雪の花はうんこの上で咲く   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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モテるうんこたれ

 秋の深まる旭川市周辺。熊という大きな障害を排除した人々は新たに人里に近付いてくる熊を警戒しながらも冬に向けて食糧を備蓄していた。

 

──プゥェ~~~~ゥゥ……

 

 街の外れ、山に近く民家も疎らで土地を余らせていた場所を利用して大量の鮭を天日干しにしている場所にて巨人が景気よく放屁するような音が空気をつんざく。

 

「変な笛、なにそれ? 山で鳴ってるのをたまに聞くけど熊避け?」

 

 放屁音の発生源はうんこたれが両手で包むように持って口に咥えた小さな笛。訝しげな雪花にうんこたれが説明するよりも早く、鮭がカラスや獣に荒らされないように見張る名目で周囲を遊び回っていた幼い子供が得意気に口を開く。

 

「ゆうしゃ様、これ鹿笛っていうんだよ!」

「鹿笛?」

「鹿のなきごえをマネしておびきよせるやつ!」

 

 説明したらそれで満足したのか子供が他の子供達との追いかけっこを再開して離れていく。元気な子供を見送った後に苦笑しつつうんこたれへと視線を向けて真偽を問えば微笑みながらの頷き。

 

──プゥェッ プゥプッ プェーー

 

 うんこたれが吹いてるからなのか、鹿の鳴き声と聞いても放屁の音にしか聞こえないと感じる雪花。きゃいきゃいとはしゃぎ遊ぶ喧騒をよそにうんこたれがしっかりと鮭を見張りながら鹿笛を鳴らし、いつの間にか姿を現していたコシンプがうんこたれの胡座に納まっていた。

 

「で、なんで狩りに出てる訳でもないのに鹿笛を?」

「ただの手慰みっスよ。オイさんに最近働き過ぎだから今日は休めって言われてたんスけど、どうにも暇だから休みつつ見張りとぼんず達の引率してたんス。それでもやっぱり暇だから、って感じっスね」

「手慰みねぇ……」

 

 雪花が納得とは程遠い心情でうんこたれが肩に担いでいるライフル銃を見る。秋の初めの頃にうまく出しに使われた記憶が新しく、雪花はうんこたれの意外な思考の広さを知っている。きっと、万が一に鹿を誘き寄せる事ができたら仕留めて備蓄にするつもりで鹿笛を鳴らしているのだろうな。と、あたりをつけた。

 

「勇者様はなんでここに? ここら辺にはなんにも無いっスよ」

 

 疑問に答えたから次はこちらの番と言わんばかりに問ううんこたれ。雪花はこの答えを与えて貰ってと繰り返すギブアンドテイクに似た問答に何故だか居心地の良さを感じる。

 

「んー、しいて言えば君がいたからかな」

「何か自分に用事でも?」

「いいや、普段は山に川にたまに畑にと歩き回ってるのに珍しく腰を落ち着けていたのを見回り中に見たから興味本位で……って感じ。まぁ、さっきの質問で珍しさの理由も知れたんだけどね」

「そっスかぁ」

 

──プェ プッ プェ ぷぅ プッ

 

 あ、今確実に屁の音が混ざったな。と、思いつつも言及する事なく次の問いに移る雪花。胡座から飛び出して恨めしげにうんこたれを見るコシンプ。

 

「額の傷塞がったんだ、もう大丈夫なの?」

「この通りっス」

「いやいや、見た感じでは迫力有りすぎて大丈夫かどうか解んないんだけど」

 

 熊に裂かれた額、荒い傷痕が白く薄い皮膚として太く長く残っているのを見て問えば満面の笑み。雪花はその自信満々な顔に痛みはもう無いのだろうと納得しておく事にした。

 

「勇者様の方こそ怪物を迎撃するのに怪我とかしてないっスか?」

「戦闘には結構慣れちゃったし、特に危うい場面も怪我も無いかな」

「そいつはなによりっス」

 

 コシンプが鼻をひくつかせ、様子を探りながらまたうんこたれの胡座に納まってたのを見て雪花が間を空けた隣に腰を降ろす。その後、数十秒か数分かをはしゃぎ遊ぶ子供達を眺めてから探るように雪花は訊ねた。

 

「山に入って鹿撃ちしてた人達でひどい喧嘩……死人が出るほどのいざこざがあったんだって? 君も近くにいたらしいじゃん、大丈夫だった?」

 

 隠していた雪花の本来の目的、血みどろの争いの場にいた純朴な同年代を案じて様子を知るという事。ちょっと言葉を交わした程度ではそれほどショックを受けているようには見えなかったが、もしもショックを受けているのを隠しているだけだったら無神経が過ぎる問いだったかもしれないと口にしてから気付いた雪花がハッとする。

 

「まぁ、良かれ悪しかれ人死にには慣れちゃってるっスよ」

「……ちょっと無神経だったね、ゴメン」

 

 眉尻を下げながら淡く微笑むうんこたれ。どうとでも捉える事のできてしまうその表情を見た雪花が謝罪するが、うんこたれは「いや」と一度首を左右に往復させた。

 

「遅かれ早かれ、だったんス」

「え?」

「今回のいさかいで死んだ人達は影で色々と悪い事してた人達で、色んな人から恨みを買ってたんス」

 

 遠くはない位置ではしゃぎ遊ぶ幼い子供達に聞こえないように配慮してか声量を減らして語るうんこたれ、その内容の剣呑さに雪花は少しだけ息を呑んだ。

 

「警察も裁判所もほとんど麻痺で治安はみんなの善意任せ、統治機構は元々は政治家でもない各分野での代表者が集まっての話し合い……。まぁ、悪い事しようって人間にはやりやすい環境だったって訳っス」

「協力し合わなきゃ冬を越えれないようなこの状況でそんな足並み乱すような人が──」

 

 いるのか? と、問おうとしたが、まとめ役達の中でさえ腹に一物抱えている人物が多いと知っている雪花は口をつぐむ。そして、言葉を切った雪花に向けたうんこたれの視線はどこか諦観したものだった。

 

「それで、そんな悪い事ばかりの人達が山奥の誰にも盗み聞きされるはずの無かった場所で次の悪企みを話し合って、偶然遭遇した別の人達に聞き咎められて、悪事の仲間に引き込もうとしたり詰問されたりの果てに撃ち合いになった。ってのが顛末っス」

「……そっか」

 

 短く言葉を返した雪花、短く返すしかできなかった。

 話を聞いた雪花は察してしまったのだ。偶然遭遇したのはこのうんこたれが率いる班で、悪事を働こうとする人達を止めようとしたが上手くいかず、逆上されて争いになってしまったのだろうと。だからこそ、雪花はどんな言葉を掛ければ良いのか解らなくて短い言葉しか返せなかった。

 自分と歳が変わらない少年がその手で人を撃ったかもしれない。そして、それを自分の軽率な質問のせいで思い出させているかもしれない。そんな予想が雪花を曇らせる。

 

「今回の事が無くても、いずれ大きな諍いになっていた。そこに無関係な人……特にあのぼんず達や勇者様が居合わせないで済んだんだから良とするっス」

 

──プゥェ~~~~ゥゥ……

 

 君だって悪事には無関係だったはずじゃん。と、雪花が口を開こうとする前に鹿笛を鳴らすうんこたれ。なんとなく機を逸した雪花は沈黙のままに山へと染み込む音を見送った。

 子供達がはしゃぎ遊ぶ穏やかな喧騒、うんこたれが鹿笛がで彩る。

 

──プゥェ~~~~ゥゥ……

──ぷぅ~~

 

 全身の毛を逆立ててうんこたれの胡座から脱出するコシンプ。

 こいつ、またやりやがった。実はホントにそれほどショックを受けてないんじゃないか? と、雪花はシリアスを放屁で吹っ飛ばしたうんこたれに白い目を向けつつ間を空けて座った過去の自分を褒める。

 

「! 来た」

 

 白い目に気付いているのか気付いてないのか、一度息を呑んだうんこたれが春分に立ち上がった。

 

「なに? またおなら出そうなの?」

「げ、バレてたんスか」

「何故バレないと思ってたのかにゃあ……」

 

 動揺に肩を揺らしたうんこたれに向ける目の白さを増した雪花。誤魔化すような笑みを一度だけ浮かべたうんこたれが担いでいたライフル銃を腕に持つ。

 

「鹿が来たんスよ」

「え、どこ?」

「あそこっス」

 

 誤魔化すような笑みから自信に満ちた笑みへ。うんこたれが方膝立ちにライフル銃を構えて銃口で鹿の位置を示した。

 

「あ、見付けた。茂みに半分隠れてて解りにくいのによく気付けるね」

「カムイ、自分に少しの幸運を」

 

 感心する雪花をそのままに小さく祈りを呟くうんこたれ。逆立てていた毛を戻したコシンプがやれやれと言わんばかりに鼻を鳴らしてライフル銃の照準を覗くうんこたれの肩に乗る。

 

 大きな獲物を仕留める瞬間を目撃した子供達が歓声を上げて喜んだ。

 

 


 

 

 雪花がうんこたれの似合わない険しい顔を見たのは、怪物を迎撃した直後の雪が積もった街中での事だった。

 

 積もった雪が靴の中に入って足が冷たくなるのを嫌った雪花が誰かが残した足跡を再度踏んで歩いていた先、立ち止まっていた足跡の主であるうんこたれの険しい横顔を見付けた。

 

「すごい顔してるけど何かあった?」

 

 背後から声を掛けられるまで雪花に気付いていなかったうんこたれが一度驚いた表情に変わり、「お疲れ様っス」と、今しがたの迎撃の労をねぎらってから問い掛けに答える。

 

「そこで、まとめ役の一人が死んでたんスよ」

「……え」

 

 うんこたれが指をさし示したのはまとめ役達が話し合いの場としても活用している町役場。意識して注意を向ければ建物の中から落ち着きのない気配を感じる事ができる。

 

「避難指示が解除された後、役場の人が階段の下で倒れてるのを見付けたらしいっス」

 

 避難の際に慌てていたのか階段から落ちたのではないか、落ちた勢いが強かったのか打ち所が悪かったのか、発見された時には手遅れだったらしいとうんこたれは説明する。

 その人物は表では北海道を脱出して本土へと向かい、他の生き残りを探してと合流すべきだと強く主張していた男だった。と、雪花は説明を聞きながら思い出す。そして、裏側では雪花をどうにか身内に引き込んで自分の発言力を高めようとしていたとも思い出す。

 

「そっか、ちょっと頑なだったけど真面目な人だったのにね」

「……っスね」

 

 裏側について言及せず、故人の誰もが知る故人の美点のみを言葉にして冥福を祈る雪花、うんこたれもささやかに悲しげな表情で同調する。

 なんとなく、その場に留まっていたくない事を言葉を介さぬまま通じ合った二人が雪を踏んで進み出す。来た方向から向かう先へ、一つで二人分だった足跡が横並びに別たれて二人分、留まっていた場からの続きを描いていく。

 

「……最近調子はどうスか? あの怪物達が一度に襲ってくる数が少しずつ増えてるみたいスけど」

 

 露骨な話題の転換に気付きつつ、暗い話題を長く続けてても気が滅入るだろうからとそれに付き合う雪花。

 

「うーん、まだまだ対処しきれるけどこの調子で増え続けられたらちょっと厳しくなってくかも」

 

 俯瞰的に分析し、客観的な事実のみならば事態が好転に向かう要因は無いと言い切る雪花。クレバーな思考をする雪花はそれをどうしようもない事実だとして把握していた。しかし、意識して強い微笑みを浮かべながら主観的な言葉に繋げる。

 

「でもまぁ、私自身も戦う度に少しずつ戦い上手になってる実感もあるし、そう簡単には追い詰められる事は無いだろうね」

 

 そうなればいいな。と、柄でもない願望一辺倒の言葉。そんな言葉を自信満々に言い切ったのは、なんとなく、なんとなく程度の思いで雪花は事実のみを見て悲観的になる自分をうんこたれに見せたくなかったからだ。

 

「頼もしい限りだ」

 

 険しかった表情を薄く緩めたうんこたれ。その雰囲気に、この男はこんな影のある顔で笑うような男だっただろうかと雪花が違和感を覚える。

 付き合いが深いとは言い切れないが、それでも決して浅いものではない。互いに腹を割って話し合うような仲ではないが短くない期間の付き合いがあり、その間に同じ戦場で協力したり笑う顔も哀しむ顔も見たりしたのだ。

 今雪花が見ているうんこたれの表情は、雪花がこれまでに一度も見た事が無いものだった。

 

「勇者様がこんなに頑張ってるんだから、俺ももっと頑張らなきゃだな」

 

 あ。と、違和感の正体に気付いた雪花が小さく声を漏らす。その声に対して不思議そうに雪花を覗くうんこたれ。

 

「ヘタクソな丁寧語が崩れてるねぇ」

「おっと、サーセンっス」

 

 面白い物を見た気分になった雪花の口角が弓を引くように上がり、うんこたれは気恥ずかしいのか目を逸らした。

 

「ううん、別にいいよ。今の方が素なんでしょ、そっち方が私も話しやすいしね」

「勇者様に対してそんな失礼する訳には──」

「今更じゃん。熊が出たときだって『秋原』って呼び捨てにしてたし」

 

 ありのままの話し方で話そうという提案に渋る様子を見せたうんこたれだが、口角をあげたまま畳み掛ける雪花。

 

「それに、失礼云々言うなら前に排泄物見せつけられてるからホントに今更だよ」

「ヴぇっ!?」

 

 噴き出すような驚愕の声と眼を剥いて硬直する姿。それが雪花にとって今この瞬間までに見たことのある人間の最も滑稽な姿に見え、口角が上がっていただけの口が大きく開いて笑い声を奏でる。

 

「バレてたんスか」

「むしろなんでバレてないと思ってたの?」

 

 そうか、まぁ、そりゃバレるよな。と、呟きながらうんこたれが渋い顔で後頭部を掻く。そんなうんこたれとは対照的な表情の雪花が更に畳み掛けると見せ掛けて一歩譲ったような提案を示す。

 

「体裁が悪そうっていうのが気になるなら他に誰もいない時だけ素で話すっていうのも有りだと思うんだけど?」

 

 大きな要求をした後に動揺を誘う一言で惑わせ、それによって生まれた隙に付け入るような最初の要求よりも飲みやすい小さな要求をする。最終的に自分の要求のみを飲ませて自らは対価を支払わないペテン師や狡いキャバ嬢のような手法。計算高い頭脳を無駄に駆使した雪花の悪戯。

 

「……じゃあ、そうするかな」

 

 どう? と、小さく首を傾けながら微笑んだ雪花に対して諦めたような清々しい表情で頷いたうんこたれ。

 間抜けではあるが愚かではない、命懸けの状況でアドリブな知恵働きによって自分を出し抜く広い思考を持っているうんこたれは解っていてペテンに嵌まったのだと、雪花は諦めたの表情の中にある『仕方ない』と言わんばかりな譲歩の気配によって気付いていた。

 

「……フフッ」

 

 溢れる笑みを自覚する雪花。勇者として多くの人々の期待を向けられる重圧や、それなりに慣れてしまったとはいえ一歩間違えば怪我だけでは済まない怪物との戦闘をしなければならない緊張感、それらによって真に心休まる時をしばらく感じていなかった雪花は今、他愛ない悪戯の駆け引きで年齢相応の少女として何も考えずに笑っていた。

 

 そういえば、大口開けて笑ったのもいつぶりだったかな。

 

 十代の少女に似つかわしくない思考で記憶を辿り、思い出したのは怪物が現れて人を襲い始める少し前の記憶。心底から楽しいと思ったのは一年以上も前の事だったと思い出す。

 

「そういや随分と前にオイさんも似たような手口で浄水器買わされてたなぁ」

「え? 意外。あの人そういうのに引っ掛かるんだ」

「……いや、訪問販売のお姉さんの胸ばかり見てたからありゃ色仕掛けに嵌まったのかもしれない」

 

 二人で顔を見合わせて笑う。

 誰かと対等に笑い合う、それさえも雪花にとっては久しぶりの事だった。

 

 こいつ、結構口がうまいじゃん。楽しいぁ……。

 

 ぎこちないヘタクソな丁寧語をやめた口は良く回り、素の口調では冗談を多く交えて盛り上げようとするうんこたれとの会話に雪花は脳裡で何も計算することなく頭を空っぽにしたまま会話を楽しむ。

 なるほどね、善良な人柄で周囲の人の心を支えてユーモアで心を明るくさせる、そりゃ色んな人に慕われない訳がないよ。この人たらしめ。と、雪花は心を納得で綻ばせ、顔では口を開けて笑う。

 

 雪花はうんこたれな人たらしとの対等な会話を楽しんだ。

 

 


 

 

 人たらしとのなんて事ない会話を楽しむようになった雪花は互いの暇が重なった時に人たらしを訪ねては気晴らしに冗談を交わしあうようになった。しかし、雪花は広い旭川市周辺の見回りや怪物の襲撃に対しての迎撃、人たらしは野山に畑にと食糧確保の要、どちらも多忙であるがためにその機会は多くは無い。

 

「前回の襲撃から間が空いたかと思ったらいつもの倍近い数で攻めてくるなんて……。いや~~、さすがに疲れたよ」

 

 安全確認のため街を跳躍して倒し損ねた怪物がいないか探しつつ追従するコシンプに愚痴をこぼす雪花。音無き声が雪花を労る。

 雪花自身に危うい場面は無かったが、怪物の多さに対応をてこずってしまい何度も一般人を危機に晒してしまった事が頭から離れずに雪花は重い息を吐いた。

 

 そういえば今回あの怪物達は南の方から襲撃してきたけど、人たらしも今日は南の山の浅い場所へと子供達を引率して山菜の採り方を教えに行くって言ってたっけ。

 

 ふと気になったのは雪花にとっては数少ない対等の関係である友人の安否。もしかしたら、コシンプならば神としてのなんか凄い力で人たらしの安否を知っているかもしれないと訊ねてみれば、案内してやるから見に行ってみろとどことなく不機嫌な音無き声で返される。

 

「案内してくれるのは嬉しいけど、なんでちょっと機嫌悪そうなの?」

 

 首を傾けつつ安全確認と避難指示を解除させる通信を済ませた雪花はコシンプに行き先を示されるままに南へと大きく跳躍する。その先、山に足を踏み入れた辺りで尋常ならざる異変に遭遇した。

 

「……くっさ…………!!」

 

 異変、異常、異臭。鼻が曲がるだなんてレベルではなく、嗅覚を麻痺させた後にその麻痺を貫いて異臭を感じさせる程の臭み。例えるならば、じっくりコトコト煮詰めたうんこ。

 あまりの臭いに立ち去りたくなった雪花だが気力で耐えてコシンプが誘う先へと歩みを進め、幾らか歩いた先で前触れなく地面が盛り上がるのを目撃した。

 反射的に槍を構えて臨戦態勢へ。

 

「秋原!? クッサ! ヴぉえぇ……」

 

 地面の下から現れたのは何かの汁に濡れていて異臭にえずいている人たらし、耐え難いと全身と顔の筋肉全てで表現している子供達もうんこたれと共に続々と姿を現す。

 

「緊急避難用の避難壕か、無事だったんだ……うっ」

 

 山で食糧調達をする者達が怪物から逃れるために各所に掘った隠れるための穴。怪物に気付かれる前にうまくそれに避難できていのかと雪花が安堵の息を吐き、息を吐いたら吸わねばならないという人体の当たり前によって異臭を多めに吸ってしまった雪花もえずく。

 

「なんなのこの臭い」

「……いやー、わからないっすねー」

 

 嗅覚を破壊しかねない臭いにたまらず悪態をつく雪花に目を逸らしながらの棒読みで応えた人たらし。

 あ、こいつ何か知ってるな。と、ヘタクソな誤魔化しよって雪花は確信する。

 

「うげぇ……にーちゃんのえんこまだ臭い……何たべたらこんなえんこ出るんだよ……」

「──は?」

 

 おえぇ……。と、えずきながら放たれた子供の言葉に驚愕して口があんぐりと開く雪花。直後、激臭に味覚さえもが刺激されてる気がして口を閉じる。雪花にうんこを味わう趣味は無いのだ。

 

「街中だったら毒ガステロで通報されそうなこの臭いが人体の中で生成されたの? 体の中バイオハザードなの?」

 

 驚愕を通り越して感動、からかいや侮蔑ではなく純粋な知的好奇心で質問する雪花。うんこに感動してうんこに好奇心が沸き立っている事実に雪花は気付いてない。

 

「いや、至って健康なはずだけどな。野グソした直後は普通のえんこだったんだけど急にあの時みたいに輝いて臭いが辺りに充満しやがったんだ」

「は? 何言ってんの?」

「えんこのカムイにイタズラされたのかもしれない」

 

 日常会話の中に当たり前のように紛れ込む野グソという単語にちょっと引きつつ野グソ野郎の説明を聞く雪花。

 うんこ臭に全員で苦しんでいたら避難壕から薔薇のような花の香りが漂って来たのでそこに避難し、しばらく待機していたら薔薇の香りが急にうんこ臭に変わったので耐えきれなくなって這い出てきたとの事。

 

「逃げ込んだは良いものの獣なんて中にいなかったのに頭にいきなり小便みたいな液体が降ってくるわで何がどうなっているのやら、多分だけど何か良くない事が起こってるんだろうなとは思うんだけど……」

 

 小便漬け野グソ野郎の言葉にハッとした雪花が傍に佇んでいたコシンプを見る。すると、前々から危険が迫ってたらわかるように仕込んでおいたのにたまたま近くで産まれたうんこのカムイに横槍いれられた、できたてホヤホヤの癖にとんでもない奴だ。と音無き不機嫌な声が返ってきた。

 先に私が好きになったのに。と、好意を抱いていたが恋人では無かった男に別のぽっと出な女がくっついているのを見てしまった女のような気持ち。それこそがコシンプの不機嫌な理由。しかも、そのぽっと出な女は産まれて間もないロリ、まさしく影ながらに男を支えていた大和撫子が想いを寄せていた男にロリビッチがねっとりとキスをしているのを見てしまったかのような図。しかし、実際の図はうんこたれと小便をかけた畜生とできたてホヤホヤのうんこ。

 

「……そこにカムイが?」

 

 会話の途中で何もない所を見詰め始めたように見える雪花へと問うんこたれ。その瞳には解りやすい期待の輝き。

 

「危険が迫ってたから異変を起こして教えてくれてたんだってさ。実際にこの辺りを怪物の群れが通ってたよ」

「マジかよ、全然気付いて無かった」

 

 ぎょっとした表情をした後に雪花が見詰めていた虚空へと向き直るうんこたれ。雪花にはコシンプとうんこたれの視線が絡んでいるように見えた。

 

「ありがとう! うんこのカムイ!」

 

 爽やかな感謝の言葉。しかし、それがコシンプの逆鱗に触れた。

 こんなに好きなのに! あんなに貴方のために頑張ったのに! どうして解ってくれないの! 貴方を守るのはあのアバズレじゃなくて私なのに! そんな悲痛で重たくて少し病んでそうな叫びが聞こえてしまいそうな勢いでうんこたれの頭にしがみついて何度も前肢で顔を叩くコシンプ。しかし、うんこたれは愛に気付けない、悲しいすれ違いが発生してしまう。

 

「うえ~~。せっかく採った山菜がなまらえんこくさい、こんなのたべられないよ」

 

 火曜日のサスペンスな愛憎劇が始まりそうな一人と一匹の背景で子供達が残念そうにダメになってしまった貴重な食糧だったものを破棄した。

 

「……あっ」

 

 あれに干渉するのめんどくさいな。と、考えるのを辞めようとした雪花がとある事に気付いてしまって小さく声を漏らす。うんこたれは暖かくなって山菜が生えてきたこの時期にうんこが輝いたと証言した、輝くうんこの正体は自然現象であるダイヤモンドダストと言い張るにはムリがあるこの時期にだ。人知を越えた神秘、神の御業なのだろう。この濃厚なうんこ臭の通りうんこのカムイは本当に存在しているのだ。

 

 あの冬の日に見た光るうんこはまさか本当にうんこのカムイだった?

 

 雪花とカムイのファーストコンタクトはうんこだったかもしれないのだ。もしも、それが事実ならば雪花の初めてはうんこに奪われている事になる。

 え、それはなんか嫌だ。と、思考をフル回転させてその可能性を否定する理論を考え始める雪花。『貴方を殺して私も死ぬ!』と、今にも言い出しそうだが見た目は愛らしい狐のカムイかうんこのカムイ。ファーストコンタクトがどっちだった方が嬉しいかを考えたら圧倒的に愛らしいヤンデレ狐の方が嬉しい雪花としては絶対にうんこを否定したいのである。が──

 

「……臭いがきついしそろそろ帰るわ」

 

──考えてもうんこ臭によって思考へと没頭できない雪花は考えるのを辞めて家に帰る事にした。

 

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