スレイン法国首都、最古の建造物たる大神殿の屋内。
その入り口となる大広間では、"死寂"とも言えそうな重苦しい空気が満ち満ちていた。
もはや書斎でさえない公共の場。立ち入りが許されるのは高位の神官かそれに類する者に限られるとはいえ、そんな何の気ない通り道とも呼べる場所に、最高神官長オルカー・ジェラ・ロヌスが座り込んでいた。
オルカーはストレスで震える手で書類を捲る。
こんな状況だが──いやこんな状況だからこそ──最高神官長は黙々と公務を進めていた。
対面に座るのは同じく水の宗派の頂点である神官長である。
「最高神官長、巫女姫は全て持ち場──祈りの地へ移動しました。各色神官100名による六色神殿での儀式準備も完了、既に祈りの儀を開始しております」
「ふむ。念のためだ、聖典が今は国内に不足しておる。万が一にも賊が入り込むようなことは避けたい。大元帥への連絡は?」
「そちらも問題なく、軍部の招集も可能な状態です。ただ……」
手元にある硬質なテーブルに地図を広げていた水の神官長が、魂が千切れかけているような仄暗い顔で老いぼれの眉間に皺を寄せる。
「なぜ? と下に問われれば、少々面倒でしょうね。もし我々がこの手で神を戦場に送り出したなどと大衆に知られれば、最悪……いえ、確実に暴動となるでしょう」
「……適当な理由を付けておけ。なに、すぐに解消される、ほんの一時的な不安の種に過ぎない」
それは半ば、自分に言い聞かせるような物言いだった。だが、水の神官長も頷き、それ以上の追及はしてこない。追及したところでオルカーが用意できる『適当な理由』など、やはり欺瞞以外の何物でもないことを知っているからだ。
オルカーは手元の書類に再び目を落とす。
そしてそこに書かれている酷く冒涜的な内容に、今度こそ、その奥歯を噛みしめた。
──女神ツクヨミが長期不在となった場合の、国内統治計画の草案。
『六大神に名を連ねる救世の神、一時的神託拝聴による不在に備えるための──』
そんな回りくどい事務的な言葉で覆い隠された計画書。
何も知らない者が見ればおおよそ内容を理解できないように細工された書類には、実際のところ神の不在というよりも──神の敗北と死という不可逆的な事態を見据えた詳細な内容が、このオルカーの手によって書き綴られている途中だった。
(こんなものを、私が書いているのか……?)
改めて注視するたびに、じわりとオルカーの額から嫌な汗が流れ落ちる。
現実的な日程感を考慮するなら、今書き切ればまだ
「これほどの不敬が……一体どこにあるというのか」
これを書いていること自体が、神と交わした約束への不信に他ならない。
しかし──500年。500年という膨大な年月をスレイン法国は神不在の中、暗闇の底で泥水をすするように耐え続けてきた。六大神がこの地を去ってから、先代達は何度も苦すぎる絶望を飲み干し、己の良心を殺してでも人類を守ってきた。
だからこそだった。
最高神官長オルカー・ジェラ・ロヌスは名実共にこの国に住む1000万を超える民……更に言えば周辺諸国の人類、その全ての命を預かる長だった。
もしここでオルカーが神の帰りをただ待ち、それが叶わなかったら。
たとえ帰られたとして、その身に激しい戦いの痕跡を残されているなどあれば──。
法国上層部の無策は、そのまま法国の崩壊を意味している。
(あの御方が愛し、守ろうとしてくれたこの法国を。人類を。……我々の無能により失うわけにはいかない)
「こうか? ……いや、違う。あの時の御言葉は……」
かつて神が……ツクヨミが話していた何気ないことを思い出しつつ、それらを不変の神託──道しるべとして頭に浮かべながら、空虚な紙の上に必死に並べていく。
そんな亡霊の如きオルカーの顔を見て色々と察したのか、水の神官長も口を噤み、書類を手元に纏めて立ち上がろうとする。そしてその静寂を破るように側面の塔へと続く回廊から、規則正しい二組の足音が近づいてきた。現れたのは、土の神官長と光の神官長だった。
「最高神官長、お忙しいところ恐縮ですが、聖王国の件について少し──」
その言葉がすぐに右手にいる土の神官長によって阻まれる。
「光の神官長、その前にこの私から宜しいでしょうか」
「……? ええ」
「最高神官長、先程私も副神官長より確かにお聞きし、会議でも首を縦に振りました。ルフス様も件の戦争に絡み、緊急性が高かった以上、神のご意向に従う判断に至ったのは納得です。しかし、やはり今からでも神の身を追うべきではないかと考えます。確かに戦力としては不十分かもしれない、しかし、それでも神官達を集めれば──」
そんな必死すぎる訴えが、神の出立に直接立ち会えなかった土の神官長の口から語られる。
オルカーは書類を書いていた手を止める。水の神官長を逆の手で制し、あまりに重くなってしまった口を開こうとしたその時だった。
ガガガ……ガ……ガッ
大理石で造られた石柱が囲む、大神殿正門の荘厳な大扉──
現在は施錠されていたはずのそれが今、重厚な音を立てながらゆっくりと開け放たれていた。
それを音で察知したオルカーは、握っていたペンを咄嗟に机へと落とした。
黒のインクが紙を汚すが、そんなことは一切気にせず、土の神官長を無視して振り向く。
未曾有の敵襲かもしれない。
はたまた、我らの神が無事帰って来られたのかもしれない。
普通に考えると早すぎる帰還だ。……しかしながらそんなことは完全に頭から吹き飛び、ただただ恐怖と緊張と、その中にある期待混じりの歓喜に身体を震わせ、そこを注視する。
だが、その場に現れたのは、ある意味では今の彼らが最も見たくないものだった。
門をくぐり、大理石の床から直接這い出てくるような重さで歩いてくる、一筋の影。
そこには神の遣いであるハンゾウと、神都の、ひいては人類の絶対的な教導者であるはずのルフスの姿があった。けれど、その白い骨の身体とローブは引き裂かれており、決して無事とは言えない様子でその折れた全身をハンゾウに支えられている。
「……ル、ルフス様ぁッ!?」
土の神官長が真っ先に悲鳴を上げ、それに追従するようにオルカーも目を見開いたまま、椅子から立ち上がって即座に駆け寄る。
かつての"死の神の第一従者"ともあろう御方が、これほどまでに無惨に打ちのめされた姿など、建国以来一度として存在しなかったからだ。
「ルフス様、そのお怪我は!? そ、それに、あの御方は……! ツクヨミ様はどこにおいでですか!?」
たまらずオルカーも叫び出していた。
正直なところ、心の何処かでは『きっとあの御方、ツクヨミ様なら問題ない。全てを解決されてまたこの地に帰ってきてくださる』といった楽観的思いが少なからずあった。それが今完全に掻き消され、オルカーに残酷な現実を突きつける。
ルフスは近くのソファに運ばれ、下半身がボロボロに損壊したまま、消え入るような声で応える。
「私は……問題ない。が、あの、方は……。……七彩の竜王により極寒の雪原へと、連れ去られてしまった。……全ては、私の無能ゆえ」
皆すまぬ──
その言葉が、再びこの大広間に絶望の静寂となって駆け巡る。
神官長達の顔は真っ青になり、その思考が凍り付く。
誰もルフスを責められる訳はなかった。ルフスは漆黒聖典の誰よりも圧倒的に強く、陰ながら、それこそ老齢の神官長達などよりずっと長くこの法国を支えてきた存在なのだ。
最高神官長はあまりのショックに今度こそ足に力が入らなくなる。そしてその老体を支えたのは、皮肉にも神がこの場に残したハンゾウだった。
「あの
「──ハンゾウ殿も含め……かの国へ向かってほしい……との、ことだ」
「あ……あぁぁぁ……」
今度こそ土の神官長はその場で倒れ込み、その両手を神殿の床につけ慟哭した。
オルカーはその愛の大きさと、どうしても言わずにはいられない、不敬なまでの拒絶を喉の奥に湛えた。
「なぜあの御方はご自身を。その命を、最優先になされないのか……」
心の中では、痛いほどに理解していた。
自分たち人間が弱すぎるからこそ、神は足枷を引きずり、間接的に法国を守るために一人で戦地へ赴かねばならなかったのだと。
オルカーは鼻から息を吸い、どうしようもなく込み上げる罪悪感と懺悔の念を必死に押さえつけながら重い腰を上げる。先ほどまで自分が座っていた──あの不敬な統治計画書が置かれた机をちらりと見やり、決意を込めて顔を上げた。
「皆よ……。敵はルフス様にこれほどの不条理を強いたうえ、神を姑息にも遠方へと幽閉した。こうなった以上、ツクヨミ様を追うに他はない。我々がここで甘んじることなど許されない」
「っ……! し、しかし最高神官長。あの御方は必ず帰ると仰られた。それを信じて待つと、我々は約束したはずです。今あの御方を追うことは、神の言葉への不信を示すことになりかねません!」
光の神官長が驚愕に目を見開き、動揺する。
「不信ではない。これは、人間の泥臭い足掻きと祈りだ」
それに対し、最高神官長は乾いた声でそれを制し、話を続けた。
「聖王国の騒動がツクヨミ様の持つ
それだけ聞けば、ただただ力強い宣言に聞こえただろう。
しかし、書類を握りしめる水の神官長の表情は暗い。その場にいる全員が、オルカーがどれほど無謀で、戦術的にありえない暴論を吐いているのかをよく理解していた。
「未知の力を持つアンデッドに、速攻を仕掛けると。……相手はズーラーノーンの創始者、卑劣な罠があるかもしれない。陽光や漆黒聖典が手痛い消耗、最悪の場合、全滅する可能性もあります」
何より、それを乗り超えるための膨大な時間を掛けたうえで、たとえ間に合ったとしても……神話級の戦場に人間程度が出ていったところで、『ただの足手纏い』にしかならない。それがこの世界の現実だった。
「それでもやるのですね……? 最高神官長」
「そうだ。支援に徹するのなら、まだ道はある」
それでも、オルカーは冷徹な現実主義者としての仮面を投げ捨て、宣告した。
足掻くための手札ならまだ辛うじて残っていたからだ。
「漆黒聖典と陽光聖典に連絡せよ。ツクヨミ様が連れ去られた。これより、神の残した最強の眷属をそちらへ転移で合流させる。……
「……承知いたしました。この際です、東方の隠れ家に待機させている土塵聖典も動かします。王国にいる風花も走らせましょう。各色神官長とも再度連携を図ります」
土の神官長が涙を拭い、力強く応えていた。それを見て、オルカーも力強く頷く。
「水の神官長──副神官長を至急、神の居室へ向かわせよ」
「!? 正気ですか!? 神の、神聖なる私的な領域に……? まさか、あの鏡を……!?」
「そうだ。あの御方が置いていかれた『
それを聞いていたルフスが、掠れた声で告げてくる。
「……中央大陸だ。標高の極めて高い、凍てつく山の頂上……。数回なら……まだ私も、転移魔法を、発動できる。ハンゾウ殿はもう一度……南の拠点に送り届けよう」
神の手で直接生み出された僕たるハンゾウも、静かに、懐から多くの
神殿の者たちが、先程とは比べものにならない速さで、一斉に動き出す。
「今すぐ、聖王国のあのクソを消し飛ばすぞ」
全ては神の為に。
自分たちがただの弱者たる人類であると知りながらも、オルカーはその信仰と敵への怒りを主への裏切りという愛の上に乗せ、祈り続けた。
♦♦♦♦
ガキンッ!
重い金属音が長雨の中に響き渡り、次に振るわれた大鎌の風圧で、即座に消し飛ばされる。
「しつこいんだよ、消えろっ!!」
武技を重ね、圧倒的な火力で何度も殴打し、前衛後衛に分かれたうえで、敵を包囲し追い詰める。そんな、この世界における最高峰。上澄みの上澄みたる部隊の猛攻により、人類の都市をたった一体で壊滅させるとも言われる伝説のアンデッドたる
強大な不死の軍勢を相手にするのはこれで三度目だった。
(思ったより、大したことない)
血濡れの戦場にはあまりに似つかわしくない小柄な黒髪の少女は、そう心の中で呟きつつ、頬に付着した赤黒い血を右手で払う。
ロイツから移動し、ここ──カリンシャまで移動するのに随分と時間がかかってしまったことから、その白いだぶだぶの服も既にずぶ濡れだ。
そんな異様な少女、アリシアは、聖王国の主要城塞都市たるカリンシャの中央広場内にある噴水にどかっと腰かけると、伝説のアンデッドを倒したとは思えないほどに焦燥感ある顔で、近くに集まっている仲間達──漆黒聖典のメンバーを交互に睨みつけた。
「ねぇ隊長、まだなの……?」
「まだです。第三席次の魔法発動にも順序がありますし、第四席次との連携も必要です」
「順序……? じゃあ何? あの方は後回しで良いってこと?」
名前は出さないようにしつつ、けれど深刻なほどの怒りを体内に宿し、番外席次たるアリシアは第一席次に反抗する。が……彼の仏頂面は相変わらずであり、代わりに、背後から伸びた手が優しくアリシアの肩に置かれた。
第五席次だった。落ち着けと言いたいのだろう。
召喚系魔法特化の彼女の後ろにはキマイラのような恐ろしい魔物が鎮座しており、少なくとも遠くにいる人間達にはただならぬ威圧感を与えている。
「……分かってるよ」
居心地が悪くなって、アリシアは苛立つ心を抱えつつ、仲間達から目を逸らす。
スレイン法国最強の特殊部隊、漆黒聖典。
現在、彼らの周囲に人はおらず、少し離れた位置に聖王国の司祭、騎士、兵士達と、法国から一足先に派遣されていた陽光聖典たちが集まっている。彼らは壁に張り付くようにお互いを治療しあい、アンデッドの残党を追い回すように退治を続け、物資を事細かに整理している。
「おい! スラーシュが街の外から現れたらしい! そこそこな大群だ!!」
「城塞の隙間から触手を伸ばしてきたか。しかしまだ遠いんだろう?」
何やら騒いでいる。
無論、それ以外にも特筆すべき人間はいる。
例えば古風な甲冑を着た王国のアダマンタイトパーティや、わざわざ前線まで出てきて大儀式をぶっ放した聖王様などだ。
だが、アリシアにとってそれらは眼中にない存在だった。
(早くツクちゃんを助けに行かないといけないのに)
先ほどのことだ。漆黒聖典宛に秘匿された特殊な
それを聞いた瞬間、アリシアが抱いたのはたった一つの思いだ。
一刻も早く逃げた盟主を追い、速攻でぶち殺し、ツクヨミの元に向かいたい。
しかし、隊長が言う通り、焦ってここで自分たちが不覚を取ることこそが最悪の足枷になるのも分かっている。
分かっている、けど。
(──時間が、ないんだよ……)
大鎌の柄を握る小さすぎる両手が、冷たい雨のせいか、あるいは恐怖のせいか、じっとりと湿っていた。自分たちが『
自分たちがこれほどまでに弱いせいで、もう、すべてが手遅れなのではないか。
聖王国にいる自分が、法国より先の未開の地にこれから移動するなんて、現実的に考えて不可能でしかない。喉の奥がからからに乾き、心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。
そんな……自らの無力さに押し潰されそうになったアリシアの視界を遮るように、一歩、前に踏み出した者がいた。
腰の細剣を素早く、しかし静かに引き抜いた第一席次──隊長だった。
「番外席次。後回しなど……とんでもありませんよ。私もすぐに奴を叩き潰したい気持ちなんです。そして、第三席次。完了しましたね?」
「うむ、完了した。しかも奴は、奇遇にもこちらへと近づいてきている。凄まじい速度だ……恐らく、"転移"」
「皆、構えろ」
そしてやはり、女神ツクヨミの身を案じていたのはアリシアだけでない。皆、同じだったのだ。
アリシアは小柄な体を起こし、鎌を握り直す。
空を見上げると、そこには既に盟主が現れていた。
視界不良の雨の中──その暗雲を背負うように、ただならぬ気配を宿したアンデッドがその両眼に巨大な赤い炎を湛えながら、空中に手を伸ばす。前回よりも、更に進化している気さえする。
「愚かな人類よ……神を呼べ。我が手に、真なる秘宝を捧げるがいい──」
空から雷鳴が鳴り響く。
「……黙れ。あの人の剣である私達聖典が──お前を速攻でぶち殺してやるよ」
此処でも、もう一つの戦いが始まっていた。
~~~~
「うっ……」
その頃、同じカリンシャの路地裏でもまた、一人の少女が濡れた石床に座り込んでいた。
イビルアイである。
イビルアイは隠れるように物陰に身を寄せると、座ったまま、深紅のローブの下にある服を強く押さえる。思ったより盟主が手強く、結果として痛手を負ってしまった。
本気での魔法の打ち合いにこそならなかったものの、アンデッドとしてのプライドがひどく刺激されてしまい、奴が戦略的に逃げ帰るほどの長期戦と化してしまったのは、我ながら失敗だっただろう。
イビルアイは溜息をつく。
この未曽有のテロを事前に察知し、聖王国側に伝えたのはイビルアイだったが、別にイビルアイも人間が大好きで仕方がない正義のヒーローという訳ではない。大体、ヒーローなどと言う、甲冑を身に纏って剣を振り回すなどという泥臭い人種を好きになることはない。
(そろそろ良いだろう。良く分からない連中も増援に来ているし、今、私が奴と本気で戦えば、よくて相打ち……最悪殺されかねん。奴も……本気を出していなかったしな)
これ以上追いかけ回す必要もない。それに、もう相当な慈善事業はしたはずだ。
だからこの辺りで、ただの部外者たるイビルアイは潔く手を引くことにした。
「ん?」
その時だった。
遠方から
情報が不正確なそれを使うような相手はあまりいないが、と思いつつ、イビルアイは応答する。
『インベルンの嬢ちゃん』
『その声、リグリッドか……』
それは聞き馴染のある生き生きとした老婆の声だ。聞きたくないランキングでは上位に入る。
『うむ、というより、お前さん。今どこにおる?』
『いろいろあってな。聖王国だ』
『奇遇じゃな、わしも色々あって竜王国じゃ』
「はぁ?」
イビルアイは腹の痛みなど忘れて大きな呆れ声を出す。この前エ・ランテルをうろついた後に王都に向かったと聞いたが、今はまた戻って竜王国まで行っているのかこいつは。
『イビルアイ、至急頼みたいことがある』
だが、あまりにも真剣すぎるその物言いに、イビルアイは息を呑む。
『なんだ』
『評議国に行きたい。わしを拾っていってくれんか』
『……ちょっと待てリグリッド。話が読めない。……竜王国で、何かあったのか?』
竜王国と言えば、数か月前にぷれいやーを追って
ふと奴の横顔が頭を過る。
『あぁ。竜王国は今とんでもないことになっておってなぁ、
「……」
イビルアイは絶句する。位置としては真反対の聖王国にいたとはいえ、そんな悍ましい状況になっていることを一ミリたりとも知らなかったからだ。何より、つい先日話したツアーもそんなことは言っていなかった。
『にわかには信じがたいが。まぁ分かった。……すぐに行く』
嘘だったら殺す。と言い添えて、イビルアイは
「はぁ……」
まだまだひと悶着ありそうだと感じつつ、雨が降る空を見やった。
ボロボロの白い仮面の先に映るのは、巨大な暗雲。それより更に先の空に、評議国の城内で窓を眺める、旧友──
彼は遠い景色を見据えて、一体何を思うのか。