催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度22倍

 おじさんはママチャリで乃木家に向かっていた。

 彼は子供の頃から「マウンテンバイクかっこいい……しゅっとしてるのと前にカゴ付いてないのがいい……」と思うタイプであった。

 が、須美を学校に送っていくにあたり、マウンテンバイクでは後ろに人を乗せられないと思い、あえてママチャリを選んで買ったという経緯があった。

 最近はママチャリの後ろに柔らかいクッションをセットし、その上に須美を乗せて爆走するというめざましい進化を見せている。

 

 乃木家に向かいながら、おじさんは考えていた。

 

■■■■■■■■■■

 

「インチキおじさんは、どうして人が信じられないのかな」

 

「催眠をかけてお人形さん遊びにしないと、他人を大切にできないのはなんでなのかな」

 

「ごめんね。

 答え難かったら答えなくていいよ。

 もちろん今すぐ答えなくてもいいの。

 私達は会う間隔が広くないから、いつでも会えるから問題ないんだぜ~!」

 

■■■■■■■■■■

 

 どう園子に教えたものかと。

 どう園子に語ったものかと。

 過去をオブラートに包み、誤魔化し、伝えるにはどうしたら良いかを考えるが、乃木園子だとさっくりと見抜かれてしまうような気もしてきてしまう。

 考えて、考えて、考えて。

 おじさんはどうごまかしてもこれ小学生に伝えるのはいかんわ、という答えに到達した。

 

「……いや子供の教育に悪いわ!」

 

 おじさんが自分の過去を語るメリットはない。意味もない。

 それで生まれるのは園子からおじさんへの理解だけだ。

 彼女からの理解を求めているわけでもない、と彼は考える。

 自分の過去を知ってほしいと思っていたわけでもない、と彼は考える。

 同情されたかったわけでもない、と彼は考える。

 

 むしろ彼は、園子に自分の過去を言ってもいいと思っていた自分の変化に戸惑っていた。

 "そんなはずはない"と思う自分が、既に自分の中に居るというのに、目を逸らしていた。

 

「そもそも小生が乃木園子に真剣に向き合う義理がねえだろ……

 そんな義理とか……

 別に……

 ……ない、無いぞ。

 あー鬱陶しい!

 何が『答え難かったら答えなくていいよ』だ!

 小学生の気遣いじゃねーんだよメスガキ!

 ガキのくせに大人気遣って逃げ道用意しやがって! 舐めてんのか!」

 

 おじさんの自転車のペダルを踏む力が強くなる。

 

 ほんわかしていて、何も考えていないように見えて、その実周りをちゃんと見ていて、周りのことばかり考えている園子を理解し、おじさんは腹が立った。

 園子は誰よりも自由だったが、自分勝手には見えない。

 それは彼女が誰よりも自由であるのに、その自由を他人のために使おうとする少女だから。

 次から次へと、子供に気を遣われている自分に腹が立っていた。

 

 けれど同時に、そんな少女が鷲尾須美や三ノ輪銀と出会い、親友の輪を作り共に戦う仲間となれたことに、"嬉しさ"を感じる想いもあった。

 

「……言えるわけねえだろ。

 小生がこの世で一番嫌いなのはな。

 悪役に実は同情できる過去がありましたー、って話なんだよ。

 それも悲しい過去に見せかけたどうでもいい話がな。

 白けるんだ、悪役を正当化させるだけの、つまんねえ話なんて……」

 

 口をついて出た言葉を振り払うように、振り切るように、おじさんは乃木家に到着した。

 

「いらっしゃ~い、お友達が家に来たの初めてだな~」

 

「小生お友達判定なの?」

 

「あれ~、お友達のインチキおじさんじゃないの~? 誰~?」

 

「先日あなたに傘をかぶせてもらった笠地蔵です。恩返しに参りました」

 

「お地蔵さんだ!」

 

「なので……笠地蔵って恩返しに来て何したんだっけ。鶴の恩返しは覚えてるんだけど」

 

「痴呆おじさん~」

 

「うるせえ! こんなググれば分かるようなこと覚えてられるか! キーッ!」

 

「きーっ!」

 

 園子に招かれ、おじさんは園子の後に続いて、広い庭に出た。

 

 立派な屋敷、広い庭、でかい石、大きな木、整った芝生、均一な砂利、池には錦鯉。

 

 現在の世界最高権力『乃木家』の家は、家も庭もちょっと引くくらいに立派だった。

 

「ちょっと引くくらいデカいな」

 

「えー、そうかな~?」

 

「普通に野球できそうなくらい広いな……時々遊びにきていい? うわっ木がデカい」

 

「いいよ~、遊びに来る人いないもんね~」

 

「いやもっとガンガン呼べよ……

 なんだこの池、プール? 上に橋がかかってない? なにこれ? お前凄いな」

 

「すごいのは私じゃなくて私の家だと思うな~」

 

「じゃあお前十分凄いんじゃねえか。

 財力は強いぞ、最強の力だ!

 財力があるという時点でお前は大分伴侶選ぶ自由度が高いんだぜ?

 昔、親に遊び形式の勉強って言われて教わったな……

 ええと……金で他人を自由にするやつで……

 気高くて男に体を許さない高学歴の金に困ってる女探して……

 1億くらいポンと積んで犬にすることで人間の誇りのゴミさの引き出し方を学ぶやつ」

 

「遊び方が酷くないかな」

 

「小生は一億なんて持ってないから一円玉を一億円に錯覚させる催眠でやってた」

 

「わぁ、違う常識に生きてる人の子供の頃の思い出話だ」

 

「……っていかんいかん、こんな話をしに来たんじゃない」

 

「んー……あ、私分かっちゃった!

 催眠で心の自由を奪うのは術師が強制してるだけ。

 だけど金に目が眩んで犬になるのは対象が自分から進んでやってる。

 超能力で操るのはつまらない。

 でも特別な力なしに他人を操るのは別の喜びがある。そういうことなんだよね?」

 

「そういうことですね~、って小生は話の軌道修正してるのに巻き戻すんじゃないよ!」

 

「やったー、大正解~!」

 

「いつの時代もこのタイプの天才が催眠おじさんを滅ぼすんだよな……こええ」

 

 おじさんは園子をやたら大きな庭石に乗せ、園子に再度催眠をかけ始めた。

 

 既存の催眠に新規催眠を追加して、園子の言動行動を長期的に誘導しようとする。

 おじさんは整合性を取る能力が高く、ヘタクソな催眠術師がやるような催眠スパゲッティコード状態になることはめったにない。

 彼がかつて催眠をかけたソシャゲ運営の女を手伝っていた時期には、新規実装システムのバグ率0%、ゲームバランス調整のための新規追加要素で不満苦情が0だったほどである。

 催眠アプリやTMNシステムなどのプログラム技術は、そこで身につけたものだった。

 

「『小生の過去はお前に教えた。割とつまらない話だった』」

 

「にゃーん」

 

「えーっとそうだな後……『園子の何気ない一言がおじさんを救いました』」

 

「くぅーん」

 

「『でもおじさんは変われないので、園子は諦めました』」

 

「さんちょ~」

 

「こいつこれで催眠本当にかかってんのか……?」

 

「私が催眠にかかるわけなんてないよ~」

 

「おっ……百点満点の解答。

 これは催眠にかかってるな……乃木のお嬢は礼儀作法しっかりしてて偉いな。いい子だ」

 

「えへへ~」

 

「どうすっかな。もっとかけるか、催眠……何かかけて欲しい催眠あるか?」

 

「私本人にそれ聞くの?」

 

「うんすまん言ってから小生もそう思ったわ」

 

 もう少し微調整した方がいいかな、とおじさんは考え始めた。

 

「んー、かけないならかけないでいいが……

 園子の場合もう少し思い通りにしないと事故みたいなことになりそうだしな……」

 

「きゃー、インチキおじさんの雌奴隷にされちゃう~」

 

「するわけな……どこで覚えた小学生!」

 

「私がネットで書いてる小説に時々来るんよ~

 そういうDMとか感想~

 文体で私が女の子だって分かっちゃうみたい~」

 

「くたばれ出会い厨。

 園子、お前のアカウント教えろや。

 代わりに全部消してお前の記憶も消しとくから。

 そうしたら最初からそんなメッセージ来てないのと同じだから。

 作者権限で感想消せなかったら運営を催眠で操って運対で感想消しておくから……」

 

「インチキおじさんはネット小説家の理想の味方だね~、甘やかしすぎじゃない?」

 

「コーヒーと同じだ、砂糖とミルクはいくら入れても良い」

 

「甘くしすぎじゃない?」

 

「小生は苦いぞ」

 

「うちのクラスの男の子の珈琲初体験と感想がおんなじだ~」

 

「……やっぱ催眠の種類増やした方がいいなこれ」

 

 行動言動の縛りを増やそうとするおじさんに、園子は頬を膨らませる。

 

「もー、インチキおじさんの過去聞かせてくれなかった分、甘く見てくれてもいいのに~」

 

「それもそうか。じゃあ……ん?」

 

 その言葉のおかしさに、おじさんはすぐに気付いた。

 

 園子の額に手を当て、頭の奥深く、詳細に至るまで精査する。

 催眠はかかっている。

 催眠への完全耐性もない。

 ただ何故か、脳の深くに、おじさんが()()()()()()()()催眠があった。

 明確化がなされていない、曖昧な干渉を意識にもたらしている催眠が、おじさんの催眠と催眠コリジョンを起こしてしまっていたらしい。

 

「……なんだこの催眠。『正直に言え』」

 

「自分でかけたんだよ~」

 

「―――」

 

 まったりと笑う園子の言葉に、全てが繋がり、おじさんは納得した。

 

「そうか、お前か」

 

「何が~?」

 

「"美森を過去に送る催眠術を使ったやつ"だ。

 ―――そうかお前、未来でもあいつの親友で居てくれてるんだな」

 

「?」

 

「小生の催眠を見て倣い、見て覚えたな?」

 

「うん!」

 

 疑問はあったのだ。

 あれだけ毎日一緒に居れば、須美や美森に催眠の才能が無いことは分かる。

 そも、美森に催眠の才能があったなら、過去に来てすぐおじさんに催眠をかけようとした可能性だってあったはずだ。

 東郷美森を過去に飛ばした催眠使いは―――別にいる。

 おじさんは薄々、その事実に気が付いていた。

 

 その答えが、今目の前にあった。

 未来で美森を希望と共に過去に送った人間が、目の前に居た。

 

「三ノ輪のお嬢が言っていた。

 園子は天才だと。

 何をやってもすぐできるようになると。

 熟睡しながら聞いた授業の内容を全部覚えていると。

 勇者で一番"できること"が多いチームのリーダーだと。

 ……三年あれば、小生でも届かなかった時の超越にまで到達できるわけか」

 

「あはは、自分が居ないところで褒められてるのって、聞いてるとなんだか照れちゃうね」

 

「お前は褒められていい。よく出来た子供は褒められて然るべきだ」

 

「えへへ」

 

 おじさんは園子が自分で自分にかけた催眠を解除し、真面目な顔で戒める。

 

「二度と独学で催眠はやるな。

 催眠は超常の力を使うものと、脳科学で認められてるものの二種類ある。

 だがな、そのどっちも人の心を壊した記録が残ってるんだ。

 独学で自分にかけるな。失敗すればお前の心は壊れ、小生でも助けられなくなる」

 

「はーい!」

 

「代わりに、お前を弟子に取ってやろう。催眠やる気があるならだが」

 

「! ホント? わーいっ!」

 

「うぇーいっ。半端な催眠が一番危ないからな。周囲にとっても当人にとっても」

 

 園子がきゃっきゃと喜び、ぴょんぴょん飛び、満面の笑みを浮かべていたが、首を傾げる。

 

「でもいいの? インチキおじさん、そういう自分と同じ存在を増やすの嫌だと思ってた」

 

「嫌だぞ。ただまあ、リスクは低い。小生より霊圧が低い者の催眠は無効化できるからな」

 

「へー」

 

「それにお前なら問題ない。お前だけしか問題ないとも言えるが」

 

「? 私の中に勇者とは違う秘めたる力が……!? やったぜー! ひゅー!」

 

「違う。

 いや違わないが。

 お前が催眠でも天才なのはそうだがそうじゃねえから。

 心だよ心。

 心にある才能だ。

 多分、須美も銀も正式な弟子に取ることはない。お前だけだ、教えてやろうと思うのは」

 

 園子は首を傾げて、どこからか取り出したぬいぐるみを抱き締める。

 

「??? インチキおじさんの言うことって、不思議系で分かりにくよね~」

 

「お前が言うのか! この天然娘!

 お前は不思議ちゃんで小生は哲学面の話してるだけだ!

 ……いや子供に伝わってないなら同じか。

 催眠の力は強大だから、人の心を狂わせる。だがお前なら心配はない」

 

「そうかな~」

 

「そうだぞ~」

 

 催眠の力は、人を奴隷にする。

 だがそれだけではない。

 力もまた、人を奴隷にするのだ。

 力を使っているつもりで、力に使われている人間は多い。

 

「酒と同じだ。

 力も酒も理性を弱める。

 理性が弱まれば横暴にも卑劣にもなる。

 だがそれをその人間の唯一の本質だとは思わん。

 情けない自分を理性で立派に取り繕うのも、人間の美徳だからだ」

 

「なるほど、なーるほど」

 

「神樹の勇者選定基準もまあ分からんでもない。

 勇者の力があったら銀行強盗する人間もいるだろうからな。

 幼い少女だけが勇者なのは……暴走の危険もあるが、一理ある。

 過去に多くの失敗者を見てきた。催眠に踊らされる失敗者だ。誰もが能力に踊らされていた」

 

「ダンサブル~?」

 

「凄くダンサブル~。

 催眠なんて使わない方が幸せだっただろうに。

 能力を使わない方がマシな人生だっただろうに。

 催眠アプリを得て調子に乗って、破滅したり死んだやつもかなり多いんだ」

 

「私はそうならないって思うの?」

 

「思う。お前は絶対にそうはならん。

 須美よりも美森よりも、お前はずっと力に溺れない。

 それが才能というものだ。それはな、望んでも得られない素晴らしい資質なんだぞ?」

 

「わぁ、褒められてる~!」

 

「そうだぞ~」

 

 おじさんの洞察力は非常に高い。

 彼は催眠の力を得て幸せになれる人間となれない人間を的確に見分けることができる。

 そういう観点で見ると、園子はびっくりするくらい安全圏の人間だった。

 精神面だけ見ればおじさんよりも優秀だった。

 

 園子は催眠に頼り切りになることもなく、催眠に依存することもなく、上手く催眠を隠し通すことができ、催眠を幸福の補助輪としてのみ使うことができる。

 心を覗いたおじさんには、それが分かった。

 

「たとえば……いや、なんでもない」

 

 おじさんは例を挙げようとして、挙げる前に思い留まり、口を閉じた。

 

「今、インチキおじさんが言いかけたことが何か聞きたいな」

 

 園子はふわふわと雲のように、華やかに花のように微笑み、言葉の続きを促す。

 

「わっしー相手には語れなくてもどうでもいい女の子相手なら言えそうじゃないかな~?」

 

「……お前、とんでもないな。

 須美のある意味逆だわ。

 こんな世界じゃなかったらお前一番才能あるわ絶対。

 幸せになる才能ってやつ。生存闘争がない世界だったらお前ちょっと強すぎる」

 

「だから『小生がなんとかしないと』って気にならないとか~?」

 

「分かってんじゃねえか」

 

「ひゃっふー! 褒められたー!」

 

「褒め……いや褒めたんだけどよォ!」

 

 おじさんは溜め息を吐き、口を開く。

 

 彼は催眠で操っている人間相手なら心を開けるがゆえに、何かあれば記憶を消せばいいという意識ゆえに、今言いかけたことを素直に口に出した。

 

「物心ついた時には、世界を巡ってた。

 親がひとところに居ようとしなかったから。

 だけど生まれてはじめて、数年同じ国に居たんだ。

 子供の頃の小生は……そこを、生まれて初めて、故郷だと思えた」

 

「故郷……私にとってのこの街みたいなものかな?」

 

「だな。

 そこで頼まれたんだ。

 『国の皆を善人にしてほしい』と。

 小生の催眠の力を頼りにされた。

 国家元首と国民の八割の賛成で、その国策は議決された」

 

「! みんないい人であってほしい……人の夢だねえ」

 

「……どう転がっても、いいことにしかならないと、信じてた」

 

「……そうならなかったの?」

 

「ん、いや、まあな。

 皆善人になったから、善人が当たり前になった。

 そしたらな、善人じゃないことが許されなくなってた。

 善人の集団の中で、相対的な善人と悪人を作るようになった。

 子供の喧嘩は非人道になった。

 家族をバカにされて怒って相手を殴ることは重犯罪になってた。

 過失で人を殺したら歴史に残る最悪の人間扱いされそうな勢いだったよ」

 

「それは……生きてるだけで息苦しそうだね」

 

「小生が走り回って何かしても無駄だった。

 崩壊も絶望も止まらなかった。

 安易な気持ちで最初に"皆幸せに"なんて願ったのが間違いだった。

 気付いてなかったんだ。子供の頃の小生は。

 幸せも善性も、自然と湧き上がるもの。

 あまりにも大きな規模でそれを強制すれば、必ずしっぺ返しが来ると」

 

 それはおじさんが弟子に伝えようとする教訓。

 催眠や洗脳で、世界を変えようとすると、必ずしっぺ返しが来るという摂理。

 

「その国ではもう、『普通の人間として生きること』が、許されないことだったんだ」

 

 ふぅー、とおじさんは深く息を吐く。

 

「『人間であること』が、罪だった。

 普通に生きることが禁忌だった。

 善人であることと他人への許しの許容値は別だった。

 漫画でも悪を倒す善人は悪を許さないだろ?

 いいよな小さな悪すら許さない世界。

 善人で在ろうとするってことは、自分の中の悪を倒すこと。

 他人を善人にしようとするってことは、他人に善を強制すること。

 そりゃいい、知らないとこでやってるならな。

 社会を善で満たすってことは、人間らしく生きることを許さないってことなんだ」

 

 須美は彼を救世主と呼んだが、彼は自分が救世主になれないことを知っている。

 

「つくづく思い知ったよ。小生は悪にしかなれん。善行が存在に合ってないんだろうな」

 

「そうかな~?」

 

「そうだぞ~」

 

 ずっと昔、彼がまだ子供だった頃に、終わった話だ。

 

「世界を良くするってのはな、許すってことだ。

 許せない社会や世界は終わる。

 そういうもんなんだよ。

 ビバ許し。

 ブリリアント許容。

 小生一人が催眠でやっても結局、急に強制された善性は世界を終わらせるのさ」

 

「インチキおじさんはわっしーが世界を滅ぼしても許しそうだもんね~」

 

「おう、許すぞ。

 あいつが何の理由もなくそうするとは思わんし……

 まあなんだ、本人がその後反省してるならいいんじゃないか? うん」

 

「あまあま~」

 

 話をしていて、園子はぴっかーんとひらめいた。

 

「あ、そっか。

 インチキおじさんがわっしー大好きな理由。

 わっしー優しいもんね。すっごく、許してくれる懐が広そう」

 

「―――」

 

「友達や家族への許してくれるパワーがすんごいんだよね、わっしー!」

 

 愛の支配の目的は、幸せになること、幸せにすること。理解し合い、許し合うこと。

 手段は、支配したいその人に、愛されること。

 東郷美森/鷲尾須美が絶対に許さなかったのは、おじさんが彼女を庇って死んだことだけだ。

 彼女は彼に対し、自分に関することだけは、もう全てを許している。

 きっと何をされても許すだろう。

 

「かもな」

 

 園子の言葉におじさんがヘタクソに微笑んで、その微笑みが少し歪んだ。

 

「全ての人を善人にして……

 その国の皆の幸福を願って……

 皆幸せになれるようにしても……人が不幸になっていくなら……

 小生が幸せにできる人間なんて……どこにもいないだろ……そりゃ……」

 

「……故郷だと、思ってたんだよね」

 

「まあしょうがねえのさ。

 これに関しちゃ全面的に小生が悪い。

 何も考えてなかった。

 何も想像できてなかった。

 世界中皆いい人なら皆幸せになれると思ってたんだ。

 小生にとっての始まりの故郷は力に酔っていた小生の自爆で滅びました、ちゃんちゃん」

 

「親は止めなかったの?」

 

「褒めてはくれたな。箔が付いたって」

 

 園子が少し、言葉に詰まった。

 

「親は悪くない。やったのは小生で、選んだのは小生だった」

 

「でもインチキおじさんが普段褒めてる親って、わっしーの四人の親だけだよね」

 

「……」

 

「複雑なんだねぇ」

 

「だからな、結構良い世界だと思うよ、この世界は」

 

 無理なくごく自然に善性を成立させるこの世界を、おじさんはそこそこ尊敬していた。

 

 たとえ、『そういう理想的な人間以外は生きていてはいけないと神々が思い力を振るった結果』だったとしても。

 

「善くあろうとすること。

 善いことをしようとすること。

 善いものを守ろうとすること。

 それが裏目に出ない人間は……きっと、善人が向いてるんだ。お前達はそのままでいい」

 

 裏目にしか出なかった男は、そう語る。

 

「みー子にはよく言ってお前達にはあんまり言ってないが。

 いいか、胸を張って生きていいんだからな。お前達は自分に恥じることをしてないんだから」

 

 おじさんが園子の頭をくしゃっと撫でる。

 園子がほわほわとした笑顔を浮かべ、彼の手を受け入れる。

 須美が何度も頭を撫でることを要求していたことで、誰の頭も撫でたことがなかったヘタクソなおじさんの手付きは、触れた者に少しの安心感を与えるくらいに慣れたものになっていた。

 

「ただ、弟子に取るのに一つ条件がある」

 

「なぁに~?」

 

「東郷美森を未来に送れ。小生が死んだ後でだ」

 

「……ん~?」

 

「お前に催眠を教える一番の理由がそれだ。

 小生が万が一死んだ時、あいつを元の時代に帰せる人間がいない。

 というか、小生が切り札使っても時間移動はできるか分からん。

 だがお前なら多分できる。

 お前に期待するのは、あいつが泣かないでいられるよう、後始末をすることだ」

 

「私、わかっちゃった」

 

「うん?」

 

「私弟子に取られるくらい気に入られてたかなー?

 って思ってたんだけど違うんだね。

 私の役目は、東郷先輩の帰り道。

 インチキおじさんの行動はやっぱりいつも、わっしーや東郷さんのためなんだね」

 

「……いくら欲しい?

 前金と成功報酬で今20万までなら払えるぞ。

 ギリギリで30万だ、これ以上は冷蔵庫に入れてやる須美の牡丹餅の予算が……」

 

「要らないよ~。なんでそこで即物的な交渉に入るの……?」

 

 財布を取り出したおじさんの手を、園子は抱きつくように抑えにかかり、苦笑した。

 

「小生の記憶は、小生が死んだと同時に皆の記憶から消えるよう時限式で仕込んだ。

 まあ、失敗することはないだろう。

 ただお前の方は少し遅れさせる。

 小生が死んで美森を未来に送ったら記憶が消えるということにしておこうか」

 

「わっしーが覚えてて悲しむのは許せなくても、私の方は消さなくていいんじゃないかな」

 

「……そ、そうか。

 まあお前が話さなければいいしな。

 うん、まあ、お前からすれば小生は友人の叔父でしかないし?

 死んでも悲しくないだろうし?

 小生の記憶残してても悲しくはないだろうし?

 園子にとって大事な人とかでもないし?

 悲しむのを防ぐために記憶を消す、なんてことしなくていいよな。ハハハ!」

 

「インチキおじさん、変なとこ打たれ弱いよ~。

 心配しなくても私もインチキおじさんが死んじゃったら悲しいから、全力で守るよー!」

 

「そ、園子……! ってそういう話じゃねえんだよ!

 小生はお前みたいな他人になんとも思われてなくてもショックねーから!」

 

「嘘つき~」

 

 無邪気を絵に描いたような笑みを浮かべていた園子の表情が、少しだけ、思慮深い淑女が思案するそれに変わった。

 

「誰にも覚えてもらえないっていうのは悲しいよ。

 おじさんはそれでいいの?

 仲良かった人のことを忘れてしまうのは悲しいよ。

 私は忘れたくないかな。

 忘れられるのも嫌。

 どんなに悲しいことでも、悲しい結末に繋がることでも……覚えておきたいかな」

 

「小生の意見は逆だ。

 辛いことなら忘れてもいいはずだ。

 それを覚えていて幸せになれないならなおさらに。

 小生が死んだら記憶を消し、小生のことは全員に忘れさせる。

 問題はない。

 過去にあった日々のことは、小生が冥土への土産にする。決して忘れない」

 

「仲良かった人に忘れられても、自分が覚えていればいいってこと?

 う~ん。

 ちょっと想像してみたけど、そうかなあ。

 たとえばわっしーが私のことを全部忘れちゃって~

 私の方がわっしーのことを全部覚えていて~

 『わっしーが幸せならそれでいい』って思えるのかな?

 私は……わかんない。

 思えるかもしれないし思えないかもしれない。おじさんは、どうなんだろうね」

 

「……」

 

「おじさんさびしんぼだから、一人で死んじゃったら悲しいんじゃない~?」

 

「ンなわけあるか」

 

「あるかも~」

 

「ないです~」

 

「ある~」

 

「ない~」

 

 気付けば両者一歩も譲らない論争は、超楽しそうな園子がきゃっきゃと笑い、園子の脇の下に腕を入れジャイアントスイングするおじさんの戦いへと発展していた。

 

 子供に対し一歩も譲らない催眠おじさんは、大人気なさ全開で、この上ないほどの邪悪と言い切っていい存在であった。

 

「ひょえ~」

 

「怖くなったらギブと言え! ンハハハハハ」

 

「た~の~し~い~ぜ~!」

 

「フン、舐めるなよ。小生はまだ三割の力しか出していない、出せば貴様はチビる!」

 

「言うなこいつ~!

 ……あ、ひらめいた!

 よーし、明日朝九時に駅前集合!

 おやつは三百円までで、わっしーも呼んできてね~」

 

「こいつこの状況から遊びの約束を……!?」

 

 唐突にねじ込まれた遊びの約束。

 

 だがそこには、乃木園子の深謀遠慮が組み上げた、綿密な計画があった……!

 

 無いかもしれない。

 

 

 

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