載しておりますが……先ほど漆黒聖典からの報告が届きました。闇の神官長とも内容については認識合わせ済みです」
「うむ。情報の精度に難はあるものの、確かにロイツで暴れていたという
周りの者から安堵とも言える空気が流れてくる。ただ、これは法国最強の英雄部隊が自分たちよりも難度の低い相手を屠っただけの話であり、あくまで達成すべき最低限の結果を得たにすぎない。
──最悪は回避できた
そんな油断を戒めるように、光の神官長は続ける。
「ロイツは無事に魔の手から奪還できました。しかし、私が先ほど受けた陽光聖典からの同刻の通達によると、カリンシャでは盟主が儀式魔法を発動。我々の想定を大きく上回る恐るべき魔法を発動したということで、状況は未だ危機的です」
「聖王国内での死者数は?」
「正確には不明ですが、少なくとも三百以上かと」
「なるほど。まぁ、万の被害が出ていないだけましか」
「それだと人民はそれなりに守れているのかね」
「そうですね。少なくとも陽光や王国の支援が効いている側面はあるでしょう」
会議が白熱する中、黙っていた最高神官長、オルカーが最も奥の席でしわがれた口を開く。
「間違いない。しかし先程の通り全く油断はできない状況だろう。……光の神官長、ここで、向こうの聖王が取ったという対処について改めて教えて欲しい」
聖王。それはローブル聖王国トップの人間であり、基本的には聖王国内で絶対の権力を持っている。それが今回、大胆な対処を取ってきたということは最高神官長にも事前に薄っすらと伝わっていたようで、現地の陽光聖典からの情報によって密な横の連携を取り続けている光の神官長へと声が掛かった。
光の神官長は強く頷くと、首都であるホバンスからカリンシャへと、右へなぞるように指を動かした。
「相手がアンデッドということもあり、向こうの聖王も同じように危機感を抱いたのか、カリンシャにて聖王国の大儀式、それが対抗して試みられたとも聞いております。……資料を次に捲ってください」
ぺらりと高級な羊皮紙達が捲られていくと、眉唾な物を見るように、周りの者達の目が細められていく
「なに? 聖王自身があの儀式魔法の発動を?」
「にわかには信じられんが、本当なのじゃろうな?」
机の上で白髭を撫でる大元帥に、光の神官長は咳払いする。
「正直に言えば裏取りの時間までは到底無く。しかし、陽光聖典一班の言葉を信じるならばそれは数時間前に行われており、一瞬曇り空が晴れに見えるほどの強大な光が一帯に発生したとのこと」
「それはまるで……神の御業じゃな」
「流石に神のそれと比べるのは不敬ではないか」
「しかし、確かに状況を考えれば十分彼らが取りそうな手かもしれんな」
資料を見ながら、各々が口々にそれに関する感想を漏らしていく。
そんな中でも共通して言えるのは、全員が多かれ少なかれ驚きの感情を抱いていたということだ。
無理もない。なぜなら──聖王国に伝わる大儀式はそう簡単に連発できるような代物ではなく、多くの神官達の協力と、莫大なエネルギーを必要とするという。
聖王の象徴たる冠を収束具にして発動するそれの手間暇を考えれば、それはまさしく奥の手なのだ。
「それで結果は? ……人類の敵は倒せたのか?」
火の神官長が神妙な面持ちで問いかける。それはある意味で最も肝心なことであり、誰もがその回答に耳を傾ける。ただ、言ってしまえばここで問題として未だ取り上げられているという時点で、つまりはそういうことなのである。
「そこにある通り、天使は数百……千といった単位で大量に召喚されています。しかし、膨大な負のエネルギーを取り込んでいた盟主には、なんと傷一つ与えられなかったと」
「……聞き違いか?」
「そ、そんなことがあり得るのか?」
「分からん。考えようによっては、かなり低位の天使だったという可能性もあるのだろう?」
「そもそも本当に大儀式は発動したのか」
各色神官長も同時に顔を見合わせる。しかし、現状だとその答えは出ない。
「もしかすると部分的には発動したものの、儀式として不完全だった可能性は十分あり得るかと。私の知る限り、儀式魔法というのはそういうものなのです」
ちなみに大儀式によって本来発動する魔法の名は、
その発動規模は未だ底知れないものの、聖王国の諸問題の全てを解決するには至らなかった。まぁ、今回の発動があまりに突発的であったのもあるだろうし、そもそも魔法一つで何でも解決するのであれば、法国が人類の守護者として日々血を流すこともない。
光の神官長は咳払いする。
「まぁ、それでも盟主を一時的に退散させることに成功しているようですので、それが全くの無駄ということはなかったのでしょう」
「なるほど。いくら強大なアンデッドと言えど、その魔力には限りがありますからな。このまま総力戦でアンデッドの群れを掃討──そのまま解決とはならないでしょうかね」
「いや。奴が聖王国を標的に定めた以上、すぐにまた戻ってくる可能性の方が高い」
一通り会話が周り、光の神官長が『自分からの情報は以上』と資料を捲り終えるのを見て、座っていたオルカーが大きく頷いた。
聖王国の状況がおおよそ判明し、残すは最終的な判断のみとなったからである。
「そうだな。奴は聖王国で贄を欲しているという。また近いうちに現れるだろう。今はカリンシャに漆黒聖典が到着した頃合いなので、最大限の警戒を以って件の対応は行うべきだろう。もし漆黒でも倒せなければ、陽光の持っている六大神の秘宝含め、2つの最高位天使の力で奴を処理すべきだと考える」
「──この場にいる者の中で異論は?」
最高神官長がその場で決を採るが、反対する者は当然いない。
「最高位天使であれば間違いなく盟主を倒せるでしょうね」
「間違いない」
全員が頷く。
そして彼らの真の纏め役である最高神官長は聖王国の件の方針が完全に定まったことを視認すると、次にもう一つの資料に手を伸ばす。
それを見て、残り十一名の者達も同様に手元の紙を捲り始める。途端に全員の顔が曇り出す。
「では次は私から話そう。もう一つが……そう。竜王国に我が国が宣戦布告された件だ。現在、ツクヨミ様主導で文のやり取りを交わしているものの、俄然として向こうからの連絡は無し」
「ふざけおって……っ」
「七彩の竜王──だったか。しかし奴はどこまで本気なのかね。まさかこのまま神が竜王国へお向かいにならぬとなれば、本当に我が国を攻撃するつもりなのか」
「分からない。ただ──」
最高神官長たるオルカーは、法国の東北にあたる竜王国の地を指し示す。
「あれから秘密裏に風花を動かしたところ、分かったことがある。それは奴が既に"けしかける"準備を進めていることだ。西の国境地帯では竜王国の兵士の一部が弩砲を押す姿が確認されている」
「つまりなんじゃ。彼らは先日の恩を忘れ、国の窮地を救ってくださった神に武器を向けるのか。何たる恥知らず共か」
「まぁまぁ大元帥よ。おおかた下の者共は竜王からの圧力で動いているだけで、本意ではないだろう」
「……それで、これらのことをツクヨミ様はご存じなのか」
今まで黙り込んでいた闇の神官長、グレーム・ラスタ・アーヴィングの顔がオルカーへと向く。
オルカーは少し気まずそうに首を振る。
「まだだ」
言ってしまえば、それは神への隠し事に他ならない。
しかしそれを責め立てる者はこの場には居なかった。
「本件、ツクヨミ様は大変お心を痛められているご様子。我々でどうにか対処出来ればよいが、相手は真なる竜王。スレイン法国に伝わる六大神の御業も恐らく効くまい……」
「二点目の問題に関しては、我々での解決がすぐには難しいということか」
「正直に言えばその通りだ。そしてそうなると……私はただただ心配で仕方がない」
オルカーは自分のそっと席を立つと、最奥の間の上座にある六大神を形どった彫像へと歩いていき、それを仰ぎ見る。そうしていつになく……その拳を不安げに握る。
「いつかツクヨミ様も。我々のことを案じて、この地を離れてしまわれるのではないかと」
「それは……っ」
オルカーの心配を否定しようとどうしようもなく立ち上がった水の神官長の口からも続く言葉は無かった。
それはまさに沈黙としか言いようがなく、最奥の間を重く、深く満たし続けた。
……一体その心配を、この場にいる誰が笑い飛ばすことが出来ただろうか。
────
「……」
『我々の為にここを出ていかれるのではないか』
そんな頃──
半開きになった大神殿の巨大な扉の裏には、この会話を唯一
いつしか彼は、自身の骨の腕の中で、この国の最秘宝たるワールドアイテムの一つを抱え、よろよろと来た道を引き返していた。
……ルフス。
六大神の一柱である最強の存在──死の神であるスルシャーナによって、自分はそう名付けられた。
ルフスは重い空気の漂う最奥の間をそっと離れると、そのまま自身の守護領域である宝物殿に向かって歩き出した。それはそうあれと主人によって遥か昔に命じられたためであり、ルフス自身、未だ自分の心中に渦巻く言い知れぬ感情に整理が付いている訳ではない。
(私はスルシャーナ様の従者……)
ルフスにとってそれが全てであり、ある種、それ以外のことなどどうでも良かった。だから今までもそうしてきた。国内で大きな問題が起ころうと、かつての仲間たちが正気を失おうと、ルフスは只一人、スルシャーナの言いつけを数百年に渡って守ってきた。それが遺された自分の存在意義であったからだ。
だが今──この時にきて初めて感じる心の奥底を揺らすような確かな動揺。それが静かに広がっていくのをルフスは理解していた。
先ほどの神官長たちの会話が──まるで呪いのように──何度も心の内を叩き続けている。
あそこに足を運んでいた以上……それは逃れようのない心の影であった。
神官長達がツクヨミに戦地へ向かってほしくないように、実のところルフスも、そう思ってしまっていた部分は元々あったかもしれない。
ルフス自身、争いごとはあまり好きではない。
そしてそれ以上に、
今なお元の場所へ引き籠ろうとする自分へ、スルシャーナの後ろ姿が浮かぶ──
「主よ……」
スルシャーナならどうしただろうか。スルシャーナなら……どう御命じになっただろうか。
本人の居ない中で何の意味も無い自問だと分かっているものの、ルフスは絶対にそれを無視できない。
「理解しています。彼女は……きっと、死ぬべきではないのでしょう」
ルフスはその槍を更に強く握りしめると、呼吸の出来ない体で小さく息をついた。
空虚な眼窩に今も光は無く。けれど、灯は未だ残り続けている。
あれの存在を知ったのはつい"最近"のことである。面と向かって話したのも、たった一度きりのこと──
けれど、ルフスがこの決断に至ったのは決して単なる情からではなく、彼女の持つ光が、あの御方の持つそれと似ていたからだ。
迷える人類を照らす光──
宝物殿の前で立ち止まり、懐かしむように扉に指を這わせる。
『ルフス、お前は私の代わりに此処を守っていてくれ』
それが最後の主人の言葉だった。あまりに明快で断りようの無い物言いに、ルフスは何年ここで彼の"帰り"を待つことになっただろうか。
できれば一緒に行きたかった。できれば一緒に戦いたかった。
なぜ帰る者がいないのに、宝を守るのか。
その答えはずっと出ないまま、いつしかルフスの心は深い闇の底で死んでしまった。
……しかし今になってこうも思ってしまうのだ。
スルシャーナが真に守りたかったのは此処にある無数の装備や財宝の数々等ではなく、彼が愛したこの国そのものだったのではないのかと。
『私はこの国が大好きです。六大神の方々が遺されたというこの国が』
白い髪の下に覗く紫色の瞳と笑う横顔が、なぜかルフスには鋭い刃物のようだった。
ルフスが全く見えていなかったそれらを、まるで彼女は正しく理解できているようで。
そしてそれを証明するかのように、神の降臨に歓喜した法国の風も、今までルフスが億劫に感じていたそれとは全くの別物だった。
何より。
氷のように冷たい表情しかしていなかった神官長や漆黒聖典の面々が、最近では生き生きとした表情で大神殿内を行き交っている。それはまるで──あの頃のようだった。
ルフスは宝物庫の最奥まで行くと、その腕に抱えていたワールドアイテムをそっと下ろし、今度こそ覚悟を決めるようにその隣にある棚へ移動する。
いつまでも感傷に浸っている時間はなかった。
何といっても今、法国はここ数百年で見ても最大級の危機を迎えているからだ。
「真なる竜王。奴らは強い……」
その強さはきっと、
そして最も厄介なのが、奴らは強大かつ傲慢で……あの頃からプレイヤーに強い恨みを持っているということ。
(あの者も分かっていると思うが、この戦いは絶対に避けられない)
ルフスは八欲王の時代を目にしたことのある一人。だからこそ断言できるのは、竜王とプレイヤーは決して交わらぬ存在であり、その争いも小競り合いでは決して済まされないということ。
ルフスも過去数回目にしたことがあるが、真なる竜王の推定レベルは最低75。高い者だと90ほどはあっただろう。それを倒せるのは今の法国だとツクヨミか……スルシャーナ第一の従者として最も強く作られた自分しかいない。
ただ、それでも勝算が皆無ということは、まぁ無いはずである。
(どうにか隙を付き、奴を確実に仕留める必要がある。他の竜王まで報復に出てくる可能性がある以上、それを倒しきれないのは避けたい。何よりプレイヤーが倒される可能性は極力低くしなければならない)
ルフスが懸念するのはそれだ。
人類の行く末に不干渉だったルフスならいざ知らず、法国の未来を守るために行動を起こすのであれば、今竜王にプレイヤーが敗北することだけは絶対に避けなければならなかった。何故なら、一見すると七彩の竜王は目的を完遂すれば満足して立ち去るように見えるが、プレイヤーが殺されれば次に起こるのは人類の瓦解。
特に法国などは烈火のごとく怒り狂い、真なる竜王や評議国に一斉攻撃を仕掛けるだろう。
そうなれば人類は消滅する。
「……」
こうしてみれば七彩の竜王の宣戦布告というのは一見プレイヤー単体を狙っているようで、実のところ法国に住むあらゆる者達、そしてその関係者の存続を絶ちかねないものとなっている。だからこそ、それが行われた時点で取れる選択肢は"抵抗"の一つしかない。
「世界盟約とは……一体何だったのか」
そうルフスは皮肉気に空へ話しかけると、そのまま無機質な棚に手を伸ばす。そこには六大神が遺した数々の秘宝が整理された状態で佇んでおり、ルフスがそこから手に取ったのは、鍵の付いた小さな箱だった。
それをそっと開ければ、目前には 美しさの欠片もない、異形のような見た目をした黒く禍々しい指輪が映る。
法国の中でも知る者はほぼ居ないであろうこのリングの名は
まごうことなき指輪でありながらリングの名を持たないそれは、スルシャーナの持つ装備の中でもかなりレアリティの高いものだったという。
加えてその効能は異質としか言いようがないものである。
まず、これを付けると回復行為を一切受けることができなくなる。当然それは着用者がアンデッドの場合も同様であり、
そしてこれは当然の如く呪いの装備であり、一度つければ死ぬか……これを特殊な手段で破壊するまで外れないらしい。
そんなあまりにも厄災染みたアイテムであり、主人も実際には装備していなかったそれ。
しかし、スルシャーナが『サ終前にえぐいほど安かった』等とよく分からない発言と共に他の六大神に対し時折自慢するほどの効能は、一般的な装備を遥かに上回る。
その効果は、無属性・もしくは闇属性魔法の威力を常に最大まで上昇させるというもの。つまり
ルフスはそれを手に取ると、迷うことなく己の右手人差し指の先に嵌める。
瞬間、恐ろしいほどに禍々しい光が辺りを包み込み、ルフスの
ルフスはその場で目を瞑ると──まぁ実際には瞑れないのだが──上を向いてただ一言だけ呟いた。
「御借りいたします」
そうしてルフスは金貨の積もる宝物殿の中央まで歩いていくと、瞳の奥を青く燃やしながら、大量に所持している己の魔法の一つを即座に発動した。
──いざ、
「
改めまして、いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は法国側の老人の話ばかりでしたね(主人公? どこだろう……)
とはいえ、次話からはまた大きく進展していくと思います。来週か再来週辺りにまた投下予定です。以下捏造設定となります。
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⇒原作に登場する
効果は本作中にもある通りそれなりに強力であり、ゲーム中ではBOSSの
???「スルシャーナならそうする」