Moon Light   作:イカーナ

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お待たせいたしました。竜王国での騒動の続きです。


62.舞い降りる女神

 

 ──圧倒的な破壊の雷光が収束する。

 

 第七位階魔法、連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)。現地人にとって見たこともないような大規模な魔法が炸裂し、竜王国首都、その上空に城壁の一部を含んだ粉塵とまばゆい光子が巻き上げられる。

 

 

「や、やったか……!?」

 

 

 濛々(もうもう)と立ち込める土煙。普段は馬車が行き交い、多様な人々が往来する場所に男は鋭い視線を送る。

 竜王国冒険者組合──組合長、バランダール。彼は今も震える声で、希望の言葉を口にした。

 

(しかし、どうなっているんだ!? 化け物は倒せたのか?)

 

 組合長は息を呑みながら、左右に目配せする。

 先ほど、組合長が建物内の応接室で書類を眺めていたところ、砂埃に塗れた自国の女王──ドラクシス・オーリウクルスと宰相閣下が、突如としてこの場に駆け込んできた。

 何やら見たこともない軍務官も連れており、全く事情を呑み込めないまま、組合長があたふたしていると、突然、音もなく異形の群れが組合の中に雪崩れ込んできたのだ。

 

 組合の外にいた人間は、当然散り散りとなって逃げだした。

 そして組合の中にいた銅級からミスリル級に至る多様なメンバー、ぱっと見だけで十数人以上……四パーティ分ほどの冒険者達は即座に迎撃の体勢を取った。

 

 だが、実際に相対してみるとモンスターの強さは難度80──悪名高いギガントバジリスクレベルだ──を優に超えるほどであり、入り口付近にいた最近ミスリル級に昇格したばかりの新鋭チームのリーダーがクエスト受注用掲示板のある壁に軽々とたたきつけられては、場は一瞬でパニックに陥ってしまった。

 

 そして今に至る。

 女王ドラクシスが『見慣れぬ杖』を掲げ、規格外の雷撃魔法を放ち、最初の脅威を入り口諸共消し飛ばした。ごくりと唾をのみ込み、『あれを受けて生きているモンスターなど流石にいないだろう』、そう希望的観測を抱く。

 しかし──。

 

「馬鹿者、気を抜くな!!」

 

 当の杖を握っている女王ドラクシスは、全く安堵などしていない。

 彼女は己の唇を歪めながら、土煙の奥を睨みつけている。

 土煙の奥が晴れると、そこには絶望があった。

 

『…………』

 

「う、嘘だろ!?」

 

 煙が晴れた先には、無傷で立ち塞がるもう二体の竜の異形。その後ろからも、倒したものとは別の、三体の化け物──全てが光を纏った竜だ──が湧き出てくる。

 戻ってきたオリハルコン級冒険者たちも武器を構えるが、彼らの絶望した目を見れば、それらがどれだけ強く、どれだけ手に負えない存在なのかは、今回が初見であった組合長にも伝わってきた。

 

(か、勝てるのか……? (ドラゴン)、最強とも謳われる種だぞ。少なくとも此処にいる若い冒険者たち、彼らが到底太刀打ちできる相手じゃない)

 

 宰相が女王陛下の身を守るように移動する。それを見て、組合長も前へ出る。

 こうなったら、せめて時間を稼ぐしかない。

 隣に立つドラクシスと目配せすると、彼女は苦い顔で、一歩後ろに下がった。

 

 

 

 ────

 

 

(迂闊だった──)

 

 ドラクシスは背筋に冷たい汗を流す。

 

 紆余曲折あって王城から抜け出した後、ここに真っ先にやって来たのは、ひとえに竜王国の通信網を復活させるためだった。

 実はガレットやアンジェシカと別れた後、ドラクシスはパニックに陥っているだろう民を抑えるため、軍部を駆け回ろうとした。しかし、王城周辺は既に七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の手によって完全に抑えられていた。

 そのため、ドラクシスは組合という巨大なネットワークを臨時の通信拠点とし、ひとまずは女王の健在と首都周辺の厳戒態勢を敷き、派兵を遅らせ、法国の神とその隙に連絡を取る予定だった。

 

 実際、組合へ向かった判断は間違っていなかっただろう。だが、敵は思いのほか、なりふり構わず首都全域を蹂躙しにきている。恐らく奴の()()を城で屠ったことが何らかの繋がりにより察知されていたのだ。

 

「陛下、裏口からお逃げください!」

 

 組合長が叫ぶが、ドラクシスは苦い顔で首を振った。

 逃げきれない。自分が逃げれば、統率を失ったこれらは都市内を暴れ回り、無辜の民を屠るだろう。

 ならば、やはり次の一撃で仕留め切るしかない。

 

 ドラクシスもまた覚悟を決めた。地を蹴り、杖を握る。敵が現れてからここまで、僅か30秒ほどの出来事だった。

 

「五秒……あと五秒だけ稼いでくれ」

 

 ドラクシスが杖の発動を始めた時、敵もまた図ったように動き出していた。

 その速度は……凡人には本当に荷が重すぎるほど早い。

 すぐに組合に置かれた丸机や立派なソファたちが千切り飛ばされ、周囲の冒険者も荒れ狂う波に押し流されるように弾かれる。外からは急ぎガレットらが参入してくる混戦状態だ。

 

(ツクヨミ殿……私にもう一度力を貸してくれ──)

 

 ドラクシスの持つ神器……竜の装飾が施された杖が光り輝く。

 数歩下がったドラクシスの目の前で、宰相と組合長がその場に立ち塞がり、低位階の魔法を発動するため魔方陣を手元に発生させる。

 しかし、ワームのような竜の一体が屈めていた身体を天へと突き伸ばすと、天井が破れ、建物全体がバランスを崩す。

 

 すかさずもう一体の竜──こちらは人のような姿だ──が、音速のような速さで地面を蹴りながら、魔法が付加された斧を凄まじい速度で投擲してくる。その動きに迷いなどない。完全に"殺す"気だ。

 

 

「陛下!」

 

 

 既に第七位階魔法を撃ちだすため、ドラクシスは横へ動きだしていた。それを庇うため組合長が無理やり飛び出し、ドラクシスを庇うように衝突する。スローモーションに感じられる世界。

 

 

 その時、隕石でも落ちてきたかのような轟音が──ドラクシスたちの視界奥にある石畳から鳴り響く。

 

 

 反応できない。

 

 

 組合長の決死の行動さえ虚しかった。

 竜人(ドラゴニュート)から放たれた凶刃はあまりに早く、あまりに巨大で、二人を容赦なく切り裂くように回転しながら迫ってくる。

 到底、人間が避け切れるものではない。

 

 室内に入ってくる風を受けながら、ドラクシスは目を細め、死を覚悟する。

 

 眼前に巨斧が迫り、そして──

 

 

 ──ぱしっ。

 

 

「っ!?」

 

 ドラクシスはハッと眼前に意識を戻す。

 人を切り刻むにしては、拍子抜けするほどに軽い音が寸前のところでやってくる。

 まるで時間が止まっていたかのように、突然、それは崩壊した組合の中に現れたのだ。

 膝をつき、()()を見上げる。

 

 

「ツ、ツクヨミ……殿!? まさか、いや……なぜここに!?」

 

 

 室内にまで巻き上がっていた粉塵。日が差すその先にいたのは、純白の衣装を纏い、静かに剣を抜いたツクヨミだった。彼女は光輪を背中に輝かせながら、ドラクシスと組合長に向かって飛んできていた凶器を、文字通り見えない速さで"横"から掴んでいた。

 

 組合長は驚きすぎて腰を抜かしている。いや、彼はその異様な状況にもはや死の恐怖すら忘れ、ただ現れた女神の横顔をぽかんと見つめているだけだ。

 この場にいる全ての竜王国冒険者たちの顔が、畏れと困惑に彩られた。

 

「女王陛下。本当にぎりぎりでしたが、ご無事で何よりです」

 

 その顔はこちらには向けられない。

 

 ドラクシスが驚愕に目を見開く中、ツクヨミは一切振り返らず、ただ前方の異形の群れだけを見据えていた。

 その瞳には、普段の温和さなど微塵もなかった。あるのは、一刻も早く別の場所へ向かいたい──そんな思いが見え隠れするような──絶対零度の冷徹さだけだ。

 

 声は平坦で、焦りなど一切ない。

 だが、ツクヨミの全身から本気で放たれる『神の威圧』が、その場の空間そのものを物理的に()()()()()()

 群がっていた竜王の使徒たちでさえ、本能的な恐怖に縛り付けられているのか、ピクリとも動けなくなっている。

 

 

「──申し訳ありませんが、上に待たせている身内がおりまして。一瞬で終わらせます」

 

 

 ツクヨミは水面にでも踏み出すかのように、静かに一歩を踏み出した。その瞬間、外から吹く風が、彼女の背丈ほどもある純白の髪をふわりと揺らす。

 

 一歩。

 

 剣の切っ先が、ゆらりと空中に弧を描いた。

 

 二歩。

 

 空間が歪み、最前列にいた化け物たちの動きが完全に『静止』する。いや、時が止められたかのように、微かな抵抗すら許されない。

 

 三歩。

 

 ツクヨミが剣を鞘に納める、カチリという小さな音が響いた。

 

 

 それと同時だった。

 

 

 一切の悲鳴もなく、血飛沫すら上がらない。

 先ほどまで組合を包囲していた無数の化け物たちが、まるで最初から存在していなかったかのように、足元からサラサラと光の粒子になって崩れ落ちていく。

 

 静寂。

 

 ほんの数秒前まで支配していた死の喧騒が、嘘のように消え去っていた。

 ドラクシスはただただその光景を唖然として眺める。

 

「な……」

 

 そしてそれはガレットや組合長、冒険者達も同じであったようで、彼らは一様に言葉を失っていた。

 圧倒的な暴力を前にした時、人間は理解を拒絶する。彼らが見たのは戦闘ですらなかった。ただ神が歩み、そして敵が消滅した。それだけだった。

 

 

「では、私はこれにて」

 

 

 ツクヨミは今度こそその紫色の瞳をドラクシスに向けると、お辞儀をしてから、その場を立とうとする。

 が、それを止めたのはやはりドラクシスだ。

 

「ちょ……ちょっと待ってくれツクヨミ殿。理解が追い付かん……。貴殿はなぜここに? 門はどうしたのだ」

 

「正門から正規の手続きで、先程入国いたしました。……急いでおりましたので、少し強引でしたが」

 

 ツクヨミは微笑すら浮かべて答える。だが、その視線は既に破壊された入り口──更に言うのであれば王城の方へと向けられていた。

 ドラクシスは息を呑む。法国の神が直々に、しかも血相を変えて王城へ向かおうとしている。それが意味することは一つしかない。

 

 

(やはり──私の()()を討ちに行くつもりか。そうか、来てしまったか……)

 

 

 それは複雑な思いだった。七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の身を案じているのではない。

 彼女が七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の宣戦布告を受け、法国と──そして何より竜王国のために、己の身を危険に晒す選択を取ってしまったこと。想定はしていたが、やはり気持ちの良いものではない。

 

(しかし、私にはもう、これしか)

 

 この国の女王として、他国の武力に頼り切るのは恥ずべきことだ。本当なら止めるべきかもしれない。

 だが、今の竜王国の戦力では、あの化け物の蛮行を止めることはもはや不可能だった。このままでは国が滅びる。民を守るためには、この理外の神の力を頼るしかなかったのも事実だ。

 

「……行くのだな」

「ええ。人を待たせておりますので」

 

 ドラクシスは小さく息を吐き、王としての覚悟を決めて告げた。

 

「其方の勇気ある決断に感謝する。だが、友として一つだけ忠告させてくれ。……あ奴はただの竜ではない。『始原の魔法』の厄介な性質……今、ここで手短に伝えよう」

 

 それは竜王国が法国に秘匿し、かつてツクヨミにも秘匿した絶対の秘密。

 それをこの公の場で話すということは、即ち女王が七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)を完全に国賊として見限ったということでもあった。

 

「竜王は位階魔法ではなく、始原の魔法を使用する。七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)が得意とする魔法は『書き換えと変質』。色を操るように、魔法と姿かたちを変化させることができる」

 

「なるほど……では、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)がこのようにモンスターを召喚したり、王城で文字を書いているというのも?」

 

「そうだ。奴は巨大な(ドラゴン)だが、今は老人の姿に化けている」

 

 ツクヨミは少しだけ目を丸くしたが、すぐに深く、感謝の意を込めて一礼した。

 

「──貴重な情報、感謝いたします。女王陛下」

 

「これを持っていけ」

 

 ドラクシスは事前に独房で書いていたメモ書きを彼女の優しい手に渡す。

 そしてツクヨミは今度こそ振り返ることなく、光の粉が舞う中を一直線に移動、王城目掛けて飛び去って行った。

 

「……ツクヨミ殿、どうか無事を祈る」

 

 ドラクシスはぱたぱたとドレスの汚れを落とすようにして歩き出す。

 その時、横で涙を流す男の存在に気付いた。

 

「む。どうした組合長……まさか痛むのか」

 

「いえ、女王陛下」

 

 組合長は不自然に平伏していた。周りの者も顔を見合わせる。

 そんな中、組合長の目だけはどことなく澄み渡っていた。

 

「ツクヨミ様……あの御方こそ真の神だ」

 

 何を隠そう、この時、竜王国冒険者組合の組合長バランダールは既にツクヨミの信者の一人と化して……落ちていた。ドラクシスは頭を抱えながら、溜息を吐いた。それは最近において一番気が抜けたものであったかもしれない。

 

「いくら同盟相手とはいえ、不敬罪でひっ捕らえるぞ。怪我人もおる、仕事を再開しろ」

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

「……」

 

 ツクヨミは冷静な顔色で城内を駆けあがる。

 もし玉座の間が硝子の窓で覆われていたのなら、そこを突き破っての侵入も考えたかもしれない。しかし、玉座の間に窓は無い。加えて、ただならぬ魔法が王城周辺を覆っている状況だ。

 闇雲な破壊行為も危険であるし、正確な場所が分からない以上、内部から一階ずつ上っていくしかなかった。

 

 幸い、竜王国の中心に建造されたこの古めかしい王城には前にも来たことがある。

 

 記憶を辿りながら人気のない赤い絨毯の敷かれた道、そして階段を文字通り飛び越えていき、そしてとうとう豪奢なシャンデリアが連なる玉座へ続く通路へと足を踏み入れた。

 

 ツクヨミは白い髪をなびかせながら、魔力の気配を探る。

 

 

(あそこか……?)

 

 

 左手側に広がる、人間の背丈以上もあるような巨大な窓の数々と、右手側に整列した荘厳な石像。

 道は多いが、迷うことは無かった。廊下を突き進むと、そこには"あるもの"が見えてくる。

 

 デケムだ。

 

 ツクヨミが法国を出立するきっかけとなった男であり、不確定要素の塊。

 正直なところ、この男を生かしておいて本当に良かったのかと、今でも悩むことがある。

 

(甘すぎるのかな……私は)

 

 神として、冷徹な決断を下さねばならない時は必ず来る。自分の甘さが、多くの者を危険に晒してしまうこともあるのだ。

 ツクヨミは倒れ伏すデケムを見下ろしながら、極めて冷酷に、合理的に状況を分析する。

 ここでデケムが倒れていること。そして、まだ息があること。

 もし過去の自分の判断が誤りだったというのなら、今、この場で、皆の為に──その『裁量』を下さなければならない。何より、ここに放っては行けない。

 

 ツクヨミの瞳に、揺らぐような光が宿る。

 デケムがその時、絶え絶えに目を開けた。

 

「おま、え……は……」

 

 ツクヨミは静かに白い手を上げた。

 そして──発動したのは伝言(メッセージ)の魔法だった。

 

「ハンゾウですか。ええ、今から至急、南の拠点を経由して竜王国まで来てください。最上階付近にいるデケムを回収します」

 

 迷いはあったかもしれない。しかし、これこそがツクヨミの選択だった。

 かつて彼の手を取った。だから、その責任は最後まで果たす。

 ツクヨミは急ぐようにしゃがみ込む。

 

 転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)の魔法によって、法国の大神殿と法国南にある離れの拠点は、今も転移門(ゲート)で繋がっている。グリーンシークレットハウスには複数のリビングアーマーが警護にあたっているし、室内には念のため置いておいた下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)や転移の巻物(スクロール)もある。だから、彼らが到着するのに、さほど時間は掛からないだろう。

 

 それを踏まえ、ツクヨミは今取れる最大限の選択と準備を行う。それが今後の輝かしい未来のためになると信じて。 

 

「いいですかデケム。この後、ハンゾウ達が貴方を回収します。その後、貴方は彼らと一緒に()()()へ向かってください。そこにも私を悩ませる敵がいるのです」

 

「な……に、を……!」

 

 デケムは死にかけでありながらも、明確な苛立ちと反抗の意志を向けてくる。だが、ツクヨミは構わず被せた。

 

「貴方が裏切らないよう、監視は常につけます。私が帰ってきたら、その時は()()()()正々堂々戦って差し上げますから。いいですね? デケム」

 

「……下等……女、が……命令する、な……」

 

「詳しい契約内容は、目覚めた後に私の部下とやり取りして下さい」

 

「おい……うぐぅ!?」

 

 トンッ。

 ツクヨミは有無を言わさずデケムの首に手刀を振り下ろし、その意識を強制的に刈り取った。

 デケムをこのまま利用──いや、手を取り合うことにした理由は三つある。

 

 まず一つ目は、皆の安全の為に、デケムをハンゾウで常に監視しておく必要があるためだ。

 目を離した隙にまた逃げられては危険極まりないし、かと言ってハンゾウをただの監視役にしておけるほど今の法国の戦力は有り余っていない。

 

 二つ目は、今こそが、防衛リソースの一部を動かせる絶好のタイミングであること。これは、ツクヨミがこれから七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と戦闘、もしくは直接交渉するため、竜王の奇襲を本国が受ける可能性が著しく減ることに起因する。ただし、法国に駐屯するツクヨミの全リソースを聖王国に送らないのは、彼に人質を取られるという最悪の事態を避けるためだ。

 

 そして三つめ……最後の理由は、デケムが高位の森司祭(ドルイド)であるということ。

 沙羅双樹の慈悲(マーシー・オブ・ショレア・ロブスタ)を発動できる彼は、間違いなく貴重な人材だ。

 奇しくも、聖王国で暴れている盟主なる者は強大なアンデッドらしい。即ち、未知の即死魔法を使用してくる可能性がある。これはハンゾウでも防げないことを想定すべきだが、デケムなら、それに対抗できる可能性が高い。

 無理やりこれらをぶつけられれば、少なくともアリシアら漆黒聖典や現地の人間が受ける被害をかなり減らせるかもしれない。

 

 無論、これだけ列挙しても、若干の賭けであることに変わりはない。

 ツクヨミはここで倒れていた彼を信じ、改めて全ての結末を背負う決意をしたのだ。

 

 デケムが意識を完全に失ったことを視認し、ツクヨミは急いで立ち上がる。

 そうして地面を蹴り、今度こそ玉座の方へ向かう。

 近づくにつれ激しい揺れ……激しい魔力の激突を感じる。

 

 ツクヨミはもう一度深く息を吸い込み、緊張の伝う右手──その中にあるコンフラクトゥスを握りしめると、部屋の向こうへと駆けて行った。

 

「生きて帰らないといけませんね……」

 

 

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