催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
その虐待が行われてるという家は、数年前に香川に引っ越してきている、という話だった。
神樹館からもそう遠くはない位置にあり、車で行けばすぐの場所にあった。
虐待が行われているという家の表札を見て、須美は「徳島に多く見る名字だ」と判断した。
彼女には知識があったから。
須美は気合いを入れ直す。
銀は家を見て、普通の家だなあと思った。
虐待が行われている家は普通の家じゃない、というイメージがあったから。
銀は本当に虐待があるのか、少し疑問を持ち始めていた。
園子は徳島出身の少女が何故か香川の神樹館に入れられていることに違和感を持った。
そういう不自然な少女の移動は、大体"勇者適性がある少女のストック"だと、園子は的確に推察していた。
彼女には知識も判断力もあったから。
そして、鷲尾須美という、勇者にするために名前を変え引っ越しもさせられた少女が、神樹館に移籍させられたことを、この案件と繋げられる発想力があったから。
園子はいつものようにほんわかと微笑んでいる。
そしておじさんは、足が止まっていた。
「おじさま?」
須美が振り返り、足を止めたおじさんを見る。
おじさんは表情を取り繕い、須美がその取り繕った表情を見つめる。
酷い顔だと、少女は思った。
「やめとくか。帰ろうぜ」
「え? どうしたんですか? 体調不良ですか?」
「いや」
銀は何故か、おじさんと須美の会話に既視感を覚える。
そして記憶を探り、何と今のおじさんが重なったかを探り、既視感の正体に気付いて驚いた。
今のおじさんは、注射が怖くて学校に行きたくなくて駄々をこねている、銀の記憶の中の幼い弟とどこか似た雰囲気をまとっていた。
"子供のような剥き出しの恐れ"を見せる、普段は頼りがいのある大人の姿に、銀は驚きと戸惑いで半々の心境となった。
「親の心を壊すか。
親と引き離すか。
どっちにしろ、親は居なくなるんだな、って思うとな」
「……そのままの親だと虐待は続きますし、そうしないといけないと思います」
「正しい。須美、お前が正しいぞ。間違ってるのは小生だねぇ。けど、な」
園子は笑顔を浮かべるのをやめ、真剣な表情で、真剣な気持ちで、おじさんの心から絞り出された心からの言葉を、一人の人間として受け止めている。
「小生の親は一般的には真っ当じゃなかったが、死んだら悲しかった。
兄は……どうだったのかね。悲しかったんだろうか。
どんな親でも、いなくなったら、なんだろうな……虚しくなるんだ。
悲しくなるかは人による。ただ何か、自分の中で何かが欠けるんだ、親を失うと」
おじさんの言葉に合理性はない。
正しさもない。
妥当ですらない。
ただの感情だ。
無根拠の感情論だ。
何一つ救えないし優しさも何もない。
ただ自分の経験とトラウマから、足踏みしているだけ。
だがそれだけに、彼の剥き出しの感情が込められた言葉は、少女らの心を揺らした。
「いいのか小生は。やっていいのか。
捻じ曲げて良いのか、これを。
引き裂いていいのか親を。
否定していいのか親を。
歪んでてもそのままにしておいたほうがいいんじゃないか。
催眠なんかで生み出されてない普通の親子なのに。
……何悩んでるんだろうな小生は。パパっとやっちまえばいいって、分かるんだがよ」
虐待されている子供と自分を重ね、虐待している親を見て己の親と重ね、自分が催眠を掛けて親子を引き離すことを、兄が催眠を駆使して親を殺した時と重ねる。
半ば病気に近い、トラウマの想起であった。
言動も支離滅裂になり始めていて、彼の精神状態が窺える。
この世界に来る前の彼なら、動じなかっただろうか。
親が死ぬ前の彼なら、この家に催眠で手を入れることに、迷いはなかっただろうか。
鷲尾家という『暖かな家庭』に何ヶ月も浸かる前の彼なら、止まらなかっただろうか。
何も思い出していなければ、あるいは。別の可能性があっただろうか。
彼自身にも、もう分かってはいない。
須美は何の事情も知らなかった。
おじさんの過去については、ひょっとすれば園子より知らないかもしれない。
だから、おじさんの過去を知った上で上手いことを言うことなんてできない。
彼女はいつでも、何も知らないままに、彼にとっての光で在る。
「おじさま、私を信じて、一つだけ、してくださいませんか」
「何をだ」
「『助けてほしいか』って、虐待されてる子供から、催眠で本音を聞き出すことです」
「……」
「助けてほしいのか、今のままでいいのか。
その子供の意思だけはせめて聞いてからじゃないと、何も決められないと思うんです」
須美は服の胸元を掴んで、おじさんの目をしっかりと見て、自分の意見を述べる。
おじさんと須美には身長差があって、二人が互いの目を見るといつも、おじさんは俯くような姿勢に、須美は見上げるような姿勢になる。
須美から彼への憧れと、俯きがちな彼の本質を、示すように。
こうして話していると、おじさんはいつも小ささを感じる。
須美の体の小ささと、自分の心の小ささを。
守らなければ、という気持ちと、救われている、という気持ちは、いつも彼の中にある。
彼女は彼よりも小さくて、彼よりも大きいから。
「もしも助けを求めている子がいるなら、私はその子を放っておきたくないです」
須美の瞳の奥に、強い意志が見える。
人を助けることに理由が無いと動けない大人と、人を助けることに理由を求めない子供の、どちらが正しいのだろうか。
「意思が確認できたら、おじさまは何もしなくていいですよ。
私達にどーんと任せておいてください。大丈夫です、私達、勇者ですから」
「何?」
「おじさまがしたくないこと、無理にさせられません。させたくないんです」
「……」
「おじさまはいつも、私が本気でやりたくないことは、無理にさせませんからね」
「小生、は……」
「たとえば私が勇者やりたくない、なんて言ったら……
おじさまはきっと、命を懸けてでも、私がそうなれるようにしてくれそうですもんね」
「……馬鹿野郎」
「嘘ですね。おじさまが私のことを馬鹿だなんて全然思ってないので、ノーダメージです」
ふふん、と須美が鼻を鳴らす。
真っ直ぐな須美の視線に、おじさんは目を逸したくなるが、絶対に逸してはならないという強い意志で、須美の瞳を見つめ続ける。
「絶対に間違ってないとは言えないかもしれません。
私はしょっちゅう間違えます。
視野も狭くて思い込みも激しくて……
大失敗をしてから、後悔することばっかりです。
でも、それでも!
辛い想いをしている人を助けることは正しいって、私は信じてます!」
須美を見ていると、おじさんは思うのだ。
彼女はいつも、転びながら何度でも立ち上がり、前に進む走り方を学んでいるのだと。
自分はずっと、転ばない歩き方を学んできたのだと。
転ばないよう歩いている自分より、転んでも立ち上がりながら走り続ける彼女の方が、ずっとずっと尊く見えて、胸の奥が苦しくなっていく。
「辛い今を抜け出す権利も。
助けられた後、どうするかの権利も。
親と一緒に居るか、別の道を行くかを選ぶ権利も。
今その子が持ってないかもしれない『自由』を、おじさまならあげられるかもしれない」
「オイオイオイ。自由を奪って支配する小生に? 自由を与えろってか?」
「はい」
「……即座に言い切るんじゃねえよ」
「自由だけじゃなくて、未来もあげてください。おじさまなら、簡単ですよ」
「簡単とかまた気楽に言い切りやがって、クソ」
「信じてますから」
「……」
「そして、信じてもらいたいんです、私を。
おじさまがしてくれるなら、私はもっとおじさまを信じられる。
おじさまが私に任せてくれれば、私はもっとおじさまに信じてもらえる。
そして助けを求めているかもしれない子は助かる。理論上完璧な考えだと思いませんか?」
「……お前は、本当に鷲尾須美だよなぁ」
「はい!」
須美はごく自然に輝く笑顔を浮かべ、おじさんは精一杯笑顔で取り繕うのが精一杯だった。
「おじさまは、本当は、他人の人生を操るなんて向いてないんです。
だってこうして、他人の人生に手を出すことに責任を感じてしまうから」
「……!」
「おじさまはいつも、無責任でいられないから」
「ンなわけがねえ。小生が狂わせてきた人生は、山のようにあるんだ」
「……私、自分がおじさまの子供の頃からの知り合いだったらな、って思います」
「?」
「そうしたらおじさまが絶対に話さない昔の話に、当事者として居られたのかな、って」
「……」
「おじさまが変にひねくれちゃいそうになった時、横で止められたのかな、って思います」
「……居なくて良かった」
「え?」
「お前が昔から小生の知り合いじゃなくてよかった、って言ったんだよ。聞こえなかったか?」
「……」
おじさんの強い言葉に須美が少し傷付いた顔をして、おじさんはすぐさま二の句を継げる。
「だからな、過去形で言わなくていいぞ。ハッハッハ」
「え?」
「ひねくれ者の根性を叩き直すのは、今でもお前がやってくれてるじゃないか、な?」
「!」
「よーしやったるか、クックック。ま、小生の力があれば? 楽勝だがな?」
「そうですおじさま! やってやりましょう!」
「ケケケ、最高の催眠を見せてやるぜ……全員幸せになる催眠をよォ……!!」
おじさんが余裕の笑みを浮かべて何故かシャドーボクシングを始め、おじさんの協力を得られた須美が、満面の笑みで両手をパチパチと叩き合わせる。
そんな二人を見て、頭の後ろで手を組んでいた銀と、サンチョのぬいぐるみを抱きしめていた園子が、とても楽しそうに笑っていた。
「須美は厳しいな」
「そうかな~? 私は、随分甘いと思うけど」
「じゃあ、どっちでもあるのかもな」
「そうかもね~」
おじさんは子らを引き連れ、家に一歩踏み込む。
"山伏"という表札が見えたが、もうそこにも興味はない。
内心いっぱいいっぱいになりつつ、けれど"これ以上情けないところを見せられるか"というなけなしの男の意地で、おじさんは家にまた一歩踏み込んだ。
おじさんの頭の隅がチカチカする。
思い出したくないことが蘇る。
おじさんは自分の子供時代を幸せだったと思いたかった。
そう思い込みたがっていた。
ずっとそう思っていた。
けれど、虐待している親を見ると、虐待されている子供を見ると、彼はそれだけで頭の隅がチカチカするような気がする。
何かを考えてしまいそうな気がする。
考えたくないことを考えてしまいそうな気がする。
頭の中に何かが溜まっていく気がして、この場から逃げ出したくなる。
そうして、おじさんの足が止まる。
足が竦む。
手が震える。
呼吸が浅く、速くなる。
そんなおじさんの手を、誰かが握った。
「……分かってる、大丈夫だ、心配するなよ」
そこに黒髪の少女が居ることは、目を向けなくても、心で分かった。
深呼吸一回。それで、おじさんは平静さを取り戻す。
「親を失ってその後どう歩いていくかは自分次第……小生がまさにそうか」
四人は勝手に入った家の中を進んでいく。
―――殴られている女の子の声が、かすかに聞こえて、おじさんの手を握る須美の手に、強い力が込められるのが分かった。
「おい全員聞け。『小生より前に出るな』」
「うっ……おじさま?」
「自分の子供に手を上げることを躊躇わないやつが、他人の子供に躊躇なんてするものかよ」
おじさんは、ドアノブに手をかけ、最後のドアを開ける。
その向こうに、親子は居た。
母親と、父親と、須美達と同い年の娘が居た。
顔に傷は付いていなかった。
骨も折れていなかった。
大量出血するような傷も付いていなかった。
ただ、服に隠れて見えない部分を、徹底して痛めつけられていた。
ごく普通の小学生にしか見えないその子は、腹や背をこれでもかと痛めつけられていた。
青あざが痛々しく、内出血で腫れ、擦り切れた肌はヤスリで削られたことを思わせる。
父親は手にタバコを持っていた。
娘の脇腹に、小学生の代謝があれば数年で消えるか消えないかくらいの度合いの、タバコを押し付けられた傷跡があった。
母親は娘の背中を踏んでいた。
娘の腹には、革靴で踏まれたような形の腫れがあった。
うっ、と少女が声を漏らした、その時。
おじさんは怯えを一瞬見せて、一歩後ずさる。
須美は迷わず、誰よりも速く、一歩前に踏み込んだ。
この両親が虐待に走った理由に、大した理由はなかった。
ただ心が不安定だった。
些細なことで激昂する男と女が夫婦になってしまい、子供を作ってしまった。
ただそれだけ。
簡単に怒る両親は、大した理由もなく娘を痛めつけ、鬱憤が晴れるとやめ、また些細なことで怒るたびに娘をサンドバッグにした。
娘は小学生なのに、いや、小学生だからか、人生の半分以上は親の怒りによって殴られ蹴られてきたことを、痛みと共に記憶している。
少女の髪が遠目には真っ白に見えるくらい色が薄いのは、幼少期から多大なストレスを絶え間なく与えられ続けてきたからだ。
一見無感情に見えるのは、親の前で感情を出すと殴られるから。
目に光が無いのは、生まれてから今日まで一度も、良いことなんてなかったから。
『子供は親を選べない』という意味で、その少女とおじさんは、同類だった。
その少女の目を見た時、おじさんは子供の頃の自分を思い出し、言いようのない心苦しさを覚えて、止まってしまった。
だから。
父親がその子に押し付けたタバコを手の平で受け止め、母親がその子を蹴ろうとした足を背中で受け止め、痛みに顔を歪めた須美を見るまで、おじさんは自分の横から須美が駆け出していたことにも気付いてはいなかった。
変身なんてしていない。
ただの生身の小学生。
けれど、体一つで割って入って、体を張って少女を守る。
『小生より前に出るな』という催眠すらも意志の強さで振り切って、弱者を守る。
力があるから何かをする、のではなく。
神に与えられた役目だから頑張る、のではなく。
鷲尾須美は泣いている誰かがいたら、死ぬ気で、全力で、手を伸ばす。
そして引っ張り上げる。
それが正しいと信じているから。
正しいことは間違っていないと信じているから。
それだけの話なのだ。
その一瞬の行動は、どんな勇者の力よりも、勇者らしさの証明になる。
少なくともおじさんは、そう思った。
心の底から、そう思った。
同時に、催眠が破られたことに驚愕していた。
「な、須美、お前、催眠を、どうやって」
「泣いてる子が居たら、私が代わりになってでも、守ってあげないと―――痛っ」
「―――」
おじさんの"何故催眠が解けたのか"なんていう余計な考えが吹っ飛んで、虐待していた両親が事態に気付いた時には、もう四人が駆け出していた。
駆け出した順番は、須美、銀、園子。最後におじさん。
一番最初が須美だっただけで、おじさんよりもずっと早くに、銀と園子は駆け出していた。
銀と園子は友達のために走った。
タバコの火で手が傷付いた須美を守るために走り、須美を抱き締めるように守った。
おじさんは須美との約束のために走った。
両親を体当たりで吹っ飛ばし――その時に山崩れの時の傷が痛んだが、止まらず――虐待されていた女の子を助け出す。
何度か見た覚えのある顔だった。
だが、その既視感を、どうでもいいと振り切って、問いかける。
何故か。
目の前の少女に問いかけているというのに。
何故かおじさんは、自分の中に問いかけるような気持ちになっていた。
「『助けてほしいか』」
自分に問いかけるように、彼は少女に問いかける。
これは力による支配。
家族にあって当たり前の、愛による支配ではない。
天の神のそれと同じ、親が力で圧する支配。
少女は支配されていて、自由はなく、幸福もない。
少女は迷い、戸惑い、躊躇い、そして。
「―――助けて」
助けを求めた。
その時の彼の顔を、須美は、銀は、園子は、その少女は、きっとずっと忘れない。
助けてと言ったのは少女の方だったのに。
助けようとしたのは男の側だったのに。
何故か男の方が、ずっとずっと、救われたような顔をしていた。
虐待両親が立ち上がり、男に掴みかかる。
「な、なんだお前達、人の家に勝手に……!」
「おう。ほんじゃま小生らは、もっと勝手にやらせてもらう」
「は?」
「しっかり覚えろ。そして忘れろ。世界一勝手な正義の押しつけ集団、ご登場だッ!」
家の中では、きっと彼らは支配者だった。
おそらく最強の支配者だった。
人間が神に勝てないように、娘は親には勝てなかった。
父と母と娘しか居ない、この家という世界の中で、彼らは間違いなく神に等しい支配者だった。
だが、もう。
彼らが支配者となることは、永遠にない。
それは、どこにでもある光景だった。
よくある虐待。
よくある家庭。
よくある最悪。
親になるのにも才能は要る。
何故か人間社会は努力すれば親の役目を果たせると思っている人間が多いが、実際のところ親の才能が無い人間は、何をどうしても上手くはやれない。
親の才能が無い人間が親になると、そこには悲劇だけが生まれる。
「早く出ていけ! 殴られたいのか!」
「不法侵入者め! 警察を呼ぶわよ!?」
既に少女は、助けを求めている。
そこに、世界を照らす催眠の光が輝いた。
「何奴!」
おじさん達の正体を問う夫婦。されど、罪人に名乗る名前無し。
「無垢なる子を咎無く痛めつけ鬱憤を晴らす外道畜生の極悪非道、許し難し」
「何者だ、名を名乗れ! 家宅侵入罪で訴えるぞ!」
「貴様らが罪を数えし後にそうしよう。まずは鎮まり、お縄につくがよい」
「おのれ何も知らぬオッサンと幼女風情が!
であえであえ! かまわん、彼奴らをひとり残らず切り捨てい!」
「はっ!」
「承知!」
「包丁の錆にしてくれる!」
ぞろぞろ現れる四国全域の家庭内暴力クソファーザー&マザー達。
しかしおじさんとロリ達は微動だにしない。
「すみ助さん、カクカクそのっちさん―――こらしめてやりなさい」
「「 はっ 」」
「アタシ暇なんだよなあ」
「銀は小生の後ろでその子の傷見ててあげて」
襲いかかる歳だけ重ねた親未満の夫婦達。
二人の少女は慌てず騒がず、おじさんの葵の家紋(手書き)のスマホを取り出した。
「ひかえいひかえい! このおじさまの催眠アプリが目に入らぬか!」
「「「 しゅごぃぃぃぃっ!! 」」」
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!
畏れ多くも先の副将軍!
または私のおじさま、水戸光圀公にあらせられるぞ!
おじさまの御前である、頭が高い、控えおろう!」
「ひかえおろー!」
ダメな親達が一斉に膝を折り、頭を下げた。
「みっ……水戸黄門殿!」
「何故ここに!?」
「な、南海道二万石の我等ではお取り潰しじゃあ!」
「何故こんなことに……!」
「うむ。その方達の悪事の数々、小生が確かに見届けた。
罪なき子に迷惑をかけた罪、許し難し!
ヤバいやつは普通に警察に叩き出すからな! 普通に法で裁かれろマジで!」
「「「 は、ははーっ!! 」」」
おじさんの手元から催眠波が飛び、親達が子供への暴力と危険な感情の一切を禁止され、黒髪の少女がおじさんの前に出る。
「すみ助さん!」
「はっ! これにて、一件落着!」
鷲尾須美が胸を張る。
そして助けられた少女は、困惑が1000%を突破したことで状況の理解を完全に放棄していた。
「学芸会か……何かですか……?」
「高度に洗練された正義は学芸会と区別がつかないのだ」
「……なるほど……?」
理解を放棄した少女は、とにもかくにも、おじさんに訊くことから始める。
「……あなたは……?」
「催眠種付けおじさんの一族の末裔、
「……中二病……?」
「ちゃうわ! ごほん。
悪は最後に必ず滅びる。
善は最後に必ず笑う。
現実はそうじゃないと知ってても、そうであってほしいと願える女がここに居る。
恥ずかしながら小生も今は、目に見える範囲だけでもそうあってほしいと、願っている」
「……?」
「日曜朝の子供向け番組は見ないタイプか?」
「……お父さんもお母さんも……見せてくれなかったから……」
「そうか。じゃあ今週から見ると良い」
おじさんは誇らしげに、横に居た須美の頭を撫で、己の誇りを見せつけるように、須美をその少女に紹介した。
「この女が正義の味方で、小生は正義の味方の味方だ」
「大袈裟ですよ、おじさま」
「称賛の言葉は大袈裟であればあるほどいい。気持ちが伝わるからな」
「またそんな適当なことを……」
「どうやら世の中、祈っても助けてくれる神や仏はいないが、助けてくれる勇者はいるらしい」
勇者、と。
少女は呟いた。
おじさんは念入りに少女の親の頭の中を改竄する。
「ひーん、小生こういうイカれた大人の頭をまともに直すの一番苦手……」
「代わろうか~?」
「ほざくな催眠初心者。フィレオフィッシュでも食ってろ」
「ひーん、インチキおじさんが厳しいよ~ミノさん~」
「おお、よしよし園子、かわいそうに」
「小生原辰徳」
"催眠おじさんがめっちゃ尊敬してる人"というレッテルのみを貼られた状態で、神世紀の世界に原辰徳という謎の存在が名前だけ拡散され続けていた。
ふぅ、と、おじさんは虐待両親の頭の中を整理して、額の汗を拭った。
癇癪持ちの多くは精神の病気ではない。
脳の病気である。
人間の怒りやすさは易怒性という尺度で数値化され、生物の興奮のしやすさという指標で具体的に視覚化され、脳に対する刺激への生理反応の過敏さとして解釈される。
そのあたりをいじるのはそこそこ骨であったが、おじさんはなんとかそれを完了した。
かつて訪れたことのある、西暦3000年の世界の医学概念の応用である。
「よし、なんとか良い感じに整形できた。
後は警察がどう判断するか……
……よく考えてみると小生この世界の児童福祉法とか全然知らねえなぁオイ!」
「おじさま、お疲れ様です」
「おう、須美もおつかれさん。傷見せろ」
「嫌です」
「傷見せろ」
「嫌です」
「『傷見せろ』」
「はい」
「……ああー! タバコの火傷!
クソっこのクソっあの野郎……!
……っ、人を守った名誉の傷だ! よくやった鷲尾須美! かっこいいぞ!」
「……! ありがとうございます! 不肖鷲尾須美、以後も頑張ります!」
「おお……わしおじさんが成長を見せた……よくキレなかったな……」
「インチキおじさんも成長するんやねぇ」
傷を見せたらおじさんが心配しすぎると思って隠した須美も、催眠を使ってでも傷を強引に見たおじさんも、銀や園子にしてみれば、可愛らしい困った友人でしかなかった。
おじさんは須美の傷に絆創膏を貼り、虐待されていた少女に催眠をかける。
「『痛い痛いの、飛んでけ』」
これをかけたのは二度目だな、とおじさんは思う。
きっとあの時も同じように、おじさんがかけた痛み消しの催眠は、ついでに虐待の痛みも消していたのだろう。
おじさんは心を捻じ曲げるという悪をもって、頭の中を改正した両親を娘に見せる。
「もう一生、お前に優しくしてくれる親だ。
何の危害も加えない。
今後微調整が必要かもしれないが、安心はできる。
……元の親らしい性格とは言えねーな。
随分と温和な性格になっているだろう。そこはもう、言い訳はできん」
おじさんには、何も分からなかった。
何をもって親と見るのか。
何があれば親の喪失となるのか。
親の心をいじられたのを見て、娘が何を思うのか、彼には全く分からなかった。
声が一瞬だけ、震えていた。
「文句や罵詈雑言があるなら言え。全部聞いてやる。小生は無敵だからな」
虚勢を張るおじさんに、虐待されていた少女は、光の無い目で見つめ返して、答える。
「ありがとう」
「―――」
感謝を聞き、何故か安心した様子のおじさんを見て、須美は"ああ、怖かったんだ"と思う。
ここで責められるのを恐れてしまう彼だからこそ、きっと一人ではダメなのだ。
須美が虐待されていた子に、優しく語りかける。
「よかったね」
「……うん」
おじさんは天井を見上げ、何かを飲み込むような所作を見せ、俯く。
そして周囲の者達に顔も見せぬまま、家の外に出て行こうとする。
「おじさま、どこへ?」
「タバコ吸ってくる」
「おじさまタバコなんて吸わな……あ、ちょっと!」
逃げるように出ていったおじさんに、靴も履いていない須美は追いつけない。
全力疾走したおじさんは、息を切らせて、誰も居ない街の一角で、電柱に拳を叩きつける。
「ああ」
泣きそうな彼の瞳から涙は流れず、電柱に叩きつけた拳から、血の雫が流れ落ちた。
「なんだ、『俺』」
尊敬する大好きだった兄の一人称が、ブレる。
「子供の頃……『助けてほしいか』って……言われたかったのか……?」
助けてほしいかどうかをちゃんと聞いてほしい、と須美は言った。
「助けてくれる誰かに、来てほしかったのか?」
助けたいんです、と須美は言った。
「庇ってくれる誰かに、助けられたかったのか?」
親のせいで苦しんでいる子供を、須美は体を張って庇った。
「―――間違っていない人に、手を差し伸べられたかったのか?」
助けてほしくても助けてと言うことすらできなくない"歪んだ弟"を、兄は助けようとはせず、けれど殺すほどには突き放せず、置いていったのかもしれない。
ずっと泣いていた子供が居た。
彼の中でその子供は泣いていた。
催眠だなんだと言われ、親に様々なことをされた子供は、ずっと泣いていた。
二十年以上、ずっと泣いていた。
その子供が泣き止んでいた。
彼の中で、泣き止んでいた。
理由なんて考える必要もないだろう。
今日、鷲尾須美が救った『泣いている子供』は、一人ではなく、二人だった。
きっと鷲尾須美にそう言えば、「あの子を救ったのはおじさまですよ。おじさまの中の子供のおじさまを救ったのもおじさまです」なんて言って、微笑むだろうけども。
「あいつに出会えたことは、『俺』の人生で……一番の幸運だな。
泣きたくなるくらい幸運で、幸福で……ああ、違う違う、小生泣いてないから」
顔は泣いていない。
けれど、心が涙を流していた
空は晴れ。
雲一つ無い快晴の青空。
雲一つない空を見上げ、雲一つ無い心を噛み締め、男はうんと背伸びをした。
"晴れ晴れとした気持ち"以上の言葉が見つからなくて、男は腹の底から笑った。
鷲尾須美は救世主。巫女と勇者の力を持ち、人と世を救う者。
もう終わった話なのに。
もう変えられない過去なのに。
もう救えないはずの思い出の中の人なのに。
おじさんの心の中の、子供の頃の彼でさえ救うのは、誇張なしに、輝ける花の勇者と言えた。
おじさんが大笑いして、スッキリして戻ろうとすると、道中で電柱に背中を預けてぼーっとする園子が居た。
視線の先には蜘蛛の巣。
どうやらおじさんを追って来たのに、途中で面白い形の蜘蛛の巣に魅了されてしまったようだ。
何もかもが相変わらずすぎる。
くっくっとおじさんが笑い、声を掛ける。
「よっ」
「あ、インチキおじさん」
「お前の言う通りやってたら、この世界に愛着湧きすぎて離れられなくなりそうだ」
おじさんは何気なくそう言った。
そしてハッとして、園子の迂遠で分かり難い水戸黄門計画の中身を、理解した。
「まさか、お前」
「この世界に愛着持って、ずっとここにいようぜ~!」
「……!」
「みんながあなたの故郷になるよ、あなたを待ってる人がいっぱいいる故郷に」
「―――!」
「ここが第二の故郷、あなたの居場所! そう考えるのはダメなのかな~? どうよ~?」
水戸黄門が部外者の解決者なのは、解決した後にその土地を去るからだ。
だが、おじさんは色々問題が解決していないので去ることはない。
助ければ助けるだけ感謝され、助ければ助けるだけ愛着が湧き、助ければ助けるほどこの土地に繋がりが増えていく。
やがておじさんはこの土地を離れ難くなり、『彼の居場所』が、ここにできる。
「最初の故郷は失敗したって話、ちゃんと覚えてるよ。
悪いものを全部良いものにするのは間違ってるのかもしれない。
良いものだけの世界を作ろうとするとダメなのかもしれない。
でもね、良いものを悪いものから守るのは絶対に間違いじゃないよ」
「それは……そうなのかもしれないが……だけど……」
「んふふー、でも今日、やっててよかったって思ったよね? ね、水戸黄門さん~」
「……まあ、な」
「これまで深い繋がりができるのが怖くて、一人旅では定住なんてしなかったんでしょ?」
「―――見てきたように言うじゃねえか」
「分かるもん。見てれば、話してればね。
まったく~、インチキおじさんはあれだね~
女の子をとっかえひっかえする、根無し草の風来坊~」
「やめろよ! 小生ああいう主人公好きなんだよ!
小生があれみたいとか言われると好きなもの汚された気分になるだろ!」
「めんどくさいおじさん~」
ノソノソそのっちと化した園子を抱えるようにして、おじさんは戻る。
そんな二人を、銀と須美が出迎えた。
「あ、わしおじさん! なんか大赦預かりになるって! 大人いっぱい来てたよ!」
「おかえりなさい、おじさま。大赦が後で報告書を上げると言ってましたよ」
「……あ、そういえば、それ伝えようとしてたこと忘れてた~」
「テメェ一番大事なことだけ忘れてやがったな」
四人はまた歩いて行く。
今日はいい日だった。きっと明日もいい日だろう。
「とりあえず犯罪とかめったに起こんないんだからアイス食いにいこーぜ。イネスに!」
「インチキおじさんが奢ってくれるって~、ありがとー!」
「おじさま……心優しい大人の鑑……! 尊敬します!」
「こいつら小生なら絶対買ってくれると思ってるな? そうだよクソメスガキどもがよ」
おじさんは財布デッキから五枚の千円札をドローし、かつてクソザコデュエリストだった時代に催眠のズルで優勝したほどのカード捌きを見せる。
千円札が陽光に照らされ、きらりと輝いていた。
「シャイニングドロー!」
「シャイニングマネーでは?」
いざや向かえやイネス。ショッピングモール・イネス!
と、なったところで、おじさんのスマホが振動する。
『ワテはチョコバニラでお願いしてええですか?』
「バーテックスの分際で調子乗ってんじゃねえぞッ!!」
どうやって知った、とおじさんが聞くと、大赦の街頭カメラにパスワード入れてアクセスしたらスマホで街見えますんや、とバーテックスは返す。
恐るべき速度で人類文明に適応していくヒュプノに、おじさんは軽く溜め息を吐く。
「チッ、一個なら後で届けてやる」
『あざす~。外は任せといてくんなはれ』
「おい」
『はい、なんでっしゃろ』
「お前はよくやってる。今後も励め」
『……あざといオッサンやなあ』
「マジでぶっ殺すぞお前」
「おじさま。口汚くなってますよ」
「あーうんごめんな須美でもちょっとこのロックンロールバーテックス君叱ってからね」
「もう」
今日はいい日だった。
きっと明日もいい日だろう。
彼も彼女も、きっと明日も、笑っている。