Moon Light   作:イカーナ

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67.神々に世界を委ねて

 雪は止むことなく吹き続け、氷塊が露出した肌を掠める。

 内側からは高まる体温による熱、外側からは極寒の冷気が容赦なく襲い掛かっていた。

 

 

 ──神聖と神蝕の五剣(プロビデンス・シフト)

 

 

 それを唱えた瞬間、神聖領域に立つツクヨミの背後に、五振りの伝説級(レジェンド)武器が浮かび上がる。

『雷撃の金剛針』『狂える赫耀(マッド・ヴァーミリオン)』『凍える女王の細剣』『完成されし黒曜石の細剣(オブシダント・マスターレイピア)』『二又の聖剣(ズルフィカール)』。

 それらが頭上の金装飾を照らし、次々と巨龍達の迫りくる連撃を弾き飛ばしていく。

 

 ドッ、ガアアアンッ!!

 

 テールアタックを正面から受け流し、音速で距離を取る。

 冷たい風がローブを揺らし、指先に血が滴る。

 

「魔法の武具……ではないな」

 

 超位魔法の発動準備に入った老竜が怪訝な声を上げる。

 無理もないだろう。これは本来、ゲームでは不可能な付与(エンチャント)の使い方なのだから。

 

(──まさかあの日発見した『バグ』が、ここで役立つとは思わなかったな)

 

 脳裏をかすめたのは法国西への遠征の記憶だ。

 コスタートに用意させた現地の剣への付与(エンチャント):MPがたまたま時間制限なく武器に与えられた。実はこれを控えの剣にも試していたのだ。

 もっとも、コンフラクトゥスにこれを行っても意味はない。付与(エンチャント)のたびに上書きしてしまうためである。けれど、例えば魔力付与済みの武器を召喚の枠に当てはめたりすることは可能だった。

 

 これはデータクリスタルの設計をも無視した、現地における正真正銘の"仕様の穴"であり、運営がいれば即修正案件の……装備の疑似神器化だ。

 ツクヨミは持てる限りの全てをここで解放する。

 

 

「そろそろ終幕としましょう、生命の増幅(バイタル・ブースト)!」

 

 

 ツクヨミは聖騎士(パラディン)の魔法を使用し、体力の最大値を増やしながら七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)へと再び肉薄する。

 

「何をしようと無駄だ。そのような()()()剣が我に届くことは無い。息吹っ!!」

 

 始原の魔法(ワイルド・マジック)ではない素のブレス。

 プリズム混じりのそれを──神聖と神蝕の五剣(プロビデンス・シフト)の剣で弾きだす。

 

特殊技能(スキル):朔風散華(さくふうさんげ)

 

 コンフラクトゥスから一対の巨大な真空波を飛ばすも、あろうことかそれを七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)()()()()()()()()()()()防いでくる。

 直後、死角からの藍魂の神託(インディゴ=アニマ・オラクル)の雷撃が全身を焼き、転移した橙魂の神託王(アウランティア=アニマ・オラクル・ロード)の牙が、ローブごと肩の肉を強引に抉り取ってくる。

 

「っ──。聖刃(ディヴァインエッジ)

 

 それでも構わず、ツクヨミは神聖領域内で星幽界移転(アストラル・トランス)を発動し、位相を僅かに奥へとずらした。

 

(果たして止められるか──)

 

 狙うは背後。右手に握る剣──神雷霆(ケラウノス)の力を──神聖領域の全加護を乗せ、叩きつける。

 

「周りを無視し、強引に我に直接攻撃を加えるか。愚かなっ!」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)はこちらを見下しながら、冷え切った刀身をツクヨミの首目掛けて放ってくる。それを、後ろに控えさせていた二又の聖剣(ズルフィカール)の先端で綺麗に掴み取る。彼の瞳に初めて焦燥の色が浮かんだ。

 

 老竜が防御行動に走ろうとするが──それは許さない。

 

「──覇気っ!! 沈みなさい、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)!!」

 

 

 

 

 三重の刃(トリプレッド・エッジ)──!!

 

 

 

 

「ぐぅううぁ!!」

 

 

 圧倒的速度差。加えて超位魔法の詠唱による行動制限。

 そんな不可避の状況においてようやく、老竜の肩から腹部にかけて稲妻の迸る三連斬が叩きこまれた。

 真っ白な雪原に、大量の竜の鮮血が舞い散る。

 しかし七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は倒れない。そのプライドを宿した燃える金色の瞳が、ツクヨミを盛大に睨みつける。

 

「プレイヤーッ、貴様がどれだけ足掻き、世界を踏み荒らそうと……死という運命は既に此処へ定められているっ! 赤魂の神託王(ルブラ=アニマ・オラクル・ロード)!」

 

「グゥォォォオオオ──!!」

 

 悍ましい巨大な咆哮がツクヨミの真上から放たれ、赤魂の神託王(ルブラ=アニマ・オラクル・ロード)に向かって膨大なエネルギーが収束していく。

 神聖と神蝕の五剣(プロビデンス・シフト)の剣達は基本的には相手の攻撃の迎撃にしか使えないうえ、防御タイミングも難しい。だが、真の効果はここからである。

 

「神聖値解放。聖なる刃(ホーリー・エッジ)!」

 

 目の前の老人と斬り合いながら()()()()を経由して新たな特殊技能(スキル)を発動する。

 宙に浮かぶ凍える女王の細剣がたちまち中空へと飛び上がり、ツクヨミの死角にいるはずの赤魂の神託王(ルブラ=アニマ・オラクル・ロード)の体躯をその聖なる奔流で切り裂く。

 更に──

 

「……深淵の刃(アビス・エッジ)ッ」

 

「なんだとっ!」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)が今度こそその目を驚愕の色に染める。

 ツクヨミの背中から放たれた攻撃──狂える赫耀(マッド・ヴァーミリオン)によるそれは──まごうことなき闇属性の斬撃。

 そのうえ、ツクヨミの白く輝いていたはずの聖衣自体が半分ほど暗闇に覆われていたからだ。

 

 これが神聖と神蝕の五剣(プロビデンス・シフト)の真の能力。

 体力を激しく消耗する代わりに、攻撃の命中によって『神聖値』を、被弾によって『神蝕値』を蓄積し、それらを消費して特殊特殊技能(スキル)を行使できる。

 聖なる刃(ホーリー・エッジ)は相手の防御を引き下げ、深淵の刃(アビス・エッジ)は相手の体力を吸収する。そしてこれらがまた循環するのだ。

 

 もっとも、常に攻撃を受け続ける必要があるその性質上、思いのほか隙は多い。

 しかし、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)にそれを知る由もないのは明白。

 現にツクヨミは周りから飛来する魂の神託(アニマ・オラクル)達の攻撃を()()()受け続けることで、決して倒れることのない血の化け物と化していた。

 

「貴方こそ、過去の憎しみに囚われて、現地の望みさえ見えていないのではないですか」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)がツクヨミの斬撃を受け止める。

 

「汚物風情が知ったような口を。……我はここからあらゆるものを、時代を見続けてきた。八欲王……そしてそれに類する愚かな者達が、無惨に殺し合う様を!」

 

「──過ぎたる力は不要。地面を這いまわる存在に目を向け、必要以上に救い、介入することこそが未来の破滅へと繋がるのだと、何故分からない。……お前たちの存在そのものが、いずれ世界の均衡を崩壊させる。それが全てだ。この憎むべき魔法がそれを証明するだろう!!」

 

「っ」

 

「超位魔法──天軍降臨(パンテオン)

 

 ついに超位魔法が発動する。ダメージを一定以上受けた場合に中断されるなどの制約はもはやお構いなしだ。

 天からは、追加で六体の天使が召喚される。

 八十レベル台の門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)は、皮肉なことにツクヨミ目掛けて容赦のない特攻を仕掛けてくる。

 

(くっ……。まさかよりによってその魔法か)

 

 数に物を言わせた暴力的なまでの波状攻撃。流石にこれだけの相手を単身で抑えきるのは不可能だ。

 ツクヨミも無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)から魔封じの水晶を取り出す。

 冷たい水晶が左手の指先に触れ、砕かれる。数は二つだ。

 

「第十位階魔法、第十位階死者召喚(サモン・アンデッド・10th)第十位階深淵召喚(サモン・アビサル・10th)

 

 白銀の聖衣が神蝕の闇に染まりゆく中、ツクヨミは"法国の神"が使役することなど到底許されなさそうな、忌まわしき異形の従者たちを雪の中に解き放った。

 ツクヨミの目の前に、深淵の兜と甲冑を纏った巨大な騎士──無名の奈落騎士(ネームレス・アビサルナイト)が出現する。

 

 それは目前の雪原に大盾を突き立てる。迫りくる龍達を、その大剣で薙ぎ払うように動く。

 その背後にいたツクヨミが、飛び出す──

 

「逃がすかっ!!」

 

 計13体の敵の従える軍勢が、光り輝く領域の中でツクヨミ目掛けて飛来する。だが、その注視こそが戦場では命取りであり、ツクヨミの仕掛けた次なる策だった。

 

精霊髑髏(エレメンタル・スカル)!!」

 

 巨影に隠していた存在。68レベルの宙に浮かぶ頭蓋骨の化け物が、無名の奈落騎士(ネームレス・アビサルナイト)の背後から飛び上がる。

 魔法攻撃力に優れ、全ての魔法が最強化されている。

 

「っ!? 己さえ囮にしたか」

 

 それが、後方から次々と魔法を放つ。

 

 極地の爪(ポーラー・クロー)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)

 超酸の霧(ミスト・オブ・スーパーアシッド)──!!!

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は即座にそれらを無効化するべく、"五行相克の力"へと意識を割いたのだろう。しかし、狙ったのは天使たちだ。

 

(やはり、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)への魔法攻撃を防ぐことはできない)

 

 天使は猛撃に悶えていた。それを見て、ツクヨミは特殊技能(スキル)で攻撃しながら更にリソースを投入し続ける。

 ──あまりの全身への高負荷により、左の胸にある心臓が早鐘を打つ。

 

「真の最高位天使を、その目に焼き付けなさいっ!!」

 

 痛みで震える白い指先に掴んだのは、六つの翼を広げた金色の天使の像であった。

 特殊な異形種か、あるいは人間種しか使用できないそれを、迷いなく発動する。

 

 神聖領域内に、いや、それをすっぽりと覆う程の大きさの天使がその場に降臨する。

 

「……異界の天使か」

 

 上位天使たる主天使(ドミニオン)座天使(ソロネ)智天使(ケルビム)──

 それらさえ超える"熾天使(セラフィム)"

 その中でも最強の存在である至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)だ。

 

 魔封じの水晶でこのレベルのモンスターを召喚することはかなり厳しく、このアイテムの召喚であっても、正規のそれとは違い、一定範囲での攻撃と耐久性能しか発揮できない。

 とはいえ、これ一体でLv100のプレイヤーでさえ釘付けにできるほどの強さを持つ。

 

 

「このような技さえ持っていたのは想定外。だがしかし、まだ数では圧倒的にこちらが上だ。消えるがいい──偽りにして(ゼクス)……」

 

 

付与(エンチャント):」

 

 

 

「「至高の剣(キャリバー) 神炎(ウリエル)ッ!!!」」

 

 

 

 神聖領域内で正反対の攻撃が混ざり合う。

 敵の火力を神炎(ウリエル)で一定量相殺するが、それでもなお七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の攻撃の残滓で、無名の奈落騎士(ネームレス・アビサルナイト)も、精霊髑髏(エレメンタル・スカル)も、その魂ごと消し去られていく。しかし十分だ。

 

(十分……彼らも繋いでくれた)

 

「分かっているはずだ。"魔法"は我には効かぬぞ」

「想定内です」

 

 そのうえでぶち抜けばいい。

 

 

 

 

至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)星幽界の一撃(アストラル・スマイト)を放て!!」

 

 

 

 

 至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)の翼が開かれ、隠されていた両手──炎が灯るそれぞれの掌からそれが放たれる──

 

「熱でも、冷気でもない。っこの光は──」

 

 その魔法は完全な神聖属性。更に、非実体に特攻の魔法。

 特に、"霊体"の存在でしかない魂の神託(アニマ・オラクル)には致命になりうる必殺の一撃。

 

加速(ヘイスト)深淵の刃(アビス・エッジ)神炎(ウリエル)!!」

「ならば! 万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)!!」

 

 瞬く間に戦場は漆黒のエネルギーと神炎と雷撃に包まれ、その内部にいる全員に凄まじい破壊を齎していく。神炎(ウリエル)に関しても、熱として完全には吸収できないその圧倒的な光のエネルギーが、あらゆる相手に多大な損傷を与えていく。

 

 充填を完了した至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)もまた、頭上から容赦なく神炎(ウリエル)を発動する。

 

 ──神炎(ウリエル)

 

 ──神炎(ウリエル)!!

 

 ツクヨミと合わせて脅威の三連発だ。

 

 雪山は焼き払われ、足元の巨大な塔だけが表出する。

 この一連の流れにより魂の神託(アニマ・オラクル)の大半は死に絶え、残ったのはツクヨミ、至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と、橙魂の神託王(アウランティア=アニマ・オラクル・ロード)赤魂の神託王(ルブラ=アニマ・オラクル・ロード)のみとなる。

 

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 ただ、言わずもがなこの世界において同士討ち(フレンドリーファイア)は有効だ。

 ツクヨミのカルマが極善であるとはいえ、巻き添えによる負傷も大きい。

 

(……あと、どれくらいだ……?)

 

 正直に言えばもう限界に近い。頭上からの熱、そして掌で爆発的に発生する巨大な透明色の熱が……本来息切れを起こすことのないツクヨミに……明確な疲れと意識の混濁をもたらしていた。

 

 だが、駄目だ。

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)はまだその恐るべき執念を燃やし尽くしていない。

 古びた塔にツクヨミの熱い汗が流れ落ち、即座に凍る。

 その時だった。

 

「ん……?」

 

 ツクヨミは黒く染まったローブを掴みつつ、その背後に起こった異様な気配を追っていた。

 神聖と神蝕の五剣(プロビデンス・シフト)による五剣ではない。

 その下にある、光輪──光輪の善神(アフラマズダー)からだった。

 

 間違いなく世界の守りを何度も発動してくれていたか、あるいは大きな抑止力となってくれていたのだろう。

 ただ、それが今……発光していたのだ。

 

(は……?)

 

 ツクヨミは胸から迸る痛みを無視してそちらに意識を割く。

 別に特別な効果は発揮していない。ステータスが上がるとか、神炎(ウリエル)の火を無効にしているとか、そんなことはない。

 

 ただ、発光している。

 

 しかもその規模は山の頂上のみならず、ツクヨミを起点に円形の光を──地平の彼方まで飛ばしていた。それを見上げ、ツクヨミも冷や汗を流す。

 

(え? は? え!? ……何!?)

 

 発動の気配はない。ただ、世界を照らすその巨光はあまりにも不気味すぎた。

 ただの発光エフェクトか? 多分そうだ。

 しかし光輪の善神(アフラマズダー)を背負って戦う人間がユグドラシルにいなかったため、クソ運営が謎の発動条件を設定していても不思議ではない。

 

 ツクヨミは震えながら剣を握り直した。目の前には、やはり、異常な目つきでそれを警戒する七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)が冷や汗を流している。

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「水の神官長、そして水の巫女姫よ。神捜索の進捗はどのようになっている」

 

 重い空気が張りつめた聖域にそのような老人の声がやってきたのは、巫女姫が神への祈祷を開始してからそれなりの時間が経った後のことだった。

 巫女姫の代わりに首を振るのは青い衣装に身を包んだ老齢の神官長であり、更にその隣にいる偉大なる御方……ルフスも重苦しく口を噤んでいた。

 

 水の巫女姫はもう一度深呼吸をし、一度目を瞑ってから再度その両手に神経を研ぎ澄ませる。

 ここは六大神殿の聖域たるティナゥ・アル・リアネス。だからこそ、入って来れる人間は限られる。

 隣にそっとやってきたのは神器──遠隔視の鏡(ミラー・リモート・ビューイング)をこの場に届けた張本人たる最高神官長その人であった。

 

 けれど、彼の期待に反してというべきか、捜索が上手くいっているかと言えばそんなことはない。

 結論、ツクヨミは見つかっていなかった。

 水の巫女姫は何とか鏡を操作するもその手つきは拙く、何よりルフスが『目標は大陸中央の高い山だ』と教えてくれているとはいえ、そんなものは世界に無数と言っていいほど存在した。

 次元の目(プレイナーアイ)で確認できる範囲も大きく超えていることもあり、それをルフスに補佐してもらったとしてもかなり骨の折れる作業に変わりはない。

 

 だがそれでも……その捜索を諦めることはできない。

 

 鼻を啜り、涙を堪える。

 

 プレッシャー、心配、恐怖。

 あらゆる感情が水の巫女姫を苦しめるが、その中でも"自分の無力"……その実感こそが、何よりも憎いもので仕方がない。

 

(あの御方は……私をただ一人の人間として救ってくださった。せめて、あの時の御恩は返さなければ……私は最低の不信心の徒になってしまう)

 

 天井が円形に開いた泉の前で水の巫女姫は正座する。

 そうして必死に画面を切り替えていると、その震える腕をルフスによって突然掴まれた。

 

「この付近だ、間違いない」

 

 その端的で救いのある言葉に、後方に控える神官達にも静かな安堵──それと同じくらい大きな動揺が走る。

 最高神官長は息を呑み、急かすように言葉を紡ぐ。

 

「感謝いたします、ルフス様。……水の巫女姫よ、もう少し絞り込めるか」

 

「っ。は、はい!!」

 

 そしてその時だった。

 

「最高神官長、水の神官長っ!!??」

 

 後ろの神官の一人が、慌てた様子で震える声を上げたのだ。

 

「なんだ」

 

 水の神官長が不機嫌にそれに応じる前に、神官が空に指を向ける。

 

「そ、空が……」

 

 それを見て、水の巫女姫も……最高神官長も、あのルフスさえも言葉を失った。

 そこには曇り空を切り裂く、太陽を凌ぐほどの、神々しい光があったのだ。

 

 水の巫女姫を置いていくように全員が外へ駆けだしていく。水の巫女姫もまた、ルフスと顔を見合わせるようにしつつ遠隔視の鏡(ミラー・リモート・ビューイング)を抱え、裸足のまま外に出る。

 

 そこで見たのは……神の光だった。

 

「あ……あぁ……っ!!!」

 

 それを見たあらゆる人々が、大神殿敷地内の地面に膝をつき、平伏する。

 嗚咽を堪えきれず、ただ祈りを捧げるように空を見上げた。

 

 その空はただただ美しかった。

 

 ツクヨミの背に灯っていた光が……まるで世界に拡散しているような、そんな光。

 水の巫女姫は確信する。

 

 神が……私たちの為に戦っておられる。

 

 その感慨に、水の巫女姫はくしゃくしゃにした頬をもう一度濡らした。

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「戦線を維持しろ、奴は北上している!! 絶対に逃がすなっ!!」

 

 世界の中央やスレイン法国から見ても遥か西方に位置するもう一つの戦場、ローブル聖王国の城塞都市カリンシャでも戦いは進んでいる。

 

 長雨をその身体に受けながら民家の上を飛び進むのはアリシア・デイス・ファーイン……番外席次であり、その目線の先には何度か攻撃を受けた痕跡の残る、燃える死者の大魔法使い(エルダーリッチ)こと盟主の姿がある。

 

 盟主は広間での戦闘にこだわらず、寧ろ被害を拡大させるように──あるいは目立つがためにカリンシャの都市を北上し、雷を、時には炎の魔法で民家を焼き払った。

 鼻腔には木が焦げる匂い。泥が踏み荒らされる匂い。そして……異様に生臭い匂いが漂っている。

 

 視界の端に映るのは身長5mを超えるタコの化け物。

 更にその隣には、漆黒聖典と陽光聖典がそれぞれ召喚した切り札……光り輝く最高位天使、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が二体も鎮座している。

 魔神さえも滅ぼす存在──それがひとたび魔法を放てば、家で隠れるのを止め、散り散りに逃走を始めた民衆たちが狂乱するようにそれを見つめ、歓声を上げ始める。

 

「偉大なる主の執行者たる威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)! 不浄なるスラーシュの混合獣(キメラ)へと、鉄槌を下すのだっ!!」

 

「我が進化の傑作がその程度で破れる訳がない。不浄の溶解液を天使に解き放て」

 

「隊長! 奴を引きずりおろします!」

「番外席次、第四席次が盟主を捕縛する。武技で仕留めろ」

「言われなくてもっ!!」

 

 大量の雑音と声なき悲鳴が交差する戦場を、アリシアが雷のように駆ける。

 ──とっとと終わらせるっ!!

 

「武技:疾風走破、限界突破──超斬撃っ!!」

 

「……何者だ」

 

「いや、かっっっった!?」

 

 だが、アリシアの持つ巨大な戦鎌(ウォーサイズ)の一撃を以てしても、空中で植物の根に縛り付けられた盟主の身体を断絶することはできない。その斬撃の間に差し込まれた腕は確かに鎌の刃がめり込んでいるが、それ以上はピクリとも動かない。

 

 まずい。

 

「武技:要塞」

 

 加えて第三席次の障壁が目前に貼られるが……

 

「ぐぅ……」

 

 打撃。

 腕を振り上げた盟主の打撃を受け、アリシアは地面に凄まじい速度で叩き落される。

 体勢が悪い。

 

 アリシアが受け身を取ろうとした時だ。

 

 パシッ!!

 

「……え?」

 

 その身体を真下から掬われるように拾われる。

 地面に着地した時、その全貌が露わになる。

 

 ハンゾウだ。

 そこには神が遣わせたという最強の眷属がいた。しかも盟主もまた空中からすぐに叩き落され、地面にめり込んでいる。何より、空には曇り空を切り裂くほどの巨大な黄金の光が輝いていた。

 

(ツクちゃん……っ)

 

 びしょ濡れの街路に降り立ったアリシアの目にもう一人の参入者が映る。

 

「まさか……あんたも?」

 

 そう。話には聞いていたが、そこにはかつてツクヨミや法国に弓を引いた傲慢不遜なエルフ王、デケム・ホウガンが立っていたのだ。

 転移してきたデケムはこちらを一瞥し、冠の無い長い白髪を翻しながら前へ出る。すぐに目の前の煙から連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)が発生し、それにデケムが直撃する。が、ベヒーモスではない土の精霊がそれを阻んでいた。

 

「ちっ。なぜ偉大なる王がこのようなことを」

 

 デケムが舌打ちするも、すぐに盟主の放った死の軍勢がデケムの周りを取り囲む。それだけではない。

 

「番外席次、倒れてくるぞ!!」

「っ」

 

 ドガァァアアアンッ!

 

 そのようなけたたましい音を立てながらスラーシュの混合獣(キメラ)がこちらへと倒れ込み、ついでとばかりにその触手を伸ばしてくる。

 アリシアはそれを斬り飛ばしながら、デケムの背後に着地した。

 

「エルフ王……あんた此処に何しに来たの?」

「それは私の台詞だ。全てはあの女の……っクソ。絶対に許さん」

「あの女? ……少しでも邪魔したらツクちゃんの代わりに殺すから」

「小娘が。……多少の血の素質はあるようだが、誰に向かって物を言っている。貴様を先に殺してやってもよいのだぞ?」

 

 ハンゾウの鋭い視線がぎろりとこちらに向く。

 ファーインとデケムは背中を合わせながら、聖王国の敵にそれぞれ向かい合った。

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「来たか……いや、()()()()()()()

 

 そしてもう一つ。

 この光をまた、別の角度から見上げていた国があった。

 聖王国の北部にあたる亜人国家、アーグランド評議国である。

 その首都に建てられた巨大な議会の……巨人の全身よりも大きな硝子の窓からWI(ワールドアイテム)の輝きを見上げていたツアーが、ゆっくりと振り向いた。

 

 伽藍洞のそこに靴音が響く。

 

「久方……いや、()()()ぶりじゃな。ツアー」

 

 そこには元気な表情を貼りつけた質の良いローブ姿の老婆がおり、その隣にも旧友であるイビルアイが転移魔法の詠唱を終えた様子で佇んでいた。もっとも、その深紅のローブは汚れており、どれだけの道のりを早々と踏破してきたのかはツアーの目をもってしても完全には把握できない。

 

 ツアーは白銀の鎧を僅かに傾け、彼女らと向かい合う。

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 世界で最も高い塔の上で、何千、何万回目の剣の衝突が起き……火花が舞い散る。

 

 吹雪が二人の身体を再び覆い隠し、空からは黄金の光と赤ずんだ光の両方が差し込んでいた。

 戦闘は言わずもがな苛烈だった。

 ツクヨミが攻撃し、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)がそれを受け、無限に近いリソースと両者の従者同士が共に喰い合った。

 

 残ったのはツクヨミと、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)のただ二人のみ。

 

 しかし、やはりというべきか、地の利があったのは七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)だったとしか言いようがないだろう。

 

 ツクヨミはぼたぼたと頭の上から血を流し、神聖と神蝕の五剣(プロビデンス・シフト)による神蝕値が尽きたことによって、そのローブを再び白色へと戻した。

 その輝きだけは、ツクヨミ本人の泥臭さに反して失われていない。けれど、ツクヨミはコンフラクトゥスを地面に突き立てるようにして片膝をついた。

 

「プレイヤー、思いのほか……苦戦させられたぞ……。だが、これでようやく我の勝ちだ」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は地脈からもう一度、MPを回収していく。恐らくずっと、この時の為に、100年──200年、300年と魔力を地下にため込んでいたのだろう。そのリソースのほぼ全てをこの老竜は使い切るが、その剣にはドクドクと血が脈打つかのように……黒の波動が溜まっていく。

 

(流石に、もう受けられないな……)

 

 神聖領域の顕現は効果時間が切れ、霧散した。

 残っているMPも特殊技能(スキル)もまだなくはないが、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)に致命傷を与えられるかどうか。

 ツクヨミは己の胸に左手を置いた。

 

「安心しろ、自動復活などさせはしない。……ただ、永遠に、眠ってもらうだけだ」

 

 そのような冷徹で、しかし"畏れ"を過分に含んだ声色が目の前から撒き散らされる。

 

 

 

『お姉ちゃん名前は? え、ツクヨミ? じゃあツクちゃんだね!』

 

『ツクヨミさん。定時なので一応声を掛けに来ましたが、その様子だと大丈夫そうですね』

 

『女王として感謝する。ではツクヨミ殿、今後とも宜しく頼む』

 

 

 

 あまりにも鮮明な思い出が、脳裏を駆け巡る。

 

 

 

『ただし御身よ。どうかこれだけは御約束を。どうか……どうかご無事で。そしてこの地に再び帰ってきてくださいますよう』

 

 

 

 世界にとっては、ちっぽけなことだったかもしれない。

 しかし、私の世界は、既に輝かしい宝石に包まれていた。

 

(私は全てを解決し、必ず皆の元に帰る)

 

 "広い雪原には、風が舞い上がり"、ツクヨミの白い髪が巻き上がる。

 ツクヨミは立ち上がっていた。コンフラクトゥスを構え、もう一度七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)を力強く見据える──

 

「何故だ。何故立ち上がる」

 

 ──何故立ち上がれるのか。

 

 そんな声が聞こえてくるようだった。

 ツクヨミは肺の隅々まで空気で満たし、全身を──傷口さえも凍らせながら、五剣を敵に向ける。

 

「この世界の明日を……私がまた見たいからです」

 

「っ──」

 

 ツクヨミは朦朧とする意識の中、爆発的な速度で跳躍する。

 老竜がそれを視認し、己の身体を守りながら偽りにして至高の剣(ゼクスキャリバー)を発動しようとする。

 恐らくこちらの攻撃は届かない。攻撃する前に敵の凶刃がこちらの身を貫くだろう。

 では避ける? あるいはアイテムを使用する?

 

 

 数多の考えが走馬灯のように浮かび、消え去る。それでは駄目だ。

 もっと速く。もっと強く。

 

 

 

 

 限界を超えて──

 

 

 

 

 ツクヨミはそっと目を瞑った。

 理屈ではない。この極限の状況において、最も有り得ない択──。

 ただ、今まで一度も届かなかった『それ』を、脳裏に描く。

 

 

 

 

 

 

 白い睫毛が半分開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──武技:疾風加速」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれは──発動した。

 

 

 

 

「馬鹿なっ!?」

 

 

 

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の手元が初めて、恐怖に震える。

 それは決して有り得ない事象。世界の(ことわり)の超越──

 

 

「ありえないっ。まさか……世界が……世界がこの者を受け入れたとでも言うのか……!?」

 

 

 老竜は眼前で突然加速するツクヨミを見て、即座に剣を振り上げる。

 いくら武技といってもLv100に達しているツクヨミの()()をそれほど引き上げられる訳ではない。言うなれば100が101になったようなもの──。

 疾風加速など、疾風超走破などの最高位の武技と比較すれば、本当に大したことは無い。

 

 それが事実としてあった。

 

 だがそれでも、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)はこの極限の戦闘における、その"数ミリ"の差に、対応しきれない。

 

「……ぐっぁぁああああ!!??」

 

 そして、それはついに届いた。

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

(あり、えない……。この我が……)

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は初めてその口元から血を垂らし、目の前の女を見下ろした。

 白のローブに身を包む、白髪のプレイヤー……ツクヨミ。

 今、自分はこのプレイヤーに胸を貫かれている。

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の目論見では本来、これほどまで『これ』に苦戦することなど有り得なかった。

 

(全て完璧だったはずだ……。400年前、あの屑共に苦酸を舐めさせられてから、あらゆる準備を行ってきた。地下には無数の魔力の結晶……数多の魔法の本……奴らの知識……氷結の牢獄まで……あるというのに)

 

 ──何が足りなかった……?

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)はその答えを持ち合わせていない。

 何より……長年生きてきた自分の矜持が、浮かびあがるたった一つの真実を許さない。

 

「プレイヤー、認めぬぞっ。我々が……我々だけがこの世界を……守ってきた。我のかつての同胞も、そのために命など……惜しまなかった」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は血を吐きながらその手から双剣を捨て、自分の仮初の身体を貫く神器を、凄まじい膂力で掴み上げる。

 

「支配者? ……その通りだ、我こそが……我らこそがこの世界の秩序を真に保つことができる──。スレイン法国の偽神よ……我らこそが、真の選ばれし強者()なのだ」

 

「それが、貴方の……本音なのですね」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は答えない。ただ怨霊のように、掌に滲む血を無視して目の前の存在を睨む。

 

「……貴様も必ず、この世界から消し去ってみせる。そうして世界を……必ず取り戻す……」

 

 心の奥底では分かっていた。自分はもう、長くない。寿命とて近づいている身だ。

 だが、だからこそ。

 この命を賭しても必ず、同胞の雪辱を果たさなければならない。それが自分の最期の使命だ。

 

 

「変身解除……っ!!」

 

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は人間の形態から光球へと変化し、そのまま空へと飛び上がる。

 巨大な光球に形を変え、その場に浮かび上がったのは、竜としての真の姿。

 真なる竜王──七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)──

 その巨躯が天を割くほどの大きさで浮かび上がる。

 

 数十mを超える血まみれの虹の翼を羽ばたかせ、プレイヤー──ツクヨミを見据える。

 

 憎たらしいことにその瞳は……あまりにも力強く、美しい。

 

七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)

 

 ツクヨミが剣を持ち上げ、こちらに向ける。

 

「この行く手を阻むというのなら、私は貴方を必ず打ち倒し──その先へ進んでみせましょう」

 

 ……世界は委ねられた。

 




今回は……長くなりました(遠い目
実際の描写には入り切りませんでしたが、王国や帝国の人間、ドラクシスもその光を見上げていることでしょう。沢山書いているので誤字があれば申し訳ないです。

余談ですが、実は今回のタイトルは某有名STGのそれをモチーフにしていたりします。
少々壮大すぎるかもしれませんが数年前の(頂上決戦の)インスピレーション元も貼っておきます。
#【オーケストラアレンジ】偶像に世界を委ねて ~ Idoratrize World
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