催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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乙女の真心

 伊吹山の神。

 古事記では巨大な白猪、日本書紀では大蛇とされる。

 天変地異を自在に操り、人を惑わし、大英雄ヤマトタケルを死に至らしめたという。

 スサノオと同一視されることもあるが、そうでないこともあり、元・天の神であるスサノオと同一視される以上、天の神の神群に属する存在でもあった。

 言わば、神の催眠おじさんである。

 

 日本に数多存在する催眠おじさんの系譜、その始祖の一つ。

 "心を酔わせる"催眠使い。

 伝承に沿うならば、その力に対抗するには、霊山の清浄なる清水が要るという。

 されど星が燃え尽きた時、岐阜県と共に、その霊山も燃え尽きてしまった。

 ゆえに有効な対策は存在しない。

 そんな神が天の神という群れに入っているということ事態が、悪夢であった。

 

 とはいえ。

 神は、全能ではない。

 この神の催眠が全能なら人類はとっくに終わっている。

 

 地の神(神樹)の眷属と言うべき勇者には、この催眠は効き辛い。

 当然天の神相手にも効きが悪い。

 天の神はおじさんの催眠を反射して勇者を洗脳したが、この神に同じことはできない。

 催眠おじさんとしての"位階"に差がありすぎるのだ。

 おそらく催眠種付けの技能だけを競うなら、おじさんと神はそのまま、神と人レベルの力の差があるだろう。

 

 だがそれでも、おじさんの妨害をさせるのに、これほど強力な神は居なかった。

 

「……めんどくっせ!!」

 

 おじさんは必死に須美の矢を回避し、催眠をかけに行く。

 

 だが届かない。

 須美にかけようとした停止の催眠が地面に落ちた。

 銀にかけようとした催眠解除の催眠が横に逸れた。

 園子にヤケクソで撃った絶頂百連の催眠が空にすっ飛んで行ってしまう。

 大規模な催眠で状況を変えようとするが、その催眠も制御がガタガタになってしまう。

 

 おじさんの催眠に、空の光の玉――伊吹山の催眠神――が一々干渉し、おじさんの催眠を最小限の力でおかしくしてしまっているのだ。

 

「催眠ベクトル操作技巧……! 催眠ロリ絶頂一族(アクセラレータ)の類か!」

 

 催眠には、『ベクトル』の概念が存在する。

 初心者が催眠の力に驕り、催眠アプリが正面にしか作用しないことを忘れ、側面や背後を取られて殺されるよくあるパターンがこれだ。

 催眠は『矢印』をもって意識し、操る。

 これが初心者が中級者になる第一歩である。

 

 『矢印』を操れるようになると、催眠術師は一気にできることが増える。

 

 AちゃんからBくんに向いていた恋の矢印を、C君に向ける。

 D君に対する認識を自分に向け、自分をD君だと誤認させる。

 対魔忍アサギをイキ殺す。

 将来の夢に向かっていた心のやる気のベクトルを全て性欲に向ける。

 嫌悪のベクトルを好意に反転させる。

 などなど、様々だ。

 

 催眠ベクトル操作は、小さな出力で最大の効果を得ることができる。

 

「単純な技だが、神の出力があれば別か……!」

 

 催眠おじさんの催眠霊圧を100とすれば、始祖催眠神の催眠霊圧はせいぜい30といったところだが、おじさんの催眠の邪魔をするならこれで十分だ。

 

 勇者に催眠解除が行けば、その催眠の向きを変える。

 広域にかかる催眠は、ベクトルを変えてその力同士がぶつかるようにする。

 おじさんが手の中で繊細な催眠制御を始めれば、それをかき混ぜる。

 それだけで、おじさんの催眠は尽く効果を発揮しない。

 

 催眠の神はおじさんの催眠を同等の力で打ち消しているのではない。

 小さな力で邪魔し、逸らし、自爆させているのだ。

 走り出そうとしたおじさんに常に足を引っ掛けているのに近い。

 まるで強大な力を持った対魔忍がクソザコに負けて「くっ……こんなやつに……!」となる時のように、大きな力が小さな力に良いようにイキ地獄を味わわされている。

 

 経験豊富な催眠おじさんが、数万年催眠おじさんをしてきた神に、封殺されているのだ。

 

 おじさんが勇者の怪我もいとわず大規模な催眠を撃てば状況は壊せる。

 だが、そんなことはできない。

 勇者三人が同時に襲いかかって来ている状況で、おじさんが強い催眠を練る時間が常に奪われているのも痛い。

 状況を上手く動かせない。

 催眠おじさんの神を先に倒してしまえばなんとかなりそうではある。

 だが勇者がその邪魔をする。

 

 毎朝ランニングをしているおじさんレベルの彼の身体能力では、スポーツカーが全く追いつけないレベルの勇者の戦闘に、対応することすら難しい。

 おじさんは追い詰められ、伏せ札を切った。

 

「『ポケモンのサイトウ(マリオネット)』」

 

 催眠に弱い女の子が体を催眠で操られ強制オナニーさせられる技の応用で、おじさんの体が催眠によって強制的に動かされる。

 デッサンがヘタクソな催眠本でキャラの関節がおかしいことになっていることがあるが、あれはただの画力不足なのだろうか?

 否。

 あれは本当にそう動いているのだ。

 催眠は肉体に限界を超えさせる。

 不可能な肉体挙動を可能にさせる。

 

 この技は、おじさんが最近開発した新技だ。

 あらかじめ体に回避行動のパターンをいくつも催眠でセットしておき、戦闘中にノータイムで起動することで、思考と同速度での回避を可能とさせる。

 回避速度と思考速度をイコールにできる。

 調教されまくった少女が催眠で記憶を消されても体にイキ癖が残ってしまうのと同じで、体に残ったものは消えない。

 普通の人間レベルでしかないおじさんは、これでなんとかギリギリ、雑な傀儡化で動きのキレが落ちている勇者と渡り合う。

 

 須美の矢を跳んで回避し、銀の斧を異様な身のこなしで回避し、園子の槍を尻だけで地面を滑って回避した。

 限界を超えた跳躍に足の筋肉からブチッと音が鳴り、銀の斧を避ける際に各関節からゴキッとゴリッと音が鳴り、園子の槍をかわした際に尻がスボンの内側で盛大に擦り剥けていた。

 

「ぶ、武器がデカくてかわし辛い……『博麗霊夢(マリオネット)』!」

 

 だが、これ以外に打てる手が無い以上、続けるしかない。

 催眠にかけられた少女のように踊り続けるしかないのだ。

 コナンの手の上で踊らされ続ける小五郎のおっちゃんのように。

 

 厄介なのは、『武器の大きさ』だった。

 

「い、痛っ、クソッ、武器当たってねえのに回避で体壊れてまうわ! 小生死ぬ!」

 

 須美達の武器は全員大きい。

 須美達の身長と同じ長さから二倍近い長さまである。

 大人は3mの武器を楽々使えるか? 否。否だ。

 武器には体格にあった長さがあって、身長と同サイズは明らかに取り回しが悪くなる。

 それでも彼女らは武器を巨大化するしかなかった。

 敵が普通に50mや100mの敵であったから、武器を巨大化しなければ、蚊に刺された程度のダメージしか与えられない可能性があったのだ。

 

 それが今、おじさんに対する特攻として機能している。

 

 おじさんは身体能力が低く、大きくかわせない。

 大きくかわせないと、大きな武器をかわせない。

 攻撃範囲が広いからだ。

 50mのバーテックス相手に50cmの武器を1.5mにしても焼け石に水だが、とっさに1m程度しか飛べないおじさんに対し、勇者達の1.5m武器はべらぼうに強力な攻撃となる。

 

「『東方キャラ全部(マリオネット)』―――!!」

 

 回避しきれない。

 あと数手で詰まされて死ぬ。

 おじさんは咄嗟に周囲全体を昏倒させる催眠を打とうとするが、神に妨害されてしまうこの状況では制御をミスって勇者に後遺症を残しかねない。

 大事な人ができたという弱みが、彼を敗北に近付けていく。

 

「なら!」

 

 おじさんは大気に催眠をかけ、操作しようとして、わざとそちらを邪魔させる。

 そちらは囮だ。

 右手で発生させた囮の大規模催眠を神に邪魔させ、迫り来る銀達の足元に向けて、左手の最速発動催眠を発動させる。

 

「『アルト社長のお笑い芸(スリップ・エスケープ)』!」

 

 これは"あら奥さんお肌つるつるですわね!"の先にある極致。

 対象に肌がツルツルだと思わせ、極めれば本当にツルツルにすることさえできる。

 プラシーボ効果を応用した高等技術だ。

 

 ここは樹海。

 樹海の地面は全部神樹の根でできている。

 ゆえに神樹に"あらあら神樹様のお肌はツルツルですわね"と思わせれば―――あらゆるものを滑らせる、お肌すべすべの転倒領域ができる。

 おじさんは摩擦係数0の神樹の根の上で、永遠に勇者達を転ばせようとした、が。

 

「―――!」

 

 半ば意識もないはずなのに、勇者達が、見事な連携でそれを踏破する。

 

 園子が槍をバラバラにし、空中に固定し、道を作る。

 須美が弓を撃ち、それを回避させることでおじさんの足を止める。

 そして銀が、園子の作った足場を走り、須美が足を止めたおじさんに双斧で斬りかかった。

 

 彼女らの体に染み付いた戦闘連携は、無意識下でも成立するものであり、おじさんが思わず手を叩きたくなるくらいには見事であった。

 

「ぐっ! 『挿入即落ちニコマ(グラヴィティ・フォール)』!」

 

 須美の矢を回避して飛び上がっていたおじさんが、世界に"おじさんは重いから速く落ちる"という催眠を掛けるものの、催眠の神の妨害で上手く落ちることに失敗する。

 かするような当たりでも即死は免れない銀の一撃を、おじさんは全身のスマホを分離解放、目の前に結集させ、盾とすることで受け流した。

 

 鉄が砕けるような音がして、攻撃を受け流したおじさんの盾が砕け、盾だったスマホがバラバラと樹海に落ちていく。

 おじさんは銀の一撃を受けた衝撃を上手く使って吹っ飛び、なんとか距離を取った。

 

「『禁断の果実(アップル)』の加護だ。驚いたか? 罪の名を冠したスマホの強度に」

 

 おじさんは余裕の表情を取り繕うが、状況はかなりマズい。

 

 今の一撃で、50ちょっとスマホを持っていかれてしまった。

 戦闘力は半減……いや、衝撃で体にも入ったダメージを考えれば、戦闘力は半減どころか三割近くまで落ちているだろう。

 もう、天の神ともう一回やり合えるだけの余力はない。

 

 催眠おじさんVS美少女勇者。

 

 悪より生まれし者と善より生まれし者の戦いは、とうとう勇者の勝利に終わろうとしていた。

 よりにもよって、勇者が勝てば確定のバッドエンドというタイミングで、催眠おじさんは美少女勇者達に負けそうになってしまっていた。

 おじさんは衝撃でグラグラとする頭に活を入れ、覚悟を決める。

 

「……まだここじゃ、使いたくなかったが。―――全力稼働(フルドライブ)

 

 将来のための保険を、ここで使い捨ててしまうかもしれない、そんな覚悟を。

 

「あー駄目だな。

 小生駄目だわ。

 なんとか温存して乗り切ろうとしたんだが。

 ……お前らと命懸けで戦ってるっていうシチュが無理。

 耐えられん。はよ終わらせたくてたまらないんだわ、うん」

 

 自分に弓を向ける須美を見て、おじさんは心底嫌そうな顔をして、指を鳴らす。

 

「『スキップ』。悪いな、これ敵にタネが割れると小生あっさり死ぬやつなんで……」

 

 以前須美達に見せた時間感覚操作、記憶操作、認識操作の複合技であるスキップを起動し、おじさんは『誰も記憶できない』時間を作る。

 消耗が大きく、戦闘結果も変えられず、使い所があまりない催眠だが、今はいい。

 

 戦闘をスキップして"これから使うもの"が天の神に見られないのであれば、それだけでいい。

 見られただけで終わりで、見られなければ問題ない。

 おじさんは、そう考えていた。

 

 

 

 

 

 現在の戦線で一番大きな役割を果たしているのは、ヒュプノと美森であった。

 二人は弾幕を形成し、遠方から大型の侵攻をなんとか食い止めている。

 この戦いは誰かが殺されたら終わりなのか?

 いや、違う。

 普段の勇者の戦いと同じだ。

 この戦いは、バーテックスが神樹に到達した瞬間、世界が滅びる戦いなのだ。

 

 バーテックスを足止めできなければ、世界はあっという間に滅びてしまう。

 

「美森ちゃん! きっつい! これきっつい!」

 

「頑張ってください! まだ世界が滅びてないのはあなたのおかげなんですから!」

 

「ほんま!? ワテのおかげ!?」

 

「はい!」

 

 ヒュプノの火力は大型八体分。

 美森は大型一体以上、だが二体には届かない。

 ならば計算上、十体大型がいれば、もうどうにもならなくなる。

 十二星座が勢揃いしているこの状況で、この一人と一体が拮抗できていたのは、奇跡としか言えない大健闘であった。

 

「速いやつから押し込んでいきましょう!

 余裕ができたらおじさまの方に援護を入れていかないと!」

 

「せやなせやせや! ……せやけど天の神動いてきたら終わりやぞ」

 

「あれは、今はまだ大丈夫です」

 

「ほー、根拠は?」

 

「あれは傷が深すぎて動けなくなっているだけです。根拠は、前に見たことがあるからです」

 

 ん? とヒュプノは思ったが、何が引っかかったのか分からなかった。

 

 ヒュプノの矢が多量にバラ撒かれ、その合間を美森の狙撃が抜けていく。

 ヒュプノの大火力はバーテックス達の肉を吹っ飛ばし、その巨体を押し込んでいく。

 美森の正確な狙撃はバーテックスの急所を撃ち抜き、その命を削っていく。

 

 弾の幕で世界を守っている間、ヒュプノの耳には、須美の弓の音がずっと届いていた。

 弓矢が風に当たる音。

 矢が空を切る音。

 弓の弦が弾かれる音。

 それらがそれぞれ心地良くて、今の須美は敵に回っているというのに、ヒュプノはなんだか心強さを感じてしまう。

 

 仲間が敵に回っている不安より、仲間が近くに居てくれる安心の方が強い。

 仲間がそこに居てくれるというだけで、なんだかちょっと安心してしまう。

 自分の心があんまりにも幼稚だったから、ヒュプノは自分に気合いを入れた。

 

「……やるかぁ!」

 

 ヒュプノは戦場を冷静に見ている。

 敵も、味方も、よく見ている。

 だからもうヒュプノは分かっている。

 もう、この戦いに勝ちはない。

 この先に待っているのは敗北だけだ。

 

「こらもう、勝機はないな。……だが、未来が無いとは言わへんでー!」

 

 だからこそ、全力を尽くさなければならないと、ヒュプノは考えた。

 

 

 

 

 

 スキップが終わる。

 そして、催眠の神が消滅した。

 おじさんが膝をつき、残り30になったスマホをかき集める。

 倒れた状態の勇者達はまだ催眠が解けていない状態で、起き上がればすぐにでもおじさんを襲いに来る状態にあった。

 

 スキップは正常に機能していた。

 この状況に至るまで、どういう戦闘が行われたのか、おじさん以外の誰も把握していない。

 情報秘匿系催眠を習得していない者では、スキップされたことにも気付かないだろう。

 

「ぐっ……バレてねーよなこれ。

 美森の世界だとこれで天の神倒したらしいから、知覚されてないといいんだが」

 

 おじさんは『奥義』を使った。

 東郷美森の経験した戦いにおいて、天の神にのみ使った切り札を。

 だがそれは催眠を極めたおじさんですら"未完成"としか言えないレベルにあり、美森が来た未来において、三年の時間をかけて完成させたものだった。

 今の彼では使いこなせない。

 その消耗は、命すら削る。

 

 おじさんは立ち上がるが、また膝が折れ、その両手が根の地面につく。

 おじさんは立ち上がって須美達の催眠を解除しに行こうとするが、立ち上がるだけの力を中々絞り出せない。

 思考に体がついていかない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、クソっ……!」

 

 今の彼は、たとえるならばプリンに近い状態にあった。

 比喩ではない。

 本当にプリンに近い。

 おそらくその辺の木の棒を拾ってきて彼を殴れば、腕や足はもげるだろう。

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 今使った力の副作用はそれで、タネがバレると、おじさんは天の神を敵に回した時に本格的に勝てなくなる可能性がある。

 天の神が催眠を反射する鏡の力を備えてきた以上、おじさんが天の神を倒すことができる手段というのは、そんなに多くはなかった。

 

「!」

 

 倒れたおじさんに影がかかる。

 おじさんが顔を上げると、立ち上がれない彼を囲むように、勇者三人が居た。

 その手にある武器を振り下ろせば、おじさんは死ぬ。

 

「……これも過去の因果応報か、ってちょっとは思うが」

 

 おじさんは自嘲気味に笑って、すぐその笑みを引っ込めて、懸命な表情で立ち上がろうとする。

 三人を今すぐにでも救うために。

 だが、立てない。

 力が入らない。

 

「お前らが人殺しをさせられる因果なんてねえ、そう思えるから、諦めたくねえな!!」

 

 叫ぶおじさんを見つつ、三人は武器を振り上げる。

 

 そして、武器は振り下ろされ。

 

 振り下ろされた斧と槍を、弓が懸命に受け止めていた。

 

「―――須美」

 

「催眠を解いてください! おじさま!」

 

「ああ!」

 

 おじさんの体に、力が湧いてくる。

 須美の言葉が、おじさんの体に力をくれる。

 天の神が反射したのは、おじさんの究極の姿による最強催眠だ。

 それが反射されたものが、生半可な催眠強度であるはずがない。

 須美はいかな技を用いたのか、それを緩和し、ありえないほど強い意志で催眠を振り切った。

 それは意志の強さと言うべきか、責任感と言うべきか、あるいは愛と言うべきか。

 

 その気持ちに、おじさんが応える。

 

「『アティ先生(マリオネット)』!」

 

 なけなしの力を振り絞り、園子の額に触れる。

 

「起きろ。一番自由な勇者」

 

 園子の催眠を解除し、流れるように銀の額に触れる。

 

「起きろ。一番優しい勇者」

 

 銀の催眠を解除し、最後に残った須美から、無理に催眠を壊してしまったために発生した催眠の残骸を綺麗に取り除く。

 

「起きろ。一番頑張り屋な勇者」

 

 かくして、あっという間に勇者三人は取り戻された。

 

「しゃあッ! こっから逆転だ! あ、先に言っとく! 謝罪は後だ!」

 

 もはや一分一秒が惜しいと言わんばかりに、おじさんが駆け出す。

 少女ら三人も慌ててその後についていった。

 そこに、バーテックスの爆弾が流れ弾で飛んで来る。

 

「園子! 銀!」

 

 近接武器持ちの二人が前に出て、その攻撃を切り落とした。

 

「ふう、ふう、大分しんどい~」

 

「しっかりしろよ、園子!」

 

「……チッ、随分消耗させられたな……」

 

 おじさんへの攻撃に使うエネルギーは勇者の自前の力から抽出されていたようで、勇者三人はおじさんへの攻撃で大分力を消耗させられているようだった。

 攻撃されていたおじさんも、それで力の大部分を使い果たしてしまった。

 神の悪辣は、どうやら神にとって最高最大の結果を出したらしい。

 おじさんはとにかく、美森とヒュプノと合流し、一丸になって敵に当たりたかった。

 

「美森!」

 

 前線の美森を見つけて、おじさんが声をかける。

 美森は応えない。

 声をかけられたことに気付いていない。

 いつもならどんなに小さな声でもおじさんの声にだけは絶対に気付くのに。

 美森の視線は、遠く離れた結界の彼方……()()()()()()()()()に向いていた。

 

「……美森?」

 

「あ、おじさま。いえ―――なんでもありませんよ」

 

 美森は、いつものように微笑んでいた。

 

「御主人様ー! ワテ頑張ったで! お高いチョコが欲しい!」

 

「勝ってからしろ!」

 

 ヒュプノが大量の矢を吐き出し、押し込んだ隙間に勇者が切り込んでいく。

 

「いっくよ~!」

「よっしゃ! アタシが先陣だ!」

「今日は三人だけのチームじゃないから気を付けて!」

 

 メイン火力はヒュプノ。

 切り込みに須美達、勇者のスリーマンセル。

 後方からの援護に、唯一消耗のペース配分が出来ていて、余力のある美森。

 総合支援をおじさんが行う。

 

「やるぞ! ほぼ全員ズタボロだが!

 お前達の心が全く萎えてねえことくらいは、小生にも見えている!」

 

 おじさんの鼓舞に皆が奮い立ち、それをあざ笑うようにバーテックス達の攻撃が飛ぶ。

 

 射手の矢。

 蠍の針。

 地震が襲いかかってくる。

 音波が耳を壊してくる。

 竜巻が須美を吹き飛ばし、水が園子を飲み込み、炎が銀を襲う。

 地面を潜航した敵に美森が跳ね飛ばされ、そのままヒュプノも跳ね飛ばす。

 出来たチャンスに畳み掛けるようにして、残りのバーテックスが接近し、攻め立ててきた。

 

 怒涛の猛攻に勇者達は劣勢になるが、催眠で『撃とうとした攻撃の向き』を捻じ曲げられたバーテックス達がフレンドリーファイアの同士打ちをしてしまい、その隙に立て直す。

 

「立て!」

 

 おじさんの声が響く。

 

「世界なんかのために戦って死ぬんじゃねえ!」

 

 誰も、諦めなかった。

 体が動く限り戦った。

 まだ戦える、まだ戦えると、前に進み続けた。

 

「世界を守って、人を愛して、恋人作って結婚して、ババアになってから死ぬために立て!」

 

 勇者みたいなこと言ってるな、と、おじさんはふと思う。

 

 ここでこいつらと死ぬならそれでもいいな、とおじさんは思う。

 

 でもできればこいつらと生きていたいな、と思って、口角が上がる。

 

「ド派手でかっこいい英雄的な死に方じゃなく!

 クソつまんねえありふれた穏やかな死に方を迎えるために、立てっ!」

 

 真の窮地にもふてぶてしく笑うおじさんを見て、ヒュプノは一つ、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは、結構前のことだっただろうか。

 

 ヒュプノが夜中に寂しくなって電話をかけて、おじさんが嫌そうにしながらもヒュプノとの会話に付き合い続けてやった、そんな何気ない日常の一幕のことだ。

 

『今二人っきりなんやから須美ちゃんをどう思っとるのか聞かせてもらえまへんかねブヘヘ』

 

「星だ」

 

『星?』

 

「夜に輝く星。

 暗闇の中で迷った時、アイツを目印に進めば間違えない、そう思える。

 小生なんかじゃ手の届かない星だ。

 星は自分の輝きが見えないからな。

 遠くに居る人間がなんで自分を綺麗って言ってるか自覚持ててないんだよ」

 

 ヒュプノは一瞬、言葉に困った。

 

『……心臓にドスンと来ましたわ。気合入ったラブレターかなんかですか』

 

「茶化すなら最初から聞くな」

 

『いいこっちゃ。

 この世界は星が見えないしなぁ。

 なのにバーテックスは皆星扱いや。

 ワテ射手座やし。

 人が星に見えるっちゅーのは最高のロマンや思いますで』

 

 うはは、と笑うヒュプノに、おじさんは冷たく突き放す。

 

「いいか。小生はお前が死ぬくらいはなんとも思わん」

 

『分かってたけど辛辣ぅー!』

 

「命懸けで守り切れ。須美は特に。

 あと、できれば生きて帰還しろ。

 今はお前の戦力をあてにして予定を立てている。死んだら困る」

 

『というか、ワテ命がある扱いなんすな。死ぬ言うてるし』

 

「? なんだ、それがどうかしたのか」

 

『へっへっへー、なんでもないんやでー』

 

 あれから、それなりの時間が経ったと、ヒュプノは思う。

 

 思えば、遠くまで来たと。よくここまで来れたと、ヒュプノは思う。

 

 

 

 

 

 

 殺到する無数の攻撃。

 十二星座の総攻撃。

 十二星座の体内のエネルギー全てを使い切る勢いの総攻撃が始まった。

 それが須美に向けられて、銀がカバーに入った。

 だが、到底手が足りない。

 

「須美!」

 

「銀! 無茶よ!」

 

 須美を庇うべく前に出て双斧を振るう銀。

 だが足りない。

 何もかもが足りない。

 速さも、力も、手数も。十二星座の総攻撃を受け止めるには、何もかも足りない。

 新型射手座が赤い針の矢を、雨霰と放った瞬間、銀は死を覚悟した。

 

(駄目だ、死―――)

 

 須美だけでも死なせないようにと、銀は恐れを噛み潰し、己の急所を防御することをやめ、背後の須美を守るためだけの防御の構えを取る。

 世界は須美が守る。

 須美は銀が守る。

 なら、その銀は誰が守るのか?

 

 その問いに応えるように、ヒュプノが間に割り込んだ。

 射手座の無数の針の矢が、ヒュプノの全身に突き刺さっていく。

 

「プーさん!?」

 

「全員、ワテの後ろに!」

 

「待って、プーさんの体が穴だらけに……」

 

「ええから! 銀ちゃんの体が穴だらけになるよかマシやろ!」

 

 十二星座の猛攻をヒュプノが体を張って受け止め、その背後に人間達が逃げ込み、ヒュプノが反撃で放つ矢の群れがなんとか攻撃を押し止める。

 攻撃がいくら当たっても、ヒュプノの傷はすぐ治る。バーテックスゆえに。

 しかし攻撃が当たれば当たるほど、その命は消耗していく。

 おじさんはヒュプノの消耗を見て、この状況の継続はマズいと判断した。

 

「ヒュプノ! このままだとお前が死ぬ! 後退しながら立て直すぞ!」

 

「そりゃ悪手やろ」

 

「は? 何言ってんだお前」

 

「奴ら、今メチャクチャなエネルギー使ってますわ。

 この攻撃から逃げず、受けきって、即反撃すれば……

 奴らは立て直しの間もなく全滅するはずや。

 ワテの中にあるのは大型八体分のエネルギー。全部爆裂させれば、いけるやろ」

 

「―――は?」

 

 『自爆する』という宣言を、別の言葉で言ったヒュプノに、おじさんは思わず問い返した。

 

 ヒュプノ・バーテックスは、もう決めている。

 

「須美ちゃん」

 

「え、あ、私ですか?」

 

「君は御主人様の希望の星らしいやさかい。せやから、な」

 

 ヒュプノから生まれた光が須美の弓に溶ける。

 射手から、射手へ。繋ぐように、結ぶように、何かを残す。

 

 

 

「君が次の"射手座"や。あの人を守り切れ」

 

「―――」

 

 

 

 園子が声を張り上げる。

 敵の攻撃はまだ続いている。

 人間を刃物の雨から守る鋼鉄の傘のごとく、ヒュプノは体を張り続ける。

 

「ま……待って! 急だよ! 他に方法があるよ、きっと!」

 

「御主人様は命をかけた献身でしか聞いてくださりまへんやろ?

 でも勇者の子らを死なせるのはあきまへんやろ。

 せや、そんならワテがピッタリやん! と思ったわけで、うはは」

 

「待って!」

 

「待ちまへん。ごめんなあ、そのっち。同性の女の子の友達が出来て、嬉しかった」

 

 園子の声は、震えていた。

 

「御主人様」

 

「おい、待て、バーテックスは同じ個体が作られるって言っても、お前は」

 

「ここで生まれ直したなら、ここがあんたの故郷でっしゃろ。

 唯一無二のあんたの故郷を守りなはれ。

 勇者が、生まれ育ったこの故郷を守るのと同じように。

 うはは……故郷のないバーテックスが故郷云々って言うのもなんかあれやと思いますけどな」

 

「……!」

 

「御主人様は心を操ったら問答無用で悪みたいに言うかもしれへんけど」

 

 うはは、とヒュプノは笑う。

 

「ワテ、どんな形でも、心のないワテに心を与えてくれたあんたが好きやで」

 

「―――ぁ」

 

「きっと須美ちゃんも大好きやで。もーラブラブやろ」

 

「ちょっと!? ……冗談飛ばしてる余裕があるなら、やめてください!」

 

 乙女座の爆弾で、ヒュプノの顔あたりが吹っ飛んだ。

 

「あー死ぬの怖っ。

 死ぬの怖いとか思ったバーテックスワテが初めてやろ。

 でもなぁ、死ぬのを恐れとらんのも本音。

 うはは、死ぬのが怖いのに死を恐れとらんバーテックスもワテが初めてやろなあ」

 

「……お前、怖いなら、やめろ、早くやめろ、小生がいつそんな指示を出した?」

 

「御主人様と須美ちゃんの二人の行末を見届けられんのが心残りや。

 ま、逆に言えば心残りはそんくらい?

 うはは、うはは、死ぬのにこんなに心残り無いんはええことやなぁ」

 

 蠍座の尾が深々とヒュプノに突き刺さり、地獄の激痛を伴う猛毒が流し込まれる。

 

「ん? 死ぬ? ……うはははっ! おもろいわ!」

 

「お、お前、何笑って」

 

「バーテックスに死とかあるわけないやん。

 ただ物質化した力の塊や。

 破壊されたら消滅するだけ。

 同じ名前で同じ形で同じ性能のバーテックスがすぐ生まれる。

 個体名も個体差も無いんやから死もクソもない。大量生産品が壊れただけの話や」

 

「だけど、お前」

 

「……大量生産品の使い捨ての道具が、死ねるところまで来れたんか。幸せやなあ」

 

「―――」

 

 水の刃が、ヒュプノを切り刻んでいく。

 

 ヒュプノは自分の背中側から触手を伸ばして、それを銀の前に出した。

 

「銀ちゃん、握手を。うはは、ワテ、友達と体で握手すんの生まれて初めて」

 

「え? あ、うん」

 

「うはは、あったかいでんな。

 ずーっとやりたかったんや、これ。

 バーテックスは体温無いさかい。

 ……触れるだけで伝わるその暖かさで、御主人様をお願いしますわ」

 

「……うん」

 

 思わず"うん"と言ってしまった銀は、口を抑えて、自分が言ってしまった言葉を否定するために声を上げる。

 

「突撃するならアタシも行くよプーさん! プーさんを死なせたくない!」

 

 ヒュプノは巨体を傾けて、別方向から来た針矢をその身で受け止め、銀にも気付かれずに銀を守り続ける。

 

「死にたくなくても、守りたいもののために勇気を出す、それが―――魂ってやつだから!」

 

「……ああ、なるほどなぁ」

 

「魂輝かせて、かっこつけて死ぬなよ! アタシが守るから!」

 

 ()()()()()()()()と、認められた―――その嬉しさを、心を与えられたバーテックスだけが抱くその気持ちを、きっと銀は理解していない。

 魂があると言われるだけで、ヒュプノはこんなにも幸せなのに、それは人間の誰にも伝わらず、誰もがヒュプノの死を望んでいなかった。

 

「ワテ、嬉しいのか。

 この気持ちは、嬉しいのか。

 いや……なんていうか……嬉しいなぁ……」

 

 おじさんが、叫ぶ。もうほぼ余力がない状態で叫ぶ。

 今の彼の余力では、大型八体分の力があるヒュプノは止められない。

 

「『止まれ』! 『止まれ』! 『止まれ』!」

 

「生きてくだされ、御主人様。

 過去のどんな罪にも囚われることなく。

 過去のどんな教えにも囚われることなく。

 どうかお幸せになってください。

 過去の人間の罪を許さない神を否定するために。

 過去の罪で人を裁き続ける神に抗うために。

 あなたの過去を許す周囲と、過去を償い、過去の自分を許すあなたが必要なのです」

 

「『止まれ』! 『やめろ』! 『行くな』! 『命令を聞け』!」

 

「皆。ここまで弱りきってもうた御主人様、ちゃんと連れ帰ってな」

 

「やめろ……やめてくれ……」

 

「美森ちゃん。御主人様これ以上、泣かせんといてな」

 

「……ええ。ありがとう、プーさん」

 

「あ、そうそう。御主人様。

 どうか、叶うなら……

 "次"もまた、射手座を見つけたら、この子らを守らせてやってください。

 "次"の射手座がこの子を殺すかどうか……そこだけが、ワテの心残りやから」

 

「……ぁ」

 

「うはは、返事ほしかったなぁ。

 ま、ええか。愛してるで御主人様! 乙女の最後のラブあげたる!」

 

 銀を執拗に狙う射手座の針矢をその身で受け止め、穴だらけになりながら、ヒュプノはそんなことを言う。

 

「銀ちゃん」

 

「プーさん」

 

「運が良ければ、次の射手座が、君を守るから。だからこれはお別れやない」

 

「っ」

 

 最後の最後に、ヒュプノ・バーテックスが、友達の三ノ輪銀と話した言葉は。

 

「またね」

 

 何故か、とても人間らしくて、幼い女の子のような、そんな響きがあった。

 

 

 

 

 

 天の神が弱り切っていることは分かっていた。

 攻撃を耐えきった今、十二星座が弱り切っていることも分かっていた。

 十二星座の総攻撃から仲間を守る過程で、もう御霊が崩れ切っていることも分かっていた。

 何もかもが分かっていたから、ヒュプノの飛翔に躊躇いはない。

 

「ワテがなんで笑っとるのか、すぐに分かる! 分からんお前らが負けるからや!」

 

 迎撃が始まる。ヒュプノの肉が消し飛んでいく。もう再生はしない。

 

 再生さえもしないまま、全ての力を溜め込んで、それを臨界まで持っていく。

 

「御主人様散々泣くやろな! 正直ゴメン! そこはゴメン! でもしゃーないやん!」

 

 自分自身を爆弾にして、怪物の群れとその奥の神に、突っ込んで行く。

 

「どんなに泣いたって、最後まで生きて、幸せになったもんが勝ちやろ! うはは!」

 

 大きな爆弾と化したヒュプノが輝き、そして、世界を揺らがすほどの規模で、爆裂する。

 

 

 

「―――ああ、まったく! 世界で一番幸福なバーテックスになってしもたわ! かーっ!」

 

 

 

 どうか、自分に優しくしてくれた人達が皆、幸せになりますように……と願って。

 

 共に戦った仲間の未来の祝福を願って。

 

 ヒュプノ・バーテックスは、その短い生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 支配には、いくつもの種類がある。

 力による支配。

 催眠による支配。

 愛による支配。

 救済による支配。

 バーテックスは人を滅ぼすためだけに在る生命体で、人のような多様な心は持たない。

 生み出した神が、多様な心など与えていない。

 力による支配以外の存在意義を、神は何一つとして与えなかった。

 

 ヒュプノに心を与えたことは、正解だったのか。不正解だったのか。

 それを決めて良いのは、ヒュプノ・バーテックスただ一人である。

 

 力による支配ではなく、愛による支配を受け入れ、そのために死を選ぶ。

 愛する者のために戦い、命を失う結末を選ぶ。

 ヒュプノは化け物として生まれ、人のように死んでいった。

 人への呪いとして生まれ、人を祝いながら死んでいった。

 人の大切なものを踏み躙るために生まれ、大切な人を守るために死んでいった。

 

 戦いは終わった。

 

 死人は0と計上される。

 

 死んだ人間は誰も居らず、死人0で天の神の襲来を乗り越えるという快挙に、大赦は沸き立つ。

 

 

 

 この世界の外から来た男はずっと、ずっと、ずっと、泣き続けた。

 

 

 




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