催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度19倍

 敵側に見えるのは反射の蟹座、猛毒の蠍座、爆撃の乙女座、地震の山羊座。

 

 おじさんは敵を見て、一番"勇者を殺しそうな"蠍座を抑えにかかった。

 

「敵を一体洗脳し、一体を押さえ込めば、二体処理してるのと同じ。

 ……スマホが不調だな。前の戦いで強い相手に無理させすぎたか……」

 

 おじさんがこの世界で密かに叫んでいたことがあった。

 

―――この世界のスマホ全部催眠アプリ非対応!? iOSもAndroidもない!?

 

 ()()()()()()()、である。

 補給線の断絶は、どんな分野でも即死級の大問題だ。

 おじさんは他の世界でスマホを補給しこの世界に戻ってこれる自信がなかった。

 そしてこの世界ではスマホが補給できない。

 おじさんの究極形態は、スマホに不調が出ると使えなくなりかねない、回数上限が見えない回数上限ありの力なのである。

 ゆえに、おじさんもあまり頻繁に使いたくないという事情があった。

 

「フン……残り少ない命で精一杯病気をばら撒いて殺されたエイズおじさんを思い出すな」

 

 小生も時間制限付きというわけか、と呟く。

 

 されどその時間が切れるまで、彼は神にも並ぶ精神の支配者である。

 

「『セックスしないと出られない部屋』!」

 

 おじさんの催眠縛道一の術が蠍座に命中する。

 単体向けの催眠技だ。

 『ここはセックスしないと出られない部屋だ』と対象に催眠で思い込ませたら―――果たして、どうなるだろうか?

 

 知性があれば、「一人じゃこんな部屋出られないよぉ……!」と絶望で心が折れる。

 心強き者も、二人目が来るまで待ちの姿勢に入る。

 理性が薄ければセックスしないと出られない、という人間が生み出したドチャクソバカ極まりない概念を咀嚼するのに非常に時間がかかるため、結果的に足が止まる。

 これが効かないのは、機械の類のみ。

 そして機械の類が相手なら、別の催眠で手を探せばいい。

 ゆえにこれは、おじさんが愛用する戦闘催眠の一つであった。

 

「撃て!」

 

 止まった敵が相手なら、元射手座のヒュプノにとってはただの的だ。

 

 針を一息に千発撃ち込み、トドメとばかりにチャージショットで蠍座の体を破砕する。

 バラバラになった蠍座の物質的・霊的な存在そのものを、ヒュプノは食っていく。

 バーテックスは、特殊な手段でしか殺せない。

 須美達が痛めつけても、撃退にしかならなかった。

 小バーテックスを細胞に見立てた多細胞生物が大型バーテックスであるために、『集合体に飲み込んでしまう』ことは十分に攻撃手段となる。

 『捕食』は再生させない手段として、最適解の一つであった。

 

 催眠で援護し、バーテックスにバーテックスを倒させ、捕食させる。

 これなら催眠おじさんでも敵を減らしていける。

 おじさんは直接火力が貧しいため、常に仲間との共闘を要されるのだ。

 

「よし、よくやったヒュプノ。他は……」

 

 おじさんが仲間の方を見て、誰の援護をしようか考え始めると、美森が反射板を構えた蟹座を蜂の巣にして、跡形もなく消滅させるのが見えた。

 反射板持ちの蟹座は射手に滅法強い。

 逆に接近戦タイプの勇者に滅法弱い。

 だから普通後衛型の勇者は、他の勇者と連携して倒さなければならないのだが……美森はごく普通に装甲の合間を抜き、バーテックスの本体を儀礼で露出させ、それを粉砕した。

 

 相性最悪のバーテックスですら、一人であっという間に削り切る。

 "経験値をバカみたいに積み上げた鷲尾須美"は、おじさんが舌を巻くほどに強かった。

 

「心配要らねえなありゃ……」

 

 おじさんはヒュプノに乗ったまま、美森ではなく須美達の方に向かわせる。

 一体洗脳し、二体倒して、残りは二体。

 地震の山羊座を美森に任せ、爆撃の乙女座と戦う須美達の援護に回った。

 

 足を止めて走り回らず撃ち続ける美森は、地震で転ばされたりすることがない。

 比較的山羊座との相性が良く、地震の影響外まで出てから狙撃という手段も選べる。

 

 対し、爆撃の乙女座は死人が出かねない。

 須美達が爆撃に巻き込まれる前に、おじさんは援護に入りたかった。

 乙女座はある程度低空を飛び、触手で敵の攻撃を捌き、距離を詰めてからの爆撃で勇者を圧殺する戦術を好む。

 事実、須美達に対しても最初はそうしていた。

 だが今は違う。

 銀の武器が双斧、園子の武器が槍、須美の武器が弓と理解した乙女座は、三人の武器が届かない高度からの爆撃を選択していた。

 

 爆撃で運良く勇者が死ねばよし。

 勇者が爆撃を恐れて引っ込めば悠々と高高度を進んで通過。

 "飛べない"勇者は、"飛べる"敵には打つ手がない。

 

「くっ、高い……!」

 

「お困りかなお嬢さん」

 

「お……おじさま!」

「ば、バーテックスを味方に……わしおじさんはギャグ時空の不死身キャラかな」

「私達と同じ人間を不死身だと信じ込んじゃうのはよくないよ~」

 

「『須美、空を飛べ。飛べるだろ』」

 

「は……はい……須美……空を飛びます……」

 

 催眠をかけられて空を飛べると思い込んだ須美が、空を飛ぶ。

 

 勇者の力とかは一切関係なく飛んだ。

 

「須美! お前空飛んでるぞ! 飛び方分かるのか!?」

 

「……? 何言ってるの銀、私はいつも空を飛んでいたじゃない」

 

「ロォォォォォックッッッ!!!」

 

 ロックンロールだった。

 

「レッドブルすら翼を授けるのに、小生の催眠が授けられないわけないだろ」

 

「エナドリに対抗心持たないでほしいっす!」

 

「催眠が人一倍かかりやすい須美以外にかけても飛んでくれないんだよな……」

 

「わしおじさん以外がかけても飛んでくれないだろうなって思うっす!」

 

 須美が飛べるようになった時点で、乙女座の――飛べるバーテックス全ての――勇者に対する決定的な優位性は消え失せた。

 須美は飛行能力を得て、飛行砲台の勇者へと進化する。

 

「主役は須美だ。トドメは小生らに任せろ。ヒュプノ! 須美達に合わせろ!」

 

「分かったよー!

 わっしー、バーテックスより高い位置を取って!

 上からガンガン撃っちゃってー!

 ミノさん、バーテックスが降りてきたら私と一緒に接近して足止め!

 足が止まったらインチキおじさん達が砲撃! それでおーわりっ!」

 

「了解!」

「分かったぞ!」

「あいよ」

 

 園子が指示を出し、ごく自然に三人が従った。

 

 そこからの戦闘は、鷲尾須美の獅子奮迅の大活躍。

 素早く飛び回る須美が乙女座の上を取り、常に制空権をバーテックスから奪いつつ、上からの矢で乙女座を下に押し込んでいく。

 乙女座は爆撃の怪物だ。

 下方向への攻撃は非常に強い。

 だが逆に、上方向への攻撃手段がかなり少ない。

 須美に乙女座の上を取らせた園子の判断は、咄嗟のものにもかかわらず最適解。

 

 おじさんは園子の判断に心中で感嘆しつつ、空を縦横無尽に駆け獅子奮迅の猛攻を見せる須美にちょっとびっくりしていた。

 

「やるな。空中戦初めてのくせに思い込みとノリと勢いで押し切ってるの目を疑うわ」

 

 おじさんはこの戦いで味方にするバーテックスは、無理せず一体だけにすると決めていた。

 複数体を一気に催眠で支配するにしても、その一体を調べ上げ、リスクを極限まで減らしてからにするつもりだった。

 バーテックスでバーテックスを倒せるかの確認を、何体かの敵でしておきたかった。

 

 射手座に目をつけたのは、最初に射手座が強さを見せつけてきたからである。

 一番有望な敵を選ぶ、といった意識はなかった。

 どんな個体でも良い、という意識はあった。

 なんだってよかった。

 が。

 偶然彼が配下に引き入れた射手座は、射撃に関し非常に強力であり、仲間の援護に回すのに非常に優秀な能力を持っていた。

 

「撃てヒュプノ」

 

 ヒュプノ/射手座が、針の矢を放つ。

 

 それが銀を叩き潰そうとしていた乙女座の触手を貫き、銀の命をギリギリ救った。

 

「お、ああ、あっぶねっ、ありがとわしおじさん」

 

「礼ならこのバーテックスに言え。

 ちゃんと挨拶ができない小学生はろくな大人に育たんぞ」

 

「え゛っ……バーテックスにお礼か……

 いやでもこれで何も言わないのは流石にアタシが恩知らずだよな……

 ええっと、このでっかい射撃のバーテックス、名前は?」

 

「ヒュ"プ"ノ・バ"ー"テックス……そうだな、プーさんで行こう」

 

「プーさん!?」

「プーさん!?」

「苦魔のプーさんだ~」

 

 プーさんのが走り回る銀を守り援護する形で、乙女座の体に穴が空いていく。

 だがすぐに傷は塞がっていく。

 ヒュプノは援護に徹し、須美が低空まで乙女座を押し込み、銀と園子が乙女座の防御手段である板状の柔軟な触手を切り弾く。

 あと一手で詰みだ。

 あと一手。

 

「よし、詰ませた! おじさま、トドメを―――」

 

「須美! 上だ!」

 

「!?」

 

 あと一手で、須美が詰む。

 

 乙女座の上を取っていた須美の、更に上から、爆弾が降り注いだ。

 

「『鷲尾須美ちゃんすごいデブ! 世界一デブ!』」

 

 百を超えるスマホが同時に稼働し、神樹が作った世界が須美は重いと"思い込んだ"。

 重いから速く落ちると"思い込んだ"。

 須美の体が凄まじい勢いで落下し、おじさんがそれをキャッチする。

 

「ぐギぃッ」

 

 銀と園子がおじさんを守ろうと駆け寄り、そんな四人をまとめて守るため、元射手座が爆弾と四人の間にその巨体を滑り込ませた。

 

「くっ」

 

 轟音。

 振動。

 ヒュプノが体を盾にして守ってすら、爆弾の閃光は四人のもとへ届いていた。

 そして須美は膝を抱えていた。

 

「おじさまにデブって言われた……………………………………」

 

「待て待て、お前デブじゃないって」

 

「いえいいんです……

 知ってますから……

 クラスの男子にデブって言われてること……

 胸が余計に膨らんでるから服の前が押されますし……

 そのせいで腹の部分も余計に膨らんで見えますし……

 変に肉が付いちゃうから体重も重いし……

 だから……クラスでこの身長でこんな重いの他にいませんし……

 こんなだからおじさまがマネキンだったって気付かないけど……大丈夫です戦えます」

 

「お前のそれはちゃんと大人になってる証だから。それでいいんだ。あとマネキンはごめん」

 

「そんなこと話してる場合っすか!?」

 

「盾になってくれてありがとうね、プーさん~」

 

 おじさんは"爆撃が止まるまで待たなきゃ動けん"と判断する。

 須美は"私がデブだから何もかも駄目なんだわ"と、飛行催眠の反動で面倒臭い女になった。

 銀は遠くの美森を見て、美森の勝利が時間の問題なのを確認し、どっかのタイミングで援護してくれないかと期待し始めた。

 園子はヒュプノに礼を言いつつ、勝利までの道筋を考え始めた。

 

 須美の空中戦の優位を奪った爆弾に、銀は苛立つ。

 

「あの爆弾どっから来たんだ!?」

 

「たぶんね~、天井かなって」

 

「天井!?」

 

「私達、橋が変化した樹海の上で戦ってるでしょ?

 戦ってるのは、世界が書き換えられた結界の中でしょ?

 それなら、きっと上に行けば『天井』はあるよね~。確かめてないけど」

 

「え、えーっと、つまりどういうことだ?」

 

「わっしーが飛んで来た時点で、爆弾を『天井』に吊ってたんじゃないかな」

 

「!」

 

「それで任意のタイミングで落下させたんじゃないかなって、私は思うよ~」

 

 園子の推測に根拠はなかったが、正しかった。

 たった一手。

 仕込みの一手。

 それだけで、人間側の作り上げていた優位が無くなってしまった。

 乙女座の爆撃は止む気配はなく、逆に皆を守る傘のようになっているヒュプノの体は、どんどん削られていっている。

 死によって消えるのも時間の問題であるように思われた。

 

「わしおじさんなんとかできません?」

 

「状況が悪化したら別の手を打つ。

 今はプーさんを警戒していたい。

 ここで裏切られたら全滅だからな。

 せめてこの戦闘が終わるまで、小生の催眠はヒュプノに専念する」

 

「なるほどなー……あいつまた高くまで登っちゃったし、どうにかしたいところだよね」

 

 乙女座はまた高度を確保していた。

 また須美が上がっていこうとしても警戒され、今度は乙女座が須美を抑え込むだろう。

 そも、飛行催眠の反動がある今の須美が、上手い具合に飛べるものだろうか。

 

「須美、ちょっといいか」

 

「デブ美でいいですよ」

 

「それはいいくない……ちょっと、爆撃がやむまで話をしないか」

 

「やんだらどうするんですか?」

 

「どうすっかな……」

 

 ヒュプノがやられたら、乙女座を代わりの催眠手駒にしたいんだが距離がな……というところまで思考を開示して、おじさんは須美に向き合う。

 樹海化前に須美が言っていたこと、やっていたこと、それに返答をする時がきた。

 

「正直に言えば、小生は今でもお前に傷付いてほしくない」

 

「……はい」

 

「だが、うん。それはきっと、お前の覚悟よりも幼稚なんだろうな。大人として情けない」

 

「そんなことは……」

 

「だからせめてこうする」

 

 おじさんが真剣に、真面目に、真っ直ぐに須美に言いながら、"それ"をどこからか取り出したから、須美も銀も園子もぎょっとした。

 

「小生がお前を守るから、お前は小生を守ってくれ。

 お前を尊敬するお前の身内が、ずっとお前の後ろにいるから」

 

「……!」

 

「お前が無傷で守ってくれるなら、小生もお前を無傷で守ろう。

 傷付く時は共に傷付こう。

 笑う時は一緒に笑おう。

 お前が死ぬ時は一緒に死んでやる。

 だが泣いてる時だけはこれの例外だ。

 お前が泣いたら小生は泣かないで、その涙を拭ってやりたい。だからズルだがここは例外」

 

 須美が中庭で恥ずかしげもなく語った特大の熱量の台詞に、同じだけの熱量を込めて、恥も外聞もなくおじさんは熱く語って返す。

 いや、違う。

 おじさんは須美が中庭で語っていた時よりも、もっと熱く、もっとこっ恥ずかしく、もっと後悔しそうな感じに語りたがっていた。

 その方が、"須美の方がマシだったな"と銀や園子に言ってもらえそうな気がしていたから。

 けれどどうしても、須美のようにならない。

 

 真剣さが足りなかった。

 真面目さが足りなかった。

 真っ直ぐさが足りなかった。

 熱量が足りていなかった。

 何より若さが、青さが足りていなかった。

 

 青き勇者・鷲尾須美は、未熟であるから、心も青い。

 

 おじさんの中に、駆け出しの頃の青さはもうない。

 

「えーっと、すまん、ちょっと考えながら話させてくれ。

 こんなに真剣に考えながら話したの久しぶりなんだ。

 小生は催眠でずっと片付けてきたからな。

 いつもみたいにてっきとーに話すわけにもいかんべ。ええと要するに」

 

 熱く語るおじさんの手の中の物を見て、意図を察して、須美は"なんで"と戸惑う。

 戸惑っているのに、須美はどことなく嬉しそうだった。

 本当は"なんで"の答えも気付いているのに、須美は半信半疑で口元を抑えていた。

 

「つまりだ、小生を運命共同体にしてくれとまでは言わん。

 ただそうだな、お前が何か背負ったり傷付いた時、一緒に背負って傷付きたいのだ」

 

「あの、おじさま」

 

 須美は嬉しさと戸惑いが混ざった表情で。

 銀は困った人と信頼できる人を見る目線が混ざった目つきで。

 園子は心の底まで見通すような透き通った瞳で。

 彼を、見ていた。

 

「なんで雛森桃(マネキン)に言ってるんですか……?」

 

「お前が恥をかく時は、小生も同じ恥をかこう。

 お前の恥は小生の終生の恥とする。

 恥ずかしくなくなる、なんてことはないかもしれんが。

 まあ一人で恥かくよりかはマシだろ。マシだよな? マシであってくれ」

 

「わしおじさん……! ちょっと救急車呼ぼうと思ったけど、かっこいいぜ……!」

 

「あはは。なんか分かってきちゃったな~。そういうことなんだよね、多分」

 

 園子だけが、何かを察していた。

 

「小生は実際のところ、まっとうな人生を歩いてねえ。

 だからこれが、小生が大切な人を大切にする精一杯……というか他に知らへん……」

 

 須美の頬が、羞恥でもなく、興奮でもなく、激怒でもなく、別の理由で熱くなった。

 

 

 

「―――ああ、もう、本当に、もう」

 

 

 

 須美は思う。

 大人ぶりたいなら、"これで須美の恥ずかしさは少しは消えたかな"みたいな顔を、ちょっと子供っぽい顔を、自分の前で見せないでほしいと。

 

 おじさんは思う。

 "よかった、須美の顔が多少マシになったな。本当に悪い事しちまったな"と。

 

「おじさま」

 

「なんじゃ」

 

「私には催眠がかかってるので、悪意のない言葉として聞いてほしいのですが」

 

「ああ、そりゃ知ってるが」

 

「おじさま、催眠術師向いてませんよ。実力じゃなくて精神的に」

 

「張り倒すぞ!!!!」

 

 おじさんが怒鳴り声を叩きつけても、須美はしれっと受け流した。

 見事な受け流しに、「おー」と、銀と園子が拍手する。

 図星を刺されて一瞬沸騰したおじさんの心が、段々と落ち着き始めていた。

 

「銀やそのっち見てると、思うんです。

 私一番勇者に向いてないなって。

 だからおじさまと似た者同士ということで、おあいこです」

 

「ぬ……そうか? そんなに向いてないか? 小生そう思わんけど」

 

「この二人ほど揺らがない勇気がないですからね、私」

 

「そうだな」

 

「ふぉ、フォローがない……」

 

「いや、小生はお前の揺らぐ勇気が好きなだけだ。

 いいことだ、揺らぐ勇気は。

 勇気が揺らがない奴はすぐ交通事故起こすからな。

 車運転してんのに交差点で不安にならねえから。

 勇気を武器にする奴は、勇気が揺らぐくらいでちょうど良いんじゃないかねって思うっす」

 

「おじさまの好みですか?」

 

「勇者の好みはな」

 

 からからと笑って、おじさんは爆撃の音が控え目になってきたのを感じる。

 

「生きろ。お前が生きるなら見守ってやる。

 死ぬな。死んだら一緒に死んでやる。

 お前が美森みたいに成長していくのが見たい。

 お前が20を超えてちゃんと大人になるのが見たい」

 

「おじさま」

 

「愛してるぜ鷲尾須美。超絶大袈裟に言えば、お前の親と同じくらいに」

 

「あ、愛って、おじさま! こんな時にからかって!」

 

「からかうもんかよ! 死ぬほど大切なものができたら、そりゃ愛だろ!」

 

「あ、愛というのは、軽々しく言っちゃいけないんです!」

 

「じゃあお前以外にもう一生言わねーよ! お前の嫁入りとか見たいんだよ!」

 

「そういう台詞は、おじさまを絶対に幸せにできる女の人だけに言ってください!!」

 

 顔を赤くして怒る須美の横で、おじさんが心底楽しそうに笑っていた。

 

 おじさんは嘘などついていない。

 全部本気だ。

 死ぬ気など全く無い。

 須美の成長を何年も、何十年も見守っていきたいと、そう思っている。

 ならばその気持ちは『恋』などというものよりも遥かに多様性に富む、『愛』と呼ぶべきものなのかもしれない。

 

 その言葉を、離れた場所で耳にしていた美森の頭が、刺すように痛んだ。

 

「……頭、痛い。何かしら、この痛み……」

 

 美森は何かを思い出そうとする。

 けれど思い出せない。

 消された記憶が痛んでいる。

 忘れた脳が痛んでいる。

 八つ当たり気味に山羊座を銃で穴だらけにしても、何か、心のどこかが、苦しい。

 

 おじさんと須美の会話が、美森に透明な焦燥を与えている。

 こういう言葉を聞いて、心底嬉しくて、何もかもが幸せで、安心しきった後に―――()()()()()()()()()()()、ような。

 そんな感覚があるのに、記憶だけが蘇らない。

 

 おじさんの催眠術による記憶操作は、完璧だった。

 

「爆撃が止まるよ~!」

 

「さーってわしおじさん、どう反撃する?

 アタシは東郷さんがそろそろ敵倒しそうだからそれ待ってもいいかなって思う!」

 

 戦いの終わりが近付く中、おじさんは一つ、新技を思いついた。

 

「ん? 待てよ。……いけるか、ヒュプノ」

 

 おじさんは催眠制御に指を鳴らそうとし、一瞬歯を食いしばって、何事もなかったかのように指を鳴らす。

 その一瞬の淀みを、園子は見逃さなかった。

 

 ヒュプノは元射手座のバーテックス。

 その体は無数の小バーテックスの集合体。

 進化の過程で怪物になったが、その体は最適な形の情報を与えられれば、その形に合わせて変形するものである。

 

 須美は青き勇者。弓を構える、射手の勇者。

 本人の目の良さや動体視力もあって、当代一の弓使いである。

 

 おじさんは催眠術師。

 直接的な殴り合いでは小バーテックスにも勇者にも負ける可能性が高いが、その分器用で無茶苦茶な変則的手段が取れる。

 彼は、勇者と怪物の仲立ちをすることができる。

 

 催眠操作により全身の細胞を組み換え、ヒュプノが巨大な弓に変形した。

 宙に浮いたままのそれが、須美の弓とガッチャンと接続合体する。

 先程まで射手座のバーテックスだった存在が巨大な弓になったことで、須美は死ぬほどびっくりしたが、もうびっくりすることにも慣れすぎてしまって、心のどこかが冷静だった。

 

「なにこれ!?」

 

「撃て須美!」

 

「え、あ、はい! もうどうにでもなれっ!」

 

 バーテックスの力を、催眠おじさんが制御し、勇者が放つ。

 本来ならば誰一人として絶対に折り合うことのなかった三者の力が一つになる。

 三者一射(さんしゃいっしゃ)のその技は、記憶を失う前の東郷美森も知らない力。

 美森が山羊座を仕留めた瞬間、須美もまた、光の矢を放った。

 

「南無八幡―――大菩薩っ!!」

 

 それが防御も回避も抵抗も許さず、再生すらも許さぬ威力で、乙女座の全身を粉砕しながら通り過ぎ、乙女座の存在を消滅させていった。

 

「や……やった!」

 

「やっと終わった……」

 

「ヘイッ、セイッ、試合終了~!」

 

 ヒュプノが元の姿に戻り、バーテックスの残滓を捕食吸収しに動く。

 

 須美は自分から離れていくヒュプノに手を振ったが、ヒュプノが振り返って頭を下げてきたので逆にびっくりしてしまった。

 

 なんとか気持ちを落ち着けて、須美が叔父の方を向くと、彼が苦痛の表情を浮かべていた―――気がした、が。そんな気がしただけで、彼は眉一つ動かしていなかったため、気のせいだったと自分の中で処理してしまった。

 

「……」

 

「おじさま? 今何か、様子変だったような……」

 

「いやトイレ行きたかったんだずっと。でかい方」

 

「……おじさま、最低です! もう! なんでそうなんですかいつも!」

 

「あばよ須美。あとで屋敷でなハハハハハ」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 おじさんがふっと視界から消えてしまう。

 須美は頬を膨らませ、腰に手を当て、"私怒ってます"を全身でアピールするが、容姿と振る舞いのせいで可愛らしさしか感じられなかった。

 園子がほんわか微笑み、須美に歩み寄る。

 

「インチキおじさんはいつも元気そうだね~」

 

「もう。今日の戦いの功労者だから、ねぎらってあげたかったのに」

 

「そうかもね~……あの人が居なかったら、戦いは全然違う物になってたかもしれないぜー!」

 

「おじさまは外の世界から来た、この世界の救世主なのかもしれないわ」

 

 樹海が元の世界に戻り始める。

 散華のように、世界が元に戻っていく。

 そんな中、誇らしげに叔父のことを語る須美に、穏やかな笑みで園子は語る。

 

「わっしーが救世主なんだよ」

 

「え?」

 

「勇者って概念の上にもね、救世主ってものがあるんだ。

 巫女の力と勇者の力、両方を持ってる人。

 神様の声が聞こえて、神様の力が使える人。

 神様と話せて神様と戦えるかもしれない人。

 もしかしたら神様と対等な立場に一番近いかもしれない人。

 ずっとずっと昔、そういう人が世界を救うんだって、思った人が居たんだって」

 

「それは……私に勇者と巫女の力があるだけよ。救世主になんてなれないわ」

 

「ううん」

 

 園子は、ゆっくりと首を左右に振る。

 

「救世主はね、字は世界を救うと書いてるの。

 でも違うんだよ~。

 救世主はいつだって、人を救って、ついでに世界を格好良く救うのさっ」

 

 園子が須美の手を握り、微笑み言い切る。

 

 乃木園子11歳。小学六年生。

 初代勇者の子孫にして、大赦最高権力者『乃木家』の愛娘。

 彼女はいつも、本質を見ている。

 見ているだけで、口には出さないことも多い。

 

 『そのっちはいつも自由に生きてるわね』と、須美が彼女を評した言葉は正しい。

 

 皆との団体行動中、飛んでいる蝶々を追って居なくなってしまうこともザラだ。

 

 彼女は誰よりも自由で、誰よりも天衣無縫であるがために、誰よりも"支配"を理解している。

 

 

 

 

 

 おじさんは()()()()()()()を、物陰に横たえた。

 立ち上がれない。

 だが寝転がったままでもいられない。

 這いずるように、壁に背中を預け、地面に尻をついたまま、死んだように動かない。

 

「っ」

 

 傷の痛みで時折痙攣気味に体を震わせ、それを繰り返すだけの存在になったおじさんを、迎えに来た少女が居た。

 おじさんは、唯一全てを話していた美森であると思っていた。

 だが顔を上げた彼が見たものは、なごやかに微笑む乃木園子だった。

 

「ヘイヘイヘイ、インチキおじさん大丈夫~?」

 

「!」

 

「建物の物陰からぼわぼわぼわーっと、謎のインチキおじさんの参戦だー!」

 

「ま、お、お前、乃木のお嬢……?」

 

「東郷先輩にもこの場所の連絡送っておいたよ~」

 

「……お前、どこまでお見通しなんだ」

 

「ん~、嘘を綺麗に混ぜ込んだんだろうな、って。探偵ドラマの解決パート来たー!」

 

 園子が最初に引っかかったのは、『おじさんが無傷であるという根拠』が何一つとして存在しない、というところだった。

 その時点で無傷な方が幻覚だったのか、傷だらけな方が幻覚だったのか、分からなくなってるじゃないかと園子は考えたのだ。

 

 実際、彼の嘘が通ったのは話運びと勢いの二つ以外、何も説得力の素が無かった。

 敵がいるから一計を案じたかった、そのために重傷のふりをしていた、自分は無事だ、誰も巻き込まれて怪我なんてしてない……一見、納得できる流れに見える。

 違和感もない。

 だがそれは、おじさんが事実の要素を組み換え、虚構を作り上げたからに過ぎない。

 

 おじさんからすれば山崩れ大怪我は想定外だった。

 だが、それを、大怪我は催眠幻覚で計画通りだと言った。

 人間は『偶然そうなった』より、『全て計画通りだった』の方を真実として受け止めたがるという、脳の反応の研究もある。

 実際その通りに、須美達は誘導されてしまっていた。

 

 園子が須美達と違うのは、視点の置き場所だ。

 たとえば、おじさんはずっと動いていなかった。

 体の傷に響くからだ。

 中庭では美森の横で動かず、戦場でも動かず、途中はヒュプノの上で動かなかった。

 そのせいで須美が助けなければ即死していた場面などもあり、おじさんがどれだけ重傷だったかこの一件だけでよく分かる。

 

「落ちてきたわっしー受け止めた時……

 腕、大変だったでしょ?

 声すっごく痛そうだったもん。

 わっしーはデブって話で聞いてなかったみたいだけどね~」

 

「……お前の方には聞こえてたか」

 

「ぐギぃッ、ってね。めっちゃめちゃ痛そうだったけど、大丈夫?」

 

「その内治る」

 

 おじさんの服の袖口から血が流れていて、それが地面に染み込んでいる。

 彼が腕をめくらない限り、どれだけ怪我をしているかもわからないと、園子は思った。

 

「そんなに辛かったの? 催眠でもうごまかしもできないくらい?」

 

「まあ、な。

 正直、全員の記憶操作や認識操作は無理だと思った。

 強力な催眠は無理だと思った。

 数回催眠使ったら終わりだと思った。

 だからその内一回を、小生の姿の継続誤認に使ったんだ。

 自分の姿の偽装だけなら低コストだから。

 つーか……今の小生がまさしく、僅かな催眠すら使えない、摩耗しきったカスだ」

 

「あのスマホ鎧の姿はあなたが弱ってることを隠してた。

 弱くなった分の催眠を補ってた。そんな風に見てたけど当たったみたいやねぇ」

 

 おじさんの目的は一つ。

 

 『勇者はよくやった。樹海災害の犠牲者は出てない。まだ犠牲者が0なんだから焦る必要もない』―――そういう認識を、勇者達に取り戻させることだ。

 

 須美がかっこいいことを言い始めて、そのせいで少し歯車は狂ってしまっていたらしい。

 

「そんなに『勇者のせい』にしたくなかったの?」

 

「お前らがもっとガキっぽけりゃこんな面倒は無かったんだよ」

 

「はえ?」

 

「『お前らのせいじゃない』って小生が言ったとする。

 普通の小学生なら『うん、そうだよね!』と返すのが基本だ。

 だけどお前ら『いいえ自分のせいです』で既に答え出してて聞かねえだろ」

 

「なるほど~! 思い出すとそう思われても仕方ないね~」

 

「お前らのせいじゃないって、そう自然に思わせるにはこれ以外無かった」

 

「インチキおじさんはインチキが使えないとなんだか弱そうに見えるんだね」

 

 彼女はずっと、インチキをしているおじさんをそう呼び、その上で笑顔を向けている。

 インチキはインチキだ。

 彼女が言うインチキが何であるか、おじさんが分かっていないわけがない。

 

「インチキおじさんは、どうして人が信じられないのかな」

 

「……」

 

「催眠をかけてお人形さん遊びにしないと、他人を大切にできないのはなんでなのかな」

 

 乃木園子が問いかけて、おじさんが完全に答えに詰まったのは、これが初めてだった。

 

 園子は申し訳無さそうな顔をして、言葉を続ける。

 

「ごめんね。

 答え難かったら答えなくていいよ。

 もちろん今すぐ答えなくてもいいの。

 私達は会う間隔が広くないから、いつでも会えるから問題ないんだぜ~!」

 

「……いや、悪い。ごめんな。今言葉に詰まったのは……保身だった」

 

「そっか」

 

「かなり、自分勝手な気持ちだった。

 話すのにちっと覚悟が居るし……須美と美森には聞かれたくない。ホントすまん」

 

「いいんだよ。

 私だって自分勝手だもん。

 私、インチキおじさんのこと全然知らないんだよ。

 でもね、インチキおじさんのこと信じたいとも思ってるんだよ。

 だって私にとってもお友達で、わっしーにとって大事な大事な人なんだもん」

 

「……小生みたいなやつは、自分のことは語れば語るほど幻滅しかされないもんさ」

 

「まず幻滅しなきゃ、その後の理解も仲直りもないよ。一緒に頑張りんご~!」

 

「頑張りんご~? ……小生の体の怪我が治ってからでいいか?」

 

「うん、待ってる。嘘の共犯者は東郷先輩?」

 

「そうだ。あいつだけが全部知ってる共犯者だ」

 

「わっしーは健気だねえ。今も昔も。いいお嫁さんになりますよ~?」

 

「知ってる」

 

 最近、己の変化に戸惑い、自分とも他人とも向き合う機会が増え、自分らしくないことを考えることが増えたおじさんは、須美・美森・銀・園子の催眠が、解けやすくなっていることにまったく気付いていない。

 それは大赦が与えた勇者の力と、半ばほど関係のない事象であった。

 

 

 

 

 

 園子は歩く。

 美森が走っているのが見えた。

 これからおじさんは美森に捕まり、甲斐甲斐しくお世話をされるのだろう。

 山崩れで怪我したことを隠すため、美森の協力を得て偽装を始めるに違いない。

 

 その後はどうなるだろうか。

 二人で仲良く話したり、お世話されたりするだろうか。

 あるいは真面目に戦いの話をしたりしているかもしれない。

 甘酸っぱい話はするかしないか、半々か。

 想像の翼を羽ばたかせ、園子はにっこり微笑む。

 

 運が悪い人だと、園子は思った。

 運が良ければきっと大体上手く行く人なんだろうとも、園子は思った。

 

「お、園子。探したぞー! 一人でどっか行って」

 

「あ、ミノさーん! ディノマイフレンド!」

 

「親愛なる我が友が恐竜のお友達になってる!」

 

 銀はいつも優しく、周りを気遣っている。

 園子はこうして自分を気遣い探してくれる銀が好きだ。大好きだ。

 優しいお姉さんと優しい親友を、いっぺんに得た気分になれるから。

 

「園子は何してたんだ? わしおじさんでも探してた?

 なんかちょっと様子が変だったような……気のせいかもしれないけど」

 

「ミノさんは気遣いの金メダリストだね~」

 

「いやそれ言い過ぎ……なんなんだろうな。

 うーん。なんでこんなよくわからないんだろ。

 わしおじさんと、須美と、東郷さんと、あの辺よくわからないよね」

 

 催眠の楔が刺さっている内は、銀の思考はそれに僅かに邪魔されて正常に動かない。

 だがきっと、彼女の理解が及ばないのは、言語化が難しい領域にもっと面倒臭くこんがらがったものがあるからだ。

 

「園子はなんでか分かる?」

 

「ミノさんって家で愛の支配のお勉強って教わった?」

 

「え、なにそれ」

 

「おっきなおうちでいっぱい教えるものの一つだよ~

 難しすぎて、私途中でなんども寝ちゃって怒られたんだよ~……」

 

「園子らしいな……ああいやでもそうか。

 乃木家って下手すりゃ今世界で一番偉い家だもんな。

 愛とかそういうのの教育しっかりしないと、変な人がお婿さんに来ちゃうのか」

 

「変な男を婿に選んだら世界そのまま滅びるって言われました~! しょんぼり……」

 

「めっちゃ偉い家は大変だよなぁ。それで、その愛情と支配って?」

 

「……」

 

「園子?」

 

「難しすぎて記憶の引き出しから引っ張り出すのに時間がかかるんよ~」

 

「こりゃ相当だな」

 

「あ、思い出した」

 

「おっ」

 

「愛の支配っていうのはね。

 『より愛された方』

 が支配してるってことなの。

 『より愛してる方』

 は支配されてるってことなんだよ~」

 

「初っ端から難しいやつだこれ」

 

 たとえば、両親をなくした姉妹が居るとする。

 姉は面倒見のいい家事万能。

 妹は可愛らしいができることはあんまりない。

 妹が姉を愛するのとは比べ物にならないほど、姉は妹を溺愛している、とする。

 

 この場合、表向きは姉が二人の生活を支配している。

 だがその実、姉が妹に支配されている。

 妹→姉より遥かに強く姉→妹の愛があるならば、姉は妹の意見を無視できず、妹の願いを常に汲み取ろうとし、生活の基点が大体妹絡みになってしまうだろう。

 

 愛しているのが姉で、愛されているのが妹である以上、この姉が激怒するのも自分のことより妹のことの方が多いはずだ。

 たとえば、姉が何を失っても耐えていた中、妹が同様の事例で夢を諦めるしかなくなった時、姉は自分のことでは怒らなかったのに妹のためにかつてないほど怒るだろう。

 この自分と愛の対象の『上下の差』が、この概念を象徴するものである。

 

 愛する側、愛される側、という二極が、この支配と形容される関係性を構築する。

 

「誰も愛してない人は誰にも支配されてないってこと。

 人を愛するようになったってことは、支配されるようになったってこと。

 愛してもらえてるってことは、周りに尊重してもらえるってこと。

 サンチョ、君は愛を知るか! 次回予告に並べられそうなフレーズばっかだよ~」

 

「次回予告ってことは言ってることは正しくても大分抽象的ってことなんだよな……」

 

 銀は頭を抱えてうんうん悩む。

 

「うーんよくわかんないなー」

 

「実は私もちょっと分かってないんだよね~」

 

「おいおい園子お前こんだけ語っといて……」

 

「だって私、恋をしたこともないもん。

 家庭教師の先生だって言ってたよ。

 この理屈がわかるのは、本気で誰かを愛した人だけだって」

 

 愛には幾多の種類がある。

 親愛。

 友愛。

 信愛。

 恋愛。

 家族愛。

 利他愛。

 利己愛。

 自己愛。

 

 全てが愛だ。人の数だけ、愛はある。

 他人の気持ちを深く読み取らず、単純に恋愛だなんだとカテゴライズを始める人は、そこに正確な理解を持てない。

 

「愛の支配ねえ。分かってる人ってどんくらいいるんだろ」

 

「わっしーは毛の先ほども分かってなさそう。

 インチキおじさんも……分かってないかも。

 ミノさんも全然分かってない? かな。

 私も教わっただけ。

 東郷先輩は……どうなんだろうね。あの人、どのくらい"覚えてる"のかな」

 

 園子は空を見上げて、よくわからないものがよくわからなくて、首を傾げた。

 

 支配の形にはそれぞれ、三つの概念がある。

 分類と、目的と、手段だ。

 

 天の神の支配は、『力による支配』。

 世界に最もありふれた支配。

 目的は、自分が認めなかったものを世界から消し去ること。

 手段は、世界の焼滅と怪物による侵略制圧。

 

 催眠おじさんの支配は、『催眠による支配』。

 本の中にはありふれた支配。

 目的は、己にとって最高最善の環境を作り上げること。

 手段は、全ての心と精神を掌握し、思うがままに動かすこと。

 

 そして須美や東郷が彼に対し行っているのは、『愛による支配』。

 この世で最も尊く美しい支配。

 そして、一番難しい支配でもある。

 目的は、幸せになること、幸せにすること。理解し合い、許し合うこと。

 手段は、支配したいその人に、愛されること。

 

 この世で最も支配から遠い支配であり、自由に何かを愛する気持ちからしか生まれない支配。

 

「本当に最後の最後に、自分の願いを叶えるには――」

 

 仮の話をするとしよう。

 

「――支配されてると難しいのかなぁって。私もわかんないんだけどね、えへへ」

 

 美森が自棄になって、世界を滅ぼそうとして、愛する親友に止められ改心したとする。

 それは美森がその親友を愛しているがゆえに、親友に支配されていると言い換えられる。

 その親友の願いが通って、美森の選択は打ち倒されたのだから、そうなる。

 

 美森を愛する親友が自己犠牲で世界を救おうとし、美森に止められたとする。

 それはその親友が美森を愛しているがゆえに、美森に支配されていると言い換えられる。

 美森の願いが通って、その親友の選択は打ち倒されたのだから、そうなる。

 

 未来のおじさんが美森を守って死んだのだのもそう。

 愛している者は、愛されている者に支配されている。

 須美が、美森が、おじさんを愛していたからこそ、彼女らの選択は支配されていた。

 そうでなければ、また別の結末もあったかもしれないのに。

 

 須美の遠回しな妨害で、おじさんが安芸に手を出さなかった一幕だってそうだ。

 須美を愛する家族愛が、彼に好みの女性である安芸へのお手つきを禁止させていた。

 須美が彼を無自覚に支配し、自分の傍に居続けさせた。

 

 全ては戦いだ。

 愛する者の幸福のため、愛という名の、この世で最も尊く美しい支配を繰り返す戦い。

 

 おじさんは須美を催眠で支配し、須美はおじさんを愛で支配し、物語は始まった。

 

 穢れた催眠による支配は、愛という美しい支配に染められていった。

 

「アタシゃもう全然分からんよ、小難しすぎる」

 

「難しい話は考えてると眠くなるよね~」

 

「分かる分かる!」

 

 おじさんが言っていたことは、何も間違っていない。

 

 この戦いは、最後に誰が支配者になるか、そういう戦いだ。

 

 最後に待つのはハッピーエンドしかない、のかもしれない。

 "誰にとってのハッピーエンドか"が違うだけで。

 "どの支配が終わり自由が始まるか"が違うだけで。

 

 人の醜悪が滅べば、神は笑う。

 神にとってのハッピーエンド。

 『彼女』が幸せになれば、彼は笑う。

 彼にとってのハッピーエンド。

 『彼』と一緒に幸せになれれば、彼女は笑う。

 彼女にとってのハッピーエンド。

 

 だが、あと一つ。

 

 誰もが忘れた支配があり、人が知らないハッピーエンドが存在している。

 

 ()()()()()は、『救済による支配』。

 救ってあげることで、救い続けることで、心を掌握する支配。

 広義ではヒーローが女の子を救って惚れさせることも、ここに入る。

 目的は、救済すること、良き結末を創ること。

 手段は、人を救い、人を守り、人に与え、人に献身し続けること。

 

 西暦が終わって三百年経った今も、神樹は見返り一つ求めず、その命をすり減らしながら、最後の人類を守り続けている。

 

 催眠おじさんが来たあの日から、神樹は何もしていない。

 

 ただただ、人間が選ぶ『結論』を待っている。

 見捨てたわけでもなく。

 投げ出したわけでもなく。

 適当に扱っているのでもなく。

 彼らが、彼女らが、最後に選ぶ瞬間を待っている。

 

 神樹は未だ、何もせず、何も言わず、ずっと彼らの選択を見守っている。

 

 

 

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