まだの方は前話(玉座での会話)からお読みいただければと思います。
劇的な身振りも、高揚した雄叫びも、武人の構えさえそこには無い。
あるのは、ただ冷淡に相手を効率的に処理するためだけの、機械的な所作。しかし、その氷のような挙動とは裏腹に、目の前の男に纏わりつく感情は――数百年の憎悪を限界まで煮詰め、どす黒く焦げ付かせた窯のような熱量だ。
「――ゆくぞプレイヤー……いやこの世界の異物よ。――"光衣"」
その速度も尋常ではない。
ツクヨミが呼吸し、白い息を吐き出すほんの数秒。更にそれを一万分の一に圧縮したような、途方もない一瞬。音さえ置き去りにしながら老人、いや老竜は、スレイン法国唯一の神の眼前へと既に移動を完了させていた。
羽毛の生えた豪奢なローブの下に隠された剛腕が隆起し、プラズマを纏った刀身1mを超える巨大な虹の双剣が、限界を超えた遠心力と共に放たれる――
ガキンッ!!
バッッ!!ガァァァァァァァアアアン!!!!!!!
そんな、聞いたこともないような衝突音が氷雪のど真ん中で鼓膜が破れんばかりに鳴り響く。
吹き荒れるホワイトアウトを切り裂き、人間の首と胴を確実に切り離すための正確無比な二連撃が叩きこまれる。
しかしそこに、血塗れの彼女は――やはりいない。
「魔法か」
「……いえ、これは違います」
ツクヨミの左手がそれを受け止めるように雪の上で光り輝く。
二人の間を分かつように発生したのは黄金透明色の盾――
「御返ししましょう」
即座にツクヨミの右手が完璧な弧を描きながら振り上げられる。
握りしめられているのは彼女の持つ
空間を歪ませるほどの剣先が周囲の雪原を諸共破壊しつつ、正確に
当然
身を捩りながら強引にそれを避け、そして空中で体勢を変えながら、上下左右に及ぶ3連撃を放つ。相対するツクヨミはそれを右手の剣だけでいなし、攻撃を完全に受け流しきった後、左手の先に浮かぶ盾を変形させながら、更なるカウンターとなる刺突を行った――
「
その複合的な
無論、大きな負傷はない。
だが、ツクヨミの狙いはそこではなかった。
「
ノックバックの合間を縫ってか、ツクヨミがすかさず
ただ、達人同士の戦いにおいて、こんなもの隙だらけの行動に他ならない。
当然ながらそんな愚挙をまざまざと
だからこそ、ツクヨミは敢えてこのタイミングでそれを発動し続ける――
「そうか。先ほどの。……それが貴様の持つ"策"か」
再び走り出した
強烈な怒気に反し、その身体が空中で不自然なほどに失速する。
胸を貫いていた
「――
ツクヨミは既に、"
暴風と雷を纏った神速の一閃が、無防備な老竜の背中を切り裂いた。
♦
強烈な雷鳴により膨大な水蒸気が発生し、周囲を霧で白く濁らせる。
そしてすぐにそれが暴風で霧散した。
「なるほど、これが"ぷれいやー"による一撃。確かに危険なほど強く、洗練されている」
ジ、ジジ……と、剣先から伝わる硬質な鱗のような感触。
「しかし、この程度で我のこの肉体を切り裂けると思ったのならば、それは完全な誤りだ」
「……」
初期交戦を終え、おおよその相手の力量を確かめることが出来た。
そのうえで、ツクヨミの表情は普段よりずっと冷徹だった。
(反応速度が思ったよりずっと速い。いや……これは読まれていたか)
吹雪の先に立つ、身長2mを超える巨大な老人の壁。
ダメージは間違いなく入っている。しかし、それでも決定的な手ごたえは無い。
(
端的に言うなら、今までの相手と比較にならないほど強い。それに尽きた。
相手の反撃を避けるように、ツクヨミは雪の舞う空中へ飛び退きながら、その視界――先ほどから発動している探知魔法
やはり体力はほぼ減っていない。それどころか、微増している気さえする。
(まだまだ情報が必要そうだ)
情報――。生粋の
『情報の収集』と『準備』である。
戦闘開始前、
ここまで1分弱。
尤も、それらに意識の大半を割いてしまったことにより、事前に安全な状態でバフを発動する時間が取れなかったのは戦闘者として大きな隙だっただろう。
(今のところ、
特に気にしているのはツクヨミの背中に浮かぶ
ゲームの性質上殺傷能力・効果範囲共に最強クラスだとはいえ、その実 使い切り。しかも最悪の場合は世界中の「カルマ値が負の人々」を巻き込んだ大虐殺を引き起こしかねない。カルマ値不明の相手にこれを切り、加えて
少なくとも情報が纏まらない中では絶対に使えない――見せかけの切り札だ。
ツクヨミは目の前で突進し、自分の着地を狩ろうと動いてくる老竜に対し、技を発動する。
「
ドゴンッ!! と重厚な衝撃音と共に、雪の舞う足元の土壌――塔部分も含まれるかもしれない――が粉砕される。そこから突き出したのは、ただの光ではない。三つの光の渦を纏い、回転しながら天を突く一本の巨大な聖剣だ。それが地雷のように
「ふんっ」
老竜は強引にフィジカルでそれをいなしてくる。
これも能力による防御ではなく、明確に回避してくる。
ツクヨミはそれを目視してから、敢えて貴重なMPを使用し、最適なタイミングで魔法を飛ばす。体勢の関係上これは避けられないだろう。
「
が、それは
(なんだ今のは? 熱の部分を吸収した? しかし、かなり厄介だ。私が
ツクヨミが高まる緊張感から息を吐く間もなく、目前にはもう
相手の足を遅らせたため安全な着地はできている。ただ、勢いをつけた敵の斬撃はやはり重く、それをコンフラクトゥスで受け止めると再び、ツクヨミの肩に、まるで山が一つ乗っかって来たかのような重さがのしかかってくる。
「プレイヤー、貴様に我は倒せない。……数百年前のお前の同胞達と同じように、血の海に沈むがよい」
「っ!!」
しかし、今回はそれだけではないようだ。
老人は口を開き、その喉の奥から絶対零度のブレスを吐き出してくる。しかも、腰から突然生えてきたのか、長さ1mを超える巨大な虹の"尾"が、ツクヨミの足を狙って正確に飛び出してくる。
ツクヨミはそれを即座にその場を飛び退くことで回避するも、左の掌を負傷する。純粋な痛みが指先まで走る。一瞬掠っただけだが、それだけで皮膚が凍りつき、"火傷"している感じがする。
「
ツクヨミが離脱用の魔法を発動する。しかし、相手の攻勢は留まるところを知らない。
「!?」
(何っ!!)
ここで初めてツクヨミは未知の衝撃に表情を強張らせた。
鎖だ。
ツクヨミの右の足首に、氷原から生えてきた光り輝く鎖が巻き付き、空へ飛び立つことを徹底的に阻んでいた。これは完全な想定外だった。
なぜなら、ツクヨミは移動阻害・拘束系に対する完全耐性を有している。そのユグドラシルの強固なシステムを無視し、貫通する性質が、これには付加されているということだ。
そしてその隙を見逃さず、更に敵からの、踏み込んだ強烈な一閃が放たれる。上は無理だ。
なら――
「
「……それは舐め過ぎですよ?
「何!? ぐっ!!」
ツクヨミはこう見えてこの戦闘中、常にリソース管理を徹底している。
ただ、先程
現に、
(思えばあれが身体バフか、システムを無視する
それを特定する術は、今のツクヨミにはない。
なんにせよ相手も探り探りで戦ってきているという訳だ。
手札の切り方一つ一つが命取りになるになる状況、ツクヨミは足元の鎖を、
「
「――ならば、三色散乱。出でよ、
ツクヨミがアイテムボックスから取り出した魔封じの水晶が砕け、その魔法の光の中から
上空に吹き飛び、そこから三龍を召喚する
すぐに三色の巨大な龍が
ツクヨミが高位階の属性魔法をもう一度発動してやれば、三色の龍もその魔法を容赦なく吸い込んでいく。ツクヨミは体勢を整え、不可視化さえ巧みに操りながら時間差で殴りかかってくるそれらを剣の手捌きだけで迎撃、衝撃波によりまたもや地形が破砕する。
そしてそれに追従するように
それは三龍より格下であるにも関わらず、明確なダメージを彼らに与えていく。
意識外の攻撃を受けた各色
そしてその攻撃を意にも介さず、"周囲の原生生物を1撃で抹消するようなレベルのレーザー"を高速で乱射し、またもや別の属性魔法を無効化する姿を見て、ツクヨミはその守りの性質を完全に把握する。
(魔法を自動防御している訳じゃない。――飛来する属性を事前に察知し、可能な限り自身の耐性に合うようにリアルタイムで書き換えているんだ)
本来、ユグドラシルのシステムにおいて耐性のスロットは固定されている。
にもかかわらず、彼らは戦況に応じて自分の『無効』や『吸収』の属性になるよう飛んでくる魔法自体を書き換えている。
自分に有利なパッチを都度当てるなど、それこそゲームの前提を揺るがすチートに他ならない。
ツクヨミは、あの時ドラクシスに伝えられたことを思い出す。
『
それを聞いた時から、何となく思い当たる力はあった。そのうえで――
ルフスがあの玉座の間で書き残した一文――
『炎・冷気・電撃等の多種魔法耐性、神聖属性不明、闇貫通。位階魔法の行使』
無法に見える
加えて、ツクヨミの目には
無論、ただの憶測に過ぎないし、分かったところですぐに攻略できるわけではない。
だが、それでもここまで情報が揃えば、その能力の答えが段々と見えてくる。
雷鳴のように剣を構えて落ちてくる老竜の攻撃を身を捩ることで回避しながら、ツクヨミはその再三の剣戟をコンフラクトゥスで受けきる。
そして――すかさず手元でカウンターを行うも、敵の予想外の行動に待ったをかけられる。
「――第十位階魔法、
「なるほど。……それもいけるのですね」
ツクヨミの、相手の胸部を完璧に捉えたはずの斬撃がそれにより無効化される。
もはや相手は防御さえしておらず、その分を攻撃に全振りしている。当然、
荒れ果てた雪原の上でツクヨミは低姿勢で着地する。コンフラクトゥスを握る右手が、頭上からの鎖に繋がれる。
スカートが捲れたタイツ越しの太腿の先、右足首には地中から出現した鎖が繋がれ、そして左腕の肩部分、左足首にも光り輝く鎖が凄まじい強度で巻き付いていた。
(なるほど。これが
五行相剋だ。
八欲王がかつて使用したとされる最強格の
ツクヨミは息を呑む。無論、全てが同じではないかもしれない。
ただ、
言わば『魔法の絶対的支配者』だ。
ツクヨミは真横で固定された右腕を引くが、動かない。単純な移動阻害ではない。
恐らく先ほどの状態異常耐性貫通による拘束効果がツクヨミの全身に発生している。
目の前に鋭く視線を向けると、
「お前達が我々から奪い広めた、"この世界の魔法"だ。……よもや、卑怯とは言うまいな?」
対個人において最も効率的に相手の命を削りとる炎系最強の攻撃魔法、
次回以降ですが今後も週一~二週に一回程度の、なるべく早い頻度での投稿を予定しています(以降金曜20:00頃に投稿すると思います)
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