Moon Light   作:イカーナ

73 / 74
73.世界の境界を分かつ剣

「さぁ、多くの信徒共の眼前で……哀れに散るがいい」

 

 日が落ち、湿り気を帯びた暗雲が夜空の星々を覆い隠す。

 盟主は無詠唱化した魔法を指先に滾らせ、目下にいる"神"目掛けて猛撃を開始する。

 

 闇を切り裂く眩い閃光が、なんの躊躇いもなくツクヨミへと落ちてくる。

 風を薙ぐような破裂音。

 鼻腔をくすぐる焦げた匂い。

 

 次の瞬間にはそれらが爆発し、直撃を受けた城塞都市の石畳は言わずもがな、周囲の空気さえ焼き焦がしては四方に広がる形で稲妻の残滓を拡散させる。

 

 

「な、なんだ!?」

「神の雷か!? おい、離れろっ!」

 

 

 聖典を除き、周りの戦士達もそれを見るや否や距離を取る。

 リ・エスティーゼ王国 アダマンタイト級冒険者『鋼鉄』の面々さえ、カリンシャの宗教施設近辺に身を寄せる。

 聖王や神官団……逃げ遅れた民や兵達も、立派な石像建築群の隣、あるいは周囲の瓦礫へと身を寄せる他なかった。

 

 そんな彼らが震える目で刮目したのは、まさに世界の終わりのような光景──

 

 デケムやハンゾウ、人類の切り札たる漆黒聖典らが今の今まで抑え込んでいた人外たる不死(アンデッド)の攻撃の数々は、到底ただの人間風情が受け止められるそれではない。

 

 

「ほう。これを避(さ)けるか」

 

 

 神速の魔法をツクヨミ目掛けて発動した稀代のナイトリッチは、相手を品評するかの如く顎に手を当てる。

 ツクヨミは天上から降り注ぐその雷槍を僅かに上体を傾けるだけで躱し、続く追撃も、軽く斜めに歩いたりしながら全て正確に読み切っていた。

 考えうる最小の動き。

 白い靴が雷の発生を先回りして踏みつぶす。

 

 それを見た盟主は暫し無言となった後、己が最も得意とする魔法を容赦なく発動する。

 初撃の回避など、物(・)理(・)的(・)に(・)避(・)け(・)ら(・)れ(・)る(・)程(・)度(・)の魔法がただ対応されたに過ぎない。

 

 

 

「真なる死(トゥルー・デス)」

 

 

 

 カリンシャの空気が急速に冷え込んだ。

 すぐに仄暗い暗黒の光がツクヨミの全身を包み込み、死の奔流がその場に渦巻く。

 しかし、光輪を背負う彼女の白い姿は僅かな身じろぎさえすることなく、その暗黒を瞬く間に浄化した。

 

 効かない。

 

 無効化(レジスト)された。

 

 盟主が極めた即死魔法──その最高峰さえ神には一切通用しないという現実。

 周囲の者達からも息を呑むような驚きと歓喜のどよめきが起こる。

 

 面倒な、と盟主は吐き捨てるように、指を鳴らす。

 

 

(なるほど。これも効かない──。眷属のみならず、神自身も死(・)の(・)権(・)能(・)を持つとなれば少し厄介か。まぁよい。我が全力を出せば、手負いの神などすぐに一蹴できるはず……)

 

 

 盟主は次の策を考えながら不敵な笑みを浮かべる。

 実際──目の前の存在の動きは盟主から見て明らかに良くないものだった。

 不気味な細い剣こそ腰から引き抜いているが、今の今まで攻撃してくる素振りさえ見せず棒立ちしている。

 

 完全な時間の無駄遣いをこの戦いで行っているのだ。

 ならばこちらはその隙を利用し、展開していた術式の全てをこの身に集約することとしよう。

 

「次はこれだ。先と同じように避けられるだろうか」

 

 呼吸を必要としない骨の全身へ、強引に淀んだ風を取り入れる。

 副盟主を殺(あや)めたその両手と、地に敷かれた邪悪な魔方陣の残り滓を使い、死の気を集める。

 

 地面の赤い魔方陣が再び、毒々しく光り輝いていく──

 

「奴が何かしようとしているぞっ……!?」

「皆、備えろっ」

 

 有象無象共が騒いでいる。

 盟主はふっと身体を軽くし、来たる絶望に身を震わせる。

 見せてやろう、我が究極の力を──

 

 そう考えていた刹那だった。

 

 

 

 ──ッ!!!

 

 

 

 何かが頭(・)上(・)から通り過ぎていった。

 

 

 

「ッがはっ!!??」

 

 

 盟主は空中で体勢を崩すように回転する。

 墜落こそしなかったが、既にその胸部が大きく損壊し、肋骨が砕け、肩が吹き飛んでいた。

 

 何が起こった──!?

 

 そう思い地面に目を向けるが、そこには未だ微動だにしない神の姿しか見受けられない。

 

 盟主は後ろに目を向ける。しかし誰もいない。

 まさかエルフ王か?

 未知の痛手を負いつつ即座に負のエネルギー(ネガティブ・エナジー)で自身の回復を行う最中、法国の神がとうとう動き出す。

 

 

「そろそろ終わらせましょう」

 

 

 それは想像よりもずっと優雅で、ゆっくりと動き始める。

 まるで全ての感情を排したような……不死(アンデッド)よりも無機質な声の残響。

 盟主はすぐに冷静さを取り戻し、目の前の存在の危険度を己の中で引き上げるが──

 

「飛行(フライ)」

 

 ツクヨミは気にせず飛行(フライ)の魔法で浮かび上がる。

 

(なるほど、無策か。だがそう甘くはない。そろそろこちらも本気で行かせてもらうとしよう……)

 

 少しだけ距離を引き剥がし、盟主は全力の詠唱へと移る。……既に準備は万端だ。

 こちらが手を伸ばせば、その先で敵の長裾が吹き荒れる強風により左右に大きく揺れ動く。

 

 

 

 光輪を携えし、白き月の女神──

 

 

 

 人々の信仰対象であるはずのそれを、今からその存在ごとこの手で消し飛ばし、あまつさえその神器を奪い去ろうとしている事実に元(・)神(・)官(・)としてこの上ない背徳的な高揚を感じる。

 

「月の女神よ、児戯はもう終わりだ。……さぁ、地獄へ堕ちろ。来たれ(コール)!!!」

 

 血の赤に光り輝く右腕に力を込める。

 

「撃滅(グレーター)」

 

 ──息を吸うように精神を統一する。

 死の螺旋で発動した死の気を貯める効果により、自分の魔力も微量だが戻ってきていた。

 その全能感に盟主は再び余裕を取り戻していた。

 

「万雷(サンダー)!!!」

 

 暗雲に添えられた掌。それを天に掲げたまま、盟主は魔法発動状態を維持する。

 

 たちまち膨大な大気が右腕から渦巻き、巨雷になって聖王国上空に眩しすぎる光──昼間を錯覚させるほどの破壊のエネルギーを発生させる。

 聖王リエンダルは神官団に連れられるように距離を取り、周りから顔を出していた大量の住民たちも、それを見て腰を抜かしている。

 

 甘いな。この我がそれだけで終わると思ったか。

 

「くく。まだだ。今、我は神を超える。神を超えんとす 偉大なる死の力を……その全身で味わうがいい……。魔法最強化(マキシマイズ・マジック)──地獄の炎の散乱(ヘル・フレイム・バースト)!!!!!!!!!」

 

 それは第九位階魔法の同時発動──

 右手と左手で別の術式をくみ上げ、最強化を施して別々の魔法を発動するという現地の術者の極みたる離れ業。

 儀式魔法を優に超える最高峰の攻撃魔法を双掌に発動した盟主はそのまま、それらを開放する──

 

 

 

「偽神よ、我が踏み台となり……消え失せよ!!」

 

 

 

 次の瞬間、ツクヨミ目掛けてそれが炸裂する。

 

 

 

 ドバァアアアアアアアン!!!!

 

 

 けたたましい轟音が、周囲を破壊するほどの波となって鳴り響く。

 ツクヨミに殺到した二つの巨大な魔法は、圧倒的な爆炎と轟雷をもってその全身を覆い隠す。裾で顔を覆っている法国の面々(邪魔者たち)は、その神の凋落……絶望的な光景を前にして、死を覚悟しながら近づこうとしていた。

 

 

「届いた。我は今……あの恐怖の象徴を超えた」

 

 

 胸に滾る達成感。長年の研究がついに報われた瞬間だ。

 後はそこに落ちたであろう亡骸を回収、一時的に蘇生するなりしてアイテムを奪うだけ──

 もはや言葉さえ出なくなった哀れな者共、それに向かっても適当な魔法を発動しようと指先を伸ばそうとし──盟主はそこで即座に踏みとどまった。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 ……

 

 

「なに?」

 

 

 消えない。

 万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)と地獄の炎の散乱(ヘル・フレイム・バースト)──

 それらによって発生した地獄の炎と轟雷がいつまで経ってもその場に留まり続けている。

 

 いくらこちらの魔法が強力だったとはいえ、敵を焼き尽くした魔法はその時間の経過とともに消失し、再び魔力の世界の狭間に還るはず。

 それがこの世界の、盟主の知る理(ことわり)だった。

 

 しかし──盟主が放った二つの第九位階魔法は──まるでその場に無理やり縫い付けられているかのように中空に留まっていた。しかもそれだけではない。

 

(色が……変わっている?)

 

 盟主は戸惑うようにその場で硬直する。

 周囲の人間達も、その異常現象に顔を見合わせる。

 

 そんな中、法国の神たるツクヨミだけが、既にその魔法の渦の中で左(・)手(・)を宙に向けて振り上げていた。

 

 

 

 

 

「光(・)よ(・)──」

 

 

 

 

 ──その瞬間だった。

 

 

 

「っ……っ!!??」

 

 

 巨大すぎる力に視界が揺らぎ、ツクヨミの手元にある七色の奇怪な指輪が発光し始めた。

 

(な、なんだあれはッ!?)

 

 しかもその周囲──女神を焼き焦がすはずだった灼熱の炎が、ずたずたに破壊するはずだった数多の轟雷が、ツクヨミの掌の先で織られるように、複数の線へと悉く分解されている。

 

 高位の術者であればこそ、今、何が起こっているのか全く理解できないだろう。

 当然だ。ツクヨミは盟主の放った魔法を、防御した訳でも、無効化した訳でもなかった。

 

 

 

 こちらの目の前で構(・)造(・)ご(・)と(・)書(・)き(・)換(・)え(・)て(・)吸(・)収(・)し(・)て(・)い(・)る(・)──。

 

 

 

「神聖顕現」

 

 

 

 盟主が反応する間もなく、月神の全身が白い光に包まれ、その周囲に──青に染まる神聖な炎を浮かびあがらせていく。白い細剣がその青い炎を帯びながら周囲に広がり、背中の光輪が青と白のコントラストを帯びながら発光する。

 

 右手下方に下ろされた剣が、ゆらりとうごめくのを見て──

 

「っ!!」

 

 盟主はようやく呆然としていた意識を戻す。

 これは不味い。

 早急(さっきゅう)に逃げなければ、死(・)ぬ(・)。

 不死(アンデッド)として感じるはずのない生存本能的恐怖でそれをようやく察するも──

 

 既に遅かった。

 

 

 

 

「特殊技能(スキル):世界の境界を分かつ剣(ワールズ・エッジ)」

 

 

 

 

 ピキンッ──

 

 静かにもそれは振り抜かれていた。

 そうして不可解な高音と共に、盟主という存在はこの世から消滅していた。

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

(ふぅ。何とか倒せたか)

 

 ツクヨミは息を吐きつつ地面に着地する。

 正直に言えば先の戦い──ヴェクスルシオンとの死闘からの連戦ということでリソース面がかなり逼迫しており、初動の状況把握から索敵、速攻で盟主を滅ぼすための技が不足していた。

 

 そのため彼の言っていた『謎の術』とやらだけ警戒すべくバフを三重でかけた後、残ったMPと純粋なステータス差を活かし、そのうえで指輪を活用して倒すという結論に至った。

 

(しかし……まさかボス技の連発とはな)

 

 左の人差し指に今も嵌まる、ヴェクスルシオンから託された指輪。

 これの効果を端的に表すなら、真なる竜王 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の業(わざ)を、ツクヨミも使えるようになる というシンプルながらも凶悪すぎる効果だった。

 

 例えば召喚だ。

 

 実際は上手くいかなかったのだが、戦闘中に彼(ヴェクスルシオン)がしていた芸当を真似、何となく光の操作を試みていたところ、あろうことか魂の神託(アニマ・オラクル)の一体を召喚してしまった。

 使役は上手くできているようだったが、如何せんどんなことができるのかも分からない。

 そのまま良く分からずに召喚を取り消そうとして敵に激突、ツクヨミの魔力が大きく消耗するという失態をかましていた。

 

 そしてその後は全を束ねる光(コンフラックス)と同じ要領で五行相克の力を使い、相手の魔力を拝借させてもらって最後の一撃を放った。

 色々と派手なエフェクトが出たが、まぁ先述のミスなどを有耶無耶にできたので結果オーライだっただろう。

 

 ツクヨミは思考を切り替えるように空を見上げる。

 

「まぁいい、そんなことより……今はアリシアの蘇生が先決だ」

 

 空に放った世界の境界を分かつ剣(ワールズ・エッジ)により雨雲は吹き飛ばされ、いつの間にかその隙間から月が出ていた。そんな霽月(せいげつ)に照らされる人々と……視界の端で『ツクヨミ様ぁぁぁぁ!!!』と号泣する神官長と聖典が目に入り、そっと視線を逸らす。

 

 この後のことも一応考えてはある。

 

 コツコツ、と静かに靴音を立てながら噴水の裏へと歩き、そこに静かに佇むアリシアのもとに戻る。それからツクヨミはアイテムボックスから流れ星の指輪(シューティングスター)を取り出した。

 

(彼女を復活させるだけであれば、本来この貴重なアイテムを用いる必要はない)

 

 巫女姫救出の際も色々と工夫して温存した切り札的アーティファクト(課金アイテム)。

 銀のリングにの上に装飾として輝く、三つの流れ星の紋様を眺めている時、ツクヨミの隣から予想外の声がかかった。

 

「法国の神よ。このようなときに申し訳ない、しかし、頼みがある」

「貴方は……?」

「我……いや、私の名はエシャベリュール。この周辺の翼亜人(プテローポス)を率いている者である。願わくばこの者、邪悪な徒に利用された友の命を蘇らせていただきたい。どうか……神の偉大なる力、慈悲を賜れないだろうか」

 

 3m弱はありそうな翼の生えた亜人。曲がりくねった巨大な角と黄色の瞳を持つ彼は、驚くことにそう言ってこちらに頭を下げてくる。

 手元に差し出されたのは、黒く焼き焦げた人形のような"何か"だった。

 

「彼らに約束したのだ。スラーシュの王子を必ず連れ帰ると。……どうか」

 

「亜人の王よ、そこまでにしていただこう」

 

 その時、更に前から声がかかる。それは荘厳な男性の声であり、見れば黄金の髪を持つ白のローブに身を包んだ男性だった。服は……聖王国の紋章の入ったものを着ている。

 

「法国の神よ。此度の助力の礼が遅れたこと、そしてそこの亜人との会話に割って入った非礼をこの国の代表として謝罪させていただく。しかし、聖王国の民も、我が忠臣達も、未だ目が醒めぬのは同じこと──」

 

「──にも関わらず、この地を荒らしている亜人風情が先んじて神の奇跡を願うなど……このリエンダル・ベサーレスとして、とてもでないが許容できない」

 

「──聖王殿の言う通りだ。控えよ亜人」

 

 神官長達も……先ほどの感涙を拭い冷酷な眼差しで割って入ってくる。その顔色には侮蔑の色が宿っている。

 

「ツクヨミ様、このような者の話を聞く必要はございません──。これは危険な存在です」

「いえ、最(・)高(・)神(・)官(・)長(・)。そのように案じる必要はありません。それより少し話したいことがあります。……皆様も暫しの中座をお許しください」

 

 

 

 そうしてツクヨミは最高神官長のみならず第三席次も連れて、少し強引に建物の陰に身を寄せる。第三席次に防諜の魔法を掛けさせ、盗み聞きを警戒しつつ会話の続きを行う。

 

 

「オルカー様、結論から申し上げます。叶うなら私の持つ奇跡の力で、未だ蘇生が通らぬ者も、そうでない死者も、纏めて全て蘇生したく考えています」

「そ、それは……!? 勿論、神の御決定であれば異などございませんが……そ、そのようなことが……ツクヨミ様は可能なのですか?」

 

 最高神官長オルカー・ジェラ・ロヌスのみならず、第三席次も動揺した顔色をその皺のある顔に貼り付けていた。水晶を操作する手が滑っている。

 まぁ、こんな突飛なことを信仰対象の神から言われれば当然こういう反応になるだろう。だからこそ、色々と言い添えておかなければならない。

 

「可能だとは思います。ただ、これは数十年、あるいは百年に一度の奇跡……。おいそれと何度も行えるものではございません」

 

 

 ツクヨミは元々、回復や蘇生といった魔法が苦手な部類のプレイヤーだ。そのため、そういった行為にはどうしてもアイテムや特殊な眷属の力が必要になる。

 そのうえでアリシアだけであれば、真なる死(トゥルー・デス)による低位階蘇生拒否があったとしても、少ない出費で蘇生は可能だろう。

 しかし、『じゃあアリシアだけを連れて帰って、こっそり元に戻せばいいのでは?』と言われると、自分のせいで亡くなったであろう大勢の市民さえ見殺しにしてしまうことになる。

 それがツクヨミにはどうしても……公平(フェア)でないような気がしてしまった。

 

「オルカー様もきっと勿体ないと考えるでしょう。しかし、それでも勘違いいただきたくないのは、これは私がしたいから"そうする"ということ」

 

 ツクヨミは言い切る。

 漏れなく全員を蘇生するには、やはり超位魔法、流れ星の指輪(シューティングスター)の力が必要になる。

 仮にもしこれを第十位階の牧杖や半端な超位魔法などで済ませようとすれば、かえって面倒は避けられない。

 それで失敗すれば今度は、『なぜ神は私の家族を蘇生しなかったのか』『なぜ神はもっと早く来てくれなかったのか』……そういった要らぬ火種を両国に生みそうな気もする。

 

「ですからオルカー様には、どうかこれが『私が身を削ったために起こせた一夜の奇跡であった』と、そう皆に伝えておいてほしいのです。勿論、全てが上手くいくとは限りませんが、私はアリシアもこの国の者達も……等しく救いたいと思っています」

 

「か、神よ。な、なんという御慈悲を……」

 

 すん、と彼は目尻を拭う。

 

「この最高神官長、ツクヨミ様の敢えて隠された意図も含め、全て承知いたしました。どうか……神の御心のままに」

 

 

 

 そうしてオルカーを説得してから、ツクヨミは二人のもとに戻った。

 

 

 

「お待たせいたしました。エシャベリュール殿、そして聖王リエンダル殿。私からお二人に提案がございます」

 

 二人はその提案へと必死に耳を傾ける。

 

「まずエシャベリュール殿。今後聖王国の者を襲わず、亜人を統制──私達の目指す平和のために動いていただけるのであれば、彼だけなら助けられるかもしれない。それでもよいですか?」

 

「そうか……。⋯⋯いや、分かった。我が誇りをもって、必ず約束は守る。人間の神よ。感謝する」

 

「ええ。とはいえ、まだ私の一存という訳にもいきません。──次に聖王殿。ここからが本題です」

 

 一拍置いてからそれを告げる。

 

「私はこの地で亡くなった全ての人々の治療と蘇生を試みるつもりです。これを許容いただけますか?」

 

「っ……す、全て……? 聞き違いか?」

 

 ツクヨミがそっと目尻を緩ませるのに対し、聖王は苦笑い気味に頭を抱える。

 

「なるほど。神の御業(みわざ)の偉大さは我々の想像を遥かに凌ぐようだ。しかし……お言葉だが、我々にそれに見合う返礼の品を用意することは恐らく不可能。それは……よいのか?」

 

「構いません。私はただ、この地に生きる全ての者を慈しむ神であるだけですから」

 

 自分で言いながら詭弁だな……とツクヨミは思う。結局のところ、ツクヨミが一番大事にしているのはアリシアだ。優先順位がある以上、もし状況が違えば、ツクヨミはまた別の選択を取っていたかもしれない。

 

 だから……この言葉も欺瞞であり、皆を蘇生させる選択を取るのも、真に公平であれというより、自分にとってその方が都合がいいから──という汚い側面がある気がした。

 

(私はやはり、神様の器には程遠いのかもしれないな)

 

 聖王が頭を下げるのを見て、ツクヨミは小さくない自己嫌悪を覚えつつ、目線を外した。

 そうして指輪を装着し、アリシアの武器を手に取って広間の中央に歩いていく。

 

 

 

 皆の畏怖を孕むような視線が、ツクヨミへと一斉に集まる。

 

 

 

 後はもう……やることをやるだけだ。

 ツクヨミは右手の人差し指を空に掲げ、月の夜に祈る。

 

(第一の願いの時か)

 

 この地に転移してから、時折考えることがあった。

 もし流れ星の指輪(シューティングスター)をこの世界で使うとするなら、それはどのような時だろうかと。

 

 第一の願いは、この世界に生きる人の為に使おうと思っていた。ツクヨミはこの世界に生きる人たちが本心から大好きだったから。

 もう一つの願いは自分(ツクヨミ)の為に使おうと思った。私は、やはり彼女に感謝しているからだ。

 そして最後の願いは──

 

 

 

「I wish(私は願う)」

 

 

 ツクヨミはこの世界の空にその指輪を掲げる──

 

 

「この諍いで亡くなった全ての人間と亜人達……未だ蘇生が叶わぬ人々と、傷付き、今も苦痛にあえぐ生者とその営み。その悉くを治療し、元に戻せ──」

 

 

 それを唱え終えると、何とも呆気なく流れ星の指輪(シューティングスター)の光の一つが消えた。

 そして次の瞬間──青紫色の瞳の先に、夜空から一筋の星が降り注いだ。

 

 直後、それは大量の群星となって、満天の星空を満たしていく。

 その地にいた全ての者達が、暗雲から拓かれたその空を見上げた。

 

 ある者はその美しい光景に涙し、ある者はその奇跡の光景に呆然とした。

 

 瞬く間に血に塗れていた路上から血痕が消えていく。

 道半ばにして死んでいた者は立ち上がり、何が起こっているのか理解できずにいた。

 街のあちこちから息を吹き返す声が連鎖していく──

 

 壊れた瓦礫や建造物さえ、元に戻っていく。

 

 

 

 それは誰の目から見ても、まさに"奇跡"としか言いようがない光景だった。

 

 

 

「キャリスタ、無事か?」

 

 この国を統治する聖王さえ、遠回り気味に側近たるカストディオの元に向かっている。

 そうしてあらゆる人々の視線が光輪を携えたツクヨミへとぽつぽつと集まると、次の瞬間には、それは地響きのような歓声となって泣き叫ぶかの如き狂乱を生んだ。

 

「ああ……あああああ!!!」

「奇跡だ!! 神様の降臨だ!!! 聖王国は、救われたっ!」

「ツクヨミ様! ツクヨミ様ァアァアア!!」

「神、神よぉぉおおお!!!! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」

 

 市民は言わずもがな、北部で奮闘していた聖王国貴族も、私兵と共にこちらへと平伏しているほどであった。

 

(……だ、大丈夫かな。少し演出としてやりすぎたか……?) 

 

 ある意味、あのパレードを超えるような熱狂ぶり。

 しかし、ツクヨミ秘蔵の流れ星の指輪(シューティングスター)が張り切ってしまったのだから仕方ない。

 何より、この地の人々がそれを喜んでいる。

 恐らく蘇生失敗はしていないという事実に、ただただ安堵する。

 

 良かった。本当に良かった。

 

 その時だった。

 

 

 

「ツク……ちゃん……?」

 

 

 

 後ろから自分を呼ぶ声があった──

 ツクヨミはハッとして振り向く。

 

「アリシア……」

 

 白黒の衣服は煤で汚れ、髪ももみくちゃの小さな友人。

 今回の戦いでは多くのものを背負わせてしまった彼女に、ある種、大人として申し訳無さが込み上げてくる。……いや、それも失礼かもしれない。彼女は一人の戦士として、己の国が信仰する神の為に戦ったのだから。

 

 地面から上体だけ起こしたばかりのアリシアにツクヨミはゆっくりと近づき、視線を同じまで落としてその背中を片手で支えた。

 

「ありがとうアリシア。もう大丈夫だから。……全部、全部丸く収まったよ」

「そ……っか。私も今回、役に立てたかな……?」

 

「ええ、勿論」

「っ。で、でも……ツクちゃんはピンチだったって……」

 

 こちらを灰色の不安げな瞳で見つめる彼女へ、ツクヨミは優しく首を振る。

 

「私は全然大丈夫だったから──」

 

 それを聞いたアリシアは目を潤ませると、星々の輝きを反射させた瞳をこちらに向けながら、胸に飛び込んできた。

 

「……心配、したんだからねっ……! 本当に……」

 

 アリシアは初めてぽろぽろと涙を零しながら、声を震わせた。

 

「もう、絶対に……いなくならないで。私の、私達の傍にずっといてよ、ツクちゃん……」

 

 あまりにも切実すぎるそれを聞いて、ツクヨミは膝をもう一層落とし、目を細めた。

 

「アリシア。私はずっと皆の傍にいるよ。約束する」

 

 この世界に来て、本当に怒涛のような日々がツクヨミに降りかかった。

 正直に言えば、まだ戸惑っていることも多い。この世界に完全に馴染めているかというと、そうではない。……ただ、今後どんな試練が待ち受けているにせよ、少なくとも彼らを一人にはできないなと思った。

 

(かつての六大神も……きっとそんな使命感や、愛というものを覚えたのだろうか)

 

 ツクヨミはかつての同胞とも言える存在に思いを馳せる。

 彼らは皆、既にこの世界を去っている。その事実が、少しだけ寂しく思えた。

 ツクヨミが遠くを見つめていると、アリシアがむっとして抱き着いてくる。そんなにべたつかれると少し居心地が悪いな、などと感じるツクヨミでもあった。

 

「本当……? 言質は、取ったからね」

 

「言質って……。そんな言葉誰が教えたんだか」

 

「誰って、いつもの爺さん共だけど……?」

 

「なるほど……」

 

 ツクヨミは溜息を吐きつつ、ふとある"心配していたこと"に考えが及んだ。

 

「そういえばデケム──エルフ王は聖王国(こっち)に来て悪さしなかった?」

 

「あぁ、あいつ……? 森妖精(エルフ)のあいつならちゃんと戦ってたよ」

 

 アリシアは少し悪い顔で、鼻で笑いつつ続けた。

 曰く、デケムが『あの女許さんぞ』などと愚痴りながら戦っていたこと。

 曰く、『雑魚は引っ込んでいろ』と終始イライラしていたことなど。

 

「まぁ、でも……ちょっとは見直したかな?」

 

 そんなことを友人が言い出すので、ツクヨミは親のような目線でつい発言してしまう。

 

「アリシア。送り込んだ私が言うのもあれだけど、あんまりああいうのに引っ掛けられないようにね……?」

 

「引っ掛け……られる?」

 

「あぁ、いやごめん。少しの改心に騙されるなということかな」

 

 やたらデケムには厳しいツクヨミは肩から息を吐きながら、大勢の者達があげる祝いの声を聞く。ふと隣の方を見やれば、各色神官長達とこの国の聖王が感涙しつつ話し合っているのが見えた。もう、一体何が起こっているのやら……。

 ツクヨミは最後に、そんな夜の風をゆっくりと吸い込んだ。

 

 

(あぁ。私はもう早く神殿に帰って、ぐぅぐぅ寝たいな……) 

 

 

 そんなことを考えながら──指輪を外した。




次回で第三章は終わりの予定です。

ーーー
以下おまけ情報
ーーー
・七彩の指輪の能力詳細について
→出来ること:『①五行の書き換え』『②魔力の吸収』『③光の操作』が主である。
使い切りではなく、装備として何度でも使えるため、二十級と形容しつつも性質は普通のWI寄り(五行相克がベースではある)

→①について、ツクヨミが行使することにより、四属性に加えて神聖属性の書き換えも可能。指輪を経由して本来使えない位階魔法を使用できる。七彩本人のように連発は不可
→②『光よ――』により、MPが増えます。やったねツクちゃんry
→③不可視化はあまり役に立たないものの、特殊な召喚行動が可能。最大7体の召喚で"一人師団"ならぬ"一神フルパーティ"ができる。ただしMP消費が凄まじい
→注意事項:厳密には始原の魔法が扱える訳ではない。また、弱点として始原の魔法の吸収・書き換えは不可であり、単体でダメージを与えることはできない。ツクヨミ以外に貸して使用させることもできない。

・神聖顕現について
→7つの大罪のドロップアイテムを使ってボス化したワールドチャンピオン――ムスペルヘイム……とまではいかずとも、そういった状態に一時的になっていることを示す。技というより、指輪と融合することによる状態異常。端的に言えばボス化だが、持続時間は短い。

・世界の境界を分かつ剣(ワールズ・エッジ)について
→本来は全を束ねる光(コンフラックス)と合わせて使うことを想定した技であり、その際の威力はかの次元断切(ワールドブレイク)をも凌ぐ。例に漏れず竜王には効果が薄く、逆にユグドラシルの相手には特攻となる。細かいが"世界達"を意味するワールズではなく、"世界の境界"を意味するワールズ。


ツアー「ん? なんか強くない?」
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