Moon Light   作:イカーナ

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7.雨降る王国

「我が国の治安状況だが……」

 

 ここはリ・エスティーゼ王国の首都である王都リ・エスティーゼの最奥に位置するロ・レンテ城。長き建造期間を経て作り出されたこの城は外周が1kmを超えるほどの巨大さであり、辺りにもまた立派な塔が点々と建っている。そんな見るだけで圧倒されそうなロ・レンテ城の内部では現在、国の現状を話し合い対策を取るための定期的な会合が開かれている。

 喋っているのは現国王であるウィリアム・シャル・ボーン・デル・レンテス。今年で50歳である彼は年齢より少し老けた声で言葉を続けた。

 

「記録からも分かる通り、悪化している。特に夜の王都は犯罪も増えているようだ」

 

 国王は反応を確かめるように席に座る者の顔を眺める。目に入るのは一癖も二癖もありそうな男たち。彼らは王国の貴族の中でも大きな影響力を持つ六大貴族と呼ばれる存在であり、強かな知恵と莫大な富を有している。そんな彼らは少し間を置くとそれぞれ意見を述べていく。

 

「王都は街灯の設置が行き届いておりませんからな。治安は街の整備で改善できると思いますが」

 

「単純に見回りを増やすというのは?」

 

「いや、そんなことに税を使うより国の発展が第一でしょう。帝国では既に整備を進めつつあると聞きましたが」

 

「それはいけませんな。我が国もそろそろ税を上げ、そこに着手するべきでは?」

 

 様々な意見が飛び交う中、国王は小さくない頭痛を感じた。彼らは一人一人王国を支えようとする味方なのだが、こうして合議になるとどうしても意見が纏まらないのだ。

 

「それは出来ない。最近やっと民の生活も安定してきたのだ。ここで増税でもすれば他国に逃げ出す民も出るだろう」

 

 元々国土の広い王国はモンスターの被害は法国に抑えてもらっているものの、隅々まで手が届いているとは言い難い。特に初期の頃は国民を増やすために税を軽くしていたため、発展が他国より遅れていたのだ。それも年々税を上げて対処してはいるのだが……近年ではそれも限界が来ており国民の不満が増えてきているのも事実であった。

 

「ふむ。そうなると今まで通り、少しずつ近郊の整備をして行くしかないのでは?」

 

「私はあの……冒険者組合や魔術師組合の援助は減らしても良いと思いますぞ。優先度はこちらの方が高いですからな」

 

 ふと部屋の隅の大きなガラスの窓に雨水が滴るのが目に入った。どうやら外では雨が降り始めたようだ。国王は曇りゆく外を感じながら、各々が混迷するテーブルを見渡しては心の中でため息をついた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 正午には数時間前に現れた黒雲が王国の空を覆い尽くしていた。隙間のない灰色の天上からは大量の雨粒がこぼれ落ち、一面に広がる路面を黒く濡らしている。

 普段は賑やかで人の行き交っている中央通りも寂しく、兵士や住人は屋内へ戻っているのか外に人は殆ど見られない。

 そんな王都の入口である門の前には、傍から見れば怪しげな大小二つの影があった。

 

「こんな所で呼び止めて何の用だ」

 

 小さな人影から声が発せられる。その姿は異様で、体を覆う深紅のローブの下には年季の入った紺の衣服を身にまとい、顔には額に朱の宝石を埋め込んだ白い仮面を付けている。頭の横からは綺麗な長い金髪が垂れており、体型からもそれが少女であることが分かる。

 そんな彼女の声は高くも低くも聞こえるが、トーンはどことなく不機嫌そうに感じられた。声を向けられたもう一つの人影……見れば一級品だと分かる質の良い黒のローブを着た老婆は、右手に持った木製の傘で少女の肩を雨から凌ぎながら笑い答えた。

 

「なぁに、久しぶりに寄ったからな。可愛い嬢ちゃんの顔を見に来たんじゃよ」

 

 皺だらけの顔の表情は若く、発せられた声は生気に満ちている。どうやら二人は先ほど門の前で鉢合わせ、久しぶりの再会を果たしているようだった。しかし、少女の方に再会を喜んでいるという雰囲気は無い。

 小さな影は再び移動を開始しようとする。

 

「待て待て! 待つんじゃイビルアイ。傘もささないで出歩いては風邪をひくぞ?」

 

 老婆が少女……イビルアイに慌てて言葉を投げかけた。その内容は体を心配するものだが、実際は冗談半分である。

 

「お前の小言を聞くくらいなら土砂降りの中マラソンでもした方がましだ。早く要件を言え、リグリット。……どうせまた面倒な話なんだろう?」

 

「お前さんも相変わらずじゃな……。とりあえずここで話すのもあれだし、屋内に入らんか?」

 

 冗談めかしく話すリグリットだが、それでも彼女の言は何処か重たげな雰囲気を醸していた。イビルアイはそんなかつての仲間に少し考える素振りを見せてから、その仮面の下で口を開いた。

 

「いいだろう。では近くの宿へ行くぞ」

 

 ローブが冷たい風の中を舞うと、リグリットもまた一息つける場所へ移動しようと衣服の下の足を動かす。二人が行動を開始する──まさにそんな時であった。

 

 二人の時間が止まった──。

 

 当然だがそれは物理的にではない。彼女たちは命の危機の際に現れる走馬灯のように、スローに感じられる世界で確かな異変を感じ取っていたのだ。

 

 門の先から何かが走ってくる。

 

 膨大な魔力の渦を撒き散らしている訳ではない。……ただそれは真なる竜王が持つような絶対的"力"を確かにその身に纏っていた。

 それは150年の時を生きてきた人外である彼女たちでなければまず知覚することのできない目に見えぬオーラ。

 

 横目で見ると現れたのは二十歳ほどの女性だった。その手に傘は握られておらず代わりに右手を頭上に上げ、白く伸びる長い髪は雨でびしょ濡れになっている。装備は大したことの無いものだが、異変の正体がこれであることを二人は確信した。女性は沈鬱な面持ちでびっしょりと濡れた路面を踏み締め、そのまま遠くへと走り去っていく。

 

 

 ……それを遠目で確認した彼女たちは張り詰めていた空気をゆっくりと弛緩させた。それからリグリットは視線を合わせることなく、独り言のようにポツリと呟く。

 

「なんじゃあれは」

 

 声色は冷静だが、それには驚きと不安が見え隠れしている。無理もない。何せ二人とも過去に似たような出会いはあれど、初めてLv100のプレイヤーを見たのだから。

 

「……分からん。ただ、相当ヤバいぞ。あれは」

 

 仮面の下の表情は分からないが、彼女も滅多に見せない緊迫さを醸し出している。しばらく沈黙が続き、辺りには水音だけが響いていたがそれを打ち消すような咳払いが一つ。

 

「コホン……そうじゃった。イビルアイ、実は今回話そうと思っていたのはそれもある」

 

「どういうことだ?」

 

「覚えておるか? ワシらが戦った魔神戦争を」

 

 イビルアイはリグリットが何を言いたいか分からなかった。その答えは聞かなくても分かっている筈であったからだ。

 

「当たり前だ。忘れる訳がないだろう。あれは100年前の……。あ」

 

「そうじゃ。丁度あれから100年になる。あやつは耳にタコができるくらいその事を話していたよ。結局何も無く今年は終わりそうじゃったがなぁ」

 

 リグリットは目を閉じ、やれやれと呆れたように吐いた。イビルアイはそんな彼女を見据えて真剣に問う。

 

「プレイヤーだと……そう思うのか?」

 

「違うかもしれん。が、可能性はあるじゃろうて。……すまんな嬢ちゃん。もっと世間話でもするつもりじゃったんだがね。あれだけ巧妙に力を隠しておるなら、あやつも気づいておらんかもしれん。叩き起こしに行ってやらんとな」

 

「ツアーか」

 

 イビルアイは先ほど、異変が走り去っていった方面を見る。そこにはもう何も無く、無人の街路が雨に打たれているのが目に入るだけだった。彼女は再び視線を戻し、口を動かした。

 

「待て、私も行く」

 

「なんじゃ、珍しいな。悪いもんでも食ったか?」

 

「ふん、別にすることも無いだけだ。無闇に一人で探るのは危険だろう。それに前から、ツアーには言いたいこともあったしな」

 

 リグリットは先ほどの驚きの表情を同情へと変えると灰の空を見上げて言った。

 

「あんまり責め立てるでないぞ。年寄りは涙脆いからな」

 

「お前は私を何だと思っているんだ!」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁ。最悪だ」

 

 楽しみにしていた王都にやっと到着したツクヨミは来て早々に意気消沈していた。エ・ペスペルから三日、馬車はそれなりに早いペースで小さな小都市を挟み、そこから一日かけて王都へと進んだ。

 

 相乗りであるにも関わらず他に乗客がいなかったその馬車が進むにつれて王国の空は徐々に暗くなっていき、到着する頃には大雨とはいかないがそれなりに強い雨となっていた。降ろされたのは当たり前だが王都手前で、雨具を着た馬車乗りのおじさんも心配はしてくれていた。

 

 そして今は、王都の門を潜ってから降り続く雨の中をひたすら走っている。体力的疲れは感じないものの衣服の濡れた感触はやはり気持ちが悪く、一部剥き出しとなった土の地面のぬかるみも精神を疲労させた。

 

(さて、これからどうするか……)

 

 視界端に映るよく分からない建物の屋根で雨宿りすることも考えるが、遠方まで広がる灰色の空を見てその思考を破棄する。

 辺りに人がいないことを視認。走る速度を少し早め、光の灯る民家の間を曲がりながら宿か酒場を探す。

 

 王都の街は思っていたより入り組んでおり、進むにつれ大通りから逸れているような気がした。辺りには小道が続き、建物はあるものの扉はない。多分裏道か何かだろう。

 自分の方向音痴さに呆れながらも諦めて来た道を引き返そうとしていると、突如大きなものが水面を叩いたような音がした。どうやら自分が佇んでいる小道の先からだ。

 

 耳をすませると響く雨音の奥から喧騒のようなものが微かに聞こえてくる。何事かと確かめるように近づき、角を曲がった場所から顔を出してみると、開けた路地の建物の前で一人の青年が柄の悪い男たち四人に殴り、蹴られていた。

 男たちは酷く下劣な笑みを浮かべている。

 

「これは……」

 

 初めて目にする、この世界での明確な悪意と言える光景。現実(リアル)のアーコロジ──―日常茶飯事ではなかったが、必然的に治安は悪かった──の生活環境が一瞬フラッシュバックし、わずかに動揺が走る。

 

 せっかくの観光気分は、もう微塵も残っていない。

 

 だが、それ以上に許せなかったのは、嫌悪感から反射的に目を逸らした己の卑屈さだった。

 

(あぁ……)

 

 その瞬間──ツクヨミはようやく、ある事実に気づかされる。

 初めて足を踏み入れた法国が特段平和で、ツクヨミも優しい人たち──隊長やルーインやオネエ、その他の軍部の面々などの良識ある存在──に常に囲まれ、守られていた。それだけの話だったのだと。

 勝手に理想を抱き、勝手に失望しようとした過去の自分は、サービス終了と同時にとっくに死んだと思っていたのに。

 

 

「本当に……失態だ」

 

 

 濡れた体に一層染みるように、二カ月におよぶ優しすぎる日々と、それでいてずっとそこで立往生していた自分の姿を幻視する。

 

 まぁ何にせよ、薄暗い雨降る路地に他の人気は無くすぐに助けを呼ぶのは難しい。ならばどうすべきか、答えは既に決まっている。少しずつ心臓の鼓動が早くなり、手が微かに震えた。だがそれもすぐに握りしめられる。

 

『種族とか関係ないですよ。困っている人を助けるのは当たり前ですから』

 

 ツクヨミは小さく目を瞑り開くと、喧騒の方向へと歩を進めた。

 昔、自分よりもずっと"正義"に熱い男がいたものだと思い出しながら。

 

 路地には、寂しげな水音だけが、残されていた。

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