「ガレット! この揺れは……!?」
悲鳴に近い仲間の声が、不気味なほど静まり返った廊下に響く。
竜王国のオリハルコン級冒険者チームである『
──入り口での喧騒を経て、城内潜行を開始してから、そろそろ一時間弱が経過する頃だ。
謎の
上層で何が起きているのか。
戦士であるガレットにそれを特定する術はない。だが、今もひしひしと感じるこの異常な重圧を考えるなら、やはり上で
(彼らは無事だろうか……)
ガレットは息を呑む。
ここに来るまでに一度別れたオリハルコン級冒険者、
彼らは危険を承知で、あえて上の階層へ行った。この謎の衝突に巻き込まれている可能性も十分あり得る。
……無論、だからといって今更引き返せるかというと、答えは いいえ だ。
ガレットは額を伝う汗を拭い、ようやく揺れの収まったシャンデリアから視線を外す。
「収まったか……。よし、行くぞ」
自分たちの使命は、この城のどこかに囚われている女王陛下の救出だ。
竜王国最高峰の冒険者として、ここでただ逃げ帰ることなどできようはずもない。
震える脚を叱咤し、ガレットは再び物陰を縫うようにして廊下を駆け抜けるが──
「ガレット──」
そんな二人を嘲笑うかのように、幾度目かの接敵が訪れる。
潜行では決して避けらないとはいえ、これだけ数が多いと思うように先へ進めない。
焦る気持ちを抑え、ガレットは交差点の手前で、鋭く仲間を制止する。
「分かってる」
──横から、何かが来る。
ガレットは壁に張り付き、耳を澄ませる。
(……)
ただ──近い。
それは今までの遭遇と違い、あまりに近かった。
油断していた訳ではない。目に見えぬ
(足音のテンポからして、今まで出会ってきた化け物より小さそうだ。やれるか? ……そもそも俺達は見つかっているのか……?)
タッタッタ といった靴音が近づくにつれ、緊張が極限まで高まる。
「やるしかない」
……握りしめた大剣にまで、自分の心臓の鼓動が伝わってくる。
迎撃の体勢を取ったガレット、そして後衛のアンジェシカの前に突如として現れたのは──
「……!」
「!? か、閣下!?」
化け物などではない。
エルクフィール・アンドリューズ──竜王国の中枢を担う、宰相その人であった。
(この御方は、確か……)
以前、勲章授与の儀でガレットもお会いしたことがある。
拝謁した際の威厳ある姿に程遠いとはいえ、それでもその洗練された知性を纏う姿、万に一つも見間違うはずがない。
何はともあれ、この死地において顔見知りの
「さ、宰相閣下……どうしてこのような場所に……?」
「これは……ガレット殿に……アンジェシカ殿。このような場所──というのは私も同じ思いですが……このタイミングで貴公らと合流出来たのは、数少ない僥倖……でした」
それだけ言うと宰相は痛々しく眉を顰め、壁にもたれるように小さくかがむ。
見れば左肩から前腕にかけて流血が起こっており、しかもその先には布包みを──まるで命よりも大事な物を抱えるかのように──固く握りしめていた。
隣に立つアンジェシカが即座に青色の溶液の入った
「! っお使いください」
「……助かります。実は上層から逃れる際、敵の追撃を受けましてね。何とか撒いてきましたが、生まれて初めて本当に死ぬかと思いましたよ……」
「宰相閣下。非礼を承知で一つだけお聞かせください。……陛下は。女王陛下は、ご無事なのでしょうか? 閣下がそのような状況なら、連絡の取れないという女王陛下ももしやと思い……」
ガレットの切実な問いに、宰相はただ一度だけ力強く頷く。
「大丈夫です。貴方方の心配には及びません。陛下はご無事です。……ただ、少し身動きが取れない状況でしてね。先刻、私にある指示を出されたのです」
「それは……?」
「
傷の塞がった腕がいそいそと差し出してきたのは、布に包まれた棒状の何かと、その下に握り込んでいたと思われる輪に繋がれた多数の鍵だった。
「法国から──正確にはツクヨミ様から先日譲り受けた神器と、竜王国の地下牢の鍵です。……これさえあればこの窮地を脱せるかもしれないと、私を信頼し送り出してくださったのです」
宰相は感極まるように、そして決意を滲ませてこちらを向く。
「ゆえに私はこれから、再び"下"へと参ります。お二人とも……同じ使命を持つ者として、同行いただけますか?」
「無論です」
「ガレット、急ごう!」
その返答に迷いはなかった。
一行は息を潜め、女王の囚われているという王宮の地下へと駆けて行く。
──
──
道中、壊れた扉は
厳重な二重扉の牢。その冷たい鉄格子の奥に、見目麗しい女性──竜王国の女王、ドラクシス・オーリウクルスの姿があった。
「……遅かったではないか、宰相。それに、勇敢なる我が国の冒険者たちも一緒とはな」
艶やかな黒髪が地面に座り込み、竜のような橙色の瞳が暗い牢の中で発光しているようだ。
囚われの身でありながら、今もその態度には王としての威厳が満ち満ちている。
「申し訳ありません、陛下。上層で敵の追撃を受けまして。……ですが、ご所望の品は確かに」
宰相は鉄格子越しに女王へ布包みを手渡し、手際よく鍵を開ける。幸い、ここまでで重大な接敵はなく、宰相の身体も部分的にだが癒えている。
「よし。先ずはよくやったと言っておく。……だが、喜んでいる暇はないぞ。一刻も早くこの城を出る。"やりよう"を考えるのはその後だ。良いな?」
「はっ──!」
四人は合流し、即座に牢獄から離れる。
まだ、近くに巡回している敵がいるかもしれない。
一秒でも早くこの場を立ち去り、この戦争を止められる可能性を持つ二人の安全を確保するため、ガレットとアンジェシカは彼らの護衛を務めながら、城の出口を目指して一階の回廊へと駆け戻った。
あちこちから敵の強烈な気配が漂っている。
それを無視し、ただひたすらに道を切り拓く。
建物の微細な倒壊があれば、女王と宰相をそれらから守り抜く。
まだ戦っているかもしれない、
だが、事態は彼らの脱出を容易には許さなかった。
「っ!! また揺れか!」
一階の豪奢な絨毯を踏みしめた瞬間、先程よりもさらに強烈な地響きが上層から伝わってきた。それと呼応するかのように、王宮の内部が更に荒ぶる。
「ガレット、前から来る!」
「くっ。この城は、俺達を逃がさないという意志でも持っているのか……?」
アンジェシカの叫び声。
視線の先──城の正門へと続く大回廊を塞ぐように、凄まじい光気を放つ『光の大蛇』が這い出てきた。額には赤い宝石が輝き、その巨躯は縦だけで軽く三メートルを超えている。
(あれは……勝てる相手じゃない!)
冒険者としての直感が叫ぶ。
難度100……いや、それ以上だ。
オリハルコン級のガレットですら、一目で死を直感するほどの圧倒的な存在感。しかし、それががっちりと通路を塞いでいる。抜け道も、安全な迂回路もない──
無慈悲な絶望が足を縫い止めようとした、その時だ。
「──使え!!」
後ろからドラクシスが、迷いなく後衛のアンジェシカへと、何かを押し付ける。
宰相が命懸けで持ち帰った布包み──ツクヨミの齎した『神器』。その布がはらりと解け、荘厳な装飾を施された一本の杖が姿を現す。
「それに魔力を込め、薙ぎ払え! 迷うな!」
女王のその行動を見て、事態を即座に理解したガレットが、叫ぶ。
「アンジェシカ、撃て!!」
ガレットは彼女を守るように前に出る。
蛇から発せられた──恐らく
(ぐぅ……っ!!!)
たかが数秒の間に、何度も攻撃の波がやってくる。その全てを武技を交えて斬り伏せるが、耐えられない──
もはやブレスだ。敵の終わらぬ猛撃に、ガレットが堪らず限界を迎えそうになる。が、その瞬間には、言われずとも仲間が躍り出ていた。
「化け物っ!! 消え去り──なさい!!」
間一髪で爆発的な魔力が杖の先端から放たれる──
発動した魔法は──
「
轟音に搔き消される女王の声。
廊下を通り抜けた龍の如き雷光はいともたやすく大蛇の全身を貫き、その光体を呑みこむかのように混ざり合い、爆発させる──
ガレットは改めてその規格外の光景に、ただただ息を呑む。
「……えっと」
もはや言葉もない。ある意味では裏技のような形で、一瞬にして脅威がねじ伏せられていた。
「あ、あの……陛下。畏れながらこの杖、ヤバくないですか……?」
アンジェシカもかくかくと首を動かし、女王陛下の方へ振り返る。
「ふむ。ま、まぁ我々王宮の人間にとっても、これは奥の手に他ならぬからな。しかし、かの神様曰く、もっと強力な魔法も発動できる代物らしいぞ」
「もっと強い……? あの、これ。いくら積めば買──譲っていただけますか?」
ドラクシスは呆れながら答える。
「戯け。少なくともお主らが見たこともないような額だ。変なことを言っていないで、行くぞ」
一行は消し炭にした魔物の上を踏み越えながら出口へと向かう。
(同じオリハルコン級チームも……無事帰って来られるだろうか)
一応、道中で事前に合図を送ってはいるが、あまりの忙しなさに
ガレットが後のことを考えながら走っていると、後ろでは既に宰相たちが今後のことを話していた。
「陛下……? 軍務官の元へ急ぎましょう。すぐに統制を回復させ、あとは文書の再発行を──」
「あ、あぁ。宰相……。いや……何でもない。そうするとしよう」
誰もがひと時の安心感を噛みしめるよう、光溢れる出口を抜ける。
彼らが門を抜けると、入り口付近で待っていた人間達による怒涛の歓声が沸き起こる。
ガレットは膝をつき、ただただ安堵にその身を震わせた。
(助かった)
ただ一人、黒髪の女王だけを除いて。
彼女は微細に揺れる古城を険しい顔で見つめ、神器と呼ばれる杖をアンジェシカから受け取っていた。
また城が、揺れている──
♦♦♦♦
女王が救出され、一階に戻ってきたのとほぼ同時刻のこと。
竜王国最上階にある玉座の間では、一瞬とも言えるような死線を分かつ異変が起こっていた。
胴体を両断され、今度こそ完全に命を散らしたと思われていた規格外の怪物、デケム・ホウガン。
──しかし、彼はまだ生きていた。
「……く、は……っ」
首を締め上げていた強固な拘束が突如として解かれ、デケムは動力の切れた人形のように、赤い絨毯の敷かれた床へと崩れ落ちる。
静寂の室内に、喉から這いあがってきた赤黒い血液が撒き散らされた。
本来であればあの瞬間、刀身1mに近い巨剣が、デケムの上半身と下半身を確実に両断していたはずだった。だが、その必殺の一撃がデケムに命中することは無かった。
何者かが放った
水晶の剣は虚しく中空を滑り、室内に衝撃波を発生させながら、竜王の手元へと再び引き寄せられる。
「……貴様は」
デケムに向けられていた冷淡な殺意は瞬時に掻き消え、代わりに、それを遥かに上回るほどの敵意と警戒がその場を支配した。
今までデケムと対峙していた
竜王の仮初の瞳には金色の炎が灯り、赤と黒を基調とした全身からは隠しきれない侮蔑の念が、まるで極寒の氷山に吹きすさぶ風のように発せられていた。
「……
死の気配を凝縮させたような悍ましい白骨の異形。その右手からは途方もない魔力の奔流が漏れ出している。
身に着けている禍々しい黒のローブ。そして肉の付いていない白い指先。
どれを取っても"世界の理"から外れている。
そんな中、
魔力の残滓、装備の質、
その警戒の度合いは、デケムへ向けていたそれの比ではない。
「ただの
竜王が慎重になる理由は、この者が死を超越したアンデッドが至る最終到達点の姿──決して自然には生まれない、あるいは生まれるとしても、世の理を覆すような大儀式が必要になるような"異物"だったからだ。
「覚えがあるぞ、その気配。……なるほど。どうやら大罪人だけでなく、偽善者共の生き残りがいたか」
「……」
名はルフス。
スルシャーナ第一の従者にして、人類の安寧を託された神代の生き残り。尤も、それを
ルフスは黒のローブからはみ出た白骨の腕を下ろしながら、静かにデケムの前に降り立った。
虚ろな眼窩の奥に底なしの闇を宿し、静かに──両者が動き出す。
────
──
「な、なぜあの御方が……!?」
震えるような驚愕の声が、竜王国から遠く離れた地で発せられた。
スレイン法国大神殿の敷地内。神聖不可侵とされる区域の裏庭に展開された、『遠隔視の魔法』の前である。
叫んだのは魔法を通して、その戦いをずっと見ていた火の神官長と水の神官長だった。
実は、二人はツクヨミがこの地を離れる前に発動した
スレイン法国は現在、竜王国から宣戦布告を受けている立場にあり、予断は一切許されない。
実質的には"唯一の敵"である竜王がどの程度の力を持つのか。いざという時に、神であるツクヨミを支援することは可能なのか。不安を押し殺しながらも、せめて有用な情報を得ようと必死だったのだ。
……そして、彼らは絶望的な現実を突きつけられていた。
残念ながら竜王の力は、全く底が知れない。
現状の戦力での支援は困難であると判断した一行は、ならばと宝物殿の奥に眠る『六大神の遺物』、あらゆる秘宝の持ち出しが可能か、副神官長らも含めて緊急の議論を交わしている最中だった。
その重大な決断を下すにあたり、六大神時代の生き証人たるルフスの助言を仰ごうとしたが、やはり神殿内のどこを探しても彼の姿は見当たらなかった。
──その理由が、今、画面越しに判明したのである。
「あ、あり得ません……! なぜルフス様があのような死地に!?」
最悪死んでもいいエルフの王と、憎き竜王との潰し合い。
それならば、彼らにとってはただの有益な情報収集で済んだ。しかし、今対峙しているのは彼らの師とも言えるルフスなのだ。
もし、あの竜王を相手にその命が失われるようなことになれば──。
その取り返しのつかない最悪の可能性に、周囲の副神官長達すらも半ばパニックを起こし、悲鳴のような声が飛び交い始める。
「皆の者、落ち着け」
そしてやはりというべきか、それを静止したのはこの国のトップである最高神官長オルカー・ジェラ・ロヌスその人だった。
オルカーは動き出したモニターの画面を凝視しながら、神官長や巫女姫を嗜めるように言葉を紡ぐ。
「あの御方が何故あの場に出向かれたのか。その遠謀を……我々程度が推し量ることはできない。だが、その根底の思いは同じ筈である」
「……」
「であれば、我々が騒ぎ立てることに何の意味があるのか。我々にできることは
「──その通りだ」
その時、公務から戻ったのか六宗派の中で闇の神を信仰する闇の神官長がこちらに向かって歩いてくる。
「最高神官長。色々と起こっているようだが、一旦は報告だ。まず、ツクヨミ様は無事国境を超えられたとのこと。敵の待ち伏せもない。向こうの人間への連絡も済ませておいた」
「そうか」
「他はまた後で伝えよう。そして次は」
闇の神官長たるグレームがちらりとモニターの方を見やる。
「
裏庭に一瞬の静寂が走る。が──モニター内で竜王の一撃とルフスの一撃が激しく重なり合うのを視認した一行は、すかさず頷き合う。
「多忙の神には申し訳ないがそうするとしよう。無論、あらゆる罠をこちらでも想定し──我々の失態で共倒れになることなど、決してないよう」
あまりに重苦しい響きがオルカーの喉を通り、全員の危機感も最大まで引き上げられる。
胃に穴が開くような気持ちで全員が……持ち場へ戻っていく。
そうして
────
──
「
敵の速攻と言うべきか、デケムを庇うようにその場に立ち塞がったルフス──その両者を諸共消し飛ばさんとする勢いで、
しかしルフスはその鋭い斬撃を、圧倒的な速度で呼び出した
と同時に。
「暫しそこにいるがよい」
事前に開放しておいた入り口の扉──その先の通路へルフスは簡易的な結界を貼る。
そのうえで気絶したデケムの背中を掴んで、死なないようにその後方へ投げ飛ばす。これで彼を助けるのは二度目である。
というのもつい先刻、ルフスが介入するより少し前の時点で、この男は既に死にかけていた。
ルフスは彼の命をすんでの所で救うため、中空から最強の威力を誇る第十位階魔法──斬撃系魔法の極致たる
(元はと言えばこのような者、助けるつもりなど毛頭無かった)
ルフスは空虚な眼窩で左右からの追撃を警戒しながら、独白する。
スレイン法国に長く身を置き、六大神の間接的な子孫とも言える神官長達へ助言する立場にあるルフスにとって、デケム・ホウガンという存在が何を企み、何を行ってきたかなどは熟知している。
世界を支配する野望。女子供への不当な扱い。
そして、不要な外交の亀裂を招く傲慢さ。
どれもが、この
「……王よ。お前は賭けに勝ったぞ」
骨の壁がたった二撃で叩き壊されるが、既にその場にデケムはいない。
あの男はグレーな誘致こそ行っていたが、
ならばまだ──命を賭して秘密を守り抜いたあの男は──法国の同盟者と呼ぶに値する。
ルフスは宙を飛び、全身の魔力を開放するように、両手を頭上に掲げる。
「
「無駄なことを」
破壊された残骸を目くらましに使いながら、ルフスは第九位階魔法に位置する雷魔法を、室内に連続して発生させる。これら全てが言わずもがな、
竜王は右手で持っていた水晶の剣──それと同じものを中空で生成するようにし──その左手に収まるように空中で軌道を変え、ルフスの背後からブーメラン状に斬撃を放ってくる。
「
それをルフスは転移魔法によって回避する。
そしてその場に機雷を仕掛け、続く追撃を避ける。更に、もう一つの変数が奇しくも動き始める。
「……ォォォォ!!!」
っ!!
巨大な腕が、
それを察知した竜王は、初めてその魔法を発動する。
「世界移動──」
竜王の姿が掻き消える。
「ベヒーモス。確か、そんな名だったか」
またの名称を
ベヒーモスは気絶状態にあるデケムを守るため、下半身を損壊した状態で最後の命令である『目の前の敵を倒すこと』を自動で遂行していた。
実際、ユグドラシルでも召喚モンスターをそういった目的で置いておくことは珍しくない。ただ、デケムが生きていることによってこのような副次的効果が発生するのは、ルフスとしても想定外だった。
「
しかしながら、だからと言ってこちらが有利かというと、それは全くの別問題だった。
というのも、未だ……
ときに奴はこちらの攻撃を避ける素振りさえ見せず、攻撃に転じることもあるのだ。つまり、火力が足りていない。あるいは、何かを致命的に漏らしてしまっている。
(魔法防御力が異様に高い……? いや、これはもっと別の何かだ。まずはそれを探らなければ)
ルフスは柱を遮蔽にするように移動し、
「
これは間違いなく命中する。
その時だ。
(あれは……)
苦し紛れに再三の世界移動を発動するかと思いきや、
その身体は不自然に光り輝いており、まるで、何かの膜に覆われているかのようだ。
「児戯もそろそろ終わりとしよう」
「世界歪曲障壁」
空間が……巨大な透明の壁に覆われていく。
転移阻害か?
それとももっと別の何かなのか?
ルフスが考えていると、更に別の魔法が発動する──
「三色散乱」
「なにっ」
すると、その場には『三体の竜』が突如として姿を現していた。
左から青、青紫、紫色。
その全てが城の下層で見たもののようにエレメントのような姿を取っているが、脚が無く──腕と翼と長い胴体からなるこの世界の竜の亜種のような姿をしたそれらは、ぽっと出の雑魚にしては明らかに並々ならぬ力を有しているように感じ取れた。
(Lv80……いや、それ以上か)
対応できなくはない。しかし、
ルフスの手の中に、無いはずの汗が滴り落ちた。
~~~~
時を同じくして。
竜王国の上空、分厚い雲を突き破るようにして飛翔する巨大な影があった。
転移を除けば、ほぼ最高速とも言える空中移動。空を裂く風切り音の中、巨大な灰色の
ツクヨミが降り立ったのは竜王国、王都の西側にある正門前だ。
当然、馬車が行き交うような入り口に轟音と共に怪物が着陸し、そこから『神』が降り立てば、大勢の門衛や兵士たちが青ざめた顔でこちらを凝視する。
(あぁ……本当に申し訳ないな……)
実際、門の前では絶賛戦争の準備中なのか、物資を渋々運んでいる兵士や、上層部との連絡が上手くいかずに頭を抱える将校のような存在さえ見受けられた。
ツクヨミは内心で彼らに全力で頭を下げつつ、限界突破しそうな胃痛を抑えて颯爽と歩みを進めた。
正直に言えばもっと穏便に入国する方法はいくらでもあったと言えよう。だが、女王ドラクシスの安否が不明な今、一刻の猶予も残されてはいない。かといって、王城へ直接転移して竜王と戦闘にでもなれば、完全な不法侵入として取り返しのつかない外交問題となる。だからこそ、面倒でも『正規ルートで正面から入国した』という既成事実が必要だった。
「お忙しいところ申し訳ございません。ツクヨミと申します。竜王国宗主たる
「あ……えっ……と!?」
ツクヨミは困惑する門衛に、竜王国の封蝋が付いた書簡──半ば強引な外交手段だ──を差し出す。
震える手でそれを受け取った門衛は、玉璽の跡を確認しながら視線を泳がせた。
無理もない。一兵卒である彼らにとって、他国の神であるツクヨミの素顔を間近で見るなど、現実離れした出来事でしかなかったからだ。
「しょ、少々お待ちください! 上に確認を……」
だが、双方にとって時間を掛けられないのもまた事実。
「申し訳ありませんが、その必要はありません。既に
反論を許さない──しかし決して威圧的とも言い難い公人としてのオーラ。
それだけ言い残し、ツクヨミは傍から見ればあまりに神々しい白い衣装を風で揺らしながら、半ば強引に門を潜り抜けた。
その直後だった。
『──ツクヨミ様』
(このタイミングで、
脳内に響いたのは、闇の神官長の緊張感が漂う声だった。
「どうかいたしましたか……?」
『申し訳ございません。少し手間を取りましたが緊急の報告です。ルフス様が単独で王城へ向かわれ、現在、最上階にある玉座の間にて、
──!! っ。
ツクヨミの背中を、猛烈な焦燥と嫌な汗が駆け抜ける。
「分かりました。幸い中には入れましたので、すぐに向かいます」
どういった魔法が展開されているのかは未だ不明だが、残念ながら急がねばならない理由が出来てしまった。
ツクヨミは周囲の目など構わず、即座に魔封じの水晶を取り出し、王城の前へと転移魔法を発動した。
(転移は……問題ない。私が何らかの耐性を持っている? まぁそんなことはいい)
移動前、門衛達が慌てて何か言いかけていたのが見えたが、その言葉が何だったのかはもう分からない。
また、
「……ここか」
視界が切り替わり、目の前には巨大な古城がそびえ立つ。
壁に囲まれたその地へと踏み込もうとした、まさにその時だった──
──ドゴォォォォンッ!!!
すぐ隣の区画にある、竜王国冒険者組合の建物の前で、突如として大爆発が起きたのだ。
「!?」
ツクヨミは弾かれたようにそちらへ視線を向ける。そして、爆煙の中から一瞬だけ伸びた、『竜の形をした雷』に息を呑んだ。
(あの魔法……。いや、間違いない。
思考が高速で回転する。
最上階には、絶体絶命かもしれないルフスがいる。
だがギルドの前には、杖を使わざるを得ないほどの窮地に陥っている女王陛下がいる可能性がある。
数舜の迷いが生じるが、ツクヨミは冷静に息を吐くと、アイテムボックスから自身の細剣を引き抜いた。
「どうか。どうか、間に合ってくれ……」
眉をひそめ、心の中で祈るように、横へ飛び出す。
所要時間は、三分。それ以上は掛けられない──
ツクヨミはルフスの善戦を心から祈りながら、まずは眼前の脅威を一瞬で排除すべく、冒険者組合の方角へと文字通り飛んで行った。
活動報告にてツクヨミのキャラクターの情報[見た目・職業etc]を追加いたしました。
→『ツクヨミ』(2026年更新版)
若干細かく書いているところもあり、今までの小説記載とそれほど相違ないと思いますが、イメージ的な部分に多少触れることはご了承ください(画像などはございません)
興味のある方は読んでみてくだされば幸いです。