催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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思い出6倍

 彼らはファミレスに向かった。

 町内会のサッカー大会で大活躍した銀をねぎらうために。

 そして……歴史の真実をおじさんの口から語らせるために。

 おじさんは珍しく真剣な顔でファミレスに入り、店員の対応を受けた。

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 

「六人でお願いします。窓際の席がいいですね。あ、先に人数分ドリンクバーお願いします」

 

「かしこまりました」

 

「おじさまはコーラとメロンソーダ1:1のブレンドが好きでしたね。取ってきます」

 

「は? そんな子供みたいなもの……好きだが?」

 

 東郷がドリンクバーに行き、おじさんは財布を取り出す。

 

「支払いは小生にバリバリ任せろ!」

 

「ふふ。おじさま、マジックテープなんて子供みたいなお財布使ってるんですね」

 

「あ゛ッ……三百年の経過でマジックテープネタが失伝しとるぅ……」

 

 須美は柔らかに微笑んでいた。

 六人が向かったのは六人座れるボックス席。

 須美が右側の奥の席に入って、その隣におじさんが座って、おじさんの隣にシズクが座る。

 どこに行くか分からない園子を銀が左側の奥の席に押し込み、その隣に銀が座り、美森が慣れた雰囲気で園子と銀と並んで座った。

 

「小生、ファミレスのこのおしぼりとお冷が配られて注文選んでるこの空気が好きなんだ」

 

「催おじのエモポイントが俺にはさっぱり分かんねえ」

 

『こういうところ。全然来たことないからね私達。ファミリーレストラン、か……』

 

 何故おじさんが楽しそうに、自分の注文を決める前にシズクの前にメニューを広げているのか、シズクにはまるで分からなかった。

 

「須美と美森は和風セットでいいか?」

 

「お願いします」「洋風はありえません!」

 

「そのっち~」

 

「鶏肉オムライスセット~」

 

「銀! 今日はよく頑張ったな! よく動いて腹減ったろ! なんでも食え!」

 

「あざす! 今日は勝ったのでカツカレー大盛りで!」

 

 子供それぞれにノリを細かく変えるおじさんを見て、シズクは頬杖ついて"よくやるわ"と言いたげな表情を浮かべていた。

 

「コイツ周りに合わせすぎて多重人格みてえだな……おっと」

 

『あ』

 

『戻ったな。ちょうどいいや、しずく食べたいもの言っちまえよ』

 

「あ、うん。えと」

 

 しずくはメニューを見るが、何を選んでいいか分からず、少し焦る。

 無表情なため、しずくが焦っていることは少し分かり辛く、伝わり難い。

 メニューの値段まで目に入ってくるとしずくはもう、はわわ状態である。

 おじさんは急かさず、しずくの状態を理解し、ゆっくりした話し方を心がけてしずくの内心を落ち着かせていく。

 

「遠慮しなくていいぞ。さっきのホモ野郎の身ぐるみ剥いで売っぱらう予定だからな」

 

「そうなんだ」

 

『こいつ蛮族の星から来たのか?』

 

「ゆっくり選べ。小生の金の飯だからなうはは。違えなホモ野郎の金の飯だ気持ち悪い」

 

 しずくがメニューをじっと見ていると、ふと、しずくは気付いた。

 おじさんが、しずくがいつでも話に入れるような空気を作りつつ、しずくを抜いても回るような話を選んで会話を回している。

 

「大昔、一ハナゲって単位があってな……

 お前達の言うところの旧世紀の1990年代に流行ったもんだ。

 鼻毛を抜いた時の痛みが、公的期間の痛みの単位・一ハナゲに採用されたってやつ」

 

「えー、流石に銀様の成績が悪いからって、そんな嘘には騙されないっすよ」

 

「一ハナゲ~」

 

「ああ……おじさまがすごく懐かしい話を……あ、須美ちゃんは初耳かしら」

 

「これ、いつもの冗談じゃないんですか……?」

 

「小生嘘つかない。当時結構な人が信じた。人類は愚かやね……」

 

「ええ……銀、信じる?」

「ええ……須美は信じる?」

「楽しい時代だったんだねぇ」

 

「そういやわしおじさんが鼻毛出てるとこ見たことないっすね。

 うちの父親は時々出てるから恥ずかしいのなんのって感じですよ」

 

「叔父がそんな恥ずかしい醜態晒したら須美がいじめられるかもしれないだろ!」

 

「おじさま……!」

 

「これ絶対感動するところじゃないよね~」

 

 しずくを待っている空気がない。

 しずくに"まだか"と周りが思っている空気がない。

 おじさんがしずく以外を意識的に話に巻き込んでいるので、視線も意識もしずくに向かず、しずくがゆっくりと選べる空気ができる。

 同時に、"しずくのせいで退屈してしまう"という流れを回避し、しずく以外がしずくのために退屈するというよくない状況を避け、しずく以外を楽しませ続けようとしている。

 自然としずくから焦りが抜けていく。

 

 しずくが決めた注文を口にした時、"やっと決めたんだ"ではなく、"あ、もう決めたんだ"という空気になっていたのは、おじさんが裏で地味にあれこれやっていたおかげであった。

 しずくもシズクも正確に理解していない、ゆえにおじさんに感謝していないそれを見て、美森はとても満足げに頷いていた。

 後方古参ファン面である。

 

 しずくはそこそこ迷ったが、慣れた食べ物を食べることにした。

 

「ラーメン」

 

「お。小生もラーメン好きなんだよなラーメン!

 でも周りがうどん好きばっかでよォ……オォン……

 四国出身じゃねえんだ俺は……ラーメンが好きなんだよ……!」

 

「私も」

 

『気が合うじゃねーかオッサン! 徳島ラーメン……はねえか。また今度だな』

 

「小生としずくはラーメンだな。

 あーとはみんなつまめるやつ……軟骨と枝豆とポテトと……」

 

「インチキおじさん居酒屋のチョイスになってるよ~」

 

「カラオケの若者チョイスですけど!? ナウでヤングなおつまみですけど!?」

 

 須美と美森の視線が絡む。

 二人はうどん党にして牡丹餅族にして和食一派。

 鷲尾家を自分の好みで染め上げたように、自分の大切な人を自分と同じ趣味に染め上げ、同じものが好きであるという幸福を噛みしめるタイプの少女らである。

 おじさんがラーメン派閥であるのはそこそこ由々しき事態であった。

 

「東郷さん、おじさまのうどんの民化は三年後に終わってたんですか?」

 

「……終わってなかったわね。須美ちゃんのおじさまと同じく」

 

「むむむ」

 

 三年何やってたんですか、と須美が目で訴える。

 むしろ私がおじさまの好きなもの好きになってしまったのよ、と美森が視線で返した。

 二人の視線が空中で衝突する。

 

「……」

 

「……」

 

 須美は奥の席を取り、おじさんを自分の隣に誘導した。

 おじさんの隣の席を取り、かつ自分がドリンクバーを取りに行く時、おじさんの膝の上を通るという、綿密な計算の上で選択したポジショニングだ。

 須美がドリンクバーを取りに行こうとすれば、おじさんが気を使って代わりに取りに行くことを想定していないことに目を瞑れば、須美の計算に隙はない。

 須美が思っている以上に、おじさんは須美のことを大切にしている。

 

 一番動き難い奥をあえて取り、あえて一番動き難い位置取りを勝利に繋げるのは、難攻不落の堅城・大阪城を思わせる名采配である。

 

 美森はおじさんの隣を取らなかったが、そこであえて通路側の席を取った。

 おじさんがドリンクバーを取りに行こうとした時、「私が行きますよ」と代わりに行くことで好感を稼ぐという、綿密な計算の上で選択したポジショニングだ。

 美森が代わりに行こうとすれば、おじさんが断って、逆に美森の分まで何か取って来ようとすることを想定していないことに目を瞑れば、美森の計算に隙はない。

 美森が思っている以上に、おじさんは美森のことを大切にしている。

 

 動きやすさを最大の強さと解釈し、機動力と動きやすさで目標を達成しようとするのは、常勝を誇った武田騎馬隊を思わせる名采配である。

 

(やはり侮れない、成熟した理解と経験……東郷美森……未来の私―――!)

 

(この迷いの無さと決断が強い……鷲尾須美……過去の私―――!)

 

 須美は子供なのでおじさまとベタベタできればよかった。

 美森は単純なので「ありがとう」とおじさまに言われればよかった。

 暑い真夏の昼、過熱した欲望は、遂に危険な領域へと突入する。

 

 『軟骨が来たら先におじさまの小皿に取り分けた方が勝つ』。

 無言の意思の衝突が、やがて一つの結論を導き出した。

 戦いの場は、速度と反射を競う領域へ。

 

 高度に発達した読み合いは、未来予知と変わらない―――そう、言えるのかもしれない。

 

『無言でマウント取り合ってる』

 

(戦いの匂いがするぜ……ジャンケンで永遠に互いに同じグーを出してるような戦いが!)

 

『永遠に決着つかないやつ』

 

 しずシズは"同じ顔の須美と美森"の観戦をちょっと楽しんでいた。

 須美森としずシズ、同じであって同じでない二組の少女ら。

 須美と美森は正反対というほど離れていないけれど、最初は"こんなの自分じゃない"という拒絶に近いものがあった。

 しずくとシズクは正反対だが、拒絶の感情が生まれたことは一度もなかった。

 同じであって同じでない。

 この四人の間には、共感とも反発とも違う、不思議な空気があった。

 

「見て見てインチキおじさん、チベットスナギツネ~」

 

「おしぼりで?! 作ったの!? 凄いな!?!?」

 

 おしぼりで折り紙を始めたあまりにも自由な園子の隣で、銀はテーブルの上のちょっと汚れが残っていた部分を見つけ、そこを拭いていた。

 絵に描いたような良妻賢母の卵である。

 とても女の子らしいふわりとしたいい匂いをさせている園子の匂いが、銀の方に流れ、銀はちょっと自分の服の匂いを嗅ぐ。

 

「……アタシ汗臭くないっすかね」

 

 おじさんがハッとし、体臭を気にしている銀に感動気味に口を覆った。

 

「! 三ノ輪のお嬢が乙女みたいなことを……

 お前に淑女要素足したら美少女として強すぎるからレギュレーション違反でBANだぞ」

 

「大袈裟だよ!? いやあほら、最近クラスの女の子とかにもよく言われてて、たはは」

 

 "小6はそういう歳だよな"といった風に、おじさんはうんうんと頷く。

 少年のようなところがある少女でも、言われたのが同性でも、「汗臭い」は不意打ちで喰らえばよく効くことだろう。

 

「懐かしいな……お前達くらいの歳に子供は色気付くんだ……

 小生の中学のクラスメイトの女子も性感スプレーで女を磨いてたものよ」

 

「あ、それならアタシも勧められましたよ、制汗スプレー」

 

「ほー。流石最近の子供は進んでるな……性感スプレーを小学生からか」

 

「アタシもそう思いました。

 小学生からもうそんなに……って。

 でもなんか最近の小学生は化粧もする子も多いんすよ」

 

「化粧も? はー、そりゃ性感スプレーくらい使うか」

 

「制汗スプレーの使いすぎは逆によくないとかなんとか、色々教わってます」

 

「ああ、それはよく言うな。人によっては性感スプレーの後遺症も残るから大変だぜ」

 

「あと粘膜に直接当てないようにーとか」

 

「粘膜直はやべえよやべえよ……銀はしないようにしろよ? 刺激も強いしな」

 

「はい! 制汗スプレーの刺激が癖になってて事あるごとに使ってる子も居るらしいですよ?」

 

「依存症レベルかよ……凄まじいな神樹館……正直ちょっと舐めてたぜ……怖い」

 

「一度に一本丸々使っちゃう子も居るみたいですねー。アタシには遠い話だ」

 

「一度に一本も!? やべーな、行き着く先はドスケベマジンカイザーか……将来は化物だな」

 

「銀、おじさま。話をすり合わせておいた方がいいです、絶対に」

 

「「 ? 」」

 

 須美が会話に入って来て、おじさんと銀が首を傾げた。

 

「水族館のお魚さんって美味しいのかな……ムニエル……てりやき……」

 

「おい誰か会話の途中で唐突にこんなこと言い出す自由な園子に首輪付けとけ」

 

 園子の前髪を固結びしようとするおじさん、「ぬわー」と逃げる園子をぼーっと見つめるしずくの頭の中で、沈黙を選んでいたシズクが口を開いた。

 

『しずく』

 

(何?)

 

『そろそろ聞いた方がいいんじゃね? 催おじにあれやこれやをよ』

 

(……面倒臭くなってきた)

 

『おい』

 

(嫌われないように話すの。難しい)

 

『うんまーそうだよな……』

 

(私はただでさえ話すのが下手)

 

『つってもこのオッサンはそうそうしずく嫌いにはなんねえと思うけど』

 

(そういう人に嫌われるのが一番嫌)

 

『……しゃあねえ、奥の手だ。あのクソ親の手を使う』

 

(……?)

 

『"私は何も言わないけどあなたはちゃんと私の気持ちを察してよね"作戦だ』

 

(凄く性格悪そう……)

 

『あの母親が性格ブスなのは間違いねーだろ。

 だがこいつは使える。

 催おじは察しがいいからな……

 しずくが察してオーラを出せば、勝手に察して勝手に話してくれるはずだ』

 

(面倒臭い女感がすごい)

 

『違うなしずく……お前は言葉無く男を操る、魔性の女になるんだ!』

 

(ちょっと間違えるとクズになりそう)

 

『クズの汚名は提案者の俺がひっかぶるさ。シズクズ氏、ひっくり返してもシズクズ氏ってな』

 

(シズク、会話のノリが魔法使いさんにちょっと似てきたね)

 

『!?』

 

 シズクが愕然としたのは置いておいて、しずくは喋るのがちょっとどころでなく苦手なため、シズクの言う通り無言の訴えを始めた。

 無言で何かを訴える。

 無表情なのでことさら虚無に何かを訴える。

 

 しずくはまずマナーモードのスマホとなった。

 奴ほど無言のまま雄弁に何かを語る者を知らなかったから。

 "なんか違うな"と思ってやめた。

 次に信号機になろうとした。

 奴ほど無言のまま周りに意図を察してもらえる者を知らなかったから。

 "なんか違うな"と思ってやめた。

 最後に猫の真似をして、隣のおじさんに頭をグリグリ押し付けた。

 山伏家の庭に来ていた猫は、人間の言葉なんて使わなくても、人間と意思疎通できていたから。

 "これはいける"としずくは思った。

 

「どうしたしずく。まるで便秘の時のトロワ・バートンみたいな顔になってたぞ」

 

「通じてない」

 

『失敗かー……』

 

「聞きたいことは分かっている……隠すことでもない。今こそ話そう、彼らの話を」

 

「通じてる……」

 

『成功じゃねえか! なんでワンクッション入れた!?』

 

 おじさんは真剣な顔で、深刻な話をし始めた。

 それは、宇宙の光と闇に迫る話。

 

「メスガキどもに問おう。何故"勝てない敵"が居るんだと思う?」

 

「? それは……強いからでしょうか」

 

「須美のそれも正解だ。だがそうだな。一番多い理由は、スケールの差があるからだ」

 

「スケール……」

 

「そうだ。つまるところそれは、小生らにとっても――」

 

「夏の和風セットのお客様ー! こちらで合ってますか?」

 

「――あ、はいこちらで合ってます! そこの黒髪の子とここの黒髪の子で!」

 

 醤油のいい香りが、その場に漂う。

 

「ええと、そうだな。

 スケール、というのは規模だ。

 存在の規格と言っていい。

 アリはネズミに勝てない。

 ネズミは人間に勝てない。

 人間は神に勝てない。

 それは規模・規格で圧倒的に負けているから。

 スケールが大きい方は、小さい方に対し虐殺者になれる。

 反撃されても効かねーからな。ケッケッケ。だからここには真理があって……」

 

「鶏肉オムライスセットお持ちしましたー!」

 

「ありがとうございます。あ、でもすみません。

 メニューの画像にあった旗が無いみたいなのですが……

 小生の勘違いだったらすみません。でもそうでないなら立ててあげてください」

 

「あっ……す、すみません! すぐ取ってきますね!」

 

「すみませんね、お願いします。園子もちょっと待ってるんだぞ」

 

「私は別にいいんだけどな~旗さん~」

 

「いいから旗貰って取っとけ。思い出になるから」

 

「……あ、それはいいね。部屋に飾っておこうかな! ふふふ~」

 

「それでいい。ええと、それで、宇宙の真理があって……

 人間は神に勝てない。

 アリが人間に勝てないのと同じように。

 だが宇宙という広大なスケールだと、神でも勝てない相手がいる。

 神が勝てない相手が勝てない相手もいる。

 森で最強なら森の王だ。

 国で最強なら国の帝だ。

 星で最強なら星の神だ。

 存在の規格という概念は、必ず上にそれ以上大きな規格が存在するということを考慮し……」

 

「……ん」

 

「しずく、ドリンクバーは飲みきったら次に飲みたいやつを勝手に取って来ていいんだぞ」

 

「そうなんだ」

『そうなのか』

 

 しずくがドリンクバーに駆けていくのを横目に見つつ、おじさんは世界の終わりを語るような表情を崩さない。

 

「話を戻すぞ。

 神を超える神は居る。

 全能を超える全能は居る。

 人間の観測範疇で全能な神は、人知を超えた領域で全能な神には勝てない。

 女神を好んで雌豚にする催眠種付けおじさんに、神は勝てない。

 スケールが小さい方は、大きい方に勝てない。

 あのホモ野郎に力を貸していたのはおそらく、そんな上位種の一人である―――」

 

「……ちょっと」

 

『悪いな、催おじ。ちょっとツラ貸してくれや』

 

「ん? ああ、コップに入れる時にこぼしちゃったのか。

 慣れないとドリンクバーもそうなるか。

 これは拙者が悪いな。ついて行かなくて悪かった。

 手洗い場には一人で行けるな? 手を洗ってこい。

 ドリンクバー周りと床は小生が拭いておくから、ほら、行きな」

 

「ごめん、なさい」

 

『悪い』

 

「いいってことよ。あ、須美! 小生のラーメン来たら小生の席の前に置いといて!」

 

「はい!」

 

 しずくとおじさんが戻ってくるまで、5分ほど神樹館勇者組の四人の和やかな時間が過ぎた。

 

「そのっち、オムライス美味しい?」

 

「うん!」

 

「アタシのカレーまだかなー。最後に来ると悲しくなるんだよねこういうの」

 

「これの和食セット……私や須美ちゃんでも再現しておじさまに出せるかも……?」

 

 戻って来たおじさんは、周囲を圧する雰囲気を醸し出し、おごそかに宇宙の真実を語る。

 

「そう、それが……ゲスの暗黒卿。

 我が師。

 催眠帝国の支配者。

 生きとし生けるもの全ての天敵。

 邪悪の化身。

 "希望の芽を狩る者"。

 "光の樹を刈る者"。

 奴は他人に力を分け与えることができた。

 一説によると、日本神話のスサノオとも密接な関係があるらしい」

 

「日本神話と……?」

 

「天の神がビビリ恐れ引きこもった時のスサノオは、ゲスの暗黒卿が背後にいたという話だ」

 

「? スサノオが天の神より強いから天の神が怯えた~とか、そういうのじゃないの?」

 

「スサノオがデフォでそんなに強いならもう神樹から出て行って天の神倒してるだろ」

 

「あ、なるほど……神樹様の中の一柱なんだっけ、須佐之男~」

 

「神樹の中にスサノオはいる。

 天の神はかつてスサノオから逃げた。

 今は神樹じゃ手も足も出ないくらい天の神の方が強い。

 であるなら、"当時のスサノオのバック"に何かが居たというのが自然だ」

 

「おー」

 

「ゲスの暗黒卿は神樹とも、天の神とも、因縁がある。

 別宇宙の日本神群の可能性もあるけどな。

 知っているか?

 日本の神話において、人間の発生過程は書かれていないんだ。

 普通の人間は最初からそこに居た、と考えられている。

 だが……もし、ゲスの暗黒卿が、世界を孕ませていたら?

 孕んだ世界が人間を生み出していたとしたら?

 学会の学者の最新の研究によれば、それが日本人の始まりである可能性もあるらしい」

 

「その学者全員クビにした方がいいですよ」

 

「ここから本題に入るぞ。小生が旅をしていた時期は二つに分かれる。

 ゲスの暗黒卿の弟子だった時代と、出奔した後の時代だ。小生が弟子だった時……」

 

「カツカレー大盛りお持ちしました!」

 

「お、来たきた!」

 

「あーくっそ! 小生としずくが最後か! ラーメンは早いと思ったんだが!」

 

「わしおじさん、スプーン取ってくれます?」

 

「へいへい。っていうか前菜のつもりだった軟骨来ねえな……」

 

 おじさんが語るのは、おじさん自身も生きたことのないような神話の時代の話。

 空気は自然と緊張し、雰囲気は緊迫し、おふざけ一つ許さないような真面目な空気が出来る。

 

「そんなに長生きをしているのですか、ゲスの暗黒卿……」

 

「ああいや。寿命は普通だったと思う。

 ただボケる前に志望者を募ってそいつに自分を上書きするんだ。催眠で。

 記憶と人格と力を完璧に転写して"私はゲスの暗黒卿だ"って催眠で思い込むんだよ」

 

「ええぇ……」

 

「そうすると次のゲスの暗黒卿が誕生し、ゲスの暗黒卿は永遠になるってわけで――」

 

「申し訳ありませんお客様。

 醤油のスープが今切れてしまいまして……

 お客様のどちらかのラーメンが別の味になってしまいますが、よろしいでしょうか?」

 

「――あ、じゃあ小生塩ラーメンに変更で。しずくはそのまんまでお願いします」

 

「ありがとうございます。お客様のご厚意に感謝します」

 

「そう、それでな。

 小生が弟子だった時代、ここの世界とは大分違うが……

 神と人が戦争をしている世界があった。

 神と人が戦争している世界は割と多くてな。

 そこに、催眠の暗黒面が介入した。

 ゲスの暗黒卿は神の末端の女神を催眠精液便所化して、主神にビデオレターを送った」

 

 

 

『ウェーイwwwwあ、すみません、ゲスなことしちゃってww神様曰く人類が悪いので罰を与えてるんでしたっけ?www控え目に言ってぼくたち宇宙一邪悪だと思うんですけどwwwwwwwなんでぼくら滅ぼしてないのにぼくらより善良な人類の方滅ぼしてるんですか?wwwwwwwあ、すみませんwwwぼくらに勝てないからですよねwwwwぼくらに勝てないからぼくらより弱い人類滅ぼしてるんですよねwwwwwwwでもそれってただの弱いものいじめのカスじゃないですか?wwwwwwwww』

 

 

 

「そして宇宙は大分大きい戦争に突入した……!」

 

「煽りで戦争を起こしてる……!」

 

「うんまあそういう人だ。

 そんな人がここに来る……!

 四国を催眠おじさんの楽園にするために。

 催眠おじさんの餌にとっての地獄にするために。

 そしておそらく、天之岩戸に隠れたせいで奪えなかった、天の神の処女を奪うために!」

 

「頭痛え」

 

「ミノさん、しっかり!」

 

「ま、小生の推測も大分入ってるがなァ……ヘッヘッヘ、膝が震えるぜ……」

 

「あ、そういえば、インチキおじさん。

 前の話の続きなんだけど、園子座を黄道十二星座に入れるにはどうしたらいいかな~?」

 

「おおっと爆速のハンドル切り。入れないから諦めろ」

 

「ええ~……園子バーテックス見れないのかな」

 

「見れねえよ! 小生もちょっと見たいとこはあるが! 見れねえよ!」

 

「園子が爆速で話の腰を蹴り折って行ったからアタシゃ目眩がしたよ」

 

『話を真っ直ぐ進められねえのかてめえら! 片輪壊れたチョロQか!?』

 

「大体……乃木が……悪いと。思う」

 

「違うわよ、そのっちが話しかけてきたら無視しないおじさまが悪いのよ……」

 

「ちょっと東郷さん。そのっちを甘やかさないでください。

 これは明確に話の腰を折ったそのっちが悪いんですから、そう言わないと」

 

「いいのよ須美ちゃん、そのっちはのびのびと自由に育ってほしいもの」

 

「それだとそのっちが見かけ以外ただのエチゼンクラゲになってしまいます!」

 

「いいのよ、エチゼンクラゲでも、のびのびと育ってくれれば、私は……」

 

「エチゼンクラゲと結婚したいという人が何人居るんですか! そのっちの育て方は……」

 

『乃木の母親は何人居るんだ? ん? トリプルマザーか? ん?』

 

(シングルマザー三倍にしてもトリプルマザーにはならないと思う)

 

 おじさんの語る言葉は、この世界に迫るあまりにも大きな脅威を皆に知らしめるものであり、最強最悪の敵の出現に、その場の空気はこの上なく重くなる。

 

 どうしようもない戦力差と、打ち砕けない絶望が、その場を包み込んでいた。

 

 

 

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