大変時間を空けてしまいましたが、今話はエルフ王vs七彩の竜王となります。
もしお時間のある方は、前話59の中盤 or 最後辺りを読み返していただくと理解の一助となるかもしれません。
(あらすじ:竜王国が法国へ宣戦布告。主人公にボコされた無職のエルフ王が邪魔者を排除しに竜王国へ)
最上階に突入する十数分前のことである。
ブチ……
肉が悲鳴をあげる音が聞こえ、
ブチャァァァ!!
その後、限界を超えた肉体が
デケムが歩み去った軌跡には、何一つ残らない。
城内に存在する大蛇や、竜人間とでも呼ぶべき異形たちは、既にデケムを危険因子と見なしたのだろう。ときに魔法の武具を手に、その命を狙って襲い掛かってくる。しかし滑稽なことに──それらが一度として王の身を掠ることはなかった。
「……下郎、しつこいぞ」
この世界の中でも超常の力を持つデケムがひとたびその腕を振るえば、それらは簡単に弾け飛んだ。物理への高い耐性を持つはずの生物──つまり特殊な精霊系統の大蛇などであっても──自分が召喚した土の精霊が、まるで主への忠誠を示さんとするように即座に消し飛ばしていく。まさに無双としか言いようがない。
だが、そんなデケムですら、多少の苦戦を強いられる相手というのは確かにいる。
いずれは世界を席巻するであろう存在。
そんな自分が思い通りにできない……
それに抗うため、デケムはいつの間にか、このような場所まで足を運んでしまっていたのだ。
──
──
じゅうっと……紙が焼け爛れていく音が室内に消えたのち、幾度かの会話を経て、それは
「かかってくるがいい。……愚かな
始めに、デケムはそれを鼻で笑った。
(愚かな
それに奴はこうも言った。……小人の王 ……罪人の血筋、とも。
どれをとっても、王たるデケムに対しては、明らかに似つかわしくない言葉だ。
もはや怒りさえも湧いてこず、憐れみを持って目の前の相手を見やる。
「無論、そのつもりだが──」
そこまで言い、口を噤む。
(竜王国の国主たる存在。
それが今回の標的だ。しかし、デケムがそこで言葉を切ったのには理由がある。
(私が知っている姿とは大きく異なるな。何かの幻術か? それとも)
本人ではないのか。
沸き起こる疑心。拭えぬ違和感。
そんな不明瞭な相手……もしかすると無名の存在に対し、王たる自分が本気を出し過ぎるというのもいかがなものなのか。
微かな警戒心と、何とも言えぬ面白くなさが、デケムの足を一度止める。
分類としてそれは、アゼルリシア山脈などにいる
曰く、竜の枠組みを遥かに超えた巨大な体躯と力を持つ。
曰く、位階魔法とは違う枠組みの魔法を操る。
デケムが世界征服の計画を立てるにあたって、どれも将来的に障害となるだろう──そう考えていた要素だ。
もっとも、だからといって自分が負けるなどと思ったことは一度もないし、今この場でその障害を排除できるなら、それはそれで来た甲斐があったと言える。
未だ判別が付かないが、デケムは敢えて余裕を見せつけるように、腕を組んでみせる。
(まぁいい。老い耄れとはいえ、私の
デケムは納得しつつ、もう一歩、更に一歩と広間を尊大に進んでいく。
室内は古めかしい王城らしく、多数の石柱が左右に立ち並んでいる。竜王国の旗が掲げられた天井と、中央に敷かれた──部屋の奥へと向かう深紅の絨毯が目立つ構造。
人呼んで、竜王国──玉座の間。
交配以外の外交には特に興味の無かったデケムがこの場所に来るのは初めてのことだったが、特に思うことは無い。
窓は無く、密閉された──されど広々とした、豪奢な灯の数々に照らされる地。そしてその奥に鎮座する玉座と、こちらを観察するように立ちはだかる真なる竜王の姿──
「……
「なんだ」
深紅の絨毯を踏みしめるデケムに対し、
赤と黒を基調としたローブをゆっくりと持ち上げ、それはデケムの頭上、その背後の天井を指差した。
「やはり、あれが見えていないようだな」
「……なに?」
「その程度の存在であれば、万に一つとして、我に傷を付けることは叶わないであろう」
ピクリと眉が動く。
(何を言ってるんだこいつは?)
デケムはその場で足を止める。
前言撤回だ。それは、
「なるほど。そこまで言うのならいいだろう。どれほどのものか、私が直々に試してやる。……
絶妙な間合いで両者が立ち止まると同時、デケムは自身の持つ魔法の中でも特に魔力の消費が大きいそれを発動した。その効能は破格であり、魔法の加護を受けた者は長時間の持続回復、即死耐性、そして自分が死亡する際に一度だけ復活することが可能となる。
これにより、たとえ相手が卑怯な不意打ちを仕掛けてきた場合であっても、デケムは更にその上を行き、多少は無理のある立ち回りを強行することができる。
デケムは未だ玉座の前で武器も出さずに突っ立っている時代遅れの老い耄れ──
更なる魔法を発動するためだ。
「随分と余裕なものだ。後ほどになって後悔しても知らんぞ……? 出でよ──暴風よ。
それを発動した瞬間、室内とは思えないほどの途轍もない暴風がデケムの指先から吹き荒れ、天井の旗を力強く叩きつける。
また、発生したのは風だけではない。
「……砂塵か」
荘厳な老人の声が、砂に覆い尽くされた視界の奥から微かに響く。
既にデケムの魔法によって、部屋の四方には砂の巨柱が出現していた。また、連鎖して発動した
これに似た魔法としては、
無論、デケムとて、これしきの蹂躙で溜飲を下げてやるつもりは毛頭ない──
「先ほどは、敢えて出力を抑えていたのだ」
聞こえるはずのない靴音を地面に一度だけ立て、嘲笑混じりに宣言する。
「今度こそ、そのご自慢の身体で
移動したデケムの指先から光の閃光が発生し、それが視界の悪い砂の中へ無慈悲に、そして凄まじい速度で飛んでいく。
先ほどとは違い、完全な状態で、それもデケムが本気で放った攻撃魔法。
アンデッドに特に効果的なそれは、白い光が半球状に顕現するように現れ、太陽のような輝きと共に砂上を灼熱で覆いつくす。
その高温は鋼鉄の鎧を溶かすような性質のものではない。しかし、生身の肉体にはより効率的に、絶大な損傷を与える。またこの魔法は紛れもない範囲攻撃であるため──避けることも困難を極める。
しかもだ。
これを発動する直前、敵はその場を動く素振りさえ見せていなかった。
つまり直撃。間抜けにも反応さえできていなかった。
「呆気なさすぎるぞ」
偽りの玉座を粉砕するかのように鳴り響く爆音。
あまりにも早く終わらせすぎただろうか。
デケムの脳内では、既に
思わず鼻で笑いそうになる。
が、なぜだろうか──
今回ばかりはその振り切ったばかりの手をそのまま下ろすことはせず、黙って砂塵の中を見つけ続ける。
デケムの魂の奥底で鳴り響く……自身がとうの昔に捨て去ったはずの、危機感という名の警鐘。
言い知れぬ不快感が飛来するとともに、脳裏へ一瞬だけ
白い髪を持つ女。デケムに初めて苦戦を強いた法国の女神が、その細い剣を振り抜く瞬間を──
(……っ!)
その時だった。
「……ほう」
コンマ数秒。デケムは、その超常的な反応で首を僅かに傾けていた。
簡素な木の冠を戴くその頭部──その頬から、一筋の赤い血が伝う。
内心の驚愕を押し殺し、目を細める。
視界の端に映るのは、先程まで存在していなかったはずの、細く伸びた"虹の刃"だった。
「反応できるとは思っていなかったが、まぁ、よい──」
デケムは瞬時にその場を飛び退く。当然、
(馬鹿な)
内心では、デケムは今までに感じたことのない強い焦燥感に焼かれていた。
そもそも、奴が攻撃してきたことを知覚できなかった。
それに、こちらが最大まで威力を高め発動した
「あり得るわけがない」
単純に何かの幻術が発動した。そう考えるしかない。
(奴は実体を持っていないのか? いや……それはないはずだ)
デケムは中空で瞬時に状況を把握。やはり、床に流れ落ちた砂をその両脚で踏みしめている奴が、決して幻影などではないことを視認する。第四位階魔法である
「ちっ。少し舐め過ぎたか」
デケムは舌打ちしながら柱を蹴って更に上空へ飛び上がると、天井付近で自身が使える
「
この魔法は精霊の持つ魔法の耐性を得る魔法で、正直に言えば後から発動してもあまり効果はない。しかしもしこの城自体が敵の罠であった場合は、多少の効果を得られるだろう。
砂嵐が解け、敵の姿が鮮明に映り、それでいてデケムが宙に浮いている。この時初めて、明確に両者の視線が交差した。
(こいつ……やはり……)
下からこちらの様子を窺う
そしてその頭部には赤黒い水晶の王冠が載っている。
デケムは幻視する。
これは人間などではない。その背後に、とてつもなく巨大な竜が潜んでいるのだと。
間違いない。
これが本体だ。
そう──ようやく確信する。
デケムは重力に導かれるように地面に着地し、迷うことなく即座に魔法を発動する。
「ならばこちらも、本気を出すまでだ」
とはいえ、相手とて黙っているばかりではない。
こちらの着地を狩るように
しかしながら、今回はデケムの方が早い。
なぜなら既に準備は完了していたからだ。
「ベヒーモスッ!! こい!!」
「……なに」
部屋中に撒き散らされた砂が
召喚獣ベヒーモス。デケムの召喚できる大地の精霊の中でも最強の存在。
本来であれば、宝物庫のように自然豊かな地を媒介として召喚する必要があるこれを、デケムの四属性魔法の残滓……つまりは部屋を埋め尽くす砂を触媒にすることで、強引に現界させたのだ。
これこそが今まで隠していた切り札。
デケムは己よりも強い精霊を支配し、命令することができる。それはデケムの修めている職業の効果による理外の技であり、多少のデメリットも持ち合わせてはいるのだが──その力は破格である。
デケムは迷わず、召喚された土の最上級精霊へと指示を出す。
目の前の敵を叩き潰すのだ。
「もはやお前と喋る気も起きない。行け、ベヒーモス。その雑魚を跡形もなく踏み殺せっ!」
「……」
図体の大きさに反して、ベヒーモスの攻撃は異様なほど早い。
右の拳を振り上げ、
しかし、ここでデケムの想定外が起こる。
ベヒーモスの放った攻撃が竜王国玉座の間の地面に衝突し、部屋全体が地震が発生したかのように揺れ動いたのだ。
倒壊まではしていない。ただ、その途方もない威力を受けた地面に目を向ければ、そこは土の精霊の力により異質な金属に生まれ変わっており、更には地面をへこませ、衝撃波は柱に亀裂を生じさせていた。
まぁ元より、デケムとて別に竜王国の城がどうなろうと知ったことではない。
ただし、これらの攻撃で今いる階層が破壊され、デケムの立つための"足場"が無くなるとなれば話は別だ。
相手はドラゴンなのだ。生粋の
それを踏まえると、ベヒーモスの攻撃にも気を使わなければならなかった。
しかも、更に不運は続く。
「ちっ。天井が低すぎる……」
そう──。ここは人間の為の城。つまり、エルフの国の宝物庫などとは違い、ベヒーモスを召喚して戦わせるような構造にはなっていない。デケムがわざわざベヒーモスの攻撃を上へ上へと誘導してやれば、今度はベヒーモスが豪奢なシャンデリア等にぶつかり、天井を破壊するのだ。
「どうやら万策尽きたようだな」
「ふん。……この程度がどうだというのだ。部屋が狭いということは、つまりお前も道を塞がれているということ。攻撃が当たれば──貴様は終わりだ」
デケムはベヒーモスの背後に隠れつつ、その隙間から魔法を放つ。状況は把握しづらいが、
(あの時もそうだった……。ちょこまかとベヒーモスの攻撃を避けられ、そうして魔力切れの瞬間に不覚を取られた。だが、今度は──)
デケムはその時、確かに
そんな相手は未だ余裕を見せているのか、デケムから見ても大きな動きがない。これなら、捉えられる──
「
デケムの持ちうる全ての魔法を頭に入れ、そのうえで正確無比に、ここしかないというタイミングで
……
……
……
(は……?)
デケムの心臓。
その左胸の骨の隙間とでもいうべき箇所へ、敵の刃が深く貫通するよう突き刺さっていた。
「うぐぁ……は……っっ」
デケムは生まれて初めて、大量に口から血を吐き出す。
(何が……)
理解が追いつかない。遅れてやってくるのは、生存を否定するほどの耐えがたい激痛だった。
痛い
痛い
痛い
それは気がおかしくなるほどの痛みで、デケムの精神を熱するどころか、瞬く間に冷やしてしまう。
思考が上手く回らない。
王としての矜持さえも、脆い涙と共に溢れ出しそうになる。
何が起こったのか分からない、というのが率直な感想だっただろう。
あまりの痛みに、腕や足が痙攣し、すかさず到来した寒気と震えに抗う。
そんな中、自身の霞んだ視界の先では敵の腕が──無慈悲にもその胸を引き裂くように、外側へと薙ぎ払われる。
そうしてデケムは呆気なく死んだ。
しかし、それは全快には程遠い。
体力の大半を奪われた状態で復活したデケムの身体、その首は、既に敵の左腕によって強く締め上げられていたのだ。
それはまるで、巨竜に細い首筋を嚙みつかれているような感覚──
復活して早々、息が……できない。
「
無慈悲な敵の宣告──屈辱としか言いようがない──が目の前から響くが、デケムは自身の浮いた足を思うように動かすことさえできず、もはやそれどころではなかった。胸の傷も多少は塞がっているが、激痛は収まらない。
なんでこんなことに。
盤面をひっくり返すかのような突然すぎる王手に、数多ある泣き言が頭の中を木霊する。
私は偉大な王だったはずだ。
選ばれし強者だったはずだ。
軟弱な
にも関わらず、無能な家臣には裏切られ、スレイン法国の女にはコケにされ、そして最後にはこの傲慢な竜王に──まるで塵を掃くように──殺されなければならないのか。
死にたくない。
そんな原初的な思考を、デケムの身体はいつしか叫んでいた。それほどまでに胸に受けた致命的な損傷と、息のできない状態というのが果てしなく苦しかった。
「デケム・ホウガン──確かそんな名だったか。大罪人の血を継ぐ者、
「な……に……」
そんな中で、あまりにも甘い言葉が目の前から告げられる。しかしながら、見返りの無い報償など、果たして現実に存在するだろうか?
デケムは後ろに佇むベヒーモス──いつの間にか足を損壊している──に苦し紛れの指示を出すことさえ忘れ、それをただただ聞き入る。
「生き残るには、それ相応の条件がある。貴様の持つ"竜帝の汚物"の情報を全て吐くこと、それが唯一掴み取ることのできる
「……」
首を締めあげていた拘束が多少は緩む。"喋れ"ということなのだろう。
腕はもう、持ちあがらない。血液が失われ過ぎて、口を動かすのも精一杯の状態だ。
(竜帝、の……だと?)
デケムは必死に思考を回す。
竜帝の汚物とは、恐らくは法国で……六大神とか言われていた奴らのことだろう。
一瞬、自分の偉大な父──八欲王の一人だ──がこのクソトカゲ共にそのような蔑称で呼ばれていたのだということを思い出し、歪んだ顔を更に顰めるに至る。しかし、何か情報を渡せば助かるかもしれない。
そんな浅く、軟弱な思考が、デケムの頭の中を駆け巡っていた。
(神……。そう、か……。ツ……ミ。あの……女の)
デケムは走馬灯のようにその姿を目の前に映し出す。
白い髪をした、美しい女。突如としてスレイン法国に現れ、そして自分を拒んだ女。今になって思えば、デケムは確かにあの戦いで、敗れていた。
あの時、女が使っていた魔法は……
「……か……」
「何? 聞こえぬぞ」
鮮明に思い出せる。
あれで武具の性能を強化し、忌々しい白い剣を振り回しながら、ちょこまかと──
それと、
もはや痛みもない。私は、あの女が本当に、嫌いだ。
「……」
「使えん奴だ。……せめて利用価値があるかとも思ったが、無駄だったか」
デケムがオッドアイの目の両方を閉じると、そんな言葉が目の前で吐き捨てられた。
実のところを言うと、デケムは、意を決して喋ろうと思えば、声を絞り出すことくらいはできた。このまま降伏しようかとも考えた。
だが、プライドがあった。
王として世界を征服しようと本気で計画していた自分が、このまま生殺与奪の権を敵に握られ、無様な犬に成り下がるのか?
怖い。
死にたくない。
だが……嫌だ。
……
デケムはゆっくりと腕を持ち上げ、目を見開く。
「
何を思ったのか自分は、奴の顔の後ろをそっと指差していた。微かな可能性──あの時は為しえなかったそれに──賭けてみたかったのかもしれない。
「勝ち……誇った、つもり……か──」
「貴様」
その時──
地に両手を付けていたベヒーモスが突然腕を振り上げ、体勢を崩しながらも
それは渾身の一撃。
恐らく人類で初めてのことだろう。初めて、人知を超えた絶対の支配者たる
壁はあまりにも厚すぎた。
「そうか。非常に残念だ」
そして剣がもう一度──デケムの胴目掛けて、無情にも振り払われた──
最後までお読みいただきありがとうございます。
ようやく当初書きたかった戦闘の一つを書くことができました。
長い間待ってくださっていた・他にも新規で読んでくださった方がいらっしゃれば、本当にありがとうございます。
軽くでもご感想いただければ幸いです。次話もどうぞ宜しくお願いいたします