目の覚めるような美女。と、そう形容すべき存在を雪花は見た。
心地好い陽射しの中、青々と葉を拡げる芋畑に屈んで雑草を毟るうんこたれの丸めた背中を慈愛深い微笑みで見守る美女。風に靡く髪はその一本一本が黒曜石の如く輝き、微笑みを形作る唇の艶やかさは穢れ知らぬ白い肌に桃色の華を咲かせる。まさしく、美という概念を人の形の器に注ぎ込んでできあがった美そのもの。
わや! なまらめんこい! なして*1ごしょいも*2畑にあんなめんこい人が!? と、方言ってお洒落ではないよねという若者思考で思春期が始まった頃から方言をあまり使っていなかった雪花にしては珍しく全文方言な思考で美女に見惚れる雪花。
呼吸すら忘れるほどに見惚れて立ち尽くすだけの雪花に美女が気付き、慈愛の微笑みを深めて夜空のような瞳で雪花へと小さく会釈。目が合ったから軽く挨拶した、ただそれだけの行動でさえもが美と気品に溢れ、魅力によって雪花の精神を酩酊させる。
「…………はふぅ」
雪花が挨拶を返す事も忘れて見惚れたまま恍惚の息を吐きこぼす。
すごいなぁ、この辺りにこんな美人がいたなんて知らなかった、こんなに美人なら噂くらい聞いててもおかしくないのになぁ、後光が差しているみたいに輝かしくて綺麗……おかしいな、本当に後光が差してる。よく見たら着てる服も現代人が着るような洋服じゃなくて貫頭衣着てるじゃん、ファッションセンスが古墳時代……あぁ、うん、あれは神様だわ。コシンプとかのカムイとは違う内地*3の神様かな?
それならば、うんこたれが全裸で踊る女性のカムイに無反応だったのと同じように美という概念を濃縮したような女性にも無反応なのも納得できる。だって、うんこたれはカムイの類いを見るどころか感じる事もできないのんだし。と、雪花はひとりでに納得しながらコシンプに確認すると肯定の頷きが帰ってきた。
「へー、やっぱりそうなんだ。なんの神様?」
雪花が人の世では他に見る事はできないであろう美しさを眼に焼き付けながらコシンプに訊ねる。
「はにやまひめ? 何々の神様みたいに何かの顕現とかじゃなくて名前のある神様なんだ」
ハニワの埴に山の姫で
「イザナミ……なんか聞いたことある。有名人の娘さん的なポジションの神様なんだ」
日本神話とかあんまりわからないけど、私でも聞き覚えのある名前だからきっとすごい神様と関係があるのかな。と、日本列島とある意味兄妹関係な女神の美しさに夢中で思考している暇の無い雪花は適当な理解をする。雪花の向ける視線の先、女神は毟った雑草の根に絡んで現れたミミズを指で摘まんで土に帰すうんこたれを幼い子供を見守る母親のような瞳で見守っていた。
「で、なんの神様? 美人の神様?」
あれだけ美しいのだから美に関する何かの神様なのだろうかと予測しながら訊ねる雪花。しかし、コシンプの答えはそれを真っ向から否定する。
半死人だったイザナミが垂れ流したうんこから生まれた便所の神。桃から生まれれば桃太郎ならばあの女は糞から沸いた糞子ちゃんだ。と、忌々し気に吐き捨てるコシンプ。
「え」
またうんこか。あれだけ美人な女神様なのにうんこなのか、うんこたれに関わる存在はうんこ関係ばっかりなのか。と、恍惚の眼差しから遠い目へと瞬時に変貌する雪花。そんな有り様な雪花に気付いているのかいないのか、コシンプは苦々しい感情を隠さないままに音無き声を連ねる。
埴とは土の意、土を肥やす糞より出でたアレは豊穣の神でもある。今に至るまで人の滅びを傍観していた天の系譜なのに、なんの気まぐれなのかチパパに寄り添うと決めたらしい。アレの気が変わらないのならばチパパが携わる田畑は他の神々のイタズラや人の悪意に晒されない限り不作を忘れる事になる。
「へー、なんかすごいんだねー」
綺麗なうんこさんってそんなに凄い神様なのかぁ。と、美という概念をうんこに汚された衝撃で理解する気を失った雪花が適当に頷く。
あれはチパパを直接どうこうするつもりは無いようだし、味方として傍に在るのならば頼もしい存在だ。何処でも排便できるチパパにとって世界すべては便所、便所の女神との相性は眼を見張るものがある。でも、いきなり顕れてチパパの保護者面してるのが気にくわない。
「何処でも排便……まぁ、祭壇の上で丸だしになる位だもんね」
遠い目から虚無の瞳へ。思い出してしまった放出寸前のケツの穴とキンタマの裏の光景に心が汚れて雪花はセルフで大人になる。
思考を放り捨てた虚無の雪花はただ曖昧な表情で立ち尽くす。その姿は第三者から見ると畑仕事に精を出すうんこたれをこっそりと見詰めている奥ゆかしき恋する少女のように見えなくもなかった。
「迷子の花子ちゃんのお母さんいますかー?」
翌日、怪物の迎撃を済ませた雪花が廃ビルの上に腰を降ろして一息ついていた時、地上より聞こえてきた聞き慣れた声に見下ろすとに避難の騒ぎで母親とはぐれたらしき女の子の手を引いているうんこたれの姿を見付けた。
「えー、美人が増えてる……あれも神様なんだろうにゃぁ」
周囲に声を掛けながら歩くうんこたれ、縋るようにうんこたれの手を握る幼い女の子、その後ろに連れ添って二人を見守る女神、そして、その女神の横に見慣れない装束を纏う人間離れした美貌の女性。なんとなくの感覚程度でしかないが、雪花にはその新たな女性の顔立ちが日本人の平均とは微妙に離れているとも感じ取る。
「なんだろう、映画で見た昔の中国みたいな服っぽいかも」
もしかして、あちらの女神様は異国からわざわざやって来た旅のお方かにゃ? と、音の鳴っていない歯ぎしりをしているコシンプに問えば肯定の頷き。
あれは
「また便所かーい」
うんこたれに関連するもので便所やうんこ等の下ネタ系列ではないほうが珍しいとさえ思うようになってきた雪花は、新たに出現した美しい女神がまたも便所神だということに驚きすらせずに溜め息を吐く。
「山田さんちの花子ちゃんのお母さんの行方を誰か知りませんかー?」
一生懸命に声を上げて女の子の母親を探すうんこたれ。この周辺では見付けられないかもと判断したのか探す場所を変えるために女の子を連れて一歩を踏み出したのと同時に、紫姑神がそっとうんこたれに耳打ちするような仕草をする。そして、うんこたれは二歩目で足を止めてその場に留まった。
「おっとぉ、あれは?」
あの便所の住人は未来の吉凶を予言する女神でもあるから、チパパの感覚に吉となる未来を囁いてよりよい未来へと導ける。便所の住人がチパパの傍に在るのならば、チパパの直感と幸運は今まで以上に冴え渡るはず。それと、あれは射的を得意とする存在でもあるからチパパが向上心を忘れない限り猟の腕前もどこまでも上達できるようになる。
「凄いんだろうけど……凄いんだろうけどさぁ……。凄いはずなのに便所の住人って称号が酷すぎない?」
あれは本来便所から出られない存在。でも、チパパは世界全てを便所として認識できるからチパパと一緒なら何処へでも行けるだけ。チパパが野グソや脱糞を躊躇うようになったらまた便所に縛られる程度の便所女。束の間の自由な外出に浮かれてチパパを導くのは自分だと勘違いしているのを私には赦す度量がある……あるんだ……あるん……だ……!
「……うわぁ」
なにやら自分に言い聞かせて自身を落ち着かせようとしているコシンプの荒々しい雰囲気に怖じける雪花。いや、怖じけると表現するよりはドン引きの感情の方が強いのかもしれない。
些細なきっかけで自制心が破裂してうんこの女神達に噛み付きに行きそうなコシンプ。雪花はうんことは言え美しい女神達の肌に万が一にでも噛み傷でもついてしまったら勿体無いとの思いでコシンプの荒れた感情をほぐすために何か別の話題を振ろうと思考する。そして、思考の中でとある事に気付いてしまった。
コシンプはさっきアイツが野グソや脱糞を躊躇うようになったらって言ってたけど、アイツって野グソはともかく脱糞までしてたの? と、雪花は気付きたくなかった疑惑に気付いてしまったのだ。
コシンプが言うにはうんこたれにとって世界全てが便所判定。つまり、うんこたれにとってパンツの中でもうんこを排出*4しているのかもしれない。その可能性をコシンプに訊ねて確かめるか否か、雪花は激しく葛藤する。もしかしたら、雪花にとって数少ない対等な友人が普段なに食わぬ顔で日常会話しながらパンツにうんこを付けているかもしれないのだ。もしも、その可能性を肯定されてしまったら、雪花はこれからうんこたれと何気無い日常会話をしていてもパンツの安否が気になって仕方なくなってしまうだろう。
可能性を否定して欲しいが、肯定されてしまっては今後まともに会話ができる気がしない。雪花はうんこパンツの可能性に激しく葛藤しているのだ。
「あっ! ママー!!」
葛藤の最中にいた雪花の耳を打つ女の子の喜びの声。意識を思考の中から視線の先に戻せば喜びに抱き合う母子と満足そうに微笑みながらその場を去るうんこたれ。
うんこたれだろうがうんこ漏らしだろうがアイツが誰かのヒーローなのは変わらないし、私の数少ない友人だというのも変わらない。そういう事でムリヤリ納得しておけばいいか。と、雪花はもはや慣れてしまってきた思考の放棄をする事を決めた。
うんこたれに寄り添うアイヌ神話とは違う神話体系の神々。埴山姫を皮切りにうんこたれに寄り添うと決めたそれらは時が経つにつれて数を増やしていった。日毎に、数時間の内に、時には瞬きの瞬間にいつの間にかうんこたれの背後に出現するなどして増える神々。たった一人の人間に古今東西の神々が寄り添う光景はまさに異様で異彩で超常的だった。
「あ……また増えてる。またうんこ系の神様かな?」
背丈高く伸びたトウモロコシの畑の横で休みながら神々に囲まれているうんこたれを見付けた雪花が呟く。昨日まではいなかった琉装の美しい女神や眼を濁らせた盲目であろうアイヌ装束のカムイに雪花は気付いたのだ。
「えーと、沖縄っぽい美人がフールヤヌカンで人の視線を嫌ってアイツの背中にくっついて隠れた気になってるのがミンダルカムイね……うん、憶えた」
どちらも便所の神で、フールヤヌカンは人の願いを叶えるための強い力を持つ。ミンダルカムイはただの恥ずかしがりや。と、コシンプが淡々と解説する。最初はうんこたれに寄り添う存在が増える度に不機嫌さを顕していたコシンプだが、増え続ける神々に諦めたのか慣れてしまったのか最近は目立った反応を示さなくなってきた。
うんこたれ本人は風にそよぐトウモロコシの葉が擦れる音を聴きつつ畑を眺めているのんびりとした休憩なのかもしれないが、周囲の神々はうんこたれの頬を指でつついたり神々同士で賑やかにお喋りしたり口から大量のホトトギスを吐き出す一発芸を披露したりと宴会のような様相だった。
すごい賑やかだけど本人は神様を感じ取れないから静かに休めてるってのが実にシュールだにゃあ。と、もしも自分がうんこたれの立場だったならばきっとゆっくり休める時なんてなかったのだろうと考える雪花。神々の一団に一度礼をして宴会のような一団の中を横切り、周囲を気にしないようにしつつうんこたれへと歩み寄る。
「おっす、畑いじりの休憩? それとも今日は休み?」
「おっすおっす、休みだったんだけと暇だからのんびりしつつ見張りしてたんだ。トウキビ*5が収穫間際だから鹿や熊に荒らされないように案山子役って感じさ」
「働き者だねぇ」
暇だから、他にやることも無いから、どうせ寝てるだけなら畑を見ながら寝ていただけだ。と、働いてる訳じゃないと事も無げに言ううんこたれ。しかし、雪花にはうんこたれはたまの休日さえも誰かのために時間を使っているとしか思えなかった。
「いつもなんだかんだ理由を付けて何かやってるけど、ちゃんと休めてるの?」
「この通り、のんびりさせて貰ってるよ」
「のんびり……ねぇ……」
雪花が周囲を見渡せば後光を放つ程の美人に始まりうんこたれの尻を撫で回しているオッサンや口からホトトギスを吐いていたかと思えばいきなり頭が落ちるオッサン等の個性の濃い一団、何も音を立てて無くとも雰囲気が既にうるさい。神を感じれないとは言えこの中でのんびりできるうんこたれにある種の尊敬を抱きそうになる雪花。
「お、秋原が何も無いところを見た。ってことはそこら辺にカムイがいるのか?」
「いるよ、今君のお尻を撫で回している」
「へぇ……おしりをね。……おしり?」
噂の逆セクハラってやつか? などとのたまううんこたれ。撫で回しているのはオッサンだとは言わないでおく良心が雪花にはあった。
うわ、やめろ、なにをする! 私にそのケは無い! 私にはチパパが──ぬわーー!
唐突な音無き悲鳴に視線をうんこたれから背後に向ける雪花。その先で楽しげな美しい女神二柱に毛皮をモフモフと揉まれているコシンプの姿。楽しそうな女神の邪魔をするのも不敬かと考えた雪花は救いを求めるコシンプの視線を無視してうんこたれへと向き直る。そして、驚きに硬直する。
「視線が忙しいな。カムイ達が何かしているのか?」
ほんの一瞬前まではいなかったはずの新しく姿を顕した女神。顔立ち、装束、雰囲気、全てがこれまでに姿を顕していた他の神々とは異なる雰囲気を持つ女神が何かを咀嚼しながら至近距離でうんこたれの顔を覗き込んでいたのだ。
え、怖……。何かめっちゃ噛んでるし、外国っぽい顔が真っ黒に塗られてるのはまぁ、そういう文化圏の神様なんだろうけど、なにその装束、人の皮着てるの? こっわ。
口の周りに刺青をする文化はアイヌにもある。だが、人の皮を剥いで着る文化を雪花は知らない。怪物と闘う中で力及ばずに助けきれなかった人の亡骸を幾度も見て記憶に焼き付けてしまっている雪花は突如顕れた女神の装束が人由来の材料で作られた物だと看過してしまい、驚愕と困惑で眼を剥く。
「おーい? 秋原?」
硬直する雪花を訝しむうんこたれが顔を寄せて雪花の眼を覗き込む。寄ってきたうんこたれの顔と連動して正体不明の女神の顔も雪花に寄る。
「……ひん」
え、ちょ、こわいこわい。ヤバいって、絶対その女神ってヤバい感じの女神だって。人の皮着てるもん。と、思考がパニックに寄っていく雪花が言葉を放とうにも喉が引きつって声にならずに肺が震えるだけに終わる。
間近に迫った何かを咀嚼する女神からなんとか眼を逸らした雪花がコシンプに、ひいては周囲の神々に助けを求める視線を送る。
神は死んだ、助けが無かったからね。とは、美人の女神に抱えられながらぐったりとしているコシンプの音無き声。コシンプは女神二柱によって散々にモフモフと揉まれて臍を曲げていた。他の神々も新たに顕れた怪しい女神に何か行動を起こす様子もなく思い思いに神同士での交流を続けている。
「おい……? どうした、なんか様子がおかしいぞ」
目に見えるの異変は気付けるが神々を認識できないうんこたれが雪花の逸らした視線の先へと回り込んで再度顔を覗き込む。うんこたれと共に雪花の視界に納まった怪しい女神は雪花にも興味を抱いたのか、同じく雪花の顔を至近距離から覗き込んで品定めするように視線を突き刺す。
おかしいのは君に憑いてる女神です。とは、言いたくても言えない雪花。カムイの力にて戦う雪花は神性の力の強大さを過不足なく知っており、自分の発言で神の怒りを買えば何か良くない事をされてしまうのではと推測できてしまい言葉を放つ事ができずに黙り込む。現に、臍を曲げてしまったコシンプが助言さえもくれない現状故の判断だった。
くすくす。と、硬直の中で上品に笑う音無き声を雪花は聞いた。
怪しい女神の顔が至近距離から離れ、ゆらりと振り向いた先で美しい女神からコシンプの小さな体躯を受けとる怪しい女神。ぬぐわーー! と、コシンプが再び悲鳴を上げた。
くっさ! うんこ喰ったまま触るな! せめて飲み込んでからにしろ! と、悲痛で必死な懇願。怪しい女神に抱かれるコシンプが叫び悶える。その叫びを耳にした雪花がこれまでとは別の意味で硬直した。
「え? うんこ喰ってんの?」
「!? ……秋原、お前突然何言ってんだ? うんこは食べ物じゃない*6ぞ?」
訝しむような顔から激しく困惑する顔へと変わるうんこたれ。その表情にはどこか雪花を案じているかのような色も見えた。
「改めて言われなくてもわかってるよ……。なんかよくわからないけど突然出てきた外国っぽい神様がうんこ食べてたらしくて驚いただけ」
「うんこ食べてる外国の神様?」
雪花の言葉に顎へと手を当てて考え込む仕草を取るうんこたれ。やや思考の間を空けた後に探るように雪花へと問う。
「外国でうんこ食べてる……アジアっぽいような、仏教的な感じ?」
「いや、どっちかって言うと西洋っぽい」
「うーん、
こいつ、熊の時もそうだったけどうんこの事になると急に博識になるな。と、思いつつ雪花は怪しい女神の正体が気になるので特徴を伝えてうんこたれの推理を手伝う。
「たぶん、アステカのトラソルテオトル神かもしれない」
「アステカ?」
「メキシコの辺り」
「メキシコ!」
なんでそんな遠い所からわざわざ極東の島国にまで来たのか。という疑問よりも先に人の皮を着てうんこを喰っているサイコパス風味な女神は危険な存在ではないのかどうかを問う雪花。
「トラソルテオトル神は人の罪をうんこと一緒に食べて浄化してくれる女神様で、不浄や穢れと豊穣の地母神様だよ」
「へー、詳しいね」
「人の罪を清める愛の女神だけどトウキビの母でもあるから、なんとなくこのトウキビ畑が気になってここにきたのかも」
トウキビ畑なんて世界各地何処にでもあるじゃん、なんでここに。と、思考した雪花だが、目の前のうんこたれのうんこな部分に不浄も司る女神が興味を持ったのかもしれないと思考する。
「……もしかしたら、この周辺以外のトウキビ畑はもう無いのかもな」
「え?」
「人を殺す怪物、連絡の取れない各地」
「……なるほどね」
世界で最後のトウキビ畑、うんこ関連の神々に特に興味をもたれているうんこたれ、遠い異国から不浄とトウキビの女神がここに訪れてもおかしくはないか。と、納得する雪花。世界はもう、どうしようもないほどに終わりかけているのかもしれない。とも納得する。
「それにしてもあれだね、なんでそんなにうんこに詳しいのかね?」
確信を持ててしまう嫌な推測から話題を逸らすように話を変える雪花。うんこたれもそれまでの話題を続けても気分が良くなる事は無いだろうと話に乗る。
「あー、ほら、ずっと前にうんこ光っただろ? 光るうんこの正体が知りたくてうんこについて色々と調べたんだ」
野生動物のうんこ、うんこの成分、うんこの逸話、うんこの信仰等光るうんこの正体に迫るために結構頑張った。と、照れ臭そうに言ううんこたれ。
何かに一生懸命になれるのはそれだけで才能かもしれないし凄いことだが、よりによってうんこなのか。と、どうにも釈然としない気持ちになる雪花。
「結局たくさん調べてた時は正体を確信できなかったけど、今になってはやっぱりうんこのカムイだったんだろうなって思ってるよ」
大切な思い出を語るようなしみじみとした声色と表情。しかし、その内容はうんこだ。うんこの思い出に浸るうんこたれの頭にトウモロコシうんこの女神がコシンプをのせる。トウモロコシうんこの女神はどこか満足気な表情をしていて、コシンプはこれ以上ない程にぐったりとしていた。
全身くまなく揉まれた……もうお嫁にいけない……。わたしはもう汚れてしまった……。
その揉んだ張本人が汚れを浄化する神様らしいから清めて貰えば? とは、雪花は口に出さずに胸にしまっておいた。
市街地から離れた山奥、雪花は入口を隠蔽した人口の洞窟の奥で勇者の力を存分に活用した穴堀りをしていた。
「かなり深くて広くなったにゃあ。……地震とかで崩れたりしないよね?」
自信の掘った洞窟の広さに耐久性の不安を覚えた雪花が補強のためにはどのような手段が必要なのかを思考しながら事務的に穴堀りを続ける。やっぱり炭鉱みたいに壁と天井を丸太で支えるのがいいのかな? 丸太はどうやって確保しよう。と、思考が纏まりかけた時に雪花の穴堀りを見守っていたコシンプが音無き声をかけた。
他の人にこの洞窟を教えてあげないの?
最悪の場合には一人ででも生き残ろうとしている雪花に対して嫌味でもなく、軽蔑するのでもなく、ただこの洞窟を一人で使おうとしているのは何故なのかとに疑問に思っているのであろう純粋な声。それに対して雪花は洞窟の補強案を脳内で纏めながら答える。
「んー……。あのお人好しはたぶん、たくさんの人を見捨てて自分が生き残るのを良しとしないだろうからね」
あのうんこたれにこの洞窟を教えたところで生き残れるかもしれない手段を知りつつそれを実行できないジレンマと、自分じゃない誰かをこの洞窟に送るべきなんじゃないかって悩んで苦しみそうだから。だから、私一人で使うんだよ。と、思考に意識を強く向けた半分上の空な返答。
教えるとしたらチパパだったんだ
「え?」
私はチパパには教えないの? とは聞いて無いのにチパパに教えない理由が返ってきた。
からかいの雰囲気は無く、ただ納得したかのような雰囲気でうんうんと頷くコシンプ。雪花はそこでようやく半分上の空だったが故に犯してしまった失言に気付く。
「……まぁ、私にとってはほぼ唯一みたいな友達だし、幾ら洞窟を広く作れてても何人もここで生活するには狭いしね。選択肢は限られてるよ」
だから、他意は無いよ。と、奇妙な程に熱を帯びる頰を知らないフリして補足する雪花。
「ところでさ、ずっと気になってたんたけどそのチパパってのはどんな意味の言葉なの? 文脈的にアイツを指してるってのはわかるんだけど」
思い付いたように話題を変える雪花。洞窟を掘り進める手は休めず、背後から雪花に視線を送り続けるコシンプを一瞥すらしないまま硬い土を崩す。
チパパは勇気ある者の意味、アイヌが戦士を讃える言葉。
勇気ある戦士、つまりは勇者。なるほど、恐怖を堪えながら熊と戦ったアイツはやっぱり勇者だったんだ。カムイ達もそれを認めているんだ。と、何故だか嬉しくなる雪花。
誇らしい気持ちで土にスコップを刺して土を崩し、掘った先から人の頭が出現して雪花は絶叫した。
「!??!?! な!? え!? なんで!!? なんで土から頭!!?」
戦いの中で助けられなかった人の亡骸を多く見た雪花は死体に慣れてしまっているが、さすがに不意をついて訳のわからない場所から出現する生首には慣れてない。さすがの雪花も年頃の少女らしく混乱して狼狽える。
そんな雪花の狂乱などどこ吹く風かと真顔の生首、鼻の高さや瞳の色からして西洋的な顔立ちのそれはもぞもぞと動きながら雪花が今しがた崩した穴から這い出してゆっくりと肩から胸へ、胸から腰へと全身を顕にしていく。穴がでてくるその姿はまさに肛門からひねり出されるうんこを連想するようなどこか下品な動きで、しかし、洗練された高貴な動きにも見えた。
「生首じゃなかった、穴からローマっぽい人……いや、神様が出てきちゃったよ……」
混乱の極致ともいえる精神状態ではあったが、それでも優れた頭脳を持つ雪花は人間離れし過ぎた登場の仕方をした相手を神性の類いだと辛うじて見抜き、うんこっぽい動きをしていた事からどうせまたうんこたれ関連でここに顕れた神様なのだろうとも予測を立てる。
ツヨイ チカラ サガシタ チパパ ナルモノ ミニキタ
「えっと、アイツを探して強い力を感じる場所に来たって事かな?」
目の前の異国の神からなんとなく感じられる音無き声は耳慣れない言語だが、それでもカタコトな日本語のように意味のみは感じ取れた雪花。これが以前コシンプが言っていた伝えようとする意志があるなら伝わるという事かと実感し、少しだけ面白い気持ちになる。
チパパ オサナイ ウンコ カワイガル オサナイ ウンコ ソラニ ウンコ ノ ヒカリ ワレ ヒカリ ミタ
「うーん、この解読するのを躊躇うような単語の並び……」
チパパ ニ ツドウ ウンコ! ステルクティウス チパパ シリタイ!
「……オーケー。たぶんわかった」
いつの日かうんこたれが祭壇にうんこを乗せて崇めた日、夜空に大規模なオーロラが発生した事がある。それを感知した排泄物にゆかりのある神々がうんこたれに何らかの興味をもって集っている。そして、自分を指差してステルクティウスと名乗ったこのローマ風味な神もうんこたれに会いに来たという事なのだろう。と、雪花は解釈した。
「住宅街の方にいけばいるはずですよ。アイツの近くにはたくさんの神様達がたむろしてるからすぐにわかるはず」
洞窟の壁の向こうにある住宅街の方へと指を向ける雪花。うんこたれのいる場所にはうんこの神々が行列をなしてうんこの集いをしているから細かい場所の説明はいらないだろうと考えて省略する。それには、このローマ風味の神様の出現方法にひどく驚いて疲れたからさっさと消えて欲しいという願いも籠められていた。
カンシャ ト シュクフク スル
そう言うや否や、雪花の指先を辿って真っ直ぐ進んで洞窟の壁へと沈んでいったステルクティウスなる神。その背中を送った雪花は疲労に重い息を吐いた。
「ステルクティウス、だっけ? あれは何の神様なの?」
うんこと連呼していたし、うんこが集う場所にむかってるとも言っていたから、どうせあの神様もうんこの神様なのだろうと思いつつコシンプに訪ねる雪花。
あれは、うんこを出したい気持ちを司る神
「は?」
うんこ出したい欲の神
「……豪速球の変化球だにゃあ」
結局はうんこ。しかし、絶妙なうんこ。疲労に疲労を重ねた雪花はうんこ出したい神の祝福とはなんなのかと考えたくも無いので今日の穴堀りを切り上げてさっさと寝てしまう事にした。