催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
バーテックスは、幾度となく敗戦を迎えていた。
天の神のダメージは深い。
自然に数を増やすバーテックス達は戦力を整えては四国に攻め込み、あの手この手で四国攻略の糸口を探り、手を変え品を変え人類絶滅に向け邁進していた。
だが、何もかもが無駄に終わる。
何度攻めても無駄だった。
どんなに数を集めても無駄だった。
最強の獅子座ですら、戦う度に進化を重ねても、まるで届かない。
黒髪の少女が弓を引き、放つ。
それだけでバーテックスの軍団が消滅していく。
放たれる矢には、無限に進化する天の神の力、人が扱える地の神の力が宿っていた。
催眠で裏切らせられた蠍のバーテックスが、尾を振る。
それだけでバーテックスの集団が壊滅し、その力は蠍に捕食され、更に力の差が開く。
勇者に援護され死なないことで進化を続ける蠍座は、もう獅子座すらも置き去りにしている。
人の射手座。
裏切りの蠍座。
それは、人の希望であり、怪物の絶望だった。
黒髪の少女が弓を引き絞り、力を溜める。
溜めて、溜めて、弓の前に光の花紋が広がっていく。
心なき怪物達ですら見惚れる光の花が咲き、須美が右手を話した瞬間、天の神の攻撃にも匹敵する光の矢が放たれた。
矢は天を打ち、光の雨となって降り注ぐ。
「南無八幡―――大菩薩っ!!」
怪物達は、砕け散る今際の瞬間に、それを見る。
汚れなき少女を。
無垢なるその姿を。
純真たるその輝きを。
目に焼き付き、世界を照らす、優しき心から生まれし淡き閃光を。
少女の名は鷲尾須美。鷲尾須美は、勇者である。
救世主と呼ばれた少女の一撃が、全ての敵を消滅させ、
翌日。
夏休み中の鷲尾須美は、頬をほんのり赤く染め、目も合わせられないまま、おじさんに一つ頼み事をしていた。
「は? マックに行きたい?」
「おじさま! 声を、声を抑えて!」
「お前は戦国時代の忍者の盗み聞きを恐れる賄賂受け取り中の武将か? 誰も居ねえよ」
「あっ……そういうシチュエーション、とても好きです。大好き」
「そう……」
「あと、その名前を呼んではなりません。鬼畜米英の手先の店ですからね」
「マクドナルドをヴォルデモート卿と同列にするのやめよう?」
「呼んではなりません!」
朝に「起立、礼、着席」を生真面目にクラスメイトにさせる須美に対し、おじさんが朝にできることなど「起立、精、着床」の催眠種付けおじさん朝勃ち三拍子くらいのもの。
だが朝マックに須美を連れて行くくらいなら朝飯前だ。今日は金玉キラキラ金曜日、ちんちんふらふらFRIDAY。イートインならそれほど人も居ないと予測できる。
「他に誰か誘っとる?」
「おじさまだけです」
「なんで小生だけ? デートのお誘い? これはおめかししないといけないな」
「デっ……逢い引きではありません! ふしだらですよおじさま!」
「小生が悪いのか……?」
「まったくもう、しょうがない人ですね」
「呆れてんじゃねえ」
釈然としないおじさんであった。
「その……私は、こういう性格じゃないですか」
「そういう性格っすね」
「だからその……ああいう店に入るのは、恥ずかしいですし、見られれば一生の不覚です」
「ヴォルデモート卿に和食以外不可の呪いでもかけられてんのか?」
「でも、でもちょっと、興味があって……うう、笑わないでください」
「いや、笑わねえよ。
そういうのに興味があるのは悪くない。
人間の人生の幸福の何割かは美味い飯だからな。
こだわりで食わない美味いものがあるってのは人生損ってもんだ。
大体分かってきた。小生はみー子の初マックに付いていけばいいんだな」
「はい、お願いします! それでですね、もし私が知り合いに見つかった場合なんですが」
「うん?」
「その場合、私は生き恥のあまりに腹を切るでしょう」
「そんなに!?」
「でもおじさまなら、強化形態込みでそのっち含めた全員の記憶消せるじゃないですか」
「おおっととんでもないことを言い出したぞ?」
「私が知り合いに見つかったら、即その人の記憶を消してほしいんです!」
「こいつ願いは可愛らしいがやろうとしてることがロックハートだな……」
「いざという時は……私の記憶を全部消してなかったことにしてください!」
「ちげーなハートがロックだ! ロックすぎる!」
まあおじさんが須美の頼みを断るわけがないので、神樹おじさんブレイバー号(ただの自転車)におじさんエンジンを積み、かくして二人は鷲尾家を飛び出した。
向かうはマクドナルド。
意識高い系のグルメ評論家が舌バカの聖地と呼ぶ、子供達に大人気の武道館。
「ふーんふふふーん、ふんふんふーん、ヘイッ! ふーんふーんふふー」
「ふーんふふふーん、ふんふんふーん、へいっ! ふーんふーんふふー」
最近二人で見始めたドラマのOP曲を、息を合わせて鼻歌で歌いながら、自転車は進む。
二人とも歌詞を覚えていないからだ。
「ふんふー……」
「ふんふー……」
「小生二番から知らねえ」
「私も二番から知りませんね……」
急カーブに差し掛かって、須美は振り落とされないようおじさんをぎゅっと抱きしめる。
「みー子せんせー、なんで日本の夏はこんなにバチクソ暑いんですかー」
「太陽が強いからですねー」
「そんな……小生のデータにはそんなのありませんよ!?」
「大赦気象庁のHPにありますから見に行きましょうねー」
「大赦気象庁……そんなデータはどこにも! 小生のデータを超えてくるというのか!?」
「まずGoogle先生を使いましょうねー」
「Google……未知の世界だ! データに頼っていたら理解できないとでも言うのか!?」
「むしろ逆に何のデータがあるんですかおじさまのデータベース」
「無力を思い知ったのでデータキャラやめます」
「いつ始めたんですか?」
「データキャラするなら眼鏡が必要だったな……」
「知識では?」
深緑に染まった街路樹の合間を、二人くっついてすり抜けていった。
「着いたぞ! ここが……魔王城苦悶穢土悲鳴怒声! 略してマクドナルド!」
「マクドナルドさんに出会うや否や特大の風評被害レッテルを貼りに行きましたね」
「このレッテルを貼られたマクドナルドは、顔面蒼白じゃい……略して面白い」
「折りたたみ湯葉みたいな折りたたみ略式をかましてきた……」
おじさんは須美と一緒にマクドナルドに入るが、言いようのない違和感を覚える。
300年前本社が蒸発し、四国に残ったマクドナルドテンポが四国に最適化し勝手に商売を始め、それから300年経ったマクドナルドの内装は、たとえようもなく和風だった。
悲しきかな。
このマクドは既に香川に汚染されている。
メインメニューにうどんバーガーがあったので、おじさんはちょっと目眩がした。
「おじさまはマクドナルドで好きなメニューがあるんですか?」
「んー……無いわけじゃないが、須美と同じのにしよう。須美のマックデビューだからな」
「あ……えへへ。こほん。さ、参考までに、おじさまが好きなメニューも知りたいです」
おじさんの好きなものは何でも知りたい背伸びするレディ。
「フィレオフィッシュ」
「フィレオフィッシュ……なるほど、魚のバーガーですね」
「フィレオフィッシュにさぁ、めっちゃ笑える話があるんだよな」
「笑える話……?」
「フィレオフィッシュを生み出したのはルーという男だった。大柴ではない」
「大柴……?」
「ルーはマックのある地域を担当してたが、さて困った。
宗教上の問題で肉を食べちゃいけないってことがあったのさ。
さてどうするか。それで考えたのが、白身魚のサンド……フィレオフィッシュだ」
「なるほど、宗教問題……
私達でいうところの、神樹様の教えを破らないで食べるものを……みたいな話ですか」
「うむうむ。
そしてルーはマクドナルド社長との交渉に臨んだ。
んで『魚臭くなるから却下』と言われた。でも諦めず交渉を続けたんだ」
「いいガッツですね。フィレオフィッシュが今あるということは勝ったんでしょうけど……」
「そしてここで社長がケツの穴にボールペン入れて取れなくなった奴以上のバカを晒す」
「そんなに!?」
「社長は言った。『フィレオフィッシュではなくフラバーガーを売ったらどうかね?』」
「フラバーガー……?」
「事態はどちらが美味いかを競う戦いへ。
フィレオフィッシュとフラバーガー、どちらが売れるかの勝負が始まった……!」
「あの、フラバーガーというのは?」
「肉がダメなら代わりにパイナップル入れればいいだろ?」
「えっ」
「マジでそう考えた、パンズでチーズとパイナップル挟んだだけのサンドだ」
「……売れたんですか?」
「売上差は60倍くらいでフィレオフィッシュの完勝でしたね、ハイ」
「うわぁ」
「そしてフィレオフィッシュは正式メニューに加わりました。ちゃんちゃん」
「やはり米国はダメね……この国が最高だわ」
「おおっとその結論は全く予想してなかったぞ?」
これが大当たりし、フィレオフィッシュはマクドナルドの隆盛と共に、世界中に人気商品として羽ばたいていくこととなったのである。
「まあそういうエピソードがあるからして、小生はフィレオフィッシュが大好きなのだ」
「待ってください味が好きってわけじゃないんですか!?」
「味も好きだぞ」
「もうっ」
おじさんと須美はレジの前に並び、談笑しながら列を進み、ほどなくしてにこやかに微笑む店員が待つレジの前に辿り着いた。
「みー子は注文の仕方分かるのか?」
「大丈夫です。ネットでメニュー一覧と注文の仕方は検索して覚えてきましたから」
「真面目だなァ」
「ハッピーセットというものを二つお願いします!
ハンバーガーのポテトセットのコーラ! あ、片方は大盛りで!」
0.1秒。店員が笑いをこらえたのを、おじさんは見逃さなかった。
「……申し訳ありません。ハッピーセットをLサイズにサイズアップはできません」
「……あっ。そ、そのままで。二つお願いします……ここで食べます……」
「かしこまりました」
支払いが終わり、店員が背を向け、音もなく吹き出したのを、おじさんは見逃さなかった。
須美も見逃さなかった。
須美が顔を赤くして、プルプルと震えている。
「マックには大盛りがあったのか。ネットで検索したことないから知らなかったぞ」
「おじさま!!」
「くく、いやすまん。小生の方は量を多くするよう気遣ってくれてありがとうな」
「……もうっ」
二人分のハッピーセットを受け取り、二人は店内の空いた席に視線を走らせる。
「エッグマフィンじゃなくてしっかりバーガーがある神世紀朝マックいいな……」とおじさんがしみじみ呟くが、須美にはあまり伝わらない。
このマクドナルドに背もたれ付きの椅子があるのは四人用のボックス席だけで、ボックス席は残り一つ。最高のタイミングで二人は店に来たと言えた。
「おじさま、おじさま、今日は私達ツイてるかもしれませんよ?」
「そうだな。宝くじ帰りに引いていくか……」
「幸運への期待がマイナンバーによる社会の変革への期待くらい過大に膨れ上がってますね」
さて食べ始めるか、と思ったその時。
店に見知った顔が入って来たので、おじさんの手が止まり、おじさんが手を止めたので須美もまた手を止めた。
見知った顔は一つ。入って来た顔は四つ。
おじさんが知っている男が一人と、その男の妻らしき女性が一人、娘が二人だ。
男もまたおじさんの顔を覚えていたようで、注文に行く前に、おじさんの方に挨拶をしにやって来る。
「どうも、犬吠埼さん」
「おや。あなたもここにいらっしゃっていたんですか」
娘の小さい方、妹らしき方が父親の服を引き、問いかける。
「お父さん、誰?」
「大赦で今一番偉い人だよ」
「へー」
「風も樹も失礼のないようにね」
犬吠埼家が注文に行ったのを見て、須美はおじさんに顔を寄せ、こそこそ内緒話を始めた。
「おじさまって今どういう扱いなんですか?」
「大赦の一番上に『超統領』ってポスト作ってそこに座ってる」
「わぁ凄い大統領より偉そう……真面目に役職作る気あるんですか?」
「いいだろ別にこのくらい……」
「あの人達は大赦の方とその家族ですか?」
「まあ、大赦の端っこの方の男だな。
あんま話す機会もねーや。名もなき善良な市民Aって印象」
「そんなまたゲームみたいな……でも、私とはあんまり縁の無い人達みたいですね」
「娘さんらも勇者でも神樹館でもないからな。そりゃそうだ」
神樹館、鷲尾家、犬吠埼家、それらは全て香川にあるが、普通に生きていれば、須美が彼らに会う機会はない。
今日同じ店で食事を取ることにはなったが、今日を最後にもう二度と会うこともない……なんてこともあるかもしれない。
世界は思っているより狭く、思っているより広いものだから。
そして、須美は気付いた。
「さて、席も空いてないな……テイクアウトにしちゃおうか」
「えー」
「しょうがないさ」
犬吠埼家の座る席がない。
須美達は幸運だった。
最後に残っていたボックス席を取れたから。
犬吠埼家は不幸だった。
ギリギリ、最後の席を取れなかったのだから。
須美は席を譲ろうとして、一瞬、思い留まる。
(待って)
ここで席を譲れば、おじさんも席を移動することになる。
おじさんを至上とするならば、黙っているべきだ。
黙っていても何も言われない。
席は先に座っていた人間のもの。
何か言われる筋合いなどない。
おじさんを、座り心地の良いこの席に座らせたままにしておけばいい。
それが一番、おじさんに好かれやすく、嫌われにくい生き方だ。
もう二度と会わないかもしれない人間に気を使う必要はない。
(でも)
けれど、それでも。
須美は特定の人への好意や愛で、安易に自分を曲げる気にならなかった。
"それが正しい"と一度思ったものを曲げたくなかった。
そうすべきだと思った自分が、『好かれたい』『嫌われなくない』という自分に当たり負けしなかった。
彼女は好きな人に何でもしてあげたいと思う少女だけれども、その上で、頑固なまでに曲がらない自分の芯があった。
(うん)
嫌われてもいい、だなんて思わないけれど。
好かれたくない、だなんて思わないけれど。
好きな人のために無難な自分になる、ということを彼女は選べない。
いつだって、自分が決めたレールの上を爆速で突き進む。
それがこの黒髪の救世主。神世紀随一の問題児だ。
鷲尾須美/東郷美森はいつだって、他人よりずっと多く余計なことを考えてしまい、時にそのせいで状況を最悪に悪化させる。
けれど、それはいつでも、懸命に生きて、その時自分が最善だと思う何かを探しているから。
後で後悔するとしても、進む時は全力で。
そこに"おじさまなら私を嫌いにならないから"という、ちょっとした甘えがあったのは、幼い少女のご愛嬌といったところか。
「ここ、今空きますよ」
「え、でも」
「いいんです。私達は二人なので、壁際の席に行けばいいだけです。ね、おじさま」
「ん、おお。そうだな。どうぞ、犬吠埼さん」
「……すみません、ありがとうございます」
須美が突然席を譲ったことに、おじさんは嫌な顔一つせず、当然のように追随する。
嫌われてない、と思って、ほっとした須美の口から吐息が漏れる。
そして四人席に座った犬吠埼家の微笑ましい家族の姿を見て、須美の視線が暖かで優しいものへと変わった。
そんな少女の一部始終を、おじさんが優しげな眼差しで見守っていた。
須美のその不器用な真っ直ぐさを、彼は愛していた。
「大して知りもしない相手によくもまあ……みー子らしいっちゃらしいが」
「一期一会、って言うでしょう?」
「実践してる奴を見たのは小生の人生でお前が初めてだよ」
「一生に一度だけの出会いでも。
もう二度と出会うことがなくても。
目の前の人に誠意を尽くす意味はあると思います。
それが人間として正しいことだと思います。至誠に悖るなかりしか、です」
簡素な椅子しかない壁際の席に行って、そこで得意げに自分の在り方を語る須美を見て、その言葉に虚飾が一切ないことを理解して、おじさんは須美の頭を思わずわしわし撫でていた。
溢れた"好き"が、彼の手を勝手に動かしていた。
おじさんは自然と、ヘッタクソな微笑みを浮かべる。
突然頭を撫でられた須美の頬が、かあっと赤く染まった。
「わ、わ、おじさま、人が見てます、見てます……! なんですか突然!」
「いや、ちょっと褒めてやりたくなった。照れんな照れんな。んな顔赤くしなくても……」
「///」
「今どうやって発音した?」
呵々大笑するおじさん。
そこに、こそこそと忍び寄る陰。
犬吠埼家の娘の大きい方、姉と思われる方が、興味津々におじさんに問いかける。
「率直に聞きますが」
「なんだね」
「援助交際ですか!? ロリコンですか!?」
「帰れ」
「風ッ!」
「お姉ちゃんっ!」
平謝りする父親と、父親そっくりに平謝りする妹が、姉を引きずっていく。
ボックス席で、母親が爆笑している。
ああ、あの妹は父親似で、あの姉は母親似なんだな……と、須美とおじさんは思った。