催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度27倍

 銀と、スマホ越しのヒュプノが、うんうんと頷いていた。

 

「ニチアサ、だよなぁ……」

 

『ニチアサ、やねえ……』

 

「プーさんもそう思う?」

 

『うはは、銀ちゃんとは気が合うやんなー!』

 

「悪の力を身に着けて、正義に目覚めた少女の守護者、わしおじさん!」

 

『悪の力の渦より生まれ、人を守りし大怪獣、ワテヒュプノ!』

 

「この……元は悪の力なのがいいよな……仮面のライダーみたいなアレ」

 

『ええよね……超かっこいい』

 

「後から正義に目覚めて人を守るってのがおじさんとプーさんのエモポイントだよな!」

 

『ややわー、照れるわー! 元悪のワテに正義を教えてくんなはれ、銀ちゃん!』

 

「おう、任せろ!」

 

 そして二人は、神樹館校門横のおじさんをバッと見る。

 

「わしおじさん! 悪より生まれ正義になったヒーローには決めポーズ欲しくない!?」

『欲しい言えや!』

 

「須美を迎えに来ただけの小生を使って言葉の壁打ちするな」

 

「えー」

『えー』

 

「えーじゃないが」

 

 おじさんはスマホ越しに、ヒュプノを睨みつけた。

 

「お前、女同士だからってこの前須美にしたみたいな下ネタ振りするなよ?

 いや須美にももうするなよ。

 今のお前の状態を教えてやろう。女子校で下ネタ振りまくってるモテないブスだ」

 

『な、なんやってー!?

 しかし納得できる表現……!

 銀ちゃん、不快に思ったら言ってーな? なおすさかいに。

 でも同じようには振らへんよ。銀ちゃん須美ちゃんみたいな色気あらへんもん』

 

「ヒュプノ君ツーアウト。あとワンアウトで殺処分な」

 

『なんやて!?』

 

「……あ、あはは、大丈夫っすよ、自覚あるんで!」

 

「三ノ輪のお嬢……!」

 

 おじさんは思わず口を抑え、漏れる声を抑え込んだ。

 

「アタシも薄々気付いてたんだよな……将来的にモテるのは須美みたいなタイプだって」

 

『薄々なのは君の胸と尻やぞ』

 

「うう……」

 

「お前少し黙ってろ! 催眠百倍にするぞ!?」

 

『ウッスウッス』

 

「やべえこいつ既に小生よりレスバ強い!

 大丈夫だからな銀、小生の経験上お前はめっちゃ美人になるタイプの子だから……」

 

「本当に……?」

 

「本当本当! お前面倒見もいいからいいお嫁さんになるよ!」

 

『御主人様って須美ちゃんへの褒め言葉使い回しとりまへん?

 女の子にそれはあきまへんよ。御主人様って女の子褒める言葉ボキャ貧ちゅうか』

 

「黙ってろよてめーはよォー!!」

 

 校門前でドタバタやっていたからか、通り過ぎる小学生達がくすくす笑いながらおじさん達の横を通りすぎていって、やがて銀より少し遅れて下校してきた須美と園子もやってくる。

 

「あ、おじさま! 銀!」

 

「ミノチキおじさん~」

 

「アタシと混ざってる混ざってる」

 

「帰るぞー、須美ー」

 

 おじさんが自転車に乗ると、須美が後ろの荷台に乗る。

 おじさんが荷台にセットしたクッションに横向きに座り、おじさんの腰に手を回して抱きつき、おじさんの顔からは見えない角度で、おじさんに一度も見せたことのない表情をしていた。

 異性ならば誰でも、問答無用で見惚れるような、愛を告げる花束のような表情。

 

『あ~、エモい~! エモエモ! エラスモサウルス!』

 

「うるせえなこいつ!」

 

 スマホカメラを通してそれを見ていたヒュプノがうるさいので、おじさんは思わずスマホを殴ってしまった。

 当然ヒュプノはノーダメージ。

 人生の悲哀を感じる一幕である。

 

「私とミノさんも乗せてって~」

 

「!?」

「!?」

「!?」

 

『ワテも乗せてって~』

 

「テメェは5万トンくらい痩せてから出直してこい」

 

『はぅぅ、デブ扱い!』

 

「元気出してプーさん~、バスケ部なら大活躍間違いなしだよ~」

 

『うう……園子ちゃん優しい……大好き!』

 

「私も大好きだよ~、お友達~。わっしーもミノさんもおじさんも~!」

 

「乗る、乗せるか……乗るか……?」

 

「いやいや須美の他にアタシ乗せただけでも無理でしょ! 無理無理!」

 

「この自転車は小生のスマホを連結してある。

 転倒しないよう補正がかかる。

 つまり……後は小生の漕ぐ力だけか……いける? いけますいけます、行くぞ!」

 

「マジで!?」

 

 かくして、四国の伝説となる―――最強の暴走特急が疾走を開始した。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 園子が小さい体を折りたたみ、おじさんのママチャリ特大カゴの中で体育座りしている。

 園子の尻を痛めないよう、カゴの底にはおじさんの大型タオルが敷かれていた。

 銀はおじさんの背中に抱きついている。

 銀が疲れないよう、銀の尻下あたりに上着で尻を乗せられる場所を作っていた。

 ヒュプノは絶句する。

 須美は荷台で『これ本当に大丈夫!?』という顔をしていた。

 

 四人は爆走する。

 もはや止められる者はいない。

 

「やるじゃんわしおじさん!」

 

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ、美森と一緒にダイエット走り込みしてたからな!」

 

「凄いね~、学校の体育の先生くらいのパワー~」

 

『大して運動しとらん中年のオヤジレベルやて言われてますで御主人様』

 

「うるせえ! もうちょっと高いだろッ!!」

 

「須美、お前のおじさんもこんな成長するんだなあ。アタシびっくりだ」

「ちょっとどういう意味よ」

「東郷先輩とわっしーがインチキおじさんに運動させたんやねえ……」

 

『御主人様これで須美ちゃん達に体型レベルで管理されてる自覚ないんやで、笑うわ』

 

「え?」

 

『冗談やぞ』

 

「いっけー! 神樹おじさんブレイバー号~!」

 

「そのっちがいつの間にか変な名前付けてる!?」

 

 交差点の赤信号に差し掛かって、神樹おじさんブレイバー号は停止した。

 汗だくのおじさんが、必死に息を整える。

 

「ふぅー、すぅー、ふぅー、すぅー」

 

「めっちゃ息整えてる」

 

『ヘッ、いいチャンスやな!

 ここで御主人様を大笑いさせれば呼吸困難で気絶間違いなしや!

 昨日の夜なー。

 いや結界の外に夜とか別にあらへんけど。

 皆が寝静まった頃に最っ高に面白いギャグ思いついたんや! 今が切り時!』

 

「へー」

 

『ダルビッシュー、無限! うははは!』

 

「は?」

「え?」

「あっ」

「ん~」

 

『……こ、これはダルビッシュ有が、有限と無限をかけてて……』

 

「待てそこで止めろ、小生の経験上それは傷を広げることにしかならない」

 

『えっ……あっ……いやっ……お、思いついた時はめちゃ面白く感じたんやで!?』

 

「深夜に思いついたギャグって大体そんなもんだぜ……な、みんな」

 

「へー、そうなんですか」

「へー、そうなんだ」

「へ~、知らなかった」

 

「駄目だ小学生組に小生の言葉が微妙に理解を得られてない!

 多分そんな頻繁に夜ふかししねえからだなこれ! クソァ!」

 

『御主人様……ワテが窮地の時だけワテに助け舟を……

 まるで女の窮地に手を差し伸べれば惚れると思っとる女たらしやなあ』

 

「あっ調子戻ってきやがったクソッ」

 

 おじさん一人がヘトヘトになる形で、放課後の少女ら三人は、鷲尾邸に到着した。

 おじさんの汗がぽたぽた落ち、息は荒れ、この世界に来るまでずっと運動不足だった体は倒れない自転車に寄りかかって必死に息を整え始めた。

 

「ど、どうぢゃぐ、鷲尾邸……」

 

「わしおじさまが疲弊していらっしゃる。須美、癒やして差し上げろ」

 

「差し上げろ~!」

 

「でもおじさまならシャワー浴びてすぐ前に決めかけた作戦の詳細決めるぞって言いそうよ?」

 

「よくわかってんじゃねえか……30分休憩、休憩終わったら作戦会議な」

 

「はーい! しゃあ、園子、須美、30分何する?」

 

 おじさんはヒュプノと繋がっているスマホを持って、浴室に向かった。

 

『今のワテ大型八体分クラスの強さありますんでそうそう負けへんと思いますよ』

 

「だよな」

 

『有能な部下に出来高で給料ください!』

 

「身の程を知れ」

 

『御主人様ワテに日に日に厳しくなってますなぁ。

 乙女としてはショックですわ。

 須美ちゃんくらい……

 ちゅうのは無理として。ペットのハムスターくらい愛してくれまへん?』

 

「お前がハムスターだったらあの永遠に回ってる円形のやつで永遠にお前走らせ続けるわ」

 

『ご無体!』

 

「とっとと 殺せよ ヒュプ太郎」

 

『ヒェ~、容赦なき抹殺指令。あ、今壁の外に見える最後の出来かけ個体仕留めましたで』

 

「ご苦労。よくやってくれた。何か欲しいものはあるか?」

 

『ストロングゼロとかいうの飲んでみたいんですけど、貰えますやろか』

 

「お前俗っぽさ金メダリストでも目指してんのか?」

 

『うはは! 人間が夢中になっとるもん知りたいんや!』

 

「ええー……まあいいか。つまみ何買っていってやるかな……」

 

 シャワーを浴びて、ぐだっと休憩して、回復した頃おじさんは須美達と合流する。

 いつの間にやら美森も加わっていた。

 美森がおじさんの方を見た時恥ずかしそうにしたのは、気のせいか、それとも否か。

 須美達はとても楽しそうに談笑している。

 この会話の光景だけを見ていれば、ごく普通の小学生の日常なのに。世界が、彼女らが普通の女の子で居続けることを許さない。

 

「何の話してたんだ?」

 

「季節のイベントの話です。

 夏休みどこに行こうかとか。秋と冬はどうしようかとか、来年はもう中学生だねとか……」

 

『ほへー、季節。楽しそうやなあ。ワテ結界入れんから縁あらへんけど』

 

「その内入って来れるだろ……今はまだ味方扱いされてないが時間の問題と小生は読んでいる」

 

『ホンマ!?』

 

「海なんていいかもしれませんね。

 プーさんの巨体でも問題なく泳げますから。おじさまが監督すれば……」

 

『鷲尾海?』

 

「おじさまのダジャレ癖が感染ってる!」

 

「待って須美ちゃん。まだおじさまの影響は取り除けるかもしれないわ。早合点は」

 

『東ご海森?』

 

「これは駄目ね。手遅れよ」

 

「そうですね、プーさんのそれは完璧にオッサンのそれです」

 

「あっさらっと小生オッサン扱いされた」

 

「「 おじさまはまだまだ若々しいですよ! 」」

 

「力技で押し流しにかかったなみー子's」

 

『うはははは!』

 

 おじさんとヒュプノの会話はいいテンポで、語調が良くて、虫が電灯に引かれるように、園子と銀も会話に混ざる。

 

『御主人様って……チビ男やねんな』

 

「お前がデカいんだが? 小生をチビ扱いしないでほしいんだが?」

 

「アタシが一番ちっちゃいんだよな……」

 

「ミノさんは可愛いからいいんだよ~。プーさんも30mくらいあって可愛いよ~」

 

『褒めてくれてありがとさん! そのっちもかわええよ! あと分かる!

 女の子はちっちゃいと可愛いくてええねん、男は大きくなきゃあかんけど……』

 

「小生も年齢平均身長は割ってないんだが? むしろそこそこ高いんだが?」

 

 須美と美森は全員分のお茶とお茶菓子がまだ出てないことに気付いて、会話を抜け、楽しげに話す彼らを見ながら、二人で話し始めた。

 

「こんな日々が続けばいいな、って思うんですけどね……」

 

「終わらせないといけないわ」

 

「え」

 

「戦いの中の日々が楽しいのは分かるわ、須美ちゃん。

 私もそうだったから。

 でもね。どんなに楽しくても、戦いの中の日々は終わらせないといけないの。

 戦いと一緒に終わらせないといけないの。戦いの終わった後の日々を、始めるために」

 

「……そうですね」

 

「今よりももっと良い日々が……戦いの終わった後に……」

 

 そう言いかけて、美森の頭の隅が痛む。

 彼女が生きた世界において、戦いの中の楽しい日々が終わった後、戦いが終わった後の楽しい日々は、来なかった。

 死と悲劇に終わったことで、幸せな続きは来なかった。

 その記憶は消されているが、今もなお彼女の脳のどこかに残されている。

 

 自分が記憶を奪われていることも分かっておらず、変な挙動を見せる美森を見て、須美は何か心配することもなく、何か疑問の思うこともなく、強い意志を瞳に浮かべる。

 誰よりも真っ直ぐに、前を見ている。

 

「大丈夫。私、未来を信じてます」

 

 曖昧な言葉だったけれど、その言葉は何故か、美森の胸の奥に響いた。

 何が大丈夫なのか。

 何故大丈夫なのか。

 分からなかったが、それを言い切れるのが過去の自分なのだと、美森は思った。

 

「……頑張らないとね」

 

「はい」

 

 お茶を淹れ、お茶菓子を揃え、須美と美森は友の下へと運んでいく。

 

「私と東郷さんって、何が違うんでしょうね」

 

 真面目くさった顔で須美が言い、美森が微笑んで応える。

 

「ふふ。なんだか、変な話ね」

 

「何がですか?」

 

「須美ちゃん最初、私を未来の自分だと認めたくなかったでしょう? どこが同じだ、って」

 

「うっ……そ、その節は、失礼なことをたくさんしてすみませんでした!」

 

「いいのよ。私もからかいすぎたもの。おあいこということにしましょう?」

 

「はい!」

 

 須美は美森で、美森は須美だ。

 

 須美は自分の中で言語化できない部分を、上手く言語化できないまま、口に出す。

 

「なんというか……

 根本的な考え方は同じだと思うんですけど

 東郷さんはおじさまを信じてない……いや、それも違いますね。

 おじさまに弱みを教えてほしい? それもちょっと違うような。

 東郷さんはおじさまを信じてる。なら、私と何が違うんだろう……」

 

 そこに、美森は小さな思考の補助輪を与えた。

 

「須美ちゃんはおじさまに甘えたいの。

 私はおじさまを甘えさせたいの。そこの違いよ」

 

 須美が目を見開き、少し顎に手を当て考え、目を閉じ熟考し、次に目を開いた時、須美は色んなことに納得したような顔になっていた。

 

「……納得です」

 

「でも多分、そんな明確な対極ではないと思うの。

 比率でどっちが大きいかが逆か、ってくらいで。

 私はあなたであなたは私。本質はきっとそのままだわ。何かが少し違うだけ」

 

「そうですね」

 

 二人はもう、確信している。

 須美が美森になることを。

 美森が須美であることを。

 そして、この東郷美森が迎えた結末と、この鷲尾須美が迎える結末が、別のものになることを。

 

 二人は同じだ。

 同じ人間の過去と未来。

 同じであることを受け入れることで初めて見える違いもある。

 

「嫌いなものも、好きなものも、愛してるものも、同じだと思います。私達」

 

「そうよ。守りたいものも、幸せに感じることも、幸せにしたい人も、同じなの」

 

 そう言い、須美と美森は笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ありえねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、戦いが始まる。

 美森が知る最終最後の戦いを七割ほどなぞる戦いが始まる。

 三年前倒しという異常なイレギュラーが起こり、美森の予想は全て破綻する。

 

 もはや、誰も未来を読めない。

 誰も彼もが、狂ったように『支配』に手を伸ばす。

 力による支配、催眠による支配、愛による支配、救済による支配。

 願いの形は十人十色。

 されど今は、戦場に並ぶ意志のカラーは二色しか無い。

 世界と人を滅ぼすか、それを守るか。その二つの意志だけが、戦場に満ちる。

 

 神世紀298年。この時代の勇者の戦場は、瀬戸大橋をベースとした樹海だ。

 かなり細長く、タワーディフェンス形式のこの世界の戦いが非常にやりやすい。

 だが、それにも限度がある。

 敵次第で限度がある。

 

 十二体の大型バーテックスが戦場に並んでいた。

 倒したはずの大型まで再製造され、再展開されている。

 その奥には鏡。

 大きな鏡があった。

 

 おじさんはそれを知っている。

 内行花文鏡と呼ばれる鏡で、大昔の日本からよく出土したものだ。

 大昔、鏡は太陽信仰の象徴だった。

 太陽の光を跳ね返し、太陽のように輝くからだ。

 日本では太陽信仰が厚い地域、または太陽神を祖先とすると主張する皇族の発祥の地から、多くの太古の鏡が出土している。

 

 そしてそれは、宇宙観そのものであり、神話の再現そのものだった。

 

 大きな鏡はその中心に太陽の輝きを持ち、縁に十二星座の文様が刻まれていた。

 これ、すなわち宇宙。

 太陽の周りを星座が囲む宇宙観そのもの。

 その姿は、宇宙そのものが意思を持った天体神としての在り方を示している。

 

 日本書紀において、天照大神は白銅鏡からも生まれたとも扱われる。

 また、古事記の天孫降臨において、天照大神は八尺鏡を自分だと思えと言い渡したという。

 天の神は鏡より生まれ、鏡をもって己とするのだ。

 

 で、あるならば。

 神話知識と、宇宙知識を併せ持つおじさんの目には、もはやその正体は見えている。

 ここではない太陽系も巡ってきたおじさんには、その特徴が酷く目につくからだ。

 

 この太陽系の太陽を中心とした宇宙観の体現と、日本神話の天の神を併せて象徴する姿。

 

 それすなわち。

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 恐るべきことであった。

 大赦が数百年分の情報蓄積で行った全ての予測がひっくり返された。

 美森の情報を元にしていたおじさんの全ての予測がひっくり返された。

 少し前まで天の神配下だったヒュプノですら全く予想できていなかった事態である。

 

 神世紀298年7月。彼と彼女らは、天の神との最終決戦に突入していた。

 

「……随分焦ったもんやなぁ。神とはいえ、どれだけ無理をしたことか」

 

 ヒュプノが恐々として呟く。

 

 もはや、誰も彼もが"まともに戦おうとする気"がなかった。

 

 天の神は天体神。

 日本の宗教観によって成立する、『意志ある世界』『無慈悲な自然』『災害の擬人化』というラインの上に存在する者。

 であるからこそ、不滅を約束された存在だ。

 

 そんな神が、無理をしている。

 自分の不滅性を揺らがせてまで、不自然なことを行っている。

 自然神である己の身を削り、バーテックスを生み出している。

 これが異常事態でなくてなんなのか。

 天の神は神話の中では、暴神を恐れて岩戸の奥に引きこもるくらい前に出ない神なのに。

 

 神は気付いたのだ。

 敵の脅威に。

 おじさんが運悪く樹海破壊の自然災害に巻き込まれてしまったことで、それで弱って力を補う必要が生まれ、あまりにも早く切り札を切ってしまった影響が、ここに来ていた。

 

 天の神は自分が直々に行かなければ倒せないと、おじさんの力を的確に評価していた。

 バーテックスは肉の盾。

 催眠を防ぐ肉の盾だ。

 無理をしてバーテックスを十二体再製造し、無理をして全体投入し、無理をしてでもおじさんを仕留めに来たのである。

 

 天の神は、怒り狂っていた。

 

 『世界の外から来た生き残りの人類全てを洗脳せんとする侵略者』など―――天の神からすればもはや、己の命と引き換えにしてでも滅ぼしたい、そんな存在であったからだ。

 "それは私のものだ"と、神は怒る。

 "生かすも滅ぼすもお前が決めるな"と、神は怒る。

 

 おじさんが腕を組む。

 美森がその傍らに立つ。

 ヒュプノが敵を眺める。

 須美、銀、園子も、安心感を根こそぎ奪い取られていた。

 

「この空気は確かに、焦りのそれに似ている。

 ダークサイドの催眠使いに負けるやつが大体こうなるやつだ。

 "急いであいつの正体を公表しなきゃ!"ってやつ。

 焦りを理由に行動に走ってしまって、詰めが甘くなるやつだと考えられる」

 

「神は焦っとるんやろか?」

 

「いや……どうだろうな。

 神性は人間とは違う精神構造をしている。

 焦り、と表現すると大きく違うかもしれん。

 だが多分、人間の持つ感情で一番近いのは、焦りだ」

 

「ワテはどないしたらええんでっしゃろ?」

 

「お前はバーテックスだ、再生する。お前を軸に陣形を……いや待てよ」

 

 ヒュプノを前に出し遠距離攻撃の圧力を叩き込みつつ、その後ろに勇者を配置して動かし、適宜敵側のバーテックスを催眠で奪っていく。

 それが最適解と考えていたおじさんだが、思い直した。

 

「―――『催眠究極薄本形態(ウルティメイトソリッドブックス)』」

 

 全てのスマホと一つになり、催眠アプリを身に纏う。

 自分自身を催眠と化したおじさんの力が、爆発的に膨れ上がる。

 だがいくつかのスマホは相変わらず不調を訴え、少し不安要素が残っていた。

 

「補助しろ、元射手座。お前のバーテックス最強の狙撃力を見せてみろ」

 

「おー、えろう期待されとる。かっこええな御主人様。勝算は?」

 

「勝算? つか、もう勝ってる」

 

「へ?」

 

「相性問題だ」

 

 よく分かっていないヒュプノが、自分の上におじさんを乗せる。

 

 何事にも相性はある。神が人に対し、相討ちにしか持ち込めないことがあるくらいには。

 

「天の神、天照大神は女性神だ。

 世界でも、多次元宇宙でも比較的珍しい、女の主神だ。

 主神は男性神なのが多いからな。

 だから―――雌豚に堕とす催眠おじさんとの相性は、最悪なんだ」

 

「……なぁるほど!」

 

「一発で決めるぞ。セット!」

 

「あいあいさー!」

 

「須美! 銀! 園子! 襲撃警戒態勢!」

 

「はい!」

「おう!」

「はーい!」

 

「行けるなヒュプノ!」

 

「任せといてください! ワテこそが、御主人様の想いを形にする一の射手!」

 

 勇者三人が狙撃護衛に付き、ヒュプノが構え、おじさんが術式を組む。

 

 神すらもアヘ顔にさせるおじさんの快楽屈服催眠が弾丸状に形成され、ヒュプノの優れた動体視力が肉壁のバーテックス十二体の動きを見切り、その隙間、天の神に届く射線を見通した。

 光が一閃、放たれる。

 

「超超遠距離射撃流星弾―――『射星(しゃせい)』」

 

 神すらも蹂躙する催眠の光。全てを塗り替える一条の光が放たれる。

 

 もしも彼らに、ミスがあったと言うならば。

 

―――はいおじさま、手鏡です

 

 結界の外で、催眠は鏡で跳ね返せるという事実を観測していたバーテックスが居たことに、気付いていなかったことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 催眠究極薄本形態(ウルティメイトソリッドブックス)のおじさんの催眠は、光学的な観点から見ればレーザーのような性質も持っている。

 極めて強力なレーザーを鏡は反射できない。

 そのまま破壊されてしまうのだ。

 

 おじさんの催眠が思った形で作用しなかった理由は三つ。

 一つ目は『鏡で催眠は返せる』と知られていたこと。

 これにより、天の神は己の化身状態が鏡であることを利用し、催眠を捻じ曲げて跳ね返すことを思いついてしまった。

 

 二つ目は、スマホの不調。

 攻撃のタイミングで108のスマホ全てをフルに動かした時、9のスマホの電源が落ち、催眠のバランスが崩れてしまったのだ。

 108の催眠アプリによる調和こそがこの催眠の真骨頂。

 その綻びが、天の神に付け入られる隙になった。

 

 三つ目は、天の神の本気度の読み違え。

 おじさんは甘く見ていたのだ。

 神がそこまで本気で来るはずがない、と。

 人をゴミのように思っている神は油断しているはずだ、と。

 だが違った。

 天の神は自分すら勝敗の場に賭けて来た。

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて、そんな博打を神が打ってくるだなんて、おじさんは想像もしていなかったのだ。

 

 全ては誘いだった。

 確実に、初手で、おじさんに全力の催眠を撃たせ、それを反射する。

 天の神はそこに全てを賭けた。

 神が、自分を囮にし、そこに全てを賭けたのだ。

 

 おじさんは知らなかった。

 神が人間とは違う倫理で動いていると分かっていたのに、分かっていなかった。

 天の神が、人間をゴミだなんて思っていないことを。

 天の神が、人間が真に反省したなら多少は許しをやろうと考えていることも。

 天の神が、傲慢な超越者の側面を持ちながらも、かつて人間への愛を持っていたことも。

 知らなかった。

 

 だからおじさんは、この世界の人間の心を弄ぶ催眠おじさんへの天の神の怒りを、読み違えた。

 

 本当に僅かな差で、全てが噛み合わなかった。

 

 そこにあった僅かな差はきっと、『幸運な神』と、『不幸な人間』くらいしかない。

 

 

 

 

 

 天の神には、雌豚にされる確信があった。

 周到に準備をした。

 徹底して対策をした。

 それでもなお、迫り来る催眠の光を見た瞬間、天の神は自分が雌豚便所にされる未来を確信してしまっていた。

 

 天の神が持ちうる全ての力を使って、使い切って、力を使い果たし、もう駄目だと思った。

 神の全身がボロボロになり、鏡は無残に割れて砕けた。

 おじさんのスマホのいくつかの電源が落ちなければ、全ての対策を貫通され、雌奴隷にされていた―――他ならぬ天の神が、それを確信していた。

 反射を完了した瞬間、天の神は数百万年ぶりに、安堵の息を思わず漏らしていた。

 

 人間のオナホにならなくて済んだことに、心底安堵していた。

 

 そして、人間なんぞに心底脅かされ、心底安堵させられたことに、怒った。

 

 天の神の怒りに沿うように、反射された催眠は内容を捻じ曲げられ、須美達に直撃する。

 

「きゃっ―――」

 

「みー子!」

 

 そして、須美、銀、園子の目から光が消える。

 まずい、と美森は咄嗟におじさんのカバーに入る。

 

 反射催眠された催眠は分散し、三人の勇者に直撃した。

 そして武器を構える。

 武器を向ける先は、天の神の怒りと憎悪を一身に向けられるおじさん。

 昨日までの彼女らを、地の神の勇者と言うならば。

 今の彼女らは、天の神の勇者と言ってもなんら差し支えなかった。

 

 バチッ、と変な音を立てたおじさんのスマホがまた一つ止まった。

 三人の勇者がにじり寄ってくる。

 十二体のバーテックスが猛烈な勢いで攻めて来る。

 その後ろで悠然と進んでいるのは、それらのどれよりも強い天の神。

 

「おじさま!」

 

「うはは! なんやこら楽しくなってきたわ!」

 

 美森とヒュプノが全力で、狙いも大して付けずに大火力をぶっ放し、大型バーテックスの進軍だけでもなんとか食い止めていく。

 

「美森! ヒュプノ! 十二体を片付けろ! できなきゃ足止めで良い!」

 

「せ、せやけど!」

 

「大丈夫だ! 勇者三人をまず何とかする!」

 

 天の神はおじさんの催眠を反射しただけだ。

 しからば、おじさんがその催眠を解除するか、上書きすればいいだけの話。

 おじさんがその気になれば五分とかからないだろう。

 すぐに問題は解決する。

 はず、だったのに。

 

「―――催眠が、効かない!?」

 

 おじさんの催眠波を受けてなお、須美達は天の神の傀儡のままだった。

 

 いかなトリックか。

 おじさんの催眠上書きが通じない。

 催眠の手応えを分析し、おじさんは即座にそのトリックの正体を突き詰めた。

 分析所要時間一秒。

 されどその一秒で、おじさんは全てを理解する。

 

 これは、()()()()()()()()

 天の神に随伴する、天の神群の一柱が用いる権能。

 

「この世界にも居た、というわけか。

 日本武尊(やまとたける)を惑わしたもの。

 古事記に語られる惑わしの神。催眠の具現。

 人の正気を失わせる権能を保つ神性!

 ヤマトタケルですら、独力ではそれに抗えなかったという。

 和の国、日本における"始まりの催眠おじさん"が一人―――『伊吹山の荒神』!!」

 

 日本の神話の大昔より語られる、惑わしの神。

 

 日本の始まりの催眠おじさんである山の神。

 

 大英雄すら叶わない、有明の女王すら勝つことのできない『催眠の神』が―――催眠おじさん対策として、天の神に投入されていた。

 

 

 

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