Moon Light   作:イカーナ

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9.暗がりと閃光(2)

 こつこつとカーマインの靴が音を立てる。それに続くようにツクヨミもまた扉から薄暗い娼館の床を踏んだ。入ってすぐは普通の店内と変わらぬカウンターとなっていた。本来客の相手をするために従業員が立っているであろうカウンターの先に人はおらず、その台の上では小さな蝋燭が静かに火を揺らしているだけだ。先頭を歩いているカーマインは一度立ち止まると後ろをちらりと振り向き喋った。

 

「今のところ人は居ないようですね。さっきので全員だったんでしょうか?」

 

「確かに倒した人数はそれなりに多かったと思いますが、まだ分かりませんね。ここの店も思ったより広そうですし」

 

 外からは複数の壁が繋がっているように見えていたため建物の大きさは分かり辛かったものの、店内はカウンターだけでも数人が行き来して不自由ない広さがあった。曲がりなりにも娼館であるなら、この先にそういった部屋が複数あると考えられるため規模はそれなりのものであると推測できる。またその広い空間の内装も薄っぺらなものではないようだ。少しだけくすんだ白い壁には絵画が数個飾られており、床の一部分には質の良い茶色の絨毯も敷かれている。違法であるにも関わらず、さながら高級店のような雰囲気であった。

 この娼館が金銭的に潤っているのは確かであり、どこかの誰かが膨大な金を落としているということは疑いようもない。その事実にカーマインは眉を顰める。

 

「時間帯的に客が少なそうなのが救いですね。会ったら平静を保てる気がしませんよ」

 

 半分独り言であったそれにツクヨミは冴えない表情を浮かべる。勢いで来てしまったために感情の整理はまだついていない。

 

「とりあえず……カウンターの奥は後回しで右手の廊下から探してみますか?」

 

 現時点で行けそうな場所は隠されていなければその程度であり、カウンターの奥は関係者以外立ち入り禁止といった雰囲気が漂っている扉があるのみだ。そこにカーマインの妹がいる可能性は低いと考えられる。カーマインもそれを理解したのかこくりと頷いた。

 

「はい。案内されそうなのはこっちですしね。先へ進んでみましょう」

 

 二人は右へ曲がる。足を踏み入れた廊下は壁にかけられた複数の蝋燭に小さく照らされている。左側は所々が窪むような形となっており、そこには重厚な木の扉が見える。その全てがしっかりと閉められており、中の様子を確認できないようにしていた。ツクヨミは一番近くの扉の前に立つと隣に立つカーマインに言葉をかけた。

 

「全て使用中ではないと思いたいですが、これじゃ片っ端から確認していくしかないでしょうね……」

 

「見たところ結構部屋もありますね。骨が折れそうです。あっ、俺が開けましょうか」

 

 カーマインは冷たい金属の取っ手を掴むとそれを捻った。『ガチャ』という低い音が二人の入室を拒否する。先程から扉の前に立っていても中の音が聞こえて来ることはなかったが、今もそれは変わらない。防音になっているか、無人なのかは不明である。

 

「鍵がかかってますね。どうします?」

 

「仕方ないので私が開けましょうか」

 

 ツクヨミは代わるように取っ手を握り強引に回した。ドアノブから金属が砕けるような音が響くと、それはくねくねと回転するようになった。何とも脳筋な発想であるがどこにあるかも分からない鍵を探すよりも手っ取り早い。

 

「おぉ……。ドアノブに初めて同情しました」

 

「ん? 何か言いましたか」

 

 カーマインが小さく首を振るとそのまま二人は中へと颯爽と踏み込む。

 これでも至極真剣な救出班二名なのだが、それでもこの後の惨劇を考えると、多少なりとも軽口を叩けたのはこれが最後だった。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「シモーネッ!」

 

 薄暗い部屋の中、カーマインが力無くベッドの上に座り込んでいる少女の名前を呼び、走り寄って行く。あれから探索は続き、四つめの扉にしてようやく兄妹は再会を果たしていた。突然の事で呆気に取られていたツクヨミもそんな彼らに近づいていく。見ればシモーネという少女は荒んだ茶髪のロングヘアにボロボロの衣服を身にまとっていた。その姿は無事というものにはほど遠い。

 青アザは当然と言わんばかりに身体中に広がっており、顔は大きく腫れている。裂傷や火傷も多く、鼻が曲がっているため、元の顔が想像もできないほどであった。そんな彼女の姿を見たカーマインは堪えきれなくなったのかその身を優しく抱きしめた。

 しかし、彼女の虚ろな瞳は恐怖へと変化しただけだった。ガクガクとその体を震わせ始める。

 

「…………て」

 

「た……て……」

 

 ツクヨミは苦い表情で拳を握りしめる。

 ここに来るまでの他の部屋でも、同じような被害者の女性を何人も見てきた。中には暴力を振るわれている最中の女性やまだ明らかに未成年と思しき女性もいた。そんな彼女たちは皆激しく衰弱していて、今は最初の部屋で保護を行っているものの、一様に心を閉ざしてしまっている。その姿はとても痛々しく、どれだけの目に遭ってきたのかを酷く物語っていた。

 

(なにこれ……)

 

 グロさとエグさが入り混じる生理的な吐き気を前に、先ほどからずっと悲しみと怒りが入り交じった心地の悪い感情が胸の奥深くで無限に渦巻いている。現実感も無い──そのうえで突然、強い衝撃で殴られたような──ある種の戸惑いに似た感情。

 今は解消のしようがないそれを、ツクヨミは一度胸にしまう。

 

 自分が取り乱している場合ではない。

 

 我に返ったツクヨミは、目の前の少女の傷をすぐに癒すべく、鞄の中にまとめておいたポーションの一つを素早く取り出した。

 

 俯いているカーマインの肩にそっと手を置き、その後彼女の手へと溶液を垂らす。本来ならポーションは飲むものであり、その方が効き目が高いとされている。にも関わらずそうしないのは、被害者の恐怖を煽らないためであった。

 効果はすぐに現れ、みるみる外傷を消し去っていく。大治癒(ヒール)ではないため、体内の病気は治せないがそれでも効果は覿面だと言える。見た目だけは何とか改善したシモーネを見てカーマインも少しは落ち着いたのか小さく顔を拭うと、一歩下がりながら立ち上がりツクヨミへと向き直った。

 

「ツクヨミさん、すぐにここから連れ出してあげるのは難しいですかね……」

 

 その言葉はとても人情に満ちていた。ツクヨミは少し考えると、愁然と返答する。

 

「妹さんだけなら多分可能でしょう。でも他の女性のことも考えますと、二人では厳しいと思います。兵士の方を呼べればいいんですが……」

 

「兵士ですか……。確かに今までとは違うかもしれませんが、信用できますかね」

 

 少々疑いすぎにも感じられるその言葉だが、確かにツクヨミもこの国の兵士、というよりその組織全体に小さな懐疑の念を抱いてはいた。それは職務怠慢というより……そう、もっと別の不安であった。しかし最終的に女性たちを救い出すためには彼らの協力が必要なのは事実。頭を悩ませる問題の中で一つ幸いなことがあるとすれば、度々部屋の中に怪しげな薬が放置されていることくらいか。

 

「まぁどちらにせよ、私たちだけでは手詰まりですからね……。考えすぎかもしれませんし、やるだけやってみませんか?」

 

 提案するとカーマインも躊躇いを断ち切ったのか真剣な面持ちで口を開いた。

 

「分かりました。それじゃあ兵士は俺に任せてください。必ず連れてきます。ツクヨミさんは……妹と被害者の方々をお願いできますか?」

 

 ツクヨミは力強く頷く。それを確認した彼は頭を下げると急ぎ足で部屋を出ていった。一刻も早く、彼女たちを解放するために──

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「なんじゃあお前は! ノックもしな……ぶべぁ!」

 

 女性にのしかかっていた貴族然とした太った男の顔に拳を叩き込む。顎が外れ、白目を剥いた男は地面へとその巨躯を倒した。

 

「ここで最後か」

 

 ツクヨミは一番奥の部屋にいた女性二人に目線を移す。ベッドに倒れた彼女たちは死んでいるのか死んでいないのか分からないほど、ピクリとも動かず音もたてない。僅かに血の匂いを放っている二人にツクヨミは静かに近づくと、鞄から大量にあるポーションの一つを取り出した。実を言うと取得クラスとしては第六位階の信仰系魔法である大治癒(ヒール)は取得できないものの、それより下位の回復魔法程度であればツクヨミも行使することができる。しかしこの世界では金銭を受け取らずに治癒の魔法を他人に使うことは神殿により原則禁止されていた。その理由は複雑だが、どの道使える魔法もポーションの効果とさほど変わらないものなので人前でないにしろ赤い溶液を溢す。

 

 これも殆ど魔法と変わらない気はするが──

 

 被害者を集めている部屋は高位のマジックアイテムで不可視化してあるが、それでも心配性な彼女は今も早く戻るべく、手際よく治療を進める。

 数十秒後、空瓶を鞄に戻したツクヨミは二人をどう移動させるか思案していた。筋力的には二人まとめて抱えていくことも容易いが、それは少し乱暴に感じられたので結局一人ずつ抱えていくことに決める。

 ツクヨミは被害者の女性の背中、そして膝へと手を回し抱え上げる。わずかに女性が反応しビクリとその小さな体を揺らす。そして震える小さな手でツクヨミの服を力なく掴んだ。ツクヨミはそれを暗い面持ちで見つめると廊下の方面へと歩き出した。

 

 視界の端のオレンジの光を浴びながら薄暗い廊下を歩いているとそれは突然聞こえてきた。廊下を踏む足音。音を消しているのか極々小さな音であるがそれは一定のリズムを刻んでいる。言いきれないが被害者でも、今まで見てきた悪漢とも違う気がした。この女性を危険に晒す訳には行かないので、一度部屋に戻ろうと考えていると、視界の先から徐々に人影が濃くなっていくのが見えた。それは半透明であり──

 

 

火球(ファイヤーボール)!」

 

 

 掠れた声がそう叫ぶと突如空中に炎の球体が出現し、辺りを照らしながらツクヨミ目掛けて飛んでくる。ツクヨミは両手の中の女性を庇うようにそれを背で受けた。しかしそれもスキル『上位魔法無効化III』によって彼女へと衝突する前に掻き消された。それは第六位階以下の魔法を無効化するというものだ。

 

「! あぶな……いですね」

 

 ツクヨミは小さく眉を顰めつつ、薄暗い闇の中の人影へと視線を移す。そこには痩せこけた長身の男が立っていた。頭まで黒色のローブで覆い、その右手には枯れ木のような長い杖を握っている。本人は透明化(インヴィジビリティ)静寂(サイレンス)の魔法で闇に溶け込んでいたようだ。それらは低位の魔法であるが効果としては強力で、油断せず魔法で対策するのが基本だ。完全に気配を消す上位の魔法と比べるとまだましではあるが──

 

「ネズミが迷い込んでいるとは思ったが、ほぅ。わしの術を見破ったか。……どんな小細工で火球(ファイヤーボール)を防いだかは知らんが、もう逃げることはできんぞ」

 

 火球(ファイヤーボール)は第三位階の魔法でありこの世界においてその位階の魔法を行使できる者は少ない。そのためこの男もそれなりの実力者だと推測できる。ツクヨミはこの状況をどう切り抜けようか考えるがまだ部屋に女性も残しているため取れる選択肢は存外少ない。

 

「どうした? 顔色が悪いぞ」

 

 煽るように、痩せた顔へ嫌らしい表情を浮かべる男。ツクヨミは相手のペースに乗らないよう冷静に言葉を返す。

 

「あなたは誰なんです?」

 

「ふん、それはわしの台詞だ。だが……そうだな。死にゆく哀れな者に特別に教えてやろう」

 

 男は自慢するように言葉を続ける。

 

「わしは偉大なるズーラーノーン十二高弟の一人よ。聞いたことはあるだろう?」

 

 ズーラーノーン。それは邪悪な秘密結社として有名であるものの、裏で暗躍しているのか殆どその情報は存在しない。そのため唐突にその名前が出てきたことにツクヨミも内心驚きはしたがそれを面には出さない。

 

「それで、そんなあなたが何故こんな所にいるんですか?」

 

「それを答える必要がどこにある? お前たちのような虫けらが知る必要の無い高尚な目的のためだ」

 

「高尚……? 低俗の間違いでしょう」

 

 男はそれを聞くと馬鹿を見るかのように自分が正しいのだと言い返してきた。ツクヨミは両手に抱える女性を後ろわきへと寝かせる。

 

「馬鹿が。我々はゴミ共を利用してやっているのだ。全ては不死(アンデッド)へと昇華する究極の儀式のため。 それを高尚と言わずなんと言う? 」

 

「……なるほど。そんな事のために彼女達は傷ついていたんですね。本当に不愉快な連中です」

 

 ツクヨミが言葉を言い終えると男は不機嫌に杖を構え戦闘態勢に入った。どうやら痺れを切らしたらしい。

 

「ほざけ! 第四位階死者召喚(サモン・アンデッド・4th)。最強の死霊魔法に震えながら死ぬがいい」

 

 骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が男を守るように前へと四体召喚される。こうして後衛から魔法を放ち、ジワジワと追い詰めていくのが彼の常套手段であった。しかし、にやけ顔になったのも束の間。男はすぐに顔を強ばらせる。ツクヨミがいつの間にか剣を握っていたからだ。まるで瞬間移動させたかのように。腰に伸ばされた腕に男の視線が釘付けになった。

 

「覚悟はいいですか」

 

 初めて銀の鞘から細剣が抜き放たれる。その時、まるで雪が零れ落ちるような音がした。

 ──細剣の名前は『コンフラクトゥス』。ツクヨミの持つ神器級(ゴッズ)アイテムの一つであり、その飾り気のない白銀の刀身は細剣と呼ぶにしてもあまりに薄い。

 

「なんだそれは……」

 

 男は剣にただならぬ気を感じたのか今までの余裕を崩すと、焦り気味に骸骨の戦士へと命令を下す。

 

「ス、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)達よ。 奴を八つ裂きにしてやれ!」

 

 骸骨の戦士が武器を振りかぶって突進してくる。間合いに入り、四つの武器が振り下ろされようとした時、ツクヨミは恐るべき速度で細剣を横に振るった。突風が吹く。見るとスケルトンたちの体は空間から切断されたように横に真っ二つとなり、その断面には僅かな凸凹さえ存在しない。

 

「馬鹿な!? 有り得ん」

 

 前衛が一瞬で灰と化してしまった男は信じられないものを見るように立ち尽くしていた。だがそれもほんの数秒。いくつもの死線を抜けてきた男はすぐさま魔法で応戦しようとする。しかし──

 

「ライトニっ……ぐぁあぁ!!」

 

 詠唱が完了する前に続けて細剣が男の右手を切り飛ばした。枯れ木のような杖が地面にカランと音を立て転がり落ちる。そこにもう自信溢れた姿はなく男は血の滴る右手を庇いながら歯軋りをした。

 

「く、くそ! 分かった……! 今回は手を引こうじゃないか」

 

 返答は極めてシンプルであった──

 

「地獄へ落ちて下さい」

 

 ツクヨミは目を閉じ、体を捻って左肩から拳を振るう。それは死なない程度であれど、今まででの中では最も力が込められた一撃だった。

 攻撃を受けた男の体はたちまち宙を舞い、恐るべき回転を見せながら廊下の奥へと転がっていく。この世界で猛威を振るうはずだった存在は異界の化け物によって呆気なく瞬殺された。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「なんですと!?」

 

 既に日は暮れ、王都の街も夜を迎えようとする中、ロ・レンテ城にあるヴァレンシア宮殿はとてつもない騒ぎに包まれていた。ことの発端はつい先程。兵士長から緊急の用件が届いたことからだった。執務を終え、寝室に戻ろうとしていた国王は何事かと近衛の騎士に聞いたものの、どうやら彼らにもその内容は伝えられていなかった。

 兵士長が王に直接謁見することは殆どないが、あまりに念を押されたために王はすぐに準備を行った。そして、兵士長から聞かされたその内容は想像を絶するものだった──

 

 

「王よ。これは本当か!?」

 

「まさか……書類が偽物ということはありませんな?」

 

 現在宮廷会議が開かれている。集まっているのは極々少数だ。その理由は扱う内容があまりに危険すぎるからである。

 

「兵士長から直接渡された正式な書類になる。緊急性が高いと判断したのだろう。本日急ぎで私達に用意されたものだ」

 

「し、しかし王都にズーラーノーンと関わりのある建物があり……さらに我ら貴族の一部も繋がりがあったと、にわかには信じ難いですね……」

 

 手元には決定的とも言える多数の証拠が存在する。今も限られた兵士と騎士が忙しなく調査を続けているようだが、王国上層部に違法娼館との癒着があったという事実は疑いの余地がなかった。既に捕まえられる者は拘束している。その中には六大貴族の一人までもが含まれている始末だった。

 

 

『これがもし見つかっていなかったら……。』

 

 

 いつか王国はこの巨大な膿に飲み込まれていたかもしれない。そう思うと国王は背筋に怖気が走った。──いや、なにも終わった訳ではない。実際に今回の事件の打撃は現状の王国にとって厳しいもので、その調整も今後は必要となることだろう。

 

「皆よ。今回の件は非常に嘆かわしいことだ。だがそれでも悪い事ばかりではない。王国の膿が取り払えれば、必ず転機は訪れるだろう。今後は忙しくなるぞ」

 

 夜闇に覆われ始めた王都の星々は微弱ながらも、燦燦と煌めいていた。

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