建国以来、最大とも言える未曾有の苦難を乗り越えた聖王国──城塞都市カリンシャのその夜は、静かに佇む月の光と、どことなく落ち着きのない人々とでせめぎ合っていた。
ツクヨミは相変わらず白く発光する神聖なローブを着たまま大名行列を行う。
その場に集まっていた100名以上の聖典達と神官長に囲まれながら。
(いや、めっちゃ道占領してるし迷惑じゃない?)
細かい状況を話すならこうだ。
先頭に聖王国神官団の長、神殿の最高司祭も務めるキャリスタ・カストディオと聖騎士団。ロイツから駆けつけてきたと思わしき九色と呼ばれる役職の男性の一人。
その横に聖王たるリエンダルがおり、最高神官長と眉間を寄せながら話し合っている。
空気は……さながらお堅い会議のようだ。
(あぁ、そうかあれだ。昔の、残業終わりに上の人に連れ回されていた時と同じ感じだなこれ……。いや、今は私が上司? みたいなものなんだろうけどさ……)
ツクヨミは内心溜息をつく。
ツクヨミとしては、盟主を退治したらすぐに帰る予定ではあった。
しかし聖王は何やら法国と話したいことがあったらしく、ツクヨミに一夜の滞在を提案してきた。勿論、向こうにも面子というものがあるだろう。流石に蹴るのはどうかと思い承諾した。
ただしその後、神官長達の目の色はすぐに優しい好々爺から、容赦ない警護官のそれへと変わった。曰く、
『神の滞在における規約、契約に基づく国際儀礼を守ってもらおう』
『ツクヨミ様を泊めるに足る神聖な場所なのか? 警備はどうなっている?』
『神は100年に1度の奇跡を起こし、大変お疲れだ。分かっているだろうな?』
などと言い合いを始めたのである。
(私としては全然いいし、建物も……だいぶ立派に見えるけどね)
視界の先には、天に昇るように伸びる多数の建物群がある。
首都であるホバンスと違い、カリンシャには正式な大使館や大聖殿といった外交・信仰的最重要建築物は置かれていない。ただし、国家防衛の要衝として聖王家直轄領であるこの都市には、領主──即ち聖王が滞在するための城主館が存在する。
豪華絢爛な建物というよりは籠城の為に建てられた"前線王宮"のようなものに近いらしいが、丘の上にある……最も高い場所に聳え立つそこを使わせて貰えるという話だった。
「聖王殿。では全ての者は館から引き払い、警護はこちらに任せていただくということでよいな? それと神は
「承知した。後で各神官長殿を呼ぶ御部屋も整えさせておこう」
「うむ」
そんな話を又聞きしながら、若干のむず痒さと猛烈な申し訳なさを感じているツクヨミだったが、何とか平静を装って歩くことに成功していた。
「神よ、どうにか話を付けてまいりました。聖王殿も問題は無いと」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「感謝など……。ただ我々はすべきことを最低限果たしたまでのことです」
そうして号泣しかけている彼らを横目に更に数分歩いていると、ようやく目的地に近づいてきた。
都市全体が山のように盛り上がっているため、元々高い位置にいたとはいえその景色は壮観だ。
とはいえ、疲れている風である周りの者も多く見受けられたので、あまりはしゃぎすぎず黙って着いていく。
ふと横を見ていると、まだ完成していない風の城壁の一つが目に留まった。
そういえばと、閉じていた右手を開くと、そこには木製の奇妙な像がある。あの亜人の王から貰ったものだった。
(そういえば、あの
いずれまた会話をする時がくるかもしれない。
そんなことを考えていると、人払いの済んだその入り口へと到着する。
「丁度ハンゾウ達も着いたか」
彼らの気配も察知する。
一応デケムを放置できない都合、ツクヨミの要望で城の最上階に彼ら用の別室を用意してもらっている。
白く聳える城を軽く見上げていると、最高神官長と水の神官長が恭しく近づいてきた。
「ツクヨミ様。もし何かございましたらいつでも何なりと。それと、別件ではあるのですが宜しいでしょうか。……不吉の兆しやもしれぬと今まで胸に秘めておりましたが、万が一があればと不敬を承知でお聞きしたく……」
「ほう……。よいですよ。なんでしょうか?」
不吉の兆し──。
また面倒ごとでも起こったのかと頭を抱えたくなるツクヨミだったが、黙ってそれを聞く。
「はい……。まず、説明に先立ち 我らの不徳を口にすることを何卒ご容赦ください……。実は少しばかり前、御身の足取りを追わせていただくため、神の了承を得ずに神器を借用させていただきました。やむを得なかったとはいえ、万死に値する大罪です」
「なるほど。まぁ状況が状況でしたのでそれは不問としましょう。それで、先ほど仰っていただいていた不吉とは?」
ツクヨミがさらっと自分の部屋に忍び込んだことを許してしまったので、神官長二名は明らかに動揺しつつ、その後猛烈に頭を下げてきたが、ツクヨミは軽く首を振る。
水の神官長が最高神官長に代わるようにそっと顔を上げる。
「は、はい。神の御慈悲に最大級の感謝を。……そしてその不吉に関してですが、水の聖域たる巫女姫に神の神器を通して御身の気配を探らせていたところ、彼女が一瞬、奇妙な天啓を得た……見たかもしれないと、そう聞き及んだのです」
「──曰く、ツクヨミ様が黒い姿で、見えた……と……」
震える声で、とても重大そうに話しかけてくる。
ツクヨミは先の
(神蝕状態のことか。あれ、見られてたのか……)
恐らく──というより十中八九──巫女姫が
あの時は必死だったからあれだが、正直あの
(最初は白と黒が合わさり最強! なんて思ってたんだけど……。エフェクトがやたら派手だからちょっと知人に見られるのはあれなんだよな……)
もしかしたらツクヨミがあれこれ小細工をしていたことも見られていたのだろうか。
んんん とツクヨミは咳払いしつつ、空を見上げて、荘厳に返答する。
「その気配は真実です。しかし──お二人が気に病む必要はございません。それは私の発動した力によるもので……その、そうです。全力を出したときは発現する第二の形態だとでも思っていただければ」
「ぜ、全力を出された時の、神の……。では、普段はまさか我らのために抑制を!?」
「黒……なるほど。巫女姫が見たというのは不吉ではなく、ツクヨミ様本来の姿だったのですね。神は白と黒、即ち光と闇を月の女神として統べられている……。いや、それならば死の神たるあの御方の闇がツクヨミ様の真なる形態にも含まれている?」
「水の神官長。まさにその通りだろう。それは法国の古き教え……力の二元論にも合致する……ツクヨミ様、貴重な知啓をありがとうございます」
(……え?)
途中から話の流れに付いていけず、こちらから詳細を聞こうとするも、すぐに後ろから、『なるほど、そういうことでしたか……』と納得するような水の神官長の呟きが起こった。
それをツクヨミは見て、口を噤む。まぁ、重要そうで無いしスルーしても問題ないだろう。
そうして法国の重鎮達と別れると、逃げ込むように最上階の一室へと駆けこんだ。
♦
「ツ、ツクヨミ殿!? ……ぶ、無事だったのか。いや、すまない。それで今何処に? ん、聖王国……!?」
表情をコロコロ変えながら叫んでいるのは聖王国から見て東端に位置する国家、竜王国──
その女王たるドラクシス・オーリウクルスその人である。
ドラクシスはツクヨミから突如として繋がれた情報系魔法──
半分外とも言える場所で、床から生えた古風な燭台の灯りを触りながら、暗くなった外を彼女は眺める。隣にいる宰相もかなり緊張した面持ちで口を引き結んでいたが、何より、ドラクシスが地下に捕らえられていた時は恐らく遮断されていたであろうこの魔法が、今こうして問題なく繋がっているということが二人にとっての安心材料でもあった。
……
「なるほど。そうか……。祖父は……ひとまず
ドラクシスは憂うような色を瞳に宿した後、それを振り切るように手を強く握った。彼女の一瞬の
竜王国の王城はというと、超越者たちの戦いの余波でかなりの損耗を受けたものの、幸い死者は出なかった。それは女王が早めに城の従事者達を逃がしていたためでもあり、
「私か? ……私も大丈夫だ。先ほどな、私を裏切っていた大臣共をこっぴどく詰めたところだ。元気は有り余っておるよ」
そしてその大臣達が何故生かされていたかというと、それは
大臣達は元から反抗の兆しを見せていなかったため竜王の手下から始末されることもなく、提示された命の安全と引き換えに女王罷免の書類に集団署名して今の今まで生き延びていた。
まぁ相手が
ドラクシスは最後に、こちらにわざわざ連絡をくれたツクヨミに感謝と私的な世間話をして明るく締めくくった。
「ではツクヨミ殿。また会おう。次はあのような状況ではなく、招待という形で復興した王城を見て回って欲しい。王国と帝国もこれから慌ただしく接触してくるだろうが、貴殿もどうか、此度の戦火の疲れを癒やしてくれ」
竜王国上空に立ち昇っていた粉塵は、もうそこからとっくに消え失せていた。
♦
ドラクシスとの会話を終えたツクヨミはその後、『聖王国に祝福を授ける』とかそういった
そこで聖王やキャリスタの歓待を受けつつ、元の取り決めに則るよう聖王家所蔵の最高級ワインが入った盃──法国が魔法検査や毒見を重ねたものだ──へ一度だけ口を付けてから、それを神殿に奉納させつつ丁寧に退席。
正直お腹は減っていたので、港湾都市リムンからの特産品である魚を使った料理やら、王国から輸入した最高級の豆を使った料理やらを食べたい気持ちはあったのだが、それは立場上止めておいた。
その後、城主館の最上階で一人ベッドに座り込み、諸々のセキュリティなどを自身の目でも細かく確かめたりしながら、静かに部屋で過ごした。
少しずつ、夜の帳が下りた。
それから間もなく、ツクヨミは思い立ったように席を立つと、夜の警護にずっと当たっていた漆黒聖典隊長に軽く声掛けしてから、暖色の明かりが灯る無機質な城の長い廊下を進んでいった。
────
──
二つの濃密な影が暗がりに鎮座していて、どこかピリピリとした空気感を辺りに漂わせている。
男はそんな暗い部屋の奥にある巨大なガラス戸──特殊な魔法が掛かっていて見た目よりずっと丈夫だ──を開け、その先にあるバルコニーで苛立たしげな表情を浮かべつつ、大理石の柵に頬杖をついて外を眺めていた。
部屋の中には一口だけ齧られた赤い果実がある。
……コンコン。
そんな控えめなノック音が夜遅くに聞こえてきた。
「デケム、起きていますか?」
……。
女の声だった。その
無言。
デケムが手元で魔法の感覚を呼び覚ますべく指を動かしていると、ハンゾウが目配せしてから勝手に扉を開けた。バルコニーから入った風が、玄関に向かって吹き流れる。
女性──デケムよりずっと純粋な白色で、長すぎるほどの髪を持つそれが、デケムの背後へと歩いてきて、そっと止まる。
「夜分遅くすみませんね。……身体は、大丈夫ですか?」
「ふん、貴様に心配されるような私ではない」
デケムは忌々しげに右手首を振る。
そうは言いつつも実際、デケムはそれなりの損害を今回の戦いで受けていた。まぁ当然だろう。
彼は事前の戦いで
デケムが危うい角度に眉を動かし、瞳を鋭くして振り向くと、そこには彼にとって憎くもいずれ手に入れたい存在──ツクヨミがいつもと変わらぬ白と金のローブを着て立っていた。
あまりに神々しい光輪も背後に輝いている。
しかしデケムはそんなことよりも、ツクヨミの次に取った行動……それを見て強く動揺することとなった。
「デケム。言っておきますが、これは私が貴方を赦したということではありません。あくまでも、貴方の今回の活躍で救われた者──それが大勢いるという事実への、"礼"です」
──コトリ。
ハンゾウが横から差し出していた丸机に、格式高い銘酒が置かれた。小ビンに入ったままで、グラスさえない。しかしその乱雑さが、かえって今の彼に丁度良い距離感だった。
デケムはふんと鼻を鳴らす。
「くだらん。こちらも貴様の小間使いになった気など毛頭ないぞ? あくまで……今回は貴様の交渉に乗ってやっただけに過ぎん。約束は覚えているだろうな?」
「ええ。今度また相まみえる時、
ツクヨミの表情は普段の厳しさをほんの少しだけ和らげたような、あるいは疲れが出ているような顔で……『表立っては褒められない男』『その武勲を称えるための密会での褒賞』という多少の危うささえある生真面目な配慮をデケムに対して行っていた。
とはいえ、それ以上踏み込むこともない。
ツクヨミはどこまでも優雅に……女神としての仮面を被ったまま身体を翻すと、すぐに部屋を出ていこうとする。
デケムはそれが気に入らない。瓶を乱暴に手早く掴み、コルクを開けてその中身を一口飲む。
度数の低い冷えた酒だった。
「不味いな」
「……一応私の国のものですが、お気に召さなかったようで残念です」
それだけ言って今度こそツクヨミは暗い部屋を抜けていった。
デケムは再び外を見やる。
──取るに足らない下等生物。くだらない人々の生活が、その目下には形成されていた。
デケムは目を細めた後、喉の渇きを久々に潤すように、もう一度だけその不味い酒を呷った。
♦
「はぁ、今日はまじで疲れたな……」
デケムという面倒な男の対応を完遂した後、ツクヨミは今日の出来事を総括するようにアイテムボックス内の日記を記し、その流れで城内から続く高台──カリンシャ防衛用の最も高い石造りの橋の側面……そこにある若干低い柵に腰かけていた。
市街地からの高さにしておよそ50m以上。すっかり乾いた風をその全身で受けている。
口ではくたびれたと言いつつも、結局ベッドで眠ることはしなかった。
聖典を信用していなかった訳ではないが、
そういう点で言えばデケムもそうだ。今は大人しくしているが、それは彼にとって雌伏の時だからだろうし、隙を見せればまた世界征服だとか言い出す可能性がある。
だから表向きは休んでいるということにしつつ、夜はばりばりに神として警戒を続けていた。
ただ、それでも『少し息抜きをしたい』と堪らず出てきたのも確かだった。
ツクヨミは聖王国城塞都市、カリンシャの街に改めて目を向ける。
(まだ魔法とか、沢山灯りがついているな)
時刻も夜10時くらいだろうか。
それに……先ほどあんなに凄惨で大変な事件があったのだ。にも関わらず、人間というのは何とも強いものだ、とツクヨミは思った。
街を見れば
勿論それだけではない。
帽子を被った少女が怯えながら父親の手を握り、礼拝所へ向かおうとしていたり、兵士長が兵士達に厳しく指示を飛ばしていたり、少年たちが路地に座って、謎の集まりを作ったりしていた。
自分の並外れた視力もこうした時に役立つものである。
「……ツクちゃーん、ここにいたんだね」
そうしてぼんやり人々の生活を眺めていると、周囲を警護する漆黒聖典から抜けてきたのかアリシアが隣に立っていた。
『
少し危うげがあり、長らく愛を知らなかったであろうこの世界の小さな友人。まだそれほど年月の経過していない仲ではあったが、ツクヨミにとってはもう、転移初期に出会った親友……大切な存在の一人だった。
「どうした? 眠れなかった?」
座ったままツクヨミがそう柔らかく問いかけると、
「いんや別に。ただ……暇だなーって」
先ほど一度死んだとは思えない人の発言だった。
「なるほどね。まぁ……それは平和だってことだよ」
ツクヨミは立ち上がり、巨大な武器を背中に抱えたまま不満そうにするアリシアを見て、ふと思いつく。少し賑やかなくらいが……今の彼女には丁度いいのだろう。
アイテムボックスからアイテムを二つ取り出した。
「アリシア、これやってみる?」
「え! 何これ?」
「お祭りの時とかに昔ね。私の世界で使われてたみたいで。線香花火っていうアイテムだよ」
ツクヨミはゆっくり膝を折ると、彼女の目の前にしゃがむ。
そしてアリシアに教えるように
ユグドラシルのお遊びアイテムなので、大した価値はなく、バフ効果なども当然無い。
完全な写真勢用のアイテムだ。
だからこそ使い方も簡単で、先端の微量な黒色火薬に意識を向けて力を入れると、そこから火が出るようになっている。
すぐに効果が発動した。
パチパチと音を立てながら二人の持つ線香花火が光を宿す。
散り菊のようになったその光を見ながらアリシアが元気に騒ぎ出す。
「え!? 光ったよ!? ……す、凄! 綺麗だねっ!!」
「うん。本当に、まったくだね」
音を立てて閃光を撒き散らすそれを見て。
眼下に浮かぶ人々の営みを見て、ツクヨミはふっと表情を和らげた。
「線香花火の効果は数十秒しか持たないから、本当に一瞬なんだけど、だからこそ綺麗なんだよね──」
「──ほら、アリシア」
ツクヨミはアリシアを先導するようにその花火の先端を街の方に向ける。
「とても儚くて小さな灯だけど、こうして寄り添っている。それを考えれば、ちっとも怖くないでしょ? ……だから私達も、こうして後悔が無いように生きていかないとね」
それは友人に言っているようで、本当は自分に向けたものであったかもしれない。
ツクヨミが珍しく大人モードで話していると、二人の火がふっと魔法のように消えた。
はいっ とツクヨミがその線香を持ち上げて見せると、アリシアは むっとした表情で肩を叩いてきた。
「あっ。なんかもう終わらせようとしてない? 締めようとしてない!?」
「ふふは。そうだね」
ツクヨミは困り眉を張り付けたまま、その場に立ち上がる。
そうして先ほどと同様に、彼らの上司らしく"丁寧"に話を締めた。
「さぁ、アリシア。もう夜も遅いですから、私達も戻りますよ」
番外席次が口を尖らせつつも後ろを着いてくる。隊長が、ようやくこちらに気づいたのか駆けだしてくる。
その場には、まだ微かに数十秒前の温かさが残っているようだった。
この世界の月が、夜空の中で燦燦と煌めいていた──
これにて第三章は終了です。
長かったような短かったような、そんな気持ちです。
神官長と聖王達が何を話していたか等は、また次章などに持ち越しとなりそうですが、一体どうなっていくのか。
さて、最後に今後についてですが、
次回からは幾らか閑話を挟みつつ、クリスマスに向けて何か話を書くかもしれません。
そして第四章で恐らく最終章となる予定です。引き続き、本作を追っていただけますと幸いです。
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