(色々と考えて筆者なりに解釈しておりますが)あらかじめ本作中の情報であることをご承知おきのうえ読んでいただければと思います。
「ツアー、単刀直入に聞くぞ。お主、竜王国の件で何か知っておるのか?」
巨人を収容できるほどの広さを持つ議会に、老婆の透き通った声が響く。
腰に剣を下げたリグリッドの表情はいつもと変わらないが、その声色には隠しきれない剣呑さが含まれていた。
ツアーは黄昏に染まる窓の外の"光"を名残惜しそうに眺めたまま動かない。まるで、『"こちら"の方がよほど重要なのだが』とでも言わんばかりの空気感がひしひしと漏れ出しているようだった。
「いや、正直なところ私もあまり詳しくは知らなくてね」
鎧の軋む音が響き、静寂を裂くようにツアーが振り返る。
今、リグリッドそしてイビルアイの目線の先にいるツアーとの間には、巨大な円卓台があった。といっても、形は若干長方形に近い。
大小さまざまな椅子が周りに二十以上置かれた大理石テーブルに彼は近づくと、そのまま汚れ一つない机の上に左手を置く。
竜を模した白銀の兜の奥にある青白い炎が、二人の姿を射抜く。
「だが、そうだね。窓の外のあれを見て、予想を確信に変えることはできたよ。君達も、そのために来たのかい?」
(……分かっているくせに)
イビルアイは自分の中にムッとした感情が沸き起こるのを察知するが、それを凪のように静める。こいつは昔からこうだ。
「その通りだ。リグリッドから連絡があってな。気は乗らなかったが……これは間違いなく世界の危機だろうと私は考えている。ただ、私達二人だけでは明らかに解決できない規模の話だ。ツアー、お前はこの件、どうするつもりでいる?」
「……そうだね。まず……先に見解を述べるなら、君達の言う通りだとは思っているよ。重大な節目、それもぷれいやー関係の諍いだ。危険は承知しているし、君が焦るのも分かる。ただ、だからこそ私が本当に介入すべきかは慎重に吟味しているといったところかな。何せ積極的に動くことが最善とは限らないからね」
「それは……どういう意味だ?」
「イビルアイ、前に話したことは覚えているかい。竜王国での件だ」
「ああ──」
言われるままにイビルアイは思い出す。
プレイヤー……つまりツクヨミがこの100年の節目に現れた時のことだ。
ツアーを連れて震源地たる竜王国に向かったが、大きな問題は起きず、ツアーも身を引いた。
その時の理由がまさに、『ここは別の
「今回、
「ちょっと待て。同じ仲間として干渉し辛い、あるいは"藪をつつきたくなかった"というのはまだ分かる。だが……それでも今、実際に戦争を起こしているんだぞ? お前はこの前ツクヨミとも中立の立場を取っていたじゃないか。それなのに、この時になってもまだ、仲介
「宮廷舞踏会の話か。あれはあくまで様子見の立場を取っただけさ。正直、今でも正しい判断はついていないし、今後の力の波及は大いに警戒しているのが私のスタンスだ。率直に言って、仲介のメリットはあまり見えてこないな」
「つまり今回、動く気はないと」
「……」
イビルアイははっきりいって苛立ちを隠せずにいた。
勿論、自分が"ツアーに対してお願いをしにきた立場"だということは痛いほど理解している。ただ、それでも元はと言えば真なる竜王がいきなり暴れだしたという話なのだ。
イビルアイ達のせいではない、ただの迷惑な凶行。それを同じ立場のツアーが静観しようというのなら、わざわざ泥を被りながら雨の中──魔力切れでここまで飛んできた二人は何だというのか。
にも関わらずツアーの声はどこまでも平坦で、その理由が釈然としないのだ。
カチ、カチ、カチ、と。珍しい金属製の時計が嫌なくらい広間に音を響かせていた。
十数秒の静寂が過ぎ去り、リグリッドが口を開こうとする。
だがそれより前に、痺れを切らすように息を吐いたのは金属鎧の秘密主義者の方だった。
「私はね。ずっと世界のためを思って動いてきた。そこは変わってないよ。だから世界の未来を考えれば、これもまた一つの選択だという結論に行き着いたんだ」
「世界の選択、じゃと」
「法国。そして聖王国で起きていることを
情を排したツアーの言葉……いや、それどころではない宣言に今度こそ、リグリッドの瞳が驚愕によって開かれた。
「はぁ……? なんだそれは。大体、魔神戦争の時は肩を並べて戦ったじゃないか。にも関わらず、
「魔神戦争か。それと比較するのは少し間違っている。何故なら、先ほども言った通り、私は何も変わっていないからね。そして何を言われようと動かない。いや、動けないんだ。すまないね二人とも。そもそも……私にその資格はない」
ツアーが、自らの掌を虚空に見つめた。
「この手は既に汚れている。世界を守るためにはこれが最善だと、私はもう知ってしまったからね」
その言葉を聞いた瞬間、リグリッドの声が一段低くなった。
息を呑む音がこちらにも届いてくるようだった。
「ツアー。わしも色々と考えたが、どうにも釈然とせん。まさかお主……。過去にぷれいやーを見殺しに……いや、
議場の空気が凍り付く。
イビルアイの動くはずがない心臓がどくんと跳ねあがる。リグリッドは恐らく気づいてしまったのだ。彼が無駄に理論をこね回す本当の理由に。
「は──」
封印していた記憶の蓋が、内側から激しく叩かれるような感覚。
『私は何も変わっていないからね』
(ぷれいやーを殺した? 400年前の八欲王か? 確かにありえそうな話だ。しかしそうじゃない。200年前のぷれいやー? いや、それに関してはツアーは闇の竜王が殺したと言っていた)
違う。イビルアイは長年ツアーに付き添ってきたからこそ、その微妙なニュアンスだけで辿り着いてしまった。なぜこの期に及んで、一切彼が動こうとしないのかの理由を。
ツアーは何も答えなかった。だから、イビルアイはそれを言うしかなかった。
「お前まさか……100年前にその手でリーダーを……始末したとか言わないだろうな……」
心の奥底では分かっていた。これを言ったら、きっと終わりなのだと。
それでも、信じたくなかった──
「ツア──―」
「──本当に知りたいのかい。……私のこの手が一体どれだけ大量の血で汚れているのかを。リクが、最期になんと言ったのかを」
「ッ!!! き、貴様……ふざけるなよ!?!!」
濡れそぼった身体が急激に熱くなるのを感じ、激昂が理性を焼き切った。
イビルアイは走り出し、風を切り裂いて金属鎧へ肉薄する。そのままツアーの体を、背後の巨大な強化ガラスへと叩きつけた。
ミシリと、不穏な亀裂が走る。本来、イビルアイ程度の非力でツアーの鎧を動かせるはずもない。それを受け入れているこいつの無抵抗が、かえってこちらの逆鱗に触れる。
「ツアーーー!!! お前……っ私達を、裏切っていたのか!!!」
「……」
「何とか言ったらどうだッ!!!!!!」
手元で魔方陣が荒れ狂い、爆発的な破壊の奔流が至近距離で炸裂する。
硝子を粉々に砕いて外へと溢れ出す。
高階層から墜落しつつもイビルアイはなんとか飛行魔法で踏み止まるが、ツアーは噴水を粉砕しながら庭園の奥へと滑り落ちた。
しかし無傷。その事実が、怒りと失望を加速させる。
ツアーの周りに、四つの凶器が静かに浮かび上がる。
「許しは請わないよ。私の目的は、あの頃から何も変わっていない。……私が、世界を守るのだ」
脇腹の傷が痛み、どろりと熱い感触が漏れた。魔力の枯渇が、イビルアイの意識を遠のかせる。
リグリッドが庭園に飛び降り、膝をつくイビルアイの肩を抱いた。
「ツアー……一体何があった。神竜の件か? それとも、あのアイテムのせいか? なぜそんなことをした……」
「リグリッド。何も変わらないよ。……ただ、こうなったからには真実を話そう。
私がリクを殺した。だから今回も彼女を救わず見殺しにする。それだけのことさ」
それは今までの遠回しなロジックとは比べ物にならないほどに"シンプルで完璧なロジック"だった。だが、だからこそあまりにも救いがない。
議場の中心の物音に反応したのか、亜人の声が辺りに響く。その上でツアーの横に兎の耳が生えた獣人が転移してくる。
イビルアイは身体を支えてくれている老婆に構わず攻撃魔法を放つが、ツアーには届かない。いや、そのうちの一つが辛うじて金属鎧を鋭い冷気が叩いたが、奴の身体をびくともさせることはできなかった。
「う゛ぶ……っ ごほっごほっ」
肺が焼けるように熱い。
魔力枯渇による激しい拒絶反応が、
「……っ、っ」
視界が明滅する。掌に集めた魔力は霧散し、石畳に広がる自身の鮮血が嫌に冷たく感じられた。
今まで感じたことのない悲しみが全身を支配する。仮面の内側にある赤い瞳から涙が零れだしそうな時、意識を完全に失った。
──
「……ツアーよ」
その肩を、しわがれた──しかし鋼のように硬い腕が支える。リグリッドだ。
彼女の瞳はツアーをいつものように見据えているが、その声には共に地獄を歩んだ戦友としての静かな怒りが混じっていた。
「わしが問うてしまった責は大きい。今露見させるべきだったかも、正直分からん。しかしお主、それでもわざと気づかれるように誘導したな? ……隠し通せるはずの罪──隙を、よりにもよって今、この瞬間にわしらの前に晒した。それはもう、お主が
どうか答えてくれ。
そんな思いに呼応するように、彼は壊れた噴水の陰からゆっくりと這い出てくる。
「……隠し事は、もう終わりにしたいと思ってね。聡明な君達を納得させられる答えも、もうこれしかないと思ったんだ。リグリッド。君が言う通り、私はどこまでも君達が思う"竜王"だったよ。十三の英雄を、大勢の無名の徒を、そしてリクを、安全な場所から観察し続けていた」
「そうか。……魔神戦争は、お前さんにとって世界の平和の為ではなく、リーダーと彼を監視するためじゃったか」
「まぁ、世界の為だったのは本当さ。でもそういう見方もできるかもね。私は
──
「私は世界を守ると言いながら、周辺諸国は切り捨てるつもりでいる。あわよくば今回の戦争で、彼女が死ぬのを待っている」
「それがお主の出した答えなのか」
ツアーは答えなかった。リグリッドは溜息を吐き、イビルアイを抱えたまま顔を上げる。
「旧友として、せめて聞かせてくれるか。お主の100年前の罪と、そこで何が起こったのかだけは」
「……あまり意味があるとは思えないけど。それを知ってどうするんだい?」
「どうするか、か。別にお主を今更責めたい訳ではない。わしは老い耄れじゃから諦めが悪くてのぅ。……まだそのがらんどうの仲間の裏切りを、完全に信じ切れておれんだけじゃよ」
「そうか……なら、仕方がないか」
あまり気は乗らないが、君にだけは話すとしよう──
ツアーは砕けた噴水に座って、己の罪を告白し始めた。
♦
「リグリッド、覚えているかい。……
ツアーの語り口は淡々としており、まるで古い歴史書を読み上げるような無機質なものだった。
無論、リグリッドの脳裏にも、その景色は今なお鮮烈に刻まれている。
魔神戦争……それは六大神の眷属──と言いつつも実際には200年前のプレイヤーが激しい抵抗の末に残した"種"だとツアーは言っていた──が暴走したために、各地に点々と出没した魔神たちを世界の英雄達で協力して倒していったという戦争。その中にリグリッドやイビルアイ、ツアーも含まれていた。
「十三英雄といっても、実際にはもっと多かった。そして彼らをまとめていたリクは、ゆぐどらしるから転移してきた『ぷれいやー』だった。
彼は最初こそ弱かったけど、剣を振るうたびに有り得ないペースで強くなっていった。彼の友人もそうだったね。"エイエス"と彼は呼んでいたけど、彼はリクに比べてずっと弱かった」
当時は普通の人間の域を出ていなかった老婆たる自分の目から見ても、リクとエイエスは成人したての──少し危うげある若い男性といった風貌だった。正直後者については、彼らの文字でA.S.と書くこと、リーダーであるリクと仲が良いのを知っている程度で、リグリッドの印象には薄かった。
「先も言った通り、私は彼らを監視するためにいただけで、別に本気を出してはいなかった。だから、正攻法では勝てないと悟ったリーダーは、この頃、ある危険な試みに乗り出してしまった」
「……」
「それが浮遊都市、エリュエンティウへの潜行さ」
リグリッドはそれを黙って聞く。
エリュエンティウとは南方にある都市、その上空に浮かぶ八欲王のギルドのことであり、十三英雄だけがそこにあるアイテムの持ち出しを許可されていた──と後世には
「君達は知らなかっただろうね。何せ私たちが南の砂漠にいる時、君達はトブの大森林で別の魔神と交戦していただろう? 敵の数も多かったから、そういうことも多かった。もっとも、リーダーに浮遊都市の存在を教えたのは私だったんだけど、まさか転移アイテムを使ってまでそれを強行するとは思ってもいなかった」
……
「そして私もそれを別に止めなかった。黙って彼らに着いていき、『二人が死ぬなら、それもまた運命だ』と勝手に納得し、仲間として心配するふりだけし続けた。そもそもエリュエンティウは"ぎるど武器"を管理している私でも入れない地だ。二人がアイテムを奪える可能性など、万に一つもないと思っていた」
「……他には誰がいたんじゃ?」
「
「……話を戻そう。我々は即座に拠点えぬぴーしーの襲撃を受け、深手を負い逃げ出した。だけどエイエスだけはなぜか攻撃されずに内部に入ることが出来てしまった。持ち出し権限があった……なんていうのは嘘さ。それは彼にだけ偶然、開いていたんだ」
「なぜじゃ?」
ツアーは少しだけ俯いた後、頭を上げその理由を語る。
「八欲王が400年前、
つまり八欲王は400年前の
実際それは起こらなかったようだが、曰く八欲王は有名な者達であり、しかも誰にでも門を開いていた訳ではないらしい。
"無所属の放浪者を選別しようとしていた"
「奥に行かずとも大層なものが拠点内に散らばっていたのだろうね。盗人とも言えるけど、一転して英雄と化したエイエスが、拠点所持という制約を持っていたリクの代わりに八欲王のマジックアイテムを次々と持ちだし始めた。無論、私はそれを止めたんだが、リーダーであるリクもその忠告を聞こうとはしなかった。それを君達にも渡して、残る魔神を滅ぼしていった──」
「──リグリッド。言わなくても分かるよ。……私にそれを責める資格はなかった。だって、彼らが禁忌に手を染めてしまったのは、ひとえに私が力を抑えて、彼らの消耗を待っていたからに他ならなかったからね」
ツアーは空を見上げる。そこにはもう世界を照らす光は残っていなかった。あるのは温かさの残り滓だけであり、曇り空が三人を覆うように戻ってくる。
「最後の決戦がやってきた。南の決戦で、多くの英雄と、残った魔神同士が対峙した。あの悲劇の始まりさ」
「神竜か……」
「その通り。……エイエスがこの時使用したアイテムこそ、
リグリッドは眉を顰める。その後の結末を知っているからだ。
「結果、女神たちは魔神のみならずかつての友さえも排除すべき『障害』と見なし、リクの目の前で八つ裂きにした。……救いを求めるように伸ばされたエイエスの腕が、女神たちに"引き抜かれていった"のをよく覚えているよ。そして最後に神竜が絶命した。これが魔神戦争の忌むべき結末」
その後、世界の危機たる魔神は全て滅びたが、親友を無惨な形で失ったリク……リーダーの精神は日に日に崩壊していった。
多くの人間達は英雄譚として彼らを担ぎ上げたし、法国も協力体制を敷いて魔神の一体を討伐していたため、積極的に人間の英雄譚として周辺諸国に喧伝していった。勿論、
「後日、私は彼を監視する名目で、その住まいである寂れた東小屋に寄った。リクは一睡もしてなくてね。髪もぼさぼさでベッドの上で廃人のようになっていた。そんな彼は、私になんて言ったと思う?」
「……」
──
『リク……』
この時、ツアーはかつての親友──と呼んでよいか分からない存在に目を向けた。
リクはゆっくりと頭を上げてから、全てを察したように口を開いていた。
『ツアー、君はさ……今の俺が及ばないくらい……こんなにも強かったんだな。なんでその力を、あの時、あの瞬間貸してくれなかったんだ? なぜ俺達を……信じてくれなかった……?』
俺はこんなにも信じていたのに──
リクの目にはもう、悲しみも、怒りの景色も映っていなかった。ただの虚無がそこにはあった。
ツアーは視線を落としてから答える。
『……信じていなかったのではない。君たちが『力』に飲まれるのが怖かったのだ。そして……現にそうなった』
小屋の中には金属の鎧姿では感じ取れない生モノが腐ったような匂いが立ち込み、嫌な熱気が腐敗の霧として沸き立っていた。
リクはベッドの上でボロボロになった毛布を力なく掴んでいた。
『そうか。確かにそうだったかも……しれないな……』
ツアーは目前に視線を向ける。
それは受容ではなかった。深い絶望の中の諦観──
現に、彼の瞳にはもう、何も映ってなどいなかったのだ。
かつて"世界を救う"と熱く語っていた若者の光はどこにもなく、ただ濁ったガラス玉のように、リクは後悔の海の中で、既に息絶えていた。
『ツアー。
リクは、ふっと口角を上げた。
頬を伝う血も、親友の断末魔も、すべてが他人事であるかのように。
『俺が、俺の独断と正義があいつを殺したんだって……今、分かったんだ』
その微笑みは慈愛の女神たちよりも、もっとずっと──ツアーには恐ろしいものだった。
『頼む……ツアー』
リクの最期の言葉はそれだった。ツアーは己の武器を取り出し、それを手に取った。
これは私の責任であり、罪。
──一瞬だけ、リクの頬がふっと緩んだような気がした。
ツアーはリクを切り裂いた。そしてそのまま
自分が彼を殺した。
そして、彼を殺すべき状況に追い込んだのは、他の誰でもない、この私だった。
『君達の代わりに私が世界を守る……。許しは請わないよ、リク。君を殺したこの手で、私はこの汚れた正義を、貫き通すから』
亡骸を抱えた両手で、ツアーは外に出て、彼の墓を作った。
──
「彼が最期に『殺してくれ』と言ったとき……私はようやく理解したよ。私は彼を仲間のように迎え入れていたけど、心の底ではずっと『綺麗に消えてくれること』を望んでいたのだと。……そんな私がどの面を下げて、彼よりずっと強いツクヨミを助けに行くと思うんだい」
ツアーはリクに嫌われたまま、リクを殺した罪を抱えたまま、世界を守る道を選んだ。
だから許しは請わない──請う資格さえ、彼にはない。
「なるほど。それがお主の選択だったか」
リグリッドは数舜考えてからイビルアイを背負い、立ち上がる。
「お主は竜王としての正しさを優先した。それが間違っておるとはわしには言い難い。過去ももう変えられん。……じゃがなツアー。それでも──貫くことが必ずしも正解とは限らんぞ」
「……」
「ここまで話を聞いた。インベルンの嬢ちゃんもそれを許さんじゃろう。ただ、そのうえであの旅の全てが嘘だったとは、今でもわしには信じ難いよ。がらんどうの金属鎧がわしらを助けたのは、お主自身が、自分の持つ正義に迷いを感じていたからじゃないのか?」
溜息を吐くような音が、目の前から漏れ出す。
「いやどうかな。君達が愚かなほどに"ただの善人"だったからじゃないか……? リグリッド」
「ふんっ相変わらずの固い頭じゃな。ツアー……わしはもう行くぞ」
「……本気かい。間違いなく、君達程度が行っても無駄死にするだけだよ」
背を向けた老婆に、今度こそツアーは本気で心配するような声をかける。そんな今更なこいつの言動が、リグリッドの調子をいつも狂わせるのだ。リグリッドは溜息を吐いた後、笑って見せた。
「大馬鹿者が動かんもんじゃからな、仕方ないじゃろ。……昔みたいにその場で何とかする方法を探すさ」
きっとここでお別れなのだと思い、怒っていいのか悲しんでいいのか分からずリグリッドは思ったことを口にする。
「最後にいいか、ツアー。あやつは、あやつだけはその鎧に憤慨せず、『竜王ツアー』をずっと信じておったよ。方法はどうであれ、持てる選択の中で、隣で一緒に戦ってくれている
「……」
「じゃあな」
歩き出したその時だ。いつの間にか立ち上がっていたツアーが後ろから声をかけてきた。
「ありがとうリグリッド。そしてすまない。……君も感じたからこそなんだろうけどさ。彼女は、リクによく似ている。私はまた間違えているかもしれない」
不意に、ツアーの手元で黄金の燐光が渦を巻いた。
──だけどあの時の君の気持ちが、今なら少しだけ分かった気がするよ。
リグリッドが驚きに目を見開くのと、周囲の風景が白く塗り潰されるのは同時だった。
彼は一体この時、何を思ったのだろうか。
その魔法は、
リグリッドとイビルアイはいつの間にか、雪が舞う寂れた小屋の前に立っていた。
イビルアイの意識がゆっくりと戻り、いつの間にか癒えている己の傷跡を撫でながら、顔を上げた。
お読みいただきありがとうございます。最近はここすきなども見ております。気軽でも大丈夫なため、コメント・評価なども是非、今後もお願いいたします。