催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
おじさんの言語は速攻で元に戻った。
「……ふぅ。小生の言語戻った」
「そうなんだ……」
『トンチキな奴ら倒さないと言葉が戻らねえって話が秒で消滅してんじゃねぇかァ!!』
シズクはキレた。
おじさんの前で五円玉をぶらぶら揺らしていた金髪の少女――乃木園子――が、ほわほわと笑いながら催眠を解除されたおじさんの脇腹を肘で突っついた。
しずく/シズクと直接の関わりがなかった、三人の勇者最後の一人。
おじさんが内部から解けなかった催眠の枷を、外側から解いたらしい。
催眠を使いこなす園子を見て、"そういやこいつはその気になればなんでもできる奴って噂だったな"と、シズクは学校で聞いた彼女の噂を思い出していた。
美森が園子の頭を撫で、園子が嬉しそうにしている。
「わっしーはすぐには戻って来れないから、私が超特急で来たんだぜ~!」
「ありがとう、そのっち。この時期にここまで実力を上げてるとは思わなかったわ」
「恐ろしいな……
いやまあ小生は総合力では圧倒してるが。
催眠術師としては小生が100として園子が40くらいだろうが。
催眠術の純出力だけはもう完璧に園子の方が高いな……
催眠合戦になれば絶対に負けることはないが……
同じ術式で競ったら絶対負けるな……小生の出力で解けない霊格の催眠術解いてるし」
「強化フォーム使わないインチキおじさんの霊圧じゃもう私に催眠かからないね~」
「ハァ……ハァ……
くっ……信用はしてる……してるが……!
小生が催眠かけられない人間が居るという事実が……!
不安でしょうがねえ……! 不整脈が起きる……ハァ、ハァ……!」
「どうどう~」
「ち、近寄るな、乃木……! 小生はお前を拒絶したくない……!」
「君の体はもう私を拒んでないんだぜ~認めちまえよへっへっへ~」
「ウキウキで距離を詰めるそのっちがちょっと面白いわね。でもおじさまと近すぎるのは駄目」
「あ~ん~」
園子が美森に押されておじさんから引き離される。
しずくはこのテンポの話に入るすべがなく、黙ってそれを眺めていた。
笑っているおじさんのポケットの中から、スマホに付けられたヘンテコな怪物のキーホルダーがはみ出しているのが、ちょっとしずくの印象に残った。
「あ、あの、えっと、山伏しずく……です」
「ええ、知ってるわ。私は東郷美森。そのっち達の紹介は要らないわよね。よろしく」
「はい」
『流石に二度三度と催おじと関わりありゃ知ってるか』
しずくは美森を須美の親戚か何かだとあたりをつける。
美森の物腰柔らかな話し方や人当たりのいい雰囲気に、どこか話しやすさを感じていたが、シズクはイマイチしずくと同じ感想を抱けなかった。
『なんか怖いなこいつ』
(そう?)
『分からん……独占欲か何かか……? 上手く隠してる感じか……気のせいかもしれねえ』
(ふーん)
「あんまり喋らないお客さんなんよ~」
「小生はあんまり喋らないお客さんもそれはそれで静かでいいと思う~」
話したことのない人間三人――おじさん、園子、美森――と相対したしずくが選んだのは、沈黙と脳内会話であった。
「っと、忘れてた。オラッここで鎮座してろ」
おじさんがパチっとスマホからキーホルダーを外し、部屋にあった神棚に投げ込み、神棚にチロルチョコを捧げてるのを見て、しずくは"新興宗教……?"と思いつつ、美森に聞いた。
「……あの。あれは。何をしてるんですか」
『素直に神樹の神棚でも作りゃいいだろうに。なんでわざわざ神棚の中身替えてんだ』
「おじさまにとって大事なことよ。説明してもあんまり意味はないかもね」
「……そう」
「おじさま本人が意味がないって思ってるから。
私はそうは思わないけど……おじさまがそう思ってるなら、それでいいんだと思うわ」
ヘンテコな怪物のキーホルダーが収められると、何故か改造された神棚が仏壇のように見えて、しずくはよく分からないので首を傾げた。
「いつまで立ってんだ。ほれほれ座れ。小生のお気に入りの椅子(5980円)だぞ」
「……失礼します」
『オッサンの加齢臭がしたら蹴っ飛ばしてやれ』
(シズクっ)
「どうだその後。元気にやってるか? 元気じゃなかったら元気にしてやるぞへっへっへ」
「……あれから、親は。心中しましたが。私は元気です」
「……??????!?!?!」
『オッサンの反応が妥当すぎる……』
「善人に目覚めたら、過去の自分が、耐えられなくなった、そうです」
「あっ……善人にした結果……」
しずくの両親は、醜悪であっても、邪悪と言うと少し違う。
かの親は精神的な不安定さこそが問題であり、すぐ怒って娘を殴ってストレス発散することが問題なのであって、善悪の量のバランスはそこまでおかしくはなかった。
極悪人でない者ですらしてしまうから、虐待というものは恐ろしいのだ。
おじさんの催眠で精神を善良にされた両親は、罪悪感から心中してしまった。
それだけ、過去に『カッとなって』してしまったことが多すぎた。罪深すぎた。
生来心が不安定である、ということは、心の振れ幅が大きいということ。
ふとした時に、大きく揺れる。
しずくを傷付ける方向に揺れることがあるなら、自分を殺す方向にだって揺れるのだ。
おじさんの催眠で随分改造されたにも関わらず、催眠の精神的なストッパーもぶっちぎって、しずくの親は爆速で自殺していった。
大赦に頭を抱えさせ、しずくという一人娘をこの世に残して。
「え、あ、えと、そ、その、ごめ、いや謝るのは……。……小生を好きにしろ!」
おじさんは床に仰向けに倒れ、両手足を投げ出し、服従のポーズを取った。
話の流れを読めないしずくが首を傾げ、園子がおじさんの横に寝転び、美森がとても暖かな目でおじさんを見ていた。
「……?」
「流石にぶっ殺されるのは受け入れられないが!
あの子ら残して死ぬのは無責任過ぎてできねえが!
これをもって謝罪とする!
死なない程度には刺してくれていい! うおおおおおお! や、やれっ!」
『何考えてるのか分かるがバカだなオッサン。バーカバーカ。聞こえてねえだろこのアホ』
(シズク……)
聞こえないのをいいことに好き放題言うシズクに、しずくはちょっと呆れた顔をした。
なお、表情の変化が乏しすぎて誰にも気付かれていなかった。
しずくはおじさんの横で何の意味もなく寝っ転んでいる園子を跨ぎ越え、おじさんの服をつまんで控えめに引っ張る。
「起きて」
「し、しかし、小生は」
「寝てると私のスカートの中見えちゃう」
「あっはい重ね重ねすみません」
『しずく……』
そそくさとおじさんが立ち上がり、寝っ転がっていた園子をベッドに投げ込む。
「わ~」と楽しそうにベッドに転がった園子を、美森が掛け布団で封印するのを横目に見て、しずくはおじさんをじっと見た。
おじさんは直立不動で動かない。
しずくは更にじっと見る。
更に直立不動で動かなくなった。
(この人が何を言いたいのか全然わかんない)
『いやこれは明らかにお前に謝罪と贖罪しようとしてんだろ。あとお前の心配もしてる』
(そうなの?)
『そうに決まってんだろ! 他にねえよこんなの!』
(謝られるようなことも、つぐなわれるようなことも、ないと思うけど)
『催おじにはあるんだろうよ。……あーメンドクセ、ぶん殴って分からせてやりたい』
(駄目)
『はいはい。……このオッサン、俺達の幸せ、本気で願ってたんだろうな』
(そうなのかな)
『だから謝ってんだよ、このクソバカオッサンは。バカすぎる。謝らなくていいってのに』
(言い過ぎ)
『へいへい』
しずくも、シズクも、想いは同じであった。その思考には好意があった。その表現の仕方が正反対であるというだけで。
「気にしないで」
「そうは言っても……大丈夫? お小遣いいる?
ちょ、ちょっと待て、今あんまり持ち合わせないから小生ATMで下ろして」
「要らない」
『オッサン……お前本当……もうちょっと堂々と"俺が救いました"みたいな顔していいんだぞ』
「お、おう、そうか。他に何か言いたいことはあるか? 小生に」
「……強いて、言うなら。両親は。あの世に私を一緒に連れて行く気も、無かったんだなって」
「うぉっほぅ」
『しずくもさぁ……』
「そんな両親と、離れられたのは……いいことだったのかな、って」
『あ、そうそう、それ言うのが大事だぜ』
「そ、そうか……」
しずくがちょっと視線を横にずらすと、おじさんのちょっと後方で「おじさま頑張って」と小声のエールを送る美森が見えた。
"どっちが大人か分かんないや"と思いつつ、しずくは一つ疑問に思う。
かわいそうな女の子を救う魔法―――催眠を使えば、しずくの心も記憶もあっさり操れて、この男が心配してるあれこれは最初からなかったことになるはずなのに、そうなっていない。
ちょっと奇妙な話であった。
「……催眠。使わないの。心を操る御業」
「え、ああ。最近は催眠に安易に頼らないよう銀に……いやそうじゃねえな。
それは小生の事情か。
お前の辛い記憶の調整くらいなら容易いことだ。
フン、いい意見だ。お前が望むなら、この催眠の王が精神に救済をやってもよいが?」
「いいです」
『いらん』
「え、いいの?」
「特に……困ってること。ないから」
「え、そうなの?」
『そうだよ。お前のせいでしずくの精神状態は健康健全絶好調だ。お前のせいでな』
シズクの声が彼に聞こえていないことが残念だと、しずくはちょっと思った。
「あーえっと、本日はお日柄もよく。小生元気よ? 君最近元気?」
「元気」
「そ、そっかー、元気かー……どのくらい元気?」
「超元気」
「ちょ、超元気かー……あ、お茶飲むか!?」
「ありがとう」
『すげえ、超絶会話下手のしずくがこんなに話しやすそうにしてるの初めて見た』
おじさんは部屋の隅っこの箱を開け、中から虫かごを取り出し、おずおずと差し出す。
「こ、これは神樹館の男子に頼まれて確保した四国最後のヘラクレスオオカブトだ……要る?」
「要らない」
『要らねえ』
「一つの体に二つの女子の心……女子女子……今日からお前をジョジョって呼んでやるよ!」
「ジョジョ?」
「駄目だ小生の会話のテンポが刺さってねえ!」
『刺さるかアホ』
「なんだか……思ってた人と、違う。ちょっとダメな感じ」
「小生は大分ダメですまん」
素敵な人、というしずくの中の印象に、"面白い人"という印象が追加された。
そこにもっと面白い人が割って入ってくる。
東郷美森が"わかってないわね"と言わんばかりの表情で、しずくとおじさんの間に入って来た。
「あなたはね……おじさまニワカ野郎なのよ」
「おじさまニワカ野郎」
『おじさまニワカ野郎!?』
「よくあるでしょう?
朝の美少女戦士のアニメで"あ、これ駄目だ"ってなる回とか。
"あ、今年一年駄目だ"ってなる作品とか。
週刊漫画読んでて"この漫画もう終わらせた方がいいな"ってなる時期とか。
"最近この漫画雑誌駄目なのばっかり載せてるな"って思う時とか。
大日本帝国が非有用な兵器ばかり作ってる頃とか。
そうなるような瞬間が、駄目なところがぷんぷん臭うような、そんな時が……」
「……?」
『……?』
「大きいみー子は割と俗っぽいよな……」
「ね~」
「でもね。
推すのであれば、ダメな時期、ダメな部分こそ応援しないと。
ダメなところこそ愛してあげないと。
おじさまのいいところだけをかいつまんじゃダメよ。
それじゃおじさまの万引きクソ野郎よ。
いいところもダメなところも摂取して、どちらでも喜べるようにならないと」
「え、あ、はい……摂取?」
『圧が強い!』
「小生はどういう顔でみー子のこの話聞いてりゃいいんだろうな」
「男らしい顔で~」
「でも大丈夫。次第にあなたもニワカじゃなくなるわ……
摂取は慣れよ……
次第に自分がおじさま無しではいられなくなる……
おじさまも私達無しではいられなくなる……それを、太古より『絆』と呼ぶのよ!!」
「はい」
『はい』
「みー子のこういうクソオタクがニワカにクソ熱く語りたがる悪癖割と好きなんだよな……」
「インチキおじさんは大分手遅れだよね~」
しずくは熱く語る美森とおじさんを交互に見て、ポツリと呟いた。
「……お二人は、恋人同士か何かで?」
『あっバカしずくっ』
「ふふ、そう見える?」
微笑む美森。
東郷美森の上機嫌ゲージが一瞬で満タンになるのが、しずくの目にもよく見えた。
「えー、流石に小中学生と付き合うのはねーわ。小生ロリコンに見える?」
「見えない」
『見える』
「だよな。見えるわけないよな。未だに小生の性嗜好は普通のまんまだよな……」
『聞こえなくても! 俺の話も聞けや! ロリコンに見えますぅー!
あんなに見ず知らずのしずくに優しくしてたのはしずくの体狙ってたんだろクソロリコン!』
(し、シズク……)
自分の声だけ外部に発信されないので、シズクはキレた。
しずくが心の中でシズクをなだめていると、部屋の窓が開き、そこから花を思わせる衣装の鷲尾須美が入ってくる。
(鷲尾だ……勇者の衣装だ)
『こいつ本当に胸と尻でけえな、デブでもねえのに』
あの日。
虐待されていたしずくに寄り添い、身体を張って守ってくれた少女。
特別な力になんて頼らずとも、しずくとほとんど変わらない小さな体でしずくを守ってくれた須美のあの姿は、しずくに大なり小なり影響を与えていた。
守るために一歩を踏み出せる、輝ける勇者の光を、しずくはあの日見たのだ。
あの時の鷲尾須美の周りに、きらめく勇気が見えたのは、絶対に気のせいではないと、しずくは思っている。
「お、小さい方のみー子も帰って来た。おかえり」
「只今戻りました。今ここで私のおじさまを誰かが自分の物だと言ってた気配がしたんですが」
「してたわね。お帰りなさい、須美ちゃん」
「東郷美森っ……! またあなたが……!」
「かかってきなさい、鷲尾須美……!」
絶対に気のせいだな、とシズクは思った。
「おじさまの中で私を超えられるのは私だけ……そう、あなただけです、東郷さん」
「あらあら。私は私に警戒されてるのね」
「おじさまが女性としてドキッとしてるのはぶっちゃけあなたの方です……!」
「ううん……そうかもしれないけど、須美ちゃんの真っ直ぐさも私にはもうないもの」
「私も東郷さんみたいな大人っぽい女性に今すぐなれたら……!」
「私も須美ちゃんみたいになれたらいいんだけどね。成長も変化も不可逆なものだから」
「私、『美森より須美だった頃の方が好きだったな』って言われたくないんですよ!」
「いい心配ね……私は『須美より美森が好きだ』って言わせたくて日々精進よ」
「どう思いますかおじさま!」
「そこんとこどうなんですかおじさま!」
「知らん」
「おじさまはこれだから駄目ね……」
「でも節度を弁えて私達が子供だから手を出さないという倫理観は高得点なんですよね……」
「東郷美森は勇者で
「そうなんですよ! 私は小学生で」
「私は中学生だものね」
「私達は小中学生という意味では、常に条件が互角なんです! 手を握るのが上限!」
「あ、でも私この世界に来てから数ヶ月経ってるからもうちょっとで高校生年齢になるわ」
「あっ……お、おじさま! 急いでください!」
「何をっすか?」
気のせいかもしれない、としずくは思い始めた。
しずくは東郷鷲尾タイフーンに巻き込まれないよう離れ、暇になったのでさっき封印されていた園子を解放した。
解放された園子がすっと立つ。
すっと構える。
壁にかかっていたおじさんの上着を取り、体にかけ、仰々しい動きでベッドの上からしずくを見下ろし笑うそのっちは妖精のようだった。
「おお……私の封印を解いてくれた勇者はそなたか~!
なんでも願いを叶えてしんぜよう!
なんでもは嘘だからそこそこ叶えてしんぜよう!
しんぜようってなんだろう!
私は女神そのっちだよー!
伝説の剣?
使わない回復アイテム?
ゲームバランスを壊す仲間?
勇者山伏しずくよ、この女神そのっちにそこそこなんでも願いを言っていいんだぜ~!」
「黙ってて」
「はい」
『これが……勇者……神に選ばれた者達……!』
勇者である。