雪花が怪物を迎撃して命を守り、うんこたれが前向きな姿勢で人々の心を支える。過酷ではあるが決して絶望ではない日々の片隅でうんこたれが焦げだらけのご飯を貪ったり、雪花が神々に泣きつかれて便所掃除をサボるうんこたれの尻を蹴っ飛ばしたりしていた。
人々は絶望していない。しかし、それでもどうしようもなく過酷な冬の日々をおくっていた。
「──また襲撃、たった今殲滅したばかりなのに……!」
頻度を増した怪物達の襲撃に対して苛立ちを覚える雪花が舌打ちし、迎撃後の安全確認を済ませたと報せるために使用した通信機に向かって再度避難するようにと呼び掛けつつ雪花は高所へと陣取って迫り来る怪物の群れを睨む。
「うっわ、さっきの倍はいるし……。さすがにこれはゆるくない*1ね」
これは自分で対応できる量の限界を越えてそうだ、避難解除と再度避難の混乱も相まって少なくない被害がでてしまうかもしれない。と、雪花の冷静な部分が計算する。しかし、それでも雪花の気力は折れず、一度肩を回してカムイの力宿る槍を構える。
「もしもの時は逃げるかもしんないけどさ……それはまだ、今じゃない。私はまだやれる」
自分に言い聞かせるように呟き、大群目掛けて槍の投擲。怪物の一匹を貫き、二匹目に深々と突き刺さる。
「まだ、誰も生きる事を諦めてないんだもん。だったら、私ももうちょい頑張ってみせるよ」
言いながらたった今投擲して遠くの怪物を仕留めたばかりの槍を手に出現させる。そして、再度の投擲で怪物を仕留め、押し寄せてくる怪物の大群に対して幾度も繰り返して少しずつ数を減らしていく。
増え続ける怪物、頻度を増す襲撃、消耗する一方の人類、事実のみで冷たく計算すれば人類の限界は近いと誰もが理解している。
しかし、そうだとしてもまだ死にたくない、もっと生きたい、まだ人類は滅びていない。と、極寒の地を熱い思いで生きる人類は誰も諦めてはいなかった。
カムイの勇者もまた、諦めとは程遠い思いで槍を振るう。
私ってこんなに熱血だったっけ? と、ついに接敵した怪物達相手に大立ち回りを演じながら自身の知らなかった一面に少しだけ違和感を覚える雪花。
ふと、どこか遠くで鳴り響く銃声を聞いた気がした。
「あー、あいつか」
きっと、間抜けな癖に馬鹿とは言い切れないお人好しの前向きさに影響されてしまっているんだろう。と、避難の遅れた人々を狙って街中へと散り始めた怪物を追いながら雪花は熱い息を吐く。
逃げ惑う人、人を追う怪物、怪物追い散らす雪花。全力で戦えども雪花の知覚できる範囲でも少なくない被害が発生してしまっている中で銃声が鳴り響いた。
「!? さっきの銃声、気のせいじゃなかった!」
あいつ、また無茶してる。そんな思いで銃声の発生した方角へと振り向いた雪花が見たのは不自然に一ヶ所に集まって何かを追うように動く一群。まず間違いなくうんこたれがあの一群に追われているのだろう。
「例え無茶ばかりの半馬鹿でも、助けられそうなら助けてみせます……よっと!」
追われている人物がここに雪花がいると気付いて救助を求めるために向かって来ているのそれとも偶然か、雪花のいる場所へと徐々に近付いてきている一群に目掛けて雪花も跳躍しながら槍の投擲。滑空しながら二度怪物を貫き、着地する直前に吉凶を予言する美女神に寄り添われて囁かれながらも必死に走るうんこたれの姿を一瞬だけ確認する。
「逃げ方上手い、まるで兎じゃん」
うんこたれが怪物の巨体では侵入できない細い路地裏に身を滑り込ませ、それを追おうとした怪物が建物を砕きながらも巨体を渋滞させる。
密集する巨体、貫通する事に優れた雪花の槍にとっては恰好の的にしかならなかった。
「おっすヒーロー、まだ生きてるよね? 無事?」
「秋原! サンキュー、助かった!」
三度連続した全力の投擲でうんこたれに群がる一群の内の八を貫き、最後に接近して薙いだ槍にて余った怪物の二を倒した雪花の軽口にうんこたれが礼を叫ぶ。
「いーや、まだ助かったとは言い切れないよ。早くどっかの地下なりなんなりに逃げて身を隠してよね」
「あっ、待ってくれ!」
再避難の混乱があったからまた誰かを庇って無茶していたのだろう。行動の善し悪しは別として今その無茶を咎める暇は無い。なので、早く避難するようにとだけ告げた雪花が別の場所にいる怪物を倒すために跳躍しようとするが、うんこたれが雪花の腕を掴んで止める。
「なに? この通り忙しいんだけど!」
「俺を利用しろ」
「はぁ?!」
「あの化物どもは誰か他の人を喰う直前だったとしても俺に気付いたら何よりも優先して俺を追い掛けてくるんだ」
「なにそれ!」
今の一群も最初は一匹だったのに街を走っていたら誘蛾灯に寄る虫のように集まってきてあんな数にまで増えていた、これを利用すれば避難の遅れた人達から怪物の注意を引き剥がして被害を減らせる。と、断言するうんこたれ。
「利用方法を聞いたんじゃない! そんなの聞かなくても……!」
解る。雪花の優れた頭脳のどこかにある冷静な部分はうんこたれの証言を聞いたと同時に答えを得ていたが、思考とは別にある情と誇りは唯一と言って良いほどの友人をこれ以上の危険を冒させる事を否定していた。
「俺に怪物が寄ってくるってのは疑わないのな」
「茶化さない!」
理由や理屈はどうでもいい、うんこたれが嘘をつくような人間ではない事は知っている、そもそも神にこれでもかと愛されているうんこたれの不思議っぷりに今更もう一つ不思議が増えた所で誤差でしかない。
「最大効率で怪物どもを倒したいならやるべき事はわかるよな? 悪いが秋原が迷ってたとしても俺は行くぞ」
「あっ、ちょっ……!」
ニヤリと笑って宣言したうんこたれが担いでいたライフル銃を天に向けて発砲して雪花の制止に聞く耳を持たないままに走り出し、うんこたれの背後に憑いていた吉凶を予言する美女神が不憫な物を見るような瞳で雪花を見た。
「怪物どもーー! 俺はここにいるぞーー!!」
呆気にとられて出遅れる雪花。この無茶も神に囁かれて導かれたからなのかと考えるも、うんこたれに寄り添っていた美女神はただそこにいただけなのを雪花は見ていた。つまり、一から十までうんこたれ自身の思考で無茶を通そうとしているのだと気付く。
「でもあの女神もあいつを止めようとしてなかったし……って、ぼんやりしてる場合じゃなかった!」
うんこたれの走る先、建物の影から姿を現した怪物目掛けて槍の投擲。貫かれて光の塵に消える怪物の下をうんこたれが躊躇う事なく走り抜けていく。
「秋原ぁー! ナイスショット!」
「待って、ちょっ、ホントに待て! 待て……待てぇ!!」
一度だけ後ろ手に親指を立てたうんこたれ。焦りや困惑、迷いすらも忘れた雪花がうんこたれの奔放で無茶な疾走に軽く怒りながら追い掛ける。
勇者の力で強化された脚力で追走、美女神に囁かれたうんこたれがが唐突な方向転換で細い路地に滑り込んだかと思えば反対側の建物を粉砕して怪物が出現してうんこたれを追い、うんこたれに追い付きかけた雪花がそれを貫いて薙ぎ払う。
うんこたれにとっては直感と感覚に任せた疾走、美女神にとってはうんこたれに凶となる未来が訪れないように口の閉じる暇のない囁き、怪物にとっては獲物を発見したかと思えば唯一敵となりうる勇者に横っ面を貫かれる罠、雪花にとっては一撃で死にうる護衛対象が先行する怪物迎撃RTA。人も人外も全てがたった一人のうんこたれに振り回されていた。
「追いつけそうで追いつけない!」
単純な競争ならばうんこたれは勇者である雪花に勝ち目など無い。しかし、追いつけそうになっても次々と現れる怪物への対処に時間を取られるせいか雪花はうんこたれを付かず離れずの距離で追い掛けてばかりだった。
「あー、もう! なんでこんなに寄ってくるかな!」
新たに現れた怪物に槍を叩き付けて倒した雪花がぼやく。すると、いつの間にか雪花の肩に乗っていたコシンプが溜め息を吐くような音無き声をこぼした。
神性がチパパに集まり過ぎた、チパパに神性の気配が濃く強く染み付いている。ああなってしまったらチパパは歩く神社みたいなもの。
「いやホントになにそれ! 増えた不思議っぷりが特大過ぎるんだけど!」
怪物は人を襲う以外にも特定の神社仏閣も破壊する習性が確認されている。今のうんこたれは人間でありながら神々の集う神域のような存在、怪物にとっては人を二~三人襲うよりもよっぽど優先して"破壊"したくなる存在なのだろうというコシンプの説明。
うんこたれといううんこの素養が高い人間に古今東西うんこの神々が寄り集う、まさにうんこにうんこを混ぜて合わせた特大のうんこ*2。怪物が特大うんこへと積極的に向かう姿は蝿かウジ虫のようであった。
「かなり無茶してるって所に目を瞑ればかなり効率良く倒せてたってのが無性に腹立つなぁ! ……捕まえた!」
「ぐえ」
全力疾走を続けて動きの精彩を欠いたうんこたれにとうとう雪花が追い付き、襟首を掴んで捕まえればほどよく首が絞まって蛙のような声を放つうんこたれ。うんこの神域と化したうんこたれを掴む雪花、概念的な話をするならば雪花は今うんこを鷲掴みにしていた。
「そんなに息を切らしちゃまともに走れないでしょ、鬼ごっこはおしまい。さっさと避難して!」
「……いや、もうちょい、走れ、る」
息を切らしながらも強がるうんこたれの言葉に対して雪花が無言のまま足下にあるマンホールの蓋を踏み砕いて豪快な音を鳴らす。
「へ? 皿みたいに割れ、え? 割れるのそれ? 鋼鉄だよな?」
「この中に放り込まれるか自分で降りるか、選んでいいよ」
「っス! 自分で降りるっス!」
雪花がおしとやかな淑女のように選択を迫れば紳士的に即決したうんこたれが機敏に行動を開始。マンホールの奥は汚水の流れる下水道、うんこたれが自らすすんで下水道へと降りていくさまは特大のうんことして自然な姿だったのかもしれない。だが、たとえ特大のうんこであってもうんこたれは歴とした人間でもある、自分の意思で下水道に降りようとしたのならば、自分の意思でそれをやめる事もある。
「悲鳴! 近いぞ!」
「あっ! 私が行くから大人しく避難し──わっ?!」
何処かから聞こえてきた泣き声のような悲鳴に反応したうんこたれが腰まで突っ込んでいたマンホールから飛び出して周囲を見回し、雪花はそんなうんこたれの両肩をおさえて避難を促す。
直後、雪花は全身に浮遊感を覚えて驚きの声を放つ。腹部に軽い圧迫感と小さな衝撃、同時に視界が揺れ動いて腰にも手で押さられる圧迫感。
「百歩譲ってセクハラ紛いの俵担ぎはいいとして、君が駆け付けても一緒に逃げるしかできなくない?」
「つい」
「つい、で、死地にむかっちゃうか~」
「でもたった今名案を思い付いた」
「え?」
浮遊感の正体は勇者の力で強化された雪花の手から逃れられないと瞬時に悟ったうんこたれが両手の拘束ごと雪花を肩に担いで駆け出した事によるものだった。どれだけの力を得ていようとも雪花の肉体は健康的な中学生女子そのもの、日常的に野山を練り歩いて農作業にも精を出すうんこたれの鍛えられた男子の肉体にとっては大して負荷にならない過重でしかなかった。
「悪いな秋原、利用する」
「え?」
担がれていた雪花が困惑ばかりで肩の上に乗せられたままなのをいいことにうんこたれは少しだけ悪びれるフリをして荒々しく大口で空気を吸う。
「ここに勇者がいるぞーー!! 逃げ遅れてるならここに来い!!」
「なるほどね、私頼りでどうにかしようって訳ね。元から助けに向かうつもりだったから探しに行く手間が省けるかも」
よいしょ。と、身を翻して走るうんこたれの肩から降りた雪花が危なげ無く着地する。そのままうんこたれの走る先、悲鳴を上げた人物がいるであろう方向へと視線を向け直した時に視界に収まったうんこたれの背中の向こうの建物の影から一つの人影とそれを追う怪物の一体が飛び出したのを目撃した。
「オイさん!」
怪物に追われていたのは幼子を胸に抱えて走る及川だった。驚きにうんこたれが声を荒らげ、雪花は及川に噛み付く寸前の怪物に槍を投擲するために迅速に構える。
「この子をっ!」
緊迫した状況に血迷ったのかそれとも雪花の投擲が間に合わず逃げ切れないと判断したのか、及川が走る勢い全てを乗せて胸に抱えていた幼子をうんこたれへと投げ渡す。悲鳴をあげながらの泣き顔で空中を滑る幼子が雪花の槍を投擲しようとした射線を遮り、とっさの判断で振りかぶった腕を止めた雪花がつんのめった。
「ぐわぁぁぁ!」
「オイさん!!」
ほんの一瞬、たった少しだけの遅れ、それによって雪花の槍は間に合わず及川は怪物にその身を大きく噛み付かれて絶叫し、飛び付くように幼子を受け止めたうんこたれが悲痛な叫びをあげる。刹那の後に、雪花の投擲しなおされた槍が怪物を貫いて塵へと変えた。
「オイさん! 意識はある?! 今医者まで連れて行くから……!」
致命傷だった。うんこたれの叫びと及川の絶叫に釣られたのか周囲から続々と集まり始めた怪物を迎撃しながらもかすかに見えた有り様は素人目に見てもわかる程の重傷、即死していないのが奇跡と言えるほどだった。
「……いや、いい……間に合わ、ない」
「そんな事言わないでくれ!」
「その子を……親とはぐれた、らしい……慣れぬ事をして、このざまか……」
吐血混じりのたえだえな声、うんこたれが幼い子供のように叫ぶ。
「私は、死ぬ……すぐにできなくても、いい……これから人、を、まとめるのは、お前だ、若いお前、達だ……」
「ふざけんな! そんな難しい事は大人が、オイさん達がやれよ!」
泣き叫ぶ怒鳴り声を放ちながらも及川の流す血を止めようと自らの上着やライフル銃のスリングすらも利用して緊縛するうんこたれ。しかし、その程度で止血できるほどに及川の傷は浅くなかった。
「誰もみすてない、その理想のじゃまになる、あしでまとい、は、私が減ら、した……じゃまになる、私も、いま死ぬ」
北から二、西から一、南東から一、距離を潰される前に投擲で貫く。幼い泣き声が二つ、雪花の耳を苛む。
「お前と、勇者様は、人のきぼう、だ……」
「ちょっと噛まれたからって死んだ気になるなよ! 生きろよ!」
「ゆうしゃ様、
「できうる限り、生かしますよ!」
うわごとのような言葉に雪花は本心からの言葉を叫びつつ迫る怪物を貫く。
「人を復興させるヒーローになりたいって言ってたじゃん! 諦めないでくれよ!」
「……ヒーロー……なりた、かった……わたしも……供逸の、ような……ヒー……ロー……」
「オイさん*3!!」
うんこたれを見上げる及川の表情は悔しさに歪みながらも眩しいものを見るような瞳。しかし、瞳孔は開き切って呼吸も絶えていた。事切れてしまった。と、雪花は知る。そして、過酷な生活や狩猟で生き死にに多く触れている
「移動するよ! ここじゃ遮蔽物が多くて不利!」
「……くっ」
迫る怪物の数が増えている中で叫ぶ雪花。目の前で身内の死を目撃してしまった相手に対してすぐに立ち上がれと言うのは酷だと解っているが、状況がその場に留まる事を許してはいなかった。
「その子を頼まれたんでしょ! 私も君の事を頼まれちゃったんだから、泣いてる場合じゃない!」
「……わかってる、移動しよう」
幼子を抱えて立ち上がる
「走ってたんじゃすぐに囲まれる……跳ぶよ!」
いち早くこの場から離脱すべきだと判断した雪花が返事を待たずに幼子を抱える
「秋原!」
身をよじって雪花の腕から降りた
「この数とこの距離なら、いける!」
できるか? との問いは無かった。そもそも、何も言葉を介さなかった。しかし、似た後悔を抱えていた二人は状況を把握したと同時に最も効率の良い戦い方を共に思い付いていた。それを絡んだ視線で確認しあった二人は一切の齟齬無く行動に移る。
「全部ここで迎え撃つよ!」
追ってくる怪物達を次々と槍の投擲で仕留めていく雪花の横で
「ウオォォォォォォォッ!!!!」
──ォォォォォォォォォォ!!!!
カムイと神々に愛されるチパパによる祈りの咆哮。これ以上の悲しみはいらない、怪物達に報いを、友である勇者に勝利を、勝利を! 今までも常々と抱いていた思いだが、心を鬼にして人々の未来のために奮闘していた尊敬すべき叔父の死をきっかけに確固たる祈りに昇華した心のままに吠えたてる。
チパパを愛するカムイ達が嘶き、人に寄り添う神々が鬨を発する。悲しむチパパを慰めるように、奮い立つ人の背を押すように、友の勝利を祈るチパパに寄り添い、勇者の勝利を祈る人を愛する。
「……すっごい、怪物以外の全部が味方じゃん」
空気のカムイが震え、風のカムイが押し流し、石のカムイが共鳴し、街の隅々まで
「あとは、たのむぞ」
「……任せて、今の私はちょっと凄いよ」
全身全霊の叫びに息を切らせる
ちょっと凄い。その言葉は強がりでも見栄でも無くただの事実だった。『友である勇者に勝利を』の祈りに真っ正面から応えようと沸き立つカムイと神々が雪花に今まで以上の加護を与え、直感と感覚で勇者の力が増幅されているのに雪花は気付いたのだ。
「おぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ──」
怪物が迫りくる中で雪花は勝利を確信。今まで以上の迅速さと正確さによる槍の投擲、今まで以上の槍の威力で確信を事実に変える。
人の祈りがカムイと神々に届き、勇者は更なる力を得て勝利を手にした。
人類が滅びに向かう中で何度目かの過酷な冬。効率を求め続けた指導者の死の後、この街が滅びる時までカムイの勇者である雪花の槍と人の勇者のである