Moon Light   作:イカーナ

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6.届かぬ哀哭

 ドンッ!! 

 

 それほど広くはない豪華な部屋で、女性は自らの太腿を握った拳で叩いた。それは行き場のない怒りであり、嘆きだ。

 

「……すまない。少し感情的になってしまった。そうか。ダメだったか」

 

 見た目は三十代程だと見受けられる彼女から発せられたのは想像もつかない疲労した声だった。それもそのはず、この女性こそ竜王国の女王であるドラクシス・オーリウクルス。永き時を生き、今最も苦境に陥っている国をまとめている者でもある。

 

 彼女は現在、執務室で部下である30代後半の宰相と共に騎士風の男から報告を受けていた。その内容は残酷なもので、ビーストマンの襲撃にあった近郊の小さな村が壊滅的被害を受けたこと。数ヶ月前から救援を要請していたスレイン法国からやっと届いた書状は『引き続き調査する』といったものだったことだ。

 

「陛下……」

 

 既に兵士も下げられたこの場で、宰相は沈痛に呟いた。最近、少しずつ状況の悪くなってきたこの国を知る者として彼もまた彼女の気持ちを痛いほどに理解していた。

 竜王国は力を取り戻しつつあるビーストマンの標的となっている。その数はまだ少ないが、引いては襲撃を繰り返すビーストマンは厄介極まりなく、深追いすることもできない彼らは着実に被害を増していた。元々軍事力の高くない竜王国は今も手をこまねくだけだ。

 

「分かってはいたんだがな。これは竜王国の問題で私たちが何とかしなければならない。しかし……」

 

 法国は人類の守護者を自称している。そんな存在がいれば、追い詰められた時に期待しない人間はいないだろう。それだけに落胆は大きかった。

 

「いや、そうか。私が竜族の血を引いているからかもしれん」

 

 ドラクシスは真なる竜王である七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と人間の子孫であり、孫である彼女には竜の血が四分の一流れている。確かに人類至上主義である法国はそのことを良くは思っていないが、今回の件に関してはそのことが原因ではない。それを彼女らが知る由はないが──

 

「そんな理由で人類国家を見捨てるようならば法国に人類の守護者などと語る資格はないでしょう。それに陛下は真なる竜王であり、我々の誇りです。もっと自信をお持ち下さい」

 

「国民を犠牲にしなければ力の少しも出せぬ私は無力そのものだぞ。……だが、礼は言っておこう」

 

 落ち込んだ気持ちを切り替えるようにドラクシスは考える。法国への要請は、細かく被害を書き連ねて送り直すとしても当分は自国で対処しなければならない。報告によるとビーストマンの襲撃はまだ続いており、村に滞在する個体も少ないが存在するようだった。そして村の生き残りは不明……。しかし、生き残りの有無に関わらずとも居着かれては困るので確実に兵は送らなければならない。

 

「村にはすぐに兵士を送る。それと組合へ緊急の依頼を出すことは可能か?」

 

「はい。ただしビーストマン関連となると白金(プラチナ)以上の冒険者が好ましいでしょう。うちには少ないのですぐに見つかるかは分かりません」

 

 冒険者組合は創立からまだ数十年しか経っていないためまだ高位の冒険者は少なく、最高位冒険者であるアダマンタイトはおろか、その一つ下のオリハルコンでさえ一国を見ても数えられるほどしかいない。ちなみに今の竜王国にはアダマンタイト冒険者は存在せず、オリハルコンチームは二つだけだ。

 

「ふむ……。まぁよい。すぐに取り掛かってくれ」

 

「かしこまりました。 すぐに準備させます」

 

 一刻を争うと判断した彼女は正しく、宰相の素早い対応も見事なものだった。しかし、二人はすぐに思い知らされることとなる。ビーストマンの力を。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、エ・ランテルから発車していた馬車は四日かけて王都リ・エスティーゼの南に位置するエ・ペスペルへと到着した。同じく大都市であるここの交通は盛んであり、日が落ちて間もない現在ではまだ商人たちが忙しなく門を行き来している姿がチラホラ目に入る。

 

 馬車の旅は長時間座りっぱなしであるため、車内からやっと体を出すことができたツクヨミは解放から伸びをする。既に乗り合わせた老人は歩き去っていたため、彼女も慣れてきた検問へと向かった。

 

「次の方〜」

 

 若い兵士の呼びかけと共に前へと歩を進め、荷物を出す。携帯品は日持ちの良さそうな食料品と水分程度であり、兵士はざっと目を通すと通行を許可した。最近分かったことなのだが、この世界では見てくれがかなり重要であり服装が整っているのとボロを纏っているのでは検査の時間は雲泥の差である。

 

 現実(リアル)の富裕層向け空港では国をまたぐ際に恐ろしい程に細かく荷物検査をするらしいことを知っていたツクヨミからすると、大雑把に感じられて止まないこの世界の検問であるが、機器も無く人類の歴史も浅いのだから致し方ないのかもしれない。

 門のすぐ隣に設置されている木箱の中に税分となる少量の金銭を入れ、兵士たちの間をくぐって門を抜ける。

 

 馬車の停まる拠点というのは殆どが申し訳程度に配置されたごく小さな拠点であり、寝る場所とこぢんまりとした露店が開かれているくらいだ。それに比べると大都市であるエ・ペスペルの街並みは夜でさえ賑やかだと言えるだろう。

 

「何だか少しだけ安心するな……」

 

 街道はまだ整えられていないようだが、大きな建物が横に並び兵士がゆったりと巡回している。

 

 そんな風景を横目で見つつ少数の街灯に照らされながら、今から行うことを考える。着いた時間が夜であるので、エ・ランテルのように観光している時間は残念ながら無さそうだ。そもそも店が閉まっているのもある。

 

 移動にかかる時間は前後する可能性が十分にあるので、元々スケジュールがカツカツであったツクヨミは大人しく寄り道は諦め、明日の朝のために宿を探すことにした。

 そういえば宿に行くなら入浴もしておいた方がいいだろう。ツクヨミは几帳面であるので馬車の停まる合間合間でもよく体を布で拭いているのだが、それでもちゃんと体を洗ったのは四日前。なので、Lv100の姿見であるとはいえ多分そろそろやばい。

 

 ちなみにこの辺りの国々での湯浴みはシャワーが一般的である。もちろんアーコロジーの物とは違う、きちんとした水のシャワーだ。

 

(まぁシャワーも最高なんだけど、いつか湯船にも浸かってみたいな……)

 

 かつてネット上で知った風呂なるものを頭の中に想起しながら、ツクヨミは明かりの灯る街路の先へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……。はぁ……」

 

 竜王国の白金(プラチナ)級冒険者であるパルランドは今、疲労困憊であった。昨日の昼より緊急で組合に出された依頼はビーストマンに占拠された村の解放であり、国から報酬が出るというものだった。普通は国と組合はあまり関わりを持たないのだが、内容が内容であるだけに組合に集まっていた多くの高位冒険者はこれに参加することを決めた。

 

 と言っても、そもそも高位の冒険者が竜王国に少ないことや時間が無かったこともあって、今朝この村に出発したのは国の兵士60名弱と自身を含む白金(プラチナ)級冒険者三チームだけであった。まぁそれでも本来なら派遣としては十分すぎる戦力だが……。

 

 パルランドは辺りを見渡す。出発時に出ていた燦々と照り輝く太陽は既に落ちかけており、空は徐々に暗くなっている。緑色の木々に囲まれた村の雰囲気は鬱蒼としたものに変化し、その中心には自身含む何とか生き残っている二十数人が佇んでいる。そして何よりの問題は……それを取り囲むようにビーストマンがいることだ。その数は軽く見ても20体。あまりにも絶望的だ。

 

 到着時は僅か三体だった。しかし奴らと戦闘を繰り広げていると、森の奥深くから少しずつ仲間が集まってきたのだ。

 

 

「う、うわぁぁ!」

 

 声のした方向を見ると錯乱した兵士が点在する家屋沿いに村の外へと走り逃げようとしている。だが……

 

「ガァァァ!!」

 

 

 けたたましい雄叫びと共に全速力で兵士を二体が追いかけ、千切り肉塊にする。それはこの場から誰も逃がさないという意志を感じさせた。

 ここにいる誰も動かない、いや動けなかった。

 

「うっ……。うっ」

 

 隣で同じパーティの仲間が泣き始める。見慣れた魔法のロッドを握りしめ、震えている彼女を同じく仲間の一人が慰める。皆、ここへは村を救うために来たのだ。こんなところで死んでいい人間は一人もいない。

 

 パルランドは剣を握りしめる。英雄に憧れ、努力して、それでも届かなかった彼は自分の非力さを呪った。既に周りの戦意は落ち込んでおり、絶望した表情で座り込んでいるものさえいる。どうにもならない時というのは確かに存在しているのだ。

 ビーストマンは逃げる人間がいなくなったことを確認すると少しずつ距離を詰めてくる。知能の低い彼らは下劣な表情で如何にして対象をいたぶるかを考えているだけだ。

 それは酷く不快なものだった。蹂躙、頭に過ぎった言葉はそれだ。弱者は強者に搾取される。それは自然の摂理であり、受け入れ難い事実だ。

 

 彼は隣で(うずくま)る仲間を片手で抱いた。唐突に思い出が蘇り、目からは熱い露が零れ落ちる。

 

 

 俺は何もしてやれないのか──

 

 

 もはやパルランドは自身の命などどうでもよかった。しかし、それ以上に大切なもののために彼は足掻くことを決意する。……仲間を助けてやりたいという切実な祈りは、疲弊した肉体を突き動かし再び剣を強く握らせた。

 

 涙はまだ枯れていない。痛みで震える右足で地面を踏みしめるとそれを見ていた仲間が左腕を軽く掴む。

 

「無理だ……。俺たちじゃ」

 

 パルランドは手を振り払うと、前へ駆け出し雄叫びを挙げた。

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

 両手で持ち直した剣を前にいるビーストマン目掛けて叩きつける。咄嗟の攻撃に怯んだビーストマンだったが、上手く左手の爪で剣を凌ぎ、右腕で反撃しようとする。しかし、それは想定内だった。

 

「武技:斬撃っ!」

 

 爪の上を滑らせ、無理やり軌道を変えた剣閃はビーストマンの左腕を縦に切り裂いた。

 

「ガアアアアア!!」

 

 痛みに悶えるビーストマンはそれでも反撃をやめず、右腕から渾身の一撃を放つがそれは空を切る。

 その隙を見逃さずパルランドはすかさず連撃を叩き込もうとする……が、突如横から現れた大きな爪が体にくい込み肉を切り裂いた。それは目の前の個体のものでは無い。

 

「ぐぁぁ!!」

 

 パルランドの周りには既に五体近いビーストマンが群がっていた。仲間の悲鳴を聞いて駆けつけたのだ。少しずつ数を増すそれらが怒りの表情で近づいてくるのを確認すると彼は声帯が破れるほどに大きく叫んだ。

 

「みんな! 今のうちに逃げろ!!」

 

 彼が声を上げると共に場は揺らぎ、固まっていた者たちはビクリと動き始めた。それを視認したビーストマン数体が移動しようとするが、両手で持った剣をめいいっぱい振り回し妨害する。そして……怒り狂ったビーストマンは一斉に彼へと襲いかかった。

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