Moon Light   作:イカーナ

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ルビが長いのか、改行されている部分があります。


8.暗がりと閃光(1)

「やめなさい」

 

 曇り空に隠された小さな路地にその言葉は響いた。女性らしい高めの声のトーンは低く、それは王が持つ荘厳さ、もしくは歴戦の騎士の発する威圧感の様なものを感じさせた。

 その言葉を受けた悪漢四人組は小さく怯み、よろよろと片膝で立っている茶髪の青年を蹴る足を止めては視線を上へ動かす。しかし、自分たちに近付いてくるのが喧嘩一つしたことの無さそうな体の細い女性であることを確認すると、すぐに態度を強気なものへと戻した。

 

「あん? なんだあんたは。何て言ったか、もう一回聞かせてくれよ」

 

 体の一番大きな中年の男は太い片足を前へ動かし女性に一歩近づく。その際、わざと大きな足音を立て、上から見下ろすような体勢で威圧を始めた。それを見ていた周りの男たちもまた下品な笑みを浮かべ、目の前の温室育ち然とした女性が怯える様を待っていた。彼らは弱いもの虐めを好む典型的な下衆であり、それが女であれば尚更であった。しかし──

 

 

「やめろと言ったんです」

 

 

 女性はそんな男たちの態度を察したのか先程より怖い声──男性特有の力強ささえ感じさせる声で彼らの蛮行を戒めた。

 無論、彼らにとって面白い訳がない。男は自分より遥かに軟弱そうな存在が強気な態度を崩そうとしないことに眉を顰め、湧き上がる苛立ちとともに声を荒らげた。

 

「なんだと? 女風情が生意気じゃねぇか」

 

 拳を握りしめた男はすぐにでも殴りかかりそうな風貌だったので、今まで眺めていただけの仲間の一人が後ろから男の肩に手を置き、宥めに入った。助けに入った訳では無い。単純につまらないと思っただけだ。

 

「まぁまぁ落ち着けよ。それにしてもとんでもねぇ上玉だな。どっかの貴族様か、その令嬢ってとこか?」

「こんなすげぇ女見たことねえぜ。それこそどっかの王女様か何かなんじゃねぇの?」

 

 今一度男たちは喉を鳴らし、舐めるようにその姿を見る。雨に濡れた白銀色の髪の下には見たことも無いような整った顔が覗いており、濡れた衣服の下から微妙に感じ取れる体格もまたとても魅力的だった。段々といやらしいものへと視線が変化する。そして男の一人がなにか思いついたように足元の青年へと目を向けて喋った。

 

「そういや、こいつ、妹を返せだの言ってたな。この女と交換してやるってのはどうだ?」

 

「そりゃ釣り合いが取れてねぇだろ。客が激しく使うせいでうちの女は消耗が激しいからな。もうボロ雑巾みたいになってるだろうよ」

 

 辺りに不愉快な笑いが響いた。大切な存在を貶されたことに我慢ならなくなった青年は言うことの聞かない膝にムチを打ち、再び立ち上がる。そして怒りの表情で目の前の下劣な笑みを浮かべている中年男に後ろから掴みかかった。その手も痛みで震えている。

 

「ふざけるんじゃねぇ……!」

 

「あん?」

 

 横やりを入れられた男は不機嫌さを隠しもせずに振り返るとそれを振り払った。続けて力を込めた右腕の拳を青年の顔目がけて叩きつけようとする、が──

 

 パシッ

 

 振り抜かれた太い右腕は隣から女性に掴まれピタリと動きを止めた。男は何が起きたか理解できず必死に腕を動かそうとするが1mm(ミリ)たりとも動かせない。空中に自身の腕が固定されたようだった。

 

「な、なん……」

 

「もう一度言った方がいいんですか?」

 

 女性が睨み、今度はその殺気を隠さず言い放った。瞬時に場の空気が凍り付く。男はまるでドラゴンの(あぎと)に挟まれてしまったかのように体中の血の気が引いていくのを感じた。生物としての本能が警鐘を鳴らす。これに歯向かうのは危険だと。しかし、男としての安いプライドが彼の生存本能の邪魔をすることとなった。

 

「こ、この! 女が!」

 

 男は冷たい汗が伝う左腕を自身の懐へと動かし、そこから光る鋭い獲物を取り出した。ナイフだ。

 

 武器を手にして少し勢い付いた男だったがそれも束の間。ナイフを振り上げる前に女性の姿がぶれると、すぐに男の表情は醜く歪む。

 

「っ!?」

 

 それは普通の人間には到底視認することもできない速さの蹴りであり、死なない程度に加減されたそれを受けた男の巨躯は軽々と吹き飛ばされ、路地の奥の方へと転がっていった。

 数回泥を叩く音が鳴り響くと男は7mほど離れた地点でやっと静止した。立ち上がる気配は微塵も感じられない。

 

 それを一瞥もせずに女性は周りで立ち尽くしている男たちに視線を向ける。

 

「本当は助けるだけのつもりでした。しかし、先程妙なことを耳にしまして。此処ではこの方の妹さんを物のように扱っているのですか?」

 

 完全に戦意を喪失した彼らは目の前の化け物の機嫌を損ねないよう必死に言葉を探し、互いに顔を見合わせる。

 

「あ、あれだよ。言葉の綾なんだ……です。うちで頑張って働いてるから……」

 

 男が言い訳を終える前に青年はよろよろと動き始める。汚れた衣服の胸あたりにはよく見ると銅のプレートが着いている。それは銅級冒険者である証だ。そんな彼が言葉を挟む。

 

「嘘をつくな。俺の妹は誘拐されたんだ。ワーカーに調べて貰ってようやく見つけ出したと思ったら……存在しないはずの娼館だとよ」

 

 男の表情が曇り、口篭る。その足は小刻みに震えている。イラつきと不安が半々といったところか。

 

「……それは本当ですか?」

 

「い、いや、違う。誘拐なんてする訳ないだろ。女の方から働かせてくれって言ってきたんだ」

 

「では、その女性を今すぐ連れてきてください」

 

 間髪入れずにトドメが入った。男たちはこの世の終わりのような顔をしながら、いや……だの、それは……だの小言を言っている。誰の目から見てもここの店が後ろめたいことをしているのは明白だった。

 女性が一歩前へ進むと男たちは開いた両の手を前へ突き出す。自身の身の危険を感じ取ったのだろう。言い逃れることは無理だと悟ったのか扉を一瞥し口を開いた。

 

「わ、分かりました。連れてきますから」

 

 

 ────

 

 

 雨が少しずつ弱まりつつある中、ツクヨミは男たちが建物の中へと戻っていくのを確認すると辛そうに立っている青年に近づいた。顔は大人びており20歳ほどか。髪は濃ゆい茶色の長髪であり揉み合ったためかボサボサになっている。泥にまみれた衣服は長袖の灰色のシャツと動きやすそうな長ズボンだ。そして腰には最後まで使わなかった細長い鉄の剣が鞘に収まっている。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 なるべく柔らかな声で話しかけるも青年はビクリと震えた。彼もまた恐ろしい圧を受けた一人である。しかしそれが失礼であることを察したのかすぐに向き直り口を開いた。

 

「た、助かりました。本当に」

 

 青年は開かれたままの怪しげな木の扉をちらりと横目で確認する。今すぐにでも突入したい気持ちを抑えて。

 

「あ、すいません。俺はカーマインといいます。一応冒険者をやって、やらせてもらっています」

 

 カーマインが不得意そうな自己紹介を終える。元々敬語には慣れていないのだろう。そんなカーマインを見て、ツクヨミも笑みを浮かべながら名乗った。

 

「私はツクヨミといいます。そのままツクヨミと呼んでもらって構いませんよ」

 

「ツクヨミさんですか。その……先ほどは驚きました。アダマンタイトでは無いんですよね?」

 

 加えて『いやもっと別の……』と小さく呟いたりもした。

 

「はい。たまに言われますが違いますよ。そんなことよりお体の方は大丈夫なんですか?」

 

 彼を見れば、衣服からはみ出ている素肌には所々青アザが出来ており、どれだけの暴行が加えられたのかひと目でわかる。今も足を庇いながら立っているようだった。

 

「これくらい平気ですよ。ほら、歩いても……いて!」

 

 予想以上のダメージを受けたのか苦悶の表情を浮かべるカーマイン。もしかすると骨までやられているのかもしれない。ツクヨミはお高い現地のポーションを持っていないのでどうしたものかと考えたのち、素早く後ろを向くとカーマインの目から隠れるようにアイテムボックスから下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)を取り出した。これはユグドラシル産のアイテムであり、現地の青色のポーションと違って赤色の溶液が入っている。本来ならこんな目立つ物を差し出すのは避けるべきだろう。しかし、今のツクヨミは保身より目の前の人物を助けることを優先した。

 

「これを使ってください!」

 

 青年は視線を動かすと目を見開いた。

 

「治癒のポーション!? そんな高い物使えませんよ!」

 

 体を抑えながらもポーションを受け取ろうとしないカーマインに半ば押し付けるような形で渡す。彼は不安そうな顔で受け取った真紅のポーションを眺め、溶液を揺らすと目の前の人物に視線を移す。ツクヨミが頷いたのを確認すると数秒目をつぶり、ふぅと息をしてはその中身を飲み干した。……効果はすぐに現れた。飲んだ瞬間に彼の体の青あざは消え去り、細かい擦り傷から切った皮膚の至る所まで完全に回復した。

 

「な……。嘘だろ」

 

 それはもはや魔法の域であった。カーマインが何かを言おうと口を半開きにすると、その直後に店の中から男たちが現れた。三人……ではない。ぞろぞろと出てくる悪漢たちは一様に刃物を持っており、被害者の女性を連れてくる等という雰囲気はこれっぽちも感じられなかった。

 

「なんだぁ、兵士は来ないって話だったろうが」

 

 店の入口の方から喚く声がする。

 

「それが、兵士じゃなくてやべぇ奴らなんだよ!」

 

 

「約束は……守られなかったみたいだな」

 

 ツクヨミとカーマインは周りに集まってくる悪漢共を見やるとお互いに戦闘態勢に入る。カーマインは腰に下げた相棒を抜き放ち、(カッパー)とは思えないほどの見事な構えを始める。銅級冒険者とは下っ端として扱われがちだが、その実力は未知数でもあるのだ。それを理解している者は案外少ない。対してツクヨミはこれといって武器は出さない。周りの悪漢はそれを見て余裕綽々の雰囲気を醸し出す。

 

「なんだ。どんなすげぇのが来てるかと思って来てみりゃ、戦えねぇ女とカッパーじゃねえか!」

 

「おい、こいつらで本当にあってるのか?」

 

「間違いねぇ。特にこの女はやべぇから油断するなよ」

 

 先ほど恐怖を植え付けられた男の一人も図体のでかい他の仲間たちが駆けつけたからか少し自信を取り戻しつつあった。その数はざっと十人ほど。確かにそれだけいれば安心してしまうのも無理はないだろう。しかし、彼らは知らない。取り囲んでいるのが絶対的強者、恐るべきドラゴンさえも遥かに超える存在であることを。

 

「カーマインさん、私がすぐに片付けます。その間、何秒か耐えてください」

 

「はは、凄い安心感ですね。俺も少しはやれるとこを見せますよ」

 

 直後、壁を背にしている二人を半円の形で取り囲んだ男たちは数人ずつ刃物を突き出しながら飛びかかってきた。距離は3mほどで彼らがこちらに到達するまで三秒とかからない。普通ならば攻撃を凌ぐだけでも困難を極める。しかし──

 

「ば、馬鹿な」

 

「ぐぁ……!」

 

 ツクヨミは踏み込み、全てのナイフを通り抜けるように避けると正確無比に悪漢の顎へと拳を叩き込んでいった。反応できたものはいない。当たり前だ。ツクヨミは間を置かず、男たちが膝から崩れ落ちる前に再び地面を蹴ると何が起きているか理解さえできていない後列の男たちの意識もまた容赦なく刈り取った。何とも呆気ないがそれで終わりであった。

 すぐさま後方へと意識を移す。既に金属のぶつかる音が広がり、カーマインはその手に握る鉄の剣で残る悪漢二人を引き付けていた。

 

「どうした。 そんなものか?」

 

 カーマインの挑発にいとも容易く乗せられた男たちはナイフを強く握ると一斉に突進した。

 

「この野郎、死にやがれ!」

 

 彼は距離を取るために小さくバックステップを踏むと、振り上げられたナイフの一つを薙ぐように剣で弾き飛ばした。獲物を失った男が前のめりに自身の前へ来たことを視認すると、がら空きとなった男の腹を剣の柄で思い切り突いた。男は強烈な痛みに耐えかね、その場へと倒れ込む。

 

「よし。こいつで終わりだな」

 

 カーマインは近づいてきたもう一方のナイフの振り下ろしを身をよじって寸前で躱すと、その動作と同時に横持ちの剣で敵の横腹を斬りつける。男が切られた箇所を押さえたが最後、すぐにその頭は剣の峰で叩きつけられた。鈍い音が広がると路地には再び静けさが戻る。

 カーマインは剣を鞘へと収めた。少し危うさもあったが、無事に戦闘を終えたようだ。

 

「剣技を心得ているのですね。見事でした」

 

「ありがとうございます。でも、俺はまだまだですよ」

 

 カーマインは頭を小さく掻くと思考を切り替えたのか真剣な眼差しで開いている扉の方を見た。問題の場所だ。屋内からは小さな灯りが漏れている。

 彼は待ちきれないように扉の方向へと歩みを始めた。

 

「……行くんですか?」

 

「はい。この先にはずっと探してた人がいますから」

 

 彼の表情は喜んでいる風ではなく、寧ろ苦しんでいるようだった。こんな所に肉親がいるのだとすれば、どのような目にあっていたか想像に難しくない。対面するのには相当な勇気が必要なはずだ。

 兵士を呼びに行くことも一瞬考えるがすぐに改める。彼もその程度のことを考え無かったはずが無く、それでも結局自力で解決する他無かったのだろう。今更呼んでも面倒なことになるのは目に見えている。それならば──

 

「私も行きます。まだ残っている者がいるかもしれませんし」

 

 カーマインが振り返る。

 

「それは……本当に助かります。ツクヨミさんが居るなら百人来ようと楽勝でしょう。では、お願いします」

 

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