催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度21倍

 母は優しく、父は厳しく、兄は正しい。

 そんなごく普通の一家に自分は生まれたと、彼は記憶している。

 催眠おじさんの一族。

 伝説の末裔。

 人の心を支配する人類の敵。

 社会の陰に隠れて生まれ、生き、育ち、死んでいく。

 社会の表側に生きられないということは、社会の裏側でしか生きられない人間としか繋がりを持てず、親も親戚も友人も、まともではないということだ。

 

 社会とは、それ自体が学習する巨大な生命体である。

 

 失敗や事件を糧にそれを繰り返さないように変化し、発明や生産によって成長し、際限なく大きくなっていく。

 そして社会を蝕む病によって衰え、時間経過で必ず死ぬ。

 知識と歴史を蓄積することで学習する社会は、失敗は繰り返さないように、成功は繰り返すように進化していく。

 社会とは、それ自体が学習する巨大な生命体である。

 

 銃が生まれたての頃、社会はそれの悪用に対し無力だった。

 社会が銃を学習した頃、人は銃の対抗策を生み出し、社会はある程度安定した。

 賭博が生まれたての頃、社会はそれの悪用に対し無力だった。

 社会が賭博を学習した頃、人は賭博の対抗策を生み出し、社会はある程度安定した。

 麻薬。毒薬。戦争。法の抜け道。詐欺。誘拐。搾取。

 社会が学習するたび、社会から悪は減り、一部は消えていった。

 社会とは、それ自体が悪を学習し、悪を倒す正義を構築する巨大な生命体である。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()

 

 人間の精神操作は禁忌である。社会はそれを排斥する。

 催眠使いが犯罪を起こせば起こすほどそれは加速する。

 やがて人間は催眠対策の技術を発展させ、催眠で人の心を操れない社会が完成し、催眠は悪という概念が定着し、社会は催眠を乗り越える。

 オレオレ詐欺が滅びたようなものだ。

 

 だから、本当に悪い人間は、逃げる。

 自分が催眠の力で好き勝手できる世界に逃げる。

 おじさんが鷲尾須美の世界に来た力と同じ力を使って逃げていく。

 そして社会が催眠術師という忌むべき病原菌に対する抵抗力を身に着けた頃に、またその世界から逃げ出していくのだ。

 比喩でもなんでもない、社会を蝕み感染拡大する病原菌である。

 

 母は優しく、父は厳しく、兄は正しい。

 そんなごく普通の催眠おじさんの一家に自分は生まれたと、彼は記憶している。

 

 

 

 ―――母は優しく、失敗者のビデオを子供達によく見せていた。

 

「いい?

 これが失敗者よ。

 情に流された愚か者。

 催眠無しでも愛が生まれたと信じて解除して、復讐されたの。

 バカねえ、人間の心を操るのがそんな軽いわけないのに……

 催眠で操った心と、素のままの心が、同じなわけないのに……」

 

 何度も何度も見た。

 普通の世界で普通の子供が、ヒーロー番組や子供向け番組を見るように、何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も繰り返し見た。

 他に見るものはなかった。

 他に読むものはなかった。

 

 母親は息子に強制しなかった。

 ただ、他に選択肢を与えなかった。

 だから彼は、鷲尾須美と出会って変化した今でも、母親に強制されたとは思っていない。

 自分の意思で、それらを見続けた。

 心理学的には、"自分の意思で選んでそうした"という認識は、脳に強烈な記録を残すという。

 それこそ、人生一生ものの何かを残すというという。

 

 幼少期の憧れも、尊敬も、夢も、目標も、嫌悪も、怒りも、その他全て、ここに吸われた。

 普通の子供は、この時期悪とヒーローを見たり、真っ当な倫理観の作品を見たりして、『倫理』を学ぶ。

 この時期子供が見るものを管理するのは親の役割であり、親が子供にこの時期見せたものが、子供が一生使い続ける『倫理の礎』を形成する。

 彼の母もまた、彼の母の両親に、同じようなことをされてきた。

 

 これは先祖から子孫へ続く、一種の愛であり、とびきりの歪みと言えるもの。

 

「ほらこれは、催眠を解いたら自殺しちゃった女よ。催眠術師の方も自殺して……」

 

 母は息子に見せ続けた。

 

「これは催眠で親友になった後に解除した失敗者。ほら、腹に元親友に刺されたナイフが……」

 

 母は息子に見せ続けた。

 

「催眠を解いたら仕事の相棒に殺されちゃった女ね。絵に描いたような失敗者だわ」

 

 母は息子に見せ続けた。

 

 見せ続けた。

 

 息子が物心つく前からずっと、ずっと、ずっと。

 

「でも分かるでしょう?

 催眠を解除したらこうなるのよ、普通。

 だから永遠に催眠で操っておきなさい。

 解除しなければ皆親友で、恋人で、信頼できる仲間なんだから」

 

 母の愛は、子の心を形作る。

 

「私は催眠無しで人と繋がるなんて怖いわぁ。

 だって何も保証がないわけでしょう?

 愛は飽きたら終わるわ。

 友情は金の貸し借りで終わる。

 信頼は利害で裏切れば終わるわね。

 でも、催眠があれば永遠なのよ。

 永遠の絆なの。

 催眠がかかっている間は絶対に離れない。

 そうして初めて……人は本当の意味で、他人を信じることができるのよ」

 

 母は、催眠がかかっていない人間を、どんな人間であっても信じない人間だった。

 

「私はね、愛する息子達に、こんな絶望や悲しみを背負わせたくないの。分かるでしょう?」

 

 彼はずっと、ずっと、催眠を解除した愚かな人間が、全てを失い破滅するのを見続けた。

 

 だから、()()()

 

 "こんな愚かしい人間になってはいけないわ"という母の愛は、"悪は必ず滅びねばならない"という考えの種になった。

 

「特に■■■。

 あなたは人に期待しすぎるし信じすぎる。

 それじゃあダメよ。

 誰にも期待してはダメ。

 誰も信頼してはダメ。

 周りが自分に期待して、自分を信頼するようにしなさい。

 その上で自分は周りに何も思わないの。

 そうすれば、あなたは永遠に周囲を支配し、周囲から搾取し続けることができるからね」

 

 子を愛した母親だったのかもしれない。人類の敵にしかなれないだけで。

 

「健やかに生きなさい、■■■」

 

 母はよく笑う人だった。

 

 

 

 ―――父は厳しく、彼と相思相愛になれそうな少女をあてがった後、催眠で寝取った。

 

「いいかい、■■■。

 人を信じてはいけないよ。

 こんなにも簡単に改造できてしまうのが人の心なんだ。

 もう彼女は君のことなんて好きじゃない。

 私のことを一生愛したままだろう。

 簡単に書き換えられるものに価値はない。

 人の心もそうさ。

 価値は不変性に担保されるから、人の心は画用紙と同程度の価値と見るべきなんだよ」

 

 彼にとっては初恋だった。

 黒く長い髪の、生真面目で頑固者で、年齢不相応なくらいに体は大人っぽくて、笑うと朝顔の花のようで、真っ直ぐで不器用だからすぐ転びそうな、そんな女の子。

 互いに想いを通じあわせて、相思相愛になり、結ばれた。

 結ばれてすぐ、父親に催眠で寝取られた。

 

 それは、父の厳しい愛だった。

 どこにでもある、厳しさによって子の未来を作ろうとする愛だった。

 子供というものはいつだって、父の厳しさに何かを学び、それによって人生を生きていく力を得るものだ。

 

 彼の初恋の少女は、彼の父親に夢中になっていた。

 彼の目の前で、彼を罵倒する言葉を父親に言っていた。

 彼と父親を比べて、父親だけをあらゆる言葉で称えていた。

 彼が初恋の少女に告げた愛の言葉は、父親の前で"つまらない告白"とバカにされていた。

 

「信じるべきものは、確かなものであるべきだ。

 物理法則とかそういうものだね。

 下品かもしれないけど、金も良い。

 僕らは破れるけど契約書とかもいいね。

 僕は心配だよ、■■■。

 我が息子ながら君は不確かなものを信じすぎている。

 不確かなものを信じるというのは、裏切られるということなんだ」

 

 彼が気付いた時には既に、彼の初恋の少女は、『飽きた』と言われゴミのように捨てられてしまった後だった。

 

 この世で一番価値があると思えた初恋の女の子が、気付けばゴミになっていた経験は、間違いなく彼を歪め、強くした。

 

「勇気、友情、信頼、信念……

 全て無価値さ。

 心に価値はない。

 不確かだからね。

 人を好きになるのはやめなさい。

 そして、人に好かれるようになりなさい。

 それが支配するということなんだ。

 誰も愛さず、全人類に愛される催眠術師。それこそが究極の催眠術師なんだ」

 

 催眠無しで作った親友が、父親の催眠で心を狂わされ、自分をいじめ始めた時、これは父親の戒めなのだろうと、彼は考えた。

 命を助けた学友が、心を弄くられて豹変し、彼の顔写真をtwitterのアイコンにして未成年飲酒などのツイートをして陥れにかかってきた時、彼はそれを父の試練と考えた。

 事実そうだった。

 息子が、かつて親友だった者が心操られ敵になっても、それを倒し乗り越えたのを見て、父親は息子の頭を嬉しそうに撫でたという。

 

 自分がまた恋をすれば、父はまた同じことをするだろうと、彼は思っていた。

 

「君は出来が悪い子だったが、十分に僕の誇りの息子だ。素晴らしく成長したね」

 

 彼は人の心の強さを知る前に、千の心の弱さを知った。

 初恋を知るとほぼ同時に、その無価値さを知った。

 画用紙と同じくらい、人の心は簡単に塗り潰せてしまうことを知った。

 

 子を愛した父親だったのかもしれない。人類の敵にしかなれないだけで。

 

「君が笑って生きていくことだけを願っているよ、■■■」

 

 父は、微笑むのがヘタクソな人間だった。

 

 

 

 

 兄は正しかった。

 だから、彼と兄を除いた一族を全員殺していった。

 兄が踏み潰した両親の頭の残骸の形は、今でも彼の瞼の裏に焼き付いている。

 

「■■■」

 

 兄が彼の名を呼ぶ。

 時を止める領域に到達した彼の催眠は、もはやどんな催眠術師でも止められない。

 兄が何故自分を殺さなかったのか、彼には分からなかった。

 鷲尾須美と出会って成長と変化を遂げた今になっても、何もわからない。

 

「小生らが人に愛されることはない。心を操る以外では、絶対に」

 

 兄の言葉を、彼は今でも信じている。

 彼は子供の頃から兄のことが大好きだったから。

 一人称を勝手に真似てしまうくらいに。

 

「希望を持つな。

 期待するな。

 信じるな。

 諦めろ。

 そうすれば自分の想いに殺されない。

 諦めれば……この薄汚い遺伝子の中に生きる小生らでも、多少はマシに生きられる」

 

 兄は自分の幸せを願ってくれていたのだろうか、と彼は思う。

 

「諦めろ。誰もお前を愛さない」

 

 願ってくれていなかったんだろうな、と彼は確信を持っていた。

 

 

 

 

 

 彼は旅を始めた。

 子供の身一つ。

 千円しか入ってない財布。

 パン一個しか入っていないショルダーバッグ。

 着古した私服に、履き潰す一歩手前のスニーカー、父の形見の腕時計。

 それでも、催眠さえあれば、生きて旅を続けるには十分だった。

 

 世界を渡る旅をして、彼は徐々に気付いていく。

 自分が人の敵にしかなれないことを。

 時に優しくされ、時に拒絶され、彼は自分が悪であることをしっかりと認識していった。

 ゲスの暗黒卿に弟子入りしてからは、毎日真面目に催眠術の鍛錬もしていった。

 子供の頃の彼は、誰もが認める無垢なる邪悪であった。

 

 世界を渡る旅をして、彼は徐々に気付いていく。

 子供の頃に思っていたほど、世界は汚くなくて、人は穢れていなかった。

 父と母の言っていたことだけが全てではなかった。

 幼い頃に知った世界が全てではなかった。

 優しくしてくれた人がいた。

 親しくしてくれた人がいた。

 死んでいった人がいた。

 生きたがっている人がいた。

 彼が居たせいで不幸になった人がいて、彼のおかげで幸せになった人が居た。

 

 自分でも何故かわからないけれど、彼は人間が好きだった。なんでかはわからないけれど。

 

 彼は催眠なんて使わない人間が好きだった。なんでかはわからないけれど。

 

 他人を操らなくても心で繋がれている人間が好きだった。なんでかはわからないけれど。

 

 両親の下で生きていた時間の長さを、両親が殺されてからの時間の長さが超えた時、彼の中で何かが変わっていく予感がした。

 

 

 

 

 

 そんな人生を送ってきた彼だが、彼に人生で最も印象に残ったことを挙げさせるなら、きっとそれは鷲尾須美と出会ったことと、それからの日々を挙げるに違いない。

 他の何より、彼女が印象に残っている。

 どんな楽しい思い出よりも、彼女との記憶が輝いている。

 

 彼女はおじさんを決定的に変える言葉を言ったわけではない。

 劇的におじさんを戦って救ったわけではない。

 おじさんを一目惚れさせたわけでもない。

 そういった分かりやすいものではなかった。

 

 ただ、幸せだった。

 鷲尾須美と出会ってからずっと、おじさんは幸せだったのだ。

 幸せだから救われた。それだけ。

 全宇宙を探しても、鷲尾須美/東郷美森以上に、彼を幸せにする才能がある女は居なかった。

 

 おじさんの人生は不幸にまみれていたが、彼女と出会ったことは幸運であると、そこだけは、迷いなく言い切れる。

 

 彼女は勇者。

 勇者鷲尾須美。

 鷲尾須美は勇者である。

 『人の心に住まう魔王を倒す』。

 そして、光をもたらし、人を救う。

 それこそが勇者に選ばれる資質の正体なのではないかと―――おじさんは推測していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしておじさんは、朝の鷲尾家の会食で、戸惑っていた。

 

「は? 花粉症? 六月に?」

 

「そうなんです……くちゅん」

 

 鷲尾夫婦と須美の三人が、花粉症になっていたのである。

 

 くちゅん、ばふんっ、えふっえふっ、ふぁいふぁんっ、とくしゃみの音が三人のローテーションで絶え間なく響いていた。

 

「……そういや、管理された環境だと植物のサイクルって変わるんだっけか。

 ランダム要素がなくなったり、植物が環境に最適化するから。

 五月まで花粉出してるのがスギだから、一ヶ月くらいズレたと思えば……」

 

 おじさんの推測に、須美父が補足を入れる。

 

「いや、どうもね。大赦の実験があったらしい。

 杉が暴走して花粉を大量に出し続けてしまって、今日中に伐採するようだよ」

 

「実験~? 何やってんだ。

 というか神樹は大気管理してるんだから花粉もちゃんと除去してくれぃ」

 

「無菌室のように管理しすぎるのはいけないんだ。

 空気を綺麗にしすぎると人間の抵抗力が落ちる。

 外の世界を取り戻しても出ていけなくなってしまう。

 "空気が綺麗だ"程度に留めておかないと、よくないのさ」

 

「ほー、流石鷲尾の当主、小難しいのに分かりやすい……実験の内容はなんぞ」

 

「そこは技術部の機密なんでなんとも。ただ、『種を植える』実験らしい」

 

「種……?」

 

 後で調べてみるか、とおじさんは思案する。

 

「しっかしなー。

 親子だよな……

 花粉症って発現しやすさが遺伝すんだっけ?

 免疫関係は遺伝が強いからなあ、くしゃみしてる姿とかそっくりだ」

 

「……私達と須美は血が繋がっていないから、本物の親子ではないからね」

 

「親子だろ、偽物とかじゃねえ、正真正銘本物家族だ。ケッ、ネガティブ親子め」

 

「―――ああ、そうだね。そう扱ってくれるのは、嬉しい」

 

「この家であんたらと部外者なのは小生だけだ。そりゃ小生だけかからんわけだわさみしい」

 

「おやおや。君もちゃんと私達の家族だろうに」

 

「催眠かかってる間はな。そういうもんだ」

 

「いいや、ずっとさ」

 

 須美父が微笑んでおじさんの肩を叩くものだから、慣れない対応や感触に、おじさんはちょっと戸惑ってしまった。

 

「まあ、それはそれとして」

 

「それはそれとするんですかおじさま」

 

 花粉に苦しむ須美を見て、おじさんは拳を握る。

 

「許さねえぞ杉花粉……!

 いつもそうだ。お前らは

 『妊娠してくれれば誰でもいい』

 って気分で花粉ばら撒きやがって……!

 プールに射精おじさんより最悪だ……!

 しかもそのスギの精子が女の子に入って苦しみを生む!

 最悪だ!

 スギは人間も妊娠させようとしてんだよ!

 目や鼻に中出ししやがって……!

 コンドームも付けねえからなスギは。

 須美はテメエなんかが受粉させようと思っていい子じゃねえんだぞ……!」

 

「おじさま、スギを憎みすぎでは?」

 

「杉って要するに日本で一番人の幸福を奪ってる植物の種付けおじさんのことだからな」

 

「ええ……」

 

「杉を憎み杉なんてことはないんだ!」

 

 須美が二の句を継げようとして、特大のくしゃみが来て、目の前にいたおじさんにくしゃみの動きで頭を突っ込むようにして、思い切りくしゃみをする。

 おじさんの服の腹と自分の鼻の間に鼻水の橋が出来ているのを見て、須美は思いっきり顔を赤くして、おじさんから鼻水の橋が見えないように全力で隠した。

 

「あ、ご、ごめんなさっ」

 

「ンププププッ」

 

「わ……笑いすぎです!」

 

「笑い杉!?」

 

「違います! あ、ああ、すみません、べっちょりついちゃって」

 

「須美ません!?」

 

「動かないでください拭き取りにくいです!」

 

 結構昔に『花粉は有害な物質じゃないぞ』という催眠を体内の免疫機構に時間をかけてしっかり浸透させられた美森は、大分余裕のよっちゃんで、二人の掛け合いを見ていた。

 

「小学生の私ってこういうのによく罪悪感をごまかされてたのね……」

 

 懐かしい気持ちに浸りながら朝食を食べていた美森の箸が止まる。

 

「この卵焼き……おじさまの好みの味の……!?

 このバランスを見つけるには二年の研究が必要のはず!

 まさか須美ちゃん……私の料理の腕を見て味見して奪ったというの……!?」

 

「盗むのに一ヶ月以上かかってしまいました。ふふん」

 

「須美ちゃん……恐ろしい子!」

 

「もう三年分のアドバンテージが失われて来たんじゃないですか?」

 

「ふふ。こういうのは、私も燃えてくるわね。私も更なる進化が必要な時かしら」

 

 笑う須美。

 笑う美森。

 二人の間に嫌な感情がないため、ぶつかり合うような会話もどこか心地良い。

 おじさまは昔食うものが無かった時に作ったスギ花粉のクッキーの異様な不味さを思い出し、須美のご飯の美味さを噛み締め、自分がどれだけ幸福であるかを噛み締めていた。

 

「じゃあ小生ちょっと乃木家行ってくるから」

 

「え。そのっちに何の用なんですか?

 いえ、別にどうでもいいことですけど。

 私はそのっちもおじさまも信じてます。

 だからどうでもいいんですが、何の用なんですか?

 何の用でもどうでもいいですけど、一応聞いておきたいです」

 

「こいつかわいいな……」

 

「なっ……か、可愛いって言えばごまかせると思わないでください!」

 

 今日も鷲尾家は平和である。

 

 次の戦いが、訪れるまでは。

 

 

 

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