催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
朝の鷲尾家の食卓で、おじさんは突然突拍子もないことを言い出した。
「来週の入学式の須美の保護者枠は小生が行く」
須美は米を噛みながら目を白黒させ、美森はおじさんのお茶碗に米を山盛りにしつつ、須美母は須美に山盛りにされたご飯と格闘しながら、それを聞いていた。
須美父は納豆をかき混ぜる前に醤油を入れ、温和な表情で弟――と思わされているおじさん――の提案に首肯する。
「おお、今まで須美の学校のイベントに興味がなかったお前が珍しい。
いいぞ、行ってくると良い。
叔父なら関係性としては十分だろう。
これを機に運動会や文化祭にも行ってやりなさい。須美は今年が最後の小学校生活だからね」
「うす、考えときます。
運動会はあの自分の子供戦わせて優勝者決めてる感じ苦手なんですよね。
昔やってたモンスター育ててランキングを競い戦わせるソシャゲ思い出すので……」
「言い方」
「小生はそもそも子供の性能差を競わせてるものあんま好きじゃないんですよハイ」
須美父は納豆に卵を加えてかき混ぜつつ、おじさんの考えに少し興味を示した。
「面白い考えだな」
「優秀な子供しか愛さない親。
使えるキャラしか使わないソシャゲプレイヤー。
ダメな子供にも無償の愛を注ぐ親。
愛着で使うキャラを選ぶソシャゲプレイヤー。
催眠で心暴くこと繰り返してると、まあこの辺り同じだな……って思っちゃうんだよな」
「ほう……ゲームのことは、私は詳しくないのだがね」
「あんたは後者。
ちゃんと須美の親だ。
自分が思ってる以上にしっかりやってんじゃないかな。
強いて言うなら須美をもっと遊園地とかそれっぽいとこに連れてってほしいがね」
「ふむ、遊園地か……私も行ったことがないな」
「嘘だろ!?」
「私も行ったことがないわね」
「奥方も!? あ、名家夫婦!?」
「兄を世間知らずと思うかい?
だが言うほど俗なことを知らないわけではないよ。
私もゲームセンターに行ったことくらいはある。スト2を楽しませてもらったよ」
「その解答が既にお貴族ゥー!
こりゃ須美を俗っぽいところに連れてく家族おらんわ……常識が違う……」
おじさんはこういう、"この世界の名家"の常識を見る度に、度々思う。
「常識が違う」と。
95%は同じなのだ。
まともな人間だとは思う。善良な人間だとは思う。
だがどこか、何か、小さなズレがある。
少なくともおじさんは、過去にどの世界でも、ここまで善良な人間が命がけの戦いに娘を差し出すのを見たことがなかった。
この世界の名家との意識のズレを、おじさんは日に日に強く感じている。
今度須美を遊園地かそれっぽいところにでも連れてってやろう、とおじさんは考えて。
ちょっと訂正して、"鷲尾家全員連れてってやろう"、と思った。
『須美の影響を受けすぎてるな』と思って、おじさんは苦笑する。
「話を戻そうか。
須美の入学式は君に任せよう。
神樹館は大赦関連の家が子息を通わせる名門だからね。
始業式の後の保護者会は、十分に政治の場だと思ってくれ」
「あっそういうのあるのか……まあ任せろ、小生の催眠で一発よ」
「頼もしい。頑張ってきてくれ」
どんと胸を叩くおじさんの袖を、控え目にちょこちょこと須美が引いた。
「おじさま、大丈夫なんですか?
保護者の食事会とかありますよ?
おじさま途中で"めんどうくせ"って投げ出しませんか?」
「小生をなんだと思ってるんだお前……誰が投げ出すか。
面倒になったらその辺歩いてるおっさんを催眠で代理に仕立てて任せるだけだ」
「それ投げ出すのと変わらないのでは?」
おじさんの袖を引く須美の肩に、得意げな表情をした美森が手を置いた。
「大丈夫よ須美ちゃん」
「東郷さん……?」
「私が代わりにあなたのお姉ちゃんとして行くわ! 昔の銀やそのっちに会いたいもの!」
「来ないでください!」
「えー」
「えーじゃないんですよ」
「昔の私はケチね……」
「未来の私が自由すぎるんですよ……?」
姉と言えば姉で通るかもしれないが、豪腕が過ぎる。
却下である。
「小生の考えとしては、一応須美の学舎や教師や同級生を確認しておきたいのだ」
「そんな心配しなくても、この家に来てからですから、もう一年以上は通ってるんですよ?」
「だがな須美……
小学生なんて基本的に全員猿だ。
怒ったら手が出る前に尿が出るくらい普通にある生き物なんだ」
「少なくとも私が五年間そんなの見たことも聞いたこともありませんよ!?」
「マセたガキなら須美のスカートを
『あ、ごめん寿司屋の暖簾かと思った』
とか言ってめくって入って来るぞ。お、お店やってるね~って顔押し付けるまであるぞ」
「おじさまが通ってた小学校って全員おじさまより頭おかしかったんですか?」
「校長が1万2660人の売春婦買ってて警察にしょっぴかれてたわ」
「そんな人間居るわけ無いでしょう! 冗談もほどほどにしてください!」
おじさんの口から語られる小学校観は尽く非現実的でおかしい。
それがおじさんの冗談なのか、おじさんが本当にそういうまともでない幼少期を過ごしてきたのか、須美には判別がつかなかった。
「教師に百万くらい握らせて『うちの須美をお願いします』って言いてえなあ」
「おじさまはなんでそう悪い手段で好意を表現しようとするんですか……」
「そういう人だって分かってるでしょ、須美ちゃん」
悪党そのものなことを言っているおじさんを、須美が胡乱げな目つきで見つめ、美森がその須美を背後から抱きしめていた。
「おじさま、寂しくなったら私に会いに来ていいですからね?」
須美が言い、おじさんが眉を顰めた。
「お前は小生をなんだと思ってるんだ」
「普通の大人と話してても、多分おじさまは楽しく感じないと思いますよ」
「………………………それは、そうかもしれんが。余計な気遣いだしっしっ」
"多分そうだろうな"と自分で思ってしまったので、おじさんはそれ以上何も言えなかった。
神樹館体育館における須美の始業式は滞りなく終わった。
学生服をしっかりと着こなし、小学六年生として一年生を誘導し、泣いている一年生を泣き止ませ、クラスメイト達と同じ列に並んでいく。
おじさんは始業式前に須美に手を振ったが、須美と目が合ったのに恥ずかしがった須美が無視してきたので、大分しょんぼりしていた。
生徒達が始業式を終え、体育館から皆去った後、残されたのは保護者達と教師数人のみ。
そんな中、おじさんの隣に座っていた成人男性が、目頭を抑え始めたおじさんを不思議に思い声をかけた。
「どうかしたんですか、鷲尾さん」
「一年後に、ここで須美の卒業式があると思うと……ダメだ目が熱い」
「気が早すぎませんか? 気がフォーミュラマシンなんですか?」
「想像してたら辛くなってきたんで今日中に卒業式やって終わってくんねーかな……」
「気が光速を超えてる」
隣の人は入学式にも慣れた様子だ。
去年神樹館に転入した須美と、鷲尾一族に寄生してから数ヶ月レベルのおじさんは、どちらも神樹館ルーキーである。
だが普通の生徒とその親なら、一~五年間この学校に繋がりがあるはずだ。
おじさんは隣の人を使って、神樹館の情報収集を開始した。
「すみません、小生今日が初めてなので、先生方の名前を教えていただけますか?」
「いいですよ。どなたから紹介しましょうか?」
「あの巻き舌でイラつく歌声を披露してる動画サイトの歌い手みたいな声の方は?」
「あれは副島先生ですね。国語教諭です」
「あの絵の具を食ってそうな過剰に赤い口紅がミスマッチな女性は?」
「あれは神室先生ですね。社会を教えているはずです」
「あの筋肉ムキムキで貧乏ゆすりでパイプ椅子ぶっ壊しそうな人は?」
「体育教師のミスターゴリ松ですね。すみません、あだ名しか知りません」
「あの綺麗な容姿に可愛らしい所作が合わさってスーツが似合う静謐の眼鏡美人は?」
「あれは安芸先生……安芸先生だけなんでそんなに持ち上げてるんですか!?」
神樹館はいいとこのお子様がたが集まる小学校である。
そのため、不審者の侵入がほぼ不可能なセキュリティが構築されている。
おじさんの首には身分証明になる名札が下げられ、『鷲尾』の字が刻まれており、どの大人が誰の親なのか、不審者が紛れ込んでいないか、常に厳重にチェックされている。
おじさんは隣の人の名札を見て、名前を確認した。
「鷲尾家にあなたのような人が居たとは、知りませんでした」
「『そうでしたっけ?』」
「……ああ、そういえば、一度顔を合わせたことがありましたね。話はしませんでしたが」
「そうですね。確かあなたは、三ノ輪さん」
「はい、三ノ輪です。
そちらのお嬢様とうちの娘は、今年同じクラスに入れられるらしいです。
家と家の交流を持つ機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします」
何気なく催眠をかけ、さらりと嘘をつき、隣の人と以前にもあったことがある人間という体で、その記憶に滑り込む。
彼は三ノ輪を名乗った。
それすなわち、須美と共に戦う勇者―――三ノ輪銀の父であることを意味する。
「よろしくお願いします。
しかしあれですね、生徒全員を見ましたが、うちの須美が一番可愛い」
「あはは、皆可愛らしいものですよ。この年頃の子供達というものは」
「いえ客観的に須美が一番だったと思います。
須美がドなら他はレミファソラシドのどれかですよ。一番上には決して届きません」
「この人丁寧語だけど大分当たりが強いな」
おじさんは多少手こずったが、大赦の催眠制圧をほぼ完了していた。
大赦の中核部分はおじさんの手に落ち、結界内部は異世界からの侵略者催眠おじさんによる支配領域と化した。
あとは結界外の天の神、及びその天使であるバーテックスを残すのみ。
それらを打倒することでおじさんの世界征服は完了する。
おじさんは数ヶ月かけ、じっくりとその準備を進めていた。
警戒していた神樹の介入は、不自然なほどになかった。
外界からの侵略者は神樹にとって排除すべき害虫である。
大赦の掌握過程で一戦交える予定だったおじさんは拍子抜けしつつも、過剰な警戒で足を止めること無く、四国の制圧を完了した。
神樹館は大赦関係者の子息の割合が他の小学校より多い。
よって保護者会も、おじさんが催眠をかけた覚えがあるメンツが多い。
催眠を改めてかけなくても十分信用は得られる環境である、と言えた。
それはそれとしておじさんは催眠をかけていない人間を一切信用していないので、リスクマネジメントの一環で全員に大なり小なり催眠をかけていた。
「―――というわけで。
小生が育ててきた人参は、生まれた時からAV女優の肛門に出入りすることが決まってたんですよ」
「壮絶ですね……!」
「なんか凄い話聞いた気がするな」
「これ小学生の保護者会でしていい話なのか……途中のどんでん返し面白かったけど」
催眠でリスクを排除した大人達と適当に語るおじさんは、サクサク語って、適当に会話を流していた。
『下ネタにマイナス感情を抱くな』の催眠は効果抜群のようだ。
存在そのものが下ネタの催眠おじさんが保護者会なんていう表面を取り繕う場所で、須美の名誉を護るには、これしかなかったとも言える。
保護者会は家格やらそういうものに気を付けてさえいれば、おじさん達の気軽なダベリ場と、おばさん達のわちゃわちゃしたダベリ場に分かれているだけで、乗りこなすのはさして難しい場所ではなかった。
「ええ、鷲尾さん古風な大和撫子とか好きなんですか?」
「確かに旧世紀よりは古風になったと言われるのが現代ですが……」
「そんなもの絶滅したものでしょう」
「独身が既に絶滅したものを追い求めているのは厳しいですよ」
「恐竜が嫌いな男がいるか?」
「なるほど……」
「なるほど……」
「なるほど……」
「なるほど……」
男と混じれば、絶滅したものの良さを説き。
「安芸さんイケメンの吉田さんの誘いを断ったらしいわよ」
「何考えてるのかしら。よくわからない人なのよね」
「美人だから調子に乗ってる……って噂を信じたくはないけどね……」
「何度遊びに誘っても断られるし、性格が悪いって噂は本当なのかしら」
「『安芸先生ってめっちゃいい人ですよね』」
「いい先生よね……うちの子にも親身になってくれるし」
「きっと教職の責任に真摯で、余計なことをしてないだけなんだわ」
「安芸先生の苦労を少しでも減らしてあげたいわね」
「そうね。手助けは無理でも、せめて負担を軽くしてあげましょう」
「悪は去った。これが小生のエゴの執行だ」
女と混じっては、男にしなかったような意志の捻じ曲げを繰り返し、催眠おじさんの名に恥じない横暴と洗脳を繰り返した。
「……ふぅ。やべえ。小生全然楽しくないわこれ」
須美の予想は当たっていた。
おじさんは何一つ楽しくなく、周りを楽しませることはあってもその逆はない。
段々おじさんは飽きてきていて、段々ここを抜け出したくなっていた。
須美の予想に反し、さっさとこの場を抜け出していないのは、須美に悪評が行かないようにしたいからであり、おじさんが思っている以上に、須美が思っている以上に、おじさんが須美のことを想っているということの証明だった。
「鷲尾さん、鷲尾さん」
「はい? あ、三ノ輪さん」
「ちょっといいですか」
おじさんが三ノ輪父に連れられ、人が多い方に移動する。
そこには、大勢の人間に囲まれて次から次へと話しかけられている、非常に高そうなスーツ(おじさん視点)を身に着けた男が居た。
「あそこにいるのが乃木さんです。ご存知ですよね」
「ああ……鷲尾、三ノ輪、そして乃木。勇者の子の親御さんですか」
「そうですね、乃木園子ちゃんのお父様です。
初代勇者の子孫、乃木。
大赦でも乃木と上里は最上位の家系……
彼は今回の勇者のお役目に関しても大きな責任を……あ、ぶつかって転びましたね」
「撮影したれ」
「鷲尾さん!?」
「すみません、他人が弱みを見せたら思わず撮っとこハム太郎になっちゃうタチで」
「撮っとこハム太郎!?」
乃木父の転倒をノータイムで撮影したおじさんに、三ノ輪父はたいそうびっくりした。
「なんで弱みを撮りに……?」
「ちょっと癖になってるんですよね。強者の弱みを握るの」
「強者……!?」
「分かるんですよ。
血統で強い人間って。
乃木さんは大分強い血統の上に居る人間だなって」
「ちょっとやめてくださいよ……これから三人で話そうと思ってたんですから」
「ああ、それで小生を誘ったと。納得です」
「そういうことです。だから基本穏便に……」
「乃木さんの周りに群がってる女の人達……
アライさん口調にしてるだけのクソつまんないtwitterアカウント持ってそうな顔してんな」
「鷲尾さん!!!」
三ノ輪父が乃木父を呼びに行っている間に、おじさんは乃木父の周りに群がっている者達が何を言っているかに聞き耳を立てた。
乃木は大赦でも屈指の名家。
必然的に、その周りに群がる者に悪意はなく、乃木家当主のご機嫌を取ろうとする。
「おめでとうございます、乃木様」
「初代勇者様の子孫の面目躍如ですね」
「乃木の家から勇者が出なければ、今頃どうなっていたでしょうなあ……」
「羨ましい限りです。うちの娘と代わってほしいくらいの栄誉ですわ」
「たとえ名誉の戦死をしたとしても、園子お嬢様の名前は碑に刻まれるでしょう」
なるほど、これは地獄だな―――と、おじさんは、作り笑顔を浮かべて周囲に対応する乃木父を見ながら、思った。
「鷲尾さん、乃木さんを連れて来ましたよ」
「どうもこんにちわ、鷲尾さん。
確か前に大赦で会いましたね。
その時の記憶は少し曖昧ですが、改めて―――」
「心中お察ししますよ、乃木さん。
『お役目だから誇りに思わなければならない』
っていう同調圧力って鬱陶しいですよね。出さなくていいなら娘差し出したくないのに」
「―――」
「あ、ちょっ、鷲尾さん!?」
おじさんの明け透けでズケズケと踏み込むようなものいいに、三ノ輪父は慌て、乃木父の表情は険しくなった。
そして乃木父は釘を刺す。
「……いいんですか、鷲尾家の方がそんなこと言って。
神聖なお役目を愚弄したと言われて、大赦から警告されますよ」
「いいんですよ」
勇者は機密の中の機密だ。
存在はよく知られていても、詳細を知る者は多くない。
勇者について聞いてはならない。
勇者について語ってはならない。
それを破れば厳罰が来る。
余計なことを文書に書き残せば、大赦が検閲し塗り潰す。
この世界に本質的な意味での言論の自由はない。
だから、誰よりも好き勝手に、自由に生きて自由に話す男は、異質である。
この場に居る全員が、大なり小なり、彼の催眠で支配されていた。
「支配者が言論の自由を保証してる空間では、何を言っても良いんだ。分かるだろ?」
おじさんは、この二人の親の本音が聞きたかった。
ゆえに、催眠が本音を絞り出す度合いを強める。
鷲尾須美の家族が須美の死を望まないように、三ノ輪銀にも、乃木園子にも、その死を望まない家族が居るのか―――それだけが、知りたかった。
「小生は須美が傷一つなく帰ってくればそれでいいんだ。
名誉なんざ別に要らん。
名誉はあの子を幸せにしねえだろうからな。
そういう意味では、小生個人としては須美を戦いに出すというのも反対なんだ」
「鷲尾さん……本音を言うなら私もそうです。銀には死んでほしくない。だから」
「鷲尾さん、三ノ輪さん」
おじさんと三ノ輪父の主張を、諌めるように、乃木父が留める。
「誰かがやらなければならないお役目は、全員が『やりたくない』だなんて言えないんです」
「……」
「だろうな」
苦渋に満ちた乃木父の顔を見て、三ノ輪父の本音を聞き、おじさんは答えを出した。
今、戦死して、家族が悲しまない勇者は居ない。
彼の中で、『方針』は決まった。
「こんなことを話しながら、『しょうがない』と思っているのが我々の救えないところです」
「……そうですね。我々は、事実として娘をお役目に差し出している」
「私達は愛する娘を差し出す以外の代案を出せない。
代案がないなら世界は滅ぶ。
罪を背負う選択肢しかないならば、我々はどうすればよかったというのでしょうか」
乃木父と三ノ輪父が漏らす言葉は、彼らが意識して感情を込めないようにしているものの、それでもなおへばりつく泥のような感情が見て取れた。
「代われるものなら自分が……と思いますけどね」
「三ノ輪さんも、ですか。鷲尾さんも私達と同じ想いなのでしょうか?」
「……ん、そうだな」
三ノ輪父と乃木父に話を振られ、おじさんは自然に返答する。
「代わりになるとしても、あの子が悲しまない方法で、とは思う。それは絶対だな」
そして苦渋を顔に出している二人の父を見るおじさんの目は、冷めていた。
催眠術を捨て、人の心を操ることをやめ、無力な一般人として、善良に生きていくことなんて自分にはできない―――おじさんは改めて、そう思う。
乃木と三ノ輪の親は、心のどこかが折れていた。
どうしようもなく折れ潰れていた。
現実に負けていた。
世界に踏み躙られていた。
娘への愛が、世界のための妥協に負けたことで、心のどこかが磨り潰されていた。
親として幼い家族を救うことも出来ず、それを差し出し。
諦めと苦しみの中でもがくも、何も変えられず。
何もできない自分を見つめながら、ただ家族の生還か死亡の知らせを何もせず待つ。
無力な自分から逃げられず、ただ娘に心の中で謝り続ける。
きっと勇者が生きて帰っても、死んで戻っても、親は一生、自分の娘を差し出したことを忘れられない。
一生の悔い。
一生の呪い。
一生の苦痛。
娘を勇者として大赦に差し出したことで、この親達は、もう既に自分の人生の幸福の多くを差し出してしまっている。
だから、こうなりたくはないと、心底思う。
思ったから。須美をもっと大切にしてあげようと、彼は改めて己に誓った。
彼はもう一生、『善良な無力』になろうとは思わないだろう。
「『娘が死んだ後、後悔を引きずるな。前を向け。自分の人生を大事にしろ』」
「えっ? ―――あっ」
「『お前達は悪くない。ただ、無力なだけだ』」
催眠を二人にかけ、お開きになった保護者会の片付けにも参加せず、おじさんは熱のない表情でその場に背を向けた。
「小生はお前たちのような負け犬にはならん。
須美の生存と未来の幸福をもって、小生の勝利を証明してみせる」
色んな理由があった。
おじさんが須美のために死ねた理由が、未来にはたくさんあった。
その理由の一つが、ここにあった。
『愛する娘に生きて帰って欲しいと願う親』もまた、彼に死への階段を登らせたものだった。
この世界のルールに誰よりも縛られ、思考すら縛られ、誰よりも自由でない名家の人間達が、おじさんには催眠をかけられた奴隷と同じにしか見えなかった。
おじさんは家に帰って来てすぐ、須美を探し、見つける。
「ただいまー。おい須美」
「あ、おじさま、おかえりなさい。保護者会は……」
「お前の六年生のクラスメイト呼んでパーティーやるぞ」
「!?」
突拍子もない提案に、須美はびっくりして目を丸くした。
「今日は4/6。明後日は4/8。お前の誕生日だろ」
「!」
「まだ友達じゃないなら、これから友達になればいい。
同級生を家に呼んで誕生日パーティーだ。きっと楽しいぞ、須美」
「え……
で……でも……
仲良い人なんていないし……
呼んでも来ないかも……
始業式から二日後にパーティーに誘うとか、何様だって思われたら……」
「『本心は?』」
「聞いただけでなんだか楽しそうでドキドキします……!」
「よし。やるか! 須美の誕生日パーティー!」
おじさんは強引に話を進めて、須美の頭を撫でる。
くすぐったそうにする須美を見て、おじさんは過去に一度も出したことのないような、優しい声で語りかけた。
「お前が生まれてきたっていう最高の出来事を、皆に祝ってもらおう。な?」
「―――っ」
"君が生まれてきたことは何よりも素晴らしいことだから"。
"君が死んでしまうようなことは絶対に間違っている"。
おじさんは気持ちを言葉にして外に出さなかったけれど、須美に伝わるものはあった。
「……ありがとうございます、おじさま」
須美は控え目に、おじさんを抱き締める。
おじさんは脆い人形を抱き締めるように、丁寧に、優しく、須美に傷一つ付けないように、柔らかく抱き締め返した。
「笑って行こうぜ須美。明日も明後日もその先も。シケたツラした大人になるなよ」
「? はい」
「シケたツラした大人は、その先の人生不幸にしかなれないからな」
今日会った"シケたツラの大人達"を思い出し。
『須美がああならないように』、おじさんはもっと頑張ろうと、心に決めた。