催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度17倍

 おじさんは、かなり急いでいた。

 美森が不穏な推測を立てていたからである。

 

「予想の数倍、須美ちゃん達が善戦してます。

 あまりよくないですね……

 私が参戦しないようにして"進化"を抑えてても、不味いかも」

 

「そんなにか?」

 

「バーテックスは無限に進化を続ける、天の神が生み出した人の『天敵』ですから」

 

 この世界において、バーテックスに勝てなかった勇者というのは実際いない。

 だが、()()()()()勇者は、有史以来一人もいない。

 それこそがこの世界の難儀なところであった。

 

 バーテックスは進化する。

 最初は2mもない。

 だが敵の強さに合わせて爆発的に進化する。

 敵が強すぎれば融合して更に速く進化する。

 "十億年の進化を僅か数分で成し遂げる"―――初代勇者は、そう表現した。

 

「人間側が余裕を持って圧倒的に勝ちすぎるとバーテックスは相応の手を打っていきます」

 

「たとえば?」

 

「私の経験上、こうなった時のバーテックスの対策は二つです。

 数体同時投入か、急激な進化です。

 特に獅子座は100mくらいの大きさでどんどん強くなる厄介な敵でした。

 須美ちゃん達は二回圧倒的に勝っているので……

 早ければ三回目。遅くても四回目には、畳み掛けて来ると思います」

 

「なるほどな……

 歌の二番の歌詞が終わったところで畳み掛けてくるギターソロみたいなものか。

 本命の最後の締めの前の凄まじい勢いのギターソロ……正直言うと好きだな」

 

「二回目の後に畳み掛けてくるところしか共通点ないですよね?」

 

 ギターソロ大好きマンのおじさんとカラオケで軍歌を歌いまくる愛国厨の美森は、歌の好みが決して相容れぬところがあった。

 

「須美ちゃん達は敵を二回撃退しました。

 撃退しただけです。

 いずれ再生します。

 敵の数はまだ一体も減っていないんです。

 敵の総数は、大型が十二、小型は無限。小型が集まって進化して、大型になります」

 

「指より数が多いと数えるのが大変だなあ、はっはっは」

 

「おじさまが『神をどうにかしなければ堂々巡り』と言っていた覚えがあります。

 ええと……それで……方策を二つ立てて、どちらか選ぼうと言ってたような……」

 

「なるほど、二つ」

 

「一つは速攻。

 十二体を速攻で倒して決戦に持ち込むこと。

 一つは持久戦。

 敵の進化を抑制し、人類側の力を溜め込むこと。

 それをおじさまが選んで……何か……忘れてるような……」

 

 記憶の欠落に美森が思考を深めると、おじさんが流れるように別の話題を始める。

 

「小生にもっと優しくしてほしいという話か? しょうがないな……膝枕してやろう」

 

「今のおじさまの膝に頭乗せたら血が吹き出しませんか?」

 

「なんだお前……嫌なのか? 照れるなよ、素直になれ」

 

「素直に言いますけどおじさまが痛そうなのが嫌です」

 

「ふん……素直になれたじゃないか……」

 

「須美ちゃんは素直じゃないですからね……あれ私何考えてたのかしら」

 

 車椅子に乗ったままのおじさんが膝を軽く叩くと、美森は無言で傷付いた膝を叩くおじさんの手をはたいてどけた。

 

「それよりな、TMNシステムの稼働時間計測中に暇だったからデザインしてみたんだ」

 

「何をですか?」

 

「須美と美森の新勇者服だ」

 

「利き手の指折れてるのに……!?」

 

「ふっ、割と上手く書けたぜぇ。おののけ神樹の勇者」

 

「では、拝見いたしま……うわっ」

 

「うわってお前うわってお前この野郎」

 

「す、すみません。

 いやこれなんですか?

 真冬の五枚くらい防寒着着た姿?

 雪山の登山着?

 肌の露出の低さと体のラインの見えなさしか考えてないんじゃないですか?」

 

「機能美があるだろ」

 

「無いと思います。この謎マークは?」

 

「3って書こうとしたけどミスって2って書いてたから下にちょっと付け足して3にした」

 

「よくある横着! え、なんで私と須美ちゃんの衣装に3の字を……?」

 

「鷲尾須3と東郷3森らしい……だろ?」

 

「嫌ですよ私3ー子とか呼ばれるの。

 というかおじさまそんなにドヤ顔下手だったんですね……」

 

 美森がおじさんの車椅子を押していく。

 須美より背が高く、須美より力があり、須美よりおじさんのことを理解しているがために、美森が押しているというだけで心地良い。

 おじさんが安心して美森に体を預けていることが車椅子の手応えからも分かって、美森は穏やかに微笑んだ。

 

「ここ、中庭が綺麗ですよね、おじさま」

 

「みー子……君の方が綺麗だよ」

 

「超鉄板の台詞を雑なタイミングと状況で言うことで凄まじく台無しにしてきた……!」

 

「お前に恋人ができて鉄板の台詞を言われた時今日この瞬間を思い出すかもしれない」

 

「割と酷いことしてきますね」

 

 小生が死ななけりゃな、とおじさんは心中で呟いた。

 

「あっ、おじさ……東郷さんも居たんですか」

 

「おっはよーございます!」

 

「ます~」

 

 そこに、小学生組がやって来た。

 

「……」

 

「……」

 

 おじさんと美森が、ちょっとしたアイコンタクトをする。

 

 須美はおじさんを見て満面の笑みを浮かべ、東郷を見て真面目な顔に戻る。

 銀は元気よく走って行こうとして、「病院で走らないで」と須美に止められる。

 園子は真っ直ぐ歩いて行かないで、中庭の色んなものに興味を持ってあっちに行ったりこっちに行ったりしながら一番最後に合流した。

 

「あ、そうだ。おじさま、ちょっと銀とそのっちを借りていっていいですか?」

 

「いいが……何するんだ?

 あの二人には『東郷美森に違和感を持たない』くらいしかお前関連の催眠はかけてないぞ」

 

「須美ちゃんには色々と教えましたけど、あの二人には何も教えてませんでしたから」

 

「ああ、なるほど。三人まとめて指導して調整して連携のレベルを上げるのか」

 

「あとちっちゃいあの二人と話したいので」

 

「お前本当に三ノ輪のお嬢と乃木のお嬢のこと好きだな……うどんとどっちが好き?」

 

「あの二人です」

 

「よし、行け!」

 

「はい!」

 

 美森が銀と園子を連れて中庭の須美にある丸テーブルと椅子を使って話を始めると、後に残されるのはおじさんと須美のみ。

 須美はおじさんの背後に回り、おじさんの車椅子をゆっくり押し始めた。

 

「おじさま、おじさま」

 

「お、須美。今日は麦わらと長袖のワンピースか。ちょっとゴムゴムの銃やってくれ」

 

「か、かつてないほどの無茶振り!

 こほん。ちょ、ちょっと質問なんですが、私と東郷さんのどっちが安心できますか?」

 

「ん……お前の方が真面目で押され心地が良いぞ。安心する。」

 

「! では私が車椅子押しますね! どこに行きますか?」

 

「明日へ」

 

「すみません、出発と同時に迷子です」

 

 美森がここに居たら、"おじさまはいつもそう"と嬉しそうに苦笑していたかもしれない。

 おじさんはいつも嘘が多い。

 

「須美、適当に回ってくれ」

 

「はい!」

 

 須美がおじさんの車椅子を押す中庭には、心地良い風が流れていた。

 

「最近学校どんな感じ? 何十人くらい告白された?」

 

「気軽に桁を一つ増やさないでください。一人も居ませんよ」

 

「ええ……神樹館の男子全員性機能調査した方がいいぞ……」

 

「これが普通です!」

 

「小生の小学校の時の同級生は凄かったぞ。

 学校の女子のファーストキス全部自分のものにしてたからな……

 『君はソシャゲで実装されたキャラ全部集めたくならないの?』

 って言われてあーそういうことかーって納得したね。彼はコンプ厨だったんだ」

 

「それ同列に扱って良いんですか!?」

 

「『この時期に手に入れないともう一生手に入らないファーストキスもあるから』って」

 

「期間限定ガチャ扱い!?」

 

 こほん、と須美は咳払い一つ。

 

「おじさま、私決めたんです」

 

「何を?」

 

「おじさまに心配かけないように戦うことを、やめることです」

 

 隠しきれない不安を滲ませて、おじさんが眉を顰めた。

 

「もちろん私は、死ぬつもりなんてありません」

 

「そりゃそうだ。そうでなきゃ困る」

 

「おじさまが死ぬかもって思った時、とても不安になりました。

 友達や家族が死んでしまうところも連想してしまいました。

 そうしたら考えるほど気分が暗くなって……気分が、なんだか投げやりになって」

 

「投げやりに?」

 

「辛くて苦しいのに生きてる価値はあるのか、っていうことです」

 

 ふむ、とおじさんは腕を組もうとして、怪我のせいで組めなかった。

 

「あの、その、他言はしないでほしいんですが」

 

「分かった。死ぬまで誰にも話さないって約束する」

 

「私その……極端に追い詰められると色々やけっぱちになる癖があったみたいで」

 

「……ああ、言われてみるとそんな感じはするな」

 

「私の大切な人が死んじゃったら生きてる意味ない!

 なんかもう色々どうでもいい!

 世界を守るために戦う気がおきない!

 みたいな思考が出てきて、落ち着くまで時間がかかっちゃったんです」

 

「ま、普通だと思うぞ。不幸は自殺や心中の理由としては妥当だからな」

 

「勇者としてあるまじき考えです。許してはいけない考えです」

 

「別に好きにしていいんだぞ?

 お前が本当に苦悩して出した答えなら……

 それがどんなに愚かでも、きっと間違ってない。

 お前が真剣に考えて出した答えなら、それもきっと正しい」

 

「……」

 

「世界を壊したって良いぞ、別に」

 

「……」

 

「お前の心からの想いよりも重い世界なんてないんだからな」

 

「……おじさま」

 

 この人は絶対に正義の味方にはなれないと、須美は思った。

 

「落ち込んで落ち込んで、落ち込んだ底で思ったんです。

 ああ、笑えることって、幸せだったんだなって。

 今日まで私、幸せだったんだなって。

 周りの人が、おじさまが、私のことを幸せにしてくれてたんだなって」

 

 須美の声に、いつの間にか美森のような落ち着きが生まれていたことに、おじさんは気付いた。

 

「この幸せは、私が命を懸けて守る価値があると思うんです。

 おじさまは私が傷付くだけで、自分のことみたいに傷付きます。

 だから昨日は、傷を負わないように戦いました。

 おじさまに心配をかけないために。

 でもその結果、おじさまが巻き込まれてしまった。

 もしかしたら負けてたかもしれない。

 これじゃいけないんです。傷を負わないように戦っても、きっと世界は守れない」

 

 須美の言葉と、車椅子が砂利を踏み締める音だけが、その空間に響いている。

 

「私は傷だらけになってでも、世界を、おじさまを守ります」

 

 須美の頬に、緊張からか、他の感情からか、赤みが差す。

 車椅子に乗っているおじさんからは、須美の表情は見えやしない。

 少し上擦った声だけが、今の須美の感情をおじさんへと伝えている。

 

「だから、その」

 

 須美は勇気を出して、勇気ある者として、恐れを乗り越え、その言葉を口にした。

 

 

 

「傷だらけで女の子らしくなくなってしまった私でも、好きで居てくれますか……?」

 

「―――」

 

「たったひとり、誰かが私のことをずっと好きで居てくれたら。

 私きっと、何もかも失っても、頑張れます。皆のために、世界のために」

 

 

 

 拒まれることを恐れながらも勇気を出した須美の言葉に、おじさんの思考が止まる。

 傷だらけになってでも、二度とおじさんを傷付けさせないよう世界を守り戦う。

 それは勇者の決意。

 傷だらけになって、女の子としての価値がなくなって、嫌われてしまうことを恐れる。

 それは少女の想い。

 勇者であり、少女である。それが鷲尾須美だ。

 

 15歳以上離れた女の子の『心の強さと輝き』に、おじさんは完璧に打ちのめされていた。

 須美は純粋だった。

 真面目だった。

 真っ直ぐだった。

 勇気があった。

 強かった。

 弱さの無い強者ではなく、己の弱さと向き合いながら進むことができる。

 そういう意味での、心強き者だった。

 

「ああ、もちろん。人のために付いた傷は、きっと誰よりも綺麗だと思うぞ」

 

「! ……ありがとうございますっ」

 

「そうだな、そうだった。

 ……そうだよな。

 それが正しいな。

 お前に傷付いてほしくないと願うより。

 お前が傷付いても小生はちゃんと愛おしく思っていると、伝える方が先だった」

 

「いえ、あの、その、おじさまにそういうの強制したいわけじゃなくて」

 

「強制されてるわけじゃない。お前はきっとこの世界で一番いい女だよ、須美」

 

「あ、えと、その」

 

「約束する。

 小生が死ぬまで、小生の中の一番はお前だ。

 お前より愛する人間を生涯一人も作らないと誓う。永遠にだ」

 

「あ、あうぅ」

 

「頑張れ我が愛する姪。お前の後ろには、ずっとお前を尊敬する叔父がいるぞ」

 

「……うぅ」

 

「小生が余計なことになって落ち込んでただろうに。

 よく立ち上がって、ここまでの覚悟を決めたな。偉いぞ須美」

 

「本当はうずくまってずっと泣いていたいけど……

 おじさまが私達を笑わせようとしてたのに、そんなことできるわけないじゃないですか」

 

 包帯まみれになってもなお須美達の前でいつも通りに振る舞う叔父を見て、須美の心に、決意の熱が宿っていた。

 それはおじさんが無自覚に与えた、彼女の覚悟の種火だった。

 

「生きていたいんです。

 生きていてほしいんです。

 おじさまもまだ生きてる。

 私もまだ生きてる。

 銀も、そのっちも、私の家族も。

 傷付いたかもしれないけど、まだ皆生きている。

 だから今は下を向いていたくない。私は、前を向いていたい」

 

「須美」

 

「おじさまが生きてる限り……

 私が生きてる限り……

 私は傷で落ち込んでいたくない。

 人の命を守るために頑張りたい。

 何度失敗しても、何度躓いても、絶対守ります。

 怪我しても笑ってます。だから傷の一つや二つで心配しないでください」

 

 おじさんは、須美が自分の催眠で操られていることを知っている。

 

「おじさまが居れば、傷だらけのゴミみたいになっても、何だかんだ幸せな気がしますから」

 

 須美は、自分が催眠に抗って心からの言葉を言えていることを知っている。

 

「小生は……お前が幸せになってくれれば、他に何も要らないな」

 

「私は、おじさまが皆と幸せになれるって、信じてます」

 

 全てを支配できる男が、一人の幸せしか望んでいなかった。

 

 何も支配していない少女が、皆の幸せの先にある彼の幸福を知っていた。

 

「正直このタイミングでここまでガチな話されると思わなくて申し訳なく思っている」

 

「……?」

 

「子供は成長早いよなあ……本当に。ちょっと目を離したらどんどん大人になってる」

 

 おじさんは、深く深く、溜め息を吐いた。

 

「今の須美がかっこよくて綺麗だったからかなり気が引けるな……ごめん」

 

「何の話ですか……?」

 

「あークソこうなると知ってたらこんなことしなかったんだが」

 

「何の話ですか?」

 

「嘘まみれの小生は眩しいくらい輝いてる須美の叔父には相応しくねえなって話」

 

「……?」

 

「お前は本当に綺麗だよ。

 小生は本当に汚い。

 お前は真っ直ぐで正直だ。

 小生は嘘と虚飾だらけだ。

 だから小生にとって……お前が特別な存在になったんだろうな。本当にすまん」

 

 おじさんのスマホに『対象到着』の報せが入る。

 

 おじさんが横目に中庭の隅っこを見ると、同じ報せを受け取った美森が親指を立てていた。

 

 ()()()()()()()。おじさまが死ぬほど申し訳無さそうな顔で、須美に指示を出す。

 

「須美。美森のとこに行って、銀園子と駄弁ってろ」

 

「? なんでですか?」

 

「5分もせずに分かるから、はよ行け」

 

「……? 分かりました」

 

「すまん須美、後でまた謝るから」

 

 何故おじさんが死ぬほど申し訳無さそうな顔をしているのか、何故こんなにも須美は謝られているのか、何故移動を命じられたのか、彼女にはまるでわからない。

 わからないが、おじさんは意味の無い命令はしないという信頼があった。

 須美はおじさんの言う通り、銀達が居る方に行く。

 

 そして、乱入者が現れた。

 

「!?」

 

 5人から10人、銃で武装した男達が中庭に踏み込んでくる。

 男達は躊躇いなく引き金を引き、銃弾が車椅子の上のおじさんを貫いていく。

 ものの数秒でおじさんは蜂の巣になり、男達の銃撃はなおも止まらない。

 

「おっ―――おじさま―――!?」

 

 その瞬間、須美の心に浮かんだ気持ちに、名前を与えるならば。

 

 『絶望』という名前こそが、相応しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男達は、この世界最後の抵抗勢力だった。

 

「やった! やったぞ!

 人の心を支配し大赦を支配してた邪悪な侵略者を倒したぞ! 皆、やったな!」

 

 ゆえに、詰みである。

 

 須美、銀、園子が意味不明な事態についていけないまま、状況は更にどんでん返し。

 

 蜂の巣にされたおじさんの体が、蜂の巣にされたマネキンに変わった。

 

「なんだ!? マネキン!?」

「本物は!?」

「催眠術師はどこだ!」

「奴を倒せなければ大赦を元に戻せないぞ!」

 

 焦る謎の男達の間に、どこからか響くおじさんの声が届き流れる。

 

「その人形には小生が名前を付けた。『雛森桃』とな」

 

「!?」

 

「お前達は催眠に騙されて雛森桃を蜂の巣にしただけだ」

 

 そして謎の男達は、()()()()()()()()変身して制圧にかかった美森の手で、一分と経たず全員が武器を破壊され、全員が叩きのめされる。

 美森が動き始めてから謎の男達が全員無力化されるまで、まさに瞬く間のことだった。

 

「ぐえっ」

「あぐっ」

「がはっ」

 

「おじさまの計画通りね。

 ……須美ちゃん以外は、って頭に付くけど。

 おじさまは自分の予想を越えるのはいつも天の神か『私』だけだって言ってたっけ……」

 

 美森の掌底を受けて気絶していく男達。

 そんな中、最後の一人が、地面に転がったまま、蜂の巣になったマネキンに――その向こうのおじさんに――忌々しげに問いかけた。

 

「貴様……いつから人形と入れ替わっていた……!?」

 

「逆に聞こう。一体いつから―――催眠にかかっていないと錯覚していた?」

 

「ぐえっ」

 

 そして最後の一人も美森の手で気絶させられ、戦いは終わる。

 

 須美、銀、園子が状況を理解しないまま、何もかもが終わってしまった。

 

 いつの間にかそこに居たおじさんが、美森の横で安堵の息を吐いている。

 

 現れたおじさんには、包帯など巻かれておらず、傷の一つも存在していなかった。

 

「美森、よくやった。大丈夫か? 怪我はしてないと思うが、まあ一応な」

 

「大丈夫です。心配してくださってありがとうございます。

 でも今必要なのは、須美ちゃん達への説明だと思いますよ。あと謝罪」

 

「そうだな、説明しないといけないな。あと謝罪」

 

 立ったままそこから一歩も動かないおじさんに、須美が詰め寄った。

 

「おじさま! 説明! 説明をお願いします」

 

「須美。先に謝っとく。すまんな……」

 

「説明ッ!」

 

「小生最初から傷一つ無かったんだ」

 

「!?」

 

「災害に巻き込まれて動けないっていう"弱み"を見せれば潜伏してる残党が出て来るからな」

 

「残党!? 何の!?」

 

「大赦。実は10人くらい催眠かけ損ねて逃しちゃっててな……」

 

「大赦!?」

 

「有能だから小生の催眠察知されて逃げられちゃったのよ。

 有能だから潜伏も上手で全然見つからなくてな。

 殺す気でやればすぐ処理できただろうけどそれも嫌だった。

 催眠で心操られたくないってのは普通の感情だしな……

 大赦の者が倒すべき悪かというとそうでもない。

 小生が外界からの侵略者というのも間違ってない。

 どうにかどっかに誘き寄せて殺さず捕らえられないかと思ってたのだ」

 

「大怪我をしたフリをして潜在的な敵が暗殺に来るのを待ってたってことですか……?」

 

「ああ。

 なんで中庭に小生と美森が居たと思う?

 なんで中庭に小生と美森しか居なかったと思う?

 お前達が来ることは想定外だった。

 急にアポなしで来たからちょっと焦ったぞ。

 ……小生としては須美が素晴らしいことを言い始めたことが一番想定外だったが」

 

「……あ」

 

「あいつらも大赦の人間だから勇者には傷一つ付けない、という確信はあった。

 だから須美達を焦って追い出さなかったんだが……いや本当にすまない、うん。ごめん」

 

「私ずっと車椅子のマネキンに向かって話してたんですか???」

 

「すまんて」

 

「マネキンを前にして一喜一憂してたんですか!?」

 

「ごめん」

 

「ああああああ!!!」

 

 連鎖的に、須美は気付く。

 おじさんは須美に過保護だ。

 美森を動かせるなら、須美の戦いの方に回している方が自然に思える。

 

 おじさんの傍に美森が付いているなら、それはおじさんの意向でもあるはずだ。

 美森はおじさんの指示で動いているのだから。

 山崩れは偶然の産物だった。

 おじさんは予想もしていないものだった。

 つまり美森はそのためにおじさんの護衛をしていたわけではない。

 

 山崩れ以外に、何かがあったはずなのだ。

 おじさんが護衛を必要とする何かが。

 護衛がいないとおじさんを殺す敵対勢力が。

 それが、これだとしたら。

 

―――おじさまの傍で何をするんですか?

―――その内分かるわ

 

 こっち!? と、須美は気付いた。

 

 美森が言葉を濁したのも分かる。

 樹海破損の災害でおじさんが傷付くなどのことなら、いくら話してもいい。

 だが敵を罠にハメるなら、秘密はできる限り話さない方が良い。

 どこから漏れるかもわからないからだ。

 

 完全無傷状態に見えるおじさんが、申し訳無さそうに、須美に頭を下げる。

 

「まあそういうことでな。

 実は樹海の損傷の被害者は0。

 お前達の失態って全然無いんだよ。

 小生がちょっと小生の都合で捏造しちゃっただけで。すまん」

 

「えええ……」

 

「あ、助けた小学生は本当だぞ。小生が無傷だっただけだ」

 

「本当に怪我一つないんですか……?」

 

「無傷でごめんな……怪我した姿を催眠で見せてただけでお前何も悪くないぞ」

 

「……」

 

 須美は無傷のおじさんに騙されて、死ぬほど苦悩し。

 苦悩の果てに答えを見出し。

 マネキンを乗せた車椅子相手に、人生の答えのようなものを語らされていたのだ。

 須美の尊厳が、交通事故のような最悪によって粉砕されていた。

 

 催眠おじさんは邪悪であるということが証明された、そんな流れだった。

 

「あんな大事な決意をマネキンに誓わせてごめんな……いや本当に……」

 

「重い感じに謝らないでください! 傷が広がる……!」

 

「擁護するとな、小生の言葉はちゃんと小生が言ってた言葉なんだ」

 

「うぅ」

 

「小生は須美の言葉に感銘を受けたし、その言葉と決意は小生の心によく沁みて……」

 

「おじさま!! 私に心の中身を整理する時間をください!!!」

 

「はい」

 

 須美の「守れなくてごめんなさい」という呪いが消える。

 催眠がかかってなければ「おじさまこの野郎絶対許しませんよ!」となっていたに違いない。

 美森が遠い目で空を眺めた。

 

「須美ちゃん、私も、似たようなことがあったわ……」

 

「……あっ」

 

 須美は、美森が言っていたことを思い出す。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「自分の名前に恥じない選択をしなさい。

 鷲尾須美として恥じない選択を。

 東郷美森として恥じない選択を。

 それでも人生には後悔が付き纏うけど、きっと、それが正しいことだから」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 須美の決意と覚悟は正しい。

 彼女の人生には必要なものだった。

 須美は己の名に恥じない選択をした。

 それでも人生には後悔が付き纏う。

 人生最大級の後悔だった。

 

「東郷さん……!」

 

「須美ちゃん……!」

 

 なんだかんだ須美が東郷に苦手意識を持っていたせいで、微妙に仲良くなりきれていなかった二人が、真の絆を結んだ瞬間だった。

 二人の間にあったのは共感。

 この世界に二人だけ、この二人しか知らない大恥を知るがゆえの、共感だった。

 

 銀と園子が、心底同情した目で須美を見ている。

 

「園子」

 

「なぁに、ミノさん」

 

「大惨事だな」

 

「大惨事だね~」

 

「アタシこれから先の人生で、こんだけの大惨事見ることあんのかな」

 

「たぶん一生ないと思うよ~」

 

「三ノ輪のお嬢、乃木のお嬢」

 

「……わしおじさんも大変っすね」

「インチキおじさんにとっても交通事故みたいなものだよねこれ」

 

「小生が死んだって聞いても『城之内死す!』かな? って思う精神を身に着けてくれ」

 

「不死身が過ぎるっすよ……」

 

「小生のキャラを理解しろ。真実が嘘で、嘘が真実だ。小生の死体は大体幻覚」

 

「アタシもうこの人の葬式があっても絶っっっ対信じない! 死なないだろこの人!」

 

 銀もようやく、おじさんのキャラを理解し始めていた。

 

 おじさんはもはや、時間が許す限り須美に謝り続けるbotと化そうとしていた。

 

「お前はそれでいいんだ須美。

 お前はいつだって真実の気持ちで生きてる。

 嘘ばかりの小生よりはずっと生きてる価値がある。

 まあそれはそれとして小生みたいな嘘ばっかの男に騙されそうで不安な気持ちはあるぞ」

 

「おじさまぁ!!」

 

「小生の言葉に嘘はないからそれで許し……いや許さなくていいぞ。小生が悪い」

 

「もう! もう! もうっ!」

 

 須美は羞恥心でわけが分からなくなって、さきほどの会話でおじさんに言われたことを思い出して、色んな理由で顔を真っ赤にして、頭を抱える。

 

 そして。

 

 須美達のスマホが警報を鳴らす。

 

 ―――バーテックス襲来を知らせる、勇者システムの樹海化警報であった。

 

「須美! 三戦目だ!」

 

 銀が叫ぶ。だが須美の心は、戦う時の心の状態に、全然入っていっていない。

 

「き、気持ちが戦いに入り切らない!

 この感情をどこに持って行けばいいの!?」

 

「須美! 園子の言葉を思い出せ!」

 

「銀! どういうこと!?」

 

「バーテックスが全部悪い!」

 

「……そうね! バーテックスが全部悪いわ!」

 

「おのれバーテックス!」

「おのれバーテックス!!」

「おのれバーテックス~!」

 

 人類史上最もグダグダした戦闘突入。

 

 襲来したバーテックスに心があれば確実に困惑していたであろう、八つ当たり以外の何の名前も付けられない人類防衛戦、混沌を極めた戦闘が開始された。

 

 

 

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