催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
夢を見ていた。
ちょっとした話をした時の夢を。
大事な約束をした時の夢を。
鷲尾須美は、夢を見ていた。
「私、結構現金なんですよ?
私を好きになってくれる人が好きです。
私に優しくしてくれた人に優しくしたいです。
私を救ってくれた人を救ってあげたいです。
私を守ろうとしてくれる人を……守りたいんです」
彼に向けて、そう言う。
「おじさまがよく使う手鏡と同じです。
鏡なんです。
鏡は、そのまま跳ね返すんです。
私がおじさまを大切に想うのは、おじさまが私を大切に想ってくれてるからなんです」
「違う、催眠の力だろ。催眠も解けてない分際で何ほざいてんだ」
「……そうかもしれませんね」
「今のお前に、催眠の影響がないそのままのお前の意志なんて、無い」
珍しい表情をしたおじさんに、須美は何かの感情を覚えた。
けれどその感情は催眠の誘導によって消える。
きっと、おじさんにとって不都合だったから。
こうやっていくつもの感情や思考が、生まれそうになっては消えていく。
おじさんが死んで催眠が消えるまで、須美がそれを思い出すことはない。
そういう思考誘導がなされていることを、おじさんはよく知っている。
けれども、須美が催眠への抵抗手段を獲得しつつあることを、おじさんは知らない。
催眠おじさんの意地があった。
勇者の意地があった。
意地と意地がぶつかり合うなら、きっとそこには、最終的な勝敗がある。
「なら、催眠が全て解けた時、私がまだおじさんを大切に想っていたら、信じてくれますか?」
「―――」
今の鷲尾須美の延長に、記憶を消される前のあの東郷美森が居る。
おじさんの功罪全てをちゃんと見て、全部蔑ろにせず、死に逃げだけは絶対に許さなかったあの東郷美森が居る。
歪み捻じ曲がった大人に、不器用で真っ直ぐな少女は、真正面からぶつかっていく。
「小生は催眠で操れていない人間を、誰も信じていない。お前もだ」
「じゃあ私が初めての、おじさまが催眠無しで信じられる人間になってみせます」
「……!」
「私がおじさまを守ってみせます。おじさまが私を信じてくれるまで、ずっと」
守るという願いは小さな呪いになる。
守ろうと思い、守れなかった時、呪いがかけられる。
須美の頬の傷を見た時。
おじさんが樹海の破壊の影響で大怪我をした時。
おじさんと須美には、呪いがかけられた。
簡単には解けない、小さな呪いが。
「おじさまが信じてくれたら、私はとっても嬉しいです」
『私があなたを守るから信じて』と言った後、もし守れなかったとしたら、その発言者は有言実行できなかった自分を、どれだけ卑下するだろうか。
どれだけ悔いるだろうか。
どれだけ苦しむだろうか。
おじさんも、須美も、同じように思っていた。
守れなくてすまない、と。
守れなくてごめんなさい、と。
二人は、互いに対して同じ想いを抱いていた。
そして、夢が終わる。
守ると約束した日の夢から目覚めた須美が見たのは、守れなかったおじさんを手術している手術室の扉だった。
須美は自分の体を揺らし、起こそうとしている人物の存在に気付く。
安芸が心配そうな顔で、須美の顔を覗き込んでいた。
カチ、カチ、と動く病院の時計の針が、今が夜であることを教えてくれる。
「鷲尾さん、こんなところで寝ていたら風邪を引くわ。仮眠室に行きなさい」
「……ここがいいです」
「……タオルケットを持ってきたから、せめて上に掛けなさい」
安芸がいたわるような手付きで、須美の体にタオルケットをかけた。
須美は周りを見る。
須美、銀、園子は、手術室前の長椅子の上でずっと眠っていた。
手術は何時間も続いており、まだ終わらない。
手術が終わるまで須美達はここで待つと言って聞かず、やがて戦闘の疲労もあって、長椅子の上で眠ってしまったようだ。
子供達を一人一人起こして病院の仮眠室のベッドに移動させようとする安芸だが、須美も、他二人も、頑としてここを離れようとしない。
おじさんがどうなるかを知るまで、ここを離れたくはないということなのだろう。
人の人生には、明確に引かれた『人生の境界線』がいくつか存在する。
その一つが、『大切な人の死』だ。
子供は皆、死というものを分かっていない。
人間が死ぬことは知っている。
だが、知っているだけで分かってはいない。
なんとなく、皆ずっと生きていると思っている。
なんとなく、皆傍に居てくれると思っている。
死を分かっていないから、子供は死を恐れず、大人が絶対にやらないような危ないことをしてあっさりと事故で死んでしまうのである。
けれど、周りの人達は子供達よりも先に死んでいく。
知っている人を亡くし、家族を亡くし、子供達は理解していく。
『終わり』は誰にでもあることを。
もう二度と会えないということが、どういうことであるのかを。
それが、死であるということを。
手術室の『手術中』の赤いランプを見つめる子供達は、もう『終わり』を理解しかけており、それが今は来ないことを願っていた。
銀が頭をガリガリと掻き、無言でずっと俯いて、腑抜けた口調で口を開く。
「……アタシ、どっか甘く見てたのかもしれない。ごめん、須美」
「なんで、銀が謝るの。おじさまのことは、銀は悪くないのよ……?」
「もっと真剣に戦ってりゃ、樹海のダメージ抑えてりゃ、こんなことには……」
「……そうね。私だって、もっともっと真面目にやってれば……」
銀と須美のその言葉を、園子が遮った。
「違うよ」
「園子」
「そのっち」
「私達三人、ずっと真剣だったよ。
訓練の時も実戦の時も、手を抜いたことなんて一度も無かったよ。
適当に戦ったことなんて一度も無かったよ。
だからこれは……『もっと本気で戦ってれば』で片付けていい話じゃないと思う」
園子は人生の過程において、あまり間違えない。
彼女はいつも本質を見ている。
普段何も考えていないように見えて、実は誰よりも考えている。
この三人で共に戦っていれば、園子はごく自然にリーダーになっていく。
園子はふわふわふらふらしているように見えてその実、芯が揺らいでいない。
彼女は乃木園子。初代勇者達のリーダー、乃木若葉の子孫。
「本当は誰も悪くないよ。
悪いのはバーテックスだよ。
わっしーもミノさんも、もちろんインチキおじさんも悪くない」
"私がもっと頑張っていたら"という気持ちは園子の中にもある。
おじさんがこうなったことへの罪悪感もある。
自分を責めたい気持ちだってある。
その上で"誰も悪くない"と言える園子は、間違いなくリーダーの資質があった。
「でも、この痛みは絶対に忘れちゃいけないと思う。
この気持ちはこの先何があっても抱えていたほうが良いと思う。
自分が悪くないとしても、絶対にどうでもいいことなんかじゃないと思うから」
「……そうだな」
「……」
銀が落ち着きを取り戻し、頷く。
だが須美はそうはならず、考えれば考えるほどにドツボにハマっていく。
二人の反応の違いそれはそのまま、おじさんとの付き合いの長さと深さに直結していた。
「須美?」
「どうしよう」
銀が気遣うと、須美は真っ青な顔色で、泣きそうな顔で、銀の胸に顔を埋める。
銀を抱き締める須美の腕の力は、銀が茶化せないほどに弱々しかった。
「私、ずっと考えないようにしてたの。
誰かが死んじゃったらどうしよう、って。
戦いの中で銀やそのっちが死んでしまったら。
樹海の損傷でお父様やお母様が死んでしまったら。
見ず知らずの人が死んでしまったら。
そういうことがあるかもって、頭では分かってたのに……
ずっと、本気で考えないようにしてた……
もしもこのままおじさまが、死んでしまったら……!」
「須美」
銀は、姉が妹を抱き締める時のように、暖かく、優しく、須美を抱き締める。
包み込まれた須美は、銀に心も体も寄りかかっていた。
「大丈夫、大丈夫だ。
そんな滅多なこと起こるわけないよ。
お前の叔父さんはお前が泣くならお前を置いて行かないって。な?」
「私、私、私っ……!」
「大丈夫、大丈夫だよ須美。
ゆっくり、ゆっくり息をしな。
不安なのはお前だけじゃないから。
アタシ達も同じ気持ちで傍に居るから。
ゆっくり落ち着きな。ゆっくり、ゆっくり……よしよし」
銀の手が、優しく須美の頭を撫でる。
須美の瞳から涙が溢れ、声が涙で濁り、銀の服に須美の涙が沁みていく。
「銀、私、怖くて、怖くて……!」
「お前のヒーローを信じろよ。
お前の叔父さんはお前のヒーローだろ?
叔父さんが目を覚ました時にどのくらい優しくしてあげるかとかさ、そういうの考えようぜ」
その時。
手術中のランプが消え、皆が同時に息を飲んだ。
手術室の扉が開き、手術衣の中年男性が手術室から出て来る。
「手術が終わりました」
一も二もなく、須美は銀から離れ、その医者に詰め寄る。
一秒でも早く、医者におじさんのことを聞きたかったから。
「おじさまは……おじさまはどこですか!? 話せるなら、今すぐ―――」
「小生メリーさん。今須美の後ろに居るの」
「わああああああああああああああああああ!?!?!?」
「ひゃあああああああああああああああああ!?!?!?」
「あ、インチキおじさん!」
「催眠を使わずともお前達の心は小生の手の上よヌハハハハハハ」
「おじさまは他人の心を手玉に取ってないと死ぬ病気なんですか!?」
なんかいた。
医者が先程までおじさんが寝かされていた手術台と、須美の後ろで笑っているおじさんを交互に見て、目をゴシゴシとこすり、驚愕する。
「なんだこの患者……さっきまで全身麻酔して手術してたのに……!?」
「小生より霊圧の低い麻酔や催眠の眠りはいつでも打ち消して目覚めることができるのだよ」
「霊圧って何」
暗い空気が一瞬で散華していた。
翌日。
「とりあえず命に別条はないんだからお前ら帰って風呂入って飯食ってゆっくり休め。汗臭くて女として終わってるぞ」とおじさんが須美達に言ってから、八時間ほどが経過していた。
唐突な暴言に須美が大声を返して三人はとりあえず帰り、翌日の朝におじさんの見舞いに来ていたが、おじさんは手術翌日から既に元気だった。
なんなら手術直後から元気だった。
「ああクッソ!
せっかく須美が最高の振りしてくれたのに!
催眠で小生の姿を医者に見せて手術室から出てくればよかった!
そうしたら、
『おじさまは……おじさまはどこですか!? 話せるなら、今すぐ―――』
『あ、ご遺族の方ですか?』
『は?』
っていう超絶無神経医者ムーブできたってのによぉ……! ミスってしまった」
「絶好調ですねおじさま! 私達の心配をよそに!」
「心配かけてすまんな」
おじさんは全身包帯まみれでカラカラと笑っていた。
須美達はおじさんが部屋を移動すると聞いて――手術後の経過を見る部屋から、個室に移る――その手伝いを申し出ていた。
おじさんを車椅子に乗せ、須美がその車椅子を押す。
三人の中で一番力がある銀が申し出たが、須美が一切譲らなかったのである。
須美はせっせと、おじさんを乗せた車椅子を押していた。
「あー、いいなこれ。完治しても須美に車椅子押されたい。楽だし安心するわ」
「ダメに決まってるでしょう。
そんなにいいんですか?
他人に自分の体任せるって、結構不安だと思うんですけど」
「いやー、お前は車椅子適性あると思うぞ。
甘えん坊だし。人に自分を任せるのは案外合うと思う」
「そうかな……」
「お前は信頼してる相手に自分の車椅子を任せることに喜びを覚えるタイプだろうぜ」
須美はハッとして、おじさんに話題を誘導されていることに気付き、聞かなければならないことを聞きにかかった。
「それより傷です、傷の具合は……」
「助けた小学生は無事だぞ。傷一つ無い」
「いや私達が聞きたいのはおじさまの傷の状態です! 大丈夫なんですか!?」
「美森が守ってくれた。
流石勇者……いや、あれは経験値か。
意識の切り替え、変身に入るまで、助けに動くまでが段違いに早かった。
岩とか大木が雨みたいに降って来る中小生を守り切るとかアイツプロだプロ」
小生の近くにあった一軒家粉々になってたからなあっはっは、とおじさんは笑った。
勇者は樹海でのみ変身できるのではない。
現実でも変身し、問題なくその力を行使することができる。
東郷美森がそうして、おじさんの命を守りきったのだ。
銀が理由を聞き納得し、ほっと胸を撫で下ろす。
「そりゃ山崩れに巻き込まれてここまで元気なのは助けがないとわしおじさんでも無理だよな」
「ハッハッハ!
やっぱ咄嗟にあの規模の自然物に干渉すんのは無理だわ!
人間に催眠は楽だけど暴走自転車ですら止めらんないもんな小生!」
「笑い事じゃありません! もうっ!」
その会話の最中、須美の脳裏に、美森との会話が蘇る。
―――おじさまの傍で何をするんですか?
―――その内分かるわ
これか、と須美は気付く。
この世界における神性は、星や天体の化身である。
星を雌豚にするおじさんでも、星を玩具にする神々には敵わない。
神はいとも容易く星一つ分の理を塗り潰し、また逆に塗り替えして元の世界の形に戻し、その力の一部を分けられた勇者も小さな星程度なら拳一つで殴り壊すことができる。
須美達が楽勝で倒したバーテックス達も、かつて人類が核兵器程度では傷一つ付けられなかった敵であり、須美達の強さもまたその領域にある。
そんな勇者の一人である美森がおじさんの横についていて、今回起こった不幸を完璧に処理し、おじさんを生存させてみせたのである。
災害の規模が十倍でも、おじさんは確実に死ななかっただろう。
おじさんが普段からリスクマネジメントを考えていることを、須美は思い出していた。
「しかし咄嗟に子供庇ったのはあれだな。
小生ちょっとライトサイドに寄り過ぎたな、ハッハッハ。
前に須美に言ったが良心に目覚めた催眠おじさんは死ぬか逮捕って話の通りになってきたぞ」
「冗談でもやめてください!」
「ここらでちゃんとダークサイドに戻らねえとなあ。
催眠の暗黒面の力が弱まり始めてからじゃ遅い。
これじゃあ極めた催眠の力も修学旅行のお土産木刀みたいになっちまいそうだ」
「どうせもう戻れないんですからそんなこと考えなくていいです!」
「こいつ小生に失礼なことは言えない催眠が解け……
違うな! 美森見て催眠の抜け道見つけるのが得意になってきたのか! クソ!」
おじさんは頭を掻こうとして、包帯ぐるぐる巻きの頭に包帯ぐるぐる巻きの右手がぶつかり、心底痛そうに呻いた。
自分を見ている須美銀園子の視線に気付き、おじさんはクールに笑う。
おじさんは災害に巻き込まれてへし折れた指を得意げに少女達に見せつける。
「分かるか?
この小生の振る舞いから伝わる真実が。
お前達メスガキではこうならなかっただろう。
お前らとは鍛え方が違うんだよ、鍛え方がな……」
「鍛えてない方がその言い回し使うのアタシ初めて見ましたよ……」
「良かったな三ノ輪のお嬢。今日初めて見たなら次回以降はこの経験が活かせるだろう」
「活かし方がまるでわからない!」
催眠おじさんは勇者ほど体を鍛えていないからしょうがないところもあった。
須美が申し訳無さと罪悪感がまぜこぜになった表情で、『守れなかった』おじさんの目を真っ直ぐに見ることもできず、おずおずと口を開く。
「……何か困ってることはありませんか?
おじさま、何でも言ってください。
これは私達の責任です。
何でも良いです。困ってることなら、なんでも……」
「そうだな……一つ、助けてほしいことがある」
「! なんですか!?」
「小生の担当のジジイの医者が、
『ワシの耳は遠くてすみませんのう』
ってよく言ってるんだが舌の動きが行方不明で鷲尾須美にしか聞こえないんだ。助けてくれ」
「知りません!!!」
いつもの会話のノリが始まって、ワシの耳……鷲尾須美の言葉に、ちょっと元気が戻った。
銀が苦笑して、園子がいつもの脳天気な笑みを浮かべている。
「なんかもうホントいつものわしおじさんって感じですね……」
「バカにしてるのか? 小生をバカにしたら勇者の須美が黙ってないぞ? ん?」
「虎の威を借る狐……須美の威を借る叔父だ! 面白くなってきたぞ園子!」
「そうだね~」
「小生は基本的に借りたものはトイチで返す。
10日、20日と経てば利子がつき―――須美の威は最強になるのだ」
「おおー!」
「おお~!」
「おじさまは私を利用したいのか強化したいのかどっちなんですか」
全身包帯のくせに口の回りだけはいっちょ前で、須美に車椅子を押されないと移動もできないくせに、今にも走り出しそうなほどに元気がある。
おじさんがなんてこともなかったように話せば話すほどに、少女らの中の『自分達のふがいなさのせいでおじさんが』という罪悪感は、少しずつ薄れていく。
だが須美だけは、おじさんが催眠術を使えるだけの余力が残っておらず、トークだけで三人の心を操ろうとしていることに、気が付いていた。
「いや、でも、包帯まみれだけど元気そうでよかったっすよ」
「おう。そう見えるか?」
「はい。んじゃアタシら失礼しますね。行こ、須美、園子」
「あ、ちょっと待て」
「はい」
「今日もよくやった。奮闘ご苦労!
勝利を褒めてつかわしてやる。
よく世界を守ったな。
今手元には飴ちゃんしかないから飴をやろう。一人一個だ。
明日も小生のために小生が生きる世界を守っていいぞ、ハッハッハ」
「あ、ありがとうございます」
「病室はやることがないからたまには小生の見舞いに来いよ。オーホッホッホ」
「男の人がオーホッホッホって言ってんの初めて見た」
「私は女の人がしてるのも見たことないかな~……」
須美達はおじさんを個室まで運んで寝かせて、今日のところは病室を去った。
そして病院を離れて、三人は自分の感想が二人と同意見かどうかを、すり合わせる。
「無理してたな、わしおじさん」
「……そうだね。包帯が痛そうだった」
「……おじさま」
少女らに下を向かせる罪悪感は、病院に行く前と比べ、随分小さくなっていた。
少女らの胸に生まれたのは、罪悪感の重さではない、もっと熱くて強いもの。
大人のおじさんが痛みに耐えて浮かべていた作り笑顔は、少女らの心を突き動かす。
居ても立っても居られなくて、須美は早足で歩き始める。
「おい須美、どこ行くんだ?」
「じっとしてられないの。訓練よ。次は、樹海に傷一つ付けさせないで勝つために」
「! いいな、アタシもやるよ。悔しいし、申し訳ないし、もっと頑張りたい気分だ!」
「私もやるよ~! 強くならないと、もっともっと!」
早足の須美に元気よく銀が続き、園子もトコトコとその後ろについていく。
「周りの人の笑顔を守るために頑張るのが勇者なら、おじさまだって勇者よ」
勇者は戦う。
勇者は頑張る。
勇者は生きる。
"仲間の勇者"と共に。
そのために、守るために、もっともっと強くなりたいと心の底から願う。
「同じ勇者が今も頑張ってるのに、じっとしてなんていられない。行くわよ!」
ショックは大きく、今回の件は須美達の心の中に未だ尾を引いている。
それでも、蹲って動けなくなるのではなく、細かいことを考えるのをやめて前を向いて歩いて行こうとすることは、古来から続く『人間の美徳』であった。
須美達が去った後、おじさんは気絶するように眠って、昼間に眠りすぎたせいで夜中に起きてしまった。
また寝ようとするが、しっかり寝てしまったのと傷の痛みで眠れない。
なので話し相手を欲しがっている……という話を、美森はナースからの又聞きで聞いた。
美森が病室に入ると、おじさんがうとうとしていた。
怪我人が痛みと眠気の合間でうとうとしている状態は、脳が疲労と休息の合間でフラフラしているような状態で、周囲に意識が向いていないことが多い。
美森はおじさんを起こさないよう、胸の下までずり落ちていた掛け布団をおじさんの肩のあたりまで掛け直してやるが、その僅かな刺激でおじさんは美森が来たことに気が付き起きた。
「……ん?」
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか」
「いや、いい。報告頼む」
「その前に、私の謝罪を一つ聞いていただいてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
美森は流れるように、床に額をこすりつけて土下座した。
「申し訳ありませんでした!」
「えっちょっお前」
「おじさまの護衛役としてこの体たらく! 千の謝罪でも足りません!」
「待て待て頭上げろ」
「かくなる上は腹を切ってお詫びしたいところですがおじさまに禁止されている故に!」
「あっそれは覚えてるんだ」
「なんでも申し付けてください! なんでも言うことを聞いてみせます!」
「ん? 今なんでも……じゃあ顔を上げて、自分を許せ」
「えっ、でも」
「お前がいなかったら小生は死んでた。ありがとよ」
「でも、おじさま」
「みー子。小生の感謝をお前が受け取って、そこで終わりにしようぜ」
「……………………………………………………………はい」
「今メチャクチャ葛藤したなお前」
「はい……」
「こういう不器用なところ本当に未来のみー子って感じだよなお前」
須美は険しい表情で、胸の内を語る。
「本当は、おじさまに傷一つ付けたくなかったんです」
「だけどあの山崩れは無理だろう、流石に。
催眠術の特訓で山に入ってたのが仇になったな……」
「違います。私の記憶だと、おじさまが山崩れに巻き込まれることはなかったんです」
「何?」
「もっと別の事故におじさまは巻き込まれるはずだったんです。
でも、そうはならなかった。
多分……私が過去に来た影響が出始めてるんだと思います」
「予想外の事故か」
「知ってた事故なら、傷一つ付けずに終わらせられるかもって思ったんです……」
「ああ、FANZAでNTRタグに気を付けてればNTR衝突事故防止できるみたいな」
「なんですかそれ?」
「うーんここは通じないのか残念。ま、気にすんなよ」
おじさんは須美の謝罪を、下手くそな微笑みで許す。
「私も心のどこかでは分かってたのかも。
私なんかじゃ、おじさまは守れないって……」
「いやいやいやいや。
須美は世界を救った。
お前は小生の命を救った。
どっちか片方が欠けても小生今頃死んでんぞ。分かってるだろ?」
「でも」
「でもでもだって禁止」
「……」
「小生は偉大な男だと昔須美に言われたことがある。
世界と同じくらい価値がある男だと。
まあ催眠の力なんだがな!
そう見ればお前と須美は同じくらい偉いと言える。
世界を救った須美と、小生を救ったお前。どっちも最高に偉いだろ?」
上機嫌そうにおじさんは笑う。
「むしろ反省すべきは完璧に仕事こなした須美やお前じゃなくて小生なんだよな」
「え?」
「……泣かせちまった。やっちまった。あーダメだダメだクソクソクソッ」
美森は、思い出す。
遠くから見た、泣いている須美の姿を思い出す。
須美の目の前で陽気にふざけたようなことばかり言っていたおじさんは、須美の目の周りの涙の跡に気付き、それをずっと気にしていた。
おじさんは須美を守ると決めている。
守ると決めていたのに、自分のせいで泣かせてしまった。
彼は男だ。男なら、それが苦しくないはずがない。
男はいつの時代も、女の涙には弱いのだ。
美森の胸の奥に、不思議な暖かい気持ちが宿る。
「ああ、須美ちゃん、泣いてましたからね。おじさまらしい」
暖かい気持ちに流されるように、美森がとても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「泣いたのはお前もだろ」
「―――」
その笑みが、おじさんの不意の一言で、吹っ飛んだ。
「小生の前で泣いてなければバレないとでも思ったのか?
気を使いすぎだ。
どうせ一人でそこにいない小生に泣いて謝ってたりしてんだろ。
このアホバカメスガキが、無理してんじゃねえ。
感情の涙は涙器系で生成されて眼球運動等に影響与えるから見りゃ分かるんだよ」
おじさんの目はごまかせない。
「もう泣かせないようにするから、もう泣くな。そういうのは小生の気分が悪い」
美森が、さっきよりもずっとずっと素敵な笑顔になった。
「おじさまは勝手ですよ。だったら、もうちょっと優しくしてください」
「優しさ足りない?」
「足りません」
「まいったな……どうすっか……まあ色々整理ついてから考えるか」
「楽しみに待ってます。誰よりも優しくしてくださいね」
これが東郷美森の"あなたの中の一番特別な席をください"という遠回しなお願いであることを、理解できないおじさんではなかった。
だが今は、目下別の問題に挑んでいる真っ最中。
おじさんが伸ばすべきは優しさスキルではなく、時の世界に入門するための特殊技能。
「美森、完成させるぞ。TMNシステムを」
「はい!」
大怪我してなお、おじさんは止まらない。
事故に巻き込まれる前、山での修行中に、次のステージに進む糸口も見つかった。
おじさんは負けない。
須美も負けない。
美森も負けない。
メスガキも負けない。
バーテックスにも、それが引き起こすものにも、それが招いた不幸にも負けない。
だから、一歩を踏み出せる。
「でもおじさま、戦場に入ってどう戦うんですか? アレを使うんですか?」
「痛いのは嫌なので他人に全振りしたいと思います」
「えっ……ま、まあいいですけど、私の後ろから出ないでくださいね……?」
こう言ってるけど多分何かするんだろうな……と美森は思いつつ。
すっかり目が覚めてしまったおじさんに、須美が見舞いで置いて行った果物を切り分けてあーんで食べさせようとし始めた。
拒否された。