催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
鷲尾須美の帰る家……鷲尾家は、この世界でも指折りの名家である。
この国で指折りだとか、この地方で指折りだとか、そういうレベルではない。
この世界の特殊な事情ゆえに、鷲尾家は世界の運営そのものにある程度の関係を持つ、それほどの地位を持っていた。
つまり、催眠おじさんの拠点にはちょうどいい家であると言えた。
金! 権力! 社会的信用! 全てが揃っている。
須美の母親が凄い美人なんだろうな、と期待していた催眠おじさんであったが、母親と須美はあんま似ておらず結構しょんぼりしていた。
催眠おじさんはカイジを裏切るタイプのクズなので、勝手に期待して勝手に失望するのだ。
「ゴムゴムの~、催眠!」
「「「 うっ 」」」
「李氏八極催眠の催眠術師は妊娠させねえ! ゴムだから!」
「「「 ご命令を 」」」
「まあ小生は世話になる人間には手を出さん。運が良かったな」
おじさんは須美の両親、使用人に残らず催眠を完了する。
潜伏用の設定は年齢の関係もあって『須美の父の弟』にした。
当主にとっては弟、須美に取っては叔父ということになる。
「うわっなんだこのソファークソ高そう……」とおじさんが座りながらビクビクしていると、須美がにこにこと話しかけてきた。
「おじさま、おじさま、これ昨日の国語のテストです。百点を取ったんですよ」
「……お、おお? よく頑張ったな。君は鷲尾家の誇りだよ(適当)」
「えへへ……ん、こほん。不肖鷲尾須美、明日からも家名に恥じないよう頑張ります!」
須美は一瞬ふにゃっとした顔をして喜び、咳払いして取り繕い、真面目くさった顔で敬礼をしてビシッと背を伸ばした。
取り繕いきれない子供らしさに、おじさんは思わず苦笑する。
おじさんは須美の部屋に連れて行かれたが、その過程で須美を含めた鷲尾家の人間達全員を改めてチェックし、用心深く確認を行う。
「よし。小生のことを言い触らして回りそうな人間はいないな……催眠はよく効いている」
「余計なことを話さないように、ですね!」
「うん、そゆこと」
「そんな事必要なんですか?
おじさまの偉大さを周囲に知らしめていけばいいじゃないですか!」
「本当にこの子には催眠よく効いてるな……ま、普通に人類の敵になるからしゃあないね」
「そうなんですか?」
「そうそう」
催眠術師の言葉は次元大介の「おいルパン! あの女が絡むなら俺は降りるぜ。後はお前らだけでやってろ」並に信用ができないが、催眠がかかってる女相手は違う。
気難しい催眠術師でも催眠がかかっている女相手にはそうでないことが度々ある。
催眠がかかっている人間は人形と変わらないからだ。
催眠おじさんもまた、催眠をかけてお人形さんにした人間相手にくらいしか本心を話さないという性根の腐ったところがある。
「人間って根本的には己の自由意志を踏み躙る存在は受け入れないのだよ」
「確かに、そうですね」
「誰もが自分の意思を操られたくはない……何をしてるんだ?」
「お茶淹れます、座っててください。あ、お話はちゃんと聞いてますよ」
「ありがとう。育ちの良さを感じるな」
「大袈裟ですよ、普通です普通。鷲尾の家の者として当然のことです」
「『素直に言え』」
「気遣いを褒められると嬉しいです……」
「子供らしく素直でよろしい。気遣いはよく出来ているよ」
「……お、お茶淹れますから!」
照れた様子の須美が淹れたお茶を飲み、おじさんは「これかなり高い茶葉だな……」と言いたげな顔をしていた。
「知的生命体が群れを作る際の基本はなんだと思う?」
「……? なんでしょう?」
「いくつかあるが、小生は『支配と自由』だと考える」
「支配と自由……」
「まず知的生命体には支配の欲求がある。
これを"他人を支配しようとするのは悪徳、敵を作る"という倫理で抑えている。
生物の支配欲求はどこからくるのか?
『自分にとって快適な環境を作る』という本能からくるものだ。
支配とは環境の調整手段の一つだからね。
敵が居ない状況を作り、日常を安定させ、味方を増やし、自分を一番上に置くんだ」
「なるほど」
「支配欲求が無い人間でも、己の自由を奪われるのは嫌う。
よって自分の自由を奪われない程度には周囲を支配しようとする。
最低限の生活環境の支配という概念だが……まあそれはよかろう、ふむ」
「ふむふむ」
「他人の話を真面目に聞く時はメモを取るとか本当に真面目ね君……」
「おじさまの大事なお話ですから!」
催眠術とは概念的に言えば、『支配者になる力』である。
いじめられっ子に催眠アプリを与えれば学校のカーストを逆転させ、性欲おじさんに与えればいい女を狙い始め、ルルーシュに与えればエロ展開が消滅し世界を転覆させに行く。
「支配と自由は生物の基本だ。
愚民を支配し国を安定させるのが政府の正義。
政府の支配と圧政に逆らい革命するのが民衆の正義。
生物には支配する本能と支配に逆らう本能がある。
さて、さっき"群れ"を例に挙げたが、ここで答えが出せるかい?」
「ええと……ううん……
生物は群れを作るから……
群れのリーダーになって支配する本能がある?
それに加えて、その支配に抗してリーダーになろうとする本能がある?」
「うむ。百点をあげよう」
「ありがとうございます!」
これは催眠の基本理念の話である。
催眠は大乱交スマッシュ竿兄弟誘発技術でもあるが、同時に目に映る全ての人間を"群れ"に組み込み、己がその頂点に立つという、生物的本能欲求の具現でもあるのだ。
「生物は支配されていることに不満を持つ限り幸福にはなれない。
支配から脱却しない限り不幸なままだ。
自分の人生を自分で選べないということは、人間にとって最大の不幸の一つに数えられる」
支配される者は、支配する者の幸福と利得を第一として生きることになる。
支配される中で小さな幸福を見つけることもあるだろう。
だがそれは不幸を感じる感覚が麻痺した先にしかない。
自由に生きる幸福がないということは、結局のところ最悪だ。
鷲尾須美というメスガキの人生はもう終わっている、と言えた。
「お前に明日はない」
おじさんが人差し指で須美の眉間をつつきそう言っても、須美は顔色一つ変えない。
催眠が上手く噛み合っている状態ならば、こんなことを面と向かって言われても、敵意どころか違和感すら持つことはできない。
"当たり前"を奪う。
"指定したルール"を強制する。
まるで、神話の中で絶大な力を振るい、問答無用に人を従わせた天に在る神のように。
「フッ……
『ゴミクズのみを催眠で自分の女にする催眠術師』
『街を守る正義のヤクザ』
『牢獄から重犯罪者を脱獄させる海賊』
『連載終盤の涅マユリ』
それらはぶっちゃけ同レベルとはよく言ったものだ……」
「そうなんですか?」
「訂正しよう。ゴミクズ度合いが同じくらいだ」
須美は可愛らしく首を傾げる。
疑問を持った少女の綺麗な黒髪が、艷やかに揺れていた。
「私ちょっとわからないんですけど、悪いと思ってるならおじさまは何故するんですか?」
ふむ、とおじさんはあごひげを撫で、腕を組んだ。
「子供の頃は誰もがリザードンに憧れるが、大体のおじさんはスリーパーにしかなれないんだ」
「は?」
「善人は小生の趣味に合わなかった。そのくらいのつまらん話だ」
「清く正しく生きませんか? その方がお天道様に胸を張って生きられる分いいですよ!」
「催眠かけられた状態でここまで善意十割の説教してくる奴初めて見たな……」
「きっとそうすれば―――」
「『この話はここまでだ』」
「すんっ」
「よし。テトリスの一番好きなブロックの形でも語ってろ、小娘」
「□□
□
□」
「今どうやって発音した?」
ふぅ、とおじさんは深く息を吐き、須美の淹れた茶を口元に運ぶ。
「……本当に調子が狂うな」
どうにもやりにくさが先行していた。
さいみんじゅつはエスパータイプの技でありながらあくタイプにも効く。
催眠術師は悪に相性不利だが、悪に催眠が効かないわけではない。
事実、相性の不利を覚悟の上で悪を討つダークヒーローおじさんもいる。
まあそういう話とは特に関係なく、おじさんはこの世界にやや戸惑っていた。
善人の割合が多い。
ほどほどの善人ととびきりの善人で振れ幅が多いが、本当に善人が多い。
時間をかけておじさんが探知をかけても、悪人の判定に入る人間は相当に少ない。
鷲尾家で会った人間にも一人も悪人がおらず、おじさんは目眩がするような気持ちであった。
普通、社会というものは善悪両方を内包する。
自制心の低い善人が気の迷いで犯罪をしてしまうこともある。
悪人が損得勘定で犯罪を行わず生きていることもある。
そうして年間に数十万、数百万の犯罪が起き、それを処理するのが"健全な国家"だ。
だがこの世界は、世界全体が妙に善意的に感じられる。
世界を渡ってきたおじさんだからこそ、善意を捻じ曲げることも生み出すこともできる催眠種付け一族のおじさんだからこそ、理解出来る異常性。
特殊な思考の強制ではない。
悪人が完全に存在しないわけではない。
ただただ、極端なまでに全体的な善性が強い。
人生経験豊富なおじさんも流石に、このレベルの善度合いは、善を良しとする新興宗教に染まった小さな村くらいでしか見たことがなかった。
まるでほとんどの人が"神様が見ているから悪いことはできないね"と思っているような世界。
こんな綺麗な世界の中では、邪悪なる催眠おじさんはさしずめ、美しい花畑の中に放り込まれたウンコのような存在だ。
汚すぎて肩身が狭い。
(この世界を小生より先に支配した催眠おじさんでも存在しているのか?)
底無しの善人相手だと調子が狂うのは、彼の性格の問題だろうか。
ただ、善人だけの世界というだけなら、おじさんもここまで調子は狂わなかっただろう。
彼の調子を決定的に狂わせたのは、間違いなくこの少女である。
何かどこかがズレていて、その純朴さや真面目さが彼の調子を狂わせていた。
目を合わせれば、加工された宝石のように透き通る須美の瞳が、まっすぐに尊敬の目でおじさんを見ていた。
「? どうかしましたか? おじさま」
「いや」
「アンパンマン号みたいな無表情になってましたよ」
「どんな無表情だ……いやちょっとわかるな」
催眠おじさんから二ヤけた笑みを差し引いたらただの
「そうだ、宿題はどうした。終わったのか?」
「これからやります! ……いえ、今からやります!
一刻も早く! おじさまの前で不甲斐ない自分は見せません!」
「生き辛そうなくらい真面目だな」
宿題のことを言われて、やらない、後回しにする、という選択肢がない。
少し慣れてくると、その真面目さに可愛げや好感を覚え始めるタイプの真面目さだった。
本人に
「……宿題を見てやろうか、このおじさまが」
「え? おじさまできるんですか?
神樹館って小学生が通ってますけど結構学力高いところですけど……大丈夫ですか?」
「煽りに聞こえるが心配してるだけなんだろうなこれ……」
「?」
「鏡があったら貸してくれい。高いのはやめてくれ、肌に合わんのだよ」
「手鏡でいいですか? 私のですけど」
「おう感謝……もうちょっと女の子らしい可愛い手鏡買って貰ったらどうだ?」
「いいえ、家に恥じるような私物をねだるなど以ての外!
私は鷲尾の名に恥じない大和撫子として、与えられた物で満足していますから!」
「……まあいいか」
須美に借りた鏡を見て、おじさんは鏡の向こうの自分を見て、鏡の向こうの自分に能力の焦点を当てた。
「『東大合格確定レベルに頭良くなれ』。よし、催眠完了。宿題見せてみ」
「それでいいんだ……」
「宿題やるのは脳で、脳に催眠かけるのが催眠であるからな」
「さすがおじさまです!」
「うむ。宿題が終わっていないのに登校させるわけにもいかん。
宿題が終わってから、この世界について等、色々小生に聞かせてくれ」
「はい! 何でも聞いてください!」
「ん? 今なんでもって言ったよね?」
「はい!」
「たとえばお前の知る限り一番美人な女とか教えてくれる?」
「お母様です!」
「クッソォ純粋な小学生特有の曇り一つ無い綺麗な返答しやがって」
いい女探しはいつになったらやれるんだ、とおじさんは思った。